スザクによるフレイヤの発射はトウキョウ租界を呑み込み、多くの命を粉微塵に消し飛ばした。その中には私の母、マリアンヌを名乗るアーニャのものもあった。如何なる命令をも下せる力や記憶を書き換える力、鍛錬を強制する力があるのだ。なんらかの力でアーニャの体に取り憑いて居たのだろう。きっとあれは本当に母だったのだ。そして、その母は死んでしまった。粉微塵になって。
「お母さ…うっ!」
突然の頭痛に思わず頭を抱えて目を瞑むってしまう。いかに肉体を鍛え、あらゆる外傷に強くなったとしても、こういった内側からの痛みには慣れないものだ。
目を瞑ったはずの私の眼前には、幼い頃に見た研究所が見える。側にはかつて母だと思っていた女性と、父だと思っていた男性が見える。
そうだ、この日私は不注意から机の上のビーカーを落としてしまって…
『お前は何度言ったら分かるんだ!』
そうだ、男の人に頬を叩かれたのだ。
『お前なんて本当の…!』
『あなた止めて!」
女性と男性が言い合っている。そして私はこの時思ってしまった。私は…もっと強い子になれば怒られないと。そしてもう一つ思ったのだ。言い争う彼らを見て…。
人が人に優しくする為に必要なものは何か、それは己の余裕だ。己に余裕が無くなれば自然と人は他人に対し攻撃的になる。では己に余裕を持たせるにはどうすればいいか?簡単だ、多少の困難など笑い飛ばせるほど鍛えられていればいい。
圧倒的な筋肉。痛みも、怪我も、病気も跳ね除けるほど鍛えられた肉体、どんな過酷な環境も、労働も、苦とも思わぬ筋肉。全身を筋肉とし、同時に脳とする事であらゆる事態に対応できる知識を蓄える。
つまり筋肉。筋肉は全てを解決する。
鍛えるという行為は結果として世界を優しく変えられるのだ。だから…そこからの私はきっと無意識だったのだろう。今ならわかる事だが、恐らく私はあの科学者の女性のところに預けられる前に記憶を書き換えられている。己が皇族であったということを。だが、V.V.くんが私を保険とした理由…私がギアスを持っていることを恐らく皇帝陛下は知らない。知らないが故に、日本に居た頃も私のギアスは忘れ去られることなく私に宿っていた。
そして、ギアスは失われたはずの記憶を掘り起こし、こう唱えさせた。
『マーヤ ヴィ ブリタニアが強いる、数々の耐え難き苦難…。"お父さん"、"お母さん"は…凌ぎ、抗い、…鍛えよ!』
それがきっかけだったのだろう。彼らはお互いを鍛えようと、何をしたかは知らないが…突如研究所は炎に包まれた。熱い…熱い…。炎と煙で前が見えない。苦しい…苦しい…。炎の向こうに人影が見える…
『マーヤ…強く、生きて!』
あれは…お母さんだと思っていた人…そうだ。アレは私のギアスが引き起こしたのだ。
そして私のギアスは私に苦難を強いる為、この記憶を封印したのだ。いつか真実を知った時に心を鍛える為に。私のギアスは己や他人に鍛えることを強制する。そして周囲の環境がその人を鍛えんと変化する。でも、もしも鍛えることを強制された人がその苦難に耐えられなかったら?その答えがあの2人だ。彼らは苦難に耐えられず死んでしまった。そして両親の死は私に苦難を与えた。私に苦難を強いるこのギアスは私を鍛える為に私を孤独にするだろう。だが、孤独になろうとも問題はない。何故なら筋肉…筋肉は孤独をも克服する…!
ナナリーを巻き込んだフレイヤのせいか、ルルーシュは黒の騎士団によって撤退させられ、我々ブリタニア軍も立て直しを余儀なくされた。幸い、ルッキーはフレイヤに巻き込まれずに済んだ様で現在はブリタニア軍の立て直し指揮を取っている。ネリ姉もコクピット付近ギリギリまでをフレイヤに飲み込まれていたが幸い怪我もなく無事に見つかり保護された。だが、今は合わせる顔がない。ナナリーもユフィも死なせてしまった私には。ゼル兄を失ってしまった事でブリタニアもかなり困惑するだろう。…あれ、携帯が鳴ってる。V.V.くんから…!?そういえば私の執務室に押し込んでいたのを忘れていた。
「もしもし?V.V.くん!?」
『やあマーヤ。酷いなぁ君も、政庁がフレイヤに飲み込まれても僕のことなんて心配してくれないんだもの。…まぁいいけどさ』
「い、今更だけど無事でよかった…」
『ふふ、これでも僕はシャルルよりお兄さんだからね、こんな子供の姿で長年生きていくにはそれなりの生存スキルが身につくってものだよ。』
確かにいつまでも子供の姿のままだと何かと不便なこともあっただろう。それにしても生きていると分かったなら何とかして合流したいところだ。
「V.V.くんは今どこにいるの?」
『ここは…君の通ってた学園だね。民間人に紛れて避難してるところさ』
「分かった。すぐ迎えにいくね!」
エナジー切れのサグラモールから飛び出た私は猛ダッシュで駆け出し、すぐにアッシュフォード学園まで辿り着くことができた。クラブハウスは消滅に巻き込まれているが、他の大部分は無事のようだ。
「あれ?マーヤ!?」
声をかけられそちらを見ると、オレンジ髪が跳ねながらこちらに近づいてくる。
「シャーリー!無事だったのね!」
「マーヤ、こっちのセリフだよ!リヴァルも会長も無事だよ!…ルルやロロの姿が見えなくてちょっと心配だけど…」
そうか、まだルルーシュがゼロだとシャーリーは知らないのか…。恐らくロロが居ないのはルルーシュの奴隷となり黒の騎士団に参加させられているからに違いない。
「ルルーシュとロロなら平気よ。だって…」
「鍛えてるもんね、そう、だよね!」
うんうん、シャーリーもだいぶ話がわかるようになってきたわね。
「ここに居たのか、シャーリー」
シャーリーと話していると、どこかで聞いた覚えのある声が聞こえて来る…誰だったか…?
「お父さん?なんでこんなところにいるの!?」
「トウキョウ租界があんなことになって心配で思わず確かめに来たんだよ。…マーヤちゃんも久しぶりだね」
そうか、この人シャーリーのお父さんか。道理で聞き覚えのある声だ。
「…そういえばシャーリー、さっき体育館の方でシャーリーを探している女性が居たよ。」
「えっ?会長かな?私行ってくるね!」
私に会えたことや父親に会えたことで元気になったのかはわからないが、シャーリーは元気よく駆けていった。ああいう明るい人間がいればこういった暗い状況でも人々は徐々に元気を取り戻していけるだろう。だが、今のシャーリーのお父さんの発言、表情、声の震え、汗、目の動き…嘘が混じっている。何故態々シャーリーを遠ざけたのだろう?
「…マーヤちゃん、久しぶりだね。私は…ずっと君に謝りたかったんだ。」
「謝る…?」
「あの事故の有った日…ジェレミアさんを連れ去った集団と私は…同僚なんだ。そして…ジェレミアさんを改造したのも私たちだ」
そんなことがあったのは驚きだが、何故私に謝るのだろう…?
「聞いたよ。ギアス嚮団がゼロによって潰されたと…お陰で私も解放された。マーヤちゃん、悪いことは言わない…今すぐそのヘッドドレスを…」
「マーヤ、ここに居たのかい。僕の方が探しちゃったよ」
どうやら私を探してV.V.くんの方から来てくれたようだ。それにしても何故シャーリーのお父さんは怯えたような表情を…?
「マーヤ、その人は知り合いかい?」
「えぇ、クラスメイトのお父さんで…」
「す、済まないマーヤちゃん、私はこれで失礼するよ。本当に…済まない。」
そういうとシャーリーのお父さんは足早に人混みへと消えて行った。解放…。それに明らかにV.V.くんが現れてから様子がおかしくなった気がするけど…。ヘッドドレス…そう言えばいつもつけているけれど、これもいつから付けているものなのだったか?
「…ヘッドドレスを気にしてるけどどうしたんだい?」
「えぇ、そういえば私いつもこれを身につけてるけど、誰からもらったのかちょっと思い出せなくて」
「それは僕がプレゼントに贈ったものだよ。まさかその歳まで大切にしてくれてるとは思わなかったけどね。」
「V.V.くんが?」
そうなると…私8年近く身につけてることになるわね…かなり物持ちが良いのではないだろうか。
「大切に使っててくれて僕も嬉しいよ。姪への大事なプレゼントだからね。」
「えぇ、これからも大切にさせてもらうわ」
何より思い入れもあり、気に入っているし、V.V.くんから8年も前に貰ったものだと言われれば余計大切ないものに思えてくる。
「ふふ、ありがとう。…それじゃあ行こうか。」
「?どこに?」
「決まってるでしょ?神根島だよ。」
突如神根島に行けということで私はV.V.くんをおんぶして海を走った。V.V.くんという重りを背負うことでいつもより負荷のある走りが実現可能、これはまた私鍛えられてるわね、きっとギアスのせいに違いない。
「ねぇ、マーヤ」
「なぁに?V.V.くん。」
「僕の持っていたコードはシャルルに奪われたって話をしたよね?」
そう言えばそんな話も聞いたか、確か皇帝陛下の記憶改竄のギアスを封じる為にわざと奪わせたようなことを言っていたけど…。
「コードはね、一定以上のギアスを持つ者なら奪うことが可能なんだ。だから…」
「なるほど、私が皇帝陛下からコードを奪えばいいのね?」
「話が早くて助かるよ。君がコードを奪ったら僕と契約して僕にギアスを頂戴?そして僕がマーヤからまたコードを返してもらう。コードを持っていると体が成長しないからね、筋肉がつかない身体なんて嫌でしょ?」
だから保険…か、皇帝陛下がV.V.くんを裏切ったと言っていたからきっとそれが原因だろう。
「でも困ったなぁ、まさかアーニャの中にマリアンヌが居たなんて。」
「…何か問題があるの?」
「マリアンヌはシャルルに僕が生きていたと話してるはずさ。本当は僕のことを死んでると思ってるシャルルが油断してるところを奇襲したかったけど…」
…あれ?なんでV.V.くんはアーニャの中にマリアンヌ…お母さんがいたと知っているのだろう?私は誰にも話してないし、お母さんがアーニャの中にいると知っていたならE.U.の時に何か反応があったはずだ。それに、母さんを殺したのがV.V.くんだと母さんは言っていた…。だがルルーシュの記憶を書き換えてニクアツ マッスルガイとしたり私の記憶を書き換えたりもしている。もしかしたら母の記憶すら書き換えて私に差し向けてかとかもしれない。
暫く海を走り、島の中を進むと、グレートブリタニアが停まっているのが見えた。そして窓から皇帝陛下が飛び降り、そのまま空中を強く踏み込むことで階段を降りるように進んでいるのが見える。
「どこかにビスマルクが居ると思うけど彼には見つかりたくないな。とは言え、シャルルの入っていった遺跡の前を見張ってるからどう頑張っても見つかっちゃうね。」
V.V.くんの指摘通り、さすがのビスマルクさん相手では奇襲を仕掛けても3日は続く殴り合いをする羽目になる。こうなれば一か八かだ。
「グレートブリタニアにいるのが誰か見てくるわ。上手く行けばビスマルクさんを誘導出来るかも」
「…気をつけてね」
私は一気に跳躍し、そこからは空気を強く蹴り徐々に高度を増していく。そうしてグレートブリタニアに取り付くと、皇帝陛下が出口として利用した窓からグレートブリタニア内に侵入を果たした。
「モニモニ!?今度は窓からマーヤが入って来たモニ!」モニモニ⁉︎
しめた。グレートブリタニアに居たのはモニカだったようだ。
「…ここを任されてるのはモニカだけ?」
「違うモニ。ドロテアも一緒に来てるモニ〜。ドロテアは今休憩中モニ〜』モニモニ
「そう。私ドロテアさんに用があるから」
そう言うと、モニカは無警戒に窓の外を見始めた。一応彼女からの見張りとしての警戒のつもりなのだろう。申し訳ないが、警戒すべきはこの私、今まさに急に現れた侵入者である私だ。モニカには悪いが寝てもらう!
「当て身!」
「モ"ニ"ッ⁉︎」モ"…
よし、これで暫くは起きないだろう。あとは適当にシステムを弄ろう。ついでにドロテアさんの休憩している部屋の扉をロックしてと…。あとはアラートを鳴らせば完璧だ。あとは勝手に部屋から出られなくなったドロテアさんがモニカに連絡をするも反応がなく、次にビスマルクさんに連絡が行くはずだ。皇帝陛下とは逆側の窓から飛び降り、直ぐにV.V.くんに合流する。物陰からビスマルクさんの様子を伺えば予想通りどこからか連絡を受けたであろうビスマルクさんが焦ったようにどこかに駆け出していく。
そして私とV.V.くんは遺跡の中に向かい、神殿のような空間に入る。すると皇帝陛下はこちらに気付いたようでこちらを振り返るとサイドチェストを決めニコリと笑う。
「…来たか、久しいなマーヤ。ワシすらも忘れていた我が娘よ…。」