ワルシャワ駐屯地において我々wZERO部隊に与えられた区画はかなり外れにあり、更に狭い。男性3人女性3人で合計2部屋しか与えられていない為、同室にレイラがいることになる。元々狭い空間で三人で寝ようと思うと、私とレイラの間に挟まれるアヤノは『狭い!!そして!!とてつもなく!!暑苦しい!!』と不満を訴えていた。どんな時でも待遇改善は大事よね。まぁ、きっとそれが叶うことはないと思うけれど…
「ねぇ、レイラ」
「なんですか?マーヤ」
私はレイラと並んでスクワットをしつつ、レイラに話し掛ける。
「来ないわね、迎え」
「はい…。スマイラス将軍は送ってくれると言っていたのですが…。毎日司令部に確認もしてもらっていますし…」
スロニムでの戦いを終えた私達wZERO部隊は現在ヴァイスヴォルフ城に帰れないでいる。1ヶ月前『明後日には迎えが来る』と言われたのだが、一向にその迎えは来なかった。因みに、その気になれば私は単独で走って帰れはするのだが、ここで単独行動をするのはスパイを疑われる可能性があるのでそれは控えている。
結局、来るはずの迎えが来ないまま時だけが過ぎていく。良い機会なのでレイラと組み手をしたりして毎日を過ごしているがやはりレイラは守りが主体らしいし、組み手で全力を出すわけにもいかないので鈍っていないか心配になる。
「私は早くこんなところ出て行きたい…!」
こんな扱いに憤慨するアヤノの意見は尤もだ。そんな私たちの近くにE.U.の兵士達が歩いてきた
「ひっ…筋肉女だ…迂回しようぜ…」
「お、おう…」
…。
「駐屯地の外にバザーがあるみたいです。駐屯地でいつまでもこうきているより少しバザーを見に行きませんか?」
バザーね…ダンベルとかも売ってるのかな?
そんな訳でバザーにやってきた私達だが、アヤノから致命的な質問が飛び出てきた。
「バザーに来ても私達お金持ってないけど…」
…私も持ってない。どうしよう、私が美少女であることにかこつけて『身体で払え』などと言ってきたら…。
「安心してください。私のIDにはクレジット機能があります」
『因みにル…マッスルガイ卿が手配した偽造IDにもクレジット機能はあるよ。10万ユーロ入ってるから自由に使ってくれってさ』
…そうだったのか、IDって便利なのね…。因みにレイラのは100万ユーロらしい。中佐は伊達ではないと言うことかな。
ユキヤは可愛らしいクッションを買って貰ったらしく腕に抱えていた。アヤノは服を、リョウは七人の小人の空間のを買おうとしているようで値切り交渉をしていた…服は良いとしてリョウはそれを何に使うの…?しかし自分のお金ではないものの値切りはするところを見るに結構根は悪い奴ではないのがわかる。この1ヶ月、ワルシャワ駐屯地にて物理的にも心理的にも肩身の狭い思いをしたからか、wZERO部隊は比較的結束が深まったように感じる。…だが私はスパイなのだ…こんなふうに信頼を寄せてくれるレイラ達を最後には裏切らなければならない。
ふと、どの服がいいか迷っているレイラとアヤノの近くで突っ立っている日向中尉を見つけた。
「日向中尉は何か買わないんですか?」
「…必要ない。」
ふむ、あまり物欲は無いタイプらしい。
『…可哀想に』
「…えっ?」
「…はっ?」
どこからかお婆さんの声が聞こえた気がする。
『…可哀想に』
まただ。一体どこから…。
「えー!おかしいよ!壊れてんじゃ無いのそれ!」
服を買おうとしたアヤノのそんな声にレイラ達の方を確認すると何かトラブルがあったらしい。
「この前点検したばかりだよ。兎に角…服が欲しけりゃ現金持ってきな!」
「どうなってるんだ…?」
首を傾げたリョウにレイラも答えられなかった。流石に使い切ったなんて事はないだろうし…。私が建て替えることも考えたが、レイラの物と違いこちらは偽造ID…仮にレイラのように何かトラブルがあった時に調べられたらまずい…ここは大人しくしておこう。
仕方が無いので駐屯地に帰ろうとした時、再度トラブルが起こる。
『コードエラー…登録情報がありませんねぇ、そのIDでは入力出来ません。』
「私たちが出ていく時は確認できたじゃ無いですか!それにこの筋肉!見間違うはずは有りません」
私とレイラが同時にサイドチェストを決めるが、画面の向こうの男はどこ吹く風という様子だ。
『一般民間人は広報部を通して下さい。』
結局、私達は金も無く…まぁ、私の偽造IDにはまだ5万ユーロほど残っているが…駐屯地に入れず…バザーの片隅で路頭に迷うことになった。とりあえず私は先程買った重りを抱えつつスクワットをしている。
「可哀想に…呪われた子だ」
突如お婆さんが現れ、日向中尉の腕を掴んでそう言った。
「…離せ」
「可哀想に、こんなにも呪われてしもうて…その呪いを解いてあげよう…」
日向中尉に呪い…?呪いと言われるとどちらかと言うと筋肉がつかない体のユキヤの方だと思うが…
「ッ!離せ!!」
「!レイラ、これ持ってて」
重りをレイラに投げ渡し、お婆さんの背後に回り込む。瞬間、日向中尉が強く払い退けた事でお婆さんは突き飛ばされそうになるが私が受け止める事で転倒を未然に防ぐことができた。
「日向中尉、お年寄りに乱暴はいけませんよ。さぁお婆さん、驚かせてすみません、大丈夫ですか?」
「痛い」
…え?
「痛い痛いよお!」
…え?そんなはずは…困惑する私の周りにいつの間にか別のお婆さん達がゾロゾロと集まってきた。
「こんな硬い壁に叩きつけられたから骨が折れちまってるじゃ無いか!」
嘘…私の筋肉硬過ぎ!?
「そんな!大丈夫ですか!?」
「痛い痛いよお!」
「この骨折が元に寝たきりになって死んでしまうかもしれないよ!でも貧乏なあたし達じゃ医者になんて連れてけないし…せめてギプスが買えるくらいのお金があればねぇ…」
お金なら偽造IDの中に5万ある…それを使えば…!
「なんだこのババアども…たかりかよ」
「お年寄りになんて酷いことを言うの佐山准尉!鉄拳制裁!!」
失礼な事を言うリョウの顔面に拳を叩き込む。
「私の筋肉が鋼鉄の様に凄まじい硬度だったばっかりにお婆さんに怪我をさせたのにそんなお婆さん達を泥棒扱いとはどういうこと!?」
「マーヤ、今のでリョウは気絶したよ…」
ユキヤがそう言うのでリョウの様子を見てみると確かに気絶していた。…鍛え方が甘かったようだ。
「あのさぁ婆ちゃんたち…悪いんだけど私達今お金持ってないんだよね。今日寝るとこもないし」
アヤノがそう言うと、骨折したはずのお婆さんが行き良いよく跳び跳ね起きで起き上がった。このお婆さん…できる…!
「なんだってぇ?なんてこったい!」
「素寒貧かい、しゃぁねぇなぁ…」
そんな訳で私達は寝床の提供の代わりに労働を要求された。まぁ、労働と言っても見た目よりは元気なお婆さん達のお世話…と言うものだったが。まずは着替える必要があるのだが、お婆さんの中にちょうど私やレイラに似たガタイのお婆さんが居た為、その人の衣装を借りる事になった。
「本当に岩のような筋肉じゃのう…母に鉄板でも仕込んでんのかい?」
「ありがとうございます。よく言われます。」
パイロットスーツを脱いだ私はサイドチェストを披露する。
「…良いからさっさと服を着な…」
服を着て外に出ると早速仕事を頼まれた。どうやら私とリョウは薪割りらしい。先にリョウが斧で薪を割っているのを観察し、大体の要領は掴めた。要は既に切られた木材を半分に割けば良いらしい。
「筋肉女、交代するか?斧はこれしかねぇからよ」
「いえ、斧は不要です」
「は?」
木の繊維を割けば良いだけなのだから素手で余裕だ。半分当たりに指を差し込みそのまま裂けるチーズのように引き裂いて行く。
「…もう俺は何も言わねえ」
「何か言いましたか?佐山准尉」
「いや、さっさと終わらせて他の連中を手伝いに行こうぜ…」
そう言うわけでテキパキと仕事が終わった私とリョウは別行動となった。多分リョウはアヤノ達の手伝いをするだろうから私は日向中尉かレイラ辺りでも手伝おうかな。
「ちょいとあんた」
…他の人を手伝おうかと思っていたが、お婆さんに呼び止められたので向かうとどうやら野菜を切れとのことだ。近くには物凄い手際でジャガイモの皮を剥いているユキヤが見える。やはり手先は器用なようね。
料理はした事ないが、まぁ、なんとかなるだろう。
幸いレイラも来てくれた事だし。
「レイラ、マーヤ、でき…!?」
「あぁ、アヤノ…これは…その、違うんです。」
「私が悪いのよレイラ!私が!」
「な、なんでマーヤの腹筋をまな板みたいにしてニンジンを切ろうとしてるの!?それが私たちの口に入るんだよ!?何考えてるの!?料理への冒涜!?」
「ちゃんと洗いましたよ?」
「衛生面じゃなくて!食べる側の!!気分の問題!!!」
何がいけなかったのだろう…。
「でも私やマーヤが包丁を使うと木製のまな板ごと切れてしまって…」
「いや、そうはならないよ普通…。分かった…あとは私がやるからもう2人は食べ物に触れないで…」
何かダメだったらしい。私は陽菜達に良く栄養のバランスが取れた食事を提供していたので料理には自信があるのだが…ここに鉄製のまな板がないのが悪いよ…。
仕方がないのでレイラと2人でワインを運ぶ事にした。木箱には綺麗に並べられたボトルワインが並んでいる。それが3段になっていると言う事は…
「…お婆さん達、こんなに飲むんですか?身体に悪いですよ?もっと他のものを…プロテインとかを飲まれた方が」
「老後の楽しみに水を刺すんじゃないよ…あと老体にプロテインを勧めるんじゃないよ…」
その夜、デカ過ぎてレイラと私の2人が狭い車内で同時に眠るのは難しく、私はハンモックを借りて外で寝る事になった。まぁ、狙いは別にあるのも確かだが。
『やぁ、マーヤ…少し大変な状況になってるみたいだね。』
「スザク…笑い事じゃ無いんだけど?」
『あはは、ごめんごめん。でも僕らからはどうしようもないからね…』
それは…分かっている。
『こっちはそろそろ動き出すよ。早く合流できるようにお互い頑張ろう!』
「えぇ」
スザクとの通信を終えると、レイラが日向中尉と話している事に気がついた。ハンモックから出て2人に近付くと会話の内容が聞こえてくる。
「…暗殺事件」
「はい、私が六つの時でした。」
「母上はその時に?」
「はい、父が死んだ混乱の中で…私だけが生き残りました。」
…両親が死に、自分だけが生き残った…。…私と同じだ。
「縁も縁もない私を育ててくれたマルカル家に感謝はしていますが…私は1人で生きていける力が欲しい。」
…縁や縁は…あったかもしれない、けれども私を育ててくれたクラリスさんに私が感謝の言葉を伝えられたのはつい最近だ。…この任務が終わったら…クラリスさんにまたお礼を言う事にしよう。そしてその時…秘密を…
「誰だ!…ってディゼル少尉か。」
「…ごめんなさい、盗み聞くつもりはなかったんだけど」
「いえ。…そう言えばマーヤもご両親を亡くされてたんでしたよね」
…そう言えば軍に入る時身寄りがいないって伝えてたんだっけ。
「はい。事故で亡くしました。」
「そうですか…私達似てますね」
「…えぇ、そうですね」
確かに育ち方は似ているかもしれない。でも、私とレイラでは歩む道の明るさは別物なようだ。私の手はとっくに汚れているから今更気にはしないけれど、彼女はきっとこれからも日向を歩くのだろう。そして私は日陰を行くのだ。
次の日の朝、レイラと私は長布の縛り作業をしていた。
「じゃあレイラ、しっかり持っててね」
「はい!」
「ふんッ!!!」
私が思い切り布を絞り上げると水気は見事に弾け飛び乾燥機に掛けたかが如く乾いた仕上がりになった。
「そうはならねえだろ…」
「何か言いましたか?佐山准尉」
「何も言ってねえよ。」
すると水汲みをするリョウの背後にお婆さんの1人が忍び寄り、尻を揉み始めた。
「やっぱ私はこれくらいの硬さが好みだねぇ…マーヤのは硬すぎるからねぇ」
鍛え抜いた体から柔らかいはずはないのだから硬すぎると言われても困る。しかしリョウはお婆さんから距離を取る為、後ろ歩きで川の中に入っていき…そのまま背中から入水…そして流されてしまった。
「まずいよ!リョウは泳げないんだ!」
「それは大変ね!レイラ、これよろしく!」
レイラに布を渡し、溺れているリョウを掴んで引き上げる。
「泳げないなんて意外ね」
「悪かったな…。…と言うかなんでお前濡れてないんだよ。」
「川の上を走ったからですよ?あ、佐山准尉も覚えます?水上走法」
「…そうか、もう俺は…何も言わねえ…。あと…遠慮しとくぜ…」