ロンギング・フロンティア~居残り組、新大陸に挑まんとす~ 作:Z-LAEGA
・レビンカムイの雷纏黒卵
黒き雷が産み出した後に黒雲を通過したが、孵ることのなかった卵。
その身を解き放つことこそなかれど、素材として十分すぎるほどの魔力を有する。
思念無き無念。
「……」
降ってきて私のセーブを妨害した、例の欠片の説明文だ。
納得いかない。私は納得いかなかった。wikiを見た感じかなりのレアアイテムなのは間違いないけど、でもこのレアアイテムと新大陸行きならどっちがいい?と問われたら新大陸と答える。あわよくば聞いてきた相手をぶっ殺して両方、というのもいいかもしれないが、私には誰が『相手』なのかいまいちわかっていない。
実際……どうする?どうにか錬金術に活用できないかな。
「んー……そうだね」
そんな風に考えながら、木目を晒した木製のテーブルで雷纏黒卵とやらを弄んでいると、反対側に座ったジュゲッキが何やら言いたげだ。
ジュゲッキは
「何~?」
「クグリンちゃんの見たっていう『レビンカムイ』だけど、やっぱりベヒーモスの文献に載ってるみたい」
まあ……そうだろうね。wikiには載ってなかったけど。
情報の公開を謳って重いwikiまで運営している割に、ライブラリは案外隠していることの多い組織だ。先の竜災大戦でも、その隠している情報が戦局に大きく影響したとか聞いたけど……まあ、詳しくは知らない。なぜ詳しくは知らないのかというと、私は旧大陸にいて参加できなかったからだ。マジでふざけんなよ。
……この場合は隠していたというより、情報が多すぎて未整理状態だっただけ、ってのが近いかもだけど。
「そうだなー……まあ、この量なら直接加工するよりは触媒にする方がいいだろうね。電気属性を賢者の石に転写するとかがいいんじゃないかな」
「賢者の石かぁ……めんどくさいんだよねあれ」
「まあ、錬金術師に就職した時点で避けられない運命ではあるよね」
ジュゲッキは苦笑して、スカッシュのグラスに刺さったストローをずずずと吸った。ガラス越しに見える半透明の黄色が減退していき、ついには消えて無くなった。
それと同時に、ジュゲッキは溌溂に言った。
「ごちそうさまでしたー!クグリンちゃんはこの後ヒマ?」
「ん、ヒマだけど?」
何か用事でもあるのかな。
ジュゲッキは親しみやすい笑顔と共に、紫色の長い髪を少し振ってこう言った。
「ちょっと、検証に付き合ってほしくて!」
◆
そういうわけで、私は棺桶に詰め込まれつつある。
「棺桶じゃないよっ!」
いや明らかに棺桶でしょ!
「だから違うって!いい?これはね……漂流型の
いやでも……。
「じゃあ……なんで窓がないの?」
「強度の問題だね!」
「なんでドアが存在しなくて開けるときは斧でぶっ壊す方式なの?」
「強度の問題だね!」
「なんで灰色なの?」
「たまたま」
「いや棺桶じゃん!」
「棺桶じゃないよ!」
まずい、これじゃ水掛け論だ。そしてトップクランに入れることからもわかるように、言い争いは基本的にジュゲッキの方が強い。つまりこのまま水を掛け合っていると、いつの間にかこのカンオ家に詰め込まれて仮想世界の海の旅に誘われてしまう可能性が高い。というか、殆ど確実だ。何か、何か打破のきっかけは……そうだ!
「そ……そもそも、別に人間が入る必要ってなくない!?窓もなくてドアもないんだったら人間がいてもいなくても大して変わらないじゃん!神代製の発信機か何か取り付けたほうがいいって!」
「……それはね」
な、何?嫌な予感がする。ジュゲッキの口元が何やら……そう、ニヤついた、というか。相手をまんまと罠にはめてやった、みたいな、そういう笑みを浮かべているような気がする。よしダメだ、逃げよう!【空蝉】っ!
しかし発動しなかった。
なんで?
咄嗟に見たジュゲッキの手元で、黄緑色の……
「……それはね、」
私が【空蝉】を放とうとしたことにも、それを自身がクターニッドの報酬で制止したことにも触れさえせず、ジュゲッキは笑顔を保ち、改めて口を開く。
「確かに……発信機だけで無人の家も
ヤバい。
物理的には全くそんなことはないのに、ジュゲッキに対し
「さて……クグリンちゃん。人間が入る必要にツッコむってことは、逆に言えば」
ひ、ひぇぇ……!
ぶっ殺すか?いやダメ、というか無理。ジュゲッキを何度か奇襲したことがあるが、毎回レッドネームが付かない程度に返り討ちにされている。彼女はトッププレイヤーだ。
ジュゲッキの普遍たる笑顔に、青空が逆光で薄影を落とした。
「それ以外は問題ない、ってことだよね?」
そういうわけで、私は棺桶に詰め込まれた。
◆
まあ長い目で見れば、この検証に参加することで新大陸行き手段の確立に繋がることもあるかもね。
私は自分に言い訳をした。
ざばんざばんと四方八方から嵐のような波音が襲い掛かり、棺桶もとい棺桶型の家はぐらぐら揺れる。VRシステムの感覚保護がなければ、とっくに酔っていること間違いなしだ。というか感覚保護があるにもかかわらず酔いかけている。ヤバい。
「ど、どうしよう……」
狭い棺桶に木霊した呟きすら、波たちはその轟音によって攫い取って掻き消してしまう。このまま待つかログアウトするかがいいんだろうけど、この家にはベッドがないし船という扱いでもない……三回目に試みた密航のように、ログイン地点が海の「かつて家のあった場所」の上になってしまうのではないかという疑惑が拭えない。
つまり、待つしかない。
「いやこう……ええ?」
ダメだろ。私は思った。どう考えても生きて旧大陸に戻ることはできなさそうに思う。窓がないのはまあ良い、錬成した錬雷合金とか焔紅石で照らせばいい話だし、実際今もそうしている。ドアが無いのも、色々と出る方法は思いつく。食料も……使い切れるとは思えないけど、三週間分くらいは用意されているらしい。
でも。
「これ……
私のサブジョブ……上忍は忍者の上位職だ。そして、忍者そのものは盗賊の隠し派生職業。つまり私は、盗賊系統のスキルを簡単には使える。周囲の薄闇を細々と照らす、眼球に宿った黄色のスキルエフェクトからも分かるように……私は今、対象物質の「価値」を視るスキルを発動しているのだ。
で、その「価値」は徐々に下がっていっている。
価値判定スキルは、基本的にある種主観的だ。スキルレベルが上がるにつれその精度は上がっていくけど、初期状態では簡単な偽物を「極めて貴重」と判定することもありうる。しかし……この場合、制度は重要じゃない。「価値」がそもそも
……きっと、
この「価値」がゼロになったとき、一体この家はどうなるんだろう?そのへんの石ころにすら「価値」を見出そうと思えば見出だせる。「価値」が真に皆無なものは……ただ一つ、
なるほどね……。
「……どうする?」
このまま終われない、私は強く思った。
しかし特にできることはなかった。
私はこのまま終わることにした。
◆
数時間後。
いよいよ家の崩壊が近いみたいだ。
波音は、最初のころよりは少し弱まって感じられる。まあ、天気がなんか良い感じになるか悪い感じになるかしたんだと思う。しかして内部の薄闇は依然として薄闇で、ただ数個の錬成光源たちだけがそれを照らしているのも、やはりいつも通りだ。
そして―――その光源たちが、小さく淡いエフェクトと共に、私のインベントリに仕舞われる。
行動開始だ。
「刃隠心得、【空蝉】!」
このまま終わることにしたとは言え、足掻くくらいはしてみたい。
【空蝉】は要するに短距離ワープ魔法だ。転移魔法を習いに行って改めて分かったのだが、どうも【
「よっ……と」
棺桶の天井の上に転移した私は、とりあえず適当な出っ張りにしがみついて周囲を見渡す。辺りは闇に染まっていて、天の星々が唯一の光源だ。波たちの揺らめきがその天光を反射し、光輝の荒野を作り出す。
……よし、大体
私はインベントリを操作すると、瓶に収まった黒い液体を取り出す。私も棺桶の中で数時間何もしなかったわけじゃない。それならとっくに飽きてログアウトしてるはずだ。それでは、何をしていたか。
「あそこだっ!」
ジュゲッキから聞いた話から大体わかっていた、レビンカムイは黒雷を身に纏い、その挙動を
でも、私はこう思う。
この素材はあくまで「黒雷を纏わせる」属性のものだ。だったら、その対象は……なにも生物に限らなくても、伝導性と流動性を有していれば、何だって構わないんじゃないか。
「えいやぁっ!」
液体を海に流し込む。
錬金術師は魔力の形質変化を利用して戦うジョブ。だから、こういう芸当には慣れている―――私が送り込む魔力によって、黒を上塗りされた海の一部が……
雷を纏っていた。
「行けるところまで行くぞぉ~っ!」
波の塊の上に【水滑り】で飛び乗る。私はどの道魔力切れで死ぬけど、どうせなら少しでも、この星光たちの中で進んでみたかった。思考入力によって足元の波が蠢き始める。ざばざばと、昼間聞いたような波音が戻ってくる。
二分足らずで死んだ。