幼女に厳しい世界で幼女になった 作:室戸菫はかわいい
良い夢だった、たぶん
「うぅっ……ぇぅ……」
血と肉片の海を直視してしまい、たまらず胃液を逆流させた聖天子。
「蓮太郎、聖天子様が」
「クソッ、わかってる……!」
一方で蓮太郎はバラニウム弾を装填したXD拳銃で銃撃する。
が、やはり謎のフィールドに逸らされてしまった。
「鉛もバラニウムも関係なしか」
『浅知恵だな』
「だが足は止まったぞ」
蓮太郎の意図を察した延珠がクラウチングスタートを決める。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
そのまま塀を飛び回り、トップスピードに乗った飛び蹴りを繰り出した。
狙い過たず、鎧の胴体部を強打。
『……力はすさまじいな』
鎧は器用に衝撃を地面へと流したが、それでも数メートル後退する。
さらにビルの上から鎧に狙撃が入り、反撃の隙を与えない。
「蓮太郎……」
「ああ、どうも訳アリのようだな」隣に跳んできた延珠を横目で見る。
最初の敵だと思っていた相手は味方なのか?
それとも利害が一致しただけなのか、別の思惑があるのか。
蓮太郎には判断つかないが、敵の味方ではなさそうだ。
「里見、さん……」
顔を蒼白にした聖天子が見つめてくる。
「大丈夫だ、アンタは死なせねぇ……」
言って、蓮太郎は現状の打開を考える。
目の前の敵を倒す必要はない。無論それが今後の憂いを絶つことになるが、自分たちが逃走してもよいのだ。
そもそも後ろに護衛対象を構えての銃撃戦など危険すぎる。いつ流れ弾が飛ぶかもわからない。
しかし逃げるとしてもそのまま逃がしてくれるだろうか。
「あやつ、なんだか気持ち悪いぞ……」
「気持ち悪い?」
「うむ……なんというか、背負っているものが……」
イニシエーターの直観だろうか。
蓮太郎は改めて鎧の
手提げかばんほどの大きさだが、武器でも入っているのか……そう考えて、ハッとした。
自分の予想を確かめるために
当然、銃弾は逸れる。
否、鎧は少し動いたのだ。
「……バリアは外付けってわけだな」
「なら、あの背中を壊せば!」
「銃が効くようになる」
蛭子影胤の斥力フィールドは内
光明が見えた気がした。問題はどうやってあの荷物を壊すか。
壊しさえ出来れば狙撃を無視できないのだから逃げる隙はあるはずだ。
2人が話している間、銃弾を逸らしながら鎧は悠長に待っていた。
『気づくか。面白い』
「それだけじゃねぇ。テメェ、威嚇射撃にビビッて撃ったな? ということは攻撃とそのバリアは同時に出来ないわけだ。自分の銃弾も曲げちまうんだろ」
『ほう……いい推理だ。しかし貴様、それだけで勝てると思ったのか』
「なんだと?」
『貴様の攻撃は届かない。俺を倒したければあの女を連れてくるんだな』
蓮太郎の表情が歪む。
「……木更さんか? テメェは俺で十分だよ」
『ふん、傲慢だな。その義肢を使いこなせていない男がよく言う』
「使いこなせてない……だと?」
バカな。蓮太郎は10年この手足で暮らしているし、その性能は菫から資料で貰っているし、頭の中にも入っている。それなのに使いこなせてないだと?
『貴様は闘争を忌避している。それでは人間の本質から離れるだけだ』
突然語りだす鎧。
『バラニウムはただの便利な弾頭や手足ではない。人間の生体電気に反応することを貴様はよく知っているはずなのだがな』
「……ご高説垂れてるところ悪いが、結局何が言いたいんだアンタ」
聖天子を担いでいつでも逃げられるように延珠へ目配せしつつ、蓮太郎は鎧の行動に意識を集中させる。
『貴様が自分をどう思ったところで我々は兵士だ。
鎧は銃を背中にマウントする。
「……テメェと似たようなことを言う奴がいたが、俺たちに負けたぞ」
『ならば見せよう』
なにをするつもり――
エンジンじみた甲高い音を耳で聞いた時には遅かった。
「なっ」
蓮太郎に出来たのは咄嗟に義肢を挟むことだ。
「がっ」逃しきれない衝撃に蓮太郎は苦悶の声を漏らした。
「蓮太郎!」
「里見さん!」
2人は料亭に吹き飛ばされた蓮太郎を見て叫ぶ。
キッと鎧を睨むと、延珠は人ならざる速度で右、左、右の連続蹴りを放った。
それを片手で受け止め、逆に鎧は延珠を捕まえてしまう。
「このっ!? は、放すのだ!」
『お前の方がわかってるようだな……気が変わった』
人ならざる力で抵抗するが、鎧はびくともしない。
しかも鎧がナニカしたようで延珠の矮躯はぴく、と震えて力なく意識を失った。
『この子供は預かっておく。貴様はあの女を連れてこい。あの女こそ……』
「ふ……ざ、け……」
ふざけんなと叫びたかった。
しかし、声は発音が揃わず、体もうまく動かせない。
呼吸が整わないばかりか義肢の反応が異常に遅いのだ。
先ほどから狙撃が止んでいた。誤射を恐れたのだろうか。
今ほど奴の頭をぶち抜いてくれと思ったことはなかった。
鎧が去ろうとした時、聖天子は立ち上がり、強気な目で鎧を睨んだ。
「あなたの望みはわたくしの命ではないのですかッ! なぜ、罪のない子供を狙うのです。人質ならわたくしでよいでしょう!?」
彼女は恐怖で膝が笑っていた。
やめろ、なんでアンタがそんなことを言うんだ。
その声すらも今は出せない。
限定的な幼児退行をしてしまったように、生身の左手で這うように手を伸ばす。
延珠を、延珠を……。
『確かにそうだ。しかし人間ひとり、何時でも死ぬ』
言外に価値はないと言われ、聖天子は膝を折る。
鎧は延珠を抱えたまま、姿を消してしまった。
「……ク……ソ……ッ!」
蓮太郎は生身の左手を地面に叩きつけた。
暗澹たる思いが胸に飛来する。
延珠を守っているつもりで守られて、木更さんを守ってるつもりで命拾いして……守ってるはずの聖天子様にまで助けを指し伸ばされて……俺は、俺はなんなんだ……ッ!
蓮太郎が動けるようになるころには、雨が降り始めていた。
◆
「どうして里見蓮太郎を殺していないッ! 誰がどう見ても殺せたはずだろうが」
『殺せとは言われたが、その具体的な指定はなかった』
「なにっ」
『杜撰な契約を結んだ己の無知を恨むがいい』
「……くそッ!」
男は機械的な声に苛立ちを隠さず、床に横たわった少女を蹴り飛ばした。
◆
次の日。
蓮太郎は延珠のいない自室のアパートで一日中横になっていた。
その胸には後悔ばかりが募っている。
すべて、すべて俺のせいだ。
わき目もふらず聖天子様を連れて逃げ出せば延珠が囚われることになんてならなかった。
今、この瞬間に延珠は何をされているのだろうか。
得体の知れない奴らに厳しい尋問や拷問にかけられているのではなかろうか。
子供が苛烈な拷問――水攻めだとか――に堪えられるはずがない。ありったけの情報を引き出された後は用済みとして――。
違う、違う。そんなはずはない。そんなはずは。
光という光を外界から拒絶した八畳一間の部屋には闇が満ち、それは蓮太郎の心を代弁しているかのようでもあった。
携帯には友人たちからのメールが届いていたが、どうも見る気になれずに放り投げた。
この一日、何も食べていないし何も飲んでいない。
胸の喪失感と空腹に思考をかき乱されている。
薄いまどろみの中、蓮太郎はインターフォンが鳴って、外に出れば無残な死体となった延珠が置いてある妄想を幾度となく見てきた。
言うはずもないのに『どうして妾を助けに来てくれなかったの?』という幻聴まで聞こえてくる。
どうしたら。どうしたらいいんだ。
延珠のいない世界で何をすればいいのだろう。
何を成せばいいのだろう。
生きればいいのか、死ねばいいのかすらわからない。
ふと、意識が遠くなってきた。
ああ、ようやく迎えが来たのだろうか。
そんな思考をしていると。
ガチャ、とドアの外で合い鍵が差し込まれた。
ゆっくりとドアノブが回され、誰かが中に入ってくる。
「こんなところに住んでいたんですね。英雄さん」
誰だろうか。
どこかで聞いたような声の気がして、蓮太郎は惰性で目を向けた。
一瞬延珠かと思ったが、違う。
延珠はあんな髪の色をしていない。
延珠はあんな釣り目をしていない。
延珠は緑のドレスなんて着ない。
延珠は――――。
緑のドレス?
その違和感に初めて、蓮太郎は少女を見た。
「お前……ティナ……か?」
「はい。お話があります、蓮太郎さん」
紛れもなくハッキリとした意識の瞳でティナはそう言った。
ここまでが冗長になってしまった