ロンギング・フロンティア~居残り組、新大陸に挑まんとす~ 作:Z-LAEGA
海波が砂浜を打つ。
ファスティアの海岸沿いでも、港から比較的遠い地点。そこには異様な精密さで描画される薄黄色の砂粒が山を成していて、ところどころに混じりこんだ小石の灰色と混じり合い、ムラのあるベージュを描き出している。
潮風が吹き、私のアバターが持つ短い髪をささやかになびかせると共に、首元に吊り下げられた四つの首飾りをぶつかり合わせ、音を鳴らす。
「……よし」
私は呟いた。
周囲にプレイヤーはいない。波たちが飛び跳ねるさまは平和なもので、空の色は完膚なきまでの蒼穹をしている。そして……風に揺れる首飾りのすべてが、MP
これらの情報が意味するのは、
レベル120になったことで、私は七つのアクセサリースロットを使えるようになった。私が今取り出した
『モード「サテライト」』には、大きく分けて三つの挙動がある。一つ、装着者のアバターについてくる。二つ、アバターの周囲を回転する。三つ、近づいた敵に自動で迎撃を加える。試してみたところ、どうもこの三つの挙動には
私は砂上に膝をつき、その一部を窪ませる。錬成品射出用自走竜砲の設定ウィンドウを開き、中に……ええい、冷静に考えると常時回転し続けてるってやりにくすぎるでしょ!装填中くらいは止まっても許されるって!……とにかく、その中に一つの賢者の石をセットする。自走竜砲が回転するに従い視界の隅に流れていくウィンドウをどうにかやっつけ、立ち上がって羽衣についた砂を払う。
……さて。
私は最初、この戦車を『MPの燃費の悪い【黒潮】』と認識していた。しかし考えてみればおかしな話だ。自走竜砲が【黒潮】の下位互換なら、そのさらに下位互換である迫撃砲をちょくちょく使っていたのはなぜだろう?ベヒーモスでアスレチックをした時のことを思い出してみよう。私は迫撃砲から水を打ち出し、【水滑り】でその上に乗った。結果としては迫撃砲を回収する手間が発生して最悪だったけど、それでは回収する必要が無かったらどうだろう?さらに言えば……下位互換とは言っても、【黒潮】と自走竜砲を
ばちばち、と。小さな戦車の砲塔が、晴天に似合わぬ黒雷を纏う。
私はひとつ、深呼吸をした。羽衣の無駄に長い裾が風に流れて、薄布の先に広がる大海原を透かし出した。それは、この海から
「刃隠心得奥義、【水滑り】」
印を組む。同時に自走竜砲の回転が止まる。計算通りだ。【水滑り】の消費MPと、『装着者のアバターについてくる』挙動の消費MPと、【黒潮】の消費MP。その三つが、リジェネするMPの量に対し釣り合いを取る状態ができた。
自走竜砲に魔力操作を入れて、その砲塔に水平線の少し上を向かせる。そしていつぞやと同じように、両足を砲口に密着させる。両腕にかかった体重が両手の周辺の砂を押しのけ、広い砂浜に二つの手形を残す。
あとは視界の隅のタイマーウィンドウを眺め、然るべき時に一言呟くだけだ。
「発射っ」
轟音。
一気に視界が動き出す。足の裏めがけて発射された【黒潮】が、【水滑り】と併せて私の肉体に推進力を与えているんだ。砂浜は過ぎ去り、眼下で青海のさざなみが蠢き始める。同時にびゅうびゅうと猛烈な気流が押し寄せ、私の姿勢を崩そうとしてくる。
「っとぉ!」
しかし、私の周囲に展開した【黒潮】がそれを阻んでくれる。成功だ!
「よっしゃああ!!」
テンションが上がってそう叫ぶ。いや叫ばないほうがよかったかも!加速度がヤバい!黙ろう!私は黙った。しかし……完璧だ!背後を振り返ることはできないけど、靴裏に感じる感覚から【黒潮】が背後で
私は完全に達成感に浸っていた。失敗のビジョンが見えなかったからだ。この方法のいいところは、別に海の真っただ中でもセットアップをやり直せることにある。ログアウトでも食事でもなんでも、ミサイルモードを解除して【水滑り】で海上に降り立てば普通に可能だし、そこからさっきと同じことをやることだってできる。耐久値も問題ない、MPも問題ない、スキルも問題ない……!あとはただ待っているだけで、勝手に5000キロメートルを乗り越えられるんだ!
はーっはっはっはっはっは!!!!
私は口に出したい思いを我慢して、心の中で勝利の笑いを上げた。
◆
二時間後。
時速何十キロ出ているかはよくわからないけど、とにかく相当な高速で移動しているのは確かだ。相当な高速すぎて速度を測る用のアイテムを取り出せない。一旦着地しようかな?そろそろ休憩したくなってきたし。
いやでも……もう少しだけ、あの水平線のほうに進んでみたい気持ちもある。
私は葛藤していた。白い羽衣が風に上げるばたばたという音と、黒い雷がその上を這うばちばちという音を聞き流しつつ、どのあたりで一度加速をやめるかを考えていた。いやまあ、どうせやめてもすぐに復帰できるし……でも復帰って結構手間だしなあ。どうし―――
『刃隠心得奥義【水滑り】の習熟度が規定値を達成しました』
「ふぇ?」
唐突に展開したアナウンスウィンドウに、思わず声を出してしまった。風音がそれを掻き消していく。
ちょ、な、何?進化イベントってこと?キャンセルボタンはどこ?いったん終了して―――
『大波こそ楯、月影に潜め』
待って待って待って待ってって!
『
筆で殴り書きしたような荒々しいフォントがそう告げる。正直カッコいいと思った。
『刃隠心得奥義【水滑り】が変化しました:刃隠心得奥裏【潮躱し】』
『称号を獲得しました:【
直後、私は真っ逆さまに落下した。
「うわあああああああ!?」
もはや加速度とか言っている場合ではない。ちょ、あの……え、何!?
落下のさなか、ちらりと視界の隅に目をやって気づく。……MPが尽きている。回復もしていない。
そうか、【潮躱し】とかいうやつは正直意味が分からないけど、とにかく【水滑り】と比べて
「とりあえず体勢を―――」
ざばん。
私と自走竜砲が海に落ちた音だ。おかしい。そんなはずはない。【潮躱し】が【水滑り】の上位互換なら、海面はあくまで足場のままのはずだ。どうして
……え?
足元を見る。ぐっしょりと濡れた羽衣が海月のように揺らめく隙間で、私の両脚はまっすぐに伸びていて……。
……
「……」
足を踏み出してみる。やはり見えない足場があるようだ。ジャンプしてみる。一段上の見えない足場に着地する。適当なキックを繰り出してみる。見えない壁にヒットして、そこも足場になった。
……【潮躱し】は、水中の好きな場所に足場を作り出すスキルだ。
「
確かに、【水滑り】の進化系として申し分のない忍術だ。要するに海中に限り無限ジャンプ可能ってことでしょ?ヤバいじゃん。でもさぁ……。
「
もはやSTMは尽きている。私の命運も同様だ。私はこのゲームはクソゲーだと思った。そして遠くなっていく海面を眺めながら、首飾りたちと共に沈んでいった。