ロンギング・フロンティア~居残り組、新大陸に挑まんとす~ 作:Z-LAEGA
よし、殺そう。
私は決意した。
「ケケケ……それでよォゥ。495ポイントってのはまあ方便ッつーッかァ、実際は
はえ~わかるわかる。
ハイエナジーはすっかり上機嫌で、グラスに注がれた葡萄酒を飲む。大層うまそうに飲む。このゲームに存在する大体の飲料の例に漏れず、私には現実におけるぶどうジュース程度の風味しか感じられない。しかし彼は飲む。うっすい酒を大層うまそうに飲む。おそらく
酒場の照明が落とす温かみを帯びた橙が、立ち並ぶテーブルたち、カウンターたち、グラスたちに満遍なく光を与え、いくつもの薄影を床へと刻ませる。……その対象としては、私自身のアバターも例外ではない。葡萄酒のグラスの透明性がテーブルに浮かび上がらせる、どこか奇妙な薄影模様の横で……そこまで奇妙でも薄くもない影が、私の上半身をかたどって落ちる。
そこに隠れているのだ。
そう、私は……眩い照明に取り囲まれながらも、その真意を自分自身の影の中に潜めている。そうして眼光を必死に抑え、ときおりカウンターに残る木目に突っ伏すようなまねをしつつ、隣に座るハイエナジーの装いを観察してきた。それを経て……分かったことがある。こいつは
「ってェワケでよぉゥ……俺のSTRは
そうなんだぁ~。
……別にアルコールを実際に摂取しているわけでもないのに、ハイエナジーはやけに饒舌になった。そもそも単にPKの元締めやるならヤク漬けになって極振りなんて色物ビルドをする理由がないし、何か複雑な裏事情がある可能性がある。……まあ、私には関係ないことだ。
とにかく、そう。ハイエナジーはチェストリアを装備していない。デフォルトのポシェットタイプも、あるいはハゴノイゲのようなカスタムによる腕輪タイプも、身に着けている様子は見当たらない。考えれば当たり前だ。確かに常時レベルダウンしておけばステータスは跳ね上がるかもしれないけど、レベルアップによるほかの恩恵を受けることができなくなる―――例えば、
こいつは武器を持ってる。クソアプデの影響で落ちるようになった、落ちるはずのなかった武器たちをしこたま隠してる。そして……クソアプデとは関係なく、ハイエナジーは単純にPKだ。賞金狩人が来ないだけで指名手配はされている。つまり、死ねばインベントリの中身が全て落ちる。床に散らばったそれを私が回収すれば、ハイエナジーの稼ぎを全部いただくことが可能だ。
……よぉし。
私は手を挙げた。まずは飲み物を注文しよう。
「マスター、なんか適当な酒!」
「承知いたしました」
注がれた白い液体の水面を揺らし、天井の光を時折跳ね返させながら、一杯のジョッキがカウンターの上を滑って登場する。これは……何だろう。白いことしかわからない。
「なにこれ?」
「ライスミルクでございます」
「
確かに酒ではあるけどさぁ……。
……まあいいや、要するに飲めればなんでもいい。私はハイエナジーのほうをチラッと見た。よし、ちょうどいいタイミングでシステムメニューを操作中……多分
……そんなに薬が好きなら、私のやつも飲ませてあげるよ。
そう心の中で呟きながら、私はチェストリアから薬包紙を取り出した。錬成毒、もう錬金術師じゃないからそんなに多用できないけど、こういう場面ではむしろもってこいだ。薄紙を少し変形させ、中の粒たちをサーッとジョッキにブチ込む。ハイエナジーの最大HPは1、錬成毒への耐性判定ではSTRは参照されない。これを飲めば確実に死ぬはずだ。
ちょうどハイエナジーも服用を終えたらしい。私は彼に言った。
「おごりだよ」
私が毒入り甘酒を押し出す音が、喧噪の中に掻き消える。ハイエナジーは……よし、拒否する様子はなさそうだ。勝った……!私はガッツポーズした。
「クグリンゥ」
はぇ?
「これ、
何のことですかね?
私はしらばっくれた。ガッツポーズしていた手をそのまま開き、手をあげるようなポーズをとる。
ハイエナジーは突っ込んでくる。
「わかるンだよ―――俺ァ敵の攻撃を予測するスキルを持ってる。コイツは怪しいぜと思ったときに発動すればよォ―――毒だろうが、見抜くことはできるンだ」
言い切ると、彼は聖杯を取り出した。それが光るや否や彼は毒であるはずのジョッキに口を付け、「この毒ピリピリしててウメェな~!」などといいながらぐびぐびと飲み干し始めた。……STRとHPを反転したのか。
私はこのハイエナジーというプレイヤーについて理解しつつあった。ステータス反転聖杯を使うことで臨機応変と強さを両立させつつ、不意打ちには攻撃予測スキルで対処し、対処してる間にステータスを反転して相手をメタる。だいたいわかった。だいたいわかったけど―――。
「じゃあやって、ニコロ」
「
それって、一回やったらしばらくはできないよね。
ステルスアサルトの応用で部分的に隠蔽していたニコロが今、椅子の下から躍り出る。
「なッ―――」
ハイエナジーが驚きに呟く。遅い。このゲームで悪事をやるためには早さと速さが必要だ。でなきゃ、通行人が撃ってきた銃にも対処できず死ぬことになる。
ロープ……いやワイヤーだっけ。とにかく太い金属製の紐が、さざ波が海岸を襲うようにしてうねりながら空中を駆ける。それはいつの間にやらハイエナジーの脚に巻き付いている。彼の頭部が急降下する。椅子が倒れる音が大きく床に響いた。強い照明の中、わずかな埃たちが衝撃を受けて舞い上がっていくのが見える。
「確保:」
「お疲れ!」
私はニコロとハイタッチした。
「お、いッ……!」
「というわけで死んでね!」
そして適当な店で買った適当なナイフを取り出す。狙うはコイツの首筋ィーーーッ!HPがどれだけあろうと、破壊属性で頭を切り落とされれば間違いなく無力だ!
私はナイフを急加速させる。改めて考えると、握りの部分の形状が気に入らない。やっぱもうちょっとちゃんと選ぶべきだったかな?……そんなどうでもいいことを考えながら、悪質プレイヤーキラーを殺し、自分のチェストリアを肥やそうとする。
「断るねェッ!」
しかしハイエナジーはもう一度聖杯を取り出した。は?再びの藍光、再びのステータス反転。HPとどれと―――いや、結果はわかってる。どうせVITだろう。
鈍いSEが響く。さんざん加速をつけたはずのナイフが、岩を相手にしたかのように弾かれた。
「わかったろォ?クグリンゥ。テメェーに俺を殺すのは無理だァ」
カウンターの向こうのマスターは直立したままだ。店内にいるプレイヤーたちもみんな、私の野望が失敗したことを気にも留めていない。ただ平穏に、暖かい光の下でうっすい酒を飲んでいる。
……そっか。そうかもね。
「素直に呑もうぜェ―――まだまだ、夜は浅いんだァ」
起き上がり、倒れた椅子を立て直しながら、ハイエナジーはこちらへと笑いかける。
……仕方ないか。
「わかった、ごめん」
私は素直に謝った。
そして、さっきから用意しておいた
「これ、お詫びにおごるよ」
「おゥ、分かッたぜェ」
ぐびぐび。
ハイエナジーは毒にあたって死んだ。
「ッしゃあああああッ!」
やっぱりだ、攻撃予測スキルにはリキャストがある!聖杯で反転したから、HPは1に戻っている!そして……ハイエナジーはバカだ!安全確認して問題があったら止まるけど、安全確認がそもそもできない場合はとりあえず行く!
急に空間に展開した膨大な武器たちが、床へと影を落としながら塊になって落下していく。
「ニコロ!全力で回収するよ!」
「
これ全部私のだからなァ~~ッ!私は吠えた。ダンジョンを探索していたら宝箱を見つけた時のような興奮があった。重力に従い落ちていく武器たちの中には、豪勢なエフェクトを纏っているものもあって……それを、自分自身が感じている輝かしさと錯覚したのかもしれなかった。私はひとまず、適当に目に留まった斧に手を伸ばした。
斧が消えた。
「え?」
武器たちが消えた。
「いや~、あなたなら絶対やると思ったよっ!」
聞き覚えのある声が聞こえた。
振り向く。カウンターの端の方から聞こえたはずだ。そこにはいた。予想通りの人物がいた。頭上のプレイヤーネームは驚くべきことに赤くなくて、なんだかへんてこな文字列を表示していた。
……『
「……何のつもり?」
「えっとね、あなたの戦利品……持ってこうかなって!」
ちょっと待て。
チェストリアを確認する。もしもの時のため、戦利品関連だけハゴノイゲの持ってるやつのうち一つと共有してあるのだ。なるほど、全部彼女に持ち去られてるね。
「……」
「今日は久しぶりに外に出てとっても楽しかったよ、じゃあねっ!」
あ、消えた。どうやって?彼女の残像の足元に魔法陣あり。私があげた【
「…………」
店内は活気づいていて、しかし私にはそれが静寂にも思えた。それはあり得ない矛盾だったけど、これまでの一部始終が誰にも反応されないというのは、もはや沈黙のほうが近い状態だろうと思ったのだ。
なんだか悲しい気分になっていた私に、ニコロが話しかけてくる。
「
えっ!?
「ほんと!?」
つまり「ハイエナジーのドロップアイテムは全部持ってかれたわけじゃない」ってことだよね!?やったあ!やっぱりニコロはすごいや!
「
ニコロが無機物でできた掌の上に何かを実体化させ、私に突き付けてくる。えー、どれどれ……。
……
「えっとニコロ、これ以外には……」
そう聞くしかない。流石に
ニコロが答える。
「回答:この」
こ、この……?
「この1粒を含めて、同種薬物を247粒回収した」
……。
私はもはや何も言えずに、飲みさしだった葡萄酒のグラスに手を伸ばし、その濃ゆい紫色を口元に運んだ。
ひどく薄味の酒だった。