ロンギング・フロンティア~居残り組、新大陸に挑まんとす~ 作:Z-LAEGA
ふと見上げた大空を、一羽の燕が飛んでいた。
燕は、眩い日差しを背負ってしなやかに空中を舞っていく。その行き先に障壁はない。山脈も大海も障害ではなく、広げた翼で空を滑り、飛び越える対象でしかないのだ。だったら、その瞳はどこを見据えているのだろう?―――わからない。あるいはそれは、私には見えないもっと高次の障壁なのかもしれない。
まあ、そんなことに思いを巡らせていても始まらない。今はただ―――目の前のすべきことに、集中して見せる。
「それだけだ」
私は前を向いた。同時に背後から、かすかな……しかし、力強いそよ風が吹いた。それはきっと、私の前進を後押ししていたのだろう。
各々の思惑が渦を巻く中で、第九次新大陸開拓船搭乗者抽選は今まさに始まろうとしていた。
◆
さて密航していこう。
今夜の私は単独行動。別にペンペンが抽選を当てたからいよいよ一人になってしまったとかそういうわけではない。どちらかというとペンペンが抽選を当てた奴に突っかかったものの紆余曲折を経て逆に抽選を当てた奴以外の全員を殺す形になってしまい指名手配犯扱いされたからいよいよ一人になってしまったと言ったほうが正しいだろう。
……とはいえ、理由はそれだけではない。
夜光を纏ってうねる波の先に浮かぶベルヘモルス号を見据え、呟く。
「【潮躱し】」
……
燃費が悪いと評判の【水滑り】が更に進化した姿というだけあって、【潮躱し】の魔力消費はかなり厳しいものだ。しかしMPリジェネを積みまくれば問題ない。むしろSTMが問題だ。水中にいる間は当然呼吸できないし、ベヒーモスで酸素ボンベとかを買うと、逆にMPリジェネ用のアクセサリースロットが無くなってしまう。最終的な結論としては―――
「すぅーっ……」
気合いでなんとかするしかない。
私は肺と膨らませた頬に思いっきり空気を詰め込むと、揺らめく波面に飛び込んだ。冷たい。しかし冷たいだけだ。不可視の床を蹴り進み、ベルヘモルス号の船影めがけて走る。
……【潮躱し】。正直、新大陸に行けるレベルのプレイヤーからすれば強すぎる忍術のように思える。元となる【水滑り】が不人気だからwikiに載っていないだけだ。載った瞬間、ゲーム内掲示板の忍者スレで【水滑り】煽りをしている奴らは死滅する。とは言え【水滑り】使いが天下を取れるかというとそれほどでもないため、なんだかんだで【忍聖】の就職条件判明してない煽りをする盗賊職の奴らが勝つことになる。つまり今まで通りだ。
水中にしか足場を作れないとはいっても、たとえば巨大なバケツを用意して水で満たして足を突っ込み、取っ手の部分を持った状態でジャンプしたらどうなるだろう。【潮躱し】は水を蹴る忍術ではなく
ハッキリ言って、【潮躱し】は壊れだと思う。問題は私が装備に恵まれておらず、STMとSTRに対して振っていないことだけ。つまり新大陸に行けていないのが原因で、つまり運営が悪い。クソゲー!私は心の中で悪態をついた。
……おっと。そうこうしているうちに、ベルヘモルス号がかなり近づいてきたみたいだ。監視の目を盗むべく少しばかり深度を落とし、船体の真下に潜り込む。そこには月光すら届かず、夜よりなお暗い闇が広がっている。
さて、MPの残量は問題ない。印を組む必要もない。ただ、心の中で呟けば十分だ。
(……【空蝉】)
【空蝉】は壁抜けができる。
視界が黒闇から薄闇へと移り変わる。身体が一気に重くなったように感じ、肌寒さを覚える。無事に船倉に侵入できたみたいだ!
「はぁ、はぁ、はぁ……」
とりあえずしばらく止めていた呼吸を再開させつつ、私はチェストリアからランタンを取り出した。
橙色に染まった空中で、リアルに描画された埃が踊っている。いや踊らせる必要あったか?いくらグラフィックがリアルだからってゲーム内で埃が踊っていることによって何か嬉しくなることってあるかな……まあいいや。
「……さて」
新大陸調査船は結構デカいので、船倉と一口に言っても場所によって事情が変わってくる。とは言えそこまで複雑な話ではなく、重要なのは『入り口からの距離』と『見つかりやすさ』の二点だ。普通に考えれば入り口から近いほどに侵入しやすくなるはずだけど、その分警戒もされる。しかも警戒してるのはパストラットみたいなヤツばっかりだから賄賂が通じない。それでは入り口から遠いほど警戒されなくなるのか、というとそうでもなく、どこまでバランスを取るかの話になってくる。
しかし。
今回の私は、侵入に当たり
一言で言うと、私の勝ちだということだ。
めらめらと、ランタンの中で小炎が揺れている。その光が照らしだすのは埃だけではない、微笑み佇む私の姿も、やはり暖色の光を受けて、船倉の床に灰影を落としているのだ。パストラットの
いつの間にかかなり乾いてきた玄衣を揺らし、私は木板を踏みしめた。
……今はもう少しだけ、このランタンを携えて暗闇を探検してみたい。そう思った。そう思って揺らしたランタンが照らす先には、三角座りをする
はい?
そう思って揺らしたランタンが照らす先には、三角座りをする
なるほどね。
「……はい?」
漏らした呟きに反応したのか。征服人形がスリープモード的な何かを解除し始めたようだ。アンダースーツに走るラインや肩のあたりに装着された怪しげな機装が、暗闇の中にライトグリーンの光を描く。焔の橙と混ざり合ったそれは、木製の床の上に僅かに黄色がかった灰色を投じ始める。
起動音らしきものが聞こえた。
「―――
むくり。
伏せられていた征服人形の顔が起こされる。その紅に光る機眼は無表情に見えて、しかし何だか寂しげでもあった。その首が動かされ、視線が私の方に向く。多分
……よくわからないけどチャンスな気がする。目の前の征服人形と契約したらどうなるだろう?想像してみる。えーっと……新大陸行きが、楽になる!つまり最強ってことじゃん!最強になりたい!どうする!?何か貢げばいいのかな!?手持ちアイテムはだいたい毒薬か爆薬か素材かなんだよなぁ……。まあ、とりあえず爆薬を渡して様子を見てみようかな。
私が思いを巡らせている間に、ニコロとやらの分析は済んだみたいだ。どうなるんだこれ……?観察してみよう。
「……」
うん、首を元の向きに戻して。
「……」
うん、瞳を閉じて。
「……」
うん、さっきと同じように顔を伏せて。
「……
「いやちょっと待って!?」
ランタンを放り投げ、またしても動かなくなったニコロに駆け寄り、ゆさゆさする。ゆさゆさ。ちょっとォ!せめて契約のテーブルに座らせろよ!玄関に鍵をかけるのをやめろ!
「―――
「一旦話聞いてよ!」
「……
お、とりあえず起床後即睡眠状態は脱したみたいだ。言われた通りに
「クグリン」
ニコロの瞳が点滅する。何かを処理していることの合図かな?
「
まばたきかよ!
「待ってって!」
ニコロが閉じかけた瞼を再び開く。思えば、無表情というよりは
「……次世代原始人類クグリン。要質問事項の処理は早急にお願い」
……要するに『なんか文句あるの?』ということだ。正直文句しかないけど、全部言ったら寝てしまうだろう。とりあえず一旦絞ろう。まずは、ニコロがどうやらサボり魔らしいことにツッコミを入れてみる。
「なんで征服人形なのに旧大陸のこんな場所で職務放棄してるの?」
「
「どうやって」
気づけば、強い口調でそう聞いていた。
……考えてみれば当たり前だ。ニコロのような面倒くさがりの征服人形が仕事をサボろうと考えた時、どうするのが一番いいだろう?そもそも征服人形の仕事は新大陸がメイン、逆に言うと旧大陸まで
ニコロは気怠げに答える。
「……
「というかもうすぐ出航だけど」
「……船から出るのめんどくさいから、
「なんでそんなにめんどくさがるの?」
「…………それは」
……?ニコロの口が止まった。寝逃げするつもりかな?いやでも、瞳は紅に輝いたままだ。
沈黙が流れる。
……これ地雷踏んだかな、一旦訂正して―――。
「
はい?
ニコロは右腕を振り上げた。白い衣装を包んでいた埃が舞い落ちる。色素が薄くなめらかな右手が、人差し指を立てて私の背後を指している。
「
えっ!?
私は急いで、ニコロの指さす先を見た。
そこには業火が広がっていた。木の床から立ち上がった赤の軍団が、炎光をこれでもかと発しながら、じわじわと勢力圏を広げていた。
……ランタンを放り投げたのは失敗だった、そう言わざるを得ない。
「火事だぁーーーーっ!!」
私は密航者の立場を捨てて。取り出したメガホンに大声で叫んだ。ニコロに駆け寄る。
「いったん私と逃げよう!」
「……
「いいからっ!」
振り上げられたままの右腕を掴む。チェストリアに収納っ!ニコロの機体が仄かな光に包まれて消えた。ヨッシャ収納成功!いや成功しちゃダメじゃない!?未契約の征服人形を収納できるってもう
……じゃあ、そういうわけで。
私はチェストリア内に用意しておいた錬成水をありったけ展開しながらめらめらと燃え盛る炎の中に飛び込んで焼死した。