とりあえずその後は荷物を部屋に置くことにした。ナリタブライアン先輩はもちろんいなかった。おそらくトレーニングをしているのだろう。
「シルちゃん、今日もアレするの?」
自室でジャージに着替えたのち、マヤちゃんが聞く。
「うん。私のトレーニングはこれがないと」
私は新聞紙を大量に詰めたリュックを背負って、足にアンクルをつける。これの総重量は40kgにもなる。
「よくこれで走れるよね」
「このくらいの負荷があってちょうどいいからね」
私は軽く笑って走り出した。向かうのは堤防沿いの道だ。
ここはウマ娘でも人気のランニングコースらしく、走っているウマ娘はかなりいる。ただまあ、負荷を背負って走るウマ娘は私くらいだけど。
「ねぇ、シルちゃん。どの選抜レースに出るか決めた?」
数分走ったところで隣のマヤちゃんが聞いてきた。
「選抜レース……?」
「うん、そこでトレーナーを決めるの」
「トレーナーね。まあ、私はデビューしてからでいいかな」
「でも、トレーナーいないとデビュー戦出れないよ?」
マヤちゃんの声に私は思わず足を止める。
「え……、マジ?」
「うん、マジ」
「……どうしよ。トレーナーいなくてもデビューできると思ってた。このままじゃ重賞勝つどころかスタートラインにすら立てそうにないじゃん」
絶望する私にマヤちゃんが声をかける。
「大丈夫だって。シルちゃんなら絶対勝てるだろうし」
「私だってそれは分かってるよ。きっと勝てるだろうし、スカウトだってされると思うよ。でも、10年走るって言ってるウマ娘をスカウトするような人はいないよ、絶対。そんな面倒臭いウマ娘、私がトレーナーでもスカウトしないよ……」
急にネガティブになり始めた私を見てマヤちゃんはため息をつく。
「大丈夫だってば。マヤが保証するから。せっかくだから帰りにトレセン戻って申請してこようよ」
「でも……」
「どうせシルちゃん、1人で申請する気ないんでしょ?」
「それもそうか……。それじゃあとで行こうか」
そうして私たちはランニング帰りにトレセンに戻って選抜レースの申請を行った。その際、アホみたいな荷物を抱えているウマ娘である私にかなりの注目が集まったのは言うまでもないが。
1週間後、私はターフの上にいた。もちろん、選抜レースに挑むためである。日々、重い荷物を背負ってランニングしてるため何も背負わずに走るのは久しぶりだ。少し解放感を感じる。
「おーい、もしもーし」
私が集中していたところ、青髪のやけに背の高く鼻に白いテープをつけたウマ娘が話しかけてきた。
「えっと、あなたは……?」
「自己紹介がまだだったね。あたしはジェニュイン。あなたはシルヴィレアちゃんだよね?」
「どうして私を?」
「そりゃあんな大きいの背負ってたら目立って」
ジェニュインはにこやかに笑う。しかし、その目には並々ならぬ闘志が見えていた。
「今回のレース、あたしが勝たせてもらうね」
「望むところです」
今回のレースは芝2000mであり、それは私の得意分野でもある。全員をぶち抜いてゴールしてやる。そう決意したところで、ゲートに入るよう指示が入る。私はジェニュインと別れて、最内のゲートに向かった。
そして、係員の銃声とともにスタートを切る。周りは分からないが少なくとも自分は出遅れはなかった。
逃げウマ娘が大きく突き放して先頭に立つが、焦ってはいけない。重賞を勝てるウマ娘ならともかくデビュー前のウマ娘が序盤から飛ばして勝てることは滅多にない。だから、私は好位置を維持しつつ圧力をかけていくのだ。そう思っていると真横にジェニュインがいた。彼女も同じ考えなのだろう。
そうして中団でペースを維持していると、1300m過ぎで案の定、先頭を走っていたウマ娘のペースが落ちてきた。
(そろそろいくとしますか)
私は足に力を込めスパートをかける。それについて行こうとするウマ娘もいるが、呆気なく引き離されていく。
1500m付近を通過した時だろうか。気がつくと10バ身以上離れていた先頭の娘を追い越していた。これが私が勝つために編み出した先行策だ。
しかし、そこに食らいついてくるウマ娘が一人いた。ジェニュインだ。
(逃さないよ)
そんな気迫を見せてくる彼女は私を差し返そうとする。後ろを見る余裕はないが、影も踏めないほど私とジェニュイン以外のウマ娘は離れているに違いない。
(こりゃ非公式戦とはいえ、手を抜くのは失礼だし、もう一回スパートといきますか!)
残り200m付近、さらに足に力を込める。まだ足は残っているし、この際ギアを上げ切ろう。しかし、それを許してくれるジェニュインじゃないだろう。迷わず食らいついてくる。
足がはち切れんばかりに力を入れる。そうしているといつの間にかジェニュインともつれるようにゴールを駆け抜けていた。
パラパラと拍手が聞こえる中、膝に手をつく私にジェニュインが声をかける。
「シルヴィレアちゃん。いいレースだったね、楽しかったよ」
「えっと……、どっちが勝ったの?」
「それなんだけど、接戦過ぎて同着ってことになったみたい」
ビデオ判定とかもない野良レースに近いものだからそうなるのも仕方ないだろう。
「そっか……。じゃあ、この続きは公式戦で。ってことだね」
「うん。次はもっと大きな舞台で会おうね。それと、シルちゃんって呼んでいい?」
「もちろんいいよ。私もジェンちゃんって呼んでも大丈夫?」
彼女は笑顔で頷き、声をかけようとするトレーナーたちの元へ向かっていった。もちろん、そんなトレーナーたちは私の周りにもいつの間にかいた。
(さてと、どうしますかね……)
私は見物していたトレーナーの軍団に向かっていくのだった。ちなみに私とジェンちゃんは、3着のウマ娘から15バ身近くリードしてゴールしたようだ
シルヴィレアとジェニュインの大接戦で幕を閉じた選抜レース。シンボリルドルフはそれを見守ったのち生徒会室で書類整理をしていると、ドアをノックする音がした。
「どうぞ」
彼女が声をかけると入ってきたのは意外な人物だった。
「忙しい時間にすまない、ルドルフ。少し頼みがあってきた」
「君が何かを頼むとは久しぶりだね。どういう要件かな?」
「シルヴィレアを私のチームに入るよう、説得してほしい」
ルドルフは苦笑いして答える。
「そんなことをしなくとも、君の方から本人に話をすればいいのでは?」
「それでも絶対に上手くいくとは限らない。生徒会長である、君から話してもらえると断りにくいだろう?」
「正直、難しいと言わざるを得ない。確かにあの子は実力は高い。だが、一生徒を贔屓するというのは生徒会長としては良くないだろう。だが、あのとき君の頼みに応えられなかった申し訳なさがある」
ルドルフの答えに彼女は続ける。
「その申し訳なさ、気にならないか?」
「ああ。だから、今回に限り私の方からも話をつけてこよう。もちろん、君が説得に成功したらその必要もないが。それで構わないか、オグリキャップ?」
オグリキャップは頷き、答えた。
「それでいい。よろしく頼む、ルドルフ」
「ああ。だが、どうして彼女を引き抜こうと?」
「どう言い表したらいいのか分からないが、運命的なものを感じるんだ。それこそ、君がトウカイテイオーに感じているような」
ルドルフは微笑んだ。
「なるほど、そういうことか……。彼女の選択はどうするのか楽しみだ」
2人は生徒会室の窓からこれからオグリキャップがかつて描いたような伝説をシルヴィレアが見せるのではないかと思いながら外を眺めていた。
今回はここまでです。設定回は別に書くかもしれませんが、何か疑問や感想があればコメント欄にお願いします