忌み子の勇者   作:赤宮真琴

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起床、仕事へ

「……い、……きろ。……起きろ、ノア」

 

 ──声が聞こえる……その声で意識が浮上する。

 ……どうやら、俺は眠っていたらしい。

 

 ──そうだ、あの後冒険者共(あいつら)と別れていつもの路地裏で眠る事にしたのだ……にしても、まさか3ヶ月も前の事を夢で見るとは思わなかった。

 それだけ深く心に刻まれたということか……。

 

 あれから3ヶ月──前世の記憶を得てから半年──経っており、もう既に誕生月を過ぎて俺は9歳になった。

 

「おい? 大丈夫か?」

「……おっさん?」

「おう、こんばんわだな。……で、お前はなんでここで寝てんだ?宿とか取ってないのか?」

 

 目覚めて最初に見たのは、門番のおっさん──グレイという名前で、前に教えてもらった。もっとも、今更名前呼びもなんだかなぁ……と、ずっとおっさん呼びしているが──だった。

 何だか心配しているようだな……まぁ、9歳児が路地裏で雑魚寝してたらそりゃ心配するよな。

 

 ──だからといって、理由を言えるわけがない。

 

「別に……疲れててここで寝ただけ。そういうおっさんこそどうしたの?」

 

 まだ日は昇っていない。寝起きなのでちょっと機嫌は悪いのがわかる……そのせいでちょっとだけだが棘のある言い方になってしまった。

 まぁ起こしたのはおっさんだし、俺は悪くないよね? うん、悪くないはずだ。

 

「俺ぁ今から家に帰るんだよ」

「門はどうするの?」

「門は施錠してるよ。この時間帯なら人はそう来ねぇ。それに、睡眠とって飯食ったら、また門番の仕事をすることになる」

「へぇ……交代とか、しないの? というかさ、おっさん以外の門番っているの? いっつもおっさんが門番してるじゃん」

「あー……まぁこの町はさほど大きくはねぇからな。一つの門に一人の門番がいる感じだ。大きい町や王都ならまた話は変わるんだろうが」

「なにそれ、休みとかないの? 病気にかかったらどうするの?」

「まー、ねぇなぁ……体調が悪いだとか、単純に休みてぇとかで休む時は、冒険者ギルドから信頼できる奴を代理として寄越してもらう。俺は使ったことはねぇ。なにせ依頼料は、代理を依頼した門番の給金から引かれるからな」

 

 門番、めちゃくちゃブラックだった。だからか、おっさんは欠伸をして眠たそうだ。

 そうして、おっさんの話に関心を示していたら、何かが近づいてくる気配を感じた。

 

 気配に敏感になったのがわかる──【気配感知】スキルが発動したのだ。同時に俺自身の眠気も吹っ飛んだ。

 【気配感知】は通常(コモン)スキルにあたるもので、読んで字の如くスキル効果範囲の気配を感知する。なかなかに便利なスキルだ。

 

 ちなみに実際に取得してるかは不明だ。そういうのを確かめる鑑定系のスキルは多分持ってないし金がないから視てもらうこともできないからな。

 だが明らかにこの3ヶ月で気配に対して敏感になってきてるので何かしらはあると思う。

 

 ……おっさんに聞いたら「それは多分気配感知っていうスキルだな」と言っていたので、間違ってたら全部おっさんのせいにしておこう。

 

 ──その【気配感知】に反応したのは、一匹の猫だった。

 

「お前か、こんな時間に来るなんて思ってなかったぞ……もしかしてずっと来てたの? となると悪い事してたな……」

「……ノア、この()()は一体何だ?」

 

 この世界では、黒髪黒目は嫌われる傾向にある……というか、"黒"は忌み嫌われるものとして扱われているようだ。

 その一番の理由はさっきちょろっと出た神様が関係しているらしいが──俺が神が嫌いになったのはここに起因するが、それはまた別の話だ──詳しい事は知らない。

 ただ、風の噂だが【魔族】も黒髪黒目だとか聞いた事があるので、もしかすると【魔族】のせいなのかもしれない。

 

 少なくとも、黒猫族()はそれで色々苦労しているわけである。……問題は、【黒猫族】に関してはそれだけが理由ではないということだろうか。

 

 "黒"が嫌われるこの世界では当然黒猫も嫌われる対象になる。まぁ【黒猫族】の俺が嫌われてるんだから黒猫が嫌われるのは当たり前だが……そんな事も相まってるのだろう、この猫は一ヶ月程前に俺が寝てるこの路地裏にぐったりとした様子で眠っていた。

 

「……前にぐったりしてのを見てさ、自分の飯をちょっとだけあげたら、何か懐かれた」

 

 いつものように黒猫に餌を──といってもまさかこの時間帯に来るとは思ってなくて非常食の干し肉しかないが──渡す。

 黒猫はニャアと鳴いて餌を食べ始め、ぺろりと平らげた。いつもと違い干し肉をあげただけだが、満足してくれたらしい。

 

 ──1ヶ月前に、何故なけなしの食料を分けたのか。……それは俺にもわからない。でも、なんとなくほっとけなかった……ただ、それだけだ。

 

「ふーん……黒猫に餌やるなんざ、珍しい奴だなお前」

「そう? 可愛いじゃん」

「そうか? ……そうなのかもな。人それぞれだわな、そういうのって」

 

 どうやらおっさんも黒猫は嫌い……というわけではないが、好感情を持ってるわけではないらしい。

 少し悲しく思うが、それがこの世界の常識でありおっさんの感性は正常なものだ。

 ……尚更、おっさんに俺が【黒猫族】だというのがバレないよう、徹底しなきゃな。

 

「……ん?そいつの眼……これは────」

「あぁ、綺麗だろ? ()()()()()っていうやつだよ」

 

 この黒猫は普通の黒猫とは違い眼の色が左右で違う、いわゆる【虹彩異色症(オッドアイ)】というやつだ。

 黒猫の瞳は、右が水色で、左が赤色で中々に綺麗な瞳をしている。

 

「こいつはもしかして魔術猫(マジカルキャット)? いや、左右で色が違うなんて聞かねぇし決めつけるのも早計か……?」

「ん? 何か言った?」

 

 黒猫の瞳をじっと見ていたら、おっさんが何かぶつぶつと呟いていた。

 

「ん──いや、何でもねぇ。ところでよ、ノア。お前そういう知識……オッドアイなんて言葉どこで知ったんだ? 俺も知らねぇ言葉だから、日常で使われるもんじゃねぇだろ?」

「んえっ……と。いやぁ、たまたま? たまたま商人の会話で聞いて知ったんだよ……ほんとだよ? 左右の眼の色が違うのはオッドアイだーって、ね……?」

 

 おっさんの問いに、内心で冷や汗をかきながら答える。おっさんには自分の出自は話していないし、当然前世の話なんてしていない。

 ただでさえ【黒猫族】は嫌われているのに、更に意味不明なこと(前世の話)を言い出したら、それはもう頭のおかしい子供でしかない。

 

 ……そう、内心で思考しているうち、おっさんはまた別の疑問を感じたようだ。

 

「そうか……それはそうとして、よ。その黒猫って魔術は使えんのか?」

「え、魔術? いや見たことないけど……お前魔術使えるの?」

 

 【魔術】。俺が【魔法】だと思っていたものの正式名称──といっても認識は俺の想像通りゲームとかに出てくるあの【魔法】と大体同じだ。

 

 蘇生とか、人の力では到底成し得ない事を【魔法】と呼ぶらしい。そのため、基本【魔法】が使えるのは神様だけである。

 

 そう──この世界には、"神"がいる。まぁ、今はそんなに関係のない話だ。

 神が存在するのを知った俺個人の感想は()()()()()()()()、程度だしな。

 

 俺は詳しくないのでわからないが、魔物(モンスター)ならともかく動物って【魔術】を使えるのだろうか? ……いや、人間だって"亜人"だって使えるんだし使えるのかもしれない。

 ただ、俺はこの黒猫が【魔術】を使うところを見たことがない。だから多分使えないとは思うけど……。

 

 黒猫は俺の問いかけに、ニャアと鳴くだけで【魔術】を使う様子はない。やはり使えないのだろうか。

 

「──使えないよ、多分だけどね」

「そうか、ならいい。んでノア、お前こっからどうするんだ?」

「どうするもなにも、起こしたのはおっさんでしょ? まぁ意識は覚醒したし、しばらくここでゆっくりしてるよ。おっさんは……家に帰るんだっけ?」

「おう、つっても門番専用の家ってやつで、俺個人の家じゃないけどな」

 

 いわゆる社宅というやつだろうか。おっさんが前愚痴っていたから門番という仕事は相当ブラックな仕事なのだろうが、社宅ぐらいは用意されているらしい。

 

「ん……じゃ俺はもう帰るわ。あーもう眠ぃ──ノア、寝てるとこ悪かったな」

「んにゃ、いいよ別に。おやすみおっさん、良い夢見ろよ」

 

 おーう、と気のない返事をするおっさん。だいぶお疲れだったようで、その足取りもどこかふわふわしていて危なっかしい。

 その様子を見守り、見えなくなるまで眺めた後、一言ぽつりと呟く。

 

「……少し、肌寒いなぁ」

 

 ──未だ日は昇らず。薄寒い時期になってきたのもあるが、この時間帯は寒い。

 

 ()()はまだまだあるけれど、今から寝れるとも思えないし……とりあえず、時間がくるまでゆっくりしておくか。

 

 ◆◆◆

 俺の朝は早い。もっとも今日に限って言えばおっさんに起こされたからいつも以上に早かったのだが。

 

 それでも、俺の朝はいつも早い。俺が起きて行動する時は、いつも賑わってる大通りに人っ子1人いないからな、皆寝てるんだ。

 唯一起きてるの門番や冒険者ぐらいじゃないだろうか。

 

「お、今日もいるな。毎日毎日ご苦労なこって」

「都合のいい荷物持ち(ポーター)(トラップ)解除の斥候役として重宝してやってんだ。アルジェントさんにゃ感謝しやがれよ!」

「アルジェントさんが口添えしてなきゃテメェ今頃死んでたんだからなァ」

 

 彼等は俺の「雇い主」だ。アルジェントというおっさん──最初に俺に話しかけてきて、俺が追い返されるかもしれないという時に口添えしてくれたおっさんだ──がリーダーの冒険者パーティで、全員むさ苦しいおっさんである。

 まったく華がないこのパーティに俺が雇われ荷物持ちをやっているのには理由がある。

 

 ──俺はあの時、【黒猫族】がどれだけ嫌われていたか、完全には理解していなかった。

 

 そりゃああの時の冒険者らしき人達の殺意は本物だった。

 ……けれど、世界規模であそこまでの人がいるとは思わなかった。

 

 俺が【黒猫族】であることがわかった時の荒れようはそれはもうすごいことで、中には俺の首を刎ねようと剣やら斧やら持ち出してきた奴もいる。

 なんなら小冊子(ガイドブック)通りなら中立な立場である受付嬢達も冷ややかな眼を向けていた。

 

 それを収めたのがあのギルド内では兄貴的立場にあるらしい──レーゲンの冒険者ギルド内唯一にして現最高階級の銀階級冒険者なんだとか──アルジェントだった。

 

『何もしてねぇってのに殺すだぁ? 荒くれ者が多い冒険者だとしてもありえねぇだろ』

『冒険者ってのは自由であるべきだ、誰だろうが冒険者になる自由はあっていいはずだろ?』

『それに、こいつを冒険者にしちまったのは俺だ。責任は取る……ひとまずは俺らのパーティの荷物持ちでもさせて、監視でもしときゃいいだろ?』

 

 ──と、アルジェントが言った事により俺の処遇は一時的ではあるがアルジェントのパーティの荷物持ちということで落ち着いた。

 

 もしもあの時、アルジェントが場を収めていなかったら──俺は殺されていたことだろう。

 アルジェントには感謝してもしきれない──と言いたいところだが、アルジェントがよくても彼のパーティメンバーは俺の事を良く思っていないようだ。

 

 他のメンバーはとうの昔にアルジェントの元へ向かったのに、1人残った彼は嫌がらせと言わんばかりに、俺の目の前で荷物をぶち撒ける。

 食料類等もあるだろうに、扱いが杜撰すぎる……おそらくそれらの責任も、俺におっ被らせる気なのだろう。

 

「おら、荷物を持てよ糞餓鬼! アルジェントさんがお前を生かす事にしたから俺等も手ぇつけてねぇんだからなァ!」

「……」

 

 

 パーティメンバーは怒気を孕んだ声で俺にそう言う。

 

 ──そんな事知ってますよ、むさくるしい。

 

 ……だなんて言えるはずもなく、ダンマリを決め込むが……どうやら今日は機嫌が悪いようで、いつものように無言であることに顰めっ面を浮かべるパーティメンバー。

 

 ──そして、パーティメンバーは予想以上の行動に出た。

 

「なんとか言えよコラァ!」

「────ッ!? ガハッ、ゴフッ────……ッ!」

 

 パーティメンバーは蹴りをいれてきた。肺に入っている空気が全て吐き出され、咳き込みながら情けなくその場に崩れ落ちた。

 

「アハハハハッ! こいつ悶えてやがるぜ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 パーティメンバーは俺の苦しむ様を見て、大笑いしている。

 ──【黒猫族】は人間より強固な肉体を持つ"亜人"の中でも異質。あるべき頑丈さはなく、力も弱い。

 唯一人間を超えている部分があるとすれば、猫特有の俊敏さや聴覚、嗅覚だろうか。もっともそれも、他の【獣人族】と比べれば()()()()()()()()()()()()で、この場では何の役にも立ってないのだが……。

 それに最近は、あまり役に立っていない気がする。何というか、この町に来てから俊敏性以外の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()────。

 

「まぁいい。愚図、俺は先に行っておくから、この荷物全部よろしくな? 絶対に落とすんじゃないぞ! 一つでも落とせば容赦しねーからな!」

 

 気が晴れたのか、男はそう言い残して他のパーティメンバーとアルジェントの元へと歩いて行った。

 思考の渦から脱した俺は、ズキズキと痛む腹を庇いながらもぶち撒けられた荷物を拾い集める。

 

 幼女にこんな大荷物を持たせるとか本当に屑だな……と思うが、口に出せば何をされるかわかったものではない。盗み聞きに有効なスキルを持ってた場合、聞かれてしまうからな。

 無理矢理荷物を詰め込みさて行くか……という時、後ろから「にゃあ」という鳴き声が聞こえた。

 

 振り返れば、そこには今朝も会ったいつもの黒猫が佇んでいた。

 その左右で違う綺麗で鮮やかな瞳が、俺を貫く。

 

「……クロ、何だよ。一緒に来る気か? 危ないぞ……と、言ってもわからないか」

 

 名前がないのは不便だと思って、簡単に「クロ」と呼んでいる例の黒猫は、不思議と俺から離れない。

 

「ついてくるな。何されるかわかったもんじゃないぞ? 今朝のおっさんはちょっと嫌がるだけだったけど、他もそうってわけじゃないんだ。だから、絶対ついてくるなよ……いいな?」

 

 見つかったら俺もクロも蹴られるか殴られるかするし、罵倒されるだろうから。

 クロは「にゃあ」と鳴いて俺の足元までやってきた。伝わってるのか伝わってないのかいまいちわからないが、ちょっと離れてもついてくることは無かったから、多分わかっているんだろうが……。

 

「……じゃ、行くか」

 

  歩を進める。パーティメンバーが待っている──俺を、ではなく荷物を、だが──ので、足早にその場を去った。

 

 ……その背中に、黒猫が静かに決意を固めているのに気づかず。




 黒猫(仮名:クロ)
 年齢:1歳 性別
 ある時からノアが寝床にしている路地裏に現れた黒猫。「黒」が忌み嫌われるこの世界において、黒猫は迫害の対象である。
 幕間か何かで彼の視点が語られるかもしれない。

 これからも不定期に更新していきます。
 誤字報告等ありましたらお願いします。
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