幼女に厳しい世界で幼女になった 作:室戸菫はかわいい
貴公ら……幼女を曇らせるのが好きなのか……?
お気に入りと高評価、感謝する
アンバサ
「……天童は……抹殺……しなきゃ……」
木更はベッドの上でうわ言を呟いていた。
その様子を内側につけられた窓の外から見守る蓮太郎。
普段の洗練された動作でキビキビと指示を出す木更が、糸の切れた人形のように手足を投げ出してベッドで寝転んでいる様など見たくなかった。
木更が頑なに同行を拒んでいたのはこの姿を見せたくなかったからだろう。
木更は週に数回、約5時間かけてこの人工腎臓に血液中の毒素を濾し取って貰わなければならない。
しかし看護師の話を聞くに、最近は碌に行っていなかったのだろう。ここに来て無理が祟ったと医者は語っていた。数時間は起きないらしい。
蓮太郎は
胸が苦しくなりそうだった。
今すぐ問いただしたいことがある。
天童式抜刀術三の型八番『
どうして隠していたのか――しかし予想はできる。出来てしまう。
木更は未だ、天童の抹殺を諦めていないのだと――――
「木更さん――アンタ、本当は俺より」
強いんじゃないか。その言葉は怖くて口にできなかった。
本当にそうだったら、自分が彼女の隣にいる意味は――。
「蓮太郎っ、無事なのか!?」
「延珠……」
闇に沈みそうだった思考を引き上げたのは、走り寄って来た相棒の慌てた声だった。
「事務所が壊されたと聞いたが……大丈夫なのか?」
「ああ……俺はな。でも、木更さんが体調を崩しちまった」
延珠も窓の向こうで眠る木更を眺めた。
「……変な意地を張るからだ。でも、生きているようでよかった……」
「そうだな……」
今度は蓮太郎に向く延珠。
「蓮太郎。菫は狙撃犯が事務所を襲うと言っていたのだが、本当にそうだったのか?」
蓮太郎は当時のことをもう一度思い出す。
確かに告白まがいなことをしていたから気は抜けていたが、それでも足音ひとつしなかったのは奇妙である。
武器はライフルと、推定何かのフィールドのようなものか。
あれはいわゆる
結局。
「わからない。鎧を着た誰かが俺たちを撃ち殺そうとしたのは確かだけど、それだけだ」
どうして退いたのかもわからない。
「強かったのか? 蓮太郎は傷もなさそうに見えるが」
「それは……ああ、そうだろうな。多分、蛭子影胤みたいな奴だ」
「なんと……あの時のか」延珠も先月の死闘を思い出したのか真面目な顔になる。
そういえば、と蓮太郎はひとつ思い出した。
あの鎧にガードされた時、体に電流が走ったように感じたのだ。
もしかしたらあれは人間ではなく機械なのだろうか――さすがに考え過ぎか。
未織の言っていたキナ臭さとはこういう存在を指していたのか……まだ確証がない。
いったん、別のことを考えることにした。
「それより延珠、お前は先生たちと何を話していたんだ?」
「ああ、それはな――――」
◆
「『成長限界点』? なんなのだそれは」
延珠は資料を捲っていた菫に問い返す。
「簡単に言えば急激な成長が止まり、緩やかな状態にあることだよ。延珠ちゃん、君は最近、自分のスピードに物足りなさを覚えていたりするかい?」
その言葉の意味するところをなんとなく察して、延珠の背中はうすら寒くなる。
「……あるかないかで言えば……ある」
やはりか、と言って菫は
「昔と比べるとどんな感じかな?」
「昔は……たぶん、力を使えば使うほど妾は速くなっていったんだ。でも、最近は……全然早くなっている感じがしない」
アルの問診に答える。
「つまりだね、延珠ちゃん。それが成長限界点だ。停滞期と言ってもいい」
「妾は……これ以上速くならないのか?」
「あけすけに言えばそうなるね☆」
延珠は自分だけが立ち止まっているような幻覚を見て、焦燥を感じた。
「な、なんとかならないのかッ!?」
「ならないね」前髪の隙間から女医は嬉しそうに見返した。
「でも悪い事ばかりじゃないさ。これ以上強くなる必要がないと神様が教えてくれているわけだ」
「菫は神様なんて信じてないと言ったぞ!」
「はは、心外だね。いれば愉快だなと常日頃から思っているよ。ただ、その証拠がなさすぎるから意見を保留してるにすぎん」
「じゃあ、本当にもう。妾は……?」
「そういうことだ。もう帰り給え」
「そんな……」延珠は沼の底に足を取られたように崩れた。
「ふふ、そんなこともあろうかと☆」
アルは力こぶしを作り――大してなかった――延珠に裏技を示す。
「延珠ちゃん、『ゾーン』って聞いたことある?」
「おい、アル!」
言葉の意味するところに気づき、菫が声をあげた。
「いいじゃん、ちょっとくらい。サービスだよ☆」
アルは睨んできた菫を意に介さず、どうなの? と延珠に問うた。
「確かに……聞いたことがある。とても強いイニシエーターを言うのだろう?」
「……正確には特定の状態のことだ」言いたくなさそうに訂正する菫。
「つまり、それは……」
「うん☆ 延珠ちゃんがまだ強くなれる可能性だってことだね」
「ど、どうすればその『ゾーン』になれるのだ!?」
延珠はアルに詰め寄った。
「うわ、かわよ……じゃなかった。簡単に言えば限界を突破することだね☆」
「それは……どうやって……?」
アルはどや顔で言った。
「わっかんない☆」
「えぇ……?」期待の風船がしぼんだ。
そこに菫の補足が入る。
「文献を読む限り感覚的なものらしいぞ。どうもほんの一握りの、まさに選ばれたイニシエーターにしか到達できないのだと。確かなのは、超高位序列者は『ゾーン』を会得しているということだ」
「そんなに『ゾーン』はすごいのか……?」
にわかに信じがたい気持ちだ。
「すごいとかじゃなくてまさに
カクヘイキ。
延珠は蓮太郎が忌むべき力だと言っていたのを思い出した。
「そ、そんな力が……」
「『ゾーン』を開眼したイニシエーターと出会うと首の後ろがぴりぴりすると言われている。いわゆる『格の違い』を理解するらしい。延珠ちゃん、悪いことは言わないから『ゾーン』のイニシエーターと出会ったら里見君を連れてまっすぐ逃げろ」
「そこまで……なのか?」
さすがに誇張を疑った延珠をしかし、菫は真剣な表情で斬る。
「そこまでだ。アリとゾウほど違うと表現されることもあるからな」
「む、むぅ……」
さすがに延珠も暗澹たる気持ちになった。
「でもまぁ、即興で強くなれる手段がないわけじゃないよぉ?」
悪魔のようなささやきに延珠が「ほんとうか!?」と反応する。
「それ以上言うならしばくぞ、アル。延珠ちゃんも近視眼的な考えをやめろ。それはいつか君に手痛い傷を残しかねない」
怒気を混ぜた菫の言葉にアルは笑っている。
一方、延珠はくしゃっと顔を歪ませた。
「わ、妾はただ蓮太郎と……!」
泣きそうな表情の延珠に、菫もさすがにバツが悪くなったのか後頭部をかいた。
「あー、とにかく。君はウサギとカメの童話をよく考えた方がいい。なぜカメがウサギに勝てたかということをな」
「それは……ウサギが休んだからだろう?」
「それは違うよ☆」
「違うのか?」
「ウサギはカメを見ていた。カメは……さて、何を見ていたんだろうな」
「……よくわからないのだ」
首をかしげる延珠に、菫は努めて優しく言った。
「君にとってのゴールはどこか。よく考えておくんだ、延珠ちゃん」
◆
「ゾーンね……そんなのがあるのか」
「らしいぞ。妾は全然わからなかったが」
「……まぁ、今は分からなくていいだろ。それより依頼に集中しなきゃな……」
「うむ。聖天子様をきっちり守って木更を安心させてやろうではないか!」
元気な延珠を見て、蓮太郎はなんとなく『ゾーン』の詳細を推測した。
体内浸食率を一定以上に上げるとアスリートのような『ゾーン』になるのだろう。
ただ、それは一時的か、永続的かはわからない。仮に一時的だとしたら……。
蓮太郎は思考を打ち切った。
「……やっぱり、蓮太郎も……」
ポケットに入ったアンプルを、延珠は蓮太郎に言えなかった。
◆
「アル……貴様は誰の味方だ?」
寝台に押し倒され、メスを首元に突き付けられながら。
アルは恍惚した笑顔で言った。
「あは☆ それは当然――――先生ぇの味方だよ」
菫は数秒目を閉じ。
蔑んだ瞳を露わにした。
「この噓吐きが」
『ゾーン』
絶対原作は一番いいところで延珠が目覚めるはず。
でもその後は……
≒sometime