ロンギング・フロンティア~居残り組、新大陸に挑まんとす~ 作:Z-LAEGA
船が行ってしまった。
まあ行ってしまったものは仕方ないよね。
私は気を取り直して、ボルクネスのところに遊びに来ている。
「よし今だ!《クアッドビートル》を召喚してターンエンドだぜ!」
ボルクネスがやけに仰々しいポーズを決め、
「スぺル・フェノメノン……《物理的天災》」
「……ほう」
私が満を持して発動した
要するに、ちゃぶ台返しのスペルだ。
Oマスから三枚のEX……《アルペト・カメレオン》、《ポーリプス・カメレオン》、《ジュリンクギーヴ・キャムライオン》の
さて、空いた三つのマスに
「さて……ターンエンドだよ」
にやりと笑いながらボルクネスを見る。こいつが使うのは《クアッドビートル》を主体とした虫共鎖寄生アグロ
「トラップスペル発動、《共倒れ》。裁定により君の負けだ」
は?
私は負けた。
◆
「……やっぱおかしくない?」
卓上の
ボルクネスの手が止まる。
「……おかしい、って?」
「いやだってこう……こんな適当にバラバラにカード出せるのも、それに対し確殺手段があるのも……なんか、バランスが取れてないというか」
「……」
「やっぱり、
ボルクネスは答えずに、じっと手中の
ぽたぽたと落ちた涙の粒が、それらを濡らして染み渡っていく。
「……クソ、クソ……!」
ボルクネスはかなり陰気だ。印字士として十分な腕前を持ちながら、ライブラリからの勧誘を「他人が怖いから」という理由で断っちゃったくらいだから相当のものだ。そんな彼が唯一普通にコミュニケーションを取れるのが、カードゲームを遊んでいる時だ―――でも、フィロジオを遊ぶためには新大陸に辿り着く必要がある。しかし、新大陸に辿り着くためには陰気を直す必要がある……二律背反。どうしようもない。
仕方がないので自分でフィロジオを作る試みもしたし、今日もそのテストプレイだったはずなのだが……この複雑怪奇なカードゲームは、機械的な支援なしにはプレイすら難しい。それがたった今、二人の手によって証明されてしまった。
要するに、彼は詰んでいるんだ。
涙に透かされた紙切れの上で、黒いインクたちがそれを体現するように滲んでいた。
「ね、ねえボルクネス」
元気だしなよ、とかそういう適当な慰めの言葉をかけようと思って、話しかけた。しかしそれと同時に、ボルクネスはがばと首を上げた。うわっ!?涙もすでに乾いている。この短時間で!?
「お、おい……アンタ」
ボルクネスが言う。彼は基本的にカードゲームを遊んでいない間はずっと陰気で、ちょっとおいアンタするだけでも中々の手数を必要とする。デッキに入れたくはないタイプだね。
「何?」
「こ、こうし、よう」
ボルクネスが何やらメニューを操作し始める。何だろう?見た感じ、インベントリから何かを取り出そうとしているのかな。
しばらく待つと、仄かなエフェクトを纏いつつ、彼の片手にオブジェクトが出現した。
「オンライン対戦だ」
ボルクネスは言った。
◆
ボルクネスはこう見えて結構金を持っている。彼はコミュニケーション能力を抜きにすれば優秀な印字士だし、むしろ「コミュニケーション能力を求めないジョブを選んだら印字士になっちゃった」という側面もあるはずだ。印字士は依頼人とあまり話さないまま、極論を言うと書面だけで仕事を成立させられるジョブで、生産職の中でもトップクラスに人見知り向きだ。
さて……彼には金がある。金があって使い道がないからには、ある程度適当な振舞い方をしても許されるはずだ。
例えば、最高級の
「……始めるぞ」
ペンペンが言う。彼は
よし―――始めよう。私はメニューを開いてべらぼうな額になった所持金を確認すると、
……ボルクネスは言った。あんたも居残り組で長いなら、一人二人新大陸に知り合いもいるだろって。
実際のところ、いるのだ。
本文を打ち終えると、フレンド一覧から送り先を選ぶ……プレイヤーネーム『PastoRat』。そう、私たちを海に捨てた彼女だ。まあ、自分を海に捨てた相手と友達になるなんてよくあることだからね。
「ピヨピヨ」
「よし……行けっ!」
「ピイーーーッ!」
半透明に光る『送信』ボタンを押せば、凛々しい瞳の
「さて……」
ペンペンが呟く。
この後の手はずはこうだ。まずパストラットが伝書鳥によって「準備完了」の合図を受け取り、向こう側で募ったフィロジオガチ勢のプレイヤーと勝負を開始する。ガチ勢がカードを動かしたり、あるいは審判AIによって何かの判断が下されるたび、パストラットはハヤブサをこちらに送り、こちらでペンペンがそれを再現する。ボルクネスのターンが来たらその逆だ、こちらで行った操作を逐一パストラットに送り、再現してもらう。向こうで審判が何か言ってきたら、それをこちらに知らせてもらう。
「……来たっ!」
「ピヨッ!」
第一通だ。
往復して戻ってきたハヤブサからハトの羽根を受け取り、薬の要領で錬成した餌をあげる。内容は……
「『相手、《
「了解!」
ペンペンが相手を再現すべく行動を開始する。これはなかなか面白くなりそうだ……私は、微笑んだ。
◆
数十分後。
「ピヨーーッ!」
「……『相手、《アルクトゥス・レガレクス"
「了、解……」
相手が展開し始めたソリティアは留まるところを知らない。それはどこかでうねるように複雑で、しかしまた別のどこかでは驚くほどあっさりしていて……どこか、芸術的なディティルを秘めている。いやカードゲームに芸術性は求めてないんだけど!?ターンを回せよターンを!
「……終わった」
「わかった……」
ペンペンの合図にしたがって、もう何度目かもわからない「操作完了」の合図を送る。もう指が操作完了を覚えてしまった。先ほどからの酷使をものともせず、隼がまた飛び立つ。
「……」
沈黙の時間が広がる。早く来て……祈ったら本当に早くハヤブサが返ってきた。ラッキー!私は送られてきたメールを開いた。
『相手、「あっプレミしたわ対あり」と口走り
……。
私は何も言わず、ボルクネスの方へと歩み寄った。彼も何となく何が起きたのかを悟っているようだ。その証拠に、直後に発せられた言葉は、TCGをプレイ中のものではない、いつも通り陰気な調子だった。
「つ、次からは……ソリティアは、禁止、にしよう」
まだ諦めてないのか……。
机の上に散らばったおびただしい数の