ロンギング・フロンティア~居残り組、新大陸に挑まんとす~ 作:Z-LAEGA
「落ちるぞぉーーーっ!」
誰かが叫ぶ声が聞こえる。
〈住宅〉だ、〈住宅〉がみっつ落ちてきた。それらは投下された爆弾みたいに連なって、空と空との境界線から出現し、私たちの地上へ会いに来た。角ばった形状の〈住宅〉が雲をバックに風に舞う様は、投げられた賽が運命を決めかねているようにも見えた。しかして、地上に落ちないわけにもいかない。どしん、どしん、どしん、と。三つ立て続けに〈住宅〉は落ちて、重力を地面にこれでもかと伝えて、衝撃を四方八方に送り付けた。落下に伴い小さくなっていく影や、何でもないようについ傍らの空を飛ぶ小鳥たちを見ていると。落下の光景はまるで、現実にあり得ないものごとが実体化して現れたようにも見えたのだ。
墜落音が聞こえる。
風が吹く。衝撃の風だ。地面があげた悲鳴の風だ。それらは私のすぐ横を、すぐ下を、すぐ上を通り、私の身体そのものを通り抜けていく。その心地はぞっとするほどに爽やかで、悲鳴にしては透明感に満ち溢れすぎていた。
ああ、夢が。夢が墜ちてしまったのだ。
「というわけで私の勝ちね」
「悔しい~~!」
私はジュゲッキに賭けで勝った。紙一重の差だった。もう一時間崩壊が遅ければ負けていた。
〈
◆
というわけで反省会だ。
ジュゲッキがベットしていた4000マーニを受け取った私は、ラエルカンに頓挫に関する説明を聞いている。正直帰りたい。こいつと関わるとろくなことがないからだ。
とは言えそういうわけにもいかず、ラエルカンは指示棒を伸ばしたり引っ込めたりしながら言う。
「このゲームの物理エンジンへの理解が不足していたようだ」
へえ?
ラエルカンはおもむろにホワイトボードに線を引き始めた。油性……かどうかはわからないけど、とにかくなにかしら性のマーカーがキュッキュと音を立てる。
「シャンフロエンジンは『リアルさ』を喧伝している、それに引っ張られすぎた。考えてみると、完璧にリアルなエンジンなら魔法なんてものが成立するわけがない」
確かに。
ラエルカンは続ける。
「そもそも、シャンフロエンジンという名前が良くないのだ。『シャンフロのエンジン』と『シャンフロエンジン』は違う。まずユートピア社が汎用的に使えるシャンフロエンジンを作り、それを
「要するにどういうこと?」
「シャンフロエンジンはリアルでも、シャンフロのエンジンは少しだけリアルではない部分を持っているのだ」
ややこしっ。
ラエルカンが続ける。
「代表的なものなら『魔力』だが、他にも細かい調整が入っている」
ラエルカンはホワイトボードに何かを書き殴った。何これ?
「このように」
指示棒で書き殴った何かをなぞっている。どのように?
「Y座標……いや、シャンフロの大地は球状地形方式を取っているから、単に
なんだか要領を得ない。というか虚空語り掛けモード入ってない?不安だなぁ……ちょっと巻きでお願いしよう。
「結論としては?」
「〈
わかりやすい。
「とは言え破壊するのも面倒だから、このまま設置し続ける形になる」
な、なかなか無責任じゃん……。
……私は、ホワイトボードのすぐ横に高く積み上がった住宅たちを見上げた。雲すら貫く勢いで天へと手を伸ばすそれは、この先もずっと手を伸ばすだけで、到達することも、諦めることもできない、中途半端な状態で放置され続けるのだ。
まあいいや、それじゃあ撤収……。
「おや、その征服人形は」
ゲゲーッ!
まずい、ラエルカンとは基本的にそんなに関わりたくないのだ。ニコロに目を付けられたりなんかしたら、いつ実験に利用されるか分かったものじゃない。
ちょうどスリープモードを解除したニコロにラエルカンが詰め寄る。
「ほう、アイヴィ型……それも未契約だな?なぜ旧大陸に」
「ニコロ、こいつの話を……!」
「……」
「ほう!ニコロ……アイヴィ=
ラエルカンが何やら耳打ちを始めた。絵面が悪の組織への勧誘なんだよ……!
「ちょっとぉ!」
ニコロの腕を掴む。さあ行こう……
「わ、
……若干揺れている……?
「アイヴィ=256、次の機会を待っているぞ!」
私に引きずられるニコロの背中に、ラエルカンが何やら声をかけている。私は無言でニコロをチェストリアに収納した。
反転し、ラエルカンに言う。
「あんまりニコロにヘンな事を吹き込まないで欲しいんだけど」
「ヘン……?このゲームをぶっ壊すことのどこがヘンだというんだね?」
「ヘンすぎるくらいヘンでしょ!」
「それにだクグリン氏、仮に私の主張がヘンだったとしても」
ラエルカンが長い指を突き立てた。
「君が口を挟む理由などあるか?」
それは……。
……私はニコロと契約していない。システム的には、ニコロにとって私とラエルカンの間に差異が無いということだ。それじゃあ……
「……ニコロに酷い目に遭って欲しくないから」
私は、なぜニコロを守ろうとしているのか。
「君は散々他者を酷い目に遭わせてきたのではなかったか?バッド・ク・ラフトの顛末も知っているぞ。他者とアイヴィ=256で何が違うのだね?」
「それはっ」
何か言わないと。
「……ニコロには、利用価値があるから」
ラエルカンは長身を反らせる。納得したように振る舞っているが、彼の声色からは常に狂気がにじみ出ている気がしてならない。
「そうか―――先行者利益を享受しようというわけだな」
背後に積み上がった〈住宅〉たちの影が、先ほどより少し大きくなっていることに気づいた。太陽の位置の変化によって、塔はシルエットを変えてみせ、ラエルカンと私の影を飲み込んでしまう。
「それならそれでいい、が」
ラエルカンは踵を返した。ついに帰るのか!?私は喜んだ。こいつと話せば話すだけ将来が暗くなっていくという認識が定着しつつある。
「……アイヴィ=256に利用価値を見出しているのは君だけではない。それを忘れないことだよ、クグリン氏」
一つ、その言葉だけを一つ残して。ラエルカンの長い背中は、濃影の中を静かに去っていった。
私はビビった。
「落ちるぞぉーーーっ!」
ちょうどその時、誰かが叫ぶ声が聞こえる。どうやら〈
墜落音が聞こえる。
……とりあえず、ジュゲッキに8000マーニを渡しに行こう。
通り抜ける衝撃を感じながら、私は影の中でそう思った。