サキュバスが侵食する世界で、俺は家畜の運命から抗う。   作:

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おねだりサキュバス

 目の前の地面で1人の美少女が地面に転がり、呻き声をあげている。

 

 これが普通の少女であれば、俺は即座に手を差し伸べ、イカした台詞の一つや二つと共にお姫様抱っこでもしていただろう。

 

 しかしこの少女は、人類の宿敵“サキュバス”である。

 よって、その可愛らしい容姿と裏腹に、俺の脳内ではしきりに警戒信号が鳴り響いていた。

 

 ――コイツは『捕食者』であり、お前は『被食者』。蛇に睨まれた蛙なのだと。そう告げられている。

 

 気がつけば、さっき少女を抱き込んだ腕。そこに少女の汗が僅かに付着しているのを感じた。

 

 “魅了(チャーム)”――夢魔の体液には、人間を発情させる作用がある。

 

 まずい――と思った時には、既に身体が熱くなり始めていた。

 目の前の光景がゆらゆらと歪む。少女が眩く輝いて見える。俺は情欲に突き動かされ、身体が理性を突き放して少女に近づく。

 

「あ、あのー……すみません」

 

 その時、少女が口を開いた。少し上気した、脳内に直接響くような声。

 

「なんだ?」

 

 冷静に言葉を返しながら、俺は手を伸ばす。勿論、彼女の豊満な胸へ。

 

「あ、あはは……実は私、魔力切れで。起き上がれないんです……」

 

「そうか。なら俺が介抱して――」

 

 伸ばした手が、胸まであと3センチという所で――。

 

「ッ!?」

 

 ようやく理性が戻った。手を引き、瞬時に腕全体を服で拭う。

 

(危……ッぶねえ!!)

 

 危うく生身で夢魔に触れるところだった。『魅了』され、『虜』にされたら一巻の終わりだ。

 

「??」

 

 当の本人は、俺の挙動を見て、キョトンと首を傾げている。

 

「あの、どうかしました?」

 

「いや、別に……」

 

 言いながら距離を取る。彼女から恐る恐る、遠ざかるように。

 起き上がれない演技をされている可能性は否めない。触れられた時点で終わりな俺は、彼女に近づくべきではない。むしろ今すぐ逃げるべきだ。

 

 視線は外さず、後ろ歩きをするように。少しずつ慎重に距離を離す。

 少女が表情を焦りに歪めながら口を開いた。

 

「あの……もしかして、なんですけど。私、置いていかれる感じですか?」

 

「……」

 

「あの……私動けないんです。このままだと本当に死んじゃいます……」

 

「……」

 

「なっ、何か言ってくださいよぉ! 私すっごいピンチなんですって!」

 

「……」

 

「あ゛ーーー! 行かないでーーっ! 一生のお願いだから助けてくださいよぉーーー! 何でもしますからぁーーー!」

 

 ……なんか、思ってたのと違うというか……ポンコツ感がすごい。演技とかって訳でもなく、単純に困ってるだけのような気がしてきた。

 

 こうなると、途端に罪悪感が湧いてくる。人類の敵だし、放っておいても問題ない気はするが……。

 

 俺が再度少女に近づき始めると、パァっと表情を明るくする夢魔。それからハッとした表情、ツーンとそっぽを向いて、

 

「意地悪です……もう」

 

 宿敵に親切な人間など居るわけないだろと突っ込みたくなる。蚊に喜んで血を吸わせてやる人間なんて居ない。

 

「で……助けるって何をどうすればいい?」

 

「出来れば……せ、精液をお分け頂けると……」

 

 ゴマをすりすり。手を揉み揉みしながら言う夢魔。

 

「却下」

 

「ですよねぇ……。私、欲張りすぎちゃいました。えへへ」

 

 ちょこんと舌を出して、悪戯がバレたような表情で笑う。

 可愛い……が、コイツは敵だ。雑念を払うように首を振る。

 

「んー……じゃあ、唾液とか、汗とか……でいいので、下さい。お願いします……」

 

 横たわったまま、ペコりと頭を下げる。

 それはそれでなんかアレだが……。しかし、夢魔の魔力回復手段って本当に体液なんだな……。

 

「断っといて何だが、夢魔って精液じゃなくても魔力補給が出来るのか?」

 

「ええ、まあ。生存維持や空を飛ぶくらいの分なら問題ないです。さすがに魔法使ったりって時は精液じゃないと駄目ですけど。えっと……もしかして、くれるんです?」

 

 ワクワクと目を輝かせる夢魔。

 

「いや、無理」

 

「がーん……」

 

 項垂れる夢魔。いや普通に無理だろ。

 というか、下手にそんなのあげて完全復活とかされたら、確実に連れ去られてしまう。そして牧場でジ・エンドだ。

 

「では……唾液でいいので。下さい……お願いします」

 

 見た目女子中学生から言われると生々しいな……。犯罪臭がする。

 というか、よく良く考えたら、コイツに俺が何してあげてもメリットが全くない気がしてきた。むしろリスクでしかない。

 

「なあそれ、対価はあるのか? 俺がお前を助けるメリット」

 

「え゛。対価……ですか? ……えとえと、ちゅーとかします?」

 

 ――するわけあるかッ!

 

「……いや、それ以外で。身体とかじゃなくてさ……もっとこう、実用的な」

 

「うーん……」 

 

 考え込む夢魔。

 そういや、よく考えたらコイツは今回の夢魔による東京襲撃グループの一人なんだよな。ならその情報を知っているはず。

  

「なら幾つか質問させてくれ」

 

「あっ。それなら大歓迎ですよ! 全然!」

 

 なぜだか嬉しそうな少女に気圧されつつ。俺は思考をめぐらせてから口を開く。

 

「じゃあまず一つ目。今回なんで東京にお前がいるんだ?」

 

「そんなの簡単ですよ。取り分が無くなっちゃったからです」

 

「ん……取り分?」

 

「はい。私たち新人の夢魔なんですけど、先輩たちったら精液とか独り占めしちゃうんですよぉ……。お陰で私たちには全然回ってこなくて……はぁ」

 

 よく分からんが、新人いびりに合っていたらしい。夢魔社会も結構大変なんだな。

 

「それで、米国から日本に来た、と?」

 

「あめりか? が何だか知りませんが、多分その通りです!」

 

 寝転がったまま、グーサインをしてキッパリ言う夢魔。

 

 なんて間抜けな理屈なんだ……。そういやさっきから軍用ヘリの戦闘音とかが全くしないなと思ってたが。もしや、大した襲撃では無いのでは?

 

「……じゃあ、二つ目。日本に来たお前の仲間は何人?」

 

「私が知ってるのは……三人だけです! でも二人は怖がって途中で帰っちゃいました」

 

「……」

 

「私も一人じゃ寂しいので、帰ろうとしたんですけど……この様で、はい。……えへへ」

 

 もう何も言うまい。俺の想像以上に日本は平和だった。流石はオタクの国だ。帝国万歳。

 

「オーケー分かった。魔力ならやるからさっさと母国に帰りなさい。帰り道は気をつけてな」

 

「はい勿論です! イエッサー!」

 

 元気よくビシッと敬礼する夢魔。

 

 しっかし。体液をやるといっても、一体どうすれば……。触れれば『虜状態』になってしまうし、近づいただけでも匂いでもうアウトだ。

 

 考える中、突然ビクッと夢魔が身体を震わせた。

 

「ん? どうした?」

 

「あ、あ……の……」

 

 俺を見る表情がボッと瞬時に赤くなる。そしてだらりと表情筋が垂れ下がる。視線がギラギラと強烈な鋭さを持った。

 

「え、えへへ〜……。男の人だぁ、かっこいー。ねえねえ、リリとちゅーしよー?」

 

 そこで俺は、もう一つの夢魔の特性を思い出していた。

 

 “性衝動”――魔力が尽きかける末期となると、性衝動と呼ばれる強制発情状態に陥り理性を失う。そして、魔力が完全に尽きた場合、死に至る。

 

 バッと最後の力を振り絞るように飛びついてくる夢魔リリ。

 

 不意をつかれた俺は――左足を夢魔に抱きつかれてしまった。

 

 再度、先程のような内側から強烈な熱が込み上げてくる。

 視界が歪み、理性が手放される。情欲が身体を隅々まで支配していく。

 

(まずい……コイツが発情してる状況で俺まで『虜』になったら……)

 

 『性衝動』状態の夢魔と『魅了』状態になった俺。最悪の二人がこの場に揃ってしまった。

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