幼女に厳しい世界で幼女になった 作:室戸菫はかわいい
夜は眠れるかい
「何が征服だ、木更さんはモノじゃねぇっての……」
蓮太郎は愚痴をこぼしながらも
目当ての人物は正面奥の大きな執務机に居た。
彼女は肩を怒らせながら書き物をしていたが、扉の開閉音に反応して万年筆を放り、プイと腕組をしてそっぽ向く。
『私まだ怒ってるんだからね?』と言いたげだ。
その様子を見て蓮太郎は手を頭の後ろに持っていき、ひと呼吸置いて意を決した。
「その……悪かったよ、木更さん。俺はアンタを憐れんで言った訳じゃねぇんだ」
木更は片目を開いた。その目は『で? それがどうしたの?』と語っている。
どうやら聞く気はあるがプライドも残っているらしい。
「だから、あー。その……」
気恥ずかしさで蓮太郎は口を閉口する。
「……俺は、ここで働きたいんだよ。木更さんと一緒に……ずっと」
言ってから、まるで告白のようなセリフだと気付いた。
顔が熱い。急激に逸った血流が全身を駆け巡る。
変なところで初心な木更も片耳が真っ赤になっていた。
「…………」
「…………」
数秒か、数十秒か見つめ合い、今度は木更が口を開く。
「…………私が、そんなにいいの?」
「ああ……木更さんだからいい」
「未織よりも?」
「――ッ」
蓮太郎はなぜあいつが出てくる、と言いたくなった。
確かに好意の量であれば木更に傾くが、今ここで頷いたら武器や弾薬を提供してくれている上に捜査まで手伝ってもらっている未織を裏切るような気がする。
蓮太郎は曖昧な返事で濁そうとしたが。
「私、物事を曖昧にしておくのが嫌いなのよ、里見君」
木更が釘を刺すように言った。
「未織と何をしてたかなんて聞きたくないし、話さなくていいわ。だけど答えて頂戴、里見君――私のコト、スキ?」
そのセリフに蓮太郎は浮足立った。
好きか嫌いかで言えば好きだ。しかし木更が自分を好きではなかった場合、これからの生活がぎこちなくなってしまう。そんな一か八かの賭けをするよりも友情的な解釈で――返そうとした時、声が浮かんだ。
『アタシは木更ちゃんを狙っちゃおうかな☆』
蓮太郎はなぜかその言葉に激しい怒りと焦燥感を抱いた。
そしてそのまま衝動的に行動を起こす。
「ああ……俺は、木更さんが好きだよ」
「ひゅっ……!」
木更は今度こそ顔を真っ赤にさせた。
「な、なぁ……木更さんは……どうなんだよ……」
黙ったままで答えが返ってこない不安に駆られた蓮太郎の決死の問いかけはしかし、木更はにやにやと笑みを浮かべてぶつぶつとひとりごとを喋り始める。
「ふ、ふーん……そ、そうなのね。やっぱり蛇女より私が良いんだ。へ~、えへへ……当然よね。お嬢様だし、幼馴染だし、可愛いし、社長だし、上司だし、お……おっぱい大きいし。ひひひ……勝ったわ……ついに勝ったのよ……! ざまぁみなさい蛇女! 私はあんたに勝ったのよッ!」
謎の勝利宣言を聞いて、蓮太郎は心に冷や水を浴びせられたような気がした。
なんだか景品を巡って対立する子供のように見えたのだ。
蓮太郎が黙っていることに気づいた木更は、バツが悪くなったように目をキョロキョロさせ、そわそわと机の周りを回りだす。
「……なぁ、木更さん。俺は――」
「まって! ちょっとまって里見君」
蓮太郎の言葉が遮られる。
「そ、そうよね……里見君ばかりに言わせてたら令嬢として沽券に関わるものね……そうよ、そう……だからこれは仕方のないことなの……やるのよ、今、ここで……!」
「…………」
蓮太郎は律儀に木更の言葉を待った。
木更はおもむろにカーテンを後ろ手に閉める。
そして言った。
「ふ、ふふ。喜びなさい、里見君。あなたには……私と、その……」
数秒の硬直。木更は顔を真っ赤にさせた。
「わ、私の手を握る権利をあげる……!」
「は、はぁ……?」前後の繋がりがわからない蓮太郎。
「手、手よ。手を握っていいのよ。言うこと言ったワンちゃんにはご褒美が……必要でしょ?」
目がぐるぐるしている。
どうやら木更も正気じゃないらしい。
「……なぜ手なんだ?」
「き、気に入らないの!? もっと触らせろって言うの!? お、おっぱいはだめよ! い、いくら里見君でもおっぱいは、その、まだ早いわ……」
煮え切らない男に木更は身を強張らせながらも手のひらを差し伸べて目をつぶる。
「は、早く……お願い、里見君。恥ずかしくて死んじゃいそうだから……」
「……ッ!」
木更から痺れるような甘い匂いが漂ってくる。
鎖骨から肩、腰にかけての流線的なラインは木更の女性を強く強調するようだ。
そして羞恥に耐え、気丈な振る舞いをしようとする木更に、蓮太郎は――。
「き、木更さん。俺は……俺は……ッ!」
『こんなものが相手では興覚めもいいところだな』
「ッ!」
「……!」
急に部外者の声がして、ふたりは身を強張らせた。
しかしそれも一瞬。
寒気に襲われた蓮太郎はホルダーに右手をかけ、木更も雪影の鞘――『雲心月性の構え』を取った。
『ほう、悪くない動きだ』
いつの間にか、入り口に
体格は男のようだが、声は加工され、頭部もヘルメットで見えない。
体格に似合わぬランドセルのようなものが不気味さを増している。
唯一の情報は肩に印字されたNo.8という数字だけだ。
「アンタ、誰だ」
『これから死ぬ者に名乗る名はない』
鎧は無機質な声で言うと、一切の躊躇もなく右手のライフル銃を発砲した。
「ッ!」
意識外の攻撃に蓮太郎は対応が遅れる。
銃弾は狙い過たず蓮太郎の心臓を――
【天童式抜刀術一の型一番】
「『
――穿つ前に、神速の剣撃が撃ち落とした。
「木更さんッ!」
「げほっ……大丈夫よ、里見君」
咳を吐いた木更を見て。
今度こそ、蓮太郎はXD拳銃をドロウ――射撃した。
しかし。
『後ろの女は悪くない……が、舐められたものだ』
銃弾は鎧に近づくことなく、奇妙な屈折を描いて窓に突き刺さる。
瞬間、蓮太郎は先月戦った男を思い出した。
「斥力フィールド……!」
『残念ながら違う。お前に言うつもりもないが』
「この……ッ!」
鎧は再びトリガーを引こうとする。
助けを呼ぶ時間はない。
なぜ襲われたかは二の次にして、今はこの場を生き残らねばならず――手加減していい相手でもなさそうだ。
蓮太郎は前に踏み出す。
義足を解放。大型薬莢を撃発させたエネルギーが瞬時に敵との距離を詰めた。
【天童式戦闘術二の型十六番】
「『隠禅・黒天風』!」
ひねりを加えて放たれた回し蹴りを、鎧はしかし、右腕を盾にして受け止めた。
「ぐっ!?」
逆に、攻撃した蓮太郎の足が痺れる。
その隙を逃さず、鎧が放った前蹴りは蓮太郎の腹部を捉え、木更の前まで吹き飛ばした。
「里見君ッ!」
「ガッ……な、なんだコイツ……」
『機械化兵士……その力、始めから使えばよいものを』
「テメェ……どうしてそれをッ!」
『答える気はない』
面倒が嫌いなのか、それだけ言って鎧は再び発砲。
今度は蓮太郎も木更もその場から跳んで回避する。
「木更さんッ、どうする……!」
蓮太郎が目を向ければ、木更は力強い目で敵を見据えて言った。
「里見君、私のこと……頼んでもいい?」
「……は? いや、ああ。任せとけ」
安心したように頷き、木更は『心地光明の構え』に変えた。
【天童式抜刀術三の型八番】
深い呼吸をひとつ。
すべての息を放つように、渾身の一撃を刀に乗せた。
「『
澄んだ鋼の鞘鳴りから
視界がいくつにも切り分けられたような感覚と共に、氷柱が裂けたような快音がした。
『ほう……』
感心した声とは裏腹に、鎧は初めて回避行動を取った。
窓を突き破って部屋を飛び出し、向かいのビルの屋上へ飛んだのだ。
「なっ……どんな移動してんだよ」
蓮太郎が絶句していると、鎧はふたりを見据えて言った。
『なるほど、それなりの力はあるようだ。そうでなくてはな』
鎧は不可思議なことにこれ以上戦う気はないようで、武器を下げる。
「おい、テメェ何しに来たんだ! 答えやがれッ!」
『語る必要のない事だ。いずれ分かる……その時を待つがいい』
それだけ言って、鎧は陽炎のように姿を消した。
蓮太郎は追いかけようとする。
しかし倒れこむようにもたれかかってきた木更の顔が真っ青であることに気づき、その足を止めた。
「里見、君……」
「木更さん……ッ! くそ、今病院に運ぶからな、しっかりしろよ!」
腎臓の障害で倒れた幼馴染を抱え、蓮太郎は病院へ急いだ。
◆
海沿いに廃棄されたビルの中。
潮風にあおられる2つの影があった。
「あは☆ この依頼、辞退したいんだってぇ?」
「……これ以上、嘘つきの言葉は信じられません」
「一週間考えて出した結論がソレなのぉ? すごいクマじゃん、ちゃんと寝れてる?」
「誰のせいだと……!」
「うーん、辛辣。というか嘘なんて言ってないよ☆ ただ真実を話してないだけ」
「同じようなものでしょう……っ!」
「同じじゃないよ。アタシは嘘を言ってない……でもさぁ……」
横目で見てきたアルに警戒心が募る。
「何ですか」
「エイン君に許可は取ったの?」
「…………」
ティナは思い出す。
連絡を取った時、彼は『問題はない。任務を続行しろ』と言うだけだった。
この依頼に関しても、施設の子供たちについても、
「その様子だとダメだったみたいだね☆ ま、仮に許可が下りても別の子が送られるだけだから変わらないと思うよ?」
「だとしても……」
ティナはガンケースから回転式多銃身型機関銃――
「あなたがよからぬことを企てていることはわかります。……そしてそれが、私たちの害になることも」
「あは☆ アタシとやるっての? いいよ、来なよ!」
「…………ッ!」
引き金を引く。
バッテリーが駆動して銃身を回転させれば、秒間60もの銃弾を吐き出し続ける。
床を埋め尽くす勢いで空薬莢が転がった。
砕けたコンクリートが宙を舞い、土煙となって視界を遮る。
きっかり5秒。ティナはトリガーから手を離した。
当然のことながら、銃で撃たれれば人は死ぬ。
原型を留めているのが奇跡なくらい穴だらけで血まみれの人型も床の上で死んでいた。
「そ、そんなつもりは」
ティナは狼狽える。
確かに痛い目を見せるつもりだったが殺すつもりはなかった。
強者っぽい振る舞いをするから笑って避けるのだろうと思っていたのだ。
ガシャン、と凶器を床に取り落とすのと同時、死体が喋った。
「痛みを感じないってホントだったんだね☆」
「は?」
確かに、そこで死んだはずの少女――アルが立ち上がっていた。
肉体に傷はないが、穴だらけの服が幻覚を否定する。
「ティナちゃんは穴だらけが好きなのかな? えっち☆」
「あなたは……一体……」
「アタシはアル。ちょっと死ぬだけの、ただのアルだよ」
三日月の悪魔が嗤う。
「殺してくれたお礼にひとつ教えてあげる」
気まぐれだろうか。それでもいい。
ティナの聴覚が最大まで研ぎ澄まされた。
「聖天子を護衛している民警は――里見蓮太郎くんだよ」
「――――は?」思考が一瞬、止まった。
「だからぁ、蓮太郎くんなんだって。あは☆」
アルは
「君が彼らと戦わないのは勝手だよ? けど そうなった場合、誰が代わりにNEXTと戦うと思う?」
わざとらしいタメを作ってから続けた。
「……蓮太郎くんだよ」
「彼は君に心を許してきてるし、なんなら気にかけてもいる。でも今の彼じゃNEXTには勝てない。そうなれば無残に殺されて終わり」
「君がやるしかないんだよ……!」
「君もわかってるでしょ? 彼は人間なんだよ。アタシたちとは違う人間。化け物と戦ったら負けちゃうような、ね。だから、何かを期待してここに来たんでしょ?」
「私は……私は……」
「まぁ、仲良くなった男の子を見殺しにできるなら帰ってもいいんじゃない? でも、ティナちゃんにそれは無理だよねぇ……それともそれとも! 今、人殺しに
「あ、あ……ああああああああああああああああ!!!!!!」
少女の慟哭が、夜の海に溶けて行った。