転生したら、女傭兵二人に迫られてる件について   作:門番A

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最初、まとめて一括で投稿しようと思ったんですが合わせると一万字超えるとか言う意味わからんスケールになったので分割にします。
後半も長くなりつつあるんでどうすっかな、これ。
……後二ルートも書くとか、誰だよこんなドMプロット考えたの。

結構とびとびになってしまって申し訳ないです。じっくり書こうとすると、マジで時間がいくらあっても足らないんで許してください。


紅花の記憶1

 

 

 

 

 

 

 ――目を覚ます。

 見慣れぬ天井を目にして、今自分がルミール村で休息を取っているのだと思い出した。確か、傭兵団の仕事として一仕事終えてきた所だった。

 戦った紫髪の女性の事をどうにも引きずっている。不殺で終えようとしていたけれど、最後の最後に抵抗されて、危うく殺されかけた。やむを得ないとはいえ、さすがに手にかけてしまった事は覚えている。

 どうにも殺めた次の日は目覚めが悪い。

 

「おう、起きたか。酷い面してるな、眠れなかったか」

「うん、まあ……」

 

 ジェラルトの言葉に頷く。

 人を殺す事まではまだ許容できた。けれど、その気持ちを肯定し飲み込む事だけは出来ない。

 

「……そうか、まあしばらく仕事の予定は入ってねぇしよ。アイツを起こしてきてくれるか。そろそろ出立だ」

「分かった」

 

 父親も同然であった彼の言葉に頷いて、ベレスを起こしに行く。

 部屋に入ると、丁度目を覚ましたのか彼女は立ち上がって欠伸をしていた。

 

「起きたのか、そろそろ出発らしい」

「分かった」

 

 既に荷造りは終わっているようだ。

 彼女と共に民家を出る。

 ――夜明けの空の下、待っているジェラルトの下まで向かおうとして見慣れぬ三人の人影がある事に気付いた。

 

「あれは……」

 

 そっか、そういえばここが始まりだった。

 三人と初めて出会い、三人が本編を通して唯一度だけ共に戦う機会は。

 

「――しょうがねぇ、一仕事とするか。行くぞ」

 

 ジェラルトの声に、槍を手にする。背後でベレスが剣を構える音が聞こえた。

 今度は出来れば誰も殺さなくて済むようにと祈りながら、地面を蹴った。

 

 

 

 

 盗賊との戦いを終えた後、夜が明け大修道院へ案内される事となった。

 この後何があったかは覚えている。覚えているけれど靄がかかっていたように曖昧だ。

 

「どうした、顔色悪いな。まだ引きずってるのか」

「ぬっ、無茶は禁物ですぞ! 休憩が必要でしたら馬を貸しましょうか!」

「あ、いえ大丈夫です。……殺しが、慣れないものでして」

 

 やはりジェラルトは騙せない。

 震える手を、見つめる。盗賊達は誰一人殺していない筈だ。

 あの紫髪の女性の事を、やはりずっと引きずっている。自分で自分の体を斬り落としたかのような痛みが、どこかで疼いている。

 

「飲み込む必要はないだろうよ。お前はお前のままでいい。無理にこっちの稼業に踏み込む必要はねぇんだぞ」

「……時間の問題、だとは思うけど」

 

 自分でそう言っておきながら、自信がない。ああ、クソこんな情けない姿晒してられないって言うのに。

 

「……アレが大修道院?」

 

 ベレスが指さす先には、見覚えのある建物。

 ――その壮大さに思わず息を呑んだ。

 

「……帰ってきたくはなかったんだがよ」

 

 ぼそりと呟くジェラルト。

 いろいろと思う所があるのだろう。俺には想像でしかないけれど。

 そんなこんなでどんどん奥に通され、気が付けばレア様とご対面。そしてベレスは教職に就く事を選んだ。

 

「貴方は――」

「ウィルと言います。ジェラルトさんに拾われて傭兵をしていました」

「……何だか、懐かしい気配が……いえ、そんな筈はありませんね。

 貴方はどうするのですか?」

「そう、ですね」

 

 少し考える。ジェラルトと共に教団の兵士として動く事。そしてベレスの補佐として教職を選ぶこと。

 けれど、どちらもまだ俺には荷が重すぎる様な気がしたから。

 

「生徒として、入りたいです。まだまだ学ぶ事が多いので」

「――分かりました。学級はどれを選びますか?」

 

 ベレスがじっと俺の事を見てくる。無表情だから何を考えてるか分からないけれど、どう答えればいいんだこれ。

 彼女にはジェラルトの一件で何か対抗意識持ったりされてるし。

 確か、黒鷺の学級を選んでたから……まあ教えてもらうなら彼女に相談した方が良いよなぁ。

 

「黒鷺でお願いします」

「分かりました」

 

 あ、ベレスの口角がちょっと上がった。どうやら正解だったらしい。

 

 

 

 

「皆、紹介するわ。私達の師よ、それから隣の黒髪の彼は黒鷺の一員となる。よろしく頼むわね」

 

 エーデルガルトの案内でベレスと共に黒鷺の学級の面々と顔を会わせる。うわ、ヒューベルト目つき悪っ。……いや、まあ彼の境遇考えたらそうなるか。

 ……そうだ、そうだった。色々思い出してきたぞ。黒鷺の面々は結構濃ゆい人達が揃ってるんだった。

 

「おう、ウィル。よろしくな! 俺はカスパルだ!」

「ちょっと声を落とせないかなぁカスパルは……。僕はリンハルト。まだ眠いから、このぐらいでいい?」

 

 カスパル、背丈は俺と変わらないぐらいだけど勢い良いよなぁ。リンハルトも、俺の知るイメージとほとんど変わってない。。

 

「ひ、ひぇっ、いきなり知らない人がふふふ二人も!? 無理です慣れません話せません、部屋に籠りますぅ~!」

「ベルナデッタ、交友、深める、話すが一番、です」

 

 でた、黒鷺どころか風花雪月で面白い少女ことベルナデッタ。そして異国の女王ペトラ。

 

「やぁ、黒鷺の学級へようこそ! 貴方がたを心から歓迎しよう! 我が名はフェルディナント=フォン=エーギル! よろしく頼む!」

「あらあら、初対面の子に誤解されちゃうわよ。私はドロテア。よろしくね?」

 

 一見誤解されやすいが、貴族である事を誇りそして己の使命へ邁進し続ける少年フェルディナント。やっぱり声デカいな。

 そして歌姫で知られる事ドロテア。……うわ、リアルで見るとめちゃくちゃ美人だ。この世界、顔面偏差値高すぎない……?

 

「クククッ、大変賑やかでよろしい事ですな。私はヒューベルト。以後お見知りおきを」

「改めて自己紹介するわね。私が級長を務めるエーデルガルトよ。よろしく師、ウィル」

 

 奥底を一切隠すような雰囲気を醸し出すヒューベルト。そして新しい仲間を迎える事に喜びを隠しきれないエーデルガルト。

 黒鷺の面々は俺の知る世界と変わりがない。そこだけは安心した。

 

「ところで師、学級対抗戦は知っていて? 今節の最後に予定されているのだけれど」

「初めて聞いた」

 

 そりゃそうでしょ。あの場所、とんとん拍子に話進んでいったし引き継ぎも何もなかったし。

 

「私達の学級から誰を出すのかを決めるのも、師の自由よ。まずは級長が一人、それから担任が一人ずつ。そして数人が選出される」

「とりあえずウィル、行こうか」

「はい?」

 

 え、何で? 即決が早すぎるでしょ。

 

「キミの戦いに関する苦手意識を克服する機会だと思うけど」

「う、ぐ……」

 

 それを言われたら返せる言葉がねぇ。

 

「おや、戦いが苦手な傭兵とは珍しい」

「ヒューベルト」

「失礼」

 

 ……まぁ、ベレスの言う通りよなぁ。

 そろそろ戦いに関する苦手を克服しとかないと。

 脳裏に過ぎるあの女性の幻影が消えない。

 

 

 

 

「――やっぱり断っておけば良かったかなぁ」

 

 そんな事を思いながら、青空を見る。

 最初の学級対抗戦、まさか自分が出る羽目になるとは思わなかった。

 俺の役割は前線。後衛の味方と組んで青獅子の動きを抑える事である。その間に金鹿の攻略はベレス達が急ぐらしい。要するに塞き止め役である。

 そんな俺の相方は――。

 

「あら、私じゃ魅力不足かしら?」

 

 ドロテア嬢である。

 いや、うん。確かに魔導士は後衛として最適だけどさぁ……。ヒューベルトだと背中気を付けないといけないようなもするし……あれ、もしかして最適な人選だったりする?

 

「いや、そんな事ないっすよ。精一杯エスコートさせて貰います」

「楽しみにしてるわね、ウィル君」

 

 棒を構える。ベレス……先生からの助言で、刃物を外してみてはどうかという事だった。

 そんな訳で俺の手元にはジェラルトさんが無茶を通して作った、長い棒が一つ握られている。不思議と手に馴染むし、刃物が無いと言うのが安心する。

 背後から戦いの音がする。そこにはベレス先生がいるので安心だろう。

 

「んじゃ、やりますか。ドロテアさん、援護お願いしますよっと!」

 

 飛来する矢。棒を回して、叩き落す。打ったのはアッシュだろう。ドロテアではなく、男である俺から狙ってくるのはまぁ、騎士と言えば騎士らしい。

 まずはアッシュから落とすとしますか。

 ――それから数分ほどで、ベレス先生たちは瞬く間に金鹿を制圧して見せた。いや、強すぎるだろ。俺まだドゥドゥーとディミトリの猛攻を捌くので必死だぞ。

 

「……なぁ、ウィル」

「どうかしました? 殿下。一応戦いの途中って体なんですけど……」

「お前と、どこかで会った事ないか……」

 

 ? 会った事あるような、無いような……。分からん、俺は知ってるけど多分彼は知らないだろうし……。

 

「いや、記憶にないですね」

「そうか……いや、すまなかったな。再開しよう」

 

 ちなみにディミトリめっちゃ強かった。なんなんあのゴリラ。

 

 

 

 

「ウィル」

「ベレス……先生」

「よろしい」

 

 学級対抗戦が終わり、無事黒鷺の学級が勝利を収めた後。ベレス先生に呼び止められる。

 先生って呼ばれるの楽しんでるだろこの人。

 

「戦ってる時どうだった?」

「……いや、まぁ言う通りだった。どうにも刃物を避けてるみたいだ」

 

 紫髪の女性に止めを刺したのは剣だった。剣どころか刃物すら握るのが嫌だと言うのだから、余程応えている。

 まだ、夢に出てくるぐらいだし……。

 

「良かった、キミの役に立てて。負けたくなかったから」

「負けたくないって……ジェラルトの事?」

 

 もしかしてアレか、俺がジェラルトの技をあっさり真似した事か。

 三、四年前ぐらいの事をまだ嫉妬してる……?

 

「ふんっ」

「あ、足踏むのやめてください痛い」

 

 それ、ヒールなんだから結構痛いんですけど!!

 ジェラルトが絡むと、ちょっと嫉妬深い部分が出てくるの何なんすかね……。

 

「いつかキミに勝つから。その時まで立っていて」

「……何ですかね、それ。俺は戦いなんて嫌いなんだけど……」

 

 傭兵団なんてやってるのも拾ってくれたジェラルトへの恩義だ。何も返せぬまま、平穏に暮らすなんて出来る訳が無かった。

 だから出来る事なら、ジェラルトが引退するその日まで少しでも支えていければと思って生きてきた。

 暗殺は何とかする、絶対に。

 

「……朴念仁」

「???」

 

 これ、何か深く聞いたら行けないような気がしてきたぞ。

 

「それじゃあ、反省会をするとしよう」

 

 どこからか取りだした眼鏡をクイッとかけて、ドヤ顔するベレス先生。

 割と様になってるんだよなぁ……。

 

「お願いします、先生」

「よろしい」

 

 やっぱり楽しんでるだろ貴方。

 

 

 

 

 時は流れる。

 盗賊討伐、霧中の戦い、聖廟防衛、天帝の剣。

 そして何故かグロンダーズ鷺獅子戦前に行われた釣り大会。

 せっかくの休日なので寝ていようと思っていた所を、部屋へ強引に突入してきたベレス先生に引きずり出され、釣り大会に参加させられた。

 

「……」

 

 ベレス先生は大物が釣れるや否や、早速大きさ比べに行った。……意外とはしゃぐなあの人。

 竿をたらし、時を待つ。意外と訓練にいいかもしれないこれ。

 

「あの、隣いいですか?」

「あれ、イングリットさん? ええ、まあどうぞ」

「ではお言葉に甘えますね」

 

 青獅子の学級の一人。課題も訓練も時間が異なっているのであまり一緒になった事は無い。

 でも時折、彼女から視線は感じていた。話しかけたいけど話しかけられないような遠巻きな気配。

 最初は人間違いだろうと思ったけれど、続くうちに少しずつ確信してきた。

 

「……」

「……」

 

 言葉は無い。釣り大会で生徒達の喧騒が木霊するだけだ。

 まずいって、気まずい。ドロテアと出かけた時色々と作法とかコツは教えてもらったけど、実戦がイングリットさんなのは聞いてないって。

 

「あの……ウィルさん」

「な、なんですかね」

「その……どこかでお会いしたコト、ありませんか?」

 

 それをよく聞かれる。最初はディミトリ。次はフェリクス、シルヴァン。そしてマイクランも、俺を見て瞠目していたのを覚えている。

 けれど、俺に記憶はない。過去の事は分からない。

 

「……過去の事はよく覚えていなくて。多分、貴女が望むような形では答えられないと思います」

「そう、ですか。私の方こそ、急に変な事を尋ねてすみません」

 

 雰囲気が、重い。

 周りの声すら届かなくなって、俺と彼女の二人だけの世界になったかのよう。

 

「……聞いてくれますか、私が憧れた人の話を」

「憧れた人……?」

 

 そんな人原作にいたっけか……。いや、憧れた人物は一人いたな。

 

「その人は、私にとって幼馴染のような存在で。拾われた子ではあるけれど、私達はそんな事気にしませんでした。

 騎士の真似事をして遊ぶ私達を、あの人はいつも少し離れたところで眺めていた。余り喋らず、表情も動かない、仮面のような人でしたけど。それでも怪我した人がいたら、手当出来る人の所まで運んだり、兵達の訓練が近づけば訓練の武器を手伝うなどしてくれてました。

 表には出ないけれど、とても優しい人だったんです」

 

 イングリットさんの目はここではない遠くを見つめている。

 その儚げな雰囲気に言葉を挟む事すら出来なかった。

 

「彼が強い人だと分かったのはとある訓練の日。兵士の手から抜けた槍が、私達の下へ向かってきたんです。勿論それはただの不幸な事故で、槍も訓練用の木製で。けれど当たれば大怪我は免れなかった。

 そんな私達の前に彼は立って、その槍をあっさりと掴み取りました。あの時の背中はとても大きく見えて、頼もしいと感じたのを覚えています」

 

 とても大切で、けれど触れる事の出来ない宝物を眺める様な瞳だった。

 

「彼は私達と同じ訓練を受けて、でも私達よりどんどん強くなって。でも彼は驕る事もなければ手を抜く事も無く。ただ一心に、訓練に打ち込み続けていました。

 気が付けば、彼の背中を、彼の後を追おうとしている自分がいて……。幼馴染もいて。

 ――幸せな、日々だったと思います」

 

 止まったような感覚の中を、風が流れていく。

 

「あの人はとある御方の護衛として選ばれました。とても、名誉ある事です。……その、筈なんです。

 ……帰って来たのは酷い怪我を負った御方達と、傷ついた護衛達。その中に彼の姿はありませんでした。

 卑劣な手を使った者達相手に単独で殿を務めた――それが最後に見た彼の姿だったそうです」

 

 彼女の声は震えていた。言葉にするのすら、やっとと言った様子だった。

 ……何を、どう伝えたらいいのだろう。彼女の悲しみにどうやって寄り添えばいい。

 

「……」

「……ありがとうございます、最後まで聞いてくれて」

「どうして、その話を自分に……?」

「なんで、ですかね。はっきりと分からないんです。ただ貴方を見ていたら、どうしてかあの人を思い出してしまって。

 おかしい、ですよね。貴方はあの人とどこか似ているだけで、本人って思うなんて」

 

 小さく、自虐的に微笑む彼女に目を逸らす。

 俺の過去が分からない以上無関係とはいえない。もしかすると、もしかするとその人物が俺である可能性だってあるのかもしれない。

 それを、証明する思いも否定する記憶もないのだけれど。

 

「一つだけ、我儘を言ってもいいですか……?」

「大丈夫です。何でも、言いたい事を。俺も忘れますから」

「……貴方が、私達の学級に来てくれてたら、良かったのに」

 

 ……でも、運命は選んだら戻れない。

 それはイングリットさんもきっと分かっているだろう。

 

「……貴方に感謝を。私の長話に付き合ってくれて」

「いえ、俺もあんまり他所の学級とここまで話した事は無かったので」

「そうなんですか、結構話好きそうでしたけど。ほら、ドロテアとかカスパルとかよく話してるじゃないですか」

「あの辺は寧ろ向こうからガツガツ来ると言うか何といいますか……結構人見知りするんですよ俺」

 

 カスパルには戦いのコツとか秘訣を聞かれたり後は一緒にトレーニングしてるぐらい。ちなみに俺が帝国に行く機会があったら、ベルグリーズ伯が稽古をつけてくれるらしい。何でもカスパルが俺のことを伝えたら、興味を持ったとか。マジで何してくれてるんだアイツ。

 ドロテアは言うまでも無いが、俺をからかって遊んでいる。あれはどうみても弟を弄る姉みたいな雰囲気だ。その後のベレス先生からの個人補修は何故か、他の生徒の倍近くまで時間が延びてたりする何故だ。

 

「でも黒鷺の学級では、前線の切り込み役と聞きましたけど?」

「先生がスパルタすぎるんすよ……」

 

 何か前線めっちゃ投入してくるし、めっちゃ近くにいるし。気が付けば俺とベレス先生で敵を返り討ちしている有様である。

 武術大会は出禁食らいかけたりしたし、何かこの体無駄にハイスペックよね。本人の精神だけがクソ雑魚すぎる。

 

「……そこまで思ってくれる先生でいいじゃないですか」

「……まあ、人には恵まれたと思ってますけど」

 

 そこは感謝している。ジェラルトに拾われなかったら、どんな末路を辿っていたのかなんて簡単に予想が付くから。

 せめて救われた命の分は、恩を返したい。

 

「あ」

「あっ」

 

 イングリットさんと声が重なる。話を重ねるうちに、気が付けば餌を全部食べられていた。

 

「……逃しちゃいましたね。どれぐらいの魚だったんでしょう」

「まあ、もう一回仕掛けますよ。まだ貰った餌あるんで」

 

 餌を巻き付けてもう一度糸を垂らす。

 水面が小さく跳ねた。

 

「もし良かったら、一緒にしてもいいですか?」

「ええ、こちらこそ。餌は俺が付けますよ」

 

 何でもない小さな一時。

 こんなささやかな時間が、一番幸せだった。

 

 

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