ロンギング・フロンティア~居残り組、新大陸に挑まんとす~   作:Z-LAEGA

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銃よ、竜よ! 其の八

 夜のことだ。

 波乱万丈を経つつフィフティシアに到達した私は、更けゆく夜に包まれ、神秘を放つ月光に見守られながら、潮風に満ちた港湾区域へと移動してきていた。足を一歩踏み出すたびに、私の脳裏を思い出が駆ける―――密航の思い出だ。結局、私の密航は最後まで成功しなかった。幾たび船倉に忍び込もうが、最終的な結末はいつも……海に捨てられるか、自滅するか。その二択だった。

 とはいえ、成功しなかったというのは、必ずしも失敗を意味しない。

 

「ようクグリン、生きてたんだな」

 

 私の視線に気づいたらしく、暗闇に染まった海波たちを眺めていたペンペンは、地面に座り込んだ体勢を崩さないまま首だけを振り向かせ、同時に片手を挙げてみせた。彼と二人で行動したのも、思えば密航が最初だった。そして……ある意味では、最後もやっぱり密航で終わると言える。私とペンペンが明後日……もうすぐ明日になるけれど……十九日に実行するプランは、「他の船への寄生」だ。ペンペン自身の言葉を借りればこれは「船単位の密航」、私たちがやってきたことの集大成ともいえる。

 

「当然でしょ」

 

 片手を、挙げ返す。三日でフィフティシアに行かないといけなくなったときはどうしようかと思ったけど、こうして何とか二日でたどり着けた。プランも万全だし、リソースだって揃えてある。あとは十九日を待てばいい。そのあとやることさえやれば、旧大陸の呪縛は効果を失い、私たちが解放される時が来てくれるはずだ。

 

「十九日、頑張ろうね」

 

「ああ」

 

 視線を波打ち際に移す。眼前の海原を覆う暗がりの中には、揺れる水面が跳ね返した月光がぼんやりと浮かび上がっている。段々と連なるそれらは、遠目には線条の道を描いているようにも見えて……その道を追いかけて進んだ果てには、きっと巨大な新大陸が、私たちを待ち構えているのだった。まだ前日にもなっていないのに、既に鼓動が速まり始めているのがわかる。

 ……ダメだ、海を見ると楽しみになって仕方がない。

 私は興奮を抑えるため、いったんフィフティシアの街並みを眺めることにした。フィフティシアはそもそも中立都市のため、王国騒乱の「イベント判定」エリアに含まれない。PKをすればレッドネームになるし、そもそもPKがしたい奴は普通に戦争に行っている。それもあって……旧大陸における最終都市は、まるでクソアプデなんてなかったみたいに、銃声一つ聞こえないまま平和な賑わいを見せている。

 

「そろそろ日付変わるし俺は落ちるぞ」

 

「乙~」

 

 背後からペンペンのログアウト音が聞こえる。私もそろそろ寝ようかな?システムメニューから時計を開けば、確かにあと少しで24時になるみたいだ。んー……いや、いったんフィフティシアを歩いておこう。旧大陸からは一刻も早く脱出したかったけど、別に嫌いなわけではなかった。その空気を、最後に目いっぱい吸っておこう。

 私は立ち上がると、街の喧騒に向けて歩き出した。

 歩き出すと同時に。

 

 ―――ずどん

 

「え」

 

 轟音を聞いた。

 それが銃声だと理解するまで、しばらくかかった。

 周囲の賑やかな空気が急激に霧散し、息をのむような静謐が広がる。無理もない。フィフティシアにはそもそも戦争から避難するために来ているプレイヤーが一定数いるし、ましてやさっきの……銃声というよりは()()のほうが正しいんじゃないか、というくらいの爆音だ。

 

「…………」

 

 叩き込むのにうってつけの沈黙が広がっているというのに、二発目の銃声は聞こえない。だんだん街に喧しさが戻り始める。銃声の正体が何かはわからないけど、わかったところで何が起こるわけでもない。だったら、変に身構えたって意味がない。みんなそう考えたんだろう。私も、普段ならそう思うはずだ。

 ただ。

 

「……()()

 

 私が見据えるずっと先。天空に漂う平べったい雲が()()。物質的に赤くなっているんじゃない、おそらく真下から赤色の光を照射されているんだ。その光景はまるで夜が燃えあがっているかのようで、随分不気味な見た目をしていて……。

 

「ピヨピーッ!」

 

 夜空を横切り、ハヤブサが一羽飛んでくる。伝書鳥(メールバード)だ。軽やかに翼を動かすそれは、空中でまっすぐな軌道を描く。そして……突き進んでくる。

 

「……私宛て?」

 

「ピヨッ」

 

 可愛げな鳴き声で応じると、ハヤブサは展開し始めるメッセージウィンドウを置き去りにして、再び天空へと舞い上がっていく。―――そのモーションがまるで()()のように見えて、私は不吉さを覚えずにはいられなかった。いや、きっと気のせいだろう。私は希望的観測をしながら、送られたメールを読み始める。まさか差出人は……ああ、ジュゲッキだ。

 

『クグリンちゃんすぐに来て』

 

 一行ずつ読んでいく。それが限界なのだ。全部一気に読んで、冷静を保てる自信がない。

 

『貴方が今向いている方角にそのまま走ればいい』

 

 当然のように私の位置情報が割れている。たぶん気付かないうちに発信機を仕込まれたんだろう。いつもなら叱りに行くところだけど、今はそれどころじゃない。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが最後の行だった。

 私は『閉じる』ボタンも押さず、メールウィンドウを突き破る勢いで走り出した。雲を衝く赤色は一層濃さを増しているように見えて、それがなんとも不気味で―――展開しっぱなしの時計ウィンドウの、十二月十八日の到来を告げているさまが、視界の隅にちらりと映った。

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