ロンギング・フロンティア~居残り組、新大陸に挑まんとす~ 作:Z-LAEGA
そういうわけで、ベヒーモスに来ている。
「よ、よしクグリン……い、行こう」
ボルクネスも一緒だ。
私がレベルキャップを開放していなかったのには理由がある。当初は新大陸の施設でしか解放できなかったことと、レベルが長い間
「あんたら……普段は見ない顔だな」
第一階層で試練に立ち向かうべく歩いていると、知らない人がニヤニヤしながら冷やかしを入れてきた。
なんだこいつ……。
私は戦慄した。ここが第一階層だからだ。ベヒーモスの第一階層なんてのは、wikiを読んでもわかる通りアスレチックしかないような場所だ。このプレイヤーは、アスレチックしかないような場所に、「普段」なんてものが生じるくらい長く居座っていることになる。
頭上に目をやってプレイヤーネームを見たいけど、その一方で目を合わせたくないという気持ちもある。二つの相反する気持ちがタイル張りのつるつるした床の上で対立をはじめ、ただ時間だけが無為に流れていく。
「俺の名前はK・オトシス」
頼んでもいないのにプレイヤーが自己紹介を始めた。怖い。しかし好都合、これで目を合わせなくてもプレイヤーネームが分かる。
私が
「ジョブは
知らない人間を呼び止めて粘着するだけあって、ビルドまで粘着特化らしい。
私がどのタイミングでこの場を去るか見極めている間も、時折聞こえる近未来的な効果音を浴びながら、オトシスは淡々と続けている。
……
正直、私はワクワクしつつあった。横で俯いているボルクネスには申し訳ないが、このオトシスという男……謎を抱えている。謎解きは大抵楽しいものだ、オトシスの何の必要があるのかわからない自己紹介も、謎解きの
「趣味は……」
趣味は?
「新規プレイヤーが第一階層でアスレチックしてるのを妨害することだな」
これ以上嫌な解答編ってある?
オトシスはカス野郎だった。
流石にもうダメだ、顔を合わせないよう見つめていた埃一つない床から視線を外し、オトシスのほうを見る……場合によってはぶっ殺す必要が出てくるからね。
オトシスのアバターはモヒカンで、両肩に謎のドクロを装備しており、頭上のプレイヤーネームは当然のように赤く染まっていた。私が自分の少し上を見ていることに気づいたオトシスは、ニカッと笑ってこう言った。
「普段はギリギリ死なないよう調整してるんだけど、この前間違えてヘッショしちゃってね」
逃げよう。
私はボルクネスを引き摺って逃げた。
◆
しかし逃げられなかった。
オトシスのAGIは妙に高かった。
「へへ……なァに、ナイフを向けてるわけでも無えんだ、そんなに俺を避けるなよ」
強引に隣に立ってきたオトシスが言う。
むしろお前にナイフを向けてやろうか?私は思ったが、言わなかった。どうせすぐ近くにリスポーン地点がある。
「よォし……やってやるぞおおおおっ!!」
「がんばれ~~っ!」
「いけーっ!」
そうこうしている間にも列は進み、先頭にいた赤髪のプレイヤーが歩み出て、新たにアスレチックに挑戦する。装備の質から言って……レベル50になって即ベヒーモスに来た、って感じかな?まあベヒーモスの攻略はそこまでレベルを要求しないって聞いてるし、こういうプレイヤーもある程度いるものなのだろう。
赤髪が走り出す。同時に、オトシスの眼光がぎらりと光る。な、何をする気なんだ……?私はビビった。しかしビビることしかできなかった。
「うおおおおおおお!!」
そうとも知らず、赤髪はゴールに聳える巨大な扉に、そして巨大な扉の向こう側にある未来に向けて突進する。突進突進……ここでジャンプ、謎のオーラあり、たぶんスキルエフェクトだ。動く足場を跳んで跳んで跳んで跳んで突破。よく走り続けられるなあ……スタミナに結構振ってそうだ。
「よしっ!」
次、トゲトンネル。インベントリからちゃぶ台を出して床に置き、その上を走って難なくクリア。インベントリからちゃぶ台を出すって何?いや、家具職人ならありうるのか。私が考える間にも、置き去りにされたちゃぶ台は四方八方からの刺突を受ける。あっ壊れた、耐久力は高くなさそうだ。初期職業をサブジョブに置いたときの性能……つまり、
「おりゃっ!」
次、レーザー。私の見立てではここが一番の難関だけど……ん、立ち止まって?うん。ウィンドウを開いて?うん。
「ていっ!」
いやていっではなくない?やってることはただの動物虐待じゃん……まあいいや。この赤髪、どうも見た目ほど正統派じゃないようだ。
次、シャッター。回復ポーションをガブ飲みしながら突進。確かにトラップは基本的に破壊属性を持たないから、体がちぎれる心配はないわけで……じゃあ最初の一撃を耐えられれば、後は普通に前に行くだけなのか。緑の回復エフェクトと赤のダメージエフェクトにまみれてクリスマスツリーみたいになった赤髪が、最終関門へと進んでいく。
「うおおおおおおお!」
さあ最後、振り子。鋭利なる刃たちが往復する危険地帯。これをどうやって切り抜けるか……おっと?縄を取り出した。
「縄傀儡【
荒縄が冷たい照明の下で踊る。その先端が少し先の振り子に巻きついて、反対側に掴まった赤髪を宙に舞わせる。振り子そのものも動くから、これでワイヤーアクションするのは結構難しそうだけど……いや、いけてる。随分器用に縄から縄へ、赤髪はすいすいと飛び移っていく。列に並ぶ人々からも歓声が上がる。すご!
「いっけえええええええ!」
最後の一跳びだ。赤髪は全霊を身体に込めて跳躍し、ゴールへと思いっきり近づいていく。近づく、近づく、近づく―――ああ、もう目と鼻の。
ずどん。
「え」
赤髪が姿勢を崩した。
オトシスに狙撃されたのだ。
姿勢が崩れても、慣性は止まらない。赤髪の体はコントロールを失ってゴールへと一直線に飛び……そして、本来は避けられたはずのギロチンをもろに食らって、ポリゴンに分解され消えていった。
周囲を見渡す。やられる前にやらなければという気持ちがあった。オトシスをみんなで処刑しましょうと、そう言うつもりだった。でも。
「あ~……残念だったな」
「惜しかったねー」
「最後の最後でバランスを崩しちゃったな」
……
いや、そんなはずは……あんなに大きな銃声だったのに。でも実際のところ、列に並ぶプレイヤーたちは一人としてオトシスを責めない。それどころか彼のことを見すらしない。
「あ、あんたは……一体……!」
私はクソ野郎の顔を睨み、呟いた。
「……ククククク……!」
オトシスは笑った。めちゃくちゃ悪そうに笑った。多分裏でこの笑い方の練習をしている、そう確信できる程度に悪そうだった。ひとしきり笑うとスナイパーライフルのリロードを始め、こう言った。
「ステルスアサルト……それが、俺のスキル名さ」
私は巻物を取り出してメモった。
よくわかんないけど攻撃が相手から認識できなくなるスキルでしょ?めっちゃ便利そうじゃん。
是非とも……欲しいところだね。
私とオトシスの眼光が、ちょうど同時にぎらりと光った。