ロンギング・フロンティア~居残り組、新大陸に挑まんとす~ 作:Z-LAEGA
プロローグ 離れれば腕を掴めない
ミオン=129の機体がふたつに裂ける。
アイヴィ=256の中央演算処理装置は、その光景を眼球ユニットから入力された三次元的な現象動画情報として認識し、解析した。高性能及び高効率を極めた思考プロセスの数々は、ミオン=129だったものの左半身と右半身が、一切の力を見せず、まるで統一感というものを持たず。ただばらばらに宙を舞い、広大なる大地へと落下していく様子を、一フレームずつ冷淡に解析していく。
アイヴィ=256の意識ルーチンは、膨大な演算資源を消費しながら、「どうすればよかったのか?」という一つの問いをタスクキューに加えた。抽象的な問いだった。それとほとんど同時に、先ほどの現象動画情報の解析結果が、関連データと紐づけてメモリに刻まれ始めた。それは視界内に存在する各種オブジェクトの物理的パラメータの数々に始まり、彼女たちの戦闘対象たるジュラ・ヴァルカンレクスの情報、そして当該個体が同種の中でも
「……あ」
か細い合成音声が、漏れ出る。
機体間通信ネットワークで信号を受け取ってから数百ミリ秒も経った後でようやく、アイヴィ=256は、ミオン=129がジュラ・ヴァルカンレクスの有する鋭利なる爪によって引き裂かれ、破壊されたのだと理解した。
アイヴィ=256の内部では現在、大きく分けて三つのプロセスが進んでいる。一つのプロセスは眼前の亜竜との戦闘を、一つのプロセスは先ほどの「どうすればよかったのか?」への解答を、そして一つのプロセスは、ミオン=129という
―――ミオン=129は、極めて怠惰な機体だった。
そういった回想を行うのも、三番目のプロセスの役割だ。
―――目の前にミッションが現れれば、まずは達成期限を確認するのが決まりだった。そしてそれが近くなければ、近くなるまで
亜竜の咆哮と砂埃を背後に、ミオン=129の残骸が落下する。よく見ればそれが帯びる仄かな光に気づけるが、アイヴィ=256にはよく見る必要すらなかった。ただ、作戦行動ログを参照するだけでいい―――「ミオン=129:クラスIX特殊武装『
―――それでは、ミオン=129が怠惰ではなかったら、こんなことにはならなかっただろうか。
アイヴィ=256は踵を返す。ジュラ・ヴァルカンレクスの鋭い視線に付き合う必要はない。それよりこの場から逃げねばならない。
―――違う。
欠損しているのは左腕モジュールだけだから、飛行ユニットは使用可能だ。一番目のプロセスが下したその判断に基づき、いくつかのプロセスがスキップされた状態で、飛行ユニットが緊急起動される。アイヴィ=256の機体に、少し乱暴な推進力が加わり始める。
―――チェックリストがすべて埋まっていないことを理由にミオン=129の撤退案を否決したのは、アイヴィ=256だ。
アイヴィ=256は空中を駆ける。
―――ミオン=129に迫る攻撃を知覚していながら、それを回避するために行動できなかったのは、アイヴィ=256だ。
アイヴィ=256は空中を駆ける。
―――
アイヴィ=256は空中を駆ける。
そして、背後からの衝撃波を受ける。
アイヴィ=256は姿勢を整えつつ着陸し、砂風に抗うようにして振り向く。そこには確かに、クラスIX特殊武装『
きっと、ミオン=129自身の考えも、それとほとんど同じだったはずだ。アイヴィ=256はそう推測した。
正しかった。
舞い上がった砂塵が、爆風に乗ってやってくる。
前述の三つのプロセスは、どれもほとんど終了している。戦闘プロセスはジュラ・ヴァルカンレクスの討伐により終了し、参照プロセスはひとまずの完了を見せた。あるいは終了しているというより、収束していると言ったほうが良いかもしれない。今なお演算され続けている解答プロセスは、戦闘プロセスによって齎された火柱を観測し、参照プロセスによって齎されたミオン=129の記憶を観測している。
―――そうだ。
それも、もうすぐ終わる。
アイヴィ=256は右腕を伸ばす。その行動は紛れもなく演算によるものだが、しかし言語化して説明可能なものではない。ふらふらと持ち上がる右手の薄色が、破壊の炎色とコントラストを生み出す。眼球ユニットは、それを淡々と解析する。
アイヴィ=256は、呻くような合成音声で言った。しかし、涙が出ることはない。
「腕を掴めば、良かったのかな」
黄土色の風が、一機の征服人形を乾かしていった。