インフィニット・ストラトス・アライズ-Dominater of Battlefield-   作:天津毬

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 というわけで今回は難民解放戦線制圧回となります。
 そして今回ですが…長いです(3万1616文字)

 それでも宜しければ見てみてくださいー!




◉荒南風(アラハエ)
 修理に出された日方風に代わって運用されるナガトの予備機。
 装履脚(タンク)型機であり、『大量の武装積載と全面への火力投射』をコンセプトに組み立てられた。
 頭部および内装系統は日方風の予備パーツを、胸部は巌崎重工の倉庫に在庫として残っていた岳嵐改のパーツを、脚部は在日米軍岩国基地および相模原基地から取り寄せたパーツを用いている。
▪︎機体構成
・頭部:21式機動挺身装備〈日方風〉
・胸部:10式機動挺身装備〈岳嵐改〉
・腕部:GA-ISA/M4ラファイエット
・脚部:GA-ISA/M4ラファイエット
▪︎内装構成
・ OS :MaXミリタリー11
・主機:巌崎10TPR-3
・索敵:IHI-R-3『サードアイ』
・推進:JGN/B-2『風渦(フウカ)』格闘型噴進機
▪︎武装構成
・右腕:GA-M59/A (アヴェンジャー)57mmガトリングライフル
    05式改高速拍動機関砲B型《豊旗(ヨトハタ)
・左腕:GA-M59/A (アヴェンジャー)57mmガトリングライフル
    05式改高速拍動機関砲B型《豊旗(ヨトハタ)
・右背:15式203mm滑腔砲『破羅漢(ハラカン)
・左背:L45 120mm連装短距離滑腔砲
・右肩:O-MiL/D-03ヒュージストーク
・左肩:O-MiL/D-03ヒュージストーク
・脚部:30mm迎撃機銃
・BS:GA-M59/A (アヴェンジャー) 57mmガトリングライフル
    08式105mm無反動砲『(オオヅツ)
     GA/AR-M2(ウォーホッグ) 57mmアサルトライフル
    81式Ⅲ型破装鎚(パイルバンカー)
    各種弾薬予備弾倉




   





#14 Panzer vor(敵拠点強襲)

 

 

────午前9時56分

セントラル区西部14番街地下

ライフライントンネル第103ゲート

 

 ────非常時を示す赤い非常灯が灯る、赤黒い閉鎖空間。

 コンクリートで四方は固められていて、眼前と背後には堅牢な隔壁が行く手を阻んでいる。

 その最中に、ナガトと────臨時とはいえ与えられた乗機、荒南風はそこにいた。

 いた、というよりは、ここで作戦開始の命令を待てと言われたからこそ待機しているといった方が正しいのだが。

 

『────No.16(カリヴァーク)、到着してます?』

 

 ────ふと、命令の主から通信が入る。

 無論、それは言うまでもなくあの『おしゃべり娘』である。

 

「コールサインで呼べ。わざわざ個人名義(TACネーム)で呼ぶな。趣味が悪い。」

 

 ────カリヴァークとは、再構築戦争時にナガトが申請したヘズナルに与えられるTACネーム…いわば非公式の愛称だ。

 もちろん、カリヴァーク等という気取った名前はナガトの柄ではない。

 当初は『狩場狗(Karibaku)』というTACネームを希望した。

 由来は確か、紀州(和歌山県)に伝わる、狩場明神という地元猟師らから信仰されている土着神が連れている紀州犬にあやかった造語だ。

 …キッカケは大した話ではない、たまたま当時担当していた機付き整備長が和歌山の生まれであり、どういう流れか狩場明神の昔話をした後に申請を促されたから、半ば悪ノリで申請した。

 本来TACネームはアルファベット6文字以内が望ましく、狩場狗は8文字なので却下されると思ったからだ。

 それがまさかの承認。

 少し嬉しかったが、現実は非情というか。

 海外のヘズナルからは発音が難しく、またドイツ人自治区生まれである事も災いして、ドイツ訛りが混じったナガトの日本語も相まって、狩場狗はカリヴァーク(Kaliväk)と間違えて呼ばれる事が多かった。

 最初は訂正を挟んでいたが、段々面倒臭くなり放置した結果その呼び名が常態化し、更に誤った名前(カリヴァーク)の方が認知され、広まってしまった。

 なのでナガトは、『もうそれでいいや。』と諦観を決める事にしたという、少々苦い思い出がある。

 ────閑話休題(ンな事よりも)

 本来ならばTACネームは部隊内通信に限定されるのが常だ。

 司令部である『お喋り娘』、つまり戦術全体に影響する通信ではれっきとしたコールサインで俺を呼ぶべきなのだが、嫌味のつもりかTACネームで呼びやがる。

 まぁ、気は進まないが仕事を終わらせて退勤するまでの我慢だ。

 

『到着してるみたいですね、では簡単な概要をお伝えします。』

 

 お喋り娘の声と共に戦況図マップが展開される。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『────現在、難民解放戦線を自称する武装難民グループはトキオ自治区の地下ライフライントンネル及び集積所全体のおよそ4割を占拠しています。

 今回はそれら全てを強襲、制圧します。

 施設を占拠する武装難民はEOSやコンペートで迎撃して来る可能性が高く、ライカン01(カリヴァーク)には作戦の障害になるであろうそれらを排除しつつ、ウィンディ区、セントラル区北部、アッパーウィンディ区の各地下拠点を強襲しつつ迎撃して下さい。

 施設自体の細かな制圧・占領は、憲兵隊の強化外骨格歩兵部隊や学園警備隊に任せますので、貴方はひたすら敵機動兵器群の殲滅に注力して頂ければ充分です。

 …ただ、施設内には先日の戦闘で発生したものではないH.D./H.C.-T(高濃度高密度タキオン粒子)反応が観測されており、なんらかのタキオン兵器が配備されている可能性もあります。

 不測の敵戦力(イレギュラー)に十分注意して下さい。

 ────作戦の説明は以上です。

 ────帝国政府と防衛省は貴方の活躍に期待しています。良い結果をお待ちしておりますね♪』

 

「…ちッ」

 

 最後の一言に、ナガトは思わず舌打ちする。

 …要は『御国への忠誠を示せ』という事だ。

 

(…癪に触るが、まぁお喋り娘にも言った様に今回は良い様に使われてやるさ。)

 

 ────無論、帝国への忠誠を示す為ではない。給料の為である。

 …だがそれと同時に、ふと疑問が浮かぶ。

 『なんらかのタキオン兵器が配備されている』

 ブリーフィングであのお喋り娘はそう言った。

 ナガトの脳裏に2つの可能性が浮かぶ。

 ────ひとつは、先日の白騎士型のようにタキオン兵器を武装したコンペディションISないしEOSであるという可能性。

 ────もうひとつは、自分が今駆っているものと同じくタキオン粒子を動力源とするIS…即ちアライズであるという可能性。

 どちらも可能性としては考え難い。しかしそうでもなければ説明がつかない。

 どちらであっても、タキオン兵器などを管理する技術が武装難民にあるかという疑問が立ちはだかるからだ。

 機動兵器の操作技術は、コンペディションISを運用している実績から可能だろう。

 だが保管管理設備は?

 アライズは、運用はそうだが格納保管するだけでも原子力発電所や核廃棄物保管所に匹敵する設備が必要になって来る。

 仮にそれを揃えたとしよう。

 ではその整備技術は?

 武装難民だろうが軍人だろうが一般人だろうが、何の知識もないただの素人がタキオン発電所や原子力発電所全ての整備が皆等しく不可能なように、アライズの整備もパーツの配置やタキオンエンジンの接続など高度な整備技術が求められる為、専門の知識が必要となる。

 即ち、それ無くしてアライズの整備は不可能と言える。

 そしてその資格や知識を持つ者は、大抵、対消滅粒子取扱主任者や対消滅粒子炉作業技術士等国家試験に合格した人間に限定される。

 要するに、一介のテロ屋に取り扱える代物ではないという事だ。

 …にも関わらず、それを配備している。

 それはつまり────何処かの国家が手を引いているという事だ。

 

「…一応ひとつ質問、いいか?」

 

『なんでしょう?』

 

「念の為に聞くが────今回の件、バックボーンは洗えてるのか?」

 

 荒南風の操縦系統を確認しながら、思わずナガトは口にする。

 古今東西、自陣営にワザと被害を出させて敵地侵攻の口実を作る偽旗作戦は有名だ。

 あの自爆テロも、難民解放戦線が、【政府軍から弾圧されることを求めて】わざと行ってるタイプの自爆テロである可能性がある。

 …無論、日本帝国がトキオ自治区に進駐・併合する為の偽旗作戦では無いかという陰謀論者めいた感情も僅かにあるが────その疑念が浮かんだナガトは思わず問うたのだ。

 

『────まだ、不明です。』

 

 返ってきたのは、おちゃらけた口調でも、冷徹な口調でもなく、申し訳なさを隠しきれていない口調だった。

 …初めて、その、楯無の感情的な声を聞いたナガトは思わず面食らう。

 

『本来なら全ての情報が揃ってから実行するのが得策でした…が、既に復興従事者も現地入りしている以上、長引かせる訳には…』

 

 珍しい楯無の弱気な発言。

 完璧主義を貫くことで人命が失われる事を感情が良しとせず、楯無は自らの意思で作戦を強行した。

 しかしバックボーンを洗い出せていない現状では、この感情的判断が日本帝国にどの様な影響を及ぼすのか検討も付かない。

 その点に対する不安の表れか、楯無の声は僅かに震えている。

 それにナガトが抱いた感情は、僅かな安堵だった。

 

「…なんだ、人間らしいトコあるじゃないか。」

 

『は?』

 

「────大人の言う事でしか動けないただの人形じゃないのなら、少し好感は持てる。」

 

 その一言を添えて、ナガトは僅かに微笑みタキオンエンジンを稼働させる。

 その言葉に楯無は呆気に取られる。

 ────まさか一本取られるとは思わなかったからだ。

 

『…っ、あ…ぇと────他に、質問は…?』

 

「ない…────ああいや、もうひとつ」

 

 否定しようとして、少し思い止まる。

 

『…なんでしょう?』

 

「チャティ」

 

『…は?』

 

「英語で『お喋りなやつ』って意味だ。お前のTACネームにピッタリだと思ってな。」

 

『…なんだか今の貴方には、調子を狂わされます。』

 

「いつもお前が一方的にやってるんだ、仕返しされても恨むなよ。」

 

『はぁ……了解、そのまま引き続き待機を。』

 

 楯無はそう返すと通信を切る。

 それを尻目に、ナガトは荒南風の両腕に装備したGA-M59/A (アヴェンジャー)57mmガトリングライフルと上腕部の05式改高速拍動機関砲(パルスライフル)B型《豊旗(ヨトハタ)》を前方に構え、少し待つ事にした。

 引き金をいつでも弾ける様に、トリガーグリップを強く握り締めて深呼吸。

 …不安要素はある。

 仮に難民解放戦線が偽旗作戦を仕掛けたとして、日本帝国が潰しに来ない、来ても耐えられると考えている程、連中の上層部は頭がお花畑でもないだろう。

 …では、その考えの元で指示を飛ばしている奴は誰と繋がっているのか?

 …そもそもその指示役は本当に単なる難民のリーダー格なのか?

 …仮に、もし、どこぞの国家の諜報機関と繋がっている、あるいはその機関の職員だった場合、洒落にならない。

 難民解放戦線と繋がっている、あるいはリードを握っているのはどこの国家なのか?

 配備されている兵器からして、フランスとアメリカ、それにイギリスはグレー。

 もっとも、仏製コンペディションIS『ラファールリヴァイヴ』まで配備していたあたり、フランスは限りなく黒に近い。

 個人携行火器やEOSの武装はロシア製のものが大半を占めていた為、恐らくこちらも黒。

 だが、明確な根拠とするには弱い。

 兵器輸出に節操のないフランスと、兵器輸出が外貨獲得手段であるロシアはどこにでも武器を売る。

 その結果こっちにいらん火の粉を、無意識のうちに撒いた可能性も否定できない。

 だが────アライズとなるとそうはいかない。

 確実にどこかしらの国家が手を引いている。

 武装難民という使い勝手の良い駒として扱い使い捨ても躊躇わず、難民保護を侵略正当化のダシに軍事作戦を展開できる────かなりの大国が。

 

(こりゃ最悪────難民解放戦線のスポンサー国家と戦争に発展するか?)

 

 思わずナガトは内心呟いた。

 先程は難民解放戦線が味方を増やす為だけに自爆テロをしたと考えた。

 だが見方を変えればこうも考えられる。

 ────武装難民を弾圧する日本帝国への武力制裁・難民保護という名の日本侵攻を正当化する為に難民解放戦線を攻撃させる。

 それはつまり、難民解放戦線を日本帝国を侵攻する為のダシとして使い潰すという事だった。

 仮にこの話が正解なら、帝国政府はまんまと敵の罠にハマっている事になる。

 もしかすると、先程の楯無の余裕のなさすらも、この可能性と目の前の現状に挟まれていたが故なのかもしれない。

 

「…はッ────」

 

 ナガトはそれを踏まえて鼻で笑う。

 ────面白い。

 仮にこの説が正しかったとしよう。

 仮に帝国の本作戦が敵の術中だったとしよう。

 仮にこの事件をキッカケに戦争に至る未来を引いてしまったとしよう。

 帝国への忠誠はつゆ程もないし、この国がどうなろうと知った事ではない。だがどちらにせよ、箒の未来を脅かすことに変わりはない。

 ────だからその時は、

 

「片っ端から叩き潰すだけだ…!」

 

 ────肉食獣の様な、おぞましい笑みを浮かべてナガトは笑った。

 …以前、整備兵がナガトを熊か狼のようだと笑った。

 子を携えた獣は如何様にも獰猛に、そして凶暴だと。己が子に害を為す者に対しては特に残虐になると。

 

《マストタワーへの攻撃は成功したそうだ!次はIS学園に仕掛けるぞ!!》

 

 ────敵の無線を拾う。

 内容から察するに、配給所への自爆攻撃自体は難民解放戦線単独の意思で行われたらしい。

 つまり、帝国の自作自演説は無くなった。

 加えて、次はIS学園────箒の居場所を攻撃すると言っている。

 …これで、少し引き金を引く指が軽くなる。

 

《…け、けどよ…学校だろ?子供とか、たくさんいるんじゃ…》

 

《大国の強欲者と手を組む売奴(ばいど)はガキであろうと情けをかけるな!!》

 

「ハッ────そうかよ…」

 

 箒達にも手をかけようとしている────それだけで、ナガトの殺意を引き出すには充分だった。

 今なら整備兵の言った事も少し分かる。

 箒の未来を脅かす輩が居るというなら、子を守る為にその首を切り落とす。

 当然だ。

 ナガトは自衛官であるが故に国家が紐と首輪を付けて管理しているからこそ、余計な火の粉を散らす事はない。

 だがそれ以前に親でもある。

 故に────子に害を為す不埒な輩を始末するのは当然の話である。

 

『各員に伝達────総員、状況開始(仕事を始めましょう)。』

 

 ────楯無の命令が無線越しに伝わる。

 ニ゛ィ゛、と口角が更に吊り上がる。

 それを合図にナガトは理性の紐を引きちぎり────

 

「────了解。状況、開始(仕事を始めるぞ)。」

 

 ────牙を剥く。

 同時にナガトはガトリングライフルとパルスライフルの引き金を引いた────!

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 

────午前10時02分

セントラル区西部14番街地下

ライフライントンネル第103ゲート

難民解放戦線・搬出口前物質集積場

 

 上層階と下層階を繋ぐ集積所。

 そこは全体的に斜め上へと伸びるトンネル、という奇妙な形状だ。

 物質を満載したコンテナが山積みになっているそこでは、斜行エレベーターのリフトが忙しなく上層階と下層階の間を行き来していた。

 

「マストタワーへの攻撃は成功したそうだ!次はIS学園に仕掛けるぞ!!」

 

 その作業をEOSに乗りながら指揮する男が叫ぶ。

 先のマストタワー食料配給所への攻撃と犯行声明の提示。

 それに続く第二撃を打つべく彼らはその準備をしていた────即ち、コンテナの中身は爆薬だった。

 

『…け、けどよ…学校だろ?子供とか、たくさんいるんじゃ…』

 

「大国の強欲者と手を組む売奴(ばいど)はガキであろうと情けをかけるな!!」

 

 指揮官は叫んだ。

 情けは無用だと。

 正義の為には虐殺も致し方ないと。

 これから自身が縋る大義を、聖戦を成す為と信じて疑わない顔で。

 

 ────だがそこで、状況が変わってしまった。

 

「ッ、なんだ────?」

 

 一瞬、センサーにノイズが走る。

 それに違和感を覚え、自身らが行こうとする搬出口を塞ぐ隔壁を見る。

 先日の戦闘後、誤作動したまま解放できていない隔壁。

 厚さ2メートルはあるだろう、コンクリート製の物体。

 そこに、赤い光が見えた────。

 その瞬間、一歩。

 ────けたたましい爆音が鳴り響くと共に隔壁に大穴が穿たれていく。

 横に。

 ────57mmという駆逐艦の速射砲と同口径の砲弾が、一秒間に65発叩き込まれる。

 それからずれるように、

 今度は琥珀色の光弾が叩き込まれる。

 ────パルスライフルだ。

 ────それは作業をしていた人間を、EOSを薙ぎ払い、血霧を生み出し、集積されていた爆薬すらも食い破り、フロアそのものを焼き払う爆発の連鎖を引き起こす…!

 爆風に呑まれ、姿勢を崩す。

 同時に、57mm砲弾が直撃し、EOSの左半身を攫って行く。

 被弾した衝撃と爆風の直撃で指揮官のEOSは上半身から螺旋を描くようにフレームが捩れ、地に叩きつけられる。

 

「ぐうッ…!?何が────」

 

 指揮官は思わず悪態を吐こうとして────そこで固まった。

 再び無数の57mm弾とパルス光弾が恐ろしい曳光を伴って目の前を通り過ぎ、指揮官の後ろにいた十数人の生身の作業員らを潰し、砕き、巻き込みながら集積所の床に着弾し、爆裂する。

 悪い事に曳光はひとつではなかった。

 よっつの曳光────うちふたつは57mm弾という本来ならば対艦・対空攻撃を主目的とした口径の砲弾────が人を、EOSを、薙ぎ払っていく。

 爆発が起きる。

 フロアが揺れる。

 轟音が世界を撹拌し響き渡る。

 味方EOSが迎撃するまでもなく、兵士が悲鳴を上げるまでもなく、そこに展開していた戦力は自分を含めて全て無力化された。

 ────静かになった。

 

「…っひ…、ひぃ…っ」

 

 恐怖に引き攣った声を上げたと同時に、左脚から痛みが走り、無意識に失禁する。

 見ると、内装系フレームが変形し、左脚を挟むようにして押し潰していたのだ。

 それだけではなく、弾けたモニターの破片がいくつも左腕に刺さり、モニターの外部フレームは左肩を貫いていた。

 ────がち、がちがち、がちがちがち。

 形状し難い感覚が走り、恐怖と共に身体が震えだす。

 

「だっ、誰か…っ、誰かいないのか…っ?!」

 

 思わず、指揮官は叫ぶ。

 その声音に先程まで息巻いていた姿はなく、泣きの入った情け無い声音へと変わり果てていた。

 ────そして、それに応える声はない。

 その事実が、自分以外は死んだ事を裏付け、更には痛みが身体の震えをより増長させた。

 

「誰でもっ、いい!誰か、誰か助けてくれ!!」

 

 指揮官は必死に叫ぶ。

 もはや彼は無線で救援を呼ぶという判断すら出来ない程に焦燥し、錯乱していた。

 ────それに、死神の足音が近づいて来た。

 キュルキュルという、重厚感と圧倒的存在感を放つ異音────無限軌道(キャタピラ)の回る音が響く。

 直後、57mm弾で蜂の巣となったコンクリートの隔壁を紙屑のように吹き飛ばし、装履脚型アライズ────荒南風が突入して来る。

 それはそのまま、指揮官のEOSに迫り来る。

 無限軌道の履帯が、指揮官を踏み潰すコースで、そのまま真っ直ぐに────

 

「やっ、やめっ…!来るなぁぁぁっ!!」

 

 ────殺されると理解した彼は、必死で叫び、脱出しようともがく。

 しかし、もがけど足掻けど、潰された脚と肩を貫くフレームは一向に彼を逃がさない。

 そして遂には、指揮官のEOSの脚部が荒南風に潰され始める。

 ────死神が、断頭の鎌を擡げる。

 

「ひいッ…、嫌だ。誰か────、誰か俺を助けろぉぉぉぉ────ッ!!」

 

 最期の懇願。

 ────一瞬の後、彼は履帯が廻る喧騒と共に機体フレームごと潰され、圧死した。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「────殺そうとしたんだ、殺される覚悟くらいしてるだろう?」

 

 ────足元には、先程までこの場の指揮官らしき武装難民が乗っていたEOSの残骸が転がっている。

 ナガトはソレを心底侮蔑する眼で睨みつけ、視線を前方に移す。

 そこには上層階へ行く為の斜行エレベーターのリフト────だがほとんど壁にしか見えない程急な坂────が見える。

 角度にして、60°はあるだろうか。

 上層階に至る為の坂は凄まじい急勾配で、斜行エレベーターなしには登れないと見て良い。

 そして現在リフトは上がったままだ。

 並みのEOSや運搬車両では上に行くのに、いちいちリフトが降りて来てくれるのを待つしかない。

 アライズとはいえ、飛行能力を失った装履脚型である荒南風も同様だ。

 

『────ライカン01、聞こえますか?こちらでも貴官の突入を確認しました。』

 

 ────ふと、聞き慣れない男の声が無線から響く。

 

「こちらライカン01 ────感度良好だ。」

 

『了解。こちらは今回貴方様のオペレーターを務めさせて頂きます────内閣府・国家安全保障局帝国保安部テロ対策室作戦第1課、桐島マコト室長補佐と申します。今回はよろしくお願い致します。』

 

 ────なるほど、楯無(お喋り娘)の部下か。

 律儀に所属部署まで言ってるのは、少々無用心に感じるが。

 

「ああ────よろしく頼むよ。桐島室長補佐。」

 

『ちょぉぉ────っと!なんでおねぇさんはお喋り娘(チャティ)呼ばわりで桐島くんは名前で呼ぶのモガ────』

 

『楯無様、どうぞお静かに────』

 

 桐島の隣から楯無が怒鳴る。

 それの口に桐島は手を当てて黙らせたのか、無線からはくぐもった声が聞こえてくる。

 

『早速ですが────上層階に敵性反応。警戒して下さい。』

 

 桐島の声にナガトは斜行エレベーターの最上に位置する上層階を睨み────見上げると同時に、敵のEOSと目が合った。

 

『────くそ!アライズだ!!』

 

 隔壁をぶち破った事を漸く悟ったのか。

 駆け付けた敵EOSが上層階からアサルトライフルやバズーカによる一斉攻撃を荒南風めがけて開始する。

 それらは次々と荒南風に着弾し────粒子装甲に阻まれる。

 敵方の迎撃は、粒子装甲との接触時に弾芯が歪み跳弾し────有らぬ方向へと飛んで、施設の壁を破壊してしまう。

 ナガトはただ、それを鬱陶しそうに眺めている。

 

『────機種特定。ロシア製EOS【イグゾブイェークト-1】と中国製EOS【鉄鎧6型】の混成部隊です。』

 

 桐島が言う。

 それを聞きながら、ナガトはEOS達を見る。

 

『別ルートを検索します。しばしお待ちを────』

 

「────無駄だと理解して降伏してくれんかね…弾代が勿体無い。」

 

 荒南風が積んでる装備の砲弾だってタダじゃないんだ────だから。

 

「────轢くか。」

 

『────は?』

 

 ナガトの言葉に桐島は一瞬、目が点になる。

 ナガトはそんな事お構い無しに、崖と見間違う急斜面を駆け上がるオフロード車のイメージを脳内に浮かべて。

 

「すまん、ルート検索はいい────」

 

 エンジンが唸る。

 タキオン粒子の生成量が増大し、対消滅による崩壊熱でタービンが回る。

 タービンの回転により、暴力的な発電量が生じ、そのエネルギーが内装の伝達系を介して全身を廻り、脚部にも達する。

 それと同時に、荒南風は重い金属音を響かせながら、弾かれた様に突撃を始めた。

 

「このまま登り切る!」

 

 無限軌道はそれこそ地鳴りの様な轟音を上げ、補助推進用に備え付けられていた内蔵ブースターが火を噴き。

 そのままリフト路線部に激突する。

 地震かと錯覚するような衝撃がフロア全体に伝播し、天井から次々と照明やそれを張り巡らせていた鉄骨が落下し、EOS部隊や荒南風に降り注ぐ。

 EOS部隊は自機と同じ程の鉄骨やコンクリート塊の落下により攻撃を中断させられ、あるいは機体フレームや駆動系を次々と破壊され、押し潰される。

 荒南風にも当然瓦礫は浴びる。

 だがそれがどうしたと、荒南風は展開している粒子装甲で受け止める。

 ────鉄骨は粒子装甲に触れると同時に一瞬で酸化・腐食し、錆びて空中分解する。

 ────コンクリート塊は表層がひび割れ、亀裂から粒子が浸透した内部が劣化・空洞化し、機体表層複合装甲に衝突するやガラスのように飛び散った。

 それを見届ける間もなく、ナガトはそのまま脚部前方の履帯を激突した路線部にめり込ませると、無限軌道は更なる回転を始めた。

 その回転は路線部のレールを巻き込み、コンクリートを履帯の凹凸で耕し粉砕し。

 60°はあろうかという路線部の急勾配にぴったりと装履(タンク)脚部の腹を押し付け内蔵補助ブースターを再度点火────

 

「────行けオルァッ!!!!」

 

 ────明かりが落ちた闇に派手な噴射炎が目立つ。

 ────荒南風は急勾配を猛進し、駆け上がって行く…!

 

『あ、あの野郎…!登って来────まさか俺たちを轢くつも…』

 

 イグゾブイェークト-1のパイロットが気付く。

 本能的に、自らを押し潰す瓦礫を押し除けて脱出しようとする。

 自分だけでも助かりたい、だから────その足掻きより速く、死神に追い付かれた。

 ────巨大な鉄の怪物、その腹の底。

 そうとしか形容できない黒い影が視界いっぱいを埋め尽くす。

 斜行エレベーターのレールを登り切った荒南風は。

 勢いよく空中に放り出されそして────重力に従い、瓦礫で押し潰されたEOS部隊の上に。

 

『ひっ、︿╱▔︺\/\︹▁╱﹀▔╲︿ッ!!!』

 

 それはイグゾブイェークト-1のパイロットには、死神が鎌を振り下ろす姿に見えたのだろうか。

 おおよそ人が発するものではない悲鳴を上げて────荒南風が踏み潰す轟音と同時に、それは断絶した。

 

「────この方が、早いからな。」

 

 それを、もはやなんとも思わないナガトは、敵兵を踏み潰した事よりも最短ルートへの到達時間の方を気にしていた。

 もちろん、意に留めていない訳では無い。

 敵の通信を拾えば嫌でも敵の怨嗟や断末魔が耳にこべり付く。

 だから違うことに意識を向けなければ、気が滅入ってしまうのだ。

 ────実際、それに耐えられなかった御人好しのヘズナルは精神を病むか、意図的に除外させてくれる戦術薬物によるクスリ漬けで心身共にイカれてしまった。

 

「こちらライカン01。上層階に到達。ルートに変更は無いか?」

 

『こちらCP────変更はありません。…存外、貴方様は豪快な方なのですね。』

 

「無駄話は後だ。このまま行くぞ。」

 

 桐島が、『意外です』と言わんばかりに口にする。

 それをナガトはピシャリと遮った。

 ────今は時間が命だ。長引けば何があるか分かったものではない。

 ナガトは、荒南風の左右腕部のGA-M59/A (アヴェンジャー)57mmガトリングライフルと、05式改高速拍動機関砲(パルスライフル)B型《豊旗(ヨトハタ)》。

 そして右肩の15式203mm滑腔砲『破羅漢(ハラカン)』と左肩のL45 120mm連装短距離滑腔砲を前方に向けて構える。

 望まない長期戦に陥った場合に備えて、弾は極力温存したい。

 …なら、大火力を持って短時間で仕留めるのみ。

 そう考え、ナガトは前方から更に迫り来るEOS部隊目掛けて、L45 120mm連装短距離滑腔砲の引き金を引いた────!

 

 

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆

 

────午前10時05分

セントラル区地下区画・仮設指揮所

96式通信指揮戦闘車

 

「ライカン01、ウィンディ区地下拠点制圧。セントラル区地下縦断連絡坑道に突入しセントラル区北地下拠点に移動中」

 

 GPSと通信状況から、ナガトの現状を桐島が楯無に報告する。

 その周囲には、複数のモニターが並んでおり、報告の喧騒と共に数多の映像が映し出されている。

 ほとんどが隊員らのヘルメットに備え付けられたヘッドカメラからの映像。

 その向こうでは各所の戦闘の様子が伺い知れた。

 

《ウィンディ区地下拠点の上層階爆破解体装置並びに硬化ベークライト注入装置は予定通り作動。》

 

 ウィンディ区沖の海上からの映像。

 ウィンディ区を構成していた旧コロニア03の構造体上部が爆発し、崩落する。

 同時に映る別の映像…構造体内部に設置されたものでは、爆発による振動で混乱状態に陥った最下層部を右往左往する難民解放戦線の生き残りに、頭上から硬化ベークライトが降り注ぐ。

 フェノール樹脂の総称であるベークライトは、熱や電気の絶縁に使われる。

 硬化ベークライトは超速乾性の熱硬化性樹脂の一種で、コンクリートの様な性質を持ち、同樹脂に包まれた対象の物理的運動を封じ込める事が出来る代物だ。

 そして映像内では、100人は居るだろうか。

 水中作業用EOSや潜水艇に乗り込み脱出しようと揉み合いになっていた構成員らがそれに呑み込まれていく。

 硬化ベークライトに気付いた何人かが降り注ぐベークライトを振り払い逃げ出すが、ほとんどはベークライトに飲み込まれる。

 ある者は一瞬で全身を呑み込まれて即死。

 ある者は手脚を取られ、徐々にベークライトに呑み込まれて恐怖のままに踠きながら溺死。

 ある者は大多数を蹴落とし必死に出口まで辿り着くも、先の爆発で変形し開かなくなった扉を必死に叩き破ろうと殴打する。

 そうしているうちに彼らもベークライトに脚を取られ、発狂しながらベークライトに呑み込まれていった。

 ────なんて悪趣味な、生き埋め現場だろう。

 

《こちら憲兵隊第1小隊、予定通り制圧中。》

 

 隣のモニターには、パワーアシスト付きの強化外骨格に全身を防弾プレートで身を包んだ憲兵隊の機械化歩兵部隊がコロニア03構造体内部の制圧戦を実施する映像。

 画面に映る彼らの服装は漆黒で、赤いツインアイの暗視ユニットに、旧ナチスの軍用ヘルメットである『1935年型シュタールヘルム』から派生した『独87式鉄帽』を身に付け、下手な自動小銃すら通さない防弾プレートを全身に纏った彼らは、まるで人狼か何かの怪物だ。

 応戦する難民解放戦線の戦闘員は旧ソ連製のAK-47アサルトライフルで応戦するが、7.62mm弾────生身の人間相手なら容易く手脚を吹き飛ばせる威力────では、憲兵隊機械化歩兵部隊に傷ひとつ付けられない。

 一方の憲兵隊も彼らの鎮圧行動に移る。

 彼らが構えたのは────GAU-19/B(ガトリング・ガン)だった。

 本来EOSの武装として運用される為に開発された6銃身モデル(最大発射速度8,000発/分)のガトリングガン。

 対人戦で扱うにはあまりに過剰火力であり、歩兵が運用するにはあまりにも重過ぎる。

 ────それを憲兵隊は、強化外骨格のパワーアシストで実現した。

 ガトリング特有の銃身が回転する駆動音が聞こえたと思うと、それは喧騒を引き連れて。

 曳光弾が画面奥へと吸い込まれて、着弾点に無数の白煙と血霧を生産し、廊下を血と瓦礫の海に変えて行く。

 ────いつもこの武器の射撃シーンは悪寒が走る。もし、自分に向けられたら…と思うと。

 

警備隊隊長(セキュリティ・リーダー)よりCP、こちらキールヘッド集積所。セントラル区北地下拠点方面より投降者多数。…撃って良いか?》

 

 ────次に映っているのは、学園警備隊が警備を管轄しているキールヘッド集積所の地下トンネル。

 声の主は高木からのもので、映像を捉えているのはIS学園警備隊のEOS《ターンソウル(狙撃戦型装備)》のスナイプカメラだった。

 キールヘッド集積所は旧コロニア15の船首部部に作られた施設で、トンネルで繋がっているセントラル区北地下拠点からの投降者が多数やって来たのだ。

 それに対して高木は憐れむ様な感情は一切なく、『面倒臭い害虫を直ぐにでも踏み潰したい』という感情で満ちた声音で楯無に問うた。

 

《もしもーし?連中を生かしとくとおじさん達の生活にも影響するからさ。指示欲しいのよ。────で、良いの?殺っちゃって。》

 

「────良い訳無いじゃない…」

 

 楯無は普段は揶揄っていた高木の冷徹な声にゾクリとしながら言葉を紡ぐ。

 …確かに、高木たちをそうする様に扇動したのは自分と…否。国家安全保障局の指示とはいえ最終的に自分がした。

 だからある程度意識変化が起きているとは構えていたがまさかここまで影響があるとは想定外だった。

 もちろん後々を考えると射撃許可を出しても良い。

 しかし捕虜の取り扱いを間違えると日本帝国が捕虜の取り扱いを定めたジュネーブ条約に反する────即ち国際条約違反国となってしまう。

 だからこそ、楯無は熟考した。

 …確か、帝国政府が定める捕虜の定義、その中でも特に国家に属さないテロリストについては。

 

────────────────────

 

⚫︎紛争当事国の軍隊の構成員及びその軍隊の一部をなす民兵隊又は義勇隊の構成員

⚫︎紛争当事国に属するその他の民兵隊及び義勇隊の構成員(組織的抵抗運動団体の構成員を含む。)で、その領域が占領されているかどうかを問わず、その領域の内外で行動するもの。但し、それらの民兵隊又は義勇隊(組織的抵抗運動団体を含む。)は、次の条件を満たすものでなければならない。

 ⚪︎部下について責任を負う一人の者が指揮していること。

 ⚪︎遠方から認識することができる固着の特殊標章を有すること。

 ⚪︎公然と武器を携行していること。

 ⚪︎戦争の法規及び慣例に従って行動していること。

 

────────────────────

 

 …という内容だった筈。

 そしてあちらが投降の意思を示しているならば、捕虜として取り扱うべき人間という事になる。

 だから楯無は────

 

「────楯無様。」

 

 ────射撃禁止、と言おうとして、桐島に制される。

 

「彼らは基本的に投降致しません。彼らにとってはこの地下拠点こそが最後の領地であり、ここを失えば彼らの居場所は無くなります。

ですから、彼らは投降に見せかけた自爆攻撃を仕掛け、後続の同志が少しでも我々から施設を奪還し易くする為の動きでしょう。

…少なくとも、以前の(・・・)私であればそうします。」

 

 抑揚のない声で流暢に言い放ち────直後、画面の向こうから銃声が響いた。

 

《くそッ、撃って来やがった────生徒会長!》

 

 見ると、投降者らが隠し持っていた短機関銃を高木のEOS目掛けて発砲していたのだ。

 それを見て楯無は────

 

「────射撃許可!」

 

警備隊隊長(セキュリティ・リーダー)了解。》

 

 ────射殺を命令した。

 その直後、ターンソウルの90mm速射砲と20mm四連装機関砲により、一秒と掛からずに彼らは挽肉となった。

 

「う…────」

 

「お気分を害されましたか?」

 

「ううん、ヘーキ…ただ、その…」

 

 ────なんでテロリストって皆こうなの?と、楯無は言外に訴えていた。

 

「彼らは自らの思想や自分達で完結した世界しか知らないからです。

そしてその思想を伝播させようと、或いは自分達に従わせようとする手段にテロを行う程には骨身にその考えが染みている為、現代社会では生活不可能。

ですから仮に捕虜としても以前の(・・・)私共のように、人格破壊(リサイクル)せざるを得なかったでしょう。」

 

 抑揚のない声で、何処か他人事のように。

 額の脳外科切開手術跡に指を触れながら、モニターを見つめて桐島は言った。

 

《第205隔壁、爆破完了。第17電算室の制圧を開始。》

 

 その隣の映像では、敵の立て篭もる部屋に手榴弾を複数個投げ込んでいる姿が映る。

 一秒の後、室内で爆発が生じ、そこへ間髪入れずGAU-19/Bによる室内掃討射撃が数秒間実施される。

 屋内クリアリングの教科書に則った制圧方法だ。

 けれども問題はその後だ。

 映像内に携帯火炎放射器を装備した隊員が映り、それを、室内に向けて発射した。

 直後に上がる金切り声めいた悲鳴────まだ室内にいた敵兵にゲル化油が掛かり、そこに着火したのだ。

 …クリアリング後も、万が一の敵兵掃討に憲兵隊が取っている制圧方法。それが室内への『火炎放射器による滅菌消毒』である。

 本来戦闘用具ではなく対人用に使うことは原則的に禁止され作業機器としてのみ運用されているが、『その作業に人間が巻き込まれた場合はその限りではない』というグレーな部分を突いた戦術だ。

 …確かに…効率的ではあるけれど────と思っていると、映像内では燃え盛る室内から戦闘員が火だるまになりながら踊り出て、消火しようと床の上をのたうちまわる姿が映って。

 ────あ、ちょっと、もう無理────

 

「ごめん桐島くん────」

 

「────こちらを」

 

 うっ、と口を押さえた楯無に、桐島は抑揚のない声でエチケット袋を手渡す。

 ありがと、と言いながら楯無はそれをひったくり、嘔吐する。

 口から逆流した吐瀉物がエチケット袋に溜まるがそれを気にする余裕はない。

 ヒュ────、ヒュ────…と、透明な胃液と荒い息しか出なくなるまで吐いて、ようやく楯無は落ち着きを取り戻す。

 ────人が焼け死ぬ姿は、無理。あの絶叫、あの狂乱、あの生き物と思えない死に行く姿は、きっと大人になっても慣れない。

 …そしてその命令を下しているのは、他でもない楯無/刀奈(わたし自身)だ。

 

「────ごめん、私、しっかりしなきゃ…」

 

 袖で額から流れる珠のような汗と、口から垂れていた涎を拭い、俯いたまま楯無は口にする。

 

「…慣れる必要は有りません。ただ、こうした現状から目を背けることは出来ない立場にある事だけは、ご留意下さい。」

 

「…はは……優しいんだか…厳しいんだか…」

 

「────楯無様。ライカン01ですが。」

 

「…なに?」

 

「────セントラル区北地下拠点への突入を開始しました。」

 

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 

────午前10時07分

セントラル区地下

難民解放戦線セントラル区北地下拠点

 

 ────轟音と衝撃が走り、熱風が地下を蹂躙する。

 …遅れて戦車特有の無限軌道が軋み、金属の磨耗する音を引き連れて、瓦礫を踏み潰す。

 粉塵の舞う眼前には曲がり角があって、そこを減速せず横深瞬時加速(スライドイグニッション)し、ドリフトする。

 ────荒南風/ナガトは、難民解放戦線2つ目の地下拠点に突入した。

 セントラル区北地下拠点はアッパーウィンディ区とセントラル区を繋ぐ列車基地であり、無数のコンテナを載せた台車がいくつか停車している。

 列車基地という特性上、平坦であり、また奥行きの広い、開けた地形をしている。

 しかし先日の戦闘の影響か、ゲート付近などの一部区画は天井が崩落し、あるいは床が陥没し浸水している様だ。

 加えて停車している車両は砲弾を防ぐ防壁にはならないが身を隠す遮蔽物にはなる。

 現に、地下空間且つ障害物が多数あるという電波を遮断ないし乱反射させる環境であるせいで、まともにセンサーが機能しない。

 まぁそれもあるが、一番の原因は展開されているであろう対ハイパーセンサー用ECMだ。

 ハイパーセンサーに特化した電波妨害システムで、無効化とは行かずともスペックを大幅に低下させる事はできる。

 現に、荒南風のハイパーセンサーは感度がかなり鈍っている。

 ────ふと、そこに桐島から通信が入る。

 

『────ライカン01、セントラル区北地下拠点内の状況ですが…』

 

「見れば分かる。」

 

────ECMでセンサー感度最悪。

────障害物多数で伏兵入りたい放題。

────おまけにこの上はある程度住民が自主避難しているが避難指示の出ていない市街地。

…となれば桐島が言うことは知れている。

 

(…ま、悩んだところで仕方ねぇ。)

 

「────どうせ『最小限の火力で対処を』とでも言うんだろう?」

 

『はい、ご理解が速く助かります。』

 

「ハッ、抜かせ────オペ、引き続き頼む。」

 

『了解────予想以上に手薄な警備ですが、伏兵にご注意下さい。』

 

 桐島がそう言うと同時に、ナガトは荒南風を前進させる。

 地下拠点の、ナガトから見た左側の崩落は奥に行くに連れて被害範囲が狭まり、行動できる範囲が広がって行く。

 ────ここでスナイパーキャノンとか撃たれたら洒落にならないなー、などとナガトは思う。

 直後────前方から砲弾が飛来する。

 それをナガトは横深瞬時加速で回避する。

 

「ッ────!ああったく、嫌な事だけ当たりやがって!!」

 

 確かに機動力で他機種に劣る装履脚型は狭い空間での立ち回りに四苦八苦する。

 特に、相手が長距離装備を持っているのなら尚の事。

 だからこそ、装履脚型の立ち回りは────

 

「────『殺される前にブッ殺せ』だったなァ!!」

 

 ────荒南風が瞬時加速する。

 同時にセンサー越しに。

 ナガトは肉眼で戦車が発砲する瞬間を視認する。

 ────対抗する様に、ナガトは左肩のL45 120mm連装短距離滑腔砲を放つ。

 迫り来る敵弾。

 おそらくは100mm弾以上、120mm弾以下のサイズ。

 迎撃するは、敵弾口径の最大値と見積もった120mm徹甲弾。

 …撃たれた瞬間に頭の中で弾き出した予想で反射的に発砲したものである以上、外れる可能性は大いにある。

 砲弾で砲弾を撃ち落とすなど、人間にできる所業では無い。

 ふたつの砲弾は、そのまま突き進み、そして────弾頭部が衝突する。

 115mm弾は120mm弾の上に、120mm弾は115mm弾の下に。

 しかし互いの砲弾が回転する遠心力がお互いを拒絶する。

 現代の砲弾は回転し、空気を裂くことで射程を伸ばすことが常識だ。

 だからこそ、互いに回転する砲弾が接触し合えば弾き合うのは当然のこと…!

 2発の砲弾は、接触して拒絶し合い、そのまま────軌道を変えた。

 115mm弾は荒南風を掠めての後方に転がるコンテナ群に命中し爆裂する。

 そして120mm弾は僅かに下に外れ、戦車車体部の正面装甲を食い破る────!

 120mm徹甲弾の命中により車体に大穴が空いた戦車は、エンジンに引火したのか炎上を始める。

 それを、瞬時加速の余剰推進で前進した荒南風が、踏み潰す…!

 その周りでは、陣取っていた歩兵やEOS部隊が一斉にナガトに対し銃撃を開始する。

 しかしナガトは虫を払う様に、GA-M59/A (アヴェンジャー)ガトリングライフルの斉射で一蹴した。

 

「………。」

 

 ────まさか一撃で仕留めるとは思っていなかったナガトは、内心驚かされる。

 本当は砲弾を接触させ、跳弾させた後に瞬時加速を了解した蹴りを叩き込んで戦車を制圧する予定だったのだ。

 …だがそれよりも、ナガトは戦車を一瞥して気になった。

 

「…CP」

 

『車種特定に時間がかかりました。天馬号────旧ソ連製戦車T-62の北朝鮮製ライセンス生産モデルです。』

 

「────北朝鮮…」

 

 EOS部隊に57mm弾を浴びせながら、ナガトはふと思考する。

 ────北朝鮮は近年ロシアによる東欧侵攻に際して、兵器や砲弾を提供する事で新興の兵器輸出国として…あるいはロシア圏の一大兵器産業工廠として成長しつつあった。

 …それの作った戦車を難民解放戦線が使用している。

 北朝鮮としては外貨が欲しいが故に、難民解放戦線に提供するのは自明の理。

 しかし難民解放戦線へ提供する為には国交のあるロシアや中国の船舶を経由して届ける必要がある。

 そして地下拠点に多数配備されているロシア・中国製EOS群は、そのついでに輸出されたものだろう。

 もちろん、北朝鮮自体がロシアや中国の傀儡国である以上、この方針自体が誰の指示によるものなのかは…もはや語るまでも無い。

 ────難民解放戦線のスポンサーが、どの陣営なのか分かり始めた。

 

『なんとなく、バックボーン見えて来ました。

…ああ、失礼。無駄話は禁物でしたね。』

 

「ああ────仕上げに入る。」

 

 ────そう呟くと、ナガトは再びEOS部隊に57mmガトリングとパルスガンを叩き込む。

 血飛沫や内臓の代わりに、爆炎と破片を撒き散らしながらEOS部隊は四散する。

 ふと────見ると、その残骸の向こうには如何にも『電子戦装置です』と言わんばかりのアンテナを強引に搭載したピックアップトラックがあった。

 

(アイツがECMの原因か────)

 

 そう判断し、荒南風の無限軌道で踏み潰す。

 同時に、ハイパーセンサーの感度が向上し、近辺の敵反応が鮮明に映し出された。

 ────敵性反応、なし。

 ────生体反応、なし。

 ハイパーセンサーのスキャンには、そう提示される。

 

『────センサー回復。次の区画を掃討して下さい。』

 

 桐島が言う。

 言われなくともナガトはそのつもりだ。

 最後の敵拠点────アッパーウィンディ区地下拠点とを繋ぐ海底トンネルに突入する。

 

『…それと、もうひとつ。』

 

 付け加えるように桐島が続けた。

 ナガトは道すがら抵抗する敵の残存EOSを轢き潰しながら耳を傾ける。

 

『先程、この先の区画でH.D./H.C.-T(高密度高濃度タキオン粒子)反応が観測されました。』

 

「────了解。」

 

 …それでナガトの顔が一段と険しくなる。

 それはつまり、先の区画に楯無の言っていたタキオン兵器が配備されているという事だ。

 ────まぁそれは、楯無(お喋り娘)からの報告で聞いているから今更ではあるが。

 だから腹を括り、ナガトは次の区画とを遮る最後の隔壁をぶち破った。

 

 、

 、

 、

 

 

 ────アッパーウィンディ区地下拠点は、今まで制圧したどの区画よりも広く、しかし所狭しと並ぶ巨大な支柱の所為で圧迫感を強く感じる閉鎖空間だった。

 地下拠点の床面には人間の胸辺りまで浸かれる量の水が溜まっており、そこが船体を安定させる調水池(バラストタンク)か、あるいは海水を真水にする濾過施設だった事は一目で分かった。

 ────そこに浮かぶ、異物がひとつ。

 

『至近距離に高濃度タキオン粒子反応────アライズの起動を確認…!』

 

 初めて聞く、焦燥を孕んだ桐島の声。

 それと共に敵アライズのシルエットを荒南風のセンサーが捕捉する。

 流線形の丸みを帯びた外装フレーム。

 頭部や肩から突出した2対の粒子制波装置。

 装甲の合間から血管の様に覗く動力パイプ。

 ブースターから放出されるタキオン粒子。

 そして全身を包み込む粒子装甲(パーティクルアーマー)

 ────見間違う事なく、それはアライズだった。

 

(OAK-M23 スピオトフォズ…!やはりロシア製アライズ…!)

 

 敵機を見て、ナガトは思わず苦虫を噛み潰す。

 それと同時に、荒南風のセンサーが捉えた敵機体の詳細情報が網膜上に投影される────

 

────────────────────

 

◉OAK-M23 スピオトフォズ

▪︎機体構成

頭部:OAK-M23

腕部:OAK-M23

胸部:OAK-M23

脚部:OAK-M23

▪︎武装構成

右腕:08式58mm自動機槍

左腕:ICt-51/100 オレーネク散弾砲

右背:識別不明・該当データなし

左背:識別不明・該当データなし

右肩:エグゾゼAM39対艦ミサイル

左肩:PL-15空対空ミサイル

 

────────────────────

 

 ────外装フレームはそのまま一切を換装せずに、武装は全て東側製やフランス製で固められている。

 …おおよそ東側が関与しているだろうと道中勘づいてはいたが、それがものの見事に的中した事を呪う。

 …スピオトフォズとは、ロシア軍正式採用の軽量二脚型インフィニットストラトス・アライズだ。

 圧倒的な機動性を有しており、安定性能は僅かに損なわれたが、苛烈な環境で運用する事も考慮した為、頑丈かつ整備が非常に安易という機体特性を持っている。

 

(くそったれが────悪い予感ばっか当たりやがって…ッ!?)

 

 スピオトフォズはナガトに気付くとセンサーアイをギラつかせ、右腕の 08式58mm自動機槍(アサルトライフル)を発砲。

 更に発砲しながら左肩のPL-15空対空ミサイルを放ち、尚もこちらに突貫して来る…!

 

『────猶予はありません。敵機を撃破して下さい。』

 

 桐島の声と同時に空対空ミサイルが着弾する。

 空対空ミサイルは粒子装甲に阻まれ、荒南風まで数メートルの空間で全弾が爆発し無効化される。

 だが、アサルトライフルはそうはいかない。

 GA-M59/A (アヴェンジャー)ガトリングライフルの57mmよりも大口径の58mm弾を放つ08式機槍(アサルトライフル)は一撃一撃の破壊力が単純にこちらを上回っている。

 初弾こそ、粒子装甲に着弾すると同時に変形し、弾芯が変形。そしてタキオン粒子による腐食が始まり、複合装甲に着弾と同時に砕け散る。

 だが次弾はそうはいかない。特にその粒子装甲の貫通箇所に叩き込まれた場合には、弾芯の変形こそ有り得るがタキオン粒子による腐食が追いつかず、複合装甲に着弾すると同時に跳弾する。

 …なんということはない様に見えるが、実際は大問題だ。

 何しろ第1装甲体である粒子装甲の機能が低下しているのだから。

 アライズの防御力の真価はタキオン粒子による粒子装甲とタングステン合金を主とする複合装甲の二段構えによる中空装甲体制。

 表層部の粒子装甲でミサイル等近接信管兵器を無力化し、レーザーを捻じ曲げ、中間の空洞部分で砲弾を腐食させ、最後の複合装甲で腐食した砲弾を破砕・遮断する。

 それは至近距離での核爆発すらフル稼働で9割がたのダメージ遮断を可能とする代物だ。

 …これがアライズの装甲防備体制。

 荒南風が空対空ミサイルを全て無力化したのもこの為である。

 しかし、『絶対的・完全完璧』という言葉が机上の空論である様に、この装甲にも欠点は存在する。

 それは、粒子装甲は無限ではなく、無敵でもないという事。

 大質量兵器の連続被弾、あるいは悪影響持続型兵器の長時間被弾によって、粒子装甲を形成するタキオン粒子密度の減衰が引き起こされる為である。

 今回でいうならばそう────スピオトフォズのアサルトライフルだ。

 通常兵器の中では比較的大口径かつ、それを通常兵器では不可能な連射性をもって粒子装甲に叩きつける。

 単純だが、粒子装甲の表層防御リソースを削るには十分だ。そしてタキオン粒子濃度が減衰すれば空洞部での腐食防御も追いつかない。

 それを食い止める最後の盾が複合装甲。主力戦車でも採用されている代物であり、チタニウム合金やタングステン合金ベースの高い防護力を誇る複合装甲は、ある程度変形し腐食した砲弾を弾くには適している。

 だが砲弾の変形や腐食すらも効力を発揮しない程自機のダメージカバーリソースが機能しなくなった場合には、お終いだ。

 地球上に存在する装甲車両は、弾種や装甲の厚みにもよるが────たった30mm(・・・・・・・)の砲弾で容易く貫徹・破壊される。

 荒南風が現在搭載しているGA-M59/A (アヴェンジャー)。その原典であるGAU-8 30mm機関砲は大破壊末期の第4次非核世界大戦にて米軍の攻撃機に搭載され、欧州戦線で多数のドイツ戦車を屠ったという。

 ならばそれよりも大口径である58mm砲────本来ならば駆逐艦などの水上艦艇が搭載している口径の砲火器────の毎秒10発という連続被弾がどの様な結果を齎すかなど、目に見えている。

 もちろん、荒南風の装甲はそれくらいで抜かれる程脆弱ではない。

 だが何より面倒なのは、粒子装甲の防御リソースが損なわれたということは、本来粒子装甲で遮断出来ていたミサイル等近接信管兵器の雨に晒されるという事だ。

 …アライズの台頭により《旧世代の遺物》と呼ばれているミサイルだが、レーダーロックした敵を自動追尾する正確さは未だ侮れない。

 特に、粒子装甲を剥がされた状態で捉えられれば無視できない機体ダメージは不可避。

 ────つまり、アライズ対アライズの戦いは、『如何に早く粒子装甲を削り切るか』にかかっている。

 故に────

 

「────ちッ」

 

 ────ナガトはそれをガトリングライフルとパルスガンで迎え撃つ…!

 銃身の回転する唸り声と、炸裂する火薬と共に57mm弾が毎秒65発の速さで吸い込まれていく。

 それと共に金切り声のような振動音が響き渡り、空間を震わせる拍動波(パルス)が穿たれる。

 ────滑空する砲弾と緋色の拍動波弾。

 それらは光の嵐となって、スピオトフォズの粒子装甲を食い破っていく…!

 …行っている事は至極単純な話だ。

 今この場において、最も優れた連射性能を誇るガトリングライフルによる粒子装甲表層を主とするダメージ蓄積。

 そして、パルスガンによる粒子装甲への継続的攻撃による空洞部粒子濃度減衰を目的としたダメージ蓄積だ。

 もっと噛み砕いて言えば────ゴリ押しで粒子装甲をひっぺがして、複合装甲を丸裸にしようとしている────だ。

 殺される前に殺せ────それが装履脚(タンク)型に限らず、アライズ乗り全ての機体運用における鉄則。

 そして奇抜な攻め方では落とせるものも堕とせない。

 だからナガトは最初(ハナ)から背中に背負った破羅漢とL45連装砲による攻撃ではなく、ガトリングやパルスガンでの地道な地盤固め────粒子装甲の喪失という確実に敵アライズを殺せる戦法────を採る事にしたのだ。

 しかし敵とて馬鹿ではない。

 スピオトフォズは機動力を活かした回避運動を取りながら、天井を這う。

 ナガトのガトリングやパルスに被弾しながらも大半を巧みに躱し、08式機槍による絶え間ない砲弾と空対空ミサイルの応酬をナガトに放つ。

 ────ナガトもそれを追う。

 荒南風の履帯を走らせ、水に浸かった地を駆けながら、空を舞う蝶を狙う犬の様に追撃する。

 しかしながら旋回性がお世辞にも良いとは言えない荒南風の足はナガトの反応に追いつかず、思う様に動かない。

 現状ではスピオトフォズを肉眼で追う事は出来ても脚の遅さが追撃の邪魔をする。

 対してスピオトフォズは、荒南風の視界から消える様に素早く動き、このフロアの支柱の狭間を縦横無尽に飛び回り────

 

『────聞こえるか、国家の犬。』

 

 ────スピオトフォズからの無線を拾う。

 

 

(子供の、声…?!)

 

 ナガトは一瞬硬直する。

 あちこちから火の手が上がる廃墟地区。

 どす黒く淀んだ九十九里の砂浜。

 擱座した2機のアライズ。

 無数のコードで全身を機体に繋がれた少女。

 …脳裏に浮かぶ光景が、戦闘意識を阻害したからだ。

 ────瞬間、死角から衝撃が叩きつけられた。

 

「────ッ!!」

 

 先日の戦闘で受けた傷の痛みと共に頸を鞭打つ衝撃が全身を走る。

 それで、脳裏に浮かんだ景色は霧散する。

 先の衝撃は左腕に持つICt-51/100『オレーネク』ヘビーショットガンによる一撃だった。

 100mmという08式機槍の58mmを上回る大口径砲弾の直撃に、荒南風の粒子装甲は一気に削られる。

 ────このまま、機動力と地形を活かして翻弄しながら、地道に削っていくつもりだと。

 理解した瞬間、更にヘビーショットガンが叩き込まれる。

 

『お前か、お前も同志や父さんを東京で殺した奴の仲間か…!』

 

「ぐ、っ────!」

 

 車で撥ねられた様な衝撃が全身を襲い、腹部に生暖かいものが溢れ出す感覚が走る。

 衝撃で、先日の傷が開いたのだ。

 

『覚悟しろ…!お前も殺して…、すぐ鉄の棺桶にしてやる…!』

 

────しかし空戦兵器相手に陸戦兵器とか絶対フルボッコにされて即棺桶コースじゃん。

 

 怨嗟を込めた殺害宣言と。

 ふと、脳裏に先程の出撃前に高木から言われた言葉が脳裏を過ぎる。

 ああ、確かにその通りだ。

 敵はどうやら、先の東京攻防戦でナガトが殲滅したテロリストグループに身内がいたらしい。

 …最も機体構成が違うからバレていないのか、肝心の仇であるナガトには気付いていない。

 だがそれでも、殺意を向けるには充分過ぎる理由だ。

 そして今のナガトと荒南風は、見事に敵の術中にハマってしまった。

 このままだと、半永久的汚染物質を垂れ流す金のかかった鉄の棺桶が出来上がってしまう。

 ────ナガトは、無理な追撃をやめた。

 諦めた訳では無い。

 網膜投影された情報をくまなく見て回る。

 よくよく考えてみればどうという事はない。

 ここは閉鎖空間。即ち、学園のアリーナと大差ないのだ。

 

────荒南風(アラハエ)粒子装甲(パーティクルアーマー)残量71%

 

 粒子装甲残量を見て、あれだけ食らっていながらまだ7割も残っていた事に少し、面食らう。

 …使い慣れないが、まだ巻き返せる。

 ナガトはそう確信する。

 

「…はッ────、上等。」

 

 だから────まずはこの盤面自体を壊す事にした。

 ナガトは軋み悲鳴を上げる身体に鞭打ち、背中の203mm砲(破羅漢)120mm連装砲(L45)を放つ。

 それはスピオトフォズ目掛けて────しかし外れることを前提として。

 三発の砲弾────戦車や巡洋艦が用いるべき大質量兵器。

 だが如何に強力な兵器であれ、発射速度がガトリングやパルスガンに劣ることは言うまでも無い。

 そしてアライズには躱せる事も、当然の話だ。…機動力に長けたスピオトフォズであれば尚の事。

 言うなれば、地に括り付けられた大砲で空を舞う戦闘機を墜とそうとしている事と大差ない。

 

『どこを狙って────』

 

 スピオトフォズはソレを当然だと証明するように鮮やかに躱し────砲弾は、フロアを支えていた心臓部。

 主要支柱(メインピラー)に叩き込まれ、爆発と共に木っ端微塵に吹き飛ばす…!

 だがナガトはソレには目もくれず、右腕のガトリングライフルを拡張領域にしまい、返す刀で08式105mm無反動砲『(オオヅツ)』を引き抜いた。

 主要支柱(メインピラー)の補助を担っていた支柱群に、(オオヅツ)の105mm砲弾を叩き込んでいく。

 スピオトフォズは、ナガトの突然の奇行に驚愕し、硬直する。

 

『な、何を────、ッ!?まさか…!!』

 

 それと同時に、支柱の支えを失ったフロアは、崩壊を始めた。

 ────一秒の後、スピオトフォズはナガトの意図を理解する。

 …そう。どう足掻いても勝てそうにない相手なら、しかもそこが抑える必要のない場所ならば。

 相手の盤面に合わせる必要はない。

 極端な話────ナガトのした事は、『相手が机に用意したボードゲームを、机ごと相手目掛けて蹴り上げた』のだ。

 …そして、効果はすぐに現れた。

 天井が歪み、証明と瓦礫が落下を開始したのだ。

 ────緩やかに、速やかに。

 40余年もの歳月を過ごし、先日の戦災による滅びすら拒んだかつての人類の方舟に、臨終の時が訪れる。

 

「────悪いがリセットだ。」

 

 大量出血とそれを抑え込もうと分泌された脳内麻薬(アドレナリン)が引き起こす恍惚感から、ナガトは悪びれて口にする。

 同時に、照明や鉄骨が降り注ぎ、次には天井────上層階の床がフロアを割る様に落ちてくる。

 

『くっ、ぐ…このっ!』

 

 降り注ぐ瓦礫と崩れて来る天井を躱そうと、スピオトフォズは必死だ。

 一方の荒南風は不動。降り注ぐ瓦礫が直撃しようとも、それがどうしたと物怖じせず立っている。

 ────これは、設計思想が招いた状況だった。

 スピオトフォズは、軽く速く扱い易い機体として設計された。

 その分機動力は凄まじいが、こと防御力に至っては紙風船同然だった。

 荒南風は、扱い易く積載量と生存性を重視する機体として設計された。

 その分機動力は鈍亀同然だが、こと防御力に至っては戦艦砲すら通さないガチガチの装甲と耐荷重量を誇る機体として設計された。

 先程までがスピオトフォズの独壇場だったとするならば、今は荒南風に風向きが向いた環境と言う事だ。

 

「────────。」

 

 …さて、それでも決着はつかない。

 このまま2人仲良く生き埋めになったとしよう。まぁ荒南風の防御性なら多少生き残れる可能性はある。

 だが確実に敵を落としつつ、生還するには、まだ遠い。

 

『くそ────ッ!』

 

 スピオトフォズが瓦礫の雨の中から、エグゾゼAM39対艦ミサイルを苦し紛れに放つ。

 空対空ミサイルより強力で、高い火力を誇るソレは────放たれた瞬間に直撃した瓦礫で誤爆した為に、ナガトに命中することは無かった。

 この環境下では、スピオトフォズの攻撃のほぼ全てが効力を喪失していた。

 …何しろ、スピオトフォズの戦術パターンはアサルトライフルやヘビーショットガンで粒子装甲を削り、そこにミサイルを叩き込むという戦術だった筈だ。

 だが瓦礫が降り注ぐこの環境下ではアサルトライフルも、ヘビーショットガンも機能しない。後者は特に、散弾銃という特性上瓦礫に穴を開けるだけ。

 加えて切り札のミサイルは、発射は出来ても瓦礫に直撃ないしそれらに被弾すれば誤爆する。

 …最も、それは荒南風にとっても同じ悪条件だ。

 

────荒南風(アラハエ)粒子装甲(パーティクルアーマー)残量60%

 

 ────敵機まで、ざっと4キロ。

 ナガトは一瞬瞑目した後、両肩部に装備していたO-MiL/D-03(ヒュージストーク)を、拡張領域と左腕に持つガトリングライフルに換装。

 代わりに、左腕には非常用の81式Ⅲ型破装鎚(パイルバンカー)を装備する。

 両肩部へ懸架したガトリングライフルは自動射撃モードに設定。

 ────だから、さっさと、

 

「────()めるぞ…!」

 

 殺意を剥き出しに、ナガトは荒南風を走らせる────!

 溜めに溜めた戦輪が唸りを上げて。

 無限軌道の回転が爆発的加速力を生み出し。

 瓦礫が降り注ぐ嵐の中、突撃を開始する…!

 それに応えるように、両肩部のガトリングライフルが唸り声を上げる。

 自動射撃モードに設定されたソレは、スピオトフォズを捕捉するなり、再びけたたましく火を噴き突入路を構築する。

 …なすべき事は単純。

 あのアライズに防壁を無視した一撃を叩き込む────即ち真っ向からの打撃戦だ…!

 

『っ、────舐めるなッ…!』

 

 スピオトフォズが吠える。

 迎え撃つは、アサルトライフルとヘビーショットガン。

 粒子装甲を悉く削り切り得る攻撃が矢継ぎ早に荒南風に叩き込まれる。

 アサルトライフルは良い、問題は距離を詰めれば詰めるほどに威力を増すヘビーショットガンだ。

 本来散弾銃(ショットガン)とは近距離において最も効力を発揮する兵器。

 だからこそ突撃する今の荒南風にとっては天敵に他ならない。特にガトリングライフルがスピオトフォズへの突入路を構築しながら突っ込んでいる現状では。

 

『…戯れるなッ────!』

 

 そう言っていると、ヘビーショットガンが叩き込まれる。

 

────荒南風(アラハエ)粒子装甲(パーティクルアーマー)残量54%

 

 その表示と共に腹部に衝撃が走る。

 強烈なボディーブローを複数発、同時に喰らった様な感覚。

 しかしそれがナガトの闘争心に油を注ぐ。

 

「やってくれるじゃあないか、こいつめ────!」

 

 ────あと2キロ。

 飢えた狼の様な瞳でナガトはスピオトフォズを睨み付け、お返しと言わんばかりに左肩のL45連装砲を放つ。

 放たれた120mm弾は、瓦礫や破片を巻き込みながら、スピオトフォズの粒子装甲(パーティクルアーマー)に着弾し。

 それは、阻まれることなく粒子装甲を食い破り、右肩装甲を吹き飛ばす────!

 

粒子装甲(パーティクルアーマー)を…!?』

 

 スピオトフォズのパイロットが驚きを隠せない声で絶句する。

 …どうという事は無い。

 表面を制圧することに長けた面攻撃兵器で貫けないのであれば、貫く事に長けた点攻撃兵器でただ一点に過負荷を加えて貫けば良い。

 そしてナガトの駆る荒南風は、両肩のガトリングライフルを除いて全てが貫徹能力に長けた一点突破型兵器。

 その条件を満たすのは容易な事…!

 

『くそ────!』

 

 その応酬に、スピオトフォズは左腕のヘビーショットガンを放つ。

 

「────ッ」

 

 それを視認すると同時にナガトは横深瞬時加速した。

 軋む重鉄鋼の巨躯が、白煙を尾のように引きながら荒南風は真横に跳ぶ。

 戦車には過ぎた無理矢理な高機動。

 横転不可避な崩れ行く体勢を、左側面の補助ブースターを全開にして持ち直す。

 同時に、散弾が右肩を掠める。

 右腕に被弾のアラートが鳴る。

 

「そうこなくちゃな────ッ!」

 

 構わねぇ。どんなに無様で、どんなに不利な体勢だろうが、今は目の前の手を潰すことだけ考えろ────!

 ナガトは自らをそう叱咤すると、再び両肩のガトリングライフルを放つ。

 ふと────眼前より砲撃が来る。

 先のアサルトライフルでは無い、ヘビーショットガンでも無い。

 ────見れば背中に"新しい背負いもの"が付いているじゃないか。

 …2A65/E(ムスタ)152mm擲弾砲。

 旧ソ連時代に開発され、ロシア連邦が引き継いだ榴弾砲。

 砲兵部隊が運用する兵器をアライズ仕様にするとは────既存兵器の転用が得意なロシアらしい。

 …今まで見なかったのは、拡張領域に隠し持って居たからだろう。

 その新たな獲物が、爆炎と共に、荒南風目掛けて152mm榴弾砲を発射する…!

 それを、ナガトは────

 

「洒落臭え────ッ!」

 

 右腕に装備した『熕』 (105mm砲)を放つ。

 砂塵を巻き上げながら、105mm弾が宙に飛び上がる。

 敵が放った凶器(152mm弾)と、その敵へと突撃する自身と。その狭間に放たれた105mm弾。

 目前に迫る152mm弾を、105mm弾が迎え撃ち、殴り弾く(夾叉させる)

 軌道から外れた152mm弾は荒南風の頭部を僅かに掠め、後方にあった調水設備制御室跡と思しきコンクリートの塊を虚しく吹き飛ばす。

 

『────!』

 

 桐島が目を見張る声が聞こえてくる。

 ────第三者として観測した彼は、無線越しに目を見張っていた。

 感嘆すべきは。

 その、不利な盤面をひっくり返し、相手の喉笛を食い千切る一連の動作。

 そして戦う意志を絶やさない彼の意志の強さだった。

 再び放たれるヘビーショットガン。

 至近距離からの直射。

 それを────

 

「ふッ────!」

 

 ────装填の終わらない『熕』 (105mm砲)の砲口を乱暴に押し付ける…!

 その直後、発砲音が鳴り響く。

 銃口が上を向かされたヘビーショットガンの砲撃は、空撃ちに終わった。

 コンマの世界で繰り広げられる攻防戦。

 間髪入れずに、ナガトはガトリングライフルを叩き込む。

 それで被弾したスピオトフォズの左腕が腕関節と肩関節から脱落していく。

 そしてそれは同時に、機動力で翻弄していた筈のスピオトフォズが、鈍重極まりない筈の荒南風に捕われた瞬間だった。

 一瞬の後────

 

『なっ────がぁっ?!』

 

 ────荒南風の装履脚がスピオトフォズの胴体を蹴り潰す…!

 そしてそのまま、瞬時加速の減速し切らなかった推進力と共に、捕らえた獲物をフロアの壁に叩き付ける。

 まるで制御を失った暴走自動車が突っ込んで来るかの様な光景。

 あるいは────捕らえた獲物を逃がさない様に身体を強張らせている猛獣か。

 …現に、荒南風はスピオトフォズが逃げない様に装履脚の無限軌道をフル回転させ、戦車特有の唸り声を上げていた。

 

『…なん…、で…?』

 

 そして、スピオトフォズのパイロットの驚愕の声が続いた。

 …分かるよ、俺がお前の立場なら同じ反応をする。

 けれど同情まではしてやれない。

 何故なら、お前たちはあまりにもオイタが過ぎたから。

 

 捕らえたスピオトフォズの胸部目掛け、荒南風は左腕の81式Ⅲ型破装鎚(パイルバンカー)を構えて。

 ────パイルバンカーの杭が射出体制に入る。

 ────射出レールには超電磁加速特有の稲妻が走り。

 ────パイルバンカー後部の射出補助機構は蒸気カタパルト特有の噴煙が上がる。

 

 さぁ────

 

「────歯ァ喰い縛れッッ!!!」

 

 ────慟哭。

 その言葉と同時に、射出されたパイルバンカーの杭が、スピオトフォズの(コア)を打ち上げる…!

 僅か一秒後、筆舌に尽くしがたい轟音と共にスピオトフォズはフロアの天井に叩き付けられた。

 …敵機(スピオトフォズ)の軽さは想定以上に…奇妙なまでに軽かった。

 軽量型かつフル武装でない以上仕方ない事なのだが、荒南風のパイルバンカーの一撃は、スポーツカーを戦車砲で吹き飛ばす様な過剰威力だったのか。

 それ故に、原型を留めたまま、パイルバンカーの杭が穴を開けただけのスピオトフォズはそのまま、重力に従って落下し────床面に叩き付けられた。

 吹き飛んだ左腕は肩口がスパークし、右腕も同じく二の腕あたりから潤滑油が血の様に溢れている。

 …一連の衝撃で、スピオトフォズはほぼ停止した。

 

「はっ……はっ……、────ははッ」

 

 未だアドレナリンで頭の中がハイになっているのか、ナガトは口角を歪めた。

 …と同時に────

 

「……あ────?ッ、うわっっ!?」

 

 眼前に落下してきた鉄筋コンクリートの塊の衝撃で、ナガトの意識は現実に引き摺り戻された。

 無我夢中で失念していたが、この局面に至る為に、コロニア基底部という盤面を破壊したのは他でも無い自分だ。

 そしてその崩壊は、もう始まっている────!

 

「くそったれ────!」

 

 勝利の余韻に浸っている場合でも、テロリストに使われた少年兵へ同情している余裕もない。

 このままでは生き埋め確定だ。

 荒南風の頑丈さくらいしか頼みの綱がない程、状況は最悪だ。

 自分でやった事だから自業自得と言われればそこまでだが────

 

(────急げ!)

 

 ────ナガトは生き残るべく、最善を尽くそうと己を叱咤する。

 僅か1分数十秒の交戦の報酬。

 興奮と緊張で乱れた呼吸と弾けた先日の傷口からの出血と破裂しそうな心臓の痛みもそのままに、ナガトは来た道を走らせる。

 

 ────秒単位で崩壊が激化していく。

 ────支柱を失った方舟が折り畳まれる様に、自重で潰れて行く。

 ────外は噴煙が巻き上がり、崩れて行く度に塵が大気中に舞い上がる。

 ────外がその有様なので中は更に最悪だ。

 ────照明は落ち、指揮所との通信も遂には途絶。GPS誘導も全く無効。

 ────頼りは頭の中に叩き込んだ地図だけだ。

 

「クソッ、邪魔だ────!」

 

 なので、脱出は困難を極めた。

 貯水フロアを登り切る直前、降って来た瓦礫に潰されかけ、それを『熕』 (105mm砲)で吹き飛ばす。

 立ち塞がる瓦礫が道を塞ぎ足を止めたのが二度、否これで三度目。

 通路に降り積もった瓦礫を、走りながら右腕の『熕』 (105mm砲)と左背のL45連装砲(203mm砲)によって粉砕する。

 すでにECMは機能していないから後は帰るだけ…なのだが、瓦礫による地形変化で何度も道を阻まれる。

 

「────、ッ────!」

 

 息を呑む様に走らせる。

 窮地における緊張から、脳は倍速でフル稼働する。

 崩れていく天井の合間を抜け────水圧の変化で継ぎ目から海水が流れ込む海底トンネルに辿り着く。

 ────この先が、列車基地だった第二地下拠点に通じている筈だった。

 構う事なくナガトはそこに飛び込み、ノータイムで駆け出した。

 崩落するコロニア03から水没するトンネルへ。

 壁から、天井から、次々と海水が流れ込んで来る。

 それらが緩やかに見えて、荒南風はその隙間を滑らせて走り抜ける。

 今のナガトには1秒が数秒に感じられた。

 研ぎ澄まされた神経が、体感時間を延長させる。

 ナガトは瓦礫と海水で沈み行くトンネルの先を目視する。

 トンネルがまだ崩壊と水圧に耐えて原型を保っている事が奇跡で────列車基地の方は、幸運な事に影響を受けていない……!

 

(よし、ついてる────。)

 

 列車基地は無事な筈だと思っていた。

 あくまで崩壊の影響を受けるのはコロニア03と列車基地を繋ぐ海底トンネル。

 トンネルと列車基地は傾斜があり、水圧に押し負けない限り水没することはない。

 ────そう言い聞かせてナガトはひたすら走り続けたのだ。

 ナガトは賭けに勝った。

 このままひたすらに足を止めず、脇目に目をくれずに突き進んで行く。

 とにかく余裕が無い!!

 このトンネルだって強度はギリギリだしもうこれ以上は保たない。あと俺の運も!!

 使い慣れない機体でここまで全部上手くやれたのだってそもそもが破格の主人公補正とかで、これ以上は何かあったら絶対死ぬ。

 ブースターの破損、視界センサーの故障、履帯の脱輪、それらで死に繋がる綱渡り。

 後ろを振り向くなんてもってのほか。

 ────シン、と。頸に、後ろから向けられる殺意を感じた。

 それと同時に、右の壁が弾けて海水が流入する。

 

「あ────」

 

 ナガトは息を呑む。

 流入する海水。

 その水滴には、それを見たナガトの目には、ハッキリと。

 トンネルの奥からナガトを追いかけて来る、死神(スピオトフォズ)が見えた。

 

 両手のない屍体(スピオトフォズ)は背中にムスタ152mm砲を背負い、荒南風目掛けて突貫して来る。

 まだ生きていた。

 まだ稼働(いき)ていた。

 まだ殺意(いし)がある。

 ────こんな状況でも、否。こんな状況だからこそ。

 オ前ダケデモ道連レニシテヤルと。

 いびつに歪んだ頭部フレームから、複眼がギョロリとこちらを睨んでいた。

 

『コロ……す…!』

 

 息絶え絶え、しかし殺意を燃やす怨嗟の声が敵機から響くのと。

 海底トンネルの終点────最後の滝をくぐり抜けるのは同時だった。

 

「はは────あいつマジかよ」

 

 列車基地に突入し、坂道を登り切るなりナガトは右の履帯後ろに、左の履帯を前に回して旋回。

 そのまま両方の履帯を前に全力で回し、バック走行する。

 列車基地・海底トンネル入り口付近はそう広くはなく、2車線道路くらいの道幅だ。

 …普段の日方風であれば悪夢だが、荒南風にとっては悪い立地ではなかった。

 左腕のパイルバンカーを換装────拡張領域から予備のGA-M59/A (アヴェンジャー) 57mmガトリングライフルを取り出し装備する。

 そして、両腕に備えた全武装を。両肩のガトリングライフルを。背負った2つの滑腔砲を。

 海底トンネルの入り口目掛けて構えた。

 ────距離にして、1200メートル。

 ナガトが構え終わると同時に。

 両手のない屍体(スピオトフォズ)は沈み行く墓穴から飛び上がる。

 背中のムスタ152mm砲が突き出される。

 ソレは失われた両腕と脱落した肩部ミサイルの代わりに最後の牙だ。

 火薬が炸裂し、152mm弾が放たれる。

 ────迫る、迫る、迫る。

 今度こそ避けられ無い。

 旋回が精一杯の狭い通路では、迫る砲弾を躱わせない。躱わす術がない。

 そして152mm弾は荒南風の粒子装甲を食い破り、腐食を払いのけ、荒南風の複合装甲に牙を突き立てる。

 そしてそれは、荒南風の正面複合装甲に着弾すると同時に相互侵食し────弾芯をへし折り、弾き飛ばす(夾叉させる)

 

『────、な』

 

 敵パイロットが目を疑う声を漏らした。

 …軍事的知識が有れば、少しは理性が働いたろう。

 砲による殴り合いを想定した戦車の正面装甲が貧弱である筈がない。

 既存の通常戦車でそれなのだから、その技術が応用された荒南風も正面装甲が強固であるのは必然と言える。

 …後ろや脳天からなら、ナガトを殺せたかもしれない。

 そこが戦車や装履脚型アライズにとっては弱点であり、致命傷を負わせるには最適の部位だからだ。

 だが、正面を向いており。

 尚且つ回避する余裕のない狭さ。

 そして砲弾が敵を喰い破れる直線地形。

 …この環境で、両手のない屍体(スピオトフォズ)が盤面を崩すのは、もはや不可能だった。

 

 一度落とされて、それでも尚立ち上がって来た根性(ガッツ)は認めてやる。

 そこだけは敬意を表するに値する。

 だがもうこれ以上付き合わされるのはゴメンだね。

 だから、さぁ────

 

「────今度こそ(タマ)でツケ払えやぁぁぁッッッ!!!!」

 

 ────慟哭と共に全火器が火を噴く(フルバースト)

 3門のガトリングライフルがけたたましく吠える。

 2門のパルスガンが閃光の嵐を撒き散らす。

 手にした無反動砲と、両肩の滑腔砲が計4門。

 合計9門の砲口が火薬の炸裂と共に一斉に大質量弾を放つ…!!

 凄まじい衝撃波と轟音が嵐となって、周囲を蹂躙する。

 砕く。砕く。砕く。砕く。砕く。

 最後の決闘場となったトンネルの壁面や床ごと破壊し尽くす砲火の嵐。

 ────これこそ、戦車の真骨頂。

 圧倒的火力を持って敵を殴り伏せる脳筋(ストロング)スタイル。

 そしてこの回避困難な閉所において、それは最大限の火力を約束する。

 荒南風が引き起こした破滅的な業火と爆発を巻き起こしながら、敵機を追い立て、そして喰らい付く。

 

『そんな…、父さ────』

 

 両手のない屍体(スピオトフォズ)が最期に見たのは、この逃げ場のない通路を埋め尽くす────砲弾の壁だった…!

 

 、

 、

 、

 

『────状況終了。』

 

 …しばらくして、桐島の通信音声が響いた。

 

──── 10時10分57秒、状況終了。

 

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆

 

午後18時32分

トキオ自治区・元女島台

────IS学園職員用団地2号棟201号室

 

「ただいま────…はぁ……」

 

 溜息と共に、疲れた────とナガトは玄関で腰を降ろす。

 …なんというか、今日1日で1年分働いた気分だ。

 あれから減俸の件は取り消しになりそうだと憲兵隊から聞かされ、安堵したが────

 

『お前か、お前も同志や父さんを東京で殺した奴の仲間か…!』

『覚悟しろ…!お前も殺して…、すぐ鉄の棺桶にしてやる…!』

『そんな…、父さ────』

 

 ────頭の中に、スピオトフォズのパイロットだった少年兵の怨嗟がこべり着いて離れない。

 

 「…らしくねぇ…」

 

 気を紛らわせる為に自身を罵倒してみるが、その声にはあまりに覇気がない。

 ────人殺しは山の様にして来たが、やはり未だ、子供殺しには慣れない。

 戦闘時に、戦闘興奮(コンバット・ハイ)になる様調整されたから戦闘中は脳内麻薬(アドレナリン)の分泌で戦闘狂(クソ野郎)として振る舞う事で辛うじて戦意と精神を維持できる。

 だが、終わったらいつもこう(ダウン症)だ。

 ────イヤになる。

 まるで自分が、また(・・)箒を手に掛けた様で────

 

「ナガト!」

 

 その声で、はっとする。

 見れば、エプロンを身に付けた箒が心配そうに覗き込んでいた。

 

「…あの、大丈夫ですか?ずっとボーっとされてましたが…。あの、どこか具合でも…」

 

「────すまん、大丈夫だ。ちょっと疲れただけだ…、うん…。」

 

 情け無い。子供に心配させるなんて親失格だ。

 ────もっと、しっかりしなくては…!

 

「王手だ。ヴィークマン。」

 

「うえぇ!?嘘。待って待って待って待って!まだイケる。まだイケるから!ねぇ!ねぇ待ってェ!!」

 

 …ふと、リビングからこの重苦しい雰囲気を吹き飛ばす声がした。

 リビングを覗くと────そこには、ファミコンをテレビに繋いでゲームをしている男女が2人。

 2人とも、レヴェラント連合軍正式採用の制服を身につけている。

 テレビの画面に映っているのは、ステージがマスで区切られており、そこに部隊を配置して陣取り合戦をする────いわゆる戦略シミュレーションゲームだ。

 今2人がしてるゲームは確か────そう、月面を舞台としていたっけ。名前は《ベース:ネクタリス》とかいうので。

 

「戦場に待ったは無しだ。うむ、王手。」

 

「ゔわ゛ぁぁぁぁ────!本拠点堕ちたぁぁぁぁぁぁ────っ!!」

 

 …どうやら男の方が勝ったらしい。

 ────いや、というかだな。

 そもそも一国の、それも外国軍の軍人が公務員宿舎でファミコンしてるって────

 

「────どういう状況だ…コレ…」

 

 思わず困惑から声が漏れた。

 それに反応して、2人は弾かれた様に立ち上がり、ナガトに敬礼する。

 

「挨拶が遅れ申し訳ありません。先日付けで日欧合同試験小隊に配属されました、ゲラルト・ヴォルテンガー中尉およびシャルロット・ヴィークマン少尉────コールサインはライカン02、04であります!」

 

「────日欧合同試験小隊の八雲ナガト=アウグスト一尉だ。コールサインはライカン01。よろしく頼む。」

 

 ゲラルトの挨拶にナガトも、敬礼しながら簡潔に応えた。

 そして箒に視線を送りながら────

 

「…で、あっちが────いや、さっきから一緒に居たみたいだから、知ってるか。箒の事も、よろしく頼むよ。」

 

 ────そう言い放つ。と、同時に。

 

「ギャ────!ローストポーク焦げてるぅぅぅぅ────ッッ!!!」

 

 台所から、箒の悲鳴が上がった。

 それにナガトは溜息を再びついて、台所に駆けていく。

 

「お前何しようとしたんだよ…」

 

「シュ、シュヴァイネハクセを作ろうと…」

 

 ナガトは呆れながら問うと、箒は涙目になりながら応答する。

 シュヴァイネハクセとは、おもに南ドイツで食べられている、豚の脚をローストしたドイツ料理だ。

 特に目を引くのがナイフが豪快に刺さっている外観。

 日本人にも分かりやすく言うと、漫画肉というヤツだ。

 

「だぁ────ッ、ローストビーフも出来ねェのにいきなり難しいやつやろうとすんな!…中はまだ使えるからフリカッセの具にしちまおう。」

 

「すみません…。それと2人もすみません…夕飯準備時間かかります……」

 

「いーよいーよ箒!私はゲラルトに再戦してるから!!」

 

「ははっ、何度でも受けて立とう────!」

 

「頑張ってください!シャルロット!!」

 

「シャルで良いよ〜〜⭐︎」

 

「────いや、お前らも飯食っていくのかよ…。」

 

 3人のやり取りに少し呆れる。

 ナガトは台所でローストポークの焦げた箇所を削ぎながら、その景色を眺める────それは、"平和な日常"そのものだった。

 …もう少し、こんな日々が続く様に頑張ってみよう────ナガトはふと、そう思うのだった。

 

 

 

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