サキュバスが侵食する世界で、俺は家畜の運命から抗う。   作:

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めろめろサキュバス

 バッと最後の力を振り絞るように飛びついてくる夢魔リリ。

 不意をつかれた俺は――左足を夢魔に抱きつかれてしまった。

 

「うーん。すりすりー」

 

 マタタビを前にした猫のような表情で、上機嫌に俺のズボンに頬を擦り付ける少女。

 

(しまった……!)

 

 不意を突かれ、接触を許してしまった。

 生身では無いとはいえ、夢魔の『魅了』はたった一枚の制服生地では防ぎきれるものではない。

 

「――ッ!?」

 

 再度、先程のように内側から強烈な熱が込み上げてくる。

 視界が歪み、理性が手放される。情欲が身体を隅々まで支配していく。

 

(まずい……コイツが発情してる状況で俺まで『虜』になったら……)

 

 確実に取り返しのつかないラインを超えてしまう。

 

 拉致・監禁から『人間牧場』へ出荷され、家畜として毎日精を搾り取られる一生が簡単に予測できた。

 

(――そんな未来など、断じて許容できない)

 

 しかし『魅了』の影響か、気がつけば、俺の視線は足元の少女へと向けられていた。

 少女もそれに気づいて、上目遣いに俺を見上げる。交錯する視線。

 

 鬱蒼とした森の中。互いの荒げた呼吸音が静寂の中で響く。

 

 足元の少女は顔色を紅潮させ、瞳の奥に強い情欲を滾らせている――誰から見ても、完全に発情した表情。だが俺も彼女と全く同じ表情をしているだろう。

 

 数秒視線がかち合うだけで、まるで老年夫婦のように互いの心の内が理解出来た。

 

 ――今すぐにでも“お前が欲しい”と。

 

 寸分違わず一致した思考。

 次の瞬間、同時に察知する。

 

 互いの欲望を叶える方法が一つある――と。

 

 少女は俺の左足を抱えるように回していた腕を解くと立ち上がり、火照った顔で俺を真っ直ぐに見つめた。身長差は頭1.5個分程。

 

 さっきよりも大分縮まった距離。クラクラするような甘い香りが少女から漂ってくる。情欲が身体の奥深くでグツグツと煮だって、もはや理性は一欠片程しか残っていない。

 

 少女が潤んだ目で俺を見て、期待するような表情をしてから、ゆっくりと瞳を閉じた。

 

 俺の眼球はその仕草をしっかりと捉えていて――情欲に抗うことなど、出来るはずがなかった。

 強制的に少女へと近づけられる俺の肉体。もはや制止は不可能。

 

 こうなったら、止むを得まい……。ならせめて――この状況を最大限利用させてもらう……!!

  

「――ッ!」

 

「あ……んむっ」

 

 決死の覚悟と共に――夢魔の頭部を抱き寄せ、その艶やかな唇に顔を寄せた。

 接触は一瞬。唾液を送り込むとすぐに唇を剥がす。

 

「ぷはっ……んんんんんッ!?」

 

 目を輝かせ、恍惚とした表情を浮かべる少女を尻目に、俺は頭をガツンと金槌で打たれるかのような強烈な快感に襲われていた。額を抑えながらよろめく。

 

 聞いた話によれば、『魔力』を摂取した夢魔は強烈な快感を得るらしい。そしてそれは『魔力』を奪われる者も同義。

 

 ――そして。

 

 その後に来るのは――さっきまでとは比べ物にならない程の『魅力』。

 

 思考を通り越して脳内中枢にガツンと激情が伝達される。血液がマグマのように熱く、全身を駆け巡っているのが分かった。

 

「あれ……。私、今まで何をして……?」

 

 夢魔の雰囲気が平常時に戻った。

 どうやら目論見通り、彼女を『性衝動』状態から解放することには成功したらしい。……だが、俺はダメだ。

 

 ――『魅了』は、完全に超えては行けない一線を超えてしまっている。

 

「あ……。そっか私、初めて男の人とちゅーしちゃったんだ……」

 

 顔を微かに紅潮させて、感慨深く何かを口にする夢魔。

 そんな彼女に俺はゆっくりと近づいていく。

 

「……」

 

 もはや目の前の少女のことしか考えられない。

 視界だけでなく脳が虚ろになり、思考が分断される。

 

(あれ……今俺、一体何して……)

 

 数秒経って、ようやく自身の身体が勝手に動いているのに気づいた。

 しかし俺は、まるでテレビ画面でも見ているかのようにじっと他人事のように傍観している。いや……この朦朧とした思考ではそうする他ない。

 

 理性から解放された、燃え盛る情欲に突き動かされる肉体が、今度こそ目の前の少女を蹂躙しようと手を伸ばし――。

 

「あれ、何してるのお兄さん?……って。ダメーーーーっ!」

 

 バチンと強烈なビンタ。真横に勢いよく吹っ飛ばされる俺。

 

「もうっ。いきなりふしだらはダメだよ? 私にも、心の準備とか……あるんだから……」

 

 紅く染った両頬を抑えながら、俺をチラチラと見る少女。

 

 制御不能だった俺の行動は――間一髪、夢魔自身の手で制止されていた。

 

 助かった……。

 危機回避への安堵に思わず身体が脱力し、その場にへたり込む。

 

 しかし、未だに俺の情欲は収まりそうもない。

 こうしてる間にも、理性が簡単に吹き飛びそうだ。

 

 真夏にシャトルランをした後のような荒々しい呼吸と大量の汗が止まらない。視線は決して少女から離すことが出来ず――目まぐるしく彼女の全身へ。

 

「ねぇ……そんなに、したいの?」

 

 そんな俺の様子を見て、何を勘違いしたのか。夢魔が恐る恐る、上目遣いに聞いてくる。

 

 ――違う。俺はしたくない!

 

 叫んで否定しようとしても、俺の口元は動かない。ただ情け無さげな呻き声を漏らすだけだ――彼女に熱を持った視線を向けて。

 

「そっか……。えへへ。なんだか嬉しいな」

 

 小さく笑って、ゆっくりと俺に近づいてくる夢魔。

 

 やめろ。俺に近づくな。違う。これは『魅了』のせいなんだ。

 これ以上近づかれれば、また、俺の理性が――。

  

「初めてだから……優しく、してね?」

 

『性衝動』でもないのに発情して紅潮している彼女の表情。情欲に燃える瞳の奥。

 

 誰もが見惚れる美少女のそんな視線が、全て俺一人に向けられている。

 

 ――もう、限界だった。

 

「――ッ!」

 

 バッと飛び上がるように身を起こした俺は、今度こそ目の前の少女の身体を思うままに蹂躙しようと――。

 

「っ! やっぱりふしだらはダメーーーーっ!!」

 

 夢魔の両手が、俺の胸を大砲のように、思いっきり突き放した。

 

 ドゴッと鈍い衝撃。俺の体は漫画みたいに吹っ飛ばされる。十数メートル後方にある太い木の幹に背中を思いっきり衝突させて、地面に落ちた。

 

 段々と暗くなっていく意識。対照的に戻ってくる理性。

 

(そうか……『魅了』は心的衝撃で解除できるのか……)

 

 けど、今更の話だ。

 視界が完全に闇に閉ざされる。俺は自身の終末を悟った。

 

「あわわわ……。や、やっちゃった!? どうしよう!? ……とっ、取り敢えず……!」

 

 ひょいと背負われる感覚。

 クソ……これで俺も牧場行き……家畜の仲間入りか。

  

「――私のお家に連れていけば、何とかなるよね……」

  

 ……ん?

 

(今コイツ何て……)

 

 バサッと小さな羽音を立てて真っ青な空へと飛び立つ俺の体。

 

 しかしそれ以上の思考は強制的に中断される。俺の意識はピシャリとそこで幕を閉じた。

 


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