インフィニット・ストラトス・アライズ-Dominater of Battlefield-   作:天津毬

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 今回からシャルがレギュラーメンバー入りです。

 そして今回は日常パートですので若干ギャグ路線。




#15 貴公子、転入

 

トキオ自治区セントラル区

IS学園1年1組・教室

────午前8時35分

 

 無人機襲撃事件から4日後。

 難民解放戦線撲滅から1日後。

 目まぐるしく情勢が変わり続けているが、今日も学園は平和だ。

 

「やっぱりハズキ社製のがいいなぁ。」

 

「え?そうかなぁ?デザインだけって感じがして機能性がなくて不安なんだけど。」

 

「そのデザインがいいんじゃない!」

 

「私は機能性重視のミューレイのがいいなぁ。特にスムーズモデル。」

 

「あれ高いじゃない。高校生の私には手が届かないわ。」

 

 まだ授業が始まる前の教室では、机に雑誌を広げ生徒らがガールズトークをしている。

 …しかしやはり、不穏な影はこの教室にも忍び寄っている。

 他のグループでは、こうだ。

 

「────え、夜竹さん今日から寮に来んの?なんで?家族さんは?」

 

「…家が潰れてね…。家族は無事だったけど下の子がまだ小さいから、疎開するの。

私とお兄ちゃんも話し合ったんだけど…2人して奨学金借りてるから、トキオに残ることにしたの。」

 

「お兄さんって、整備学科の?」

 

「そ。『整備学科は男世帯だし、四人部屋の集団生活だし慣れてるから良いけど、お前は年頃だし学園の相部屋寮に行け』って…。お兄ちゃんにも心配かけたくないから、入る事にした。」

 

 ────疎開。

 平穏からは随分と離れた言葉が聞こえる様になった分、ここも危うくなって来たのだなと、箒は思う。

 

「なーなー箒────」

 

 ふと、一夏が声をかけて来た。

 手には、ISスーツの雑誌を携えていた。

 

「箒はどこのメーカーの使ってるんだ?」

 

「────私は確か…ハヅキ社、だった筈だ。」

 

 ────ハヅキ株式会社。

 日照ライムントヴァルト社の系列企業であり、大阪市に本拠地を置く日本帝国最大手のスポーツウェア及びISスーツメーカー。

 競泳から陸上競技にダイビングに…とにかく幅広いスポーツ・アクティビティウェアの開発製造を担っており、人体工学に基づくスーツ製造技術が評価されている。

 イギリス連邦のミューレイ社との交流で培った流体人工皮膚膜の流動制御技術を新たに組み込み、帝国自衛隊の新型スーツ開発にも携わっているとか。

 ────私の着ている21式第2種戦闘装具が、確かそうだったか。

 

「そう言うお前のISスーツはどこのものなんだ?」

 

「俺?俺はアリーヤ社!!」

 

 そう言って、一夏は雑誌を見せて来る。

 ────アリーヤ社

 『areyah』のロゴマークが目印のスポーツメーカー。

 ISスーツ開発と販売を行なっているレヴェラント連合国の企業で、提携関係にある日本帝国の企業がアジア環太平洋地域での事業展開権を持つ。

 社名は闘技場を意味するarenaとスワヒリ語で『至高の存在』を意味するaaliyahを掛け合わせた造語であり、ISスーツも業界関係者からは評価が極めて高い。

 …と言う説明文と共に、男性用・女性用ISスーツを着たモデルの写真がでかでかと掲載されている。

 

「男性用のISスーツなんて作ってなかったからEOSやA-CISのパイロットスーツを基に作ったんだってさー。」

 

「へぇ…デザイン性は良いな、この会社。」

 

 ページをめくりながら、箒は呟いた。

 ────将来的に男性のヴァルキリーが生まれる時代が来る事を想定していたのか、それともヘズナルにも同様のものを提供しているのか。

 競技用男性ISスーツの需要がほとんどないにも関わらずデザインは極めて豊富だった。

 

「へへっ、だっろー。まぁ、ちょっと…締め付けが良過ぎるのが…玉に瑕だけど…」

 

 …と、何故か一夏は赤面しながら言う。

 今の一連の流れに羞恥心を煽る様な要素はあっただろうか?

 疑問に思い、箒はそういえば一夏のISスーツはどんな特徴だったかと逡巡して────

 

 ────初めて肉眼で見たのはクラス代表決定を告げるHR後のグラウンド実習で。

 

一夏は全身にピッチリ吸い付くフィット感のせいか、全身がISスーツで締め付けられているが、同時に男性器と尻がやたらと締め付けられてそれぞれ強調されてしまっているらしく、凄まじく赤面していた。

 

『きゃー織斑くんったらオトコノコー♡』

 

『あらやだ、結構可愛いちんちんじゃない?』

 

『ふへへ…お尻のラインも綺麗…撫でて揉みしだきたいデカ尻だワ…♡』

 

 なんて女子がやいのやいの言うように。

 ────筋肉の凹凸から臀部の割れ目に陰茎の形まで、やたらとボディラインを強調する様に貼り付いていて…。

 

「────あ」

 

 それで箒も思い出し、瞬時に沸騰して赤面する。

 

「…アレ、やっぱめちゃくちゃハズいんだよなー…」

 

 一夏は、『たはは』と笑いながら箒に言う。

 …うん、それには同意する。

 そして私なら絶対憤慨して別のスーツを発注する。

 

「でもさ、こう……締め付け具合が…良くて…なんか気持ち良くなるって言うか────」

 

「しっ────それ以上は言うな…!」

 

 赤面しながら、息を荒くして着心地を語りだす一夏に、私は思わず釘を刺した。

 ────…気持ちは分かる。

 けど頼む、変な性癖に目覚めるのだけはよしてくれ…!

 ────なんて話していると、他の女子生徒が近づいて来た。

 名前は確か────鏡リカ。

 その手にはISスーツの雑誌が握られて…おい、お前もか。

 

「織斑くんもアリーヤユーザーなんだって?!」

 

 ────何故か、興奮気味に話しかける。

 

「え、あ、うん…まぁ渡されただけだから…」

 

「あ、そうなんだー…でも着心地良いでしょアレ!」

 

「何よ!着心地ならハヅキだって負けてないわ!!」

 

「────我がイギリス連邦のミューレイも捨て難いですわよ、織斑さん。」

 

 一夏が鏡に対応していると、更に他の生徒まで乱入して来る始末。

 勢いにドン引きする一夏と猛烈に布教する女子達、という構図が完成している。

 というかオルコット、お前までサラッと混じるんじゃない。

 

「…まぁ、私は使えればなんだって良い気もするがな────」

 

 一夏が持ってた雑誌をパラパラと流し読みしながら、箒は呟いた。

 それに女子らがクワッとこちらを向いて────

 

「「「「なんで?」」」」

 

────問いかける。

 …仲良いな、君ら。

 

「だってどこもかしこも似たようなタンクトップとスパッツ、ウェットスーツじゃないか」

 

「かぁーっ!!わかってないわねぇ!形は似ているけど色や彩模様は違うのよ。それに女の子は見えないところに気を遣ったりするの!篠ノ之さん仮にも女の子でしょ⁉︎オシャレに気を遣わないと!!!」

 

「あ、ああ────…」

 

 何故か、物凄い剣幕で詰められて説教されてしまった。

 こうなっては気圧されてしまう。

 しかし、そんな指摘を受けるが学校指定のISスーツはほとんど紺色ではなかっただろうか…と思ってしまう。

 

「ISスーツは肌表面からの微妙な動き、電位差を検知することによって、操縦者の動きをダイレクトに各部位へと伝達、ISはそこで必要な動きを行います。また、耐久性にも優れ、一般的な小口径拳銃の銃弾程度なら完全に受け止めることができます。ただし衝撃は消えないのでご注意ください」

 

 ────後ろからの声。

 ばっ、と振り返るといつの間にか私の後ろに山田先生が立っていた。

 今の解説は、にこりとこちらに微笑みを向ける山田先生が発したものだった。

 

「山ちゃん詳しい!」

 

「先生ですからね。知ってて当然です……って、山ちゃんですか?」

 

「山ピー見直した!」

 

「え、山ピー……?」

 

 生徒らが口々に言う。

 山田先生にはもう8つ以上の愛称がついている。それに山田先生は背中かゆいらしく頬を少し赤らしめ恥ずかしがっている。

 

「あの、先生なんですからあだ名で呼ぶのはちょっと……」

 

「平時ぐらい、いいんじゃないですか?慕われている証拠ですよ────山田助教殿。」

 

 箒は茶化す様に、山田に言う。

 

「あぅ…篠ノ之さん、私はあくまで先生なので、助教とか堅苦しい呼び方は…」

 

「あ…、すみません。以後気をつけます。」

 

「とっ、とにかくですね。先生の名前はちゃんと言ってください。わかりましたか?」

 

「「「はーい」」」

 

 しかしその返事には承諾というよりは相槌を打ったように適当であった。

 きっと授業中も言われるのだろうな────そう考えると、少々不憫に思えて来る。

 そうしていると予鈴が鳴る。

 授業開始を告げる合図────それに合わせて生徒達は次々と席に着き、山田先生が教壇の方へ歩いて行く。

 私が自分の席に戻った時には、扉が開く音と共に、織斑先生が教室に入ってくる。

 

「…諸君、おはよう」

 

「「「おはようございます」」」

 

 それまでの教室の空気が紐を張ったように真直ぐ正された。

 

「今日からは本格的な実機訓練を開始する。

訓練機ではあるがISを使用するため各人、気を引き締めるように。

各人のISスーツが届くまでは学校指定のものを使う。まぁ、個人のを使っても構わんが授業中はできるだけ統一するために学校指定のものを使うようにしてくれ。

────忘れた者は代わりに学校指定の水着で代用してもらう」

 

 そういえば、このIS学園絶滅危惧種のスクール水着である。

 中学時代のプール授業はみんな学校指定の物ではなく市販の花柄が入っていたり、フルリがあったりの水着が一般的であった。

 …少なくとも私の通ってた、一中(いっちゅう)(新東京箱根市立第一中学校)では。

 …そういえば、以前トキオ自治区で流通している男性水着を調べてみると、どういう訳かブリーフ型競泳パンツしか取り扱っていなかった。

 一中周りはどうだったっけと思い、中学校時代の友達のグループチャットで写真付きで聞いてみると、

 

『ファーwww』

『そっちは競パンしか無いのかよ…』

『スパッツとかボックス無いってマ?ゲイ専かな?』

『やっぱ女尊男卑やからそっちの男は人権なんて無いんやなぁ…』

『時代錯誤すぎて草』

『昭和かよ』

『失礼な、競パンは現役やぞ(水泳部部室内の風景写真添付)』

『見たくもない野郎の競パン姿見せんなwww』

『ナルシ乙www』

『それにしても選択肢無さ過ぎない?』

 

という反応が。

 何故だろうと思っていると、確か高木さんが教えてくれたっけ。

 ────各コロニアは独立循環型経済という社会主義的経済体制を長年維持して来た弊害で、新しいものをデザインする能力が失われたのだという。

 結果として、抜錨した1980年代当時の製品を2022年現在でも製造し、日常的に使用しているのだ────と。

 そういえば、街中や学園にやたらとダイヤル式公衆電話が置かれていたり、家庭用ゲーム機よりゲームセンターが娯楽の主力だったり、歩きタバコは平然と皆してるし、街中を走っている車もやけに古かったり────本当に、現代から1980年代にタイムスリップしたみたいな錯覚すら覚える程だった。

 だが40年もそれを維持するのは限界だったと見える。

 先程女子生徒らがISスーツ────即ち"外の世界の製品"というものに憧れを示していたのがその証左だ。

 だから今すこし待てば、男性水着のバリエーションも増えるかも知れない。

 まぁ、こういうレトロな環境をトキオの観光産業として売りに出すのもアリかも知れないが。

 

「では、山田先生────私は会議があるのでホームルームをお願いします。」

 

 ────なんて思っていると、『もう告げる事は話した』と言わんばかりに織斑先生は説明を切り上げた。

 

「────なぁ、なぁ箒」

 

 織斑先生が教室から去ると同時に、蚊の羽音の様に潜めた声で一夏が声をかけて来る。

 

「更衣室って俺の分は流石にもうあるよな?」

 

「流石に新設されたと願うが…。いや、無事なら良いんだが…。」

 

 前回の実機教習時、男子更衣室は建設中で無かった為、一夏は用務員トイレを更衣室に使わざるを得なかった。

 現在はもう建設が終わっている…筈だが、一昨日の襲撃事件で校舎も被弾したと聞いた為、もしかすると────という懸念があった。

 しかし教壇に立つ山田先生からも、織斑先生からもその説明はない────それが一夏を不安にさせた。

 …対する山田先生はというと。

 

「はい────今日はなんと転入生を紹介します!」

 

 弾ける様な声でそう言う。

 ────ん?転入生?

 

「さぁ、入ってきてください」

 

 ────一瞬の疑問と同時に山田先生が声をかけた。

 そして、教室の扉が開き、新たなクラスメイトが入ってくる。

 今日からクラスメイトになる人物。

 ロングウルフカットの後ろ髪が揺れる金髪。

 西洋人らしい碧眼。

 女の私でも見惚れる中性的な顔で黄金比の様に整っている美顔。

 ────小動物、例えるならばウサギを思わせる可愛らしい顔付きだ。

 

「シャルロット・ヴィークマンです。レヴェラント連合国から来ました。ニホンでは────」

 

 笑顔を浮かべて紹介をするシャル。

 視線が集まっている中、緊張もせずに立っていられるのは、すごいことだと思う。

 ────って、そうじゃない!お前は…!!

 

「シャルロット?!何故ここに!?」

 

 反射的に箒は立ち上がって、絶叫した。

 同時に、一夏を含む周りの視線が私に集中する。

 …落ち着けと自分でも思うがこれが驚かずにいられるか!

 昨日会ったばかりで昨日夕食を共にした相手が転入生だったら誰でもこうはなろう…!

 

「何故って…転校生だから?」

 

 箒の驚きに、シャルは微笑みながら返す。

 いや、そうじゃなくて…!

 

「まぁ、昨日いらしたレヴェラントの…!」

 

「えっ…ッ、昨日図書館に箒が連れて来た…!」

 

「あ!昨日お姫様抱っこされてた子だ!」

 

「えっ!?3組のデュノアさんにイチャモンつけられてたあの子?!」

 

「篠ノ之さんの彼女ってマジ?!」

 

 なんて言ってると、セシリアを皮切りに一夏や他の生徒達も驚愕の声が上がって行く。

 おい待て最後の。誤解を生むからやめろ。

 

「んんッ、皆さんお静かに。自己紹介くらい聴いてあげて下さいね?」

 

 咳払いと共に山田先生が圧を込めた声でそう言い放つと、少し音量が下がる。

 それでもまだ気になる生徒がいるらしく、ひそひそと声があちらこちらからしていた。

 

「ええと…昨日は授業がないとの事で転入がずれ込みましたが、本日から正式に1組に転入となりました。」

 

 ────そう、シャルは言う。

 それで、ああ。と合点がいった。

 それはそうだ、昨日は教官らも総出で学園の被害実態調査に乗り出していて、全校休講という名の自習日だった。

 そういう訳で当然HRも無いし、一昨日する筈だった転入手続きが昨日にずれ込んだなら、今日になって改めて転入生────というのも別段おかしい話ではなかった。

 

「────ニホンでは不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします。」

 

 シャルはそう畏まった挨拶で、自己紹介を締め括った。

 

「よろしくお願いしますね、ヴィークマンさん。そしたら席は、ええと…あそこの空いてる席でお願いします。」

 

「はい!」

 

 そうして、山田先生が指示した席────ちょうど私から見て左隣、セシリアのちょうど前、一夏から見て左斜め後ろに歩いて来る。

 その、指定された座席周辺に座る────昨日図書館で会った面々を見て。

 

「やっほー、来ちゃった♡」

 

 ────少し戯けた様に、シャルは揶揄う様に話しかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆

 

同・第3総合庁舎

自治区臨時行政本部第1会議室

────午前8時45分

 

 IS学園第3総合庁舎────そこに置かれた臨時行政本部の会議室には、学園理事長轡木十蔵と織斑千冬そして、各部署から選出された臨時役員たちが集まっていた。

 彼らが集まった理由はもちろん、トキオ自治区の今後の方針を話し合うためである。

 

「これより、今後の自治区の方針についての会議を始めます」

 

 千冬は机の上に置いている資料を手に取り、話を始めた。

 

「現在の状態について…報告の上がっている限りお話します。

知ってのとおり、先の無人IS襲撃により交通・電力・水道系インフラはほぼ停止。

昨日のテロリスト掃討作戦により安全が確保された為に日本帝国は支援を継続していますが、やはり、我が帝国だけの支援では限界があります。現在貯蓄していた食料や飲料水で対応していますが、コレが切れた場合には帝国の支援に全面依存するしか無く、またそれだけでは賄い切れません。

…そして、一番深刻なのは電力です。現在、トキオ自治区の発電設備稼働率は太陽光発電所が8%まで低下。洋上風力発電設備は12%。現在は火力発電所でカバーしていますが、こちらは備蓄燃料が尽きれば停止します。

加えて、送電網も多数損失。現在電力の供給率は平時の40%未満……これにより、現存する食料プラントや海水濾過プラントも停止状態にあります。

…それに伴い、人口流出も発生しています。」

 

 千冬が述べた通り、日本帝国以外からの支援を受けられないトキオ自治区は極めて危険な状態であった。

 食糧は緊急時の備蓄がある為一カ月程度は余裕がある。

 しかしそれを過ぎて底を尽きれば日本帝国の支援だけでは不足するのは眼に見えている。

 そして、一番の問題は電力源だ。

 トキオ自治区の電力は太陽光発電設備や洋上風力発電設備が全体の6割をカバーし、残る4割を石油や石炭による火力発電所でカバーしていた。

 その火力発電所で使う燃料もまた、交易や金融で得た利益を元に大陸諸国から購入していたものだ。

 それが、今回の襲撃により港湾設備は全損。

 石油貯蔵施設も少なくない被害を受け、なんとか守り切った化石燃料で火力発電所を稼働させている。

 その火力発電所もギリギリの所で稼働している状態である上に送電網の断線や復旧途上に伴い、慢性的な電力不足が起き、電力の供給率は平時の40%を下回る37.4% ────結果として、トキオ自治区各地で停電が続いていた。

 そしてそれが引き起こす問題は、最初に上がっていた食料問題だ。

 トキオ自治区は食料の大半を、海水のプランクトンをベースに生成した合成食料や農耕プラントで生成された作物に。飲料水を海水を濾過した真水に依存していた。

 自己完結するコロニア艦という環境であるが故に生み出されたこの食料供給体制は、常に循環し続けている限りは問題ない。

 …否、循環が止まる事が一番の問題ではない。

 一番の問題は────それらが全て電力で動くものである事だ。

 即ち、電力供給が止まると同時に、如何に優れた食料生産プラントや真水生成プラントもただのコンクリートの塊と化してしまう。

 …するとどうなるか。

 ────食料危機という問題に突き当たる。

 そして食料の供給が止まればそれを巡って奪い合いに発展する。

 加えて真水の供給が止まると尚のこと深刻だ。

 睡眠と食事はなくても理論上2〜3週間は生きられる。

 だが水の摂取が途絶えると人間は4〜5日で死に至る。

 更に適切な遺体処理がされない環境下で生き残ってしまった場合は悲惨だ。

 体内水分量の低下は免疫力の低下も引き起こす。万が一遺体処理が不適切なまま放置されて疫病でも蔓延しようものなら────たちまち死者の山が出来る。

 そうなる前に逃げるべきだ────そう判断した人間が少なくないのか、トキオ自治区ではこの4日間で無視できない数の人口流出が起きていた。

 

「何処に行くのか…このご時世、内地が受け入れてくれる筈もないだろうに────…」

 

 コロニア体制崩壊後もトキオ自治区が日本帝国領内にありながら半ば独立した自治体として存続出来ていたのは、循環完結型経済や完全食料自給だけではない。

 大破壊期の全面核戦争で九州地方の交易拠点だった福岡市が核攻撃で蒸発した為に、九州が持つ筈だった交易・金融・製造業のシェアをトキオ自治区が代替、ほぼ独占し、東シナ海における重要交易拠点として発展したという背景があった。

 その為、九州地方の経済的復興はトキオ自治区の存在によって阻害され続けて来たと認識されており、目の敵にされている。

 現に、行政上トキオ自治区が帰属する筈の長崎県県知事は自治区への災害派遣を拒否して見殺しにするつもりだったし、世論も完全にそれに同調していた。

 それはコロニアの遺物を目の敵にして、ではない。

 本土に難民として流入し、治安が悪化することを危惧した反移民感情によってだ。

 そうした意味でも、自治区から九州に逃げたところで受け入れてくれる場所があるとは思えなかった。

 現に、移民や難民が引き起こしたテロは国内の例では数多く存在する。

 直近の東京同時多発テロのような難民による武装蜂起がいい例だ。

 最も、国民が危惧することは武装蜂起もだが、一番は移民同士の衝突だ。

 第2次世界大戦後の冷戦下────日本には多くのユダヤ人や反ナチズム派ドイツ人が流れ付き定住した。

 どちらもナチスに故郷を追われたのだから仕方ない────当初はそう世論も認識していた。

 しかしその後起こったことは『ナチスドイツに虐殺された民族』という免罪符を手にユダヤ系移民によるドイツ系移民への迫害だった。

 『悪魔の民族を殺せ』────故郷を追われたユダヤ系移民の憎悪の矛先がドイツ系移民に向かうのは、時代背景も考慮すれば必然だ。

 しかしそれには当然現地に住む先住の日本人も巻き込まれる。

 即ち、それは日本人を巻き込んだ代理紛争であり────最終的に帝都東京や横浜で銃撃戦や自爆テロが発生するまでに至った。

 …こうした過去や直近の東京同時多発テロがある為、国民は難民や移民流入に対して極めて否定的だった。

 仮に辿り着けたとして、就労ビザが発行される可能性は極めて低かった。

 ────であれば、トキオ自治区を一日でも早く復旧させる他ない。

 最優先すべきはもちろん、電力問題だ。

 

「電力不足問題の対策はどうなっている?」

 

 轡木が問う。

 

「至急、送電網────特に食料プラントや真水プラントに繋がるものを最優先で復旧中です。」

 

 電力局役員が口を開く。

 つまるところ、目先の問題として解決すべきは電力不足に端を発する食料危機だ。

 プラントが稼働すれば、低下した食料自給率全てを賄う事は出来ないが、『無いよりマシ』程度にはなる。

 しかし備蓄燃料に限りがある以上、いつかは破綻する。

 故に、次に解決すべきが発電所問題だ。

 

「また太陽光発電、風力発電などの再生可能エネルギー発電所の稼働可能な発電基を予備パーツで復旧し、電力不足を解消する予定です。

しかし稼働可能な発電基の数が激減した他、それら全てを修理出来るだけの予備パーツも不足している事から、火力発電所が停止した際に再生可能エネルギーで賄える電力需要は全体の10%も満たしていません。」

 

 ────無念です。と付け加えながら電力局役員が告げる。

 確かに、限りある化石燃料による火力発電とは異なり、再生可能エネルギーは設備を適切に整備さえすれば半永久的に電力を供給してくれる発電システムだ。

 しかしその電力変換効率の悪さから、極めて大規模な敷地と膨大な数の発電基を用いた設備が必要となる。

 今回はその数に任せた発電体制に頼ることが出来ない。

 穴埋めに火力発電所の燃料を購入しようにも、トキオ自治区の主要産業である交易と金融で得た利益がなければ意味がない。

 そして現在、どちらも停止状態にあり赤字を垂れ流している。

 即ち、化石燃料の追加購入という選択肢も潰された事となる。

 ────もはや万事休す、という状態だ。

 

「…『バルライヤ』並みの発電システムが有れば安定するんですが…」

 

 ────バルライヤとは、イギリス連邦オーストラリアに建造された直径50キロにもなるソーラーアップドラフトタワーの名前だ。

 原理としては単純で、太陽熱で温められた空気を煙突に集めて、煙突に向かって生じた気流でタービンを回し発電するというもの。

 再生可能エネルギー発電所の中では極めて大規模な代物であり、オーストラリアの首都エインガナ都市圏の電力をカバーをできると聞く。

 それだけ大規模な設備が有れば少しは安定するだろう────最も、そんなものがない現状ではないもの強請りだが。

 

「問題はそれだけに留まりません。」

 

 千冬が口を開く。

 

「国連本部からA-616 ────『IS学園およびトキオ自治区の特例による法的自治権の制限、及び行政指揮権の国連本部への分割委託』命令が引き続き出ています。」

 

 そもそも国連直轄領たるトキオ自治区への内部粛正に始まったのが先日の無人機襲撃だ。

 その原因である命令勧告が未だ発せられているという事は、再び襲撃を受ける可能性が大いにあるという事を意味していた。

 …都市防衛隊は壊滅した。

 …学園教導隊は行動不能。

 …学園警備隊は再編途上。

 …頼みの綱はアライズ3機のみ。

 次の襲撃を乗り越えられるとは────到底思えない。

 この場にいる誰もがそう思う。

 

「────そこで提案です。我が方は勧告通り法的自治権制限を受諾。しかし分割委託は拒否し、日本帝国に全土を割譲するのです。」

 

 千冬の提案に、会議室の面々は驚きの顔を浮かべた。

 

「…歯痒い話ですが、もはやトキオ自治区に独立を維持していけるだけの力が残っていません。

経済的にも、産業的にも、軍事的にも…現状の復興物資的にも。

それらを打開する為に、日本帝国に自治区の領土を割譲し、九州の自治体…近いところですと長崎県五島市ですね。

そこに編入して貰う────これが私からの提案です。」

 

 千冬の提案は、理にかなっていた。

 あくまで日本帝国はトキオ自治区に対して『海外支援』の枠組みで予算を組み、物質を用意し提供している。

 故に、日本帝国の都合でいくらでも支援を切る事が可能だ。

 だが、トキオ自治区が帝国自治体になったとなると────日本帝国政府は自国領内への災害救援派遣を実施する事を迫られる。

 こうすれば、復興するまでの物資面の問題は解消される。

 次に経済面。

 今までトキオ自治区は自治区を介して日本帝国に物資を送る際や帝国の企業進出時に関税をかけていた。

 帝国自治体となれば関税はかからない為、収支面ではマイナスだ。

 だが逆に帝国企業が進出しやすいという環境が構築されるという意味でもある。

 何しろ東シナ海の交易拠点である以上、海運会社や運送業者にとっては理想的な立地だ。

 企業が進出し、求人を出せば────戦闘で職場を失った失業者の受け皿となり、新たな雇用が生まれ、経済的な活性化が期待できる。

 最後に軍事面。

 トキオ自治区は独立自治区という性質上、都市防衛隊という事実上の軍隊を有していた。

 IS学園の教導隊、警備隊もその類に入るだろう。

 これらは独立自治区だからこそ出来たこと。

 帝国自治体になれば完全に解隊せざるを得なくなる。

 この点は完全なマイナスに思えるかも知れないが、日本帝国や在日米軍の進駐が有り得る。

 日本帝国は近年東シナ海で中国に睨みを利かせており、アメリカは在韓米軍へのサポートを為す拠点の追加に頭を抱えている。

 その現状を踏まえれば────トキオ自治区という、最前線基地に相応しい立地はない。

 そして帝国自衛隊には現地入隊自衛官制度というものがある。

 これらもトキオ自治区の雇用の一環となり、尚且つ防衛体制の強化にも繋がる筈だ。

 最後に国連直轄領であるトキオ自治区が日本帝国に下るという政治判断そのもの。

 即ち六大国家の庇護下に入る事自体が、内部粛正に怯えるあまり離脱出来ない他の直轄領自治区への離脱を後押しし、結果として国連の権力を衰退させる可能性があるという事だ。

 国連政府を『六大国家に楯突く国連を名乗る逆徒』と断じる程度にパワーバランスを崩してしまえば、国連による内部粛正勧告は口だけのものになる可能性も無くはない。

 仮にならなかったとしても、上記の日本帝国自治体になるメリットの方が勝る。

 故に、理には叶っている────さぁ、後はこの頭の硬い老人達が重い腰を上げるかどうかだ。

 それが一番の課題なのだから────千冬は喉を鳴らして息を飲み、会議室を一瞥した…!

 

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆

 

 

同・第2グラウンド

────午前9時00分

 

「では、本日から格闘及び射撃を含むコンペディションISの起動訓練を開始します。」

 

「「「はい!」」」

 

 ────3時限目の実機授業。

 直径400メートルは下らない、狭いとは言えない広大なコンクリート張りのフィールドに1組と2組の生徒らが整列していた。

 コンペートに触れるのは今日が初めての人間はいない。

 だがそれでも、憧れの物であることには違いがなく、声に歓喜と気合が含まれている。

 

「織斑先生は会議で不在につき、代行で私が担当します。

今日は戦闘を実演してもらいます。凰さん、オルコットさん、前に出て下さい。」

 

 やる気がなさそうにボヤキながら前に出ていく凰と、とにかく楽しもうというスタンスで前に出るオルコット。

 2人は距離を取ると────互いに機体を起動した。

 

『あまり気乗りしませんが、まぁ楽しんで行きましょう。』

 

『まっ、実力を見せるいい機会よね!私の!』

 

 先日、完膚なきまでにやられた鬱憤を晴らせると思ったのか、元気になる凰。

 それを見て、『現金な方ですねぇ…』とセシリアは苦笑する。

 

『それに、この際どちらが上かいい加減決めましょうよ。無論どっちが勝つかなんてやる前から決まっているようなもんだけど。』

 

『凰さん落ち着いて、山田先生は模擬戦をするとは一言も────』

 

 猪武者の如くオルコットに食ってかかる凰を、オルコットは諌めながら指摘する。

 …確かに、山田先生は『前に出ろ』とは言ったが、『模擬戦をしろ』とは言っていなかった。

 それに凰もハッとして────

 

『じ、じゃあ誰が相手な訳よ────』

 

 ────と、山田先生に視線を向ける。

 

『────もちろん、私です。』

 

 そう言うと同時に、山田先生が機体を起動する。

 日方風を連想させる、深緑色に茶色と黒の迷彩が掛かった無骨なフレーム。

 ザ・ミリタリー、と表現する他ないその機体は、レヴェラント連合国のアイゼンライン社が開発したEiR-Type-ⅩⅢ【ロットワイラー】のフレームをベースとする派生機体────【ゼルドナーG3】だった。

 ゼルドナーG3はロットワイラーからタキオンエンジンを引き抜いて、水素燃料電池に換装した通常動力型機。

 つまりはガワだけアライズであって、中身はコンペディションISやハイエンドEOSと変わらないスペックの類だった。

 …元々、欧州────特に旧ドイツ圏は大破壊期に産業基盤が崩壊しており、コンペディションISを製造する技術など無かった為に、再構築戦争後はアライズのフレームを丸々流用したダウングレードモデルとして配備される事が少なくは無かった。

 山田先生の駆るゼルドナーG3もそうした産業事情から開発されたものだ。

 ────しかし、レギュレーション的にコンペディション枠でも通用するが何故あんな機体が配備されているのだろう。

 

『おい真耶────!壊すんじゃねぇぞ!!』

 

 ふと、後ろから外部スピーカー特有の、音割れした声が響く。

 振り返ると、打鉄壱型丙を引っ提げたナガトが第2グラウンドに入って来る姿が見えた。

 

『せっかくレヴェラントが学園戦力に配備した機体を動作チェックがてらに授業で使い、壊しました────なんて、シャレにならんからな。』

 

『あはは、気をつけます。』

 

 …そういう事らしい。

 どうやらゼルドナーG3は打鉄壱型丙と同様に、レヴェラントから学園警備部に貸与された機体であり、この実習で動作確認をする────という事だ。

 表向きは世界で未だ1人しかいないコンペディションISを動かせる一夏を守る為。

 実態は、未だウイルス汚染で動かせない既存のラファールや打鉄に替わる新戦力。

 そして、日本帝国とレヴェラント連合国の技術力アピールや将来的なコンペディションISの代替機種開発計画の主導権を巡る政治闘争にも使われているのだろう。

 …結局のところ、いいダシにされてるだけじゃないかと私は思ってしまう。

 

『────さて、俺は君らを警備しつつ、山田先生の代わりに助教を務める事となる。よろしくな。』

 

「「はい/ああ、こちらこそよろしくお願いします────」」

 

 ナガトが外部スピーカーで話しかけ、それに思わず反応した────のは、私と一夏、シャルにセシリアに凰の5名と。夜竹に鷹月と…他5名程度。

 なんだ、織斑先生からの指示でなければ返事すらしないのか────!?

 思わず、私は内心憤る。

 と同時に、まだマシなのかな、とも思う。

 入学式当日の頃なら多分、私以外誰も反応してないだろうから。

 それと比べると進歩した方だ────うん、多分…。

 ────そう、自分に言い聞かせる。

 

『あ、今返事されなかった方は平常点から引いときますので、そのつもりでー』

 

 ふと、山田先生が言い放つ。

 それを聴いて、弾かれた様に返事をしていなかった生徒らが一斉に打鉄壱型丙から飛び降りたナガトを見て、

 

「「「「よろしくお願いします警備員さん!」」」」

 

「────オウよろしく」

 

と返事をする。

 …非常に分かりやすい連中だ。

 

『うんうん、挨拶が出来るのは良い事です。これからは自然と出来る様になりましょう。

…さて────』

 

 山田先生はゼルドナーG3を纏い、オルコットのブルーティアーズと凰の甲龍に向き直る。

 改めて見るとかなりの重武装だ。

 ────右腕にはWtS-G6(ゲヴェーア・ゼクス)57mmアサルトライフル。

 ブービートラップ対策のワイヤーカッターとして搭載されたレーザー展開型銃剣パーツが標準装備されている点が特徴で、近接戦にも即座に対応できるオールラウンダーな欧州製アサルトライフルだ。

 ────左腕にはEW-2007 シュターレンファウスト。

 欧州連合のユーロヴァッフェ社が日照ライムントヴァルト社の技術提供を受けて開発したハンドバズーカで、空戦時での使用を想定しており軽量型として設計されている。

 弾数は少ないが一発一発の爆発破壊力は凄まじい威力だという。

 ────右肩にはハウザーBK-28リボルバーカノン。

 回転式銃のように弾倉が回転する事で、120mm弾を装填する機構を持つのだが、その大きさはまるで小型のドラム缶に砲身を足したような外見だ。

 対アライズ戦でのドッグファイトを意識しており、高い火力と連射性を誇るという。

 ────最後に左肩、こちらには打鉄と同じ展開式実体型シールドが取り付けられている。

 タキオンエンジンを搭載していないという事は、粒子装甲の生成が不可能であることを意味しており、防御力がタキオンエンジン搭載機と比較すると雲泥の差だ。

 その欠点を補うべく、こうしたハイエンドEOS(コンペディションIS)は実体型シールドの様な追加装甲やパルスアーマーという防御スクリーン・システムを装備する傾向にある。

 しかしその武器の無骨さも相まってか、アライズに劣らない威圧感を醸し出している。

 声も心なしか何時もの穏やかなものではなく、真剣そのものだ。

 

『では始めましょう。時間も勿体ないですし…』

 

 右腕のゲヴェーア・ゼクスのマガジンを確認しながら、山田先生が言う。

 

『勿論、2対1で…でしょうか?』

 

『は?いやアンタ、さすがにそれは……』

 

 山田先生の発言に、オルコットは半ば意図を理解しつつも確認する様に問いかける。

 一方の凰は理解していないらしく、"2対1とか卑怯くさくない?"なんて顔でオルコットに噛み付こうとする。

 だが凰が言い切る前に、ナガトが口を挟んだ。

 

「真耶はああ見えて…俺と同期の元ヘズナルだからな。あまり侮るなよ。」

 

 一瞬言い淀んだものの、ナガトは言う。

 それにオルコットと凰、否。グラウンドにいた生徒全員が目を丸くする。

 なるほどそれで────初対面の時、戦場を見た人の目を感じたのは、そういう事だったのだ。

 私もまた、驚きと同時に以前見た山田先生の目付きの違和感の原因を理解した。

 

『…もう昔のことですよ。それに乗るのが久しぶりなので鈍っているかも。』

 

 ────僅かに厭な記憶を呼び覚ました様な声音。

 あまり、良い思い出ではなかったのだろう。

 …いや、戦場に愉快な思い出がある方がおかしいか。

 ────さて、仮にもそんな歴戦の猛者が目の前にいるのだ。

 先日の襲撃事件で実戦経験こそ積んだが総合的な経験では2人は圧倒的に山田先生に劣る。

 故に2対1で戦う前提で前に出されたのだ。

 

「さて、オルコット女史は自分の実力をわきまえているようだな。ならもう一人、追加するか?」

 

 挑発するような声音でナガトが問う。

 その言葉が自分たちのプライドを逆撫でしたのか──── 2人は目に力が入り、眉が吊り上る。

 

『────いえ、わたくし達で十分です。』

 

『そうよ!アタシ一人でも勝てるんだから!!』

 

 ────オルコットはあくまで、2機での連携を取りつつ撃破する方針を。

 ────凰はオルコットの射撃を利用しつつ、単機による撃破優先する方針を。

 士気は上々。気合いも充分。

 ただ悲しいかな、2人の意思が統一される事はなかった。

 そんな事は感知しないとばかりに、くつくつと笑いながらナガトは進行を開始する。

 

「よし、では所定の位置に。他のやつは全員赤線まで下がれ。」

 

 ナガトが指示を飛ばすと、全員がぞろぞろと移動を開始する。

 赤線とは、グラウンドの四隅から30メートル程の位置にある、コンクリートの繋ぎ目に引かれた線の事だ。

 見ると、赤線────その真ん中に、なんらかの金属製装置が埋め込まれている姿を視認する。

 濁ってはいるが、メタリックシルバーの金属プレート。

 その中央を走る金色の金属構造体。

 ────私には、それが一目で拍動(パルス)技術系列の設備だと理解できた。

 

「じゃ、パルス・リフレクターを起動するからな、ちょっと待ってろ。」

 

 そう言いながら、ナガトは伸ばして来た有線ケーブルに業務用PCを接続し、キーボードを叩いた。

 ────それと同時に、ガコンッと重低音を立てて赤線の縁が競り上がる。

 …縁部分は高さ1メートルのコンクリートウォールに。

 中央の金属構造体はミリ秒単位で発光したかと思うと────一瞬にして、波打つ海面を彷彿とさせる拍動光(パルス)の壁が形成される。

 パルス・リフレクターとは文字通りパルス技術を用いて普段区分けされていない場所を区切る為に設計された設備だ。

 端的に言えばシールドバリアの類。

 こちらはアリーナのシールドバリア────電磁波技術ベース────とは異なり、雷火の叢雲にも使われていたパルス技術がベースだが。

 …けど出力はきっと、アリーナのシールドバリアと同程度かそれ以上。

 その証拠に、肉眼でも目視できる程の高出力パルスの波が唸っており────

 

「暑っ────!!」

 

────肌にヒリ付く程の熱が、数メートル離れている私達に届いた。

 ヒリ付くといっても、真夏の太陽や紫外線なんて比じゃない。

 例えるならそう、稼働中の電子レンジ内に手を突っ込んだかの様な痛みと熱が肌を刺してくる。

 

「け、警備員さん…こ、これってシールドバリア…なんですよね?」

 

 思わず相川が問いかける。

 

「ああ、織斑くんの墜落事故から展開が義務付けられた。理論上…というか検証結果では、戦車砲の直撃にも複数回耐えられる。」

 

 ────以前、一夏がグラウンドに大穴を開けた一件。

 アレは周囲が即座に対応したからこそ奇跡的に死者が出なかったが、幸運が続く筈もないという事で、実習制約が更新されたのだろう。

 

「だがその分、出力は凶悪だ……赤線の内側には絶対入るなよ。黒焦げになるか、人体破裂かの二択を強制される羽目になる。」

 

 ────最も、コチラも危険な代物だぞ。とナガトが脅しをかける様に警告する。

 死ぬかも知れない目を見るよりかはマシだろうが…。

 まぁ、あった方が良いか────何しろシールドバリア無しに眼前で模擬戦をする方がどうかしている。

 流れ弾で死者でも出た日には目も当てられない。

 ────なんて考えていると、オルコットと凰が所定の位置に着く。

 

『セシリア!アタシの足手まといにはならないでね!!』

 

『…張り切りすぎて単独突撃なさらない様にお願い申し上げますわ。』

 

 ────あくまで山田先生を堕とすのは自分だとオルコットに突っかかる凰。

 ────それを、経験者相手には連携が必須だから勝手な行動はするなとオルコットは諌める。

 

『ふふ、元気ですね────』

 

 山田先生は、それを見て微笑んでいる口調で言う。

 …けれど、それは瞳は一切笑っていない様な…内側に殺気を隠した声だ。

 それに箒はゾクリとする。

 オルコット…凰…、骨は拾ってやるから死ぬ気で頑張れ…。

 もはや結果が見えてしまった箒は、空を仰ぎながら2人の無事を祈る事しか出来なかった。

 ────そうして、模擬戦闘が開始された。

 

「…なあ、ナガト、今山田先生が使っているIS教えてくんねぇか?」

 

 そんな箒の心労をまるで知らない一夏は、ナガトに話しかける。

 

「山田先生が使っている機体は【ゼルドナーG3】。

機種はコンペディションISないし、ハイエンドEOS(エイシス)に分類される。

フレームは欧州連合軍正式採用型アライズ【ロットワイラー】を流用しつつ、戦術級兵器として扱える様にしたダウングレード・モデルになる。

タキオンエンジン系統は取っ払い、ディーゼル型内燃機関や水素燃料電池など既存のジェネレーターを搭載している為アライズの様な粒子装甲は展開不可。またマッハ2以上の高機動戦も不可能。

アライズの良いとこを潰した様な機体設計だが、コンペディションISの次元(レギュレーション)で戦うには、まぁ充分足りる…という感じだな。

元々コンペディションISやアライズは乗り手が限られているから、誰でも乗れる様に再設計された。あとアライズの生産ラインを維持する為にという名目で開発された機種でもあるが……いや、その辺は余談だったな。」

 

 ナガトは空を仰ぎながら、一夏の疑問に、生徒全員にも伝わる様に解説する。

 その視線の先には、セシリア・オルコットと凰鈴音────その2人を相手取る山田先生の姿があった。

 

 

 ────天を駆ける甲冑の猟兵。

 そう形容する他ないゼルドナーG3を纏う山田先生は軌道制御に失敗する事はなく、鈴とオルコットが繰り出す攻撃にはかすりもしない。

 

『くっ────…』

 

 やはり1on1では不利────セシリアは牽制にレーザーライフル(スターライトMk.Ⅲ)と機体に直接接続した砲戦形態のレーザーオービット数門でレーザーを放つ。

 ────空を焼く蒼電。

 放たれた光速で進む一直線の殺意。

 しかし山田先生はソレを、メインとサイドスラスターの多段連続噴射で難なく連続で躱す。

 最小限の回避のみに長けた、極短距離の瞬時加速。

 『長距離を一瞬で詰める』という瞬時加速の特性上、その制御難度が極めて高い事から、熟練者はあまり居ないとオルコットは聞いていた。

 けれど今────山田先生は難なく起動し、あまつさえ連続して実行した。

 それでセシリアは改めて、山田先生の強さを実感する。

 

『隙ありィ────ッ!!』

 

 そこに、視界外から突貫してきた鈴が双天牙月による二刀流の斬撃を叩き込む。

 対する山田先生は左肩の展開型装甲で受け止めた。

 金属と金属の衝突音。

 火花が(くう)に咲く。

 山田先生はそれを気にもかけず────

 

『────えっ、ちょっ…!』

 

 両肩のサイドブースターを点火。

 左回りに急旋回瞬時加速(イグニッションターン)────強引に斬撃を受け流す。

 双天牙月に全推力の荷重をかけていた凰はその旋回による遠心力に引っ張られ、脇腹を晒してしまう。

 ────そこに、山田先生は容赦なく左腕のEW-207(ハンドカノン)をゼロ距離で叩き込む…!

 

「げゔ────っ!?」

 

 脇腹に叩き込まれた衝撃に凰は一瞬呼吸が止まり、意識が飛ぶ。

 辛うじて反重力翼によって滞空状態を維持するが、それがセシリアの攻撃を阻害する。

 何故ならば、ゼルドナーG3(山田先生)甲龍()は2メートル程度しか離れていない。

 山田先生が極短距離型瞬時加速を用いたランダム回避を多用する以上、あの距離ではセシリアの射線に入ってしまい撃てない。

 下手に撃てば誤射してしまう危険性が伴う。

 

『くっ────』

 

 一瞬の硬直────その瞬間、山田先生は次の行動に移っていた。

 故に、セシリアは移動し射線を変える方針に切り替える。

 その最中、山田先生はゲヴェーア・ゼクスのレーザーバヨネットを展開。

 それを、甲龍目掛けて振るい────

 

『ンの…!』

 

 ────意識をハッキリさせた鈴は甲龍の左手で逸らそうと裏拳を放つ。

 しかし、山田先生はそれに合わせて手首に向かう軌道へとレーザーバヨネットを遷移させて。

 

『────それは悪手です。』

 

 ────迸る火花と熔解金属。

 レーザーバヨネットは寸分違わず左手首を斬り落とす…!

 血が噴き出すような火花と金属の悲鳴を上げる音。

 一瞬遅れて発生したプラズマ爆発に鈴の悲鳴が重なり、黒煙と共に甲龍はフラフラと失墜する。

 

 

 ────地上では、甲龍が左手を斬り落とされてプラズマ爆発を引き起こした瞬間、どよめきの声が上がった。

 片や主席入学生でありクラス代表決定戦で一夏に事実上勝利した者。片やクラス対抗戦で凰は一夏を圧倒する実力を発揮した者。

 それがまるで────赤子の腕を捻る様に、山田先生に蹂躙されているのだ。無理もない。

 私自身も────頭上の戦いに圧倒されているのだから。

 …唯一、ナガトだけが。

 

「…謙遜か?全然鈍ってないじゃないか。」

 

 普段通りの顔で、軽口を叩く。

 視線の先では、オルコットがオービットを全16基展開────クラス代表決定戦の時に見せつけたレーザーの監獄と。

 2基の連結型オービットが放つロングレンジレーザーブレードによる光の嵐をもって山田先生を迎撃する。

 出し惜しみ無しの本気モード────しかし代表決定戦の時の一夏とは話が違う。

 山田先生は頭の後ろに目でも付いているかの如く、レーザーを全て躱し、オルコットの元へ確実に距離を詰めて行く…!

 

「────では、ヴィークマン女史。ゼルドナーG3の原型機である【ロットワイラー】の説明もしてくれ。」

 

 ついでだ────と言わんばかりにナガトはシャルに言う。

 自機のことは、お前が一番詳しいだろう?とも付け加えて。

 

「あ、えっと。【ロットワイラー】はアイゼンライン社、ラインメタル社が共同開発した重量二脚型アライズです。

 レヴェラント連合国軍の第三世代型機で、第1.5世代機『ヴァイスヴォルフ』の後継機にあたります。

 中量二脚型機との連携を主運用としており、高い防御性と機体安定性に汎用性を誇っており、また豊富な後付武装が可能な機体です。

 さらに特筆すべきはエネルギー兵器と実弾兵器運用適正であり、どちらに対しても高い照準性能と射撃誤差修正機能、運動性能を誇る為、欧州では前線の拠点防衛機体に採用されているケースをよく見かけます。

 欠点としては機体重量による遅さでしょうか。最近は全体のバランス調整がされたそうですが、機動力の低さが指摘される事が多々あります。

 最も、山田先生のように瞬時加速を織り交ぜて対応する変態さんもいらっしゃるので、操縦者の腕次第で化ける機体ではないかと。…以上です。」

 

「ん、ありがとう。ちょうど終わりそうだ。」

 

 シャルの解説が終わると、ナガトが呟く。

 ────頭上では、再び大規模な爆発が起きていた。

 

 

『こンのォ────!』

 

 鈴が雄叫びと共に衝撃砲を放つ。

 光の嵐の外側から山田先生の軌道を制限し、セシリアのレーザーを当てやすくしようという魂胆だ。

 ────ここに来て、漸く鈴は単独では山田先生に勝てないと理解した。

 だからこそセシリアとの連携に移ったのだが────相手の変則軌道に翻弄されており、命中する気配はない。

 

『なンッッッッで当たらないのよ!ちょっとセシリア!?』

 

 しかもその衝撃による余波がセシリアの射撃に影響を与える。

 機体が風で揺らされ、さらに衝撃という影響があるため照準がどうしてもずれてしまう。

 

(────もう少し、彼女との連携を真面目に検討するべきでしたわ…)

 

 ────装備との相性の悪さが命中精度を引き下げる。

 この状況を露ほども考えていなかった過去の自分を呪いたくなる感情を噛み締め、必死でレーザーを叩き込む。

 しかし直進するレーザーは虚しく空へと溶けていく。

 荒れ狂う光線の乱舞を、山田先生は最低限の回避軌道で対応し、紙一重で躱わす。

 …完全に読まれている。

 2人の攻撃パターン。

 武器特性上の相性から来る命中精度。

 そして連携の未熟さも────だから、山田先生は幾何学的な軌道を描き、一瞬で距離を詰めた。

 ────ケリを付けるつもりだ。

 

『えっ、ちょっ、タンマ…!!』

 

 急接近された鈴は驚き、咄嗟に後ろに下がって回避しを試みる。

 

『待ったはありません!』

 

 しかしそうは問屋が下さない。

 山田先生は瞬時加速し────甲龍の腹に前蹴りを叩き込む…!

 

『うげッ────』

 

 再び腹部に叩きつけられた強烈な一撃。

 それは今度こそ鈴の意識を刈り取るには十分だった。

 そこに山田先生はオマケと言わんばかりに左腕のEW-207(ハンドカノン)を叩き込む。

 

『────ッ!』

 

 レーザー網を維持するべく掃射に必死だったセシリアは、山田先生が肉薄してきた事に対する反応が遅れてしまう。

 すぐ隣には、ゲヴェーア・ゼクスのレーザーバヨネットを起動するゼルドナーG3(山田先生)が。

 

『────インターセプ…』

 

 反射的に、セシリアは《インターセプター》レーザーブレードを起動────

 

『遅い!』

 

 ────しかし、僅かに山田先生が早い。

 山田先生が、レーザーバヨネットを起動したゲヴェーア・ゼクスを振るい────セシリアのインターセプターを起動前に両断する…!

 

『きゃあ────っ!』

 

 起動前に破壊されたインターセプターが爆発し、衝撃のあまりセシリアは一瞬目を瞑ってしまう。

 ────そして目を見開いた時には、ゲヴェーア・ゼクスの砲口と目が合った。

 間髪入れず────57mm砲弾の雨がブルーティアーズを袋叩き、棍棒で何度も殴打される様な衝撃がオルコットを襲う。

 

(まだ────!)

 

 唇に犬歯を突き立て、セシリアは意識を繋ぎ止める。

 ────まだ終わらない。

 ────このまま終われない。

 16基のオービットは未だ展開したままだ。

 思考操作リンクもまだ途切れていない。

 ────朦朧としながらセシリアは悪足掻きの一点を思案する。

 オービットを旋回し、仰角を一点に合わせた集中射撃。それを叩き込めれば────!

 …完全に頭に血が昇っている。

 自覚しつつも、このままのうのうとやられるのはセシリアのプライドが許さなかった。

 勝てなくても良い。

 けれど、せめて一矢報いる事が出来ればそれでいい────そう思い、実行に移す。

 そしてセシリアがオービットを動かした瞬間、視界には。

 ゲヴェーア・ゼクスを放ちながら、右肩のハウザーBK-28(リボルバーカノン)がこちらを覗き込む姿が映る。

 

「────、ぁ…」

 

 それでセシリアは思考が停止した。

 コンマ数秒遅れて、ゲヴェーア・ゼクスの斉射を受けて硬直した時点で、セシリアは自身が詰んだのだと理解させられる。

 1秒の後、機械猟兵(ゼルドナーG3)は迷いなくハウザーBK-28(リボルバーカノン)を六発叩き込んだ────!

 

 

 ────爆発が連鎖した。

 空中で生じた爆炎と衝撃波は地上にいた私たち目掛けて襲い掛かり、私達の眼前────パルスリフレクターに阻まれる。

 爆発エネルギーが叩きつけられた拍動光の壁は無数の波紋が生まれ、その度にパルスレーザーがスパークし、互いにエネルギーを相殺する。

 炎が晴れた後────視界に映ったのは、地面に叩きつけられたのか、砂煙の中で横たわるブルーティアーズと甲龍。

 それを見下すように、空に鎮座するゼルドナーG3と山田先生。

 そして、その真下でいがみ合うオルコットと凰だった。

 

「セシリアァ!!アンタねぇ!何面白いように攻撃先読まれてんのよ!!」

 

「鈴さんこそ!どうして単独先行などするのですか!!」

 

 どちらも足の引っ張り合いで負けたようなもの…なのかな?

 とはいえ連携がしっかりしていれば、勝てたかと言われると疑問だが、もう少し善戦できただろう。

 そこそこいい戦いになるだろうが────それでも、山田先生に勝つ未来は想像できない。

 凰は本命の刃が避けられていたし、オルコットは衝撃砲の影響があったとはいえ完全に狙撃角度を見切られていた。

 ────この結果に、1組と2組の生徒は皆絶句している。

 …私自身、山田先生がここまで凄いなんて思わなかった。

 

『────喧嘩するほど元気があるなら大丈夫そうですね。織斑先生なら、このままグラウンドを10周させるところです。』

 

 今日は不在で良かったですね────と付け加えながら、山田先生が笑う。

 しかし生徒らは相変わらず絶句したままだ。

 ナガトはこちらの様子など気にも留めず、『はー終わった終わった…。コイツ電気代かかるからあんま使いたくないんだよなぁー。』なんて愚痴りながら、パルス・リフレクターの格納作業に取り掛かっている。

 

「え…?山田先生……強すぎね…?な、なぁ、箒…」

 

 最初に口を開いたのは一夏だ。

 しかし率直な感想を出力するのが精一杯で、他に意見が欲しいのか────私の方に声をかける。

 …しかし、私も大差ない。

 私自身も山田先生の────ナガトの同期、即ちオリジナル(第一世代型)・ヘズナルの実力を前に、顔を強張らせていた。

 ナガト以外のオリジナル・ヘズナルの実力を生で垣間見るのはこれが初めてであり、非タキオンエンジン機体でここまで戦えるのかという驚愕と感嘆が私の脳内を支配していた。

 

「これが──── 生き残り(オリジナル)の実力…か。」

 

 辛うじて絞り出せた言葉は、そんな漠然としたものだった。

 もっと具体的に述べるべきだろうが、山田先生の頼りない普段の印象が先行してしまっていて、箒もそのギャップに脳を焼かれていた。

 

「さて────これで諸君にも学園教員の実力は理解できただろう。今後は敬意をもって接してやれ。」

 

 ふと、ナガトが告げる。

 それに、生徒達は黙って頷く事しか出来なかった。

 ひょっとして、山田先生がからかわれているのを気にかけて、織斑先生は今回の模擬戦をプログラムに組み込んだのだろうか?

 

『そんなに言わなくても大丈夫ですよ────ただ、今後タッグトーナメントがある事も加味すると…連携は必須課題ですねぇ…』

 

「そういう事だ。…てな訳で、ざっと7名で実習にする。出席番号順に分かれてくれ。」

 

 ナガトがそう言うと、漸く緊張の糸が切れたのか蜘蛛の子を散らす様に生徒達がグループを形成し始めた。

 ────私は『し』だから、メンバーは…と私は周りを見回す。

 

「あら篠ノ之さん、ごきげんよう。」

 

 ふと────同じクラスの四十院神楽が声をかけてくる。

 深緑の腰まで伸びた髪に、大和撫子と評するに相応しい気品ある立ち振る舞い。

 旧華族出身である彼女は箒の数少ない本土出身者仲間だった。

 …余談だが、やはりクラス内でもコミュニティが幾つか存在する。

 それが帝国本土出身グループとコロニア出身グループ、そして諸外国出身グループだ。

 互いに仲が悪いわけではない。

 だが、異なる文化、宗教、人種であるが故に、どうしても見えない壁ができ、それがグループ形成に至ってしまうのだ。

 国際学校の難しいところで、コミュニティの垣根を超えた関係を築ければ良いのだが…現状のIS学園はそうはいっていない様だ。

 

「篠ノ之さんと同じグループになるのね。よろしくお願いするわ。」

 

 続いて話しかけてくるのがアリシア・フォン・シテインベルク。

 ドイツ系貴族の出身で、それに見合う振る舞いを見せる。

 …正直、2人は今まで生きていた世界が違うからどう接して良いのやら…。

 …他のメンバーは、というと。

 アメリカ出身のシンディ・ゾンダーク。

 ソフトウェア、スマートフォン市場で世界的なシェアを誇るNeXUS社の社長令嬢。

 東京出身の鷹月静音。

 さいたま市出身の佐藤絵里奈。

 熊本市出身の須藤アカネ。

 ────同じ庶民出身の人間がいてくれたので、少々気は楽か。

 さて────どうしたものか…。

 

「オーライ、オーライ、オーライ────はいストップ────」

 

 ふと、後ろでナガトが何かを搬入している声がした。

 振り返ると、そこにはエイシス(ハイエンドEOS)を載せた特大型トラックが数台搬入されており、積荷であるエイシスを下ろしているところだった。

 数はざっと…40機程。

 全員分は無いが、グループに必ず1機は回して貰えるくらいの数はある。

 ────アレが、訓練機なのか。

 直感的に箒は察した。

 確か既存のコンペディションISはウイルス汚染により数機が廃棄ないしバグ取りでしばらく動かせない。

 ならば、新規に機体を買い揃えるに限る。

 ────しかし、機種は今まで学園で運用されていたラファール・リヴァイヴや打鉄ではなかった。

 ジガネ工業株式会社製の03式打鉄壱型丙。

 ゼネラル・アーマメント社製のM11A2ターンソウルⅡ。

 アイゼンライン社製のゼルドナーG3。

 ────見事なまでに、既存機体とは異なるラインナップだ。

 特に打鉄壱型丙は24機────全体の6割を占めており、ターンソウルⅡとゼルドナーG3がそれぞれ残りの2割ずつ、と言った配分だ。

 いくら国内生産が可能とはいえ、3機種配備にしては打鉄壱型丙に数が偏り過ぎている。

 どういう事だ────と思っていると、四十院が口を開いた。

 

「────お父様の会社…ジガネ工業はIS学園を支援しておりますの。ですから打鉄壱型丙を警備部のみならず生徒育成用にも提供する方針にしたそうですわ。」

 

 そう、四十院は言う。

 四十院は旧華族の家系であると同時に、ジガネ工業株式会社────打鉄を生み出した旧倉持技研第2工廠大阪開発局────の社長令嬢だった。

 …なるほど、では学園は部品提供などで普段からお得意様だった筈だ。

 潰れてしまっては商売先がなくなってしまう。

 だから今回は提供するので今後も御贔屓に、と言ったところか。

 ────流石は大阪企業、抜かりない。

 他機種については、警備部に配備されている機種との統合運用を想定しているのだろう。

 ターンソウルⅡ、ゼルドナーG3…後者は今後配備される機体であり、前者は以前から警備部で運用されていた。

 おそらくは、整備部品の無駄と調達不安定による整備不良のリスクを減らす為に、西側の機種で統合するつもりか。

 

「へ〜そうなんだ〜」

 

「神楽ちゃんジガネ工業の令嬢だもんね。」

 

 佐藤と須藤が言う。

 

「ラファール系列は無いわね────やはりフランス内戦の影響かしら。」

 

 アリシアが言う。

 2019年から勃発したフランス内戦により、デュノア社はフランス植民地帝国アルジェリアに企業拠点の移転を開始。

 それに伴いラファールを生産していた工場の7割が閉鎖ないし稼働停止を余儀なくされ、世界的なラファール系列機パーツの不足に陥った────いわゆる『ラファール・ショック』。

 これ以降、各国ではフランス国内の政情不安も合わさりラファール系列機を避ける傾向が強くなったのだ。

 IS学園では備蓄パーツがあったからこそ未だ使っていたが────それももう限界なのだろう。

 そうこうしていると、山田先生が訓練機を取りに来てくださいと声をかけてくる。

 

『各班長は訓練機の装着を手伝ってあげてください。午前中は動かすところまでやってくださいね』

 

 開放回線を通して山田先生が伝えてくる。

 なので私達も機体を取りに行く事にした。

 …さて、どの機種にしようか?

 

「────どの機種が良い?」

 

 私は何でも構わないが────と付け加えて班のメンバーに問いかける。

 すると、四十院とアリシアから声が上がる。

 

「打鉄壱型丙一択でしょう?高い運動性とスレイヴ方式による人体機動の再現度も高い。尚且つ高い防御性を有しており、生存性も高いから、我々初心者向けだと思いますわ。」

 

「私も打鉄壱型丙よ。我が国のゼルドナーG3もいいけど、異国の機体も気になるわ。」

 

 それに釣られて他4名も箒を見て。

 

「「「「じゃ打鉄壱型丙!」」」」

 

 ────満場一致。

 こんな綺麗に決まることあるんだなと思いながら、箒たちの班も歩みだす。

 

「では、出席順に一人ずつ乗って歩行確認しよう。グラウンドのトラックに沿うように4分の1くらい歩いて行く形でな。」

 

 歩きながら班のメンバーに話す。

 そこで、ふと────と気付いたのか鷹月が話しかける。

 

「ねぇ篠ノ之さん、雷火はどうしたの?」

 

「ああ────開発元にデータ提供と一緒に引き渡した。昨日送ったばかりだから…今頃着いてるんじゃないか?暫くは帰って来ない。」

 

「じゃその間は私らノーマル生徒と一緒ってコト────!?」

 

 今度は須藤が言う。

 それを聞いて思わず箒は呆れた。

 

「…あのな、私だって預けられた身であって、実際には一般生徒と大差な────」

 

「はいはい、その辺に致しましょう。」

 

 …と、箒の反論は四十院に遮られた。

 

「さぁ!速く始めましょう!」

 

 ────まぁ、このままチンタラしていても実習できる時間が減るだけだ。

 ふと、一夏に視線を向けると、相川やシャル、オルコットらに囲まれている。

 

「頼むセシリア!シャル!色々と教えてくれ!!」

 

 織斑の周りを囲むようにして握手を求めるように女子が手を差し出している。

 そのことに対して一夏は助けを求めるかの様に両者に教えを乞うている。

 少々可哀想だが、今は違う班だし、何よりも、打ち解けてると良いな────という感情が先行した。

 …っと、ゆっくりしていられない。他の所はもう1人目がIS装着して歩行始めている。

 そうして急ぎ、箒たちも実習に入った────。

 

 

◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆

 

 

同・第2執務室

────午前11時20分

 

 ────木を模したリノリウム製の床材。

 ────無難な白一色の壁紙。

 千冬専用にあてがわれた執務室には、書類の山が積み重なっていた。

 千冬はそれを始末しながら、ぼんやり窓の外を眺めている。

 窓からは、生徒らが実習に励む第2グラウンドを一望できた。

 

「────で、どうだった?」

 

 ふと、この部屋にいるもう1人の人間────高木が声をかけてくる。

 

「…何がだ?」

 

 それに、千冬は疲労を隠せない声で聞き返す。

 血色は悪く、目の下には大きめのクマもできている。

 無人ISによって、マストタワーの自治区役員が消し飛んだ当日から今日に至るまで、ほぼ不眠不休だ。

 加えて千冬自身も自治区役員の近くにいた為頭部をコンクリート片で打撲したというのに。

 それに関わらず働き詰めでは顔色も悪くなろう。

 

「日本帝国への法的自治権委任のハナシ。」

 

「────ああ、承認された。お前が原案を練ってくれたおかげでな。」

 

「そいつぁ良かった。生徒会長が監修してくれた事に感謝しなきゃな。…ンでさー千冬サン…────いい加減寝たら?」

 

 高木が揶揄う様に、言う。

 ────このまま詰めたら倒れるよ?と言外に告げる声音で。

 いつもなら、『この非常時に休めるかバカモン!』と威勢よく叫ぶところ。

 しかし当の千冬の口からは飛んで来ない。

 どうやら本当に限界らしい。

 千冬はチラリと時計を見て────

 

「……ん…2時間だけ、寝る────」

 

────バタンッと。全て言い終わる前に、机に倒れ伏した。

 

「…お疲れサン。」

 

 倒れ伏した千冬に毛布をかけながら、高木は労いの声をかけた。

 昼飯は買ってきといてやるわ────と付け加えながら。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

同・屋上庭園

────午後12時55分

 

 IS学園屋上の屋上庭園。

 天然人工芝が敷き詰められ、道の代わりにウッドデッキが敷き詰められた空間。

 ところどころにベンチを併設した植木スペースが点在しており、箒はそのプランター縁に設置された木製ベンチに腰掛け、昼食に入っていた。

 今日の献立は、ベーコンとキャベツをライ麦パンで挟んだサンドイッチ、カリカリになるまで焼いたジャガイモ、ソーセージの輪切り、茹でたアスパラガス、ピクルス、ブロッコリー、リンゴのウサギさんカット。

 日本的なデコレーション弁当のような華やかさは無く、シンプルでそっけない感じの中身。

 これが我が家における弁当────シンプルイズベストなドイツ風弁当だ。

 ドイツ風弁当は日本とは異なり、複数の具材を可能な限り一品に纏める。

 例えば大量の野菜や肉を全てライ麦パンで挟んでサンドイッチにしてしまう、ビタミンはバナナやピクルスで補う、など。

 そうすることで食事にかける時間を省き、休憩に時間を割けるというのだ。

 ────実に合理的だと思う。

 けれど、幼少期を日本的な家庭で過ごした箒としては少し寂しく感じてしまう。

 だからついつい、他の料理をおかずに盛り付けて行ってしまうのだ。

 結果、本家ドイツ弁当よりボリュームが増してしまうのだ。

 

「あれ?箒だ。」

 

 ふと見ると、シャルがいた。

 シャルは、「やっほ〜⭐︎」と手を振りながら箒の隣に無遠慮に座る。

 …当然箒は、座って良いとは言ってない。

 

「へぇ〜、意外とドイツっぽい弁当だね。箒の。」

 

 シャルは箒の弁当を覗き込みながら言う。

 

「────養父がドイツ系なんだ。だから…その影響。」

 

 箒は遠慮という言葉を知らないシャルにどぎまぎしながらも応える。

 

「ああ…そういえば日本も結構な数のドイツ系住民いるんだったね…。」

 

 この点はかなり歴史的な話になるので割愛するが、1945年以降、日本帝国はかなりの数のドイツ人を難民として受け入れた。

 その末裔がドイツ系日本人であり、ナガトもそのグループに属している。

 ナガトの料理や文化が日常的にドイツ風であるのも、そうしたドイツ系コミュニティで育ったからであり、それは同居している箒にも影響していた。

 

「…そういうお前はどうなんだ?」

 

「僕?僕はね────じゃじゃーん、こんな感じ。」

 

 そう言ってシャルが見せたのは、黒パンに缶詰のコンビーフとピクルスとマヨネーズソースと黒胡椒を混ぜ合わせた具をたっぷり挟んだツナサンド、半分にカットしたバナナ、リンゴを丸々1個の3品。

 ────ザ・質素。

 さすがは本場ドイツ圏の弁当、華やかさのかけらもない。

 しかし侮ってはならない。

 弁当箱の中でこそ質素オブ質素な見た目だが、ドイツ料理は皿に盛り付けられた瞬間、化けるものだ。

 皿を満たすヴルストソーセージとブロックベーコンとジャガイモの和え物、牛脛肉のシチュー、ナイフが突き刺さっている豚脚肉のローストポークとか川魚と酢漬け野菜の和え物とか、オレンジを使ったクレープ・シュゼットとか────とにかくボリューミーで美味しい。

 それに、シャルの弁当も漂って来る匂いからして、美味しそうだ。

 

「このツナサンド結構イケるよ?海軍とかだと軽食で食べてるみたい。」

 

「そうか、では今度作り方を教えてくれ。私も作ってみたい。」

 

 ────ナガトに振舞ってみせたいからな、と箒は内心思いながらシャルに頼み込む。

 …ふと。

 

「おっ、ここに居たのか!」

 

 ────また来客だ。

 見ると、今度は一夏と────それにオルコット、凰の三人組だ。

 一夏はコッペパンとコーヒー牛乳を。

 凰は酢豚の入ったタッパーを。

 オルコットはホットドッグにゼリーサラダ、アールグレイを持ち歩いていた。

 

「あっ、やっほ〜皆────。」

 

「一夏に…2人まで?どうしたんだ?」

 

 何かあったのかと思わず箒は身構えてしまう。

 

「あ、いや。せっかくの昼間だし、大勢で食った方がうまいと思ってさ。」

 

 ────しかし、緊張はすぐに霧散した。

 …なんだ、そんな事だったのかと脱力する。

 

「ええ、いいピクニック日和の天気ですものね。」

 

「一夏。あんた前に私の酢豚食べたいって言っていたでしょ?」

 

 そう言って凰が酢豚が入っているタッパーを織斑に差し出す。

 とても美味しそうだ────が、酢豚以外には何も見えず、三菜とご飯は見当たらない。

 凰の手元を見て見ると購買で販売されていたプラスチックの容器に入ったレトルト白米が見えた。

 どうやら酢豚しか作らなかったらしい。

 牛皿の逆…なのか?

 

「ええと、本当に私が同席して良いのか?」

 

 遠慮しがちな声で箒は言い出してしまう。

 …なんだか。まるでこの場に私がいる事が場違いなように感じて────

 

「いやいや、何でだよ。同じクラスメイト同士仲良くしようぜ。」

 

────それは一夏の言葉に掻き消された。

 …少し、安堵する。

 一昨日、軍人としての行動を経験してしまってからというもの、呑気に学生生活を送っていいのか────という疑問が渦巻いていたが、今の言葉で少し、救われた。

 同時に、一夏も頼れる存在に成長したのだという嬉しさも芽生えた。

 

「あとシャル。いろいろ不備もあるだろうが、協力していこう。分からないところがあったら何でも聞いてくれ──── IS以外で!」

 

「────お前…」

 

 ────前言撤回、全ッッ然頼りにならん。

 せめて、最後の一言がなかったら頼れるやつと認識できたのだろうに。

 オルコットや凰の反応も箒と同じだった。

 

「アンタちょっとは勉強しなさいよ。」

 

「してるって。でも多すぎるんだよ、覚えることが。お前らは入学前から予習してるから分かるだけで。」

 

「分かろうが、分からなかろうが教本は理解しろ。だいたい、予習帳を間違えて捨てたお前の落ち度だろう。」

 

「えっ、あの本捨てたの?一夏…その、大丈夫?」

 

 凰は呆れた顔。

 箒は自業自得だという顔。

 シャルは、頭の可哀想な人に向ける目で一夏を見る。

 

「グハァ?!────や、やめろ!そんな顔で俺を見るなぁ!!」

 

「まぁまぁみなさんその辺に。鈴さんがせっかく酢豚も作ってくれた事ですし、皆さんでつまみながら昼食といたしましょう。」

 

 その流れに、オルコットが終止符を打つ。

 …確かに昼休みは50分しか無い。

 それにせっかく集まった大所帯に手持ちの弁当や購買の商品。

 ────確かに、ちょっとしたピクニック気分を満喫するには良いシチュエーションだろう。

 箒は隣に座していたシャルに目配せして。

 

「ま、私も愚痴や相談相手ぐらいにはなるさ。改めてよろしく頼むよ────シャル。」

 

 ────そう告げた。

 

 

 

 

 






■トキオ自治区現状報告書
▪︎インフラ稼働率:37.4%
▪︎食料自給率:12%
▪︎日間収支率:−249%
▪︎治安維持:本土帝国警察が代行
▪︎備考:日本帝国に法的自治権委任、並びに都道府県等自治体への編入を申請。現在承認待ち中。
在日米軍が進駐予定。部隊規模等詳細不明。

■IS学園現状報告書
▪︎インフラ稼働率:92%
▪︎食料自給率:70%
▪︎日間収支率:±0%
▪︎治安維持:学園警備隊が対応中
▪︎備考:現在目立った被害は認められず。
学園設備の一部を行政府並びに避難民に解放中。




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