転生したら、女傭兵二人に迫られてる件について 作:門番A
そして青獅子ルートはもっと伸びる(確定)。金鹿はまだ分かってない。
グロンダーズ鷺獅子戦は終わりその直後、ルミール村で異変が起きたとの連絡が入った。
休息を済ませ、すぐさま村へ急行すると各地から火の手が上がりつつある。
「……っ」
何度か親切にさせて貰った村だ。思い入れは、かつての自分以上にある。
焦る気持ちを抑えつけ、ベレス先生の指示に従いながら。得物の棒を手に、狂乱した村人達を気絶させていく。
「――ほう、そこにいたか贄よ」
「!」
声が響くや否や、上空から迫る黒炎。地面を転がって回避する。
「……ふむ、多少は育ったがさて、結果としてはどうか。確かめさせてもらうぞ」
「何を……っ!」
死角となっていた右側から風が吹いた瞬間、すぐに防御の構えを取る。
突如、姿を現した人型の魔獣。その蹴りが十全の破壊力を以て俺に叩き込まれた。
「ち……ぃっ!」
反応しきれず、壁に叩きつけられる。奇襲に気付けなかった故に、まともな防御姿勢すら取れなかった。
続け様の攻撃を、咄嗟に割り込んだベレス先生が防いだ。それに間髪入れずジェラルトが急所目がけて槍を突き出すも、魔獣は当然の如く回避する。
「無事……!?」
「何とか……!」
両腕が激しく疼くような痛みを訴えている。ベレス先生が、手を添えるとそこから緑色の光が溢れて、痛みが少しずつ和らいだ。
「ありゃ……ただの魔獣じゃねぇな。ヤツらのとっておきらしい。くそっ、けしかけた本人は既にトンズラか」
魔獣の四肢には夥しい量の血と肉片、髪の毛、布切れが張り付いている。
こいつが、この村を虐殺して回ったのだと見ただけで分かった。
「師、来るわ。指揮を!」
「皆、散って! 二人一組で対処を!」
それからの事は必死だった。魔獣の攻撃に食らいつき、黒鷺の面々とジェラルト傭兵団でやっと撃破した。
ルミール村の生き残りはほんの僅か。司書トマシュ――ソロンは行方をくらまし、所在不明。
正体不明の敵に、大修道院には暗い空気が立ち込めつつあった。
そうして迫る筈だったジェラルト暗殺。
しかし、俺の記憶と違い始めたのはモニカと言う少女はあの後無事救出され―言動も俺の知るモニカではなかったから、多分本人なのだろう―。ジェラルトは暗殺される事無く、大修道院の兵士達を纏めてあげており、全然死ぬ気配を見せない。
闇に蠢く者も、ルミール村での一件以降活動の兆しは見せぬまま。俺の記憶と、現実は乖離し始める。
そんな最中、エーデルガルトさんは帝国へ戻り王位を継承した。何故か、黒鷺の面々も集められ、その即位式を見守った。
で、その最後にである。
「我ら、アドラステア帝国は中央教会へ宣戦布告する!!」
――その言葉に俺とベレス先生が言葉を失った。
で、周辺を取り囲む兵士達。
「エーデルガルト、これは」
「騙して御免なさい、師。皆、武器を下げなさい。彼らとの交渉に刃は不要よ」
兵士達が武器を下げる。
……ああ、そっか。色々イベントが無くなったから、こういう形になったのか。誰かに唆されたか、何か吹き込まれたのか。
まあ、間違いなく後者なんだろうけど。
「師、帝国につくか教会につくか選んで頂戴。向こう側に着いたからって、ここで殺したりなんてしないわ。我が名に誓って約束する」
「他の子には話しておいたんだね」
「皆、師が私の下につくなら共に戦ってくれると約束したわ。……ほんと、級長の私より慕われてるのね」
「エーデルガルト、キミの目的は? 教会と戦って、どうするの?」
「フォドラを教会の支配から解放するのよ」
そうして彼女が語ったのは、フォドラの歴史。眷属達が裏から支配してきたため、それらをフォドラから解放すると言う内容だった。
……それもきっと、闇に蠢く者に利用されたのだろうけど。
「……分かった、最後まで貴方達を導こう」
紅花ルート……ああ、帝国として王国や教会と戦う道になったのか。
もう、引き下がれない。
そうして始まった大修道院攻略戦。
激戦だった。目の前で、知った顔の人達が刃を持って立っていて。こちらに斬りかかって来た。
投石や魔法が飛び交い、火の粉が辺りに巻き散る。
「ベレス、ウィル……やっぱりこうなっちまったか」
「ジェラルト」
「……」
教団兵として立ち塞がるかつての人。
でも、その雰囲気に殺意は感じない。
「……安心しな、お前らだけはきっちり守ってやるからよ」
ジェラルトは槍を、背後へ――レア様へと向けた。
「悪いな、レア様。これでも何百年と義理は通してきたんだ。だったら構わねぇだろうよ」
「……!」
微かに沈んでいたベレス先生の顔が、明るくなった。
ああ、良かった。ジェラルトは、この人だけは敵に何てしたくなかった。
ジェラルト傭兵団に属していた教団兵は皆、ジェラルトの離反に同意し瞬く間に反旗を翻す。
趨勢は決しつつあり、大修道院から逃げ出す者達の姿も見受けられた。
「あれ、は……!」
上空から見える白い竜。
放たれた光線。崩れていく足場に、ベレス先生が巻き込まれていくのが見える。
「ベレスッ!」
得物も投げ捨てて、彼女の下まで瓦礫を飛び移ってその体を抱きしめる。
真下に見えるのは巨大な川。どこに流れ着くか分からないけれど、どうかこれで終わりじゃありませんようにと、目を瞑った。
「……ん」
目が醒める。洞窟の中にいたようで、焚火の明かりが天井まで照らしていた。
思い出すのは自分の名前。そして直前までの事。
「よお、先に起きたのはお前か。まあ、そういう所はきっちりしてたよな」
「……ジェラルト?」
見えたのは、ジェラルトの姿。着ていた筈の外套が酷く痛んでいて、顔色もどこか悪いように見えた。
状況の把握がまだ落ち着かない。
「色々分からねぇ事はあると思うが、聞いてくれ。……大修道院での戦いから二年が過ぎた。戦況は膠着中らしい。まあアイツの育てたガキどもは、ちゃんと芽が出始めてるって事だ」
「……ジェラルト、は」
「俺か。俺はお前らが起きるのを待ってるだけさ」
ジェラルトの目線が優し気にどこかを見る。その先を追うと、高そうな毛布にくるまれたベレス先生の姿が在った。
「あの後、お前らを必死で探してよ。やっと見つけた時には寿命が縮んだかと思ったぜ」
そこからずっと、ここで俺とベレス先生を守ってくれていたのか。
「……なぁ、ウィル。戦いは嫌いか」
どう答えるべきか迷う。普段であれば偽りを即答する。
けれど、この瞬間だけは、本音で会話したいと思った。
「ああ、大嫌いだ。痛いのはやだし、血が出たら止まらないし。
憎しみ合って罵り合って。殺し合って殺され合って。
ただ疲れるだけだし、勝ったって嫌な気持ちも残るだけだ」
「……そうか、そうだな。確かにそうだ。下らねぇよな、戦なんざ」
「――でも、それでも。そうまでして、誰かが生きてた証を残したい。そうでもしないとやりきれないって人がいるんだろうって思った」
エーデルガルトにとって、実験で死んでいった人々がそうであったように。
ディミトリにとって、ダスカーの悲劇で死んでいった人々がそうであったように。
「……理由なんざ人それぞれだ。でもよ、人間ってのは、何か一つ譲れないモノのために理不尽を通す意味を探すのさ。
俺にとってベレスがそうであったようにな」
ジェラルトは小さく息を吐く。
どうしてか、これがこの人と最期の会話になるのだと直感で思った。戦死などではなく、もっと自然な。
時間の限界による別れが、迫っているのだと悟った。
「ウィル、見つけられたか」
「……分からない。でも、この選択は正しくないかもしれないけど、それでもこの先に俺が生きる理由が見つかるのなら、走り抜けたい」
「正しい正しくないなんて、途中じゃ分からねぇさ。そんなのはよ、最後の最後にやっと分かるってモンだ。
ウィル、お前なら大丈夫だ。かなり長い遠回りになるが、お前はいつか辿り着ける」
それはまるで大修道院の授業のようで。
どこか懐かしい気持ちだった。
ジェラルトは、鞘込めの剣を俺に差し出した。
「これ、は」
「俺が昔、騎士団長だった時に使ってた剣でな。いつか、ベレスに渡そうと思ってたんだがタイミングを見失っちまった。
天帝の剣なんて、大層なモン使いこなしてるアイツに送ってやるにはちぃと気恥ずかしくてよ」
剣を、両手で受け取る。
その重みはまるで、彼が生きていた時間そのものだと思った。
「ウィル、お前にならアイツを任せられる。頼んだぜ。お前なら何の心配もねぇ」
「……はい」
もう、悩んでなんかいられない。
帝国に合流する。初めて会った時は大層驚かれた。一応、ベレス先生も無事である事を伝えると、皆安堵の息を零していた。
ベルグリーズ伯には早速稽古をつけられた。何故か分からないけど、でもすごくためになったし、良い経験になった。
そして――戦場へ。
一度出ればもう迷ってなどいられない。殺した、殺した、殺し尽くした。
戦場を、敵の血で赤く染めた。
不思議な事に、戦えば戦う程相手がどういう動きをするのかが読めてきて、敵を殺すという事はまるで作業のようになってしまう。
「――おい、大丈夫かウィル」
「……あ、ごめん。ぼーっとしてたカスパル」
「無理するなよ、お前前に出過ぎだぜ。今度は俺も出てやるからよ」
「大丈夫? のんびり寝れる世の中はまだまだ先だからね」
黒鷺の面々の存在が救いだった。
彼らと話す時だけ、あの時の頃に戻れたようで。
「にしても、ウィル君身長変わらないのね。ホントあの時のまま」
「……人が気にしてるところを突いてくれるなぁ」
「あら、ごめんなさい。でも嬉しいわ、貴方と話してるとあの時に戻れた感じがして」
まだ、機械にならなくて済む。
心を失わなくて済む。
「むふふ、今は私の方が身長高いですからねぇー。ほら、ベルナデッタお姉さんと呼んでくれてもいいんですよー?」
「ウィル、身長、変わらない。不思議、です」
「後でヒューベルトとベルナデッタの部屋に行くわ」
「ひぇぇぇぇ、何でそんな惨い事するんですかぁー!」
「私が何か?」
「――ひゅっ」
「……立ったまま気絶、してる……?」
救いだった。寄る辺だった。
まるで夜の中に差す月明かりのようで。
「ウィル、感謝してるわ」
「……エーデルガルトさん?」
「だって、貴方私に着いてくる理由なんて無かった筈でしょう。なのに帝国についてくれて、戦ってくれて。
……あんまり公では言えないけど、貴方がいてくれて本当に嬉しいのよ。貴方だけは離れる可能性だって、考慮してたのに」
「そいつは、まぁ嬉しい誤算なようで。俺だって恩義は重んじるタイプですよ。……救ってくれたのは教会じゃなくて傭兵団でしたし」
「……そうね、そうだったわ。まだ私、貴方を見誤っていたみたい」
「ええ、だからどうか俺を戦場に。
貴方の想像以上の戦果を出してきますよ」
自分で決めた道。自分で選んだこと。
今更それを覆すつもりは更々ない。
「――ヒューベルト、帰って来た」
「ご苦労様でした。貴方のおかげで奪われた拠点と膠着状態だった戦況をいくつか覆す事が出来ましたよ。
後は、先生が戻ってきてくだされば鬼に金棒ですな」
「……ああ」
「まずは顔を洗ってくるとよいでしょう。次の作戦はまた追って指示を出します。貴殿は充分な休息を取ってください」
「……感謝する」
三年が過ぎた。戦争は終わらない。
先生が起きた事を聞いた。やっと、あの剣を渡す事が出来る。
ジェラルト、やっぱりあの剣は俺には重すぎたよ。
「……ウィル?」
なぁ、先生。俺、今どんな顔してる。
初陣してから、鏡を見るのが怖くなって。一度も見れていない。
「……キミは変わらないね」
「そういうベレス……先生も変わりないようで。ちょっと安心した」
「それはこっちのセリフ」
彼女にジェラルトから預かった剣を渡す。
血塗れた手に、この剣は似合わない。
「ジェラルトから預かった剣だ。どうにも、俺には合わなくて」
「……そうか。でも、ジェラルトからキミに渡された剣だから、私もキミに持っていて欲しい」
……そう言われたら、返す言葉は無い。
剣を腰に差す。戦場で使う事はない事を願った。
「起きるのが遅くてごめん」
「何が? 別に寝たくて寝てた訳じゃないのに」
その言葉に彼女は目を逸らした。
え、マジ? もしかして眠たくて寝てたのこの人。
「……まあ、休息も大事だしなぁ」
機械になりかけた心を、人に戻すのに大切な事だ。
俺も人の事は言えないし。
「ウィル……大丈夫?」
「……」
まぁ、でもやっぱり。この人に隠し事は出来ないよな。
「まあ、ちょっと……辛いのはあるかなぁ」
今から死ぬ、という事を悟った時の絶望の目。それが自分に向けられる時、自分が自分じゃなくなるみたいで。
弱音は、吐けなかった。
ベレス先生が来てから、帝国軍はさらに破竹の勢いを得た。
瞬く間に進軍は進まれ、レスター諸侯同盟は帝国に飲み込まれその姿を消した。幸い、クロードが降伏を選ぶと、それ以上の戦闘を続けない者ばかりなのは助かった。
そうして王国との決着をつけるべく、まず向かうのはアリアンロッド。
難攻不落の城砦を落とす戦い。それがどういう事を意味するのか、なんて嫌でも分かる。
「……」
脳裏に過ぎるのは大修道院の記憶。
ああ、そうだ。ここで青獅子の学級の面々を殺すのだ。
彼らの死が歴史の闇に埋もれないために。忘れ去られないために。彼らが生きていた記憶と証を、刻むために。――せめて、俺の手で。
剣を手に、兵士を斬り殺した。
眼前に迫る雷を横に転がって回避する。ロドリグ――この戦いの要ともいえる人物。
彼は俺を見て、目を丸くしていた。
「お前は……いや、馬鹿な。そんな筈はない。あの子が……――いや、迷いは既に断っている。これ以上、お前達を進ませはしない!」
迫る魔法。相手の兵士の体を突き刺し、それを盾にして前進する。
ある程度迫った所で体ごと剣を振り払い、一気に肉薄。
迷う事無く、首筋を剣で斬り裂いた。
「……ああ、そうか。お前の生存を信じ探さなかった私への罰、か。許してくれ、とは言えんな……。生きて、くれた、だけ、で」
「父上ッ!」
丁度、フェリクスが駆け付けていたらしい。
憎悪に満ちた瞳が俺を見て、微かに薄れていくように見えた。
「お前、は……いや、忘れろ。クソッ、何故こんな時に……!」
迫る剣。数合交える都度、剣は火花を散らしていく。
だが、勝ったのは俺の剣だった。
フェリクスの胴を、剣が薙いだ。
「――何故今になって思い出した……。何故今更、俺達の下へ……。
兄上にもお前にも、俺の剣は届かない、か」
使っていた剣は刃毀れしていて、最早役目を果たさないだろう。
敵目がけて投げつけると、それは兵士の体を串刺しにして地面に縫い留めた。
フェリクスの手元から剣を取る。血が、こびり付いた。
今、自分はどんな目をしているのだろうか。
敵を殺す。殺して殺して、屍山血河を作る。
眼前に槍が刺さったのを見て足を止める。
「……ああやはり貴方、は」
見えたのはペガサスに騎乗した女性。イングリット。趨勢は決しつつある。けれど、それでも彼女は降伏を選ばないだろう。
ならば、せめて。俺の手で。
転がっていた槍を手に取り、ペガサス目がけて投げつける。反応が遅れたのかそれは翼を貫いた。
よろめいた隙を逃さず、飛びあがり彼女へ掴みかかる。馬上から引きずり下ろし、彼女の持っていた槍を奪い取った。
――なるべく苦しまないように、一瞬で。
その後頭部に手を添えて槍を一思いに突き刺す。心臓を貫いた感触が、掌へ確かに伝わった。
彼女の指が、そっと頬に触れる。徐々に光が消えゆく瞳を見つめた。込められたのは憎悪ではなく、回顧。古びた写真を大事に眺めるかのような目だった。
「……ねえ、私、貴方を目指して、貴方のようになりたくて、守れる人になりたくて。
私、貴方に届いた、かしら」
――言の葉の意味を、理解してはいけないと思った。
もし、理解してしまえば今度こそ、俺は戻れなくなる。
白銀の乙女は、血で赤く染まった。
最早、勝敗は決した。兵士達は降伏に応じず、最後の一人までもが戦死していった。
「大手柄でしたな。貴殿のおかげで随分と楽をさせて貰いました。次は私どもに任せて休まれるとよい。今の貴殿には、休息が何より必要でしょう」
「……ヒューベルト、俺今どんな顔してる」
「……学生の頃とは別人ですな。光を失くした仮面のような顔と言えば良いでしょうか。先生にも、主にもあまり見せぬ方が良いと思います」
「……そう、か」
場所を移動する。森の外れ、誰も来ないようなところ。――途中で雨が降り出した。濡れる事に、何の躊躇もない。
人気のない所で吐いた。胃が空っぽになっても吐いた。涙が止まらない。
余りにも無様だろう。
だけど、こんな姿を人前に晒す訳にはいかないから。兵士達の士気を下げる訳にはいかないから。一人で飲み込むしか無いのだ。
「……」
アリアンロッドを落とした。
これで良かったのだ。自分で選んだ道で、引き返す事は出来ないのは分かっていたから。
行くと決めた。もう戻れないのは知っていた。だから、進むしかない。
「……ウィル」
先生の声がした。
自分がどんな顔をしているのか分からなくて、どんな顔をすればいいのか分からなくて。眼を合わせる事が出来ない。
「……先に戻っておいて欲しい。俺も後で戻るから」
「それは出来ない。今のキミは、そのままどこかに消えてしまいそうだ」
何も言い返せなかった。
彼女の言葉の通り、このまま消えてしまいたいと心の何処かで思っていたから。
――ふと、温もりを感じた。抱きしめられたと分かったのは、ほんの数秒後。
「……血の匂いが移るから」
「構わない。私もそうだから」
「……何で、構うんだ。俺みたいなやつのこと。
こんなにどうしようもない、自己嫌悪の塊を」
「どうして、そう思うの?」
「自分が嫌いだからだよ」
知っていた筈。彼らと敵対する運命であったのは。
消えていく命が目に前にあって。それを殺す事を受け入れればいいのに。どこかで拒んでいる。見なかった事にしようとしている。
――受け入れた人間が、こんなに迷う筈が、無いのだ。
「……なら、それは全てが終わった後でいい。私が傍にいる。私が受け止める。
私がキミを導くよ」
「何で、そこまで」
分からない。俺と言う人物にそこまで付き合える理由が見えない。
だって、同じ傭兵団にいただけ。たったそれだけの共通点しかないのに。
「だって共に生きて、ここまで来た。だからこれからも共に行く。
貴方を一人にしない。――そう、ジェラルトと共に約束した」
「……」
そこまで言われたのなら、うだうだと悩んでいる訳にはいかないのだと気づいた。その信頼に応えるべきと、叫ぶ自分がいた。
悩むのは、その後でいい。後悔にのたうち回るのも、泣き言を漏らすのも全てが終わってからで。
解決にはなっていないかもしれないけど、一先ずの妥協としては充分だ。
「……ありがとう、ベレス」
「ふふっ、どういたしまして」
あぁ、やっぱり彼女には敵わない。
王国軍との決戦――タルティーン平原の戦い。
ここでも俺は、青獅子の生徒達を手にかけた。
まずはシルヴァンを斬った。躊躇はとっくになかった。
「……ああ、畜生。情けねぇ、結局足元にも届かなかった、か」
メルセデスを斬った。もし同じ学級であったのなら、彼女に救われた未来も在り得たのかもしれないと思った。
ドゥドゥーを斬った。紋章石を手にしたのが見えたため、得物を投げつけ弾いた後に落ちていたナイフで心臓を穿った。
「……何故、何故だ。お前は、この王国で育った筈だ。人と触れ、共に生きていた筈だ。
なのに何故、お前はそこにいる」
「……なら、地獄で待っていてくれ。俺も、きっとそこに行くから」
ディミトリは、ただただ強かった。だが、迷いを払い為すべき事を定めた俺に躊躇は無かった。
互いに、体へ傷を負いながらの死闘。
アラドヴァルが、俺の脇腹を裂いた。――それと引き換えに俺の剣は、ディミトリの胴を、深く斜めへ切り裂いた。
「……国も守れず、友も引き戻せず。……何て、愚かなんだろうな、俺、は」
これで決着かと思った途端、戦場へ乱入する教団兵。
正体を現したレア――聖者セイロスが騎士団を率いて、戦場に姿を現していた。
「ウィル!」
「だい、じょうぶ」
ベレス先生に肩を貸して貰い、陣地まで撤収する。今すぐ死ぬ傷では無いのは幸いだった。
「私は追撃出来るかどうか見てくる。ここで待ってて」
セイロス騎士団は、帝国軍が勢いを得てしまっている事。そして既に王国軍が立て直し不可能な状態に陥っている事に気付き最小限の体勢を整え、撤退準備に入っていた。
もし出来るのなら、終わるまで傍にいたかったけどさすがにこの傷では足手まといだ。
「……」
林の木に背中を預け、息を吐く。周囲に王国兵の姿は無い。セイロス騎士団の姿も無い。
後少しすればベレス先生が戻ってくるだろう。
もう少し。もう少しで戦いが終わる。そしたら元王国に向かおう。彼らの墓を作り、手向けをしなければ。そしてそれが終わったら……何をしようか。
ベレス先生は俺と共に生きると言ってくれた。
彼女の後を追って、傭兵でも続けてみようか。
「育ったか、頃合いよな」
その声に反応も出来る訳が無い。
瞬間、避ける間もなく無数の黒い荊が体を貫いた。
「ぐっ、がっ……」
「良い、実に良い。獣共は殺し合い、緩やかに自滅へ向かっておる。後は贄を捧げ、傀儡の封印を解けば我らの悲願は間も無くだ」
体が、闇に飲み込まれていく。
全てが沈む。沈んでいく。
闇の中。何も見えないけれど、意識だけはあって。でも多分それもすぐに消える。
自分の体が、解けていく。肉体が肉体じゃなくなっていく。
ああ、やだなぁ。
死にたくない。
まるで、水面に沈む小さな蛹のように。
その記憶は闇に溶けた。