ロンギング・フロンティア~居残り組、新大陸に挑まんとす~ 作:Z-LAEGA
続くかはわからない
1. 人権を得よう!
今日は
「こちらどうぞ~」
奥古来魂の渓谷に侵入した3人――私・ニコロ・ボルクネスの前に最初に現れたのは、なんかそういう係の人だった。
具体的にどういう組織の何をするプレイヤーなのかは分からないんだけど、とりあえず妙に生活感のある
なんかそういう係の人のおおむね朗らかな、しかしどこか機械的な……労働への疲れみたいなものを垣間見せる笑顔に、ニコロが私たちを代表して質問をぶつける。
「
『これ』というのは、なんかそういう係の人が差し出してきた一枚の紙切れのことを指す。白色のそれの表面には少し皺が見えて、黒いインクで「18.3」という数字が殴り書きされている。……この文字もなんかボールペンで書いた感あるんだよなあ。コンビニで貰う領収書のそれだよ。
世界観破壊野郎は言う。
「整理券っスね。
返答の間、なんかそういう係の人の視線が虚空を泳いでいるのを私は見逃さなかった。声色が妙に棒読み気味だったことも考慮すると、たぶん……カンペを見てる。おそらく来た奴の質問に対する応答をどうするかみたいなマニュアルが事前に策定されているんだろう。
「この『18.3』っていうのはどういう意味? 『18組目で人数は3人』とか? だとしたら結構待たないとだね」
「いえ、日付っス。人気なんで」
「え、『1月8日に3人で来い』ってこと?」
「いえ、『18月3日に来い』っス」
「は?」 私はなんかそういう係の人を睨みつけたが、
「人気なんで」 するりと躱された。コンビニバイトのくせに意外とやれるのかもしれない。
「18月って何?」
なんかそういう係の人が一瞬フリーズした。多分私の質問がマニュアルになかったんだろう。ないことある?
「……えー、来年の6月っスね」
……。
私はなんかそういう係の人から整理券を乱暴にひったくると、少し背伸びをした。そしてなんかそういう係の人の肩越しに、奥古来魂の渓谷で何が起こっているのかを確認した。
それは……長蛇の列だった。
渓谷に蔓延する瘴気の只中。暗く見えづらい視界の向こうには、夥しい数のプレイヤーたちが思い思いの恰好で佇み、あるいは座り込み、もしくは湧いてきたモンスターと戦い、それともなんかレジャーシート的なものを敷いて寝ていた。寝るのはリアルでやれよ。
……整理券のシステムがあるのにわざわざ並んでいるというのはどういうことか? おそらく彼らはある程度若い番号の、それこそ「1月何日」くらいの整理券を手に入れて、もうすぐ自分が討伐する番が回ってくるという所まで来たから、いったん並んで待つことにした……いうなれば、
それじゃあ……私たちは。年単位の待機を強要されている
「あっ自分そろそろ定時なんで帰りますねー」
本当にバイトだったんだ。
なんかそういう係の人がそそくさと帰り支度を始める。私は彼がいなくなる前に、一つだけ質問をしておくことにした。
「ちなみに時給っていくらなの?」
給料についての質問なんて接客マニュアルに載ってるわけない……はずなんだけど。なんかそういう係の人は、少し胸を張るような態度をしながら、ここまでで一番の即答を見せた。
「80万マーニっス」
悪くないな……。
◆
「どうしよう」
ボルクネスとフィロジオをしている。例によってお手製だ。リヴァイアサンに行けば本物を遊ぶこともできるけど、新旧大陸間の移動は単に面倒だ。それに……なんだかんだで、こっちの方が慣れている。
「どうするって、来年の6月まで待てばいいだけじゃないか?」
ボルクネスはソルティアの手を緩めずに言った……どうやらワンターンキルに挑戦中らしい。私より一足先に新大陸に到達した彼は、リヴァイアサンでフィロジオを相当研究し、それまであやふやだったルール解釈にも磨きをかけたようだ。結果、彼のお手製フィロジオのクオリティもより高くなっている。クオリティがより高くなった結果がワンターンキルなのどうなの?
……それはともかく。
「来年の6月が来るより
私は冷静かつ論理的な反論を行った。
ボルクネスのトークンを動かす手がぴたりと止まる。
「確かに」
確かにだった。
私がツチノコ杯で心理戦を繰り広げたり暗黒森林仮説を証明したりしている間に、旧大陸のほうではいくつもの話題が生まれ、過ぎ去っていった。まあシャンフロでも過去最大レベルの大規模イベントの真っ最中である以上、話題なんて生まれまくって然るべきなんだけど……その中でも一つ、なかなか風化せずに残った話題があった。
その話題は配信者絡みのもので、王国騒乱の新王側に属している……なんだっけ。ガ何とかさん的な名前の人が配信で披露したスキルが強すぎる、という内容だった。風化しなかった理由はいくつか考えられる。配信者の持つネームバリュー。そのスキルが
だけど何より……『強すぎる』という文字列が、誇張でもなんでもない
テキストに記されている効果は、「HPがゼロになった時、三度までHPを半分まで回復して蘇生する」「発動時点でHPが回復できなくなる」「蘇生するたびに習得しているスキル・魔法の三分の一が使用不能になる」。あとテキストに記されていない効果として「蘇生時の数秒間は謎の粒子化形態(無敵判定あり)になれる」。
は?
いったん具体的な強さについては省くけど、とにかくこんなクソ強いスキルを運営が
でも、来年までは持たない。当たり前すぎる。
「私たちは今すぐ
そしてノーリスク追い剥ぎライフを送らなきゃいけないんだ。
しかしボルクネスは乗り気じゃなさそうだ。彼はしれっと極悪コンボを完成させつつ言った。
「何かありますか? ……いや、確かに君にとっては必要かもしれないが……」
確かにボルクネスは基本的にフォロジオばかりしているヤツだから、ロスメモがあったところで大した使い道はないだろう。今回の狩りも私から誘った。
「ないですサレンダーで。……ならさ」
テーブルから少し身を乗り出す。
展開したフィロジオプレイマット(やはりお手製)を自分の体の影で覆いながら、ボルクネスの顔に口を近づけ、一つだけ提案する。
「
◆
げっ、さっきと同じ人だ……。
「こちらどうぞ~」
いくつかの準備をしたのち再び訪れた奥古来魂の渓谷。その入り口で私たちとは別のプレイヤーに整理券を渡しているのは、さっき入り口にいたのと同じ、バイトみたいな服装をしたバイトだった。いやこの服が整理券配り係の
何が目的なんだろう?
……まあ、それは置いておいて。
「次の方~」
「20月何日」とか書いてある整理券を渡されたプレイヤーがとぼとぼと帰っていくのを気にも留めず、バイトは冷徹にそう呼びかけた。ど、どうする……? 交代の時間とか言ってたから今日はもうこいつに会うことはないだろうと踏んで来たけど、
「こちらどうぞ~」
いや、立ち止まっていたら整理券を手渡してきた。私がもう整理券を持ってることを覚えていればこうはいかない。まあ考えてみると、マニュアルを機械的にこなすだけのバイト風情が人の顔を覚えられるわけがないよね! 私は安心して数歩踏み込んだ。
言う。
「いや、整理券はもう持ってます」
そう断ったあと、インベントリに仕込んでおいた紙切れを取り出す。材質の面でも形状の面でも、その紙切れは先ほど渡された『18.3』と、ほとんど同じ性質をしていて……ただ、内容だけが違っていた。
『1.4』
今日だ。
ボルクネスのメインジョブは
「通してもらえますよね?」
私はやりすぎないように注意しながら、本心からの微笑を浮かべた。
◆
いや~それにしても暇だね。
待機列に並びながら雑談をしている。
私は最初、
同じD隊の人が周囲に質問する。
「みんな、
次々に答えが上がる。
「PK!」
「オルケストラ偽典」
「そりゃPKだよ」
「闘技大会で頂点に立ちたい!」
「PKかな」
「流派スキルがどういう扱いになるのか検証したい」
「PKッス」
何という殺人集団……。
これだけPKer志願者が多いわりに、彼らの頭上を見てみるとレッドネームの割合は案外少ない。まあ
質問者が私の方に手を差し出す。
「あなたは?」
「追い剥ぎかな」
私はあえてPKという言葉を選ばないことでお前らとは一味違うぞ感を醸し出した。
「要するにPKですよね?」
無駄だった。
普段はリスクを恐れて立ち回っているがロストメモリーという絶対の武器を前に気を大きくしつつあるチキンこと私は、目を上空の方へと逸らす 。そこに広がる虚空には、おどろおどろしい瘴気たちだけが、整理券なんて勝手なルールからまるで解き放たれた有様で、ゆらりゆらりと漂っていた。
◆
十数分後。
「さて……いよいよだぜ」
さっき質問したのと同じプレイヤーはそう呟くと、装備品らしき直剣を握りしめて立ち上がった。どうやらリーダーみたいな役割を担うつもりらしい。こっちとしても、まとめ役がいた方が都合がいい。
彼の動きに従って、Dパーティに属するほかの面々も立ち上がっていく。金属装備がぶつかりあうかちゃかちゃという音や、布装備があげる微かな衣擦れが、渓谷の重厚な空気の中を静かに拡散していく。
前方――A、B、C隊の人々が同様に立ち上がる更に向こう側。先ほどまでは無かったひとつの影が、白霧の向こうにゆらりと浮かび上がる。そのシルエットには直線が多く、鎧姿と一目でわかる。
さあ、戦闘開始だ。
『モンスター
ん?
アナウンスにどこか違和感を感じた。頃にはすでに次の言葉が始まっていた。鎧姿の輪郭が、なんだかひときわ大きくなって……。
『討伐対象:
「
『
全滅した。
隔世之感です