インフィニット・ストラトス・アライズ-Dominater of Battlefield- 作:天津毬
|•ω•。)"…ソォーッ
(。•ω• 。)
皆様お久しぶりです。アマツです。
気がつけば前話から2年も経ってしまい、申し訳ありません。
アマツです。
今回は日常回になります。
4月28日
長崎県出島群(旧トキオ自治区)
────
────同・警備部臨時本部前
…無人ISの襲撃から13日。
…難民解放戦線撲滅から10日。
…シャルの転入から9日。
────間もなくあの戦闘から2週間が経過しようとしていた。
その間にも、事態は目まぐるしく変わった。
────トキオ自治区は日本帝国長崎県に編入され、『出島群』という自治体へと改称。
長崎県警察が駐在し、更には治安維持の名目で空港地区や港湾地区、IS学園の隣に在日米軍や自衛隊が駐屯地を設営。
東京電力と九州電力が火力発電所とソーラータワーを建造したおかげで電力問題もある程度解決に向かっている────と、暫く節電生活を強いられ、電力枯渇と食料危機に怯えていた生徒らは徐々に日常を取り戻しつつある。
────今では襲撃の恐怖より中間テストに怯えているぐらいだ。
「────ふぅ…」
ふと、箒は空を仰ぎながら溜息を吐く。
────同時に、甲高い轟音を立てながら大型機が上空を飛んで行く。
手を伸ばせば届くぐらいの低空で────…アレは確か、米軍のC-17輸送機か。
おそらくはトキオ空港に駐留する在日米空軍の機体なのだろう。
トキオ空港は立地の都合上、時折IS学園上空あるいは付近を飛行するルートで離陸する事がある。
その為、IS学園では上空を飛ぶ時間帯に配慮してグラウンドでの訓練を実施していたが、空輸が活発化して来た現在では、再びアリーナでの実習に切り替えたのだという。
…まぁ、間違って航空機と接触事故でも起こせば大惨事に繋がるし、妥当な判断だと思う。
そう思っていると、C-17は右に旋回────北に向かって飛び始めた。
(…在韓米軍との連絡便か。アレは。)
なんて、ぼんやり考えていると────後ろから足音が聞こえて来た。
それも歩く音じゃない、凄い速さで走っている音で────
「やっほー箒────!!」
────次に聞こえたのは地面を蹴る音と間の抜けた声で。
次の瞬間、バァン!!と、私の背中に衝撃が走った。
「痛────ッ!」
身体が跳ねる。
思わず振り返ると、そこには悪戯っぽく笑うシャルの姿。
「こ、の────…」
"────
しかし当の本人はというと、エヘヘと笑顔を浮かべるばかりで────それで箒は思わず溜息を吐く。
…もうこれがコイツなりのスキンシップなのだと諦めるべきかと、げんなりする。
だがコレは流石に受け入れてやるつもりはない。
なので────
「────次やったらコレ、だからな。」
────チョークスリーパーのジェスチャーをしながら、箒はシャルを睨む。
そんな箒にシャルが臆する様子はまるで無い。
「ねー箒はゴールデンウィーク、予定ある?」
なんて、反省の色もなく聴いてくる始末。
────呆れて溜め息が漏れた。
…そういえば、明日からゴールデンウィークか。
余談だが、大半の生徒らは非常事態の連続に『ゴールデンウィークが勉強で潰れる』と嘆いていた。
無人ISの襲撃により、トキオ自治区────現・時尾町内の家が潰れた者。家族が亡くなった者。家族が疎開し寮に移らざるを得なくなった者が生まれていた。
そうした身の回りの諸々が学業に影響を出すのは当然の帰結と言える。
しかし無情にも、定期試験は『そんな事は感知しない』とばかりに中間テストに向けたカウントダウンを始めており、生徒らは試験に向けた勉強に根を詰めていた。
前もって予習と復習を重ねていた者ならば些事でしかない。
しかし勉強を怠っていた者からすれば必死になる時期である。
無論、箒は前者なので
なんら問題ない。
「イチカが勉強助けてって泣きついて来てさ。」
しかし、一夏は今地獄を見ているだろう。
何しろ彼は論外────スタートダッシュを自ら遅延させた、という弩級のやらかしをしているのだから。
なまじ実技は追いつけているが、知識面はもう壊滅的。必要最低限の知識はある、といったところ。
一般的な学校ならば、それだけでも赤点は回避できるだろう。
だが────思い返して欲しい、ここはIS学園である。
仮にも国公立。
仮にもエリート校。
仮にも偏差値70以上。
────ならば、教員もそれ相応の判定を下すというもの。
つまり一般高校の『赤点を回避できたら良い』の感覚で当たると地獄を見ることは確定だ。
だからこそ、一夏が転入したてのシャルに泣きつくのも理解できる話だった。
「だから明日みんなで勉強会しない?」
────なるほど。
一夏と親しい立場であるからこそ、誘いに来たのか。
この分だとオルコットや凰も誘われているだろう。
…箒としては、応じてやりたい。
だが────
「…すまん。明日から3日ほど、外せない予定が入るかも知れない。」
「あらら、分かったら教えてくれる?」
────そう、難色を示す。
日程の換えがきく予定なら、参加する。
しかし明日の予定はどうしても外せない。
最も、ナガトも休めるか次第で状況は変わってくる。
なのでこう濁すしかなかった。
────瞬間、
「ハァ?!このタイミングゥ!?」
警備部臨時本部の置かれた部屋から、高木の素っ頓狂な声が聞こえた。
一体何が────まさか、襲撃…⁈
ここ暫く連続していた緊急事態に、思わず箒は身構えた。
「今月の早い段階で有給申請は出したよな…?この2週間お前何やってた?」
────あ、違うみたいだ。
次に聞こえたのはナガトの声。
…それも、かなり苛立ちと殺意を込めた、低く唸る様な声。
「用事が積み重なったのは分かるが有給は労働者の義務だ。拒む権利は無い。…だったら分かるよな?……返事は?」
「畜生恨むぞナガトォ!」
有無を言わせないナガトの声と、眼前の理不尽に絶叫する高木の声が響く。
シャルには事態が理解出来なかったが、箒にはおおよそ理解出来た。
「ん、ここにいたか。箒。」
なのでナガトが出て来るなり、箒は駆け寄った。
「あ、ナガト!…どうでした?」
「────喜べ。漸く高木が承認しやがった。」
片手に持つ紙切れをちらつかせて、不敵な笑みを浮かべる。
紙には────『有給申請書:4月8日提出(4月28日承認)』と書かれていた。
その光景に、思わず箒は「やりましたね!」と歓声を上げて、ナガトとハイタッチを交わす。
「あー…コレは予定入った感じかな?」
その一連の会話で察したのか、シャルは箒に問いかける。」
「ああ、スマンがその通りだ。」
箒は、ナガトと同じ、不敵な笑みを浮かべて言った。
────翌日。
『昭和の日』、ということで休日となった金曜日に、令和4年度のゴールデンウィークは幕を開けた。
そしてナガトと箒は────里帰りに、朝一番の便で箱根へ飛んだ。
◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆
────4月29日
日本帝国東京都第三帝都特別行政区
新東京箱根市(旧神奈川県足柄下郡)
同・箱根区
────大観山空港
箱根山カルデラで比較的稜線が真っ直ぐ続く山の尾根。
カルデラ南側の大観山から白銀山に掛けてで、再構築戦争以前はターンパイクなど風光明媚なドライブコースもあった場所だ。
────大観山空港はそんな場所を拓いて築かれた、4000m級滑走路を擁する山頂空港だった。
「────帰って来た…。」
長崎空港発、JAL617便のボーイング767旅客機を降りた先。
空港ターミナルに繋がるタラップを渡った箒は、窓より覗き見えた景色に、思わず懐かしいものを見るように呟いた。
御殿場市を挟んで見える富士山が地平線を支配して。
眼下には、1000メートル級の山々が輪を成して大地を持ち上げている。
その内側には山肌を染める木々の緑と広大な芦ノ湖が広がり。
湖岸南側には箱根駅伝のスタート地点や箱根関所で有名な元箱根市街地が広がっている。
対するその湖岸北側────かつて箱根山の奥地として扱われていた場所は、整然と300メートル級の建築物が碁盤目状に並ぶ白い都市となって覗く。
仙石原新都心────箒とナガトの故郷が見えた。
「…つっても、まだひと月だろ?お前。」
…なんて、感情に浸っているとナガトがツッコみを入れて来た。
「ひと月ですよ、ひと月。生まれ育った街が恋しくなるには充分な時間です。」
そんな雰囲気を考えてくれないナガトに、思わず抗議の声を上げた。
────だって、生まれてから箱根カルデラの外に出た事なんて、数えるくらいしかない。
中学校時代の社会科見学で東京都。
同じく中学校の修学旅行で沖縄県。
同級生と泳ぎに湯河原区の吉浜海水浴場。
ナガトと買い物に御殿場のアウトレットに。
ROTCの初期講義で富士駐屯地に。
…くらいだろうか、すぐに思い出せる範疇だと。
外に出るにも、いずれも短期間。
そもそも需要と供給が箱根カルデラ内にある都市部で循環していた為、出る必要が無かったとも言える。
物資不足になった際、新都心部の置かれている仙石原から箱根山の正門である湯本まで降りたくらいだろう。
ともかく、何か特別な理由でもない限り基本的にはそうだった。
だから箒の人生は生まれてこの方、箱根山カルデラ内にある新東京箱根市箱根区の中で完結しているのが当たり前だった。
そう言った意味では、新東京箱根市と独立循環経済で成り立っていたコロニアは似ている。
違う点は、山に囲まれているか否かのみ……いや結構違うな。
生活基盤が違う。
文化環境が違う。
食料物資が違う。
インフラも違う。
何もかもが違う。
…なので、そんな生活からいきなり海のド真ん中に浮かぶ島での生活に放り込まれれば、混乱する。
────こうも今まで構築されてきた
「ナガトはそういうのないんですか?故郷が恋しくなるとか。」
箒が問いかけると、ナガトは「んー…」と少し逡巡して回答する。
「────まぁ、今までの人生で比較的長く過ごしてたのはこの街だからなぁ…けど特段これってのは無ェかな…」
────ナガトの言葉は嘘では無い。
30余年間の人生の中で一番長く過ごしたのは新東京箱根市。
その次が7歳までの幼少期を過ごした横浜市ドイツ人収容地区。
それ以外は長く定住した事はなく、基本的に生活拠点を転々としていた。
────治安が崩壊し、ほとんどの自治体の行政機能が停止した時代を生きて来たナガトからしたら、思い入れのある場所などほとんど無いのだろう。
「────で、仙石方面行きってどれが一番早いんだっけ?」
空港ターミナルの地下に併設されたモノレールの駅改札口。
その壁面マップに張り巡らされた路線図を見て、思い出した様に、ナガトは口にした。
聞く前に乗り換え先を調べようとしていた指先は辿々しくて、とても頼りない。
ナガトはスマートフォンを買ったは良いが、2年前までガラケーを使っていた身。
アプリを使うこと自体に慣れていないので、この手の検索は苦手だ。
スマホをいじるように努力はしているが、最終的には電車の時刻表や路線図と睨めっこして頭の中で乗り換え先や必要時間を計算している始末。
乗り換え用のアプリでこれなので、SNSなんてもう論外。
────ハッキリ言って、ナガトはアナログ人間だ。
「えーと…見ますね。」
────なのでここは自分の担当分野。
箒はスマートフォンを操作し、乗り換えアプリを起動。
大観山空港駅から仙石原駅でルート検索をかける。
これくらいお茶の子再々。伊達に8年もスマホを使っている訳ではないのだ。
────────────────────
大観山空港→仙石原【検索】
(有力候補)
9:47〜10:12
290円(早)(安)
【発】大観山空港(始)
箱根モノレール南北線 空港快速
(仙央 仙石原行き)
↓
仙石原【着】
9:56〜10:24
550円(早)
【発】大観山空港
箱根モノレール南北線
(仙央 矢倉沢行き)
↓
芦川
↓
乗り換え(徒歩3分)
↓
箱根モノレール新中央線
(新湯本 中村原行き)
↓
元箱根
↓
乗り換え(徒歩1分)
↓
箱根モノレール内郭環状線外回り
(新強羅 仙石原行き)
↓
仙石原【着】
10:07〜11:02
210円(楽)
【発】大観山空港
箱根交通市営バス
(仙石車庫前行き)
↓
箱根仙石
↓
(徒歩5分)
↓
仙石原【着】
────────────────────
画面に表示されたのは、空港と都心部を繋ぐ都営モノレールに乗り、直接乗り込むルート。
それとモノレールに乗るのは同じだが途中でJR線の各駅停車に乗り換えるルート。
乗り換え不要だが、バスに1時間近く揺られるルート。
…前者は時間は掛かるし運賃もかかるし時間の無駄なので却下。
…後者は運賃は安いが、目的地にはあまりに着くのが遅い。
…残るルートは前に述べた二つより運賃が高いが適度な時間を過ごせるルート。
里帰りくらいゆっくり過ごしたい。
けれど予算にも限りがあるし、僅かでも節約した方が後々できる事は増える。
しかし時間という資源には変え難い。
それに今日はやる事もあるし。
だから箒は────
「…空港快速一本で行きましょう。」
────そう告げた。
『────2番乗り場に、9時47分発。空港快速 仙石原方面行きが参ります。危険ですので、ホームドアから離れて────』
…と同時に、電車到着を告げるアナウンスが鳴る。
────しまった、現在時刻見るの忘れてた…!
「やっべ、走れ!」
いち早く反応したのはナガトの方。
箒も続く様に、2人はホームに駆け出した────。
空港ロビーから改札を潜り、全力ダッシュ。
地下へと続く階段を降りて行くと、そこは島式2面4線の、転落防止ドアが整備された停車ホームだった。
2人がホームにたどり着くと同時に、モノレールのホームドアが開く。
2人はそこ目掛けて走り込み────
「セ…セーフ────」
────息をついた。
「…乗車マナー的にゃ、弩級のアウトだがな…」
『駆け込み乗車は危険ですのでお辞め下さーい────』
直後、
「いっ…ぜぇ…、言われなくても────」
────分かってますよと、箒は心の内で抗議する。
否。これは現時刻と電車の到着時間を精査しなかった箒が完全に悪いのだが。
『3番乗り場から、空港快速、仙央・仙石原行きが発車します。ドアが閉まります────ご注意下さい。』
そんなことはどうでも良いと言わんばかりに────軽快な発車ベルと共に、駅のホームドアとモノレールのドアが閉められた。
『本日は箱根モノレール南北線をご利用頂き、誠にありがとうございます。この電車は、仙石原行き、空港快速です。
────次は桃源台中央、桃源台中央です。
内郭環状線とは、お乗り換えです。』
箒とナガトが乗り込んだのは、モノレールの先頭一号車。その進行方向右側ドアの側。
車両が動き出すと、モノレールはホームを離れ、ほんの僅かに上り坂となっている傾斜トンネルを駆け上がっていく。
まるで、ではなく正に地下鉄と変わりない景色。それを駆け上っていくと────視界を光が支配した。
トンネルを抜けたのだ。
瞬間────目の前にちょうど滑走路へと着陸する旅客機が視界に映る。
全長70メートルの巨体が至近距離を掠めていく様は圧巻だ。
箱根モノレール南北線の大観山空港駅はタイミングが合えば飛行機と並走できる事で有名で、一部の鉄道マニアが駆けつけて来る場所でもある。
箒もこの景色は嫌いじゃない。
もっとも、今は車体左側の乗客であまり見えないのだが────代わりに右側の車窓からは、芦ノ湖の全景が見えた。
『────お客様に申し上げます。当列車は市条例に基づく安全運転を心がけております。
その為走行中に緊急事態宣言等運行が困難となる事態が発生しました場合は、最寄りの指定退避ステーションに避難する場合がございます。
あらかじめ、ご了承下さい────車掌はシュタウピッツです。』
息を整えて、箒は車内放送とアナウンスを聴く。
いずれも箒には慣れ親しんだ内容だ。
ふと────
「緊急時って…?」
「…何て?シュタ…何て?」
────乗客の中から、そんな困惑を孕んだ声がした。
────…ああ、うん。初めて聞く人は混乱するだろうな。
今モノレールが発進したのは空港からだ。
故に都市外部から来る観光客やビジネス客が多く、今のアナウンスに対して色々ツッコミたくなったろう。
まず、なんで『緊急事態宣言が発令される事を前提に運行されている』のか、とか。
しかも、なんで非常時に備えた『指定退避ステーションが設定建造されている』のか、とか。
あとなんであからさまにドイツ系の人間が車掌を務めているのか────とか。
色々あるのだろうな────と、元箱根方面の街並みを右の車窓に見ながら箒は思う。
────何故未だ緊急事態宣言発令を前提としているのか。
箒としては、緊急事態を想定したアナウンスは電車に乗る度に聞いていたから当たり前だと思っていたが、確かに隣街の御殿場や帝都東京、更には時尾町(旧トキオ自治区)でも緊急事態宣言に関するアナウンスは聞いた事がない。
精々、新型伝染病の感染警戒期間中くらい。
一方で、新東京箱根市は一年中を通してこのアナウンスが途絶えた覚えがない。
それは新東京箱根市の立地に理由がある。
まず、新東京箱根市は再構築戦争で最前線となった為、常に有事を想定した自治体であるというのが一点。
次に、そもそも新東京箱根市中心街の所在する場所が火山地帯────否、箱根山という一個の火山でありその火口部という事。
箱根カルデラ中央の神山や大涌谷からは火山ガスが年中発生しており、その成分は硫化水素や二酸化硫黄。
────いずれも人体に極めて有毒であり、過去には死亡事故も起きている。
現在では市役所環境部や温泉地学研究所が観測ポストを設置し、常時監視。
火山ガス噴出が激しくなれば、箱根カルデラ全域に緊急事態宣言が発令される。
────他にも、箱根山一帯はフィリピン海プレートとユーラシアプレート、北アメリカプレートの3つの地殻プレートがぶつかる境界上にある。
3大プレート境界面という世界でも珍しい陸地である為、年間を通して地震が頻発する。
そうした理由から新市街全域は建築物から地上部に至るまで免震構造を取り入れている。
…だが山などはそうはいかない。
発生する地震の規模にもよるが、中規模地震でも土砂災害などは起きる。例えコンクリートの
そして新東京箱根市の路線はほとんど全てが山肌や地下を通っており、地震や土砂災害の影響をモロに食らう。
────中学時代に家の最寄り駅へ着く寸前に起きた地震で退避ステーションに連れ去られた時は、この国の災害とは本来戦災の事ではなく天災の事を指すのだと、嫌という程実感させられた。
そうした災害関連要素がある為、未だ緊急事態宣言がいつ発令されても良いようにと、交通各社は備えているのだ。
────次に、ドイツ系住民が何故いるのかという疑問。
箒としてはドイツ系日本人なんてクラスメイトにも居たし、ご近所さんにも居たしで別に珍しくない存在だったが、世間的にはそうではないらしい。
中国系、朝鮮半島系、ブラジル系、フィリピン系、ペルー系日本人は割と多いそうだが、ドイツ系日本人は全国的に見ても、ほぼほぼいない。
統計データ上では、3万人いるか、いないかくらいだという話を聞いた時には衝撃を受けた。
今の箱根にいるドイツ系日本人はおよそ1万6000人くらいと聞いた事があるから、全国のドイツ系日本人の半分以上がこの街にいる事になる。
ここまでドイツ系が集中している理由としては、今から77年前の
今は全くそんな面影を残していないが、当時はかなり劣悪な生活環境だったという。
…その場所は現在
そうした理由から、箱根にはドイツ系住民が多い。
箒にしてみれば、ドイツ系住民がいるのが当たり前過ぎる認識だった為、外輪山の外に出てみれば彼らが全くいないことに困惑したし、
一夏がテレビでドイツ系の多さを見て、『箱根ってレヴェラント人に人気なのか?』と聞かれた時には鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になったものだ。
まぁ確かに、ドイツ系が多く尚且つドイツ語を話せる人間が多い事から、通訳要らず…という理由で、旧ドイツ支配地域だった欧州圏からの観光客は多い。
事実、車内を見渡す限り、外国人観光客はレヴェラントの人間らしき人物が多数を占めていた。
…こんな事、意識した事もなかっただけに、新しい発見だった。
箱根の外に出て気付く事もあるのだなぁ…と改めて思う。
────再び車内に光が満ちる。
モノレールの車窓に視線を戻すと、外には芦ノ湖西岸の下町────平野など一切無く峻険な山々が続く中、傾斜が比較的なだらかな場所に貼り付く様に築かれた坂の街────が広がっていた。
箱根区の西端であり、芦ノ湖の西岸である下町群は、昭和の高度経済成長期に開拓されたニュータウン群だ。
今でこそ住宅に雑居ビル、小学校に児童公園が置かれているが、元々はハイキングコースやキャンプ場があるような、舗装された道路すらない山だったという。
下町のすぐ向こうには芦ノ湖が広がっていて、そのまた向こうには元箱根の温泉街が見えたが、モノレールはトンネル区間に入ってしまい、すぐに見えなくなった。
峻険かつ複雑な地形が多い箱根は、在来線だろうがモノレールだろうが、トンネルによる地下区間がどの路線にもある。
何しろマトモな平野部なんて新都心部の仙石原以外ほとんどない。
街並みも基本的には山肌に張り付く様にして集落が続くか、山そのものを切り開いたニュータウンが延々と続いている。
そして列車の効率的な路線レール敷設は直線が最たる形。
となれば直線に近ければ近いほどコストに見合った運行ができるというのは明白だ。
なので山間部を走るなら、基本的にトンネルを穿たないという選択肢は無い。
それが景観を楽しむ観光電車ではなく、人を運ぶ通勤列車ならなおのこと。
次に見えたのは、下町群の中でも一際大きい、真田浜地区の街並み。
そして芦ノ湖を挟んだ向こう側には、駒ヶ岳と麓────上蛸川地区の高層ビル群が映る。
「────上蛸川のビル、また増えたよな?」
ふと、ナガトが問いかける。
…よく見ると、先々月まで工事中の幌を被っていたビル数棟が完成しているのが見えた。
上蛸川は箱根神社や箱根園とは県道75号線を挟んで北側に所在するビル街で、箱根山外輪山内を通過する在来鉄道環状線とモノレール環状線がそれぞれ2本ずつ乗り入れている為、大規模なベッドタウンが形成されている。
最近では、仙石原で飽和状態にあるビルの代替とオフィス需要を満たすべく上蛸川への移転に伴う再開発によりオフィスビルが建設される計画が上がっていた。
────完成は5月上旬の筈だったが…。
「ですね。…再開発、想定より早く終わったのかも。」
…あるいは、急がねばならなくなったのかも────という言葉を飲み込みながら箒は応える。
せっかくの里帰りなのだ、物騒な事は極力忘れてゆっくりしたい。
「────時に箒。」
ナガトは冊子と睨めっこしながら箒に声をかける。
「…昼飯、どうするよ?」
新東京箱根市役所広報部観光課の発行している『箱根観光マップ』と書かれた冊子には、新東京箱根市箱根区仙石原地区の地図と飲食店に関する内容が書かれていた。
…そういえば目的地の仙石原に着いたとして、少し時間が経てばもう昼食の時間帯だ。
それに早く出たから朝はサンドイッチくらいの軽食しか挟んでいない。
…多分11時くらいにはランチタイムといった感じになるだろう。
なので二人は、おすすめの飲食店が記されたページに目を落とす。
しかしイマイチこう…、ピンとくるものがない。
どれも最近のインスタ映えしそうな見た目の料理が映っているが、あまり二人の関心を引くには至らない。
そもそも、箒自身がこうしたものに疎い上に、SNSやテレビ受けの良い料理を取り扱う店は大抵今回の目的地ではない仙央(南仙石原中央)や桃源台といった、都心新市街に位置している。
今回赴く仙石原は都心から離れた旧市街に位置しており、こうした料理を取り扱かっている店舗はほぼ皆無だろう。
だから箒は「んー………」と考えて、いくつか候補に目を向けるが、やっぱり、あそこかなと思って口にした。
「────無頼さんとこが良いです!」
◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆
日本帝国第三帝都新東京箱根市
同・箱根区仙石原地区
────仙石原駅
仙石原駅の高架下。
駅改札を抜けた一階出入口をくぐると、古臭い昭和の雰囲気を放つ雑居ビルと、再開発により建ったらしい新しいビルが数棟目に入る。
仙石原駅は駅南側が繁華街を含む旧市街地、駅北側がすぐ旧市街地外縁部で、金時山入山口に長安寺などの観光スポットが点在していた。
とはいえ、流石はATLASお膝元の街というべきか。
民間のビルに紛れて幌の掛かった、工事現場の看板には、
────────────────────
【ご迷惑をおかけします】
第6大口径自動砲火塔の点検を行っています。
期間:令和4年3月1日〜令和4年6月3日
発注者:ATLAS日本事務局
東京都知事 大山さゆり
新東京箱根市市長 高橋覗
防衛省帝都防衛局
受注者:巌崎重工株式会社
巌崎建設株式会社
────────────────────
…なんて、物騒な説明書きがあった。
見上げると、幌で隠し切れていない四連装の76mm機関砲の砲塔とそれに弾薬を提供する給弾ベルト機構が一体となった対空砲火塔────
(…まぁ、
周りの見慣れていない観光客らは困惑しているが、見慣れた住民らは『いつものこと』、『ああ工事かぁ』くらいの認識でしかない。
…精々、工事の騒音や通行の便が悪くなる事を気にするくらいだろうか。
────無論、箒とナガトも見慣れた側である為、無反応だ。
…普通、こんな武装ビルが街中にある事自体がおかしいのだが、この街に慣れ親しみ過ぎた者には一切違和感なく馴染んでいる。
工事現場を尻目に駅出入り口から左右に目を向ければ、鉄道高架下の空きスペースに店舗が所狭しと並ぶ、高架下商店街が広がっていた。
…その一角。
────『らぁめん無頼』と書かれたチェーン店の戸を、箒たちは開いた。
、
、
、
「…で、はるばる長崎から帰って来たってのに、観光地そっちのけでウチに来た訳か!」
ナガト達の来店に、店長が豪快に笑う。
それに、カウンター席でメニュー表を見ながら箒がむくれた顔で抗議した。
「むう…、良いじゃないですか。無頼さんのラーメンに敵う味のお店、トキオ自治区に無かったんですから。」
『らぁめん無頼』とは、仙石原にある個人経営のラーメン屋だ。
再構築戦争前からナガトと箒の行きつけの店であり、2人にとってラーメンといえばここ、という程馴染みのある店だった。
中学校に上がってからはクラスメイト等ともよく食べに来たもので、一中の面子とも行きつけだった。
その時はチャルメラを鳴らしている高架下の屋台────という、コテコテの雰囲気だったが、どうやら良いテナントを見つけたらしい。
今日はゴールデンウィーク初日だが、周りの店に客を取られているのかそれともまだ昼ピークには早いのか、店内に人はいない。
「だなぁ…。長崎チャンポンも悪かねぇが、やっぱり大将の味が恋しくてな────あ、俺は豚骨醤油特盛り、チャーハンセットで…箒は?」
「私は塩バターコーン大盛りと…あと唐揚げセットで!」
「あいよ!」
かちゃかちゃと食器の擦れる音と、ぶぅぅんと厨房の機械が低く唸る音と、大鍋から上がる湯気。
店員が忙しなく厨房を駆け回り、中華鍋を掻き回す。
そして頭上を走る電車がレールの継ぎ目を軽快に走りながら店内を揺らす音。
『新東京箱根市管理局よりお知らせです。本日17時30分に、垂直懸垂可動ビルの定期稼働試験が行われます。市民の皆様には大変ご迷惑をお掛けします事────』
店内のテレビや厨房の音が店内を支配するくらいには、店は静か────というかやはり、今店内にいる客は箒とナガトだけだ。
箒が流石に静かすぎると視線を店内に這わすと、賑やかしのつもりか、昭和の広告ポスターや新聞の切り抜きが乱雑に壁に貼られているところに目が行った。
…その中にある写真に箒は目を向ける。
────『塔ノ峰エレタワー完成』という黄ばんだ新聞紙に映る白黒写真。
コレいったい、いつのだろう…。
塔ノ峰エレタワーは、文字通り塔ノ峰山中を貫いて作られた山上駅である『塔ノ峰駅』と、その麓にある『箱根湯本駅』を直接繋ぐ高さ250mのエレベーター・タワー・ビルディング────通称『エレタワー』だ。
両駅間は直線距離にして500mあるかないかぐらい。
普通の街なら駅と駅の間を結ぶ歩道橋を整備するだけで良いと思うが、ここは箱根山。
両駅間の
直線距離での移動なんて普通に考えなくても不可能だと分かる。
せいぜい断崖絶壁に折り返し階段をへばり付く様に作ってそこを上り降りさせるしか移動手段なんてないし、それにかける移動時間や回り道がどれだけ時間の無駄か。
そこで箱根湯本駅の裏手に作られたのが塔ノ峰エレタワー。
これができたおかげで、本来なら30〜40分かかる移動時間を5分に短縮できる様になったという。
────箱根は高低差が激しく、それらを迂回せず突き進む為のエレタワーやケーブルカー、ロープウェイなどが数多く存在しており、市民の足となっていた。
東京や時尾町(旧トキオ自治区)ではその類が一切存在しなかった為にちょっとしたカルチャーショックを受けたし違和感も凄まじかったが、やはりこういうものがあると、少し安心する。
…帰って来たな────と箒は思う。
そんな箒を見た店長が、麺を湯切りしながら呟いた。
「観光客は
自嘲めいた声。
それから察するに、仙石原旧市街地は観光客が回っていないことが伺える。
『────次のニュースです。30年前の相模隕石大震災で全壊した小田原城の復元工事が今日から始まりました。区の住民からは復興のシンボルになるとして期待されており────』
少し寂しそうに麺を湯切る音と、テレビからのニュース音声が店内にこだまする。
まぁ確かに、箱根の観光地と言えば、湯本や強羅の様な温泉街に、大涌谷みたいな自然見学スポット、仙央新市街地の商業施設などの方が観光客向けではあるかも知れない。
…実際、来る途中に乗った空港快速モノレールでも、途中駅の仙央────新市街中心部に位置するターミナル駅────で観光客が大勢下車していた。
けど、箒としては、面白くない。
「旧市街地もいっぱい見るとこあるのに…」
箒は不満気に言う。
旧市街地で育った箒からすれば、旧市街地の歴史ある寺社や美術館、自然公園に美味しい飲食店などが見られないのは面白くない。
まるで自分だけ、除け者にされたみたい。
そんな有識者の意見を聞こうと言わんばかりに、ナガトが口を挟んだ。
「ほう、例えば?」
「まず箱根湿生花園や仙石原湿原植生復元区。あそこはかつて仙石原にあった自然環境を限りなく正確に復元した場所です。環境省お墨付きの。他にも
箒は火蓋を切った様に熱弁し始める。
地元愛の強い彼女としては、新市街や温泉地以外にも見て欲しい箇所が多く、語り出したら止まらない。
「…────ので、市役所広報部にはもっと頑張って貰いたいです!」
「…なるほどな────では今度、市役所に意見書として提出したらどうだ?」
「そうします。何より、無頼さんのラーメン屋さんが載らないのが一番納得行きません。」
「いや結局ここに帰結するのかよ…」
…なんて、2人の一連の会話を聞いていた無頼店長が吹き出した。
「まぁ、急がば回れ────昼以降を期待して、気長に待つサ。」
なんて言いながら、無頼店長は唐揚げを油の中に入れていく。
────厨房の傍らには、泥と水で汚れた跡のある、家族写真がかけられていた。
…無頼店長は元々、旧小田原市に住んでいた人間だった。
…大破壊期の隕石落下で街は蒸発。
更にその後に発生した相模大震災とそれに伴う津波でご家族は亡くなった。
以降は仙石原地区に移住し、必死で震災を忘れようと無我夢中になってたら自力でラーメン屋を営める実力を身につけて、今日まで至るそうだ。
────つまるところ、あの写真は遺影だ。
隕石災害と地殻変動に呑まれた跡地から見つけ出した、たったひとつの、家族が居た証。
そんな感じで、店長は豪放磊落な人に見えて、その実は割と苦労人なのだ。
そも、苦労人でない人間など今の世にいるのだろうか、という疑問もあるが。
────大西洋や赤道、インド洋地域を中心に、世界中に1万を越える小惑星群が落ちた。
────地球上の核ミサイルを使い尽くした全面核戦争が起きた。
────地球上の地殻プレートが連動する大地震で大多数の国家や文明は崩壊した。
その他にも諸々の災害や紛争で、再構築戦争までの28年間に世界人口は40億人を切った。
そして再構築戦争でまた余計に人は死んで────今も世界人口は減少している。
だから苦労してない人間や家族を失ってない人間はもうどこにもいなくて────きっと織斑先生や高木さん達も苦労したんだろうな…なんて思っていると。
────ふと。
「失礼します────あ、無頼さん、新東箱警察ですー。」
「おん?おお、田中さんか。どした?」
制服警官────いわゆる『お巡りさん』が店の戸を開き、来店する。
────
箒やナガト、無頼も顔見知った警察官だった。
名前からして年配に思えるが、実はナガトより年下だ。
自分の名前がジジイ臭くて嫌だっていつもボヤいてたっけ。
「あー、市内放送聞いてたら知ってるかもしれないんですけど、明日の朝10時ごろに市内一斉避難訓練があるんで、その件でお伺いしました。」
「なんだ、今日夕方のビル格納訓練以外にもやんのか?」
それにナガトが反応すると、田中もナガトと箒の存在を認知する。
「おー八雲さんも居たのか、どうせ回るつもりだったからちょうどいい!明日の朝10時から、市内一斉避難訓練があるから、外出とかには気をつけてくれ!二次災害予防策として一時的にガスと電気も止まるからな。」
「ん。了解。」
「わざわざ済まねえな。この辺り全部回ってるのか?」
「ええ。商業施設や飲食店には多大な影響が出ますから、改めて説明して回らないと…」
余談だが、如何に新東京箱根市が奇怪な街とはいえ警察官の服装まで奇天烈…というわけではない。
新東京箱根市警察は警視庁の指揮下である為、全国の警察と同じ紺色の冬型制服に防刃ベストを羽織っている。
…違いがあるとすれば、ショットガンを背負っている点だろうか。
新東京箱根市はATLASのお膝元にある街である事も相まって、犯人の迅速な鎮圧を目的とした装備が配備されていた。
来店した田中巡査が装備しているレミントンM870ショットガンもそのひとつだ。
とはいえ、ショットガンは殺傷用ではなく、非殺傷型仕様銃。
銃規制の厳しい日本帝国の世論では、殺傷目的の銃配備が難しく、配備するにはゴム弾専用非殺傷仕様のショットガンが限界だったのだろう────最も、ゴム弾も威力はプロボクサーのパンチ並みだそうなので、当たりどころによっては死ぬそうだが。
それはともかく、避難訓練────という内容が箒は気になった。
先程テレビで流れていた中心街ビル群の地下格納点検試験といい、明日の避難訓練が火山ガス関連や大規模建築物・山岳火災でないことは確かだ。
火山ガス関連や火災での地下収容避難は硫化水素中毒による即死や一酸化炭素中毒に伴う窒息・中毒死を誘発させる。
なので地下にも収容する内容で行うのであれば、建築物はいじらない筈だ。
「…あの、今回の避難訓練って、想定してる災害はなんですか?」
「おう箒。今回はアレだな。天体衝突災害。」
天体衝突災害────読んで字の如く、宇宙空間から隕石が地上に落下してくる災害の事だ。
大破壊期以前はそんな災害が起きることなど想定されていなかった。
…単純に、地球に隕石が衝突するのはフィクションの世界だけ────天文学的確率でありえないと一蹴される程、可能性の低いものだったから。
何しろ衝突の確率は高くても3%弱、確定要素込みに計算すれば0.001%未満にまで低下すると言われていたそうだ。
確かにそんな時代なら頭の隅に置く必要もない。しかし現在は違う。
────大破壊により小惑星帯が地球の衛星軌道を覆った。その数4万2109個。
それにより、かつては0.001%の確率であるか無いか、と言われていた隕石衝突の確率は98.89%に跳ね上がった。
大雑把に言えば、毎年地球のどこかに隕石が落ちる様になった。
もはや扱いは台風や地震と同じ────更に発生箇所が限定されるそれらとは異なり、『地球のどこででも起こり得る種類の災害』なのだから余計にタチが悪い。
加えて、隕石の質量によっては衝突時の衝撃波が地殻変動────地震を引き起こす事もある。
そして場所によっては二次災害である地震が三次災害である津波災害を引き起こす事もある。
再構築戦争の前年に発生した東北沖天体衝突災害とそれによって発生した東日本大震災などが良い例だ。
…こちらは原子力災害という四次災害、それによる放射線被曝という五次災害まで着いて来たが。
その為、日本帝国の各自治体では、天体衝突、地震、津波はセットで起こるという前提で避難計画が行われる。
幸い、ここ箱根区は標高100〜760メートルに位置しており、津波は余程のものが来なければ到達しない。
しかし平地に位置する小田原区や南足柄区、真鶴区、湯河原区はそうも行かないし、ジオフロントこと山戸区なども危険極まる。
そうした観点から、市役所および東京都箱根支庁は多角的なオペレーションを求められていた。
「今回は房総半島沖に隕石が落下し、二次災害としてマグニチュード8.5の相模トラフ地震が発生。三次災害として波高15メートルの津波が沿岸部を直撃する想定で行うそうだ。」
隕石衝突自体はともかく地震と津波は関東大震災の推定被害をなぞる形。
なるほど、それくらいは備える必要があるだろう。
「じゃあ電車はもちろん…エレベーターも止まりますね。気をつけます。」
「そうしてくれ。では、次の店にもお伝えしないといけないので、本官はこれで────」
「お仕事頑張ってくださいね────」
箒はそう返すが、内心複雑だった。
…備えはある。
都市基盤ブロックで構成された免震構造の耐地震構造体。
津波観測時に展開され、熱海から三浦半島南部を経由して横須賀市まで相模湾をぐるりと取り囲む、高さ50メートルの相模湾津波防壁(多目的調整型耐爆防御構造物連結型シールド)。
いざとなれば平野地区市民や周辺自治体住民を箱根区と
それらを併せた独立型複合コロニーとして機能させ、3ヶ月は養えるだけの物質集積場と農場設備などの長期籠城施設群。
備えあれば憂いなし────で済んでいたものが、機能しなければいけなくなる事態だ。
…そしてこの間、人類間の武力衝突がないとも言い切れない。
────その為の、市内防衛施設群を正常稼働させる為の点検工事。
…それらが全て杞憂に終わる事がベストであり、そうなる為にも監視網を構築出来れば良いが、それも難しい。
…衛星軌道が小惑星帯に覆われている現在、人工衛星は機能していない。
その代替手段として採用されたのが、高高度プラットフォーム。別名・大気衛星、あるいは擬似衛星。
高高度の大気中で長期間稼働する、無人航空機の類だ。
従来の主翼揚力やヘリウムガスによる浮力や空力で飛ぶグライダー型に飛行船・気球型のものから、タキオンエンジンを蒸して反重力翼で強引に飛ぶ超巨大航空機型のものまで様々だが、カバーできる範囲は人工衛星より狭い。
なので各国はこれらの打ち上げに躍起になっている。
とりわけタキオンエンジン搭載反重力翼浮遊巡航型は特に。
…当然だが、アライズの運用ですら問題を抱えるタキオンエンジンを採用して危険がない訳がない。
現在、汚染濾過フィルターを搭載したタキオンエンジンを採用している国家は西側諸国に限定されている。
ほとんどの国家は汚染濾過フィルターの無い、タキオン粒子の汚染を垂れ流しにしているエンジンを採用している。
そして高高度プラットフォームの投入を各国が競っている現在、高高度プラットフォームの低コスト大量生産を目指すのは必然だ。
すると採用するタキオンエンジンも汚染濾過フィルターのないものが大多数になる。
────結果、現在進行形で空はタキオン粒子による汚染が進んでいる。
だが、この汚染源────高高度プラットフォームの情報が無ければ、GPSも機能しないし、大陸間通信だってままならないし、天体衝突災害の予測だって出来やしない。
────首を絞め上げて自殺するような未来が確約されていると知りながらも、文明を維持する為に、人類はこの汚染源を手放せない。
…空の汚染源と、衛星軌道の小惑星帯。
────
考えたことは何度もあるが、現実的な解決策に辿り着いたことは一度もない。
それでも箒は考えずにいられない────綺麗さっぱり無くなれば、行けるのだろうか?
成層圏のずっと、ずっと向こうに広がる────
…なんて考えていると。
「へい、塩バターコーン大盛りと唐揚げセット、お待ちどーさん!」
無頼店長の声と共に、塩バターラーメンが満たされたどんぶりがカウンターテーブルの上にゴトンッと置かれた。
その音と共に、先程の暗い雑念が消し飛ばされる。
「あ、ありがとうございます!」
思わず、礼を言ってどんぶりを受け取る。
────スープに溶けたバターと湯気を上げるラーメンはとても美味しそうだった。
なので冷えない内にと、割り箸を割って、舌が焼けるのも構わず箒は思いきりすすった。
「んん〜〜〜〜っ!!」
ちょうどよくコシのある麺が口の中に氾濫。
そのまま流れる様に、スープもぐいっと口に含めばもう舌は焼けるし、口の中は熱いのなんの。
しかし塩風味と溶けたバター、コーンが先程すすった麺と混じり合い、口の中に絶妙な味が満ち溢れる。
────これが堪らない。
「あーあーあー、そんないっぺんに食べたら舌火傷するって。もっとゆっくり…」
逃げやしないんだから、まァ伸びはするけど、とにかくゆっくり食べなさい。あと水も飲みなさい────と言わんばかりに呆れた様にナガトが声をかける。
その様子を見て無頼は『相変わらず過保護だなぁ…』と呆れながら笑う。
「子離れしないと苦労するぞ────ヘイ豚骨醤油特盛り、チャーハンセットお待ち!!」
────ナガトの前にもドンブリをどかっと提供する。
「無頼さん、ゆで卵も二つください。」
「あいよ~!」
ゆで卵の殻をさらりと取ってラーメンに乗せ、尚も美味しそうに食べ続ける箒を横目に見て。
呆れ半分、微笑ましさ半分といった顔を浮かべてナガトも思いっきりラーメンを啜った。
────久方のラーメンは、信じられないほど美味しかった。
◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆
午後16時34分
東京都第三帝都特別行政区(旧神奈川県箱根町)
新東京箱根市箱根区仙石原地区
────長安寺寺院墓地霊園
矢倉沢峠の麓、森林に囲まれた墓地。
少なくはない数の墓石が並んでおり、森に囲まれている為か周囲とはまるで別世界の様に思える場所。
自治体が東京都新東京箱根市に再編される前────14世紀の半ばに築かれた寺院墓地。
その中のひとつの墓石の前に、ナガトと箒は立っている。
────『篠ノ之家之墓』。
…墓石にはそう刻まれていた。
「暫くぶりだな、教授。」
ナガトが墓石目掛けて声にする。
それは篠ノ之家代々の先祖を祀っている家であり────箒の実父たる篠ノ之龍韻教授の眠る墓だった。
「…箒と最後に来たのは────年始めの時だったな。」
「はい、雪が降って寒かったのを覚えています。────帰り道でナガトが派手に足を滑らせたのも。」
「そ、そんな事は覚えて無くていい…。」
寺院墓地の入り口で借りたバケツに張った水道水。
それで持参した雑巾を適度に濡らすと、力強く絞り上げながらナガトと箒は軽口を交わす。
────けれど本当に、一緒に来る機会は滅多になかった。
ナガトが日本帝国陸上自衛隊外部派遣隊────いわゆる海外派遣部隊に配属されてからというもの、ナガトは国内外様々な場所に飛ばされていた。
なので、墓参りは、箒一人で行う事の方が多かったのだ。
「────死んじゃったら、ナガトも一緒に入ります?」
「イヤ無理だろ。俺身内じゃねぇし。あと俺神は信じてねぇが一応
なんて、お堅い事を言う。
…日本では八百万の神様もいるし、仏様もいるし、キリストの神様だっているんです。
それに神様を信じてないなら、尚更気にすることも無いでしょうに。
「うーん…ウチは曹洞宗の仏教徒ですけど…まぁ、良いんじゃないですかね?」
私も別に、そこまで戒律とか気にしてませんし────と付け加えながら箒は言う。
「んなテキトーな…てか、身内問題はどうする?」
「ナガトが婿入りしたら良いじゃないですか。私に。」
「…バカな事を言うんじゃない。」
────本気、なんですけど。私は。
そうして、2人は墓石の前に並び────ナガトは十字を切った後に手を握り締め、箒は手を合わせて念仏を唱えた。
…信じる信じないは別として、幼い頃から弔いの意を示す行為として刷り込まれたもの。
それ故に、2人の祈り方は違うものだった。
長安寺の門を潜った時、ふと、音がした。
音楽だ。
防災行政無線のスピーカーから、17時を告げる時報チャイムの燻んだ音楽が鳴る。
新東京箱根市ができる前、まだここが箱根町だった頃から続く風習。
曲は、交響曲第9番『新世界より』────聞き馴染んだものだ。
旧市街地では、児童の帰宅促進を目的として定時放送されており、この曲が鳴ると基本的に小中学生未満の児童は警察官による補導の対象となる。
────そういえば昔、ナガトの帰りが遅くて家を飛び出した時に、補導された事があったっけ。
「今更逃げたり、しないで下さいよ?」
だって私を引き取ったあの日から────
「────私、ナガト無しじゃ生きれなくなったんですから。」
────年相応の幼い顔で箒は笑った。
〜あとがき〜
◉ナガトと箒のナゼナニ劇場13
◾︎ナガト
「なんだかんだ久しぶり過ぎる。」
▫︎箒
「このコーナーも2年半ぶりですもんね…ところでナガト。
新東京箱根市についてまだ読者さん知らないと思うので今回はそれをしませんか?」
◾︎ナガト
「うむ。
新東京箱根市は、日本帝国の第三帝都として機能する分散首都だな。
元々は神奈川県にあった足柄下郡と小田原市・南足柄市の3町2市を統合した自治体。ただし行政上は東京都に属する。」
▫︎箒
「現実の箱根町は神奈川県なのに?」
◾︎ナガト
「ああ。冷戦期の旧ソ連の日本侵攻や核戦争や小惑星落下を想定して建設され───その過程で手続きを円滑にする為に東京都の飛び地となった。
市の地下には直径約5km、全5層構造の巨大地下要塞「ジオフロント」が広がり、軍事指揮施設、兵器開発拠点、地下避難所、長期籠城用の生命維持設備などが整備されている。
───これが分散首都に選ばれた理由だな。
再構築戦争時にはここに帝国防衛省や六大国家軍司令部が置かれて、最前線司令部になったりもした。
現在ではA.T.L.A.S.(アラスカ条約および地域治安部隊)日本事務局が置かれている。」
▫︎箒
「無頼さんとこの近くにあったフラックタワーとかもその名残りですね!」
◾︎ナガト
「ああ。
地上には温泉街に観光名所が広がる───のが現実世界の箱根だが、この世界はちょいと違う。
仙石原一帯は行政機関や高層ビル、商業施設が広がり、鉄道・路面電車・モノレール・空港などの交通網が都市を支えてる。
一方、市民の約3割が軍関係者とその軍属。
街全体が軍用車両や防衛施設を侍らせ日常風景にしている───そんなとこかな。」
▫︎箒
「もちろん旧箱根町の名残りもたくさんあります!箱根ロープウェイに彫刻の森美術館、あと仙石原すすき草原とか!!」
◾︎ナガト
「急に観光大使になったな…」
▫︎箒
「時にナガト、ドイツ人収容地区は何故出来たか、読者さんはご存知ないのでは?」
◾︎ナガト
「あー、そうだな…。
第2次世界大戦後、日本帝国がユダヤ人保護に乗り出していた事は、高木とお喋り娘が乗っ取った回(#09
その時アメリカ経由で日本に流れ着いたドイツ人難民も大勢いた。」
▫︎箒
「ふむふむ」
◾︎ナガト
「ただし、当時の日本はGHQ統治下。そして難民は当たり前だが皆敵国であるドイツ第3帝国からやって来た。
さて箒、質問だ。この中に工作員がいたら?」
▫︎箒
「え?いや、それは流石に───…でも、あり得なくもないかも…」
◾︎ナガト
「だろう?だからGHQは片っ端からドイツ人を
その収容区のひとつ、箱根ゲットーが仙石原にあった。だからドイツ系住民が多いんだ。」
▫︎箒
「せっかく逃げて来たのに…。
でも、それが今日の
◾︎ナガト
「そゆこと。
ゲットーの住民からしたら、現実世界でいうベルリンの壁崩壊クラスの喜びだったんじゃないか?」
▫︎箒
「ですね…。
ナガト、最後にひとつ、お題を言っても?」
◾︎ナガト
「おう。」
▫︎箒
「高高度プラットフォームとタキオン粒子汚染について。」
◾︎ナガト
「文明維持のために汚染源を手放せないっていう世界の根幹に関わる問題持って来たな…。」
▫︎箒
「でも大事な事ですよ!」
◾︎ナガト
「それはそう。
…本編でも触れた通り、地球の衛星軌道は現在砕けた小惑星の破片が形成したアステロイドベルトによって封鎖されている。
結論からいうと、国際宇宙ステーションや人工衛星は全滅した。」
▫︎箒
「その代わりが高高度航空プラットフォーム…と。」
◾︎ナガト
「そうだ。
種類や形状に動力こそ多種多様だが、基本的にはタキオン融合炉型が多い。
そういうのが
▫︎箒
「どうしてですか?太陽光発電やヘリウム型もありますが…」
◾︎ナガト
「寿命が短い。
確かに太陽光発電は理論上半永久的に動く。だがそれは宇宙空間で稼働してる前提だ。
カーマンラインの高度である熱圏では大気の密度が低くても、機材の材質や飛行時間、速度、太陽活動などの条件によって劣化が起こり得る。」
▫︎箒
「…例えば?」
◾︎ナガト
「原子状酸素による塗膜の侵食、樹脂部品の劣化、光学センサーの性能低下。
密度が低いとはいえ一応大気がある中を飛行するから酸化だけでなく、空力加熱や熱応力が支配的な問題になり得る。
更に外装コーティングの交換、センサー窓の点検、断熱材の交換なども運用上の負担になる。」
▫︎箒
「なるほど…」
◾︎ナガト
「対して、タキオン融合炉型は反重力力場翼や流体制御が可能…つまりは、プラットフォーム周辺に擬似的な宇宙空間を形成できる。
もちろん、それで問題が解決する訳じゃないが寿命は延びる。」
▫︎箒
「動力源については分かりました。でも、大気汚染が深刻化する原因は他にもあるでしょう?」
◾︎ナガト
「じゃあ箒、返す刀で悪いが現実世界で現在稼働中の人工衛星は幾つある?」
▫︎箒
「えーと……チャッ◯ー、幾つですか?」
◾︎ナガト
「ダッ、てめぇカンニングは無しだ!!」
▫︎箒
「カンニングじゃありません!時間短縮の効率化です!あ、アクティブ状態からデブリ状態のものも含めて約1万1700〜1万8000機以上ですね。」
◾︎ナガト
「…うん、まぁそうだ。
さて、高度160〜2000kmでこれなんだ。
…高度100kmで地球全域をカバーしようとすれば、理論上の最低数約130機。実用ネットワークの目安は数百〜数千機必要になる。
もちろんこれは重複カバー、信号配置、障害時の予備を含む概念設計がされている前提だ。」
▫︎箒
「つまり───衛星依存を脱却するには…」
◾︎ナガト
「衛星依存を極限まで減らす戦略網だと、5000〜2万機以上必要だな。
最も大規模な冗長化、軍民分離、専用センサー網、地域別の通信容量確保まで目指す構成でいっても、この機数があれば衛星の全機能を代替できるというワケじゃない。
だから───もっと必要になる。」
▫︎箒
「…どれだけありましたっけ…?」
◾︎ナガト
「全長900m〜1.5km・翼幅4km〜6kmの全翼機型が予備機込みで3万6000機───追加で、4万5000機に増やす予定だ。」
▫︎箒
「…もちろん、全部…」
◾︎ナガト
「ああ。動力はタキオン融合炉だ。
しかも通信インフラ確立とコスト削減の為に安かろう悪かろうのタキオン粒子垂れ流し型。いや、そりゃあ大気汚染進むよな───笑えんよ。全く。」
▫︎箒
「……今日はここまでにしましょうか。」
◾︎ナガト
「ああ、じゃあ纏めて〆ちまおう。」
▫︎箒
「はい!
①新東京箱根市は日本帝国の分散首都かつA.T.L.A.S.日本事務局のある要塞都市。
②ドイツ系が多いのは箱根
③大気汚染の原因たる高高度航空プラットフォームは重要な基幹インフラ。
…と言ったところでしょうか。」
◾︎ナガト
「うん、そんなとこだな。次回は雪子さん出てくるかもな。」
▫︎箒
「はやくも篠ノ之神社ですか!?ではまた次回もよろしくお願い申し上げます!!」