幼女に厳しい世界で幼女になった 作:室戸菫はかわいい
海岸沿いの街を見下ろす高台。そこは今や血と臓物の地獄と化していた。
数多の異形がひとりの年端もない少女に群がる様はモンスターパニックというべきか。
しかし少女は普通ではない。普通ではないからこそ、
――――様子を見て適当なところで切り上げますよ。
「アァァェアィァアアアァィイイイアアアア!」
「ぐっ……! この、程度……!」
果たして適当なところとはいつなのか。
この群れに終わりはあるのか。
たとえ終わりがあったとして、私は生きていられるのか。
千寿夏世は眼前の敵を撃ち払いながら自問する。
普段であればこんな考えはしない。戦闘以外に思考のリソースを割くことは己が相棒以外にはないのだから。
それでも考えずにはいられないのはあの『眼』を見てしまったからか。
道具でしかない自分たちを人間として扱う、きれいな瞳を。
そんなことを考えてしまっていたからだろう。
ただでさえ頭脳型の私が、その利点を削ったから。
「オオォ■■■キシェァァァァァァ!」
「ご、がは……っ」
エリマキトカゲのような異形の尻尾が胴を打ち据える。
吹き飛ばされる刹那の間に弾丸を打ち込んだのはプロの意地。トカゲモドキは絶命した。
さりとて衝撃が殺せるわけもない。小さな体躯が木にたたきつけられ、折れ曲がった。
骨と内臓が傷ついて口から赤い液体が漏れる。
悪いことは重なる。
衝撃でメインウェポンのショットガンがおしゃかになってしまったのだ。
トラップや持ってきた手りゅう弾はもう使い果たした。
丸腰でも戦えないことはないとはいえ、それだけ。
やっぱり、死ぬのだろう。
それでもいいと彼女は思えた。
自分がここで果てたとして、相棒が生きていさえするなら。
でも。
「……はっ、はっ……」
先ほどから散発的になった戦闘音と、それに反比例する巨大な衝突音。
あの少年、里見蓮太郎は間に合ったのだろう。
しかし、冷静な思考がそれを否定する。
「…………ッ」
自分の相棒は生きていないだろうと。
息があれば突撃を繰り返す、きってのバーサーカーだ。彼は。
だからその雄叫び1つ剣戟1つ聞こえないというのなら、そういうことだろう。
それでも、それだからこそ。
「は……ァッ!」
今、ここで眠るわけにはいかない。
頭のなかでキチキチとうるさい声がするし、右腕は満足に動かない。
しかしそれだけだ。
あの戦いを邪魔させるわけにはいかない。
たとえこの身が朽ち果てようとも。
少女は立ち上がる。
依然劣勢は変わらない。それでも、やらなければならないことがあるから。
しかし世界は無常だ。
数の暴力。
ただそれだけのことで少女の儚い覚悟は汚される。
異形が群がる。
少女は対抗する。
異形が群がる。
少女は抵抗する。
そして幾度目かの衝突の末、少女は地に伏した。
異形の巨大な口が迫る。
噛みつかれれば一気にウイルスを流し込まれ、
そしてそのあとは。
優れた頭脳が少女に末路を告げる。
もう、体は動かない。
「将監、さん……私も……」
待ち人の名を呼びながら、少女はその運命に身をゆだねた。
されど。
運命よりも先に。
「■■■――」
声なき声で絶命したのは、異形の方だった。
「ぇ……」
夏世はだれかほかに仲間がいたのかと考えて、即座に否定する。
いたのであれば将監と一緒に襲撃をかけているか、とっくに逃げているはずだから。
じゃあ、なにが?
まだ生きている聴覚が、森からの舌ったらずな声を拾った。
「夏世ちゃんさ~ぁ、カッコつけ過ぎじゃな~い?」
「だ……れ……?」
夏世が声の方に目を向ければ、森の中から出てきたのはひとりの少女――同類だった。
そして、それは彼女の知己でもあった。だがそれはありえないこと。
彼女はすでに――――。
しかしそれでも、夏世は
「アル……ちゃん……?」
その問いに、少女も答える。
「うん、アタシだよ☆ 夏世ちゃんのことが大好きな、アルだよ」
「どう、してここに……」
「あはは、おかしなことを聞くね。そんなの決まってるじゃん」
赤い瞳をしたその少女――アルは、夏世の体を優しく抱き留めて言った。
「友達を守るためだよ。遅れてごめんね」
「…………ッ!」声にならない声が夏世から漏れる。
「将監くんも大丈夫。だからもう、眠っていいんだよ」
アルが言ったことは夏世の一番の関心ごとだった。
即座に詳細を求めようとするが、酷使した体は
「よくがんばったね。あとは、任せて」
せめてこれが泡沫の夢でないように。
そう願いながら、優しい声に脳を溶かされて、夏世は深い眠りについた。
◆ ◆ ◆
「この悪魔が! 死ね! 死ね!」
「がっ、ぁ……」
オレが目覚めたのは、鋭い痛みの中だった。
何が起きてるかわからないくらい痛みが何度も何度も襲ってきていた。
かろうじて状況がつかめたのは、オレは集団リンチを受けているということだった。
なぜ? どうして? どういうこと?
殴られ蹴られ斬られながらも直前の記憶を必死で探した。
昨日は仕事を終えて家に帰ったはずだ。
酒も飲んでないしたばこも吸ってない。酔っぱらって誰かに絡んだとは思えない。
それでもこうして暴行を受けている。
ひょっとして記憶にないだけでやらかしたのだろうか?
「この赤鬼が!」
「悪魔の赤目! 死んでしまえ!」
「お前らのせいで俺の彼女がよォ!」
それでも、この状況は異様だと思う。
彼らの言うことは言いがかりも甚だしいし、どうして周りの大人は見て見ぬふりをするのだろう。
こんな、こんなスラム街のようなものがこの日本にあるのか?
時代錯誤だ。前時代的だ。
しかも加害者たちは身なりが貧しいわけでもなさそうなのだ。そして成人をしてもいる。
一過性の不良がどうの、という話ではないだろう。
余計に意味がわからない。
「おい、聞いてんのがゴラァ!」
首を捕まれて持ち上げられ、みぞおちに蹴りをもらった。
「ご……ふ、ぅ……げ……ぇ」
「なんとか言えよこのドグサレが! キメェんだよ!」
胃液が口から漏れ、地面に蹲る。
痛くてなにも言えねえよ。というか横隔膜いったか? 余計にしゃべれなくなってんじゃねえか。
「か、ひゅ……ひゅ……」
呼吸もきつい。苦しくなってきた。
本格的にまずい。このままだと死ぬ。
こいつらはほんとに何なんだ? 気がふれた異常者なのか?
少なくともまともじゃない。
なんだ、なんでこんな目にあってるんだ? 何か悪いことをしたのか?
夢だと思いたかった。
だけど、この痛みはどうしようもなく本物だ。
どうしたらいいのか。体に力が入らない。逃げられないのか。
「おい、こいつ反応鈍くなってきてないか?」
「あーあー、化け物が聞いて呆れるぜ」
「じゃあ、もういいか?」
「そうだな。もういいだろ」
なんだ、急になんの話をしてる?
「この前俺さぁ、バラニウム製のナイフを拾ったんだよ。ずっと使いたかったぜ」
「おっ、そりゃあいいな! 化け物の末路にゃ最適じゃねえか!」
「そうだな、やっちまえ!」
「おうよ!」
なんだ? なんの話をしている?
焦っても仕方ないとはいえ、嫌な予感がする。気持ちも悪くなってきた。
かろうじて目線を上にあげると、青年のひとりが黒いナイフを持っていた。
「……ッ!」
直観する。
アレはやばい。なにかわからんがやばいことは確かだ。
「ぁ……ぅぅ……!」
「おいおい、こいつ逃げようとしてるぜ?」
「逃がすかよバァーカ、テメェはここで死ぬんだ!」
「ぁ……ぐ……」
這って逃げようとするも、他の男たちに足で押さえつけられてしまう。
まじか? 正気か? 殺人罪だぞ、こいつら本気でやろうってのか!?
悲しいことに、どうやらマジのようで。
「それじゃあ、死ねや」
サクッ、と。
場違いなほど小気味よい音がして、オレの体は軽くなった。
ついでに視線も高くなり、男たちのそれと同じくらいだ。
「はは、ははは! やった! やったぞ! 俺はやったんだぁぁぁぁぁ!」
「うぉぉぉぉぉ! きれいな切れ味だったな! それ俺にも使わせてくれよ!」
「ああ、いいぜ。これで化け物どもを皆殺しだ!」
「皆殺しだ!」
「皆殺し!」
「皆殺し!」
「皆殺し!」
ひとりの青年が皮切りとなり、その場の青年たちは熱に浮かれて大合唱を始めた。
というか、結局なにが起きたんだ?
体は動かないし。
かろうじて動く目だけで下を見ると。
首無し少女の死体があった。
誰の
決まってる。
わかってしまっている。
あの胴体は、オレのものだと。
瞬間、理解した。
そっか。
そして意識が途切れて。
・千寿 夏世
彼女の死は原作主人公の心に抜けない楔を打ち込んだ
・伊熊 将監
いわゆるかませキャラ。原作主人公とはソリが合わなかった。
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