インフィニット・ストラトス・アライズ-Dominater of Battlefield-   作:天津毬

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今回から場面転換が多くなります。

よろしくお願い致します。





#07 セカンド幼馴染

東ヨーロッパ

オーゼン=グデリア連邦共和国

────オーゼン=ラトビア行政管区

ヤーカブピルス東方10キロ・森林地帯

 

林業地区として栄えたそこに人影はなく、ただ遠方からこだまする砲声だけが木霊している。

その、林業用植林場に乗り入れた一台の特大型トレーラー。

分厚い特一級汚染物質防御装甲(タキオン・シールド・シェル)に囲まれた荷台。

そこには、(カラス)を連想させる二足歩行の翼人────アライズが鎮座していた。

 

 

────まるで胎の中にいるようだ。

コックピットブロック内に突き刺さった六角柱の容器────そこに収められた男は思う。

…否。厳密には、男だった、と言うべきか。

男に人としての形は既に無く、脳髄だけの存在になり、コードを介して機体に直接繋がれている。

…この感覚は、脳が辛うじて人だった頃の記憶が、そうした錯覚を引き出しているのだろうと男は半ば強引に結論づける。

 

《────ホウキ(・・・)、新しい機体(カラダ)の調子はどうかな?》

 

女の声がする。

懐かしい、電子化されて(・・・・・・)久しく聴いていなかった盟友の声。

だが機械によって作られた合成音声だ。

機械特有のノイズ混じりの声に問われ、男は機体を操作する。

マニピュレーター────問題なし。

スラスター調整ノズル────問題なし。

腕部・脚部関節機構────問題なし。

センサー機構────問題なし。

 

『────良好だ。』

 

────ホウキと呼ばれた男は無感動に応える。

 

《結構────早速で悪いけど、試験運用と行こう。前の機体(カラダ)はローベルマイヤートンネルで君が自爆させたからね。》

 

自我データ転送が間に合わなかったら死んでたよ?という声と共に、戦域図が表示される。

場所は我らがグデリア────正式名称:オーゼン=グデリア連邦共和国。

旧バルト三国、東プロイセンから成る────ドイツ第3帝国(ナチス・ドイツ)の残りカスとしか形容出来ない国家であり、VIC6(六人の勝者)の一角。

現在この国家はロシア連邦────旧ソ連の系譜を色濃く継ぐ新興国家────による侵攻を受けていた。

2月末からロシアはウクライナ共和国という東欧国家への侵攻を開始。

そのウクライナと技術・経済関連で交流のあったグデリアも【非ナチス化】という名目の下、侵攻が開始された。

現状は、首都イェルガヴァ────かつて存在した旧ラトビアの都市エルガワの成れの果て────に向け、ロシア軍が大挙しているという有様だ。

理由は首都制圧による迅速な戦争終結と、グデリアに振り分けた戦力をウクライナに回す為…というのが、専門家の分析。

そしてエストニア方面と、ケーニヒスベルク方面にグデリアを分断────どちらかを傀儡政権化または完全併合、どちらかを"今後更に殴る為の口実"にでも残しておく魂胆なのだろう。

…まぁ、知ったことでは無い。それは、政治家の仕事だ。

 

《作戦を説明するよ────首都イェルガヴァ東方300キロ、ここから東に60キロの都市レゼクネの奪還作戦。これを支援する。

レゼクネは現在ロシア軍の占領下にあり、グデリア国防軍も奪還に躍起になっている戦区だ。

都市の北部5キロ地点の丘陵地帯には、ロシア軍の長距離要塞砲も敷設されており、この丘陵地帯要塞砲陣地の破壊が無ければグデリア軍地上部隊は奪還はおろか、戦線を50キロ後退しなくてはならない。丘陵地帯から周囲は丸見えだし、長距離砲の射撃範囲内に入れば…ね。

その為にホウキ、キミにはロシア軍要塞砲陣地の破壊をしてもらう事になる。

…何か質問は?》

 

『────都市の南部にも丘陵地帯がある。そこにも要塞砲は配備されているのでは無いか?』

 

ホウキの言う通り、レゼクネ市街の南南東50キロ地点にはラズナ自然保護区が所在しており、そこにも要塞砲を配置するには格好の丘陵地が点在していた。

 

《────そこは国防軍のアライズ2機が担当するそうだよ。だから君は心配しなくても構わない。…そっちが上手くいかなかったとしても、こちらの責任では無いからね。》

 

『なるほど、理解した。』

 

そう告げると────トレーラーの上部ハッチが開く。

仰向けに固定されていたアライズの巨大な体躯が、それらを支えるフレームごと直立に立ち上がる。

大気に晒された機体から、ジェネレーターの冷却を行っていた冷気が逃げてゆくのが見て取れた。

 

《あ、そうそう────人口密集地とさほど離れていないから、タキオン兵器は使用禁止ね。冬ならまだしも、この時期に使ってしまえば深刻な土壌汚染を引き起こしかねない。》

 

冬明けのこの時期、北ヨーロッパ平原ならびに東ヨーロッパ平原は雪解けにより地面が泥濘化する。

その為タキオン兵器など使おうものなら、周囲一帯に致命的な環境汚染を引き起こしかねない。

いくらタキオン粒子が水に溶かすと希釈分解されるとはいえ、それには相当数の水量を要する。

海洋放出ならいざ知らず、多少水が混じった泥程度では完全に分解しきれずにかえって泥に含まれる水を汚染し、その汚染水と共に土壌に浸透────そうなれば、待っているのは土中の微生物を殺し、地上の動植物をも生息困難な地に変え、最終的には何も無い砂漠に変えるという結末。

そして土壌に浸透したタキオン粒子は劣化汚染粒子物質(レッドダスト)となって、風に乗って広範囲に飛散し────更なる汚染を拡大させる。

だからこそ、タキオン技術に自信を持つグデリアも自国領内でのタキオン兵器の使用は原則認めていない。

 

《あと、一応キミのその機体(カラダ)はまだ機密扱いだから、該当地区に展開している敵部隊はくれぐれも────皆殺しにするようにね?》

 

『────分かっている。…俺は貴様は裏切らん。そう、誓った筈だぞ。』

 

女の無理難題────だがそれを、ホウキはさも当然と承諾した。

 

《────うん、そうだね。しかし……あの日から、もう70年経つんだねぇ…。》

 

ホウキと通信先の女──── 2人がまだ、人の身にあった頃を思い返しているのか、女は少し懐かしむ様な口調で話す。

────敗戦国に生まれながら、宇宙(ソラ)を目指した2人。

その果てが────この現状だ。

 

『…そうだ。現状がどうであれ、お前との約束は反故にはせん。』

 

《うん────死なないでよ?私の友達、もう貴方しか居ないんだから。》

 

『ただ犬死する程、俺は安い男ではないぞ────タバネ(・・・)。』

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

《TARVANEN/WS-X05【Krähe】》

ーーHaltbarkeit der Rüstungーー

Partikelpanzerung:100%

Komposit-Rüstung:100%

Zelle der skelette:normal

Betreiber:▇▇▇█▇ ▇▇█▇▇██▇▇

Hersteller:WaltSchmit

ーーーーーーHeerーーーーーーー

RA)WA/LK-2020

LA)Gustloff/S-2

RS)Ho/R-4

LS)Ho/R-4

RB)OLK/K-6

LB)WA/Gat-2008

BS)KASL/SSB-11

 

────Main system actavate combat mode.

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

『──── WS-X05(クレーエ)、出るぞ。』

 

跳躍。

トレーラーが軋み、タイヤを支えるスプリングとアンカーボルトが限界まで沈む。

【クレーエ】────黒のアライズが持つ病的に細い脚部からは考えられない高さを一気に稼ぐ。

トレーラーの上部ハッチが閉じると同時にメインブースターがプラズマジェットを吐き出すと、【クレーエ】の体躯は登る太陽に重なるほど高く上昇し、絞られたメインブースターによって一瞬だけ空中でピタリと一瞬静止する。

そして────紅のアイセンサーを細め、瞬時加速で現場に向け機体を走らせた…!

 

『────。』

 

感じるはずの無い加速度負荷が掛かる感覚を覚えながら、機体は時速4700kmに加速。

────60kmの距離を、42秒で駆け抜ける…!

クレーエが目を細める。

眼前には────丘陵地帯から覗く、要塞砲群。

 

『目標空域隣接空域に到達────展開装甲(ステルスシステム)、パージ。』

 

《目標はもう目前。アライズを見るなり彼らはすぐに攻撃してくるよ。キミに被害が出る前に無力化してね。》

 

そう女────タバネが言う間に、既に何発ものミサイルが飛翔する。

そして、クレーエの遥か前方で、直径100メートルはあろうかという火球が炸裂する。

 

《地対空核爆雷────?!》

 

タバネが驚愕する。

地対空核爆雷────冷戦期に旧ソ連が開発した、西側陣営ないし中央陣営の爆撃機や戦闘機を殲滅する為に開発された核兵器。

深刻な放射能汚染が発生するという欠点があったが、ソ連崩壊後のロシアはそれを核保有国としての面子を保つ為に保有し続けていた。

────あくまで、虚飾の為の兵器。

だというのに、そんな兵器を投入してくるなどタバネにとっても予想外だったからだ。

その火球より後方。

白煙の尾を引きながら、さらに迫る、10を超える地対空核爆雷の群れ────。

────急速な放射線量上昇をガイガーカウンターが告げる。

数値にして92シーベルト────人体が壊死する基準値を超える、致死的高濃度放射線量────を叩き出す。

…これでは、5キロしか離れていないレゼクネ市も全滅だろう。

それを証明する様に、戦況マップの端に表示されたレゼクネ市は、毎時76シーベルトという致死的高濃度放射線量を測定していて────

 

《粒子装甲展開、実戦形態(アクチュアルモード)への移行を許可!キミの安全が最優先だ!》

 

────もはや行儀良くタキオン汚染対策をしてもコレでは意味がないと唾棄しながり、タバネが叫ぶ。

 

『了解。』

 

ホウキは応答と共に粒子装甲を展開────そして実戦形態(アクチュアルモード)に切り替えた事でタキオンエンジンが激しい唸り声と共に膨大な量の粒子を撒き散らす。

一瞬後────クレーエが纏う光の壁に、核爆発による爆風が叩きつけられた…!

 

 

ロシア軍占領地域駐屯基地

────レゼクネ北方砲撃陣地

 

「いくらISといえど、この火力の前では……!」

 

一人のロシア兵が勝利を確信する。

爆煙が立ち込める。

だが撃破したと思しきISの反応はレーダーから消失してこない。

誰もが「まさか」と絶望がよぎる。

────今相手にしている敵が、次元からして違う存在であることに。

そんな存在に対し、少しでも敵うのではないかと考えた愚かさに。

 

《彼の反応、未だ健在……!我の攻撃、効いていません!》

 

その絶望と愚かさの答え合わせをするかのように観測手からの通信音声がその場にいた者全員の耳朶を叩いた。

やがて爆煙が風に流され晴れてゆくと、その存在が姿を現した。

 

「……なんだ、アレは────」

 

緋色に輝く光の奔流(タキオンエフェクト)

光の翼としか形容しがたい姿に制御されたソレは、十字架か、翼を広げた悪魔のよう。

否。その中央にある、黒い、カラスを彷彿とさせるシルエットのアライズは────死神そのものだった。

 

「────悪魔…」

 

誰かが呟いた。

創作物でしか見た事の無かったような代物が、今現実として立ちふさがっているこの現実に、誰もが膝から崩れ落ち、へたり込む。

…無理もない。彼らは────再構築戦争を知らない時代の人間だから。

だから眼前の死神を目の当たりにして、ただ、次元が違うバケモノだったのだという、理解を超えた絶望が理性を焼き切った。

砲兵は自らが被曝する事すら顧みず、再び地対空核爆雷の引き金を引く。

それしか、抗う術がないからだ。

────そして鴉は彼らの砲火を嘲笑うように掻い潜る。

しかしそれ以上は何もしない。

ただ飛ぶだけ。

ただ飛ぶだけなのだ。

右腕に持つレールガン(ローレンス砲)も。

左腕に持つプラズマブレードも。

肩部に持つミサイルも使わない。

飛ぶだけ────生身の兵士(・・・・・)相手には、それだけで充分なのだから。

鴉はただ緋色の光(タキオン粒子)の尾を引き、敵の頭上を飛ぶだけで────死を、撒き散らす。

直後に地上が阿鼻叫喚の地獄絵図に塗り替えられる。

────タキオン粒子(対消滅性の粒子)に触れた皮膚が爆ぜる。

────爆ぜた傷口から致命的な大量出血が始まる。

────傷口から浸透したタキオン粒子が無尽蔵に血管や神経、筋肉組織を破壊していく。

────それは一部位ではなく全身で。

まるで、肉食魚の群れに貪り喰われているかのように、辺りからは絶叫と血飛沫が狂い散る。

 

「装甲車だ!装甲車の中に────!」

 

誰かが叫ぶ。

それに釣られて無数の兵士が駐車されていた装甲車両に群がり出す。

だが、無慈悲にタキオン粒子の奔流が迫る。

だから今飛び乗ろうとしている兵士を蹴落として────装甲車に乗り込んだ兵士達は、車両と外界を隔てるドアを閉じた。

…直前。

タキオン粒子に貪り食われる兵士の絶叫が木霊していた。

それを閉ざした兵士達は、僅かな罪悪感に苛まれながらも、自分達の番ではなくて良かったと感じていた。

それはそうだ。誰も人は死にたくない。

生存とは人間の根源的な欲求であり本能。

いかに美辞麗句を並べ立てても覆せぬ事柄だ。

だから兵士達を責めるものは、誰もいない。

だがソレは同時に────

 

「────え?」

 

────許す者もいないということだった。

…チリチリと、木が燻り焼けるような音がする。

それは、無理矢理閉じたドアの装甲板から。

────外にはタキオン粒子の奔流。

そしてタキオン粒子には、対消滅効果という特性がある。

…それは即ち、どのような物体であれ、例外なく劣化させる(食い散らかす)という事で。

一瞬後、眩い光と音が響く。

装甲板を侵食し食い破ったタキオン粒子が一斉に兵士達に襲い掛かり────再び、惨劇が始まった。

 

 

『────生体反応、ゼロ(Null)。』

 

ホウキは静かに告げる。

眼下にはタキオン粒子に身体を食い破られ絶命した兵士らの死体が転がっていた。

そして同時にここは半永久的なタキオン汚染地域となった。

既に展開していた敵兵は哀れな肉片に成り果てた。

次は周辺に住む人間や動物が吸い込んだタキオン粒子により呼吸器官が破壊され死に至る。

次は土壌を蝕み植物や土中の微生物がタキオン粒子により死滅していく。

そして何もない枯れた死の大地へと緩やかに生まれ変わっていくのだ。

あるのは、担い手達なき要塞砲のみ。

憂う事はない。

どちらにしろ、要塞砲陣地から放たれた地対空核爆雷の弾数からしてここには致死量を遥かに超える放射線が撒き散らされた筈だ。

だから、タキオン被曝で死ぬか、放射線被曝で死ぬかのどちらかを選ぶ自由がある程度の話だ。

 

《ご苦労様。南の要塞砲も片付いたみたい。…ここに来る命知らずがいるとも思えないけど、一応要塞砲の破壊もお願い》

 

『了解した』

 

そう言われてホウキは右腕に持つWA/LK-2020(ワルター・ローレンスカノーネン)の砲口を要塞砲群に向けて────

 

《────待って》

 

────タバネの静止の声。

それと同時にハイパーセンサーに生まれ出でる敵反応。

 

《前言撤回。敵、新手だよ。》

 

『了解』

 

────流れるように反転。

直後、視界に映る機影。

 

《機種特定────デュノア製アライズ【ブーラスク】とロシア製EOS【イグゾブイェークト-1】の混成部隊だ。》

 

映し出される望遠の新規ウィンドウ────そこには、多連装CIWSとロケットランチャーで武装したホバー型EOSが15機。

────そして。

フランス製機体特有のスカートアーマー状のホバーフロート脚部。

兎の耳(・・・)にも見える頭部パーツのスタビライザー。

全体的に丸みを帯びたフォルム。

両腕に装備された2A38_30mm四連装機関砲。

両肩に装備されたモスキート対艦ミサイル。

────火力投射に特化した、ロシア軍仕様のアライズ【ブーラスク】が2機。

そのアライズを見て、クレーエのアイセンサーが目を細めた。

機体の装備や製造元ではなく────市場に流通していない、ウサミミ型のスタビライザーを見て。

 

『────【天災】か。よくよく好きと見える。』

 

ホウキは、敵が誰の刺客であるのかを理解する。

同時に────チャージしていた右腕のローレンス砲を、アライズの後方目掛けて穿つ…!

程走る稲妻。

亜光速で打ち出される砲弾。

それは空気を摩擦熱でプラズマ化させて────敵EOS部隊の中心に着弾する…!

噴火のような衝撃と共に、土が大量にめくれ上がり、200メートルは下らない砂柱がそそり立つ。

一条の砲弾をもろに受けたEOS部隊は、直撃時の爆砕流によって粉砕された…!

 

《敵EOS全滅。残り、アライズ2機。》

 

タバネの報告。

ホウキは自由落下も併せた三次元機動でエネルギーを節約しつつ、炎の尾を出しながら、高速中量機が右に左に飛び回る。

クレーエは前、右、前と連続する多段瞬時加速。

それに一手遅れて、爆音が大気を揺らす。

音速を超えて発生したソニック・ブームが大地を蹂躙し────刹那、光の刃が迸った。

 

〈な────〉

 

左腕のプラズマブレードがするりとブーラスクの脇腹を通り、赤熱したフレームの断面を露出しながら切り捨てられる。

冗談のように真っ二つにされた機体が炎をあげ、ようやく鴉の存在に気付いた(・・・・・・・・・・・・・)

 

〈あ、アライズだと!?クソッ、ナチの亡霊め……!〉

 

撃破された僚機と、白のプラズマブレードを引っ提げたクレーエを目の当たりにして、もう1機のブーラスクの軌道が乱れ始めた。

30mm四連装機関砲の、駄々をこねる子供めいた乱雑な射撃が展開される。

まずは距離を取り、センサーでロックオン。

その後、射撃誤差修正を行い当てるという算段なのだろう。

単純だが、教本通りの堅実な戦い方。

だが、それが実戦でも通用するのは相手が格下である場合の話。

同格の敵に求められるものは────一部例外を除いて、柔軟性に富み、予測を困難にする型の無い戦い方だ。

それができないというのなら、ただ死ぬだけ。

 

『────(つたな)すぎる、それでは。』

 

漆黒の機体は稲妻のように瞬時加速で鋭角に曲がりながら地に足をつけて旋回し華麗にドリフト・ターンを決めた。

地面がひとたまりもなく砕け散り、砂塵と土塊がカーテンを作り上げる。

その勢いを殺さぬまま、二段瞬時加速によって超音速に到達した鴉は最後の敵機(ブーラスク)に殺到する…!

 

〈は、早────〉

 

ブーラスクのパイロットが反応する暇もなく。

 

『貴様は────堕ちろ。』

 

すれ違う瞬間、プラズマブレードで居合い斬る…!

────野太い白が一閃し、一瞬の後にアライズの腰が崩れ落ちた。

────会敵から僅か40秒。

8機のEOSとアライズ2機が破壊され────残るは担い手無き要塞砲のみだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆

 

 

日本帝国長崎県五島市浜町

男女群島・国連直轄領トキオ自治区セントラル区

IS学園・食堂

 

そこには、SECULITY(警備課)と背中に刻まれた深緑の警備課戦闘服(BDU)を身につけたナガトと、白を基調にしながらも赤のラインが刻まれた学園生徒指定制服を身につけた箒が座っていた。

 

「ほーん、つまり2組代表は織斑くんのセカンド幼馴染と。」

 

「────はい。」

 

ナガトはレモンステーキ定食、箒は雲仙ハヤシオムライスを食しながら鈴について会話をしていた。

食している料理はどちらも学園が所在する長崎県の郷土料理だ。

────レモンステーキは長崎県佐世保市発祥であり、戦後から駐留しているアメリカ海軍の影響でステーキが流行し、その後日本人の口に合うよう改良されたものだという。

食べやすく薄切りにし、レモン風味の醤油をかけて食べるのが、もっぱらレモンステーキのスタイルだ。

肉とさっぱりとしたソースは、なんといっても白米との相性が抜群で、中々美味い。

────一方の雲仙ハヤシオムライスは雲仙市名物であり、ふわふわトロトロの卵の周りには、こだわりの自家製ハヤシソースがたっぷりと満たされている。

チキンライスの肉には長崎和牛を使用しており、ホロホロと口の中でほどける食感がする。

更には卵の下にはチーズも入っており、トロトロ具合が病みつきになる料理だ。

…この時代、食材の大半は合成食料だの培養肉だのだが、味付けと保管環境の調整で限りなく本物に近い味と食感を再現しており、中々どうして美味いものだ。

────閑話休題(それはそれとして)

 

「別にそれは良いんです、私より長い期間、一夏と一緒に過ごしていたそうなので。

…ただ────、」

 

「────少し、妬いたか?」

 

戯ける様な問い。

一瞬箒はどきりとし────視線を泳がせ、スプーンでハヤシソースの海を撫でる様に小さく攪拌する。

 

「率直に言うと………はい。」

 

「ふむ…。」

 

「あとは────一番困るのは、このまま凰と仲良くなるあまり、訓練を疎かにする可能性です。流石に無いと思いたいですが……無い、と言い切れないのも…。」

 

────クラス別トーナメントまで、あと1週間しかないのに、と箒はため息をついた。

 

「んー…、男ってのは仲の良い女が居ると鼻の下伸ばしてそっち行っちまうもんだからな。」

 

まぁ、それはそれで年相応、青春めいてて良いんだが、どうしたもんかね────と、ナガトもため息をつく。

悪い話ではない。

むしろ思春期の青少年としては真っ当な反応ですらある。

…が、それを望まれない環境というのも存在する。

────それがIS学園だ。

 

「まぁ────決めるのは当人だ。俺達じゃない。」

 

お前はこれまで通り、頼まれたら付き合ってやればいい────定食のステーキを頬張りながら、ナガトはそう告げる。

 

「他人の事を気にかけるのは良いが、あまり思い詰めるなよ。」

 

その表情には、箒に対する労いの色が見られた。

 

「────はい!」

 

それを汲み取り、箒も柔らかく笑みを返した。

 

「おー、お二人さんここにいたかぁ」

 

ふと、そんな二人の間に高木が入って来る。

そこに、手に皿うどん定食の御盆と何やら書類を持った高木がいた。

その後ろには、離れたところで一夏と鈴が座って仲良く食べており、遠巻きに女子達がそれを見守っている。

あるものは羨望の眼差し。

あるものは揶揄う眼差し。

あるものは嫉妬の眼差し。

────ともかく女に囲まれている。

 

「やー一坊またモテモテじゃーん?青春だねぇー。

────で、ハイこれ。お土産。」

 

そういうなり、高木はホッチキス留めされた書類の束を渡す。

そこには────

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

◆香港代表候補生機体◆

機体名:CIS-02 甲龍

操縦者:凰鈴音

所属:英台合同試験団《ナイトメア隊》

製造元:BAEsホンコン・ミリタリー社

    漢翔公社

機種:重量逆関節型機

装備:RA)IMI/CSHC-2カウンターキャノン

   LA)BAEsHM/B-3双天牙月

   RS)BAEsHM/WC-1X龍砲

   LS)BAEsHM/WC-1X龍砲

   RB)MBDS_エーアトヌスミサイル

   LB)RoD/SC-1_105mm圧縮加速狙撃砲

   BS)IMI/CSHC-2カウンターキャノン

     BAEsHM/B-3双天牙月

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

────鈴の専用機について、記載されていた。

それを見て、思わずナガトは目を細め、箒は絶句した。

 

「ほう、重逆か。香港らしい。」

 

重逆────重量逆関節型とは、重量機でありながら、高いジャンプ力によって立体機動力に優れた脚部を持つ機体の事だ。

高い安定性と重装甲による防御力。

中距離での撃ち合いには非常に強く、高いジャンプ力を活かして障害物を登る立体的な陣地転換の他、近接戦で敵の頭上を取ったあとの撃ち下ろし(カウンター)も得意とする機種だった。

また重量型機ということで積載量も多く、大量の装備を一度に運用可能となっている。

高低差が激しい峻険な山岳地帯や超高層ビルが林立する香港に於いては強大な戦術的アドバンテージを発揮する存在であることから、香港では特にこの機種が採用されていた。

現にアライズ分野においても、重量逆関節型機は香港の十八番(オハコ)だった。

だがそんな事より、箒はこの情報を集めてきた事の方が気になったようで、素っ頓狂な声を上げた。

 

「これ────2組の?!どうやって…!?」

 

「んー?山ちゃんに頼んだらくれた。」

 

あっけらかんと、高木は告げる。

それに声を(ひそ)めながら、箒が問いかける。

 

「良いんですか?職権濫用では?これ。」

 

「ま良いんじゃない?どうせ教員には通達されてる内容だし。」

 

学園の警備を担当するオレ達が知っておく権利くらい、あると思うがね────そう付け加えて高木は言う。

現状、高木は警備課主任、ナガトは警備課監察官兼駐在武官────即ち、学園の防衛に携わる身分だ。

護衛対象の詳細な情報くらい理解しておく必要は当然あるだろう。

そして箒は、たまたま居合わせてしまった(・・・・・・・・・・・・・)

そうすれば、丸く収まるというものだ。

最も、バレたら機密保持を怠ったとして学園運営部から警備課は責任追求されるだろうが。

だがそれと同時に、2ぺージ目を見たナガトは顔を顰める。

 

「…おい、聴いていないぞ。3組のは。」

 

 

 

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◆フランス代表候補生機体◆

機体名:Du-03Eラファールリヴァイヴカスタム

操縦者:アントワーヌ・デュノア

所属:デュノア社技術部《シャンゼリゼ試験隊》

製造元:デュノア社

    シエル・アルジェール社

機種:浮遊無脚型機

装備:RA)ブローミングM2三連装マシンガン

   LA)KSI/PK-03プラズマキャノン

   BW)エグゾゼAM39対艦ミサイル

   BS)シールドピアス

     M71/30mm連装ガトリングガン

     ブローミングM2三連装マシンガン

     TUFAN-RG-1レールガン

     84mmグレネードランチャー

     57mm狙撃砲

 

 

◆日本代表候補生機体◆

機体名:03式打鉄弐型

操縦者:更織簪

所属:日欧合同実験団《ライカンズ試験隊》

製造元:巌崎重工

    日照ライムントヴァルト社

    倉持技研

機種:中量二脚型機

装備:RA)03式近接長刀Ⅱ型

   LA)M71/30mm連装ガトリングガン

   RS)試製20式荷電粒子砲《春嵐》

   LS)11式展開型追加装甲

   BW)試製21式64連装誘導弾《山嵐》

   BS)超振動加速薙刀《夢現》

     試製21式64連装誘導弾《山嵐》

 

 

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そこには、2組のみならず3組と4組の専用機データまで書き込まれていたのだ。

──── 4組の機体はナガトと箒が属する試験隊に所属となっている。

クラス代表決定戦当日に連絡が降り、2人は知っていたが────3組の機体については初耳だった。

 

「機体と生徒はまだ来てないみたいなんだが、クラス別トーナメントまでには来るからってデータだけ寄越したらしい。」

 

高木が言う。

後から来るのに、クラス代表の席だけは確保してある。

随分と不公平な話だ。

────どうやら、まともなクラス代表選抜が成されたのは1組と4組だけらしい。

 

「こちらは多数決にクラス代表決定戦までしたというのに…馬鹿みたいでは無いか。」

 

思わず箒が愚痴る。

 

「…ま、今学園が維持出来てるのは企業や国家の支援有っての事だから。それらの息がかかった生徒を優遇して忖度するのは、当然といえば当然の流れでしょ。」

 

忖度するだけ、支援(カネ)を落としてくれるんだからサ────と、高木はドライに言い放つ。

…確かに。

コンペディションISは、アライズの台頭とそれに合わせたA-CIS/EOS(エイシス・イオス)のような既存EOSの強化・充足化により既にその地位を失いつつある。

現在残されているのは、競技用と実験用という限定的な立場のみ。

それら兵器の手綱を握る国家や企業からすれば、乱暴な言い方ではあるが、それ以外に利用価値など存在しない。

────そう認識する国家や企業が増加傾向にある。

現に、日本帝国も今年派遣した配備機種のうち、コンペートは1機種…白式のみ。

他はアライズ3機種、エイシスEOS4機種。

本来コンペディションISを学ぶべき場所で、逆転現象が起きてしまっているのだ。

他国にも目を向けると────

イギリス連邦…コンペート2機種、アライズ2機種、エイシスEOS1機種、EOS2機種。

レヴェラント連合国…コンペート0機種、アライズ2機種(予定)、エイシスEOS1機種、EOS1機種。

フランス植民地帝国…コンペート1機種(予定)、アライズ0機種。

アメリカ合衆国…コンペート1機種、アライズ2機種、エイシスEOS1機種、EOS3機種。

オーゼン=グデリア連邦共和国…コンペート0機種、アライズ2機種(予定)。

────やはり一部例外を除いて、その大多数はコンペートではなくアライズやEOS系列の派遣というのが実情だ。

それだけ、企業や国家のコンペート離れが加速している以上、企業や国家の支援無くして運営出来ない学園としては、生徒の公平性をかなぐり捨ててでも忖度することを迫られる。

────出来なければ、廃校だ。

公平性と本来の目的を投げ捨て、企業や国家の兵器実験場となる事を黙認する代わりに援助を受ける────それが学園首脳部が選んだ道であり、現状のIS学園の実態だった。

 

「学園として破綻してンだから、今更糾弾したって手遅れだし、余計悪化するしねぇ……で、どうよ?3組のは。」

 

ふと思い出した様に、高木はナガトの方に向き直る。

 

「────いや、ひっでぇなコレ…」

 

うわぁ…と言わんばかりの顔で、ナガトが言う。

手にしているのは2枚目、3組代表の機体ことラファールリヴァイヴカスタムの資料だ。

 

「フロに加えて武装全部他社製品て……えぇ…?」

 

フロ────浮遊無脚(フロート)型機は、PICによる慣性制御と反重力翼、流動波干渉に特化した機種であり、常に地面から浮遊してホバー移動することに長けている。

二脚、四脚、逆脚とある中で最も地上巡航速度が速く、さらに瞬時加速も合わされば優れた機動性を発揮する。

…ここまで聞けば長所は良い。だが短所は積載量と耐久性の極端な不足、そしてISにとって致命的な、低い空戦能力である。

武装は拡張領域を広げる事で対応した様だが、それは同時に、武装を高速で切り替える事が求められる事となる。

あらゆる面で操縦者への負荷が強い────そんな機体となっていた。

加えて、武装はラファール系列が運用を想定されていない他社製品ばかり。

 

「…やる気が無いのか、技術が頭打ちなのか────どっちだよ…。」

 

こんな変態仕様、使える奴居るのか────とナガトは頭を抱えながら言う。

正直な話。

ふざけているのか大真面目なのかが分からない。

前者ならまぁ中指を立てるだけで済む。

だが後者なら、操縦者が哀れでしか無い。

 

日欧合同次世代機開発計画(イグニッションプラン)に参加できず、単独で開発を続けた結果だなぁ…。随分とまぁ、ガラパゴス進化してやがる。」

 

高木が皿うどんを頬張り笑いながら口にし、それに箒が苦言を呈す。

 

「食べながら笑わないで下さい。みっともないですよ…大人なのに。」

 

「え?何?何?箒チャン俺のオフクロにでもなってくれんの?」

 

しかし当の高木は巫山戯れてそんな事を言う始末なので、

 

「黙れロリコン。」

 

「気持ち悪い事言わないで下さい。」

 

「ひでぇ…おじさん泣いちゃう」

 

ナガトが釘を刺す。

続いて、箒も冷たく拒絶する様にそう告げる。

2人から冷たい視線────箒は生理的に気持ち悪い汚物を見る様な瞳、ナガトは不埒者に無言の圧をかける情無きの瞳────を投げかけられた高木はしょぼんと項垂れる。

 

「…まぁ、このスケベ野郎は置いとくとして、警備課としては織斑くんとこの3機を護衛対象とせにゃならん訳だな…。」

 

閑話休題、と言わんばかりにナガトが話題を切り替える。

 

「そうですね…そして、一夏はこの3機────セシリアと全く違うタイプの3人を相手しなくてはならない…前途多難です。」

 

箒もそちらに話題を切り替え、現状にため息を吐く。

おさらいすると。

────1組の代表機体は軽量二脚型機。

機体重量の軽さと持ち前の機動力と、ミサイルなどの火力投射力とブレードで高速機動格闘戦を展開する格闘型。

────2組の代表機体は重量逆関節型機。

耐荷重量にものを言わせた多数の武装を積載可能な上に立体機動戦とその間のカウンター攻撃を得意とする強襲型。

────3組の代表機体は浮遊無脚型機。

高い巡航速度を誇り、拡張領域の武装も併せた弾幕射撃並びに持久力に長け、高速移動砲台として運用する砲撃型。

────4組の代表機体は中量二脚型機。

無数の誘導弾による制圧と荷電粒子砲の合わせ技、近接でもリーチの長い薙刀で堅実な戦いを展開できる万能型。

…どれもこれも、異なる対応策が求められる。

しかも1週間かけて身につけた対セシリア戦の対応パターンは通用しない輩ばかり。

3組はともかく、2組も4組も近接格闘戦を想定した武装がある為、白式の十八番(オハコ)である近接格闘戦を独壇場に持っていく事が叶わない。

更に言うならば、4組の打鉄弐型が持つ近接格闘装備は薙刀タイプ。

雪片よりもリーチが長く、近接格闘戦においては打鉄弐型の方が白式より有利ですらある。

────再び、箒はため息を吐く。

 

「────面倒な事になりました…。」

 

「何が面倒なのよ?」

 

箒の呟き────それに、聞き慣れぬ声が返される。

ふと、声の音源へと振り返る。

そこには────一夏とセシリアを両脇に携えた香港代表候補生・凰鈴音が仁王立ちでいた。

 

「一夏のファースト幼馴染だって言うから見に来てやったのよ。それにしても何?昼からオッサンとのパパ活に勤しんでるの?」

 

「パ…────?!」

 

いきなり放たれた傍若無人な振る舞いと、この状況をパパ活と評した事に箒は絶句する。

…確かに、今箒のテーブルに座っているのは箒の他に、ナガトと高木────どちらも30代前半の男────のみである。

そう言われても仕方ない、何しろこちらの事情など知る筈もないのだ。

現にこちらも、鈴の事情などこれっぽっちも知らない。

 

「ウッソ、篠ノ之さんパパ活してんの?」

「やっぱりあの新型も身体で手に入れたんじゃ…」

 

しかしありもしない風評被害を撒き散らされるのも困る。

だから────

 

「────この方々は義父とその同僚さんだ。そんなものでは断じて無い。」

 

初対面で失礼な奴だ────と、牙を剥き出しにして唸り声を上げる犬めいた声音で箒はそう告げる。

 

「申し訳ありませんわ、篠ノ之さん。彼女、思った事をすぐ口にする癖がありまして…。」

 

「────なるほど…」

 

隣にいたセシリアが申し訳無さそうに謝罪する。

彼女が鈴と関係を持っている事を意外に思ったが、おそらくは同じイギリス連邦加盟国(コモンウェルス)の代表候補生であるために、面識があるのだろう────と箒は思った。

視線をセシリアから鈴に向けると、苦々しそうに口を動かしている彼女がいた。

 

「…初対面で言ったことは取り消すわよ。けどこれだけは言っとくわ。一夏の事を良く知ってるのは私だから!」

 

────そう、言い放つ。

 

(…私より長く一夏と共に居たのだから当たり前だろう。)

 

何を言っているのだ貴様は────そう言外に訴えながら、ジトリと鈴を見る。

 

(…もしや私は恋敵の類と勘違いされているのか?)

 

箒は内心思う。

…いずれにせよ、これ以上話をややこしくさせないのが吉だ。

とはいえこの手の輩は適当にあしらったり無視すると逆上する。

…どうしたものか…。

 

「…ん?(フォン)…、フォン…、フォン=ブラウン…。もしや貴様、ブラウンと劉の娘か。」

 

ふとそこに、ナガトが言葉を発する。

予想外の場所からの渡り船に箒は内心胸を撫で下ろす。

その言葉に鈴は驚き目を見開く。

 

 

「ママとパパを知ってんの?!…あ、です。」

 

予想外の人物からの声に、素っ頓狂な聞き声で返してしまい────思い出したように敬語を付け足す。

────劉楽音

────カレン・フォン=ブラウン

どちらもナガトの顔馴染み…とまでは行かないが。

 

10年前の同僚(・・・・・・)だ。」

 

10年前の同僚────その言葉で、この場にいた鈴以外の人間が、彼女の両親が何者であるかを悟る。

おそらく、鈴の両親はヘズナル────それも、ナガトと同じオリジナルだと、全員が理解する。

しかし当の鈴が何も反応しない辺り、両親は仕事内容を明かしていないらしい。

まぁ、《有人核兵器》になって国を守っている────なんて、誇らしげに言える話でもないだろう。その判断は、当然の話だった。

 

「二人は仲良くやってるか?」

 

ナガトはそう問いかける。

────数回話した程度だが、仮にも同じヘズナルでありオリジナル。

気にかけるのは当然と言えば当然だ。

…長時間急性タキオン被曝に曝されていたオリジナルは、10年後の生存確率が50%と言われている。

現にオリジナル47人中、現在生存しているのはそのうちの23人だけ。大半は急性タキオン被曝による内臓壊死や白血病により命を落としている。

…嘆く事はない。

────戦場で無敵無敗を誇った狼達(オリジナル)も、所詮はヒトの子だった。

…それだけの話なのだから。

ふと────鈴は心なしか落ち込んだ顔を浮かべる。

 

「…別れたわ。」

 

その言葉に、ナガトは狐に口を摘まれた様な顔を浮かべた。

 

「────意外だな。お似合いだったのに。」

 

「男と女の関係なんて、どうなるか予測不可能よ。…ママも詳しくは教えてくれてないけど、多分パパは古巣の台湾にでも帰ったんじゃない?」

 

そう言い放つ。

…本当に、そうか?

ナガトはそう疑問を抱いた。

近年急速な軍拡によりアジア諸国の脅威になりつつある中華人民共和国と、台湾────中華民国とイギリス連邦領香港は国境を接している。

そして鈴の両親────西側サイドのヘズナルは鈴にその素性を明かしていない。

…これがアライズの分散配備ないし台湾に於ける新規ヘズナル教導の為だとすれば?

アライズはその一機一機が核兵器に匹敵する戦略兵器だ。

ならば近年重要視されている対中包囲網を、アライズの分散配備および各地のヘズナル育成という形でより強固にするという方針に傾くのは当然と言える。

…ならば、鈴への言い分は?

ヘズナル育成と現状の軍備体制は中国の脅威度が上がる度に、長期的に実行される。

とても単身赴任というレベルでは済まないだろう。

…つまりは、偽装結婚ならぬ偽装離婚────その可能性が、無いとは言い切れなかった。

 

「────それより一夏!私との約束、覚えているでしょうね?」

 

…ふと、唐突に鈴が一夏を振り返って問いかける。

なんだなんだ、ひょっとしてもう婚約とかしてたのか。

おやおや────とでも言いたそうに口角を歪めて、ナガトは笑みを浮かべる。

箒も箒で察したらしく、「では赤飯を炊かなくてはな。」と微笑みながら言う。

それに一夏は「ああ、覚えてるぞ」と言いながら口を開き────

 

「アレだろ?これから毎日酢豚奢ってくれるって言うやつ────」

 

「────え?」

 

(────ん?)

 

一瞬、鈴の思考が停止した。

ナガトや箒、高木も同様だ。

 

「スブタ…?ああ、『スウィートアンド・サワーポーク』のことですね?中華料理の。」

 

酢豚って英語ではそう言うのか、ありがとうセシリア。

それはともかく────何か、一夏は盛大に勘違いしている予感がする…。

 

「…???────え、だから毎日奢ってくれるんだろ?…違うのか?」

 

絶妙に噛み合わない会話。

聞いているナガト達(第3者)も双方の意図を読みかねる。

 

「『奢る』じゃなくて『食べてくれる』って言ったのよ!」

 

鈴は、酢豚を毎日食べてねと言った。

一夏は、酢豚を毎日奢ってくれると把握した。

────しかし両者の理解はすれ違っている。

そも、鈴の意図も意味不明だ。

一体どういう事だ────と、ナガトが頭を抱える。

ふと、箒が、

 

「ナガト。もしやこれ、『毎日私の味噌汁飲んでね』という殺し文句に準えて言ってるのでは…?」

 

ヒソヒソと、そう告げる。

なるほど、それで合点がいく。

そうすれば、一夏が誤解し、また鈴の意図が第3者からも理解出来ないのも話がつく。

 

(────いや分かるかぁッ!!)

 

内心、絶叫した。

だいたい味噌汁じゃなくて酢豚に言い換えなきゃこの問題起きないだろうが!

というか今の時代にそんな古い殺し文句伝わるかァ!

 

「そんな訳ないでしょが!」

 

「どういう訳なんだよ、ちゃんと言ってくれないと…わかんないだろ!?」

 

「何でよ!?考えればわかることでしょ!?」

 

「だから…何をどう考えればいいんだよ!?」

 

それを証明する様に、どんどん話はおかしな方向に捻じ曲がっていく。

売り言葉に買い言葉。

二人とも当初の目的を見失っているらしく、なぜ解らないのか、何故考えろと言われているのかに怒っている様に見える。

そして2人は互いの怒りを相手にぶつけることだけが目的になってしまっていた。

 

「何よ。この朴念仁!難聴!鈍感!KY!」

 

「なんでそこまで言われなきゃいけないんだよ!貧乳!」

 

…一瞬、時が止まる。

…鈴の怒りが最高潮に達し、そして────

 

「最っ底!馬に蹴られて死ねェェェェッ!!」

 

「あがぁぁぁぁぁーーーーーッ?!」

 

…鈴の罵声。

それと共に見事な旋風脚(ハイキック)が一夏の頬を蹴り上げ────、

一夏の絶叫が食堂にこだました。

空中でグルンと一回転し、一夏は床に倒れ伏す。

鈴は怒り心頭────と言った具合で、踵を返して食堂から出て行く。

怒涛の展開から1秒後────

 

「…オーイ、一坊ー、生きてるー?」

 

まず動いたのは高木だった。

 

「な……なん、とか…。」

 

幸い無事な様だ。

それにナガトと箒も安堵の息を吐くが、

 

「一夏…アレは無い…。アレは酷いぞ…。」

 

床に平伏した一夏に箒が失望したとでも言いたそうな口調で告げる。

まぁ、うん。

途中までは一夏の肩を持てる。

しかし最後の一言で擁護不可能となってしまったのだ。

 

「やはり、一夏さんは乙女心を学び直すところからですわね。」

 

続く様にセシリアもため息を吐きながら言う。

 

「おじちゃん、情けなくて涙出てくらぁー。坊はそいうことをワカラナイカ」

 

高木も同様だ。

…それはそれとして。

こんな調子で間に合うのだろうか────クラス別トーナメント…。

訓練もそうだが、警備体制も…やる事は山積みだった。

 

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆

 

────南極大陸・ビクトリアランド上空

高高度航空プラットフォーム【ポラリス】

 

歪な空に浮かぶ人工の大陸。

そうとしか形容しきれぬ、全幅8km、全長2km、全高180メートルの全翼機5機が編隊を組み、凍てついた空に浮遊していた。

…飛ぶ、とは違う。

飛ぶという動作は本来、離陸と滑空、そして着陸まで含めてセットの言葉。

しかしこの航空プラットフォーム────ポラリスは、着陸する事を前提に造られていない。

ただひたすらに、半永久的に空を飛び続ける居住型の超巨大航空機。

それ故に、その様は浮遊としか形容出来なかった。

 

 

同・国際連合本部

────常任理事国議会

 

コロニア体制崩壊後、国際連合本部はこの空飛ぶ大陸に移転された。

小惑星の落下による世界規模の天変地異と経済崩壊、国家の滅亡、そして再構築戦争────自らが維持・管理を務めた世界は破壊された。

6カ国国際間連合(Variable_International _Confederation_of_Six_country)────通称・V.I.C.6(ヴィックス)なる勢力が新たに統治する形となっており、そこに国際連合(旧コロニア派)の場所はどこにも無い。

設立当初の、世界平和を邁進する為の理念も信頼も発言力も無い。

────ただ、存在しているだけ。

言ってしまえば、国際連合とは、名ばかりの空虚な戯言に変わり果ててしまったのだ。

その現実から逃れる為に、当時の一部高官達は現実世界から自らを切り離した。

…その、常任理事国議会室。

そう広くは無い。

その部屋に、6つの脳髄を収めた箱が円卓を囲む様に並んでいた。

 

『────天才は、未だ沈黙したままか。』

 

────ソヴィエト代表と刻まれた箱が言葉を発する。

 

『織斑シリーズの全個体処分と、IS学園の内部粛正。多少の兵力を用意すれば可能だろうに。』

 

────アメリカ代表と刻まれた箱が笑う。

 

『────然り。【アルテミス】を使う訳でないのだ。この程度の事で腰を重くされては、管理者として些か信用できぬ。』

 

────イギリス代表と刻まれた箱が不信感を露わにする。

 

『左様────強硬ロジックモデルは既に解を出している。』

 

────中国代表と刻まれた箱が同調する。

 

『いずれ解は出る────だがこのままでは遅過ぎる。この際、融和ロジックモデルの意見は切り捨てるべきだろう。』

 

────ドイツ代表と刻まれた箱が総括する。

 

『それで、束さんの役割になる訳かなぁ?』

 

場違いに、はしゃぐ様に笑う声。

円卓の最奥────タバネ・シノノノ≒レプリカと刻まれた箱が笑う。

 

『ふふん、まっかせてぇ…常任理事国の皆様にはちゃあんと────』

 

…一拍開けて。

 

『────VIC6が管理する世界(今を生きる人類)に、可能性なんか存在しないって、証明してあげるから。』

 

反転した様に、低く、おぞましい声音で、

────天災・篠ノ之束の"成れの果て"はそう告げた。

 

 

 




〜あとがき〜

◉ナガトと箒のナゼナニ劇場⑨

◽︎箒
「えー今日はナガトが白式および雷火の第二次改修に行ってしまい欠席なので、代わりに香港代表候補生の凰に来て頂きました。」

▪︎鈴音
「改めて、香港代表候補生、凰鈴音氏よ!」

◽︎箒
「香港はイギリス連邦(コモンウェルス)に加盟する都市国家であり、凰はそのBAEsホンコン・ディフェンス社のテストパイロットを務めているとの事です。
 …うん、紹介文はこんなところかな。」

▪︎鈴音
「いや他には?」

▫︎箒
「んー…私からは特に…機体については次回あたりにあるだろうし…。そうだな、では一夏やセシリアとの関係などを聞いてみようかな。」

▪︎鈴音
「セシリアとはイギリス連邦加盟国間交流試合時に顔合わせしてからの競争相手ね。一夏は香港の旧コロニア施設を転用した新市街地の学校で会ったわ。」

▫︎箒
「一夏が香港に……?いつ頃だ?」

▪︎鈴音
「再構築戦争が終わってすぐだから…2012年の末くらい?」

▫︎箒
「…日比谷の青空教室から香港にまで移動……できるのか?あの情勢下で、そんな事が…。」

▪︎鈴音
「なにブツブツ言ってんのよ。」

▫︎箒
「いや、すまない。そこから3年間過ごした感じだろうか?」

▪︎鈴音
「いーえ、2年間。あいつ、中3になった時に日本に帰っちゃったの。
 それまでに色々アタックかけたけど、今日のアイツは……ああもう!なんか思い出したらムカついてきた!!絶対アイツ、クラス別トーナメントでめちゃくちゃにしてやるんだから!!」

▫︎箒
「…コメントどころでは無さそうだな。では今日はここで切り上げよう。」

▪︎鈴音
「覚えてなさいよ一夏ァ!!!!」

▫︎箒
「では、また次回!」

…次回もよろしくお願い致します。


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