ロンギング・フロンティア~居残り組、新大陸に挑まんとす~ 作:Z-LAEGA
「やっぱり、おかしいよな」
ボルクネスが、手札を眺めながら神妙そうに言う。
私も頷いて、以前より品質の増した紙切れ……いや、カードをマットの上に置く。
「うん。……
いつからそうなっているのか。
ボルクネスが無線を使えないと知り、涙ながらにハヤブサを手配した時も。私が森の中で、話し相手が欲しくてハヤブサを手配した時も。パストラットに連絡しようとした時も。全部、伝書鳥が
カードが擦れ合うかさかさという音が、照明の下で静かに立つ。
卓上の盤面も、随分複雑になってきた。
「ちょっと試してみよう。まず私がパストラットに伝書鳥を送るでしょ?送った10秒後、無線をかける。どちらか片方だけが届いたら、明確におかしい」
便宜上『無線をかける』としているけど、無線が普通にかかるのは既に検証済みだ。爆弾勢コミュニティのオンライン会議には無線が使われていた。
「わかった」
私は席を立ち、伝書鳥送信用ウィンドウを開いて適当な文面を打ち込む。えーっと……「WAKE UP!」でいいや。送信っ。
「ピヨーッ!」
パストラットは基本的に新大陸にいる。開拓船が旧大陸にいる間は密航者の取り締まりをしているけど、船が出発して少ししたら転移魔法で新大陸に帰っていくのだ。
尋常ならざる速度で発っていったハヤブサの鳴き声が消えてから、10秒数える。
「……そろそろかな。えい」
私は無線アイテムを取り出すと、パストラットに通話を掛けた。
すぐに繋がる。
『クグリン、どうしたの?』
……明らかに、あのけたたましいハヤブサの鳴き声を聞いた直後という風には聞こえない声色だ。
一応確認してみよう。
「……パストラット。ついさっき、そっちに伝書鳥が行かなかった?」
『ああ……』
沈黙。
なぜ黙ったんだろう?答えが知りたい。もしかしたら実は行っていたのかもしれない。色々と類推が浮かぶが、基本的にはじっと待つしかないだろう。私は彼女の二言目を待った。
『……あなたたちも勘付いてたか』
えっ……?
ボルクネスが怪訝そうにこちらを見る。彼には通話内容が聞こえていない、なぜ私が驚いているかわからないのだろう。
『いいよ、BW-ビーコンでそっちに行く。説明をするから』
断絶。
ブツンと音が一つ鳴って、通話はそのまま終了した。
◆
「この地図を見て」
パストラットが、卓上に大きな紙を広げる。
きっちり折り目が入っていて、皴一つない。ちゃんと見ていなかったけど、たぶん角と角もしっかり揃っていたことだろう。地図の内容は……えーっと、旧大陸と、わかっている範囲の新大陸。そして、それを挟む断絶の大海だ。
ボルクネスは俯いている。フィロジオに三人プレイのオプションは存在しないのだ。
「あなたたちの疑問は……わかってる。『伝書鳥が届かない』でしょ?政府の関連NPC、そしてライブラリも、この問題には気づいてるんだ」
もしかして思ったより大規模な感じ?
パストラットはボルクネスをちらっと見たが、ちらっと見られたことでさらに俯きを強めたのを見て諦めた。インベントリから棒状の物……ああ、ペンか。ペンを取り出す。
「ライブラリは検証をした」
ペンがキャップを外され、地図の上を彷徨い始める。
「伝書鳥には『届く場合』と『届かない場合』の二種類がある、『届かない場合』は旧大陸と新大陸で通信をした時のみ発生するが、全てがそうというわけではない。その情報を踏まえて、旧大陸と新大陸の間で、あれこれ位置や方向を変えて伝書鳥を送ってみたんだ」
中々頭のおかしいことしてるな……。
ライブラリがやった策というのは、要するにソナーだ。ソナーが「どれくらいの時間で返ってくるか」を見るのに対し、この方法は「返ってくるか返ってこないか」だけを見る。それ以外に違いはない。
「結果」
パストラットがペンを走らせ、子気味良い音と共に断絶の大海の上に円を描く。フリーハンドにしてはきれいだ。
「この円の範囲内を通った伝書鳥は、すべて音信不通になることが分かったんだ」
……へえ。
描かれた円は、地図上で見ると大した広さを持たない。しかし……断絶の大海は、あの巨大な船で7日かかるだけの広さだ。それを踏まえれば
「この範囲を、私たちはこう呼んでる」
円の傍らに文字が書き加えられる。
『
これまた整った形だ。
「まあ……安心してよ」
パストラットはペンにキャップを取り付け、エフェクトと共に仕舞いながら続ける。
「今有志を募ってる。もうすぐ
「参加する」
私はパストラットの言葉を遮ると、なるべく印象深くなるよう努力してそう宣言した。
ボルクネスも気づけば顔を上げて、手の震えも気にせず、私と一緒にパストラットを見ている。半分睨んでいると言ってもいいかもしれない。
「え?」
パストラットは混乱している。なので、改めて宣言する。
「その調査隊に、私たちも参加するよ」
私は新大陸に行きたかった。
パストラットとしても断れないはずだ。もちろん定員とか、そういう問題はある。でも、今の彼女は大義名分を持っていない。普段の彼女はNPCのクエストを受けることで、自分の行為に正当性を持たせ、相手にスキを与えない……だけど、今回は違う。彼女と私は個人的に話をしているにすぎないからだ。
「え、えっと……」
パストラットは困っている。いいね、押せば何とかなるときの顔だ。私がただの密航者じゃないってことを思い知らせてやらァーーーッ!
「大丈夫。人手は多いほうが良いでしょ?少しでもあなたの助けになりたいんだ」
適当を言う。多少考えれば、私の目的が『少しでもあなたの助けになりたい』ではないことはすぐにわかるはずだ。この発言は、パストラットが『多少考え』られているかの観測気球でもある。
パストラットは弱々しく言う。
「で、でも……」
行ける!絶対に行けるよこれ!ペンペンにも連絡しておこう!
私はさりげなく、ハヤブサをもう一羽手配し始めた。
◆
行けた。
海上特殊調査艇・フォルヴェノン号の甲板の上。出航まで30分を数えた私は、降り注ぐ日光を浴びている。
いや~今日は絶好の出航日和だね!雲一つない青空が、私たちの門出を祝福してるみたいだ!
「……本当に乗せて大丈夫かなぁ……?」
おやパストラットさん、どうしたの?
パストラットさんは謎の不安に付きまとわれているようだ。心配だなァ……。まあ、海に出ればそれも消えるだろう。潮風ってのはそれくらい素晴らしく、私たちを後押ししてくれるからね!
私がすっとぼけていると、今度はペンペンが甲板の上を歩いてきた。なぜか浮き輪を着用している。
「いい天気だな」
「そうだねっ」
本当に雲一つなかった。太陽は明るさを私たちに届けるので精いっぱいで、それが何だか微笑ましかった。余りにも素晴らしい日だった。その素晴らしさにあてられたのか、ペンペンはおもむろに海に飛び込んだ。そして海中に潜んでいた肉食魚に噛み殺された。紅のポリゴンが吸い込まれるような青にアクセントをもたらす。儚い命だ……私は合掌した。
合掌していると、今度はジュゲッキがやってくる。彼女も調査隊の一員のようだ。
「あ、クグリンちゃん!いい天気だね」
「そうだねっ」
私は笑みを振りまいた。心からの笑みだった。ただ、少し出力体系が違うだけだった。本当は悪辣にニヤリと笑うところを、代わりに輝くようにキャハハと笑う。それだけの話だった。騙しているという感覚は無かった。
……冒険が、始まろうとしている。
きっと、四十八人に上る調査隊のメンバーのうち全員が、そんな思いを共有していた。