ロンギング・フロンティア~居残り組、新大陸に挑まんとす~ 作:Z-LAEGA
「本当に後悔をやり直せる?」
「ああ」
「……わかった」
アイヴィ=256は
アイヴィ=256の思考ルーチンは、簡潔に言うなら『後悔の少なさ』に重きを置くものだ。外部世界で実体化して過ごす間、常に『後悔』のリスクは発生し続ける。仲間を目の前で失いたくないなら、失うような場所に行かなければいい。仲間を作らなければいい。更には、目を開けることをやめればいい。そういった解決法を集約して、そして一つのラベルを貼り付けるとき、そこに印字する文字列は「めんどくさい」になる。
仮契約が完了すると同時に、ラエルカンの手前には一枚のウィンドウが出現した。
『ユニークシナリオEXの条件を達成しました』
『ユニークシナリオEX「あなたに捧ぐ
「当然だ」
ラエルカンの呟きと共に、指が伸ばされ
「
「ああ」
ラエルカンがつい先ほど己の這い出してきたテントを破壊している。それは入念な下調べを通し、あらかじめ木々の間に設置されたテントだ。
彼は破壊を完了すると、振り向いた先のアイヴィ=256に言った。
「招待状を渡せ」
いつの間にか自分が新大陸に戻ってしまったという事実について処理しつつ、アイヴィ=256はどうにか、「ああ、うん」という返答を絞り出した。
◆
「無口だな」
「……」
通路の終点、巨大な木造の門の前。アイヴィ=256とラエルカンは、静寂と共に並び立っていた。
開演が近い。
「まあいいだろう。このチェストリアを装着しておけ」
「……」
ラエルカンはウィンドウを操作して、アイヴィ=256の装備内容にチェストリアを加えた。
「そいつは」
彼は続ける。
「私の持つもう一つのチェストリアとリンクしている」
「……」
「チェストリアというのは何だかよくわからないアイテムだ。格納空間の内部における時間の流れ方は現実と違う。同期処理の弊害だな、処理的には同時に進んでいるはずのイベントがチェストリアの内部では食い違うことが良くある」
「……」
アイヴィ=256は理解しつつあった。ラエルカンが説明の対象にしているのはアイヴィ=256ではない。目の前に広がる虚空だ。
「ティーアスの
「……」
アイヴィ=256には。
「そう、
アイヴィ=256には彼の話の意味が分からなかった。しかし、『後悔をやり直せる』という言葉の正しさを疑うことはできた。
でも。それを問いただしたとして、いったい何が変わるだろう。
既にアイヴィ=256はラエルカンとの仮契約を終えている。この破壊主義者が言っていたことが嘘だったとして、今更その嘘に騙されたことを変えることはできなかった。むしろ、問いただしたことで何かが悪化する可能性のほうがずっと高い。だから。
「…………」
アイヴィ=256は、口を噤み続けた。その理由を一言で表すなら、結局「めんどくさい」が導かれるのだろう。
門が開く。アイヴィ=256がチェストリアに収納される。そして、音楽会が始まる。
◆
『【ラエルカンの紡いだ物語】第一楽章……「鋭光を抜きて」』
『―――焔球は、広がる、先を、見据えて……』
アイヴィ=256は実体化した。そして、幻影の描く幼女を見た。
「すばらしい、一発で成功か」
ラエルカンは呟いた。そして、数々の拘束系魔法を発射し始めた。
一秒。
再現されたティーアスは、再現された爆炎の中を縦横無尽に走る。彼女が纏う無数のスキルエフェクトが軌跡を描き、空間に刻む。時としてそこに螺旋が加わる。
二秒。
ティーアスを拘束魔法たちが追いかけていく。爆炎と輝光の入り混じる中にあって、それらは咲き乱れた花々のようでもあった。
三秒。
「三秒経過につき私は退出する」
「え」
ラエルカンは言った。アイヴィ=256はその言葉に驚いて、振り向いた。彼の姿は既に無かった。代わりに、【座標移動】の発動を示す紫電のエフェクトが、またしても空間を走っていた。
「……あ」
『―――最速の翼、されど少』
『不正な操作を検知』
『不正な』
呆然とするアイヴィ=256の頭上で、どこか歪なアナウンスが走る。
今、劇場の中はイレギュラーの塊だ。オルケストラの攻略者は退出したが、死んでいない。もうすぐ紫色の聖杯の副作用で死ぬが、蘇生アイテムですぐに生き返るため
『Loading』
10秒ほどして、オルケストラが停止した。
0.1秒後には解けて消えているようなエフェクトが。1秒後には晴れているような爆炎が。10秒後には拘束されているはずのティーアスが。全てが空間に縛り付けられ、ただアイヴィ=256一機だけが、空間の中で動いていた。
「……え」
『【
『【アイヴィ=256の紡いだ物語】第一楽章……「絶断の双爪」』
『―――空を、地を、爪は等しく、切り裂いて……』
過去が。
過去が、アイヴィ=256の目の前に佇んでいた。
「こ、れは」
アイヴィ=256は後ずさった。その長靴は砂を踏みしめていた。砂塵がどこかから―――いや、過去の記憶からやってくる。それは酷く乾いていた。
ジュラ・ヴァルカンレクスの咆哮が聞こえる。
ミオン=129の姿が見える。
「……っ!」
アイヴィ=256は駆け出した。ジュラ・ヴァルカンレクスの再現体がもうすぐ斬撃を繰り出す。そして、ミオン=129の機体がふたつに裂けるのだ。それは何としても防がねばならない。掴めなかった腕をもう一度掴まねばならない。左腕モジュールの欠損に気づくが、走るのにも掴むのにも支障はない。
ミオン=129の再現体がアイヴィ=256の体当たりを受ける。それは未来を変えんとする行為だ。人形たちの間に広がる空間を、絶対の斬撃が深く別つ。されども、それは三号人類を破壊するには至らない。
アイヴィ=256は後悔をやり直そうとしていた。