ロンギング・フロンティア~居残り組、新大陸に挑まんとす~   作:Z-LAEGA

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フィロジオをしよう!

 船が行ってしまった。

 まあ行ってしまったものは仕方ないよね。

 私は気を取り直して、ボルクネスのところに遊びに来ている。

 

「よし今だ!《クアッドビートル》を召喚してターンエンドだぜ!」

 

 ボルクネスがやけに仰々しいポーズを決め、紙切れ(カード)を取り出してST(スティミュレーター)マスにぺんっと設置。へえ、そう来るか……面白い。私はにやりと笑うと、紙切れの束(デッキ)から一枚を引き(ドロー)、手元の紙切れ(カード)を扇開きにして自分のできることを確認する。そうだね……よし、これにしよう。

 

「スぺル・フェノメノン……《物理的天災》」

 

「……ほう」

 

 私が満を持して発動した紙切れ(カード)に、ボルクネスのアバターの目の色が変わる。《物理的天災》、要するに()()の発生を示すSP(スペル)紙切れ(カード)の下部には、手書きでこう記されている。O(オリジン)マスに存在する全EX(エクスティンクション)レアカードを破壊し、代わりに手札から、「そのEXと()()()()()種族を持つ」「進化ツリー最下部に位置する」「任意の」Oを同数誕生させる。

 要するに、ちゃぶ台返しのスペルだ。

 Oマスから三枚のEX……《アルペト・カメレオン》、《ポーリプス・カメレオン》、《ジュリンクギーヴ・キャムライオン》の紙切れ(カード)を捨てる。当然、いずれも種族としては『カメレオン』だ。私と一番関係の深いモンスターということでwikiを見て選んだが、正直私のユア・エクスペリエンスが実際にこれを排出してくれるのかはちょっとわからない。まあ、たぶん何とかなるだろう。

 さて、空いた三つのマスに紙切れ(カード)を置く。《エグザイル・ドラゴン》、《礫纏い(ラブルウェア)》、《パラサイトスプリンター》。バラバラの種族を持つ三枚の紙切れ(カード)は、ちゃぶ台返しとしてこの上ないものだ。

 

「さて……ターンエンドだよ」

 

 にやりと笑いながらボルクネスを見る。こいつが使うのは《クアッドビートル》を主体とした虫共鎖寄生アグロ紙切れの束(デッキ)……相手の種族に統一性が無くなると、一気に勝ち筋への手数が増える。さあどう出る!?

 

「トラップスペル発動、《共倒れ》。裁定により君の負けだ」

 

 は?

 私は負けた。

 

 

「……やっぱおかしくない?」

 

 卓上の紙切れ(カード)たちをかさかさと拾い集めながら、私は三戦ほど前から思いつつあったことを口に出した。

 ボルクネスの手が止まる。

 

「……おかしい、って?」

 

「いやだってこう……こんな適当にバラバラにカード出せるのも、それに対し確殺手段があるのも……なんか、バランスが取れてないというか」

 

「……」

 

「やっぱり、()()のルールを再現しきれてない部分があるんじゃないの?」

 

 ボルクネスは答えずに、じっと手中の紙切れたち(デッキ)を見つめた。印字士(プレスマン)のボルクネスがスキル補正を受けつつ手書きした、カード名、各種パラメータ、効果、フレーバーテキスト……そのほか諸々が、きっと()()とは比較にならないようなそっけなさで載っている。

 ぽたぽたと落ちた涙の粒が、それらを濡らして染み渡っていく。

 

「……クソ、クソ……!」

 

 ボルクネスはかなり陰気だ。印字士として十分な腕前を持ちながら、ライブラリからの勧誘を「他人が怖いから」という理由で断っちゃったくらいだから相当のものだ。そんな彼が唯一普通にコミュニケーションを取れるのが、カードゲームを遊んでいる時だ―――でも、フィロジオを遊ぶためには新大陸に辿り着く必要がある。しかし、新大陸に辿り着くためには陰気を直す必要がある……二律背反。どうしようもない。

 仕方がないので自分でフィロジオを作る試みもしたし、今日もそのテストプレイだったはずなのだが……この複雑怪奇なカードゲームは、機械的な支援なしにはプレイすら難しい。それがたった今、二人の手によって証明されてしまった。

 要するに、彼は詰んでいるんだ。

 涙に透かされた紙切れの上で、黒いインクたちがそれを体現するように滲んでいた。

 

「ね、ねえボルクネス」

 

 元気だしなよ、とかそういう適当な慰めの言葉をかけようと思って、話しかけた。しかしそれと同時に、ボルクネスはがばと首を上げた。うわっ!?涙もすでに乾いている。この短時間で!?

 

「お、おい……アンタ」

 

 ボルクネスが言う。彼は基本的にカードゲームを遊んでいない間はずっと陰気で、ちょっとおいアンタするだけでも中々の手数を必要とする。デッキに入れたくはないタイプだね。

 

「何?」

 

「こ、こうし、よう」

 

 ボルクネスが何やらメニューを操作し始める。何だろう?見た感じ、インベントリから何かを取り出そうとしているのかな。

 しばらく待つと、仄かなエフェクトを纏いつつ、彼の片手にオブジェクトが出現した。

 札束(デッキ)だった。

 

「オンライン対戦だ」

 

 ボルクネスは言った。

 

 

 ボルクネスはこう見えて結構金を持っている。彼はコミュニケーション能力を抜きにすれば優秀な印字士だし、むしろ「コミュニケーション能力を求めないジョブを選んだら印字士になっちゃった」という側面もあるはずだ。印字士は依頼人とあまり話さないまま、極論を言うと書面だけで仕事を成立させられるジョブで、生産職の中でもトップクラスに人見知り向きだ。

 さて……彼には金がある。金があって使い道がないからには、ある程度適当な振舞い方をしても許されるはずだ。

 例えば、最高級の伝書鳥(メールバード)を分単位で送りまくる、とか。

 

「……始めるぞ」

 

 ペンペンが言う。彼は()()()()()対戦相手係だ。手製のプレイマットが乗った机を挟み、反対側に座るボルクネスも頷く。

 よし―――始めよう。私はメニューを開いてべらぼうな額になった所持金を確認すると、伝書鳥(メールバード)の第一通を送るためウィンドウを開く。

 ……ボルクネスは言った。あんたも居残り組で長いなら、一人二人新大陸に知り合いもいるだろって。

 実際のところ、いるのだ。

 本文を打ち終えると、フレンド一覧から送り先を選ぶ……プレイヤーネーム『PastoRat』。そう、私たちを海に捨てた彼女だ。まあ、自分を海に捨てた相手と友達になるなんてよくあることだからね。

 

「ピヨピヨ」

 

「よし……行けっ!」

 

「ピイーーーッ!」

 

 半透明に光る『送信』ボタンを押せば、凛々しい瞳の(ハヤブサ)は黄色の鉤爪を宙に浮かせ……メッセージを携え、ものすごいスピードで新大陸へと飛んでいく。その羽ばたきを演出するように、そよ風が地面をなぜた。……私たちは何か月も旧大陸で燻ってるのに、あの鳥は10秒もかからず大海原を越えてしまうんだ。ものすごいな、としか思いようがない。

 

「さて……」

 

 ペンペンが呟く。

 この後の手はずはこうだ。まずパストラットが伝書鳥によって「準備完了」の合図を受け取り、向こう側で募ったフィロジオガチ勢のプレイヤーと勝負を開始する。ガチ勢がカードを動かしたり、あるいは審判AIによって何かの判断が下されるたび、パストラットはハヤブサをこちらに送り、こちらでペンペンがそれを再現する。ボルクネスのターンが来たらその逆だ、こちらで行った操作を逐一パストラットに送り、再現してもらう。向こうで審判が何か言ってきたら、それをこちらに知らせてもらう。

 

「……来たっ!」

 

「ピヨッ!」

 

 第一通だ。

 往復して戻ってきたハヤブサからハトの羽根を受け取り、薬の要領で錬成した餌をあげる。内容は……

 

「『相手、《記号表現領域(シニフィアン)機魔(ゴーレム)》をA(エリア)に配置』だって!」

 

「了解!」

 

 ペンペンが相手を再現すべく行動を開始する。これはなかなか面白くなりそうだ……私は、微笑んだ。

 

 

 数十分後。

 

「ピヨーーッ!」

 

「……『相手、《アルクトゥス・レガレクス"駕粒展静(スプレッドシート)"》をEvに召喚』だって……」

 

「了、解……」

 

 ()()1()()()()()()

 相手が展開し始めたソリティアは留まるところを知らない。それはどこかでうねるように複雑で、しかしまた別のどこかでは驚くほどあっさりしていて……どこか、芸術的なディティルを秘めている。いやカードゲームに芸術性は求めてないんだけど!?ターンを回せよターンを!

 

「……終わった」

 

「わかった……」

 

 ペンペンの合図にしたがって、もう何度目かもわからない「操作完了」の合図を送る。もう指が操作完了を覚えてしまった。先ほどからの酷使をものともせず、隼がまた飛び立つ。

 

「……」

 

 沈黙の時間が広がる。早く来て……祈ったら本当に早くハヤブサが返ってきた。ラッキー!私は送られてきたメールを開いた。

 

『相手、「あっプレミしたわ対あり」と口走り降参(サレンダー)

 

 ……。

 私は何も言わず、ボルクネスの方へと歩み寄った。彼も何となく何が起きたのかを悟っているようだ。その証拠に、直後に発せられた言葉は、TCGをプレイ中のものではない、いつも通り陰気な調子だった。

 

「つ、次からは……ソリティアは、禁止、にしよう」

 

 まだ諦めてないのか……。

 机の上に散らばったおびただしい数の紙切れ(カード)たちが、炎のような夕陽に影を落としていた。

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