ロンギング・フロンティア~居残り組、新大陸に挑まんとす~ 作:Z-LAEGA
先ほどとはうって変わった静謐が、降り注ぐ冷たい月光に引き立てられている。それを思いきり打ち破るように、ニコロの背に展開したごついブースターは炎を噴射していく。ごう、という音が響いて、その先端で私たちが飛ぶ。
「よしこの辺!この辺で降ろして!」
「
がちゃがちゃと、金属音が鳴る。ブースターが噴射を徐々に停止し、同時進行で変形していく音だ。ホバリングモード的な何かに移行したニコロが、両脇に抱えた私たちと共に高度を下げていく。私は隣のジュゲッキにきっぱりと言った。
「よし、ここで死んでもらうよ」
「……なるほどね」
彼女は受け答えをしながらも、手元に展開した時計ウィンドウを確認しているらしかった。私も視界の端に置いているけど……現在、0時29分。移動時間も考えると、リュカオーンに噛み砕かれる奴を数に入れなければ……戻るころには、ファイアの銃は二千百八十七丁になっているはずだ。
「……本当にいけるんだね?」
珍しい。ジュゲッキが、こんなことを確認してくるのは。とはいえ彼女の気持ちもわかる。もしも私が考えた策で二千百八十七丁のライフルを打破できなかったとすれば、その先に待っているのは破滅だけだ。
時間を惜しむべきなのは双方わかっている、ここは手短に済ませるべきだろう。私は近づいてくる地面と、その手前にある時計ウィンドウに浮かぶ角ばった数字フォントを見つめながら……言った。
「保証はできない」
でも。
「私にだって、守りたいものくらいあるから」
いくら五分ごとに強くなるとは言え、ファイアの強さにも限界があるだろう。流石にこのゲーム全体が破滅するわけではないはずだ。ただ……フィフティシアについては、わからない。私の新大陸行きを守るためには、この戦いに勝つほかにない。
「それを信じてほしいな」
「……わかったよ、クグリンちゃん」
ジュゲッキが承諾したところで、ちょうど私たちは着陸した。朧げな月光が作り出す僅かな陰影が、地についた足をそこに描き出す。
「ニコロ、ちょっと離れてて」
ニコロが一歩退いたのを横目で確認すると、私は拳を握りしめた。暗闇の中でもわかるほどの興味の色が、ジュゲッキの瞳に宿っている。その顔を―――
「
僅かに加えたそよ風のようなパンチが、どう考えても不自然な
「さぁて……!」
スキルエフェクトの残滓が右腕に残るうちに、私はジュゲッキの飛ぶ方角を見据えた。そこは単なる平原ではなくて―――無果落耀の古城骸の終端に位置する平原だった。何が違うのか?明確に違う。このゲームには―――私が居残り続けた旧大陸には、一つのセオリーが存在する。つまり、
眼光が見える。それを目指して駆け出す。
そいつは―――ついさっきまで見ていた真なる竜と比べれば、余りに見劣りする
ユザーパー・ドラゴンが立ちはだかっている。
飛翔するジュゲッキのアバターが、激突する。動かなくなる。発光する。ポリゴンと散る。極めて典型的なデスポーンの演出だけど、今はクソみたいなアップデートが適用されている。彼女が装備していた武器と防具とアクセサリーはドロップされ、インベントリ拡張アクセサリーがドロップされたことで、その中に入っていたものがまるまる落ちる。深夜の闇など簡単に暴けるような、圧倒的なまでの
虹色に光る、弾倉だ。
「ピースは揃った」
ちょっと言い回しをスカしすぎたかもしれない。でも、きっとこんなものだ。現に私は明媚な月影の下で目標に向けて全力疾走しているわけで、これ以上のスカした……
「ショッピングの時間だよ!」
BW-ビーコンを取り出す。ベヒーモスのオンラインショッピングに接続する。超過機構が組み込まれてる奴をありったけ購入し、チェストリアに転送されてきたそれらをそのままぶちまける!
「それでもってェ!」
【空蝉】発動、銃を【スティール】しはじめたユザパの後ろに回り込む。その後ろ姿は―――まあまあデコボコした鱗は、まあまあ大きな翼は、まあまあかっこいい尻尾は。それらは何の変哲もないドラゴンのようで、コウガイガーたちの憎しみを背負うには、少々頼りないようにも感じられた。
「よっ」
ちょうどいい位置にあった尻尾に手を触れる。それは忍術を発動するための手だ。もう片方の手で印を組む。組むとすら言えないほど簡単な印だ。ただ、人差し指と中指を立てるだけで成り立つほどなのだから。
簒奪者たる竜のそこそこ大きな体を見上げれば、その向こう側には満月が、さっきまでと同じように輝いていた。いや、同じじゃない。5分や10分ではとてもわからないほど悠長だけど、月は確かにその位置を少し変えている。だったら私も変わって見せる。速いか遅いかの違いでしかないのだ。
息を吸い込む。冷たい空気が口内に入ってくる。それを飲み込んで、銃が
「【超転身】!」
甚大な量のエフェクトが飛び交う。それらは眼前の竜の巨体を包み込んで、忍術特有の文様みたいな奴をはさみながら、輝き、耀いていく。星々にすら届きそうだと思ったけど、実際のところ届くはずはなかった。でも、それでいい。世界を切り裂く五芒星になれなくても、望遠鏡くらいにはきっとなれる。
視界が白に塗りつぶされる。サウンドエフェクトがとめどなく聞こえる。肉体に不思議な感覚が来る。
私は変身した。