ロンギング・フロンティア~居残り組、新大陸に挑まんとす~ 作:Z-LAEGA
「チェストリア売ってくれない?1万マーニで」
「ムリ……」
「やっぱムリ?じゃあ10万マーニまでなら出すよ!」
「どれだけ積まれても無理だよクグリン、売り切れなんだ」
「そっかぁ……」
「『ここでチェストリアを売っていると聞いた、一つ5億だったか?二つ買おう』みたいな感じの人が来てさぁ~、吹っ掛けられそうだったから一つ9億で売っちゃったんだ」
「残念、また今度ね!」
「うん!」
◆
終わりだ……。
終わりだった。
金の使い道は全然見つからない。いや、厳密に言うと見つかってはいる。金の使い道を探す過程で手切れ金だのみかじめ料だので既に500万ほど持っていかれているからだ。しかしそれは使っているというよりドブに捨てていると言ったほうが明らかに適切な状態であり、言うなれば私はドブの中に佇んでいる状態にあった。つまり、最悪ということだ。
「ニコロぉ、なんか思いつかない……?」
最初は金を使って新大陸に行くのが目的だったはずが、いつの間にか金を使うことそのものが目的になっている。その問題への自覚はあるけど、私は既にネタ切れに陥った。どうすることもできない。
意外なことに、蛇の林檎の机の上に置かれたニコロの首は私を無視しなかった。渋々といった感じに答えが返ってくる。
「……偽造とか?」
……へえ。
偽造、めんどくさがりらしいやり方だ。確かにそれは考えていなかった。なぜ錬金術師ギルドが必要かと言えば結局のところ紹介状を書いてくれるからで、裏を返せばその紹介状を偽造してしまえば必要はなくなる。なるほど……え、案外いい手じゃない?いくらチェックの目が厳しいと言ってもNPCがやっている以上限度はある。偽造のクオリティは当然金を積めば積んだだけ上がる。偽造を誰がやるかについても……私は、一流の
……もしかして完璧では?
「それだ!すごいよニコロ!」
私はいてもたってもいられなくなり、ニコロの生首を掴み取ってくるくると回った。
彼女は何も言わず、回転する視界の中でスリープモードに入った。
◆
さて、ボルクネスと連絡するためにはひと手間必要だ。
彼は別に手紙ならまともにコミュニケーションできるとかそういうわけでもないため、誰かしらがTCGを遊ぶ相手になる必要がある。つまりこうだ、まず誰か新大陸のプレイヤーを捕まえる。そのプレイヤーとボルクネスがフィロジオで対戦する。私が伝書鳥でプレイヤーにメッセージを送り、そのメッセージを読んだプレイヤーがさらにボルクネスへとそれを伝える。ボルクネス側がその内容をもとに返答を伝えて、プレイヤーがそれを書き込んで伝書鳥を返信する。
問題は、このプレイヤーの人選だ。
私の知らない人間は避けたいところだし、ジュゲッキのように何をしてくるかわからないヤツも除外したい。そうやって候補を絞っていった結果、最終的にパストラットに任せることになった。
……大丈夫か?
いやまあ、問題はない。当初の予定通りにやった場合は確かにダメだ、私が『実は紹介状を偽造してほしいんだ』と送った瞬間に終わる。だから、少しやり方を変える。送信と受信を分けるのだ。ボルクネスはあくまで返答するのがダメなだけだから、伝書鳥を受け取り、内容を理解すること自体はできる。つまり、私が伝書鳥を送信し、ボルクネスがそれを受け取り、返答となる言葉をパストラットに伝えて、パストラットがそれを私に伝書鳥で送信する、というモデルだ。ボルクネスが返答で口を滑らせることさえなければ、計画は問題なく完了するだろう。
さあ、後は決行するだけだ。
◆
『準備完了』
昼下がりの空の下を飛来したハヤブサは、そう書かれた書面を残して去っていった。
パストラットとボルクネスが、海の向こう側でテーブルについた合図である。
よし。私はボルクネスに送る第一通を書き始める。ええと、パストラットには『準備完了らしい』とだけ伝えて……彼女には単に話すだけと言ってあるけど実際は違う……実は内密な話がある……送信、っと。
「ピィーッ!」
ハヤブサが飛び立っていく。
「よーしニコロ、しばらく……」
向かいに座ったニコロは、いつのまにかスリープモードに入っていた。力の抜けた端正な顔立ちが、こてんと硬いガーデンテーブルに横たわっている。日傘が落とす影の切れ目がちょうど重なって、明部と暗部をくっきりと分けている。
「……ふぅ」
私はお茶を啜った。味が薄い。やっぱり蛇の林檎のほうが……お、早速ハヤブサが返ってきた。
なになに。
『ボルクネス「準備完了らしい」
双方向通信は問題なさそうだね』
よしよし……。
ここから世間話を……いや、パストラットには『大事な用件だ』と言ってある。世間話でごまかすような真似をしたら逆に怪しまれるだろう。ここは単刀直入に、えーっと……『偽造してもらいたいものがある』みたいな感じか。送信っ。
ハヤブサが飛んでいく。
この通信方法の
ほら、もうハヤブサが返ってきた。
えー、なになに。
『ボルクネス「ぎ、偽造?……あーいやなんでもないさ、『わかった』と伝えてくれ。ドロー」
偽造って何?
犯罪の香りがする』
ボルクネスゥ……。
私は頭を抱えた。
まずい、速攻でバレかけてる。えーっと……とにかく何かごまかさないと。偽造?偽造かあ。同音異字で何かないかな?宜三、儀蔵、義三、ギゾー……うーん人名ばっかり。あんまり返信に時間をかけても怪しまれるし……よし、偽造は偽造でも私たちは
「……ふぅ」
私は一仕事終えた感を出した。実際のところ、全体から見ると十分の一仕事くらいだ。まあそういうこともある。
……ハヤブサが返ってくるの遅いなあ。やっぱり何が偽造されたのか丸投げしちゃったのがダメだったかな?
私がうっすい紅茶をずずずと啜っていると、少なくともニ分は待った後でようやくハヤブサが返ってくる。
どれどれ。
『ボルクネス「あーえっと、クグリンによるとだね。フィロジオのカードを偽造して売りさばいている悪質な集団がいるらしくて、それを捕まえるべく俺の助けが必要らしいんだ」
なるほど、それは確かに悪質だね
悪質事件の情報はだいたい耳に入れるようにしてるけど、やっぱり漏れがあるなあ
協力しようか?』
……まだ怪しんでるな。文面からわかる。「事件を追っている」という形にしたのは失策だった。パストラットはNPCの依頼を受けて色々やっているわけで、そこに入ってくる事件情報は私の比ではない。というか、事件を追っているならこんな面倒な形を取らなくても普通にパストラットと直接やり取りすればいい話だ。これやらかしたかな?いやまあ……うん、たぶん何とかなるよ。
エーっと次の文面は……あんまり長引かせるとパストラットが怪しんで終わりだ、ごまかしつつ偽造の件を同時並行で進める感じでいこう。そうだな……とりあえず『書類だと……?』みたいな意味ありげな呟きで時間を稼いでもらおう。稼いでもらってる間に書類が具体的に何なのかを考える。で、それはそれとして偽造してほしいものは実は紹介状なんだよという話を入れる。とりあえず偽造が可能か不可能かを言ってもらおう、これは普通にパストラット本人に「可能だ」「不可能だ」と言ってもらえればそれでいい。うん、送信。
さて、書類って何だろう?
私は考え始めた。幸い、さっきまでの様子を考えると返信にはまた二分(ハヤブサが見える)いや早っ!し、仕方ないな……。ハヤブサの展開したウィンドウを見る。
『ボルクネス「書類、だと……!?ああ、可能だと伝えてくれ」
可能って何?
何か隠してるよね』
ヤバい……。
しょ、書類?書類っていったい何なの?冷静に考えて。フィロジオカード偽造事件で書類?そもそもなんで私は旧大陸にいるのにフィロジオカード偽造事件に関わってるの?えーっと。ヤバいヤバいヤバい……!身体が固まる。どこかで鳴った時計の秒針の音がやけに大きく聞こえる。うわっ返信が遅すぎて追いハヤブサ来た!
『ボルクネス「書類……書類か。ふむ……書類、とはね」
何のつもり?』
諸刃の剣だぞそれぇ……。
そ、そもそもパストラットはどのレイヤーで私を疑っているんだ?二通り考えられる。『フィロジオ偽装事件』は存在するとしたうえでそこに私が一枚噛んでいるのではないかと疑っている説、『フィロジオ偽装事件』じたい嘘なのではないかという説。じゃあ……仕方ない、コラテラルダメージの精神で行こう。まずは
と言うことで書く。書類だぞ連呼は怪しいからヤメロ、資金は銀行経由でここの振り替え窓口に入れるから受け取って、錬金術師ギルドを装った紹介状でよろしく。そして……『燃やしていいと伝えろ』みたいなことを言ってほしい。送信。
一瞬で返ってきた。
『ボルクネス「燃やしていいと伝えてくれ」
燃やしていいって何を燃やすの?
フィロジオ偽造事件と何か関係あるんだよね?
そっちに行って聞くからね』
……もう仕方ない、パストラットが次の調査船でこっちに来るのは確定だ。でも……だからどうだろう?こっちに来たところで……。
「『紹介状の偽造』という真実には決してたどり着けない……!」
せいぜい、私のでっち上げた目くらましに引っ掛かるだけだ。
私は面白くなってきた。テンションが上がってきた。椅子から立ち上がり高笑いをしようとした。しかし横に佇むパストラットを見て考えを変えた。
「『紹介状の偽造』って、何?」
……そういえば、転移魔法スクロールがあったっけ。
「詳しく聞かせてもらうよ、クグリン」
そうして尋問が始まると同時に、なぜだかニコロがぱちりと目を開いた。彼女は機械らしからぬ動作で瞼を擦ると再び閉じて、もう一度スリープモードの海に沈んでいった……。