ロンギング・フロンティア~居残り組、新大陸に挑まんとす~ 作:Z-LAEGA
しかし逃げきれなかった。
街路。リスポーンしてから宿をもう一度出て、しばらく歩いたところだ。私がまさに足を踏み出そうとしていた石畳の上に、一つ長い影がヌッと現れた。
「なるほど、確かに【
振り向いた先にはラエルカンが、仄かに光る魔法陣の上で立っていた。
……ぶっ殺すか?
ビビるとか逃げるとかより先に、殺すか殺さないかという二択について考える必要がある。こいつを……殺すか?だって邪魔だし、ニコロを騙したし、隙あらば人に迷惑をかけようとする。明らかに殺した方が益になる。しかしよく考えてみると私だって、邪魔だし、誰かをしょっちゅう騙してるし、人に迷惑をかけまくっている。まずい、これだけでは殺す理由として弱い。もうちょっと……もうちょっと欲しいなあ。確実な正当性って言うか。あ、そういえばラエルカンってティーアスを襲ったじゃん!ティーアスを襲うのはもうダメだろ!私はダメだと思ったけど確証が持てなかったので、スクショアイテムを取り出してラエルカンを撮って晒しスレに投下した。「クグリン北wwww」みたいな時代を間違えているとしか思えないレスがポコポコやってくるが、見なければ無いのと同じの精神でウィンドウごと閉じる。よし、これで社会的殺害は完了だね!
「終わったかね?クグリン氏」
ウィンドウが閉じたのを悟られたのか、ラエルカンが話しかけてきた。そういえばいたんだっけ。
「先に言っとくけど銃は返さないからね!あのなんか燃えてるやつも!」
「
どうせダメージ反転聖杯を使えば最大HPが増え続けるようになって最強!とかそういう理屈でしょ。
「ダメージ反転聖杯を―――」
ラエルカンがおおかた予想通りのことを言い始めたので、私は聞き流しつつ燃ゆる貌とやらを取り出して眺め始めた。へえ、最大HPを削るのは明らかに悪用できるけど、メイン性能は頭部を起点に発動するスキルや魔法の強化……頭部を起点っていうのが微妙だなあ。
「―――というわけで最強なのだ。分かったかね?クグリン氏」
「その説明の前に言うことがあるんじゃないの」
「…………?」
ラエルカンは相当に怪訝そうな顔をした。純粋で無垢な何も知らない子供がするそれのようだった。いや、実際のところラエルカンはほぼ純粋で無垢で何も知らない子供だったのだ。みんなが楽しく遊んでいるゲームを破壊しようとしている時点で、むしろそれくらいでないとおかしかった。
……話題を変えよう。
私は溜息をつくふりをして晒し用スクショを撮り増しすると、再び彼の顔を見上げて言った。
「……わかった、それはもういいよ。これだけ聞かせて」
こっそり思考入力、撮った画像を追加で……投下っ。えーっとここまでのスレ民の反応は……クグリン北クグリン西ティーアスたんに手出すやつ全員殺したいいや殺すクグリン南クグリン東、なるほどね。掲示板なんて見ていても何の得もない、これ以上顔を出すのはリスクでしかないしやめておこう。まったく、掲示板に入り浸ってるような奴の気が知れないや!半透明のウィンドウがアニメーションを伴い閉じていき、その背後でぼやかされていた石畳が再び現れていく。
私はラエルカンに言った。
「……なんで、あんなに
ラエルカンが怪訝そうな顔をやめた。
……タイムトラベルだか何だか知らないけど、ラエルカンの作戦は何かおかしい。こいつがやろうとしていたことは要は二つ……「ティーアスに勝つ」こと、そして「勝った状態でオルケストラに行く」ことだ。前者はまあいいけど後者がおかしい。ただオルケストラに行くだけなら、わざわざ仮契約相手をニコロに絞らなくても、もっと破壊的願望を持ってるような相性のいい制服人形を探せるはずだ。そもそも、あの日ニコロと私がファスティアにいたのはたまたまでしかない。もしニコロがそこにいなかった場合、ラエルカンはそのあとどうするつもりだったのか。
「晒しスレは見てない?だったら見た方がいいよ、あなたの生爪を剥ぎたがってる奴が30人はいるから」
私はちょっと誇張した物言いをした。とにかく、『ティーアスに勝つだけ勝って後日制服人形と契約でき次第オルケストラに行く』というプランは不可能だと伝えたかった。
「……両手足でも足りない、か」
ラエルカンは何やら考え込み始めた。考え込んでいる間に晒しスレ……っと!危ない危ない。入力しかけた思考を止める。掲示板に入り浸ってるような奴の気が知れなくなったばかりだった。私は自分を制止しつつ、心のどこかがうずうずしていることも自覚していた。どこが?それは分からない。ただ……
ちょうど私がよくわからない感情を抱き始めたあたりで、思索をやめたラエルカンはこう言った。
「いいだろうクグリン氏、行動の理由を説明することにしようではないか」
そういうことになった。
◆
「よし、あの男を見ているのだ」
場所を移し、人気の少ない裏路地のあたり。街灯も届かない薄闇の中で壁に隠れるようにして表道を覗き込みながら、ラエルカンは私にそう言った。彼が指さす方を見れば……まあ、別段特徴もないようなプレイヤーがいる。アバターはとりあえず顔をよくしてはあるけどキャラメイクに力を入れるのは面倒だったと言った感じの風貌だ。腰から先細りのホルスターみたいなものを吊っているから多分軽戦士。服装は青系の地味な色の短袖、見え隠れする手の甲にはちらちらと光るものがある。指輪だ。指輪ほど行動を阻害しにくいアクセサリーもそう無い。別に四足歩行で歩いているというわけでもなく、一見すればどこにでもいるようなヤツに見える。
「彼がどうかしたの?」
私がわざわざ声を潜めて発した問いに、ラエルカンは答えなかった。代わりに何やらメニューを操作してインベントリから
「ちょっ」
と私が言い終わりもしないうちに、照準を合わせて引き金を引いた。
弾丸が破裂音と共に猛烈な勢いで発射され、青空をバックにわずかな時間飛んだあと、正確な狙いでもってプレイヤーに着弾する。
「……な」
当然、プレイヤーは振り返ろうとする―――しかし遅いのだ。発射前からラエルカンを見ていた私ですら、あまりの急さにうまく反応できなかったくらいなのだから。立ち上る硝煙を隠し去る鼠色の影を、マズルフラッシュが立て続けに暴いていく。セミオートで発射された銃弾たちは、そのままプレイヤーの肉体にダメージエフェクトをどんどん増やしていき―――
「……がっ」
そのまま……彼はノックバックで倒れながらも、最後の一発を脛に受けて。装備していたアイテムを石畳の上に
「ちょっと何してんの!?」
私はラエルカンと、その頭上で赤く輝くプレイヤーネームに言った。言いながら走り出した。よくわかんないけどとりあえずドロップアイテムめっちゃあるじゃん!!!誰かに回収される前に早く取らないとォーーッ【
「―――今、」
……
「おかしなことが二つ起きたな、クグリン氏」
背後から聞こえるラエルカンの声を、ウィンドウが展開する音が一瞬遮る。何々……あと29分間は所有権が維持されるためインベントリ等への収納は不可、なるほど。埋めるか。私はドリルを取り出した。
……流石に話は聞いておいた方がいいだろう。振り向いた私にラエルカンが続ける。
「一つ、ドロップアイテムが多すぎる」
ラエルカンが立てた人差し指は、身長に似合って長かった。
……まだちゃんと調べていないけど、例のドロップ率上昇の詫びバフはどうせこれが原因だろう。武器だけならまだしも、武器、防具、アクセサリー……すべてが落ちるのは流石におかしい。そして同時に、ものすごく
これは私もわかっていた。もう一つは……いや、なんとなく察しはつく。
「二つ、」
ラエルカンの人差し指の横で、より一層長い中指が立つ。
「
……そうだ。パッとしない奴とはいえ人が死んでるのに。ドロップアイテムがまき散らされてるのに。それを私がドリルで掘った穴に蹴りこんで埋めて30分経ってからまた掘り出そうとしているのに。本来であればそれを止めようとするはずの
「前者については、正直に言えば想定外だった。後者も―――まあサイレントアプデの類ではあるが、ゲーム内の情勢を見ていればある程度は把握できる。賞金狩人は別に完璧に闇に包まれた業種ではない、内部情報だって知れないこともないのだ。そして……王国騒乱の影響で賞金狩人が
ラエルカンが続ける。ドリルが回転を始める。私は無言で、彼が話すのを聞いていた。
「クグリン氏、王国騒乱は……間違いなく、荒れるぞ」
その言葉を聞いたのは―――石畳の隙間に空けた穴の大きさを確認している間だったはずなのに。私にはずいぶん、印象深く聞こえてならなかった。