ロンギング・フロンティア~居残り組、新大陸に挑まんとす~ 作:Z-LAEGA
【
咆哮が聞こえる。恐竜の皮膚の上で燃え盛る火炎が、その姿勢変化によって少しずつ形状を変えていく。
ボルクネスの出してくる恐竜デッキを見る限りでは、こんな竜は見たことがない。そもそも纏っている雰囲気からして違う。オルケストラが再現しているのは未開拓エリアの可能性が高い。
「
弱々しい合成音声が、咆哮にかき消されそうになりながらも砂上を駆ける。孤独に駆ける。
私はその主を知っていた。声のした方向……恐竜のすぐ横に目を向ける。そこには確かに一機の征服人形が、ダメージエフェクトに包まれながらも立っていた。
「……ニコロ」
「フックショットモード」
彼女の手中で。色の薄い肌の所々に、紅のテクスチャが痛々しく侵食する手中で。湾曲した刀のような形状を取っていた部品たちが、発光しながらその姿を組み替え始める。恐竜がぎろりと睨む。ニコロ―――違う。睨まれたのは、彼女の隣にいる征服人形の再現体だ。先ほどのニコロの発言から考えると、あれがミオン=129と言うことになるのか。その機体は再現体故か、うっすらと淡く蒼光を帯びている。
ミオン=129の再現体はガトリングを掃射している。恐竜の睥睨を意にも介さない。このままじゃ攻撃を受けて破壊されない?いやちょっと待てよ、むしろ……
恐竜が爪を振りかざした。銃声は止まず、誰も逃げようとしない。爪が空間を切り裂き、降り降ろされる。そして、ミオン=129に―――。
ぐさり。
ブッ刺さった。
ニコロの右手の中で組み換えを終えた部品たちは、特殊なピストルのような形状を作っていた。その形状でニコロはどうした?トリガーを長い人差し指で引いて、発射した。何を?ワイヤーを。灰色の鋼線が踊るように空間を進み、恐竜の体表の猛炎の中へと潜り込んでブッ刺さった。それで、ニコロは何をした?
「っ!」
彼女はワイヤーにぶら下がり、振り子のようにミオン=129に近づいた。ミオン=129を回収して退避する気か?でも左腕ユニットは喪失してるはず。じゃあ。嫌な予感が当たる。ニコロは右手のフックショットを
何を、しているんだ?
オルケストラはユニークモンスターの中でも特に有名だ。主にネタバレ配信のせい。私でも大体の概要は知っている。オルケストラでは単に敵に勝つだけでなく、敵との戦いを
ニコロが両手を支えに立つ。砂にまみれた彼女の機体を、恐竜がじろりと睨む。ニコロは……おい、まさか。
「
私の呟きはどうも正しいように見える。まずい。メニュー操作、二枚のスクロールを取り出す。
「【
【二重詠唱】は【加算詠唱】に効くけど、その逆は無理だ。つまりこの順番で発動すると、「【加算詠唱】された【瞬間転移】を二回発動する」ことになる。
「一回目っ!」
10メートル転移、背後に爪が迫るのを知覚しながらニコロとミオン=129に触れる。チェストリア収納は無理、オルケストラ内にいるのが関係してる?後頭部からダメージフィードバック、こりゃ間に合わなかったかな。
「二っ、回目!」
30度ほどターンしてもう10メートル転移、視界が砂埃から砂埃へ移るけど、右手の感触は残っている。とりあえず二体を緊急離脱させることはできたみたいだ。
「……え」
驚きたいのはこっちだ。
ニコロの衣装はミオン=129と比べて随分破けていて、私が触れた腕を覆っているはずの袖も引き裂かれていて。それで触ることになった彼女の素肌は、ずいぶん冷たく感じられて。その裏側に青い細線が走っているのがふと気になった。
「
「何でここから出ないの」
私たちの背後でミオン=129が立ち上がり、また棒立ちで機銃掃射を開始した。
ああ、過去の恐竜の咆哮が聞こえる。
「……
「そんなわけないよね」
めんどくさいなら、とっくにここから出ているはずだ。ミオン=129を自分から庇って、機体の隅々に損傷を残すこともない。
ああ、過去の炎が白亜に揺らめく。
「後悔をやり直したいから、だっけ?見た感じ……あんまり後悔をやり直せているようには見えないけど」
「……」
ニコロが俯く。どこか作り物みたいな、いや実際に作り物である影が、彼女の姿を砂上に移す。
ああ、過去の風が乾ききって吹く。
「もう、誰かに
「……」
私が黙る番だ。
ああ、過去の砂塵が纏わりつくように流れる。
それは。それらはニコロの心中の、決して消えない無念の象徴だったのだろう。一つの無念を決して捨てられなくて。ならばせめて、二つ目以降の無念をさらに積み上げることで無念の塔を伸ばすような真似をやめようと。そうニコロは考えている。自分が破壊されるとしても、彼女はそれを実行する。
なるほど、ふざけんなよ。
「そんなのみんな同じだよ」
あ~あ、恥ずかしいことを言っちゃうな。
「……え」
「この子が帰ってこないのが悲しいのはわかったよ、結果が分かってても見捨てたくないのもわかる。……でも、それは私だって同じだから!」
まあ、仕方ない。ゲームを遊ぶという行為は本質的に恥ずかしいものだ。
「クグリン?」
「私も」
恥ずかしさをかっこよさで上回れるか、それが重要になってくる。
「ニコロが帰ってこなかったら悲しいし、ニコロを見捨てることもできないんだ」
「……」
ニコロは黙って。黙って、ガトリングを延々と発射し続けるミオン=129の顔を見つめ始めた。
静止。機銃と足音だけがリズミカルに響く。
……長引くかな。【
「
え?
「現実世界に帰還する」
ニコロは儚げに笑った。あるいは、涙が出なかっただけかもしれない。どちらにせよ……その表情が以前とは少し違うものであることは、わかった。
変わり身が早い。いや違う、この変わり身は私の説得で急に生えてきたものじゃない。それは……これまでずっと『怠惰な征服人形』として無念の塔と向き合っていたニコロの、長い歴史の結果としての変わり身だ。彼女が実際にどう折り合いをつけたのかはわからない。ミオン=129のことがもう少し知れれば分かるんだろうけど、私はニコロの過去について余りにも無知だ。無知なくせに、こんな風にやすやすと踏み込んでしまうクズだ。
でも、それもいいかなと思い始めている。
「忠告:爆発が予想される、掴まって」
ニコロが最後に残った右手を差し出したので、私も最後に残った右手でそれを握った。握り返す力が妙に強い。
「……大丈夫だよ、離れてもまた掴むから」
「そう」
ニコロの飛行ユニットが運転を始め、効果音が流れ始める。ああ、これも初めて聞く音だ。
恐竜が吠える。機銃の音は鳴りやまない。だから、鳴りやませようとする。
爪が振り上げられる。ニコロは飛行を始めながら呟いた。
「おやすみ、ミオン=129」
ミオン=129の機体がふたつに裂ける。いや、ずっと前から裂けていたのだ。
◆
「……なるほど」
少し飛んだあと、私たちを衝撃波が襲った。そして何だかよくわからないアナウンスがドバドバ流れ……『Loading』とか言ってたっけ。結果として何と言うか、
『【
「正直言って、かなり興味あるんだけど……」
砂漠の代わりに現れたコロシアムの中央に、特徴的な角が見える。
『第一楽章……』
「もう時間切れなんだよね」
私の足元に魔法陣が浮かび上がって、ささやかな光をそこに宿した。
……さて、離した腕を掴みに行かないと。
『「眠れる孤』
私は消失した。