インフィニット・ストラトス・アライズ-Dominater of Battlefield-   作:天津毬

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計画性ないままですがよろしくお願い致します。





#00.1 Selected Girl(選ばれた少女)

#00.1 Selected Girl

 

神奈川県

────第3帝都特別区新東京箱根市

 

視界に映るは山々の狭間に顔を覗かせる、人工物の群れ。

箱根の山奥────だった場所。

そこは現在、新東京箱根市という都市へと変貌し帝都東京の分散首都として機能していた。

市街地には地上80階建てのツインタワービルを中心に高層ビルやタワーマンションといった現代都市の象徴から、かつての古き良き営みを残す住宅地や森林、小規模ながら繁華街や電気街もある他、御殿場と小田原、延いては東京を繋ぐ弾丸高速道路が東西に街を貫いている。

街の起点も、碁盤目に区画整備された仙石原が中心になっており、そこから放射状に道が伸びている。

都心から僅かにズレた場所────仙石原地区と強羅地区の境。

────宮城野分屯地。

僅か4機のVTOL機が着陸できるだろうスペースの駐機場に、ナガトは日方風を降ろす。

既に駐機場には化学消防車が見え、誘導灯を手にした地上作業員が目に映る。

それに従いナガトは駐機場の耐爆コンクリートを踏み締めた。

────主電源を切断しタキオン粒子の生成を停止した日方風に地上作業員が駆け寄る。

分厚いパイロットスーツに身を固めたナガトは、日方風から地上に降り立つやいなや、耐NBC(核・生物・化学)防護服で身を固めた作業員から大量の真水を浴びせかけられた。

…当然ではあるが、任務達成を祝っての行為ではない。

スーツに付着したタキオン粒子の洗浄作業である。

乗機であり日方風も、化学消防放水車両から、その全身にホウ素中和剤を吹き付けられていた。

────微量とはいえ、機体が生成するタキオン粒子は環境汚染を引き起こす手前、アライズとタキオン粒子に晒されたであろうパイロットは、必ず洗浄が義務付けられていた。

まずは駐機場で洗浄処置を行い────次に、サイロ型掩体格納庫に機体を搬入し、本格的な整備作業が耐汚染防御専用設備と人員の下で綿密に行われるというわけだ。

サイロに直結するリフトで地下に搬入されていく愛機と共に、ナガトはパイロットスーツを私服に着替えるべく、駐屯地隊舎へと足を進めた────。

 

 

 

新東京箱根市山戸区

箱根大深度地下空間(ジオフロント)

────同・帝国陸上自衛隊練府(ねるふ)駐屯地

 

…更衣室で着替えたそれは、日本帝国陸上自衛隊の正式採用BDUだった。

ただし、上半身に関しては黒いタンクトップの上から上着を肩へと羽織ったのみ。

ラフなスタイルと言うには、隊律にそぐわない、あまりに過ぎた着崩し方だ。

 

「さて、と────」

 

自身のロッカーから、ココアシガレットの箱を取り出し、それを口に咥えた。

────諸事情により禁煙してからは、これが喫煙欲を抑え込む為の、ナガトのやり方だった。

一通り満喫するとバリバリと無造作に噛み砕いて飲み込む。

一時の喫煙欲を紛らわす為なら、なんだって良いのだ。

そのまま、ナガトはマスクを付けて、更衣室を後にする。

…まぁ、そもそも、禁煙など始めたその諸事情というのが────

 

「あ!お疲れ様です!ナガト!!」

 

声がして、振り返るとそこには────少女がいた。

黒髪にポニーテールをした、凛とした雰囲気の────だが、幼さと仔犬の様な()いしさを醸し出すその少女は、ナガトを見るなり駆け寄り、労いの言葉と共に麦茶のペットボトルを差し出して来た。

 

「お、サンキュー箒…篠ノ之三尉、業務時間中は苗字で呼べって。」

 

少女────篠ノ之箒に向けて、ナガトは礼を告げながら、同時に窘める。

だが、与えられたものはありがたく頂戴していた。

 

「作戦はどうでした?」

 

「2分足らずで終わらせた。…ちょいとタキオン粒子を撒いちまったが。」

 

────腕鈍っちまったなぁ、とナガトは自嘲する。

 

「そういうお前はどうだ?さっきまで機体操縦完熟訓練だったんだろう?」

 

────ナガトが箒に問いかける。

箒もナガトと同じく、軍用IS(アライズ)に乗る身分であり、現在はその訓練中だった。

 

「はい!シミュレーションとはいえナガトから一本取れました!!」

 

その質問を待っていましたと言わんばかりに箒は嬉しそうに回答する。

 

「お、感心感心────頑張ったな。」

 

そう言ってナガトは箒の頭を撫でてやる。

────その2人の様子は、身長差と15歳以上の年齢差も相まって本物の親子の様だった。

…事実、義理の親子ではあるのだが。

 

「あ、そういえば────」

 

思い出した様に、箒は口にした。

 

「────地下格納庫で、ナガトをお呼びの方がいらっしゃいましたよ。私にも用があったみたいなので、ついでに呼んできてくれと。」

 

「ん、わかった────行ってみるかね。」

 

 

 

 

────同・第3地下格納庫

 

地下格納庫────と呼ぶには、あまりに深い縦穴。

…どちらかと言うと、それは放射性廃棄物処理場と言うに相応しい見た目だ。

各フロア移動用の搬送リフトと格納庫の壁伝いに周回しながら降りて行く巨大な螺旋階段があった。

後者は通称『罰ゲーム階段』と呼ばれており、249段の段差を行き来しなくてはならない都合上、誰も使いたがらない。

利点としてはその性質上、常に順番待ちの搬送リフトより空いているという点だろう。

その為普通に歩くにはいささか疲れるが、ナガトと箒は後者を選択し、構わずおのれの両脚を使用した。

10分程度は歩いたであろうか。

巨大工場のそれを思わせる地下空間へと到着した。

通路を塞ぐように立つ、20式小銃を装備した警備の自衛官数名が視界に映る。

傍らには自動砲撃システム(M2重機関銃転用型)が銃座に取り付けられた96式装輪走行車が2台配置されており、物々しい雰囲気となっていた。

ナガトは身分証を取り出しながら、

 

「おつかれさんです。」

 

そう告げて、続くように箒も自身の身分証を取り出した。

 

「────ID確認出来ました、どうぞ。」

 

「「ども。/失礼します。」」

 

守衛の自衛官が確認を取り終え、2人は足を踏み込むと────鋼鉄の巨人が数体鎮座する広間へと到達した。

整備作業の声が飛び交う喧騒が無ければ、ここが基地である事など忘れてしまう程────その景色はある種の荘厳さがあった。

 

「いつ見ても圧倒されます。コンペートと同じISなのに、全身装甲だからか…なんだか騎士や武士に囲まれているみたいで…。」

 

箒が半ば興奮気味に言う。

────アライズは、タキオン粒子という汚染物質を使用する特性上、コンペートISと異なり全身装甲が標準設計となっている。

その為、粒子装甲────絶対防御に相当する────を抜かれても、機体本体の耐熱耐弾耐レーザー複合装甲による直接防御が可能であるという利点がある。

デメリットとすれば、コンペートISよりも機体重量が重く、推力を生み出す為に強力なジェネレーターが必要になるという点。

現在タキオンエンジン────事実上の対消滅粒子崩壊熱発電型内燃エンジン────によって推力問題は解決したが、今度は汚染問題が浮上した。

ナガトが駆る日方風は、初期型の第1世代機と比較すれば汚染は95%削減されてはいるが、汚染ゼロとはなっていない。

その為、日方風の開発元は、あと1%でも汚染削減を実現するべく、日夜苦労しているという。

…ふと、作業着にヘルメットを被った壮年の男性が視界に入る。

日焼けした浅黒い肌。

作業着の上からでも分かる筋肉質な肉体。

口と鼻を覆う粉塵防御マスクが雰囲気を出し。

機械油で汚れた顔はまるで野武士の如き風格で。

────ナガトは絶句した。

 

「────何してんスか社長」

 

一瞬、礼儀などというものを忘れて素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「八雲一尉か。いやなに、デスクワークが退屈でな。」

 

ナガトに反応した男性────巌崎哲璽は、機械油まみれの顔を煤汚れたタオルで拭い、ナガトに視線を向けた。

彼は、ナガトの乗機である日方風の製造元────巌崎重工業株式会社の四代目代表取締役…つまりは、国内有数の大企業の社長である。

しかし技術屋上がりの彼は、デスクワークよりも現場で直接作業し意見を汲み取る事を好む為、社員に扮して現場仕事をしているそうだ。

その為、会社全体の指針は営業部出身の副社長が代理で取り仕切っており、副社長を社長と誤解している社員も少なくないとかなんとか…。

 

「…偶には社長としての仕事して下さいよ…。」

 

社長がそんな自由奔放人では会社が苦労するでしょう、と呆れながらナガトは口にする。

 

「まぁ、そうだがな…。だが本社は何も産み出せん。真に会社の利益を産むのは現場であり、現場の労働環境や意見を汲み取り、経営に反映出来ねば我が社に未来はない。…私はそう考えている。」

 

それに、縁の下の方が性に合っている────と、巌崎は口にした。

それにナガトは、嬉しい様な呆れた様な感情を抱き。

 

「相変わらずなんですね、ナンバー6。」

 

────懐かしむ口調で告げる。

ナンバー6 ────それが眼前の男性、巌崎哲璽に与えられたオリジナルナンバー。

彼もまた、再構築戦争で官民合同有志連合軍のアライズパイロットとして参戦した身だった。

 

「ああ。私はそうそう変わらんよ。…君はどうかね?後輩はできたか?」

 

そう言われて、ナガトは一瞬渋い顔をして、目を泳がせる。

 

「────モノ教えんのは、下手くそなんで、篠ノ之三尉しか出来てないですねぇ…。」

 

恥ずかしそうに、そう応える。

 

「鷹月一尉の方はいっぱいいるんですけどね。後任の夜竹や吉川、永井に新庄だって育ちつつあるらしいですから、いずれはそちらが主力部隊になるでしょう。」

 

再構築戦争後、日本帝国は海を隔てているとはいえ、核兵器を持つ仮想敵国複数と隣接している現実に直面した。

日本は広島への原爆投下により、反核感情が官民問わず根強く、『核に対抗するには核による抑止力が必要である』という非情な現実を受け入れがたい面があった。

その為、核抑止力は全面的に同盟国であるアメリカに依存していたが、彼の国が再構築戦争後は自国優先主義に傾倒した事により、日本は自力で『核に頼らず核に対抗する抑止力』を整えることを迫られた。

────アライズは、そんな都合の良い役割を満たす理想的な【戦略機動兵器】であり、日本がこの10年でアライズの開発とパイロット育成に注力するのは国防の観点からして、当然の帰結だった。

 

「八雲一尉」

 

「────あっ…」

 

…ふと、澄んだ女性の声がして、箒が釣られて声を出す。

そちらに顔を向けると────場違いな、ビジネススーツに身を包んだ女性が寄ってくるのが視界に映る。

アングロサクソン特有の長い金髪。

それでいてアジア系の目つき。

理知的で灰色の瞳が、鏡の様にナガトを反射させる。

惜しむらくは、不織布マスクで顔全体が分からない程度。

────藤澤マリア。

最初にアライズを開発した企業・日照ライムントヴァルト社の現社長。

────再構築戦争時からの、ナガトの顔馴染みだ。

 

「お疲れ様です。今日の戦闘、見事でしたよ。」

 

出てきたものは、ナガトの戦闘結果に対する賞賛の言葉だった。

 

「…どうも。」

 

────巌崎に対するものとは打って変わって、ナガトの対応が硬くなる。

…別段ナガトはこの人物が苦手というわけではない。

だが、彼女の属している日照ライムントヴァルト社に手酷く『お世話になった』為苦手意識がどうしてもあるのだ。

藤澤が集ったところで、巌崎が整備スタッフの班長に声をかける。

 

「────おい、休憩だ。一旦格納庫から外してくれ。」

 

班長が人払いをする。

 

「────私は茶でも淹れよう。そこのテーブルにでも座っていてくれ。」

 

「あ、お茶でしたら私が────」

 

「いや、藤澤氏はキミに用があるんだ。篠ノ之三尉。」

 

…だから客人として座っていてくれ────言外に、巌崎はそう告げていた。

 

「ごめんなさい。でも、どうしても話がしたかったの。」

 

にこりと藤澤が微笑む。

────そうして、密談が始まった。

玄米茶の載った盆と共に、巌崎がファイルに挟まれた書類を、ナガトと、そして箒との前に差し出した。

────【NR/令和5年度新計画書】

そう書かれた書類の厚みは大したものではない。

だが、その表紙には「極秘」の印が赤く記されていた。

それを見て、ナガトはかすかに眉をしかめ、箒は少しだけその目を丸くする。

 

「貴方達ふたりに来てもらったのは、その計画

に協力してもらいたかったからなんです。」

 

そんな両者の様子を省みることなく、藤澤は彼らに告げた。

 

「現在我が社は、新型アライズのテストパイロットを探しているんです。…それを篠ノ之さん、貴女にしていただきたいと考えています。今日は貴方達から忌憚なき意見をお聞かせ願えますか?」

 

「新型機……ですか?…私が?」

 

その発言があまりにも突拍子なく聞こえたのか、箒はキョトンとする。

ナガトはただ黙って書類のページをめくっていく。

 

「…到底、現実的な話とは思えません。」

 

一瞬後、箒から否定の意見が溢れ出た。

 

「武装などをコンペートに装備して試験するという話なら分かります。IS学園等では常態化していますから。

…でも、アライズを丸々…それも、ROTC中等教育を済ませたばかりの人間に託すというのは…。

それに私、IS適正はCランクです。私よりもっと相応しい人材がいるかと…。」

 

箒は軽く目を伏せ、頭を左右に振ってみせた。

いや実のところ、箒はそんなことを言いたいわけではなかった。

彼女が内心で藤澤に尋ねたかったのは、なぜ自分にそんな議題が提示されたのか、ということだった。

いま現在、箒は要人保護プログラムに基づき中等ROTC(予備役将校訓練課程)による訓練を中学校に通いながらこなし、今月中旬に修了したばかりだ。

IS適正を有しており、シミュレーションとはいえ対人戦訓練では羅刹の如き戦いぶりで最優秀とも言える成績を納めたりもした。

…その側面だけなら、将来を担う貴重な人材とも言える。

だが実戦を経験してもいない、そんな駆け出しのぺーぺーが役に立つ筈が無い。ましてや新型機開発など。

…箒が言いたいことはそれだった。

箒は、ふと隣に座るナガトへと助けを求めるように視線を移す。

────彼は無言でファイルのページをめくったまま固まっていた。

その目が一際見開かれ、視線が一点に集中する。

「どうかしました?」と、尋ねる箒を無視して、ナガトは震える声でつぶやいた。

 

「……ヴァハフント」

 

「え?」

 

箒はその言葉に反応し、自らも手元の資料をあわてて開く。

────NR-06式ARISヴァハフント

再構築戦争において投入された最初期の第一世代アライズ。

ラファールリヴァイヴの汎用性と打鉄の堅牢さを合わせ持つ高速機動格闘戦機であり、ナガトが再構築戦争時に乗っていた機体────そのページには、ヴァハフントに酷似した新型アライズ機体が詳細なデータとともに載っていた。

────NR-X22式ARISと書かれた機体名。

────無骨さを残しながらも流線形フレームが機動戦特化型機であることを示すフォルム。

────デモカラーであろう、紅白迷彩塗装。

────主武装である、2振りのガンブレード(変形複合機構内蔵型近接戦装備)

 

「機体の命名はまだ出来ていませんが、大まかなスペックは資料通りです。篠ノ之さんが受けて頂けるのであれば、3月末までにはIS学園に搬入する予定です。」

 

箒も一瞬絶句し、次いで真向かいに座る藤澤に向かって視線を投げた。

この時、彼女ははっきりと理解した。

自分が必要とされたのは経歴でも適正でもない、そのため(実験場を提供する為)だったのか、と。

 

「────なぁ…箒を体の良い実験動物か何かと勘違いしていないか?」

 

────ナガトが殺意を込めた瞳で藤澤を睨む。

…義理の娘でもある箒にそのような役割を押し付けてくるのだ。

義理とはいえ父親の立場にある身からすれば黙っていられるものではない。

だが────この事業を是が非でも進めたい、という思惑も理解できる。

…そもそも拒否させるつもりもないだろう。

────近年、アライズを持つ国家は増加傾向にある。

再構築戦争で主力となった6大国家────通称・VIC6(六人の勝者)こと、アメリカ合衆国、イギリス連邦、ユーロ(欧州連合)、ロシア領クラスノヤルスク、オーゼン連邦、日本帝国の6ヶ国はもちろんのこと。

現在では、フランスやスウェーデン、スペイン、インド、ブラジル、インドネシア、中華人民共和国、台湾(中華民国)、大韓民国など────多数の国がアライズの配備を進めている。

…当然、核保有国も、だ。

今まで通りのペースで開発していては出遅れる。

だからより、開発に適した立地で開発を行いたい────それも、実戦に程近い環境で。

だからこそ箒に目をつけたのだろう。

────今年の4月から入学する箒に。

…そんなもの当然、親の観点からすれば猛反対だ。

だがしかし、国防に携わるものの観点からすれば……────だから折り合いをつける必要があるだろう。

キッと藤澤を睨みつけて。

 

「────条件がある。」

 

我ながら、らしくもなく────昔に戻ったように────感情的に、

 

「アグレッサーとして、俺も同行させて貰おうか。」

 

────そう、告げた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆

 

 

────12時間後。

明朝・午前0時6分

 

────その街中を、くたびれた様子でナガトは帰路についていた。

 

「つっっっっかれた……。」

 

アライズを所定の基地────陣城駐屯地第3地下掩体壕────に搬入した後、本作戦に関する書類の山と、IS学園関連の書類を書く作業に追われてしまい、気が付けば日付が変わっていた。

それにより終電を逃してしまい、結局職場から2キロ離れた自宅まで歩いて帰る羽目になったのだ。

一駅分とはいえ、坂道の多い箱根で2キロの徒歩は、中々に堪えるものだった。

 

 

 

────同・箱根区仙石原地区

イデアール仙石原マンション501号室

 

鍵を開け、ガチャリとドアを開く。

 

「ただいま〜〜…」

 

荷物をどかりと置いて、玄関先に用意していたアルコールスプレーで手指消毒し、上着や鞄にもそれをふりかけていく。

────見るからに潔癖症に見えるのだが、それは巷で未だに流行っている新型伝染病を、入学を控えた義娘に感染さない為のナガトなりの努力であった。

手指消毒と衣服へのアルコール噴霧が終わると、行く先は洗面所だ。

 

(アイツは…流石に寝てるか。)

 

家の中が静まり返っている様を見て、思いながらマスクをゴミ箱に捨て、手洗いうがいをする。

一昨年から家庭単位での感染対策として国が推奨していたものであり、インフルエンザが流行る時期である事もあって、ナガトはそれを徹底していた。

 

(…ワクチン接種者数的に、3月末には終息宣言が出ると言われているが…どうなんだろうなぁ、コレ。)

 

うがいをした水を吐き出し、手を拭いたナガトはリビングへと向かう。

そして────家の中が静まり返っていた原因を理解した。

 

「…すぅ…すぅ……」

 

黒髪のストレートロングヘアの少女が、コタツに突っ伏した状態で眠っているのだ。

しかも枕代わりと言わんばかりに、来年度から入学する高校に提出する書類を下敷きにしていて────。

 

「…あー、…コタツ直さずにいたのが不味かったか。」

 

頭を抱える。

…ともかく、このままでは風邪を引いてしまうし何より学校に提出する書類もお亡くなりになってしまう。

だからナガトは、スマートフォンの音楽アプリに【目覚まし用】とタグ付けして保存していたプレイリストを起動。

それを少女の耳元に設置して────

 

────軽快なラッパの演奏が、部屋に木霊した。

 

「────ふあッ?!」

 

がばり、と。

脊髄反射で少女は目を覚ます。

 

「え?あ、何が…あ。」

 

一瞬、何が起きたか理解出来なかったが、リビングのドア前に立つナガトを見て、全てを理解する。

 

「おはよう箒。寝るなら布団で寝ような?」

 

それにニカッとナガトは笑みを浮かべて少女────篠ノ之箒に言う。

 

「あ、はい────アレでも、まだ夜だしこんばんはでは…」

 

「うるせぇなぁ。日ぃ跨いでるからいーんだよ別にぃ。」

 

そう言いながら、冷蔵庫からビール瓶を取り出し、ナガトはグビグビとイッキに飲み、流し込んで行く。

 

「ナガト、今日は休肝日では?」

 

「いーんだよ。残業上がりはコレでも飲まにゃやってられん。」

 

「ビール缶ならともかく、瓶飲みは肝臓に悪いかと……。」

 

「わーってるって。明日は自重するから。」

 

そう言って、ナガトは更に2本目のビール瓶の蓋を開けて行く。

それを見て箒は、『明日も絶対飲みますね』と確信する。

 

「そうだ。学校に出すヤツ、出来たか?」

 

思い出したようにナガトは箒に問いかける。

居眠りしていた箒が学校に提出する書類を下敷きにしていたあたり、それをやっていたのだろう。

言われて箒も思い出す。

 

「あ、はい。出来てます。見てもらっても良いですか?」

 

「ん。」

 

箒が差し出して来た書類に、ナガトは目を落とす。

学校に提出する書類とは、現住所や本籍地の記載書、履歴書めいた自己紹介書、健康診断書、そして入学にあたっての抱負という長文記載書類の4つで構成されていた。

3枚目までは問題なく────多少の誤字脱字に目を瞑れば、だが────読む事が出来たのだが、4枚目。

 

「………あ?」

 

入学にあたっての抱負、という書類でナガトは凍り付いた。

4枚目は長文を書かされる内容である事から、修正箇所が出てくるだろう、とナガトは思っていた。

…だが、箒はその予想を超えて来たのだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

▪︎本校入学にあたっての抱負を記載して下さい

 

 要人保護プログラムに基づく入学なので特にありません。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「────おま…」

 

小学生の、出来の悪い作文課題並みの文章に、ナガトは絶句する。

いや、最近の子供というのはドライだし本音を隠さないのだというから案外こういう文章を書く子はいるのかも知れない。

しかし、しかしである。

学校に提出する書類である。

仮にも国公立高校に提出する書類である。

それに『特にありません』である。

 

「…?私はただ、普通に書いただけなんですが…」

 

────箒のその言葉に更にナガトは頭痛を覚えた。

悪意があってこんな文章にしたわけでは無いのである。

面倒くさいからとこんな文章にしたわけでは無いのである。

つまり────本当に何も無いから、何も書いてないのである。

…気持ちは分かる。

素直に書いたらこうなるのは分かる。

だが、だがしかしである。

 

「…ナガト……?あの…ダメですか?」

 

箒がナガトの顔を伺うように問いかける。

それにナガトは一拍置いて────

 

「────ダメに決まってンだろ馬鹿野郎!書き直せェ!!!」

 

────近所迷惑など知った事かと言わんばかりの怒号で、箒に雷を落とした…!

この後ナガト監修の元、箒が全て書き直したのは言うまでも無い。

────箒は不貞腐れながらも、少し楽しそうに。

────ナガトは雷親父となりながらも、やはり楽しそうに。

…かつて、心と声を無くした少女。

…かつて、人間性を無くした男性。

────2人はどこか、見知らぬ新天地への期待を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 




〜あとがき〜

◉ナガトと箒のナゼナニ劇場②

▪︎ナガト
「だいたい前回話したし今回は休み…」

◽︎箒
「ダメです!ナガトの機体とか、その製造元とか!」

▪︎ナガト
「わぁーた、わぁーったよ…。ではまずは俺の乗機からだな。
【21式起動挺身装備《日方風(ヒガタチ)》】。
 巌崎重工業株式会社製の第3世代アライズで、2021年から正式配備の始まった量産型機体だ。
 打鉄と米国製EOS GB-ExS-R117(ターンソウル)をベースに開発された重量二脚型機で、サードアイカメラという射撃用モノアイカメラと近接格闘用ツインアイカメラによる複合センサー機構を有しているのが特徴だな。
 高い対実弾防御、火力を誇り、それを活かすために煩雑な操作を必要としないので、結構扱いやすい機体と評判だ。」

◽︎箒
「あんだけ大暴れしてたのに量産型機なんですか…」

▪︎ナガト
「採算度外視でハイエンド機能を満載したワンオフ機でもない限り、普通は試作機より量産型機の方が強いもんだからな。普通は。」

◽︎箒
「なるほど。…逆を言えば、重量機体でも時速1800kmで巡航したり、瞬時加速で時速4000kmにまで加速出来るんですね。」

▪︎ナガト
「そこはジェネレーター出力の恩恵だな。
 車でも、その車種や重量に合わせたエンジンを積むだろう?日方風も同様に重量型エンジンである、重タキオンエンジン(対消滅粒子崩壊熱発電型内燃機関)を拡張領域に搭載している為、素早く機体を動かす事ができる。」

◽︎箒
「…でもそれって、拡張領域を使えなくなるって事ですよね?」

▪︎ナガト
「痛いとこ付くな…。正にその通りで、重タキオンエンジンが拡張領域を独占するから、IS特有の携行能力の高さは残念ながら低下しちまってる。
 日方風は解決策として、武装を機体表面のジョイントユニットに取り付けたり、近接格闘用副腕機構の採用など、戦闘パターンに合わせて機体の一部を変形させる機構を採用して、どうにか問題解決を図っているのが現状だな。」

◽︎箒
「だから前回、右腕副腕機構で03式近接長刀Ⅱ型の斬撃とかが出来たんですね。
 …でも、重装甲重火力型なんでしょう?弾幕射撃とかで鎮圧出来そうだから、近接装備は自衛用として最低限積むだけでよいのでは?」

▪︎ナガト
「その辺は日本の軍事に対する姿勢が影響しているな。…箒はコラテラルダメージという言葉を知っているか?」

◽︎箒
「はい、確か軍事目的の為の致し方ない犠牲、でしたね。」

▪︎ナガト
「そうだ。例で言うなら、空爆で民間人を巻き添えにしたり、とかな。
 日本はそれが許されず、民間人の避難が完了していない地域で戦闘する場合は発砲すら出来ないというのが現状だ。」

◽︎箒
「…アレ?日方風の長所を潰しにかかってる…?」

▪︎ナガト
「まぁ、そうなる。だから日方風には重装甲重量機体でありながら近接格闘戦に対応可能な機動性と格闘戦能力が求められるというわけだ。
 ブレードもパイルも無い時は素手で戦わにゃならんから、マニピュレーターも格闘武器として機能するようガッチガチに固めている。」

◽︎箒
「わぁ…脳筋だと思ったら案外技巧派なんですね…。ちなみに名前の由来はなんでしょう?」

▪︎ナガト
「名称は日本海沿岸で南西方向から吹く日方(ひかた)という季節風に由来する。
 余談だが、巌崎重工業株式会社のアライズは『風に関する気象現象』を由来とした名前を機体の命名基準としている。」

◽︎箒
「ふむふむ…では、巌崎重工とはどんな会社なんですか?」

▪︎ナガト
「巌崎重工は日本帝国に拠点を置く伝統ある重工業系総合企業だ。打鉄シリーズの開発・製造・改修の他、岳嵐(ガクラン)日方風(ヒガタチ)といったアライズの開発実績を持つ。
 防衛産業の他にも、土木工事機械製造や特殊容器開発製造を得意としている。
 …概要はこんな感じだが、砕いて言うと変態企業だ。」

◽︎箒
「へ、変態?!」

▪︎ナガト
「技術的な意味でな。…一口に変態というと語弊があるから言い換えるとロマン追求至上主義者。かね。」

◽︎箒
「ろ、ロマン…ですか?」

▪︎ナガト
「ああ。…重装甲フレームパーツや大口径砲、ガトリング砲、シールド内蔵型実弾複合兵器やパイルバンカー、ガチャガチャ変形ギミック。そして見た目に見合った破壊力を提供してくれる。
 あらゆる意味でオトコノコ心を燻ってくるロマンの塊だ。だから箒もパイルバンカーを崇めたまえよ。」

◽︎箒
「い、いや宗教勧誘はちょっと…ていうかこれ元ネタとかあるんですか?」

▪︎ナガト
「うん、三菱重工が元ネタだな。ちなみに巌崎重工の名前は三菱グループ創設者である岩崎弥太郎氏の苗字を拝借して弄ったものだ。」

◽︎箒
「ふむ…。ところでロマン以外にちゃんとした商品開発もしてるんですか?」

▪︎ナガト
「しとるぞー。例えば消防や警察の他、民間の工事会社に至るまで幅広く運用されているEOSIwHI-21(ヒスイ)やそれに飛行能力と精密作業特化能力を付与したEOSIwHI-42 (セイギョク)、あとは絶対防御機構を砲塔上部に搭載しトップアタック攻撃に耐えられるよう改修された10式戦車改とかな。
…あとは、タキオン粒子除染装置とかな。」

◽︎箒
「あ、今回あったタキオン粒子が除染とかってやつですか?」

▪︎ナガト
「おう。前回話した通り、タキオン粒子は対消滅粒子であり、様々な物体を侵食し劣化した粒子が土壌に染み込む事で環境を汚染しちまう。
 だが汚染を食い止めることも可能だ。
 タキオン粒子は水に触れると希釈分解されるという特性が確認され、その除染剤となる液体を入れる容器を開発したのも巌崎重工業だ。」

◽︎箒
「ふむふむ……アレ?除染剤を入れる容器…?除染剤じゃなくて?」

▪︎ナガト
「うん。除染剤を開発したのは巌崎マテリアル株式会社って言うグループ内の別会社だからな。巌崎重工業はタキオン粒子の侵食から除染剤を守る容器を開発しただけに過ぎん。」

◽︎箒
「な、なるほど…。それでも大手柄だと思いますよ?」

▪︎ナガト
「うん、実際その特殊容器開発に使われた技術は後のアライズ用ISスーツ開発にも応用されたから、お手柄ではあるかな。そのおかげで重度タキオン汚染に晒されずに乗れてるわけだし。
…さて、そろそろ時間だし締めるとしようか。」

◽︎箒
「はい!ではまず日方風から!
・打鉄とEOSの合いの子。
・重量機体だけど強力なジェネレーター出力で超加速ができる量産型機。
・拡張領域格納能力が失われた為、機体表面への武装ジョイントや副腕機構実装でそれを補っている。
・重装甲火力型機だが日本の諸事情により高機動格闘戦もこなさなくてはならない。
…こんな感じでしょうか。」

▪︎ナガト
「うむ、では次は巌崎重工。
・日本の重工業企業で重装甲フレーム機開発が得意。
・ロマン追求至上主義であり、ガトリングにパイルバンカー、大口径砲などロマン兵器群を開発しているが、他に真面目に製品開発もしている。
・タキオン粒子除染技術の中核たる除染剤を保護する容器を開発した陰の立役者。
・パイルバンカーを崇めよ。
…こんなところか。」

◽︎箒
「ちょっ、最後ナガトの趣味じゃないですか!」

▪︎ナガト
「パイルバンカーは良いぞ箒、使ってみろ。(敵がバラバラに)飛ぶぞ。」

◽︎箒
「ああもう!今日はお終ーい!!次回もお楽しみにー!!」

次回もよろしくお願い致します。
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