アヤベside
「アヤベさん明日オフでしたよね?よかったら一緒にショッピングに行きませんか♪」
就寝の準備を進めている最中にカレンさんがふとそんなことを尋ねてきた。
どこから聞き付けて来たのだろうかと思ったが大方トレーナーだろう…あの人ったら同室とはいえ他人にプライベートをべらべらと…
だが、明日は休みを利用して自主トレに励むつもりだ、残念だが断らせてもらおう…
「残念だけど明日は…っ…!?……ああっ!ぜひ行かせてくれ!!」
「そんなこと言わずにおねがいしま…えっ?…」
「誘ってもらえてとても嬉しい!すごく楽しみだ!」
「…あ…えと…は、はい♪喜んで貰えて良かったです♪」
一瞬の違和感を感じた後に私は思ってもいないことを口に出していた。
こんなことするのは…できるのは彼しか居ない…
まったくもう…
「…っ!…ごめんなさい、少し席を外すわ…」
「は~い、明日楽しみにしてますね♪」
言質を取ることができたのである程度浮かれているであろうことが伺えるその言葉を無視して私は部屋を出てある程度の距離を取り、周りに人がいないことを確認すると…
自身の身体に潜むもうひとりの存在をはじき出した。
「あいたたっ…!なにするんだアヤベ…あだっ!?」
「何を勝手なことをしているの…?(ぐりぐり)」
倒れ込んだ彼を踏付けにしながら私は当然の疑問を投げ掛ける。少々手荒な気もするがそれほど今の私は虫の居所が悪いということを理解してほしい。
「よいしょ…っと…だってアヤベはいつもあの子の誘いを断ってる…あまり無碍にするのはかわいそうだ!」
脚をどけた途端にすぐ立ち上がって質問に答えるデネブ。
その答えは予想通り彼のお節介な性格をよく表すようなものだった。
「私も何度かは応じてるつもりだけど…」
「それでも少なすぎる!それにあんなに頻繁に誘うのは、きっとアヤベともっと仲良くなりたいと思ってるからだと思うんだ!」
こうなったら梃子でも動かないのが彼だ。
大人しくカレンさんとショッピングに行くほかはないだろうが、その前にどうしても払拭しておきたい懸念事項がある…
「行くとしても貴方はどうするの?ついてくる?」
「いや…オレが一緒にいるときっと邪魔になる!二人っきりで楽しんできてくれ!」
そう…
これがなかなか誘いに乗ることができないもう一つの要因…
彼は私と友人が出かける際にはいつもとは違い同行しようとしないのだ。紳士的な行動ではあるのでそこは私も評価しているがそうなると必然的に彼はここでお留守番をしなければならない。だが…
「貴方、それで私とカレンさんがでかけてる時に騒ぎになりかけたのを忘れたの?」
「うぅ…それは…」
実は彼は一度やらかしている。不在が確認されているはずの私ととカレンさんの部屋からなにか物音がするという報告を受け、不審者の侵入を懸念したフジ寮長が中を調べようとしたことがあるのだ。デネブが言うには留守番中に手持ち無沙汰で掃除を行なっていたらしい。いち早く戻ることができた私は迷い込んだ猫を保護していたという言い訳をして彼の存在を隠すことに成功したがその代わりに私は軽くお説教を受けることになった…
「今度こそ大丈夫だ!もう絶対に問題は起こさない!約束する!」
「…カレンさんとのショッピングなんだから多分一日中動くことになる…今度こそ心配はいらないのね?」
「ああ!約束は破らない!」
…ひとまず信用しておこう。
彼に苦労をかけられることはあっても約束を破ったことは一度もないから…
でも一応釘は刺しておく。
「もし破ったらお説教…肝に銘じておいて…」
「了解!」
威勢の良い返事だけれど、本当にわかっているのかしら…
まったく彼のお節介な性格には手を焼かされる…
そのせいであんな噂が流れているっていうのに…
カレンside
「あ〜びっくりしたぁ…」
アヤベさんが退室した瞬間思わず声が漏れる。思わず素のカレンが表に出てきそうになっちゃった…
あれが噂のアヤベさんの変心癖…実際に目の当たりにするのはこれが初めて…
私と同室のウマ娘であるアドマイヤベガさんには変な噂がある。なんでも他者からのお誘いは基本的に断るアヤベさんが時折人が変わったように了承するときがあるというもので、深窓の麗人という言葉にぴったりなほど美しく儚げでクールな彼女が突然人懐っこい笑顔を向けながら自分のお誘いを嬉しそうに了承する姿を見た者は皆、そのギャップに心がズキュンドキュン走り出してしまうらしい…
だけどそれを初めて目にしたことで私が感じたのは少しの違和感…
まるで目の前で話す人が厳密に言えばその人じゃないみたいな感覚…あれは心変わりしていると言うより…
「二重人格…」
そう…言葉にするならそれが一番しっくりくる。
そうじゃないなら突然振る舞いが明るくなることの説明がつかない。それによくよく聞けば口調も変化していたような気もするしなんだか見た目もほんの少し変わったような…?
もしかしたらその二重人格は彼女の『秘密』に関係している?
彼女に隠し通したい秘密が存在することはなんとなく察しがついていた。
前にカレンと出掛けたときに突然、
「私は先に戻るわ…」
と言って足早に寮に帰ってしまったことがあったし、猫を保護したなんて嘘を付いてわざわざお説教を受けていた。あの奇怪な行動には一体どんな意味が…
もし関係があるとしたら彼女が抱える秘密とは…
「…はっ!ダメダメ!こんなこと考えちゃ…」
他人の…それも自分と同室の大切な友人の秘密を詮索するなんてそんなのカワイクない…やってはいけないことのはず。
そんなことよりも明日のことを考えなきゃ…久しぶりに二人で出掛けられるのだから最大限にかわいくしないと…
翌日…
デネブside
「うぅん…」
暇だ、とてつもなく暇だ。
アヤベには友達とのお出かけを最大限楽しんでほしい、その思いで同行を断ってきたが如何せんやることがなくて困ってしまう。掃除などして物音を立ててしまえばそれこそ前回の二の舞いになってしまうので下手に動くこともできない。
どうしたものかと頭を悩ませていると…
ヴヴヴヴヴ…
「うわぁっ…!?」
アヤベの机の方からなにかものが震えるような音が聞こえた。できるだけ音を立てないように注意を払っていたのでびっくりしてしまった…
音の正体は机の上に置いてあったからすぐに分かった。どうやら携帯電話のようだ、確かスマホという名前だったはず…
「もしかしてアヤベの忘れ物か…?どうしよう!早く届けないと!」
慌てて拾い上げた際にふと画面を見てみるとそこには意外な名前が表示されていた。
「…【アドマイヤベガ】…アヤベから?」
どうやらこのスマホに電話を掛けているのはアヤベのようだが一体どういうことなのだろう?このスマホはアヤベのものではないのか?
とりあえず電話を取ってみる。
「も、もしもし?」
『…よかった、ちゃんと扱えるみたいね…』
「アヤベ…驚いた…てっきり忘れ物したのかと…」
『心配しなくても平気…そのスマホはレース関係用のものだから普段使いのものはちゃんと持ってきてるわ…』
どうやら2つ持つうちの1つだったようだ。しかしこれを使ってわざわざ自分に連絡を取ったのは何か理由があるのだろうか?
『それは動画を見るとか本を読むとかも出来るようにしてるから、ある程度暇をつぶせると思う…』
どうやら自分が暇を持て余すことをアヤベも考えついていたらしい…
それでこのスマホを残してくれていたようだ。
「オレのことも考えてくれてたのか!ありがとうアヤベ!」
『別に…貴方が我慢できずに同じ失敗しないか不安だっただけ…』
結局のところ自分のことを考えてくれてたことには変わりないので重ねて感謝を告げたのを最後に通話を終えた。
さて、せっかくの心遣いを無碍にするわけにはいかない…これを使ってなにか面白い暇つぶしをしようと思案する。
だがここで重大な問題が発覚する。
「使い方が…分からない…」
自分の携帯の使用経験など侑斗のガラケーくらいしかないのを失念していた。
先程電話を取った時は画面の表示と勘を信じた当てずっぽうでなんとかなったが動画や本を見るためにどんなことをすればいいのかさっぱりだ…どうしたものかと頭を捻っているとスマホがまた突然震えだした。
何事かと画面を見るとどうやらトレーナーからの連絡が届いたようだった。表示をタッチすると連絡内容が映し出される。
[休み明けのトレーニング内容をまとめておいた、時間がある時に確認してくれ]
[トレーニング資料.pdf]
どうやら競走の練習に関するものだったらしい。
そういえば自分はアヤベのトレーナーのことをあまり深くは知らない。単純に接する機会がなかったのもある、というのも普段デネブはアヤベの身体に潜んで同行しているのだが、トレーナーの前では常に気を張り詰めていてデネブが表に出ることができなかったのだ。
なんでも…
「貴方とトレーナーが話したらろくなことにならないわ…」
ということらしい。
「でも…アヤベがいつもお世話になってる…挨拶に行かないのは失礼だ…」
しかしアヤベとの約束も破るわけにはいかない…仕方ない、自分の存在を悟られない様に陰ながら何か手伝える手段を探そう。
彼のことを観察すれば何か手助けすることが見つかるかもしれない。
思い立ったが吉日、変装用の御当地Tシャツとお面(キャロットマン)を身に着け…
いざ!アヤベのトレーナーお忍び手助け作戦開始だ!
アヤベside
(また変なことをしていないといいけど…)
「アヤベさ〜ん♪これ見てくださ〜い♪」
「(心配しすぎね…)ええ、今行くわ…」
つづく…