ロンギング・フロンティア~居残り組、新大陸に挑まんとす~ 作:Z-LAEGA
「―――さて」
後は待つだけだ、とラエルカンは思った。
シャングリラ・フロンティアのセーブポイント関連仕様は少々歪だ。簡単に言うと、セーブポイントS{i}を破壊するとS{i-1}にリスポーンするようになる。この仕様とテントを併用すれば、大陸間をある程度自由に移動することも可能になる。……例えば、新大陸の
雨が降っている。
彼のいる〈住宅〉の窓に付着した水滴たちが、気だるげに少しずつ滴り落ちていく。雨音は世界を包み、さながらラエルカンに拍手を送っているかのようだった。
ラエルカンはウィンドウを確認すると、おもむろに頭上に再誕の涙珠を投げ上げた。直後に、彼のアバターはポリゴンに分解されて爆散する。紫色の聖杯の効果が切れたことで、先ほどの爆発や、着せ替え隊の面々に受けた攻撃や、『最大HP減少』から『最大HP増加』に反転させていた
「……」
雨はやかましく降り続けていたものの、その空間には確かに、秩序だった静謐があった。
「やっぱここかぁ」
そして、一つの声がそれを破る。
ラエルカンは振り向いた。〈
しかし、いたのだ。
◆
私である。
「よっ、と」
ラエルカンに睨まれながらも、【潮躱し】を切って彼の〈住宅〉に入り込む。【潮躱し】はやはり強すぎる、雨の中で使えばほとんど飛行魔法と変わらない。
「……なんで来たんだね、クグリン氏」
「雨の中を歩いて来たんだ」
「違う、手段を聞いているんじゃない」
「視界共有ヘッドギアでニコロの状況を把握して来たんだ」
「違う、方法を聞いているんじゃない。君は賢者の石を提供してくれたではないか、どうしてこのゲームをぶっ壊すのを止めようとする?」
はぁ……。
……窓についた水滴が日光を透かして、室内に独特な影を落としている。それはたゆたう水面にどこか似ていて、無機質な部屋に不思議なアクセントを加えている。
「このゲームをぶっ壊すなんて、好きなだけやればいいと思う」
私は影に包まれて、ラエルカンの質問に答えた。
「でも、私の
「騙した?どこがだ」
ラエルカンは言い返した。
「ヘッドギアを契約解除後も使えるのは誤算だったが……見たならわかるはずだろう。アイヴィ=256は後悔をやり直すことを望んだ。私は彼女の要求に従い、ライブラリの機密資料で知った【
「あれを
「ああ」
「そっか」
そっか。
「それじゃ、ダメだね」
私の周囲を小型戦車が周回し始める。
「残念だ」
ラエルカンが部品を露出させた大型の銃を取り出す。
「聞いておきたいんだけど」
私は最後に、『決闘』の申請を送りながら問いかけた。
「あなたをぶっ殺せば、ニコロは帰ってくるんだよね」
「ああ」
「ありがと」
申請が受理される。開戦の合図は酷くあっけなかった。
「【空蝉】ぃっ!」
初手退避、ラエルカンは何をしてくるかわからないからとりあえず逃げて様子を見る。浮遊感の向こう側に銃声が聞こえる。私を貫こうと銃弾が襲い掛かってくる。なるほどサブマシンガンをぶっ放す感じね。
「【
印を組み、炎弾を岐れさせる。とりあえずこれで銃弾を撃墜させて……えーっと、自走竜砲にセットした錬成毒は全く効いてない。まあそんな気はしていた。次は爆薬をセットしてみよう。
AZZを取り出しながら振り向く。銃には銃だァーーーッ!
「……あれ」
さっき撃墜したはずの銃弾が残っている。いやそれはいい、でも
「ちょ、【
「転移魔法を両方使ったな」
声が聞こえる。切り替わった先の視界が何やら変だ。それは発熱を意味するエフェクト、あるいは不可視の爆弾の起爆。地雷を敷かれている。
「盾に―――!」
AZZの引き金を引きつつ、自走竜砲に魔力操作で強制介入。爆発音が轟き、HPゲージが少し削れる。しかし死んではいない。ここだ!自走竜砲から追加で爆薬を発射させる。私の肉体に推進力がかかり、ラエルカンに向いたベクトルがはたらく。
「くたばれぇぇぇ!」
「……クグリン氏」
転移魔法で逃げようとしているな?【
「君の戦い方はワンパターンすぎるのだ」
声が聞こえ、気づけば天井を見ている。倒れた?違う、
「柔軟性があるように見えて、一つの手を封じられるとできることが大きく減る」
声がうるさい。
……おかしい、
「っ!」
額が痛い。見えない壁にぶつかった。バリア魔法か。
背中に一発、弾丸を食らったのが分かる。このままだと死ぬ。えっと……【
視界が切り替わる。しかしまたしても着弾だ。転移先を読まれている。
「ほら、このように」
ダメージフィードバックが続けざまに来る。もう逃げる手段がない。とりあえず自走竜砲を盾に……クソ、魔力切れだ。【黒潮】も同じ理由でダメ、煙幕はどうだろう?投げ込みつつジャンプ、なるほど弾丸がついてくる。何かしらの手段で私のアバターの位置を割っている。こうなると、もはや打つ手が―――
そこで、銃声が止んだ。
「わかっただろう」
振り向くと、ラエルカンの長身がシルエットを作り、煙幕の向こう側で私を見下ろしている。
「私はしっかりと対策をするタイプだ。君のやりそうなことには打てる手を打ってある」
そりゃ、ご丁寧に。
「こんなことは止めたまえクグリン氏、今の君では私に勝つことなどできないのだ」
……はあ。
分かっていた。ラエルカンはメタを張るのに特化している。準備すればティーアスを拘束できるレベルだ。私がどれだけ頑張ろうと、結局こいつの想定内でしかない。私は晒しスレの常連で、手の内も大体明かされているからだ。ピンチになったらとりあえず【空蝉】で逃げるのも、錬成物を投げつけてうまいことやろうとするのも。みんな、悟られている。
「……忠告ありがとう」
立ち上がる。ダメージエフェクトの赤色が、身体の所々に分布しているのがわかる。
そろそろ煙幕が晴れる。ラエルカンは銃撃を再開するだろう。その前に、これだけ表明しておく。
「ねえラエルカン」
「なんだね?」
「今の私じゃ勝てないっていうの、一理あるよ」
「そうだろう」
「だから、今の私じゃなくなることにする」
ラエルカンがその言葉にどう返すかは聞かない。代わりに私はシステムメニューを開き、いくつかの操作を経て二つのウィンドウを展開させた。
『職業【
『職業【
「当然だよ」
私は人差し指と中指を立て、二つの