ロンギング・フロンティア~居残り組、新大陸に挑まんとす~ 作:Z-LAEGA
放り出された感覚がある。
それは実際のところ真実だ。ニコロはブースターを目いっぱい吹かし、
「
声が上がる。チェストリアへと収納される直前に、ニコロが私に投げかけた激励だ。その極めて自然に合成された音素たちは、群青色の空の中で霧散し、辺りの空間に溶け出していく。私といえば……もちろん、彼女の言うとおりに
私は返事をせず、【
……さてと、予想通り
「【空蝉】!」
叫ぶ。忍術が発動する。丸太が落下していく。視界が切り替わる。雲が少し近づく。
「【
叫ぶ。魔法が発動する。エフェクトが発生する。視界が切り替わる。雲が少し近づく。
リキャストの回転率的に……よし、このままのペースならいける!
「【空蝉】!」
叫ぶ。忍術が発動する。丸太が落下していく。視界が切り替わる。雲が少し近づく。
後は繰り返せばいいだけだ。気流がうるさいけど、その程度で私は止まらない。そう、すべては……
「かわいいモンスターのため……!」
私は決意を言葉にしながら、再びの【
……
…………
………………
「肝心なことを忘れていたのです」
コウガイガー氏は神妙な顔つきで言った。
というと?
彼女の奢りで注文した薄味のカフェオレを啜りながら、適当に相槌を打っておく。
「はい。王国騒乱中はワールドストーリーが進みませんから、発生するイベントも極端に予測不能なそれではないはずです。ですから……我々【
なるほど?
私のストローがずずずと音を上げる。
「しかし」
しかし。
コウガイガー氏の顔つきがさらに神妙になった。
「肝心なことを忘れていたのです」
肝心なことを。
空のグラスに残された氷をなんとなくストローでかき混ぜながら、その肝心なこととは何なのか推測してみる。んー、水分補給とか?VRゲームでプランニングするときに飲食休憩を忘れるのありがちだし、案外いい線行ってるかもしれない。
「その肝心なこととは、すなわち」
すなわち。
……割と引っ張りますね。
「
……へぇ?
「リュカオーンって……ユニークモンスターのあいつだよね?」
「はい、あいつです。……夜襲のリュカオーン、厳密にはその
「……つまり」
「はい。……問題は、巡礼中にリュカオーンと
……神経質になりすぎでは?
それが第一の印象だった。
巡礼は王国騒乱の五日間。リュカオーンが出現するのは、その短い期間でもさらに
しかしコウガイガー氏の意見は違うようだ。
「そんな確率はごくごくわずかだし、切り捨ててしまって構わないだろう―――という考え方もあるでしょう。しかし、このゲームには
力強い声色で続ける。
「王国騒乱というチャンスは一度しかない―――極力、事前に予想できる障害は除去しておきたいのです」
「なるほど。ちなみに何敗?」
「二敗です」
二敗じゃ仕方ないね。
私は納得した。
「……それで、どうやってリュカオーンとの遭遇を避けるの?」
「はい。【SF-Zoo】が出現パターンの情報を持っているはずなので、彼らと交渉して手に入れます」
へえ、あれって解析できるものなんだ。
【SF-Zoo】……スクショガチ勢のクランだ。かわいいモンスターからかっこいいモンスターから吐き気を催すモンスターから、とにかく『動物』と分類できるものを片っ端からパシャパシャやっている。あれの内部ってどうなってるんだろう?正直重度のケモナーと軽度のケモナーとただの動物好きが共存できるとは思えない気がするんだけど。……まあそれは置いておいて、『動物』に特化したクランが『狼』であるところのリュカオーンの情報を持っているというのは、まあ納得はできる。
しかし。
「……交渉って言うけど、
【SF-Zoo】は……トップクランだ。コウガイガーの持ってるコネがどんなものか知らないけど、【
「いえ、そこは大丈夫です」
しかしそこは大丈夫らしい。
「策があります」
策が。
コウガイガーはカッと目を見開き、言った。
「かわいいモンスターのスクショを渡せばいい」
………………
…………
……
そうそう、そういうわけでかわいいモンスターの写真を撮ることになったけど、でも実際大体のモンスターの写真は
「次で最後ぉぉぉっ!」
さて、頭上の雲もかなり近づいてきた。【
「【空蝉】ぃっ!」
視界が切り替わり、雲が消失する。高所特有の、単純な青空とも言えないような不思議な見え方の天球が私を包む。よし、雲を突き抜けた!
「出たぞ~~っ!」
やったね!とりあえず手拭いを仕舞いつつ印を組んで【水滑り】発動、コストMPをリジェネで相殺し、雲の上に立って辺りを見回す。しかし何もなかった。
……あれぇ?
辺りを見渡す。ジャンプしてみたりする。やはりそこには何もなく、誰もおらず、ただ雲々が悠々と漂っているのみだ。
……ジュゲッキは確かに言っていた。ヤバそうなヤツ……レビンカムイは、ベヒーモスの文献に載っている存在だと。【黒潮】を作るのに使った卵を考えても、『レビンカムイ』とは
「……
いや、
まあ可能性はいろいろ考えられるけど、とりあえず実際のところこの雲の上には何もいない。ただ直立する私の影が、綿のような氷晶の塊にへばりついているのみだ。
……どうしよう?
私は途方に暮れた。
理屈はさておき確かなのは、モンスターを探しにここまで来たのに、モンスターがどこにもいないということだ。ダメじゃん。ダメだった。
……どうしよう?
どうしようもない。リジェネの影響もあり、以前のように【水滑り】の燃料切れで雲から落ちることもない。私はただ、延々とここで途方に暮れているしか……。
『
早いよ~。
「ぎゃあああああああああっ!」
視界の隅でMPゲージが急速に減少していき、私のアバターが落下していく。クソ!!!!!!!!【空蝉】の印なし発動がすぐにできるようになった時点で分かってはいたけどさァ!!!!!!!早すぎるでしょ!!!!!!!
『刃隠心得奥義【水滑り】が変化しました:刃隠心得奥裏【潮躱し】』
筆で殴り書きしたような荒々しいフォントがそう告げる。正直カッコいいと思った。
カッコいいと思いながら、私は落下死した。
◆
「というわけで、無事に【SF-Zoo】から情報を得ることに成功しました」
コウガイガー氏は珍しく嬉しげに言った。
雲の上の生物を全く撮影できなくて終わりかと思ったんだけど、考えてみると必要なのは「誰も見たことがないモンスター」でしかない……それなら心当たりはいろいろある。具体的に言うと
「で、結果はどんな感じだったの?」
「はい。読み上げます」
コウガイガー氏が手元に握った紙を広げる。
「記載された日の20時から26時にかけて出現する可能性が大きい。15日、出現なし。16日、神話の大森林。17日、無果落耀の古城骸。18日、出現なし。19日、栄古斉衰の死火口湖」
「つまり……?」
「全部通りません」
「はい」
「はい」
こうして、今日も夜がやってくるのだ。