幼女に厳しい世界で幼女になった   作:室戸菫はかわいい

2 / 26
目覚め / 奈落(アビス)へようこそ

 

 

 

「…………」

 

 夕暮れ時。

 女の目覚めを歓迎したのは、温かい食事でも優しい言葉でも心地よい眠気でもなく。

 腐臭を酸味で加工したチグハグな臭み。現実の辛みだった。

 

 そこは社会の最底辺。

 路地裏のゴミ山だ。

 

 開いた視界に1羽の黒カラスが映る。

 

 ゴミ山の王は袋に包まれた生ごみを器用にクチバシで漁っていた。

 しかし目当てのエサは見つからず次の袋に足をかけたところで、女と目が合う。

 

『カァー』

 

「…………」

 

 カラスは首を傾け、小さな標的がエサとして十分かを分析する。

 

 彼は顔を背けた。

 合格点には至らなかったようだ。

 関心を失ったカラスは食料探しに戻る。

 

 そこでようやく、女は自分を認識した。

 

 幼児と言って差し支えのない小さな矮躯(わいく)

 万が一、獲物として襲われたら骸を晒すことになっていただろう。

 

「アタシは、誰。ここは、なぜ」

 

 女は自分を知らなかった。

 けれど自分以外を知っていた。

 

「誰の、もの?」

 

 脳内を巡る知らない(知っている)記憶。

 近代建築の都市で生活をする人間のものだ。

 

 その記憶に劇的なドラマはなく。ただ凡庸な男の生涯のみを語る。

 なんの薬にも毒にもならない話だった。

 

 結局、今の自分に繋がる知識はないのか。

 女は視線を彷徨わせた。

 

 すると、横合いから1枚の粗雑なチラシを差し出される。

 

 はて。カラス以外に誰かいたのか。

 

 女は差出人を見た。

 

「…………」

「…………」

 

 自分と同じ体躯の少女だった。

 無表情で、瞳に意思を感じられない。

 普通ならば驚くか怯えるべきだろう。

 なにせ自分の意識をすり抜けてくる存在は、自然界において最も警戒すべきものだ。

 

 されど女はそうしない。

 人ならざる感覚で以って、その少女を理解したからだ。

 

「アタシは、あなた。あなたは――アタシ」

「…………」

 

 少女は何も答えない。

 それでも女は正しさを疑わなかった。

 

「右手をあげて」

「…………」

 

 突然の言葉でも、少女は言う通りしたのだ。

 これを女は自分が群れの指揮個体(アルファ)だと捉えた。

 少女が見えているものは見えるし、聞こえるし、感じる。

 五感を共有(ジャック)することができるらしい。

 

 そして記憶すらも。

 

「そういうこと」

 

 自分が()()()()経緯。

 ひとつ、女は己を知った。

 

 改めてチラシを受け取る。

 そこには乱暴な日本語で『ガストレアを許すな!』『呪われた悪魔どもに正義の鉄槌を!』と書かれている。

 

「ガストレア」

 

 求めてもいないのに、知識はその存在を教えてくれた。

 

 2021年、突如出現したウイルス性の寄生生物。驚異度を未熟なⅠから完成形のⅣ、特殊な個体をⅤと分類される。生物の遺伝子を改変する能力があり、人類にもその牙は向けられた。人間はガストレアと生存競争を開始するも、ゾンビよろしく人間をガストレア化させながら襲ってくる侵略者に世界人口の9割と土地の大半を失い敗北。現在は限られた生存圏を(モノリス)で守りながら暮らしている。

 人類がまだ絶滅していないのは武器や壁にガストレアが苦手とするバラニウムという特殊金属を使っているからだ。

 

 そしてガストレアウイルスが妊婦に血液感染すると、抗体を持つ子供は「呪われた子供たち」と呼ばれる半人半妖として生まれる。必ず女子に生まれる子供たちは人間を超越した能力と引き換えにガストレアになる危険を孕んでいる。

 

 彼女達は超人的な力を解放する間、瞳が赤く染まることから「赤目」と蔑まれ、大人たちから迫害を受ける。母親が生まれた我が子が赤い目をしているのを見て川に投げ捨てるという話はよくあるらしい。中絶禁止法とかいうのが原因でもあるようだ。

 

「それをわざわざ教えるのなら」

 

 女は直観的に力を解放した。何かが砕けて光る感覚。

 少女の瞳を通じて見れば、己の瞳は赤く染まっている。

 少女に同じことをさせても、やはり赤く染まった。

 

 そういうことなのだろう。

 

 ガストレア及び呪われた子供たちは再生能力があり、その度合いによってステージ分けされている。ⅠからⅤで表記されるが、分裂して再生はどこにあたるのだろうか。ⅣかⅤか。

 どちらにせよ通常ⅠかⅡであることを踏まえれば尋常ならざると言える。

 また因子(モデル)によって特殊な能力も得る。ウサギなら脚力強化、スパイダーなら糸を操るなど。

 

 女は自分のモデルをプラナリアかクマムシだと考えた。

 他に両断されて生きている生物が知識になかったとも言える。

 

 さて、自分はどこにいるのか。

 

「……日本語」

 

 チラシだけでなく、他のゴミに書かれている言語は日本語が大半だ。

 つまり女は日本にいる可能性が高い。

 

 日本は小さな国土の島国だが、現在は5つのエリアに分裂しているのだという。

 東京、大阪、博多、札幌、仙台だ。

 現在地は知識通りなら東京だろうか。

 どこであろうが、呪われた子供たちとバレたら大人にリンチされるのは想像に難くない。

 どうも大人は相手が赤い瞳だと倫理観のネジが緩むようだ。

 そのくせ人間は子供たちを戦力として運用し、自分たちを守らせるのだという。

 人口が減った人類は民間人を民警と名乗らせてガストレアと戦う戦力にしているのだ。その民警の相棒に子供たちを使っているが、彼女らの死亡率は低くない。

 むしろ戦死かその他かで言えばその他が多いのだと。

 

「異常」

 

 女は2つの常識を照らし合わせた結果、そう結論付けた。

 

 そんな異常な世界で己はどうするべきか。

EAT KILL ALL

――――生きろ

 

 生物として原初の目的――すなわち生存と繁殖。

 そのための生存戦略は多様な地域に適応する試行回数だ。

 

 幸い試行回数はこの体質(増える)なら困らないだろう。

 つまり知識と技術を身に着けながら世界中に散らばる手段の方が問題になる。

 

 時間をかければ自力でたどり着けるかもしれない。

 しかし現地の人間に迎えに来てもらうか、運んでもらう方がまだ確実だろう。

 いくつか候補も知識にある。

 

「じゃあ、そういうことで」

「…………」

 

 女が指針を決定し、少女を連れて歩き出そうとした時。

 

「…………」

「ん?」

 

 少女から布を手渡され、はっとした。

 どうやら何も着ていなかったようだ。

 

「照れてるのか」

「…………」

 

 布を羽織る。

 少女は無表情のままだが、女はそこに羞恥を見た。

 人間は全裸で過ごすことを推奨しないのだとか。

 

「アタシなんだから感情くらいあるか」

 

 

 

 

 

 

 かくて、世界中へ時間をかけつつも彼女たちは散っていった。

 女は己が世界でどれだけ異端かを()()()理解していない。

 死ににくいだけと思っている節さえある。

 無論、頭()()はあるので考えつくことはできるが、自分の不利にならない影響はさして考慮していなかった。

 この呪われた子供(モデル・プラナリア)がどれだけ世界に混乱をもたらすか。

 その結果がわかるのはもうしばらく先だろう。

 

 幸いなことは、9割が何らかの理由で目的地にたどり着かなかったこと。

 不幸なことは、残りの1割がいくつかの国の責任者、あるいは研究者と接触してしまったことだろう。

 

 その結果、世の裏社会は衝撃を受ける。

 ステージⅣ、あるいはⅤの再生能力とその実験的価値に。

 

 ある者はマグマを注ぎ、ある者は分子レベルに分解し、ある者は孕ませようとし、ある者は機械を埋め込み、ある者は…………。

 

 それらすべてを身に感じながら、彼女は生きる道を模索していった。

 

 ()()が始まるのは、それから数年後。

 

 

 

 

 

 

 勾田公立大学附属病院。

 民警の里見蓮太郎は幼馴染にして思い人で社長の少女と()()()()をして、居心地悪さから逃げるような足取りでやってきていた。

 消毒液の匂いを受けながら正面玄関を通り過ぎ、やけに広い敷地を北進する。

 人通りのなくなった通路の行き止まりには地下への階段があり、そこを降りれば彼の目的地たる霊安室が存在する。

 仰々しい悪魔のバストアップが刻まれた扉を押し開けると、きついミント系の芳香剤が漂って来た。中は薄暗いものの異常に広く、地下研究室と言われても遜色ない。いつもは女性と思えないほどブラジャーや弁当のカラが散乱しているが、ここ最近は綺麗に整理されていた。

 そんなどこぞのラスボスじみた部屋の住人が彼の目的の人なわけだが、見当たらない。

 

「せんせー、どこいったー?」

「コッチヲミロー……」

 

 声の方に振り返って蓮太郎はぎょっとした。

 落ちくぼんだくらい眼窩が彼を無機質に見つめていた。

 筋肉質な背丈180以上の成人男性は頭髪をきれいにそられているが皮膚を摘出された跡が生々しく残っていて――つまり死体である。

 どう考えても声の主であるが、死体は喋らない。

 

「せ、せんせ? いるよな?」

 

 蓮太郎は怪談話が苦手だ。恐怖心からかすがるように声を絞り出せば。

「バァ」と、後ろからよく見知った白衣姿の女性が現れ、安堵で腰が抜けかける。

 蓮太郎は胸をなでおろした。いつもの悪戯だったようだ。

 

「せんせ、こういうのは心臓に悪い。やめてくれって前言わなかったか?」

「おや、私が言われたのは『コケ脅しをするくらいなら本物をやってくれ』だったと記憶しているが?」

「誰もそんなこといってねーよ!」

 

 蓮太郎の叫びをクツクツと笑みを浮かべて受け流す女は。

 芝居がかった調子で大きく手を広げて言う。

 

「蓮太郎くん、奈落(アビス)へようこそ」

 

 私服のタイトスカートの上から引きずるほど長い白衣――マッドサイエンティストのような出で立ちで肌は不健康なほど青白い。にもかかわらずハリと艶を失っていないのはどういった魔術か。

 存在は希薄で幽霊っぽいのに謎の色香がある。前髪は目元を半分隠すほど長いが、3日に1度は入浴するおかげで以前よりも美人さが目立つようになってきていた。

 

 室戸(むろと)(すみれ)。法医学研究所の室長にしてガストレア研究者。

 

 薄暗い地下室の女王で重度の引きこもりだ。何度か餓死しかけたこともある。

 

「で、この男は誰だよ」

 そこまで観察して、蓮太郎は気になったことを聞いた。

「ああ、彼か」

 曰く、チャーリーという恋人らしい。

 蓮太郎はひと月前、彼女がスーザンという女性を抱いていたような覚えがある。

「彼女は残念ながらもういないよ」そう語る菫は全く残念そうに見えなかった。

 

「蓮太郎くん、死体はいいよ。やれ食べかけは捨てろだの、下着は整理しろだのと煩くない」

 

 いや、それは当たり前のことでは?

 死体に頬ずりする菫を前に、蓮太郎は口にするのを憚った。

 彼女が死体愛好家(ネクロフィリア)なのは今更だ。人と関わるのを極端に嫌うせいで学内では爪はじきにされている。

 座右の銘が「この世には死んだ人間とこれから死ぬ人間しかいない」だというほどの筋金入り。

 ふと、そこで彼女の背後から声が聞こえた。

 

「先生ぇひっど~い。アタシの頑張りをいつもそんな風に思ってたんだ~?」

 

「ん?」と蓮太郎が振り向けば、10歳ほどの少女が腰に手を当ててぷんすかと怒っていた。

 桜色の髪に白いブラウスとタイトスカートの上に、菫と対比するような黒いジャケットを身にまとっている。

 

「げ、アル。もう作業を終えてしまったのかい? あと30分は堅いと思っていたんだが」

「あは☆ アタシに掛かればあんなのすぐだよぉ~」

「残念だ……汚物に塗れた君の悲鳴が私の唯一の楽しみだったのに……」

「ほんと悪趣味よね、先生ぇ。後処理だけアタシにさせるなんて☆」

「それが君の仕事だろう? よかったな、職務を果たせたぞ」

「ふ~ん? そんな意地悪いうなら今度から唐辛子3倍にしてあげよっかなぁ?」

「食への冒涜だと? なんてことを!」

「ひと月前までドブを食べてた人間のセリフって考えたら笑っちゃうよね☆」

 

 そのまま取っ組み合いを始める両者。女三人寄れば姦しいとはいうが、この2人は3人分らしい。

 それ以上に蓮太郎は驚いていた

 あの生者嫌いの菫が仕事以外でまともに話をしているのだから。

 

「先生、彼女は?」

 蓮太郎が問いかければ菫は「ああ、君は知らなかったな」と面倒そうに話し出す。

 

「変態ロリコン王子の里見蓮太郎くんに紹介しよう。私の脛齧り兼居候で雑用係のアル・カポネだ」

「は?」

 蓮太郎は聞き間違いを疑った。前半部分は酷い偏見だが、それ以上の衝撃があった。

「おや、君の耳は幼女以外の周波数を捉えられないのかい?」

「いや、聞こえてんよ。それでも疑ってるんだよ。アル……なんだ?」

「アル・カポネだよ」

「え、それが名前なのか? なんというか……」

 ギャングじゃねぇか? 蓮太郎は声に出さなかったが。

「いや、君の考えは正しいよ。なんて変な……ぷぷっ、名前なんだろうな!」

 

 菫は腹を抱えて笑い出してしまう。

 蓮太郎は信じがたい一心で少女を見た。

 

「騙されちゃだめだよ~、この根暗女の戯言だから☆ アタシはアル。よろしくね、野菜星のロリコン王子さん☆」

 

 なるほど、ただ先生がふざけただけらしい――蓮太郎はしかし、聞き逃せない言葉があった。

 

「誰がロリコンだ、誰が」

「でも幼女と一緒に暮らしてるんだよねぇ? しかも夜な夜なハッスルして近隣住民を騒がせているとか☆」

「俺はただの保護者! そして寝相が悪いだけ!」

 

 なんてことだ、この少女は先生と同じ穴のムジナだ。

 蓮太郎はこれから先の苦労を幻視した。

 

「というか、お前はなんでここに? 親はどうしたんだ親は。未成年が関わっていい相手じゃないぞ先生は」

「あは☆ 親なんていないよ~」

 

 蓮太郎はしまったと思った。

 先生の雑用係と言ったか。もしそれが本当なら10歳前後の外見で()()()()()()にいる可能性はひとつしかない。

 

「お前、()()()()か」

「当たり☆ もしかしてアタシを狙ってたぁ? でもごめんねぇ~、ロリコンは無理なんだぁ」

「ばっ、ちげーよ! 初対面だぞ!」

「初対面の男に求婚させてしまうアタシ、なんて罪深い☆」

「くそっ、こいつ聞いてねえ!」

 

 蓮太郎は頭を抱えた。やっぱりコイツは先生の同類だと。

 と、そこで当の菫が復活した。

 

「相変わらずデリカシーがないなぁ、里見くぅん。そんなだから好きな女ひとりモノにできないんだよ」

「っ……」蓮太郎はドキリとする。「るっせーな、あんたにかんけーねーだろ」

 羞恥心か、喧嘩別れしたバツの悪さか。そっけなく返した蓮太郎をニヤニヤしながら菫は見つめた。

 

 白旗を上げるわけにもいかず、蓮太郎は話題転換を試みる。

 

「そ、それより仕事の話をしようぜ」

「ふぅん? ま、いいけどね。どうせ君が倒したガストレアだろう?」

「ああ、そうだ。先生、こっちには?」

「とっくに解剖結果は出てるよ」菫は回転式の椅子に腰かける。

 

 仕事はきちんとしてくれたようで安堵する蓮太郎。いつも真面目にしてくれればこんな疲労感を味わわなくて済むのだが、と思わずにはいられない。

 

 閑話休題(それはそれとして)

 

「確かモデル・スパイダーでしょ~? 何が気になってるの?」

「ああ、あのガストレアはステージⅠ(感染者)だ。つまり感染源がいるはずなんだが目撃証言がひとつもねえんだ」

 言ってから気づく。少女アルはこの手の話ができるらしい。

「マンホールから地下に入ったのではないか?」菫は足を組み替えながら言った。

「先生ぇ、最近の下水道設備は赤外線カメラもあるんだよぉ?」

「おや、そうだったのかい。どの道ガストレアじゃ器用な真似はできないねぇ」

「先生ぇみたいにぃ?」

「お黙り」

 視線だけで火花が散る様子をしり目に蓮太郎は指摘する。

「先生、冗談キツイぜ」

「ん~、どうしてそう思う?」

「今のガストレアは賢い。それは先生が1番わかってるはずだ」

「ほほう、教科書(テンプレート)人間じゃないようで何よりだ里見くん」

「それで~。ハエトリグモくん(スパイダー)が飛び跳ねたからその感染源も同じ行動をすると蓮太郎くんは思ってるの?」

「いや、感染源と感染者は親子じゃない。あくまでガストレアウイルスを解した宿主でしかないから、そこにDNA上の繋がりはない……だったよな、先生?」

「そうだ。幼女のパンツ以外をその足りない脳みそでよく覚えていたな」

「余計なお世話だよ……」

 

 皮肉を入れないと死ぬのかこの人は。

 

「それじゃあ不出来な弟子にインストラクション・ワンだ」

 

 菫は語る。

 ハエトリグモは人間の等身大になったとしてもジャンプ力は比例しないと。同じように等身大のノミは理論上150mを飛び越えるが、重力やスケールの問題でそうはならない。

 しかし、ガストレアウイルスは違う。

 進化の跳躍――DNA自体をその場で書き換えるという生物学(コーディネイター)も真っ青な進化スピードと大きさに比例するパワーとスタミナ。バカみたいな話だがデカけりゃ強いし強けりゃデカいのだ。

 その上でガストレアは独自の能力をも獲得する場合がある。

 

 話を聞いた蓮太郎は要約した。

 

「つまり先生が言いたいのは、今回のガストレアはオリジナルの能力を持っているって良いたいんだろ?」

「その通り。特に見つからないといえば何が考えられるかな?」

「……カメレオンか」

「おお、いいね。ここまでくれば君にもわかるか。では昆虫博士の里見くん、カメレオンといえば擬態だが、他の擬態にはどんなものがある?」

 

 試されているような視線を感じつつ、蓮太郎は記憶領域から該当する知識を引っ張りだした。

 

「周りの保護色に擬態する奴や他の動物に擬態する奴らなんかがいるな。前者だとアケビコノハ、後者だとキスジトラカミキリだ。あとは狩りのために擬態するパターンもあるが……どれも状況によって体色を変えられるミミックオクトパスほど便利じゃない」

 

「あは☆ ただの変態じゃないんだね~」

「ククク、これが思春期を昆虫と過ごした男の末路さ」

「あんたが聞いたんだろ!?」

 

 こほん、と咳払いをして話を戻す。

 

「だけどよ、このコンクリートジャングルの東京で擬態なんてできるのか?」

「ふぅむ、それは考え方によるな。そもそも人間は光によってものを認識するが、光とは波長の一種なのさ。人間が知覚可能な波長には限りがあって、さらにその上で人間は勘違いを引き起こす。監視カメラがいくら発達したって最後に確認するのは人間だ。カメラが幽霊を捉えても人間は認識できないように、人工だろうが天然だろうが人間の認識さえ騙せればそれで良いのだよ里見くん」

 

 たしかに、と蓮太郎は思った。人間はよく足りないものを勝手に似た情報とリンクさせて錯視を起こす。

 偶然だろうが必然だろうが、起きてしまうのは仕方ないのだ。

 

「まあ、本気でそんなことをされたら東京はパンデミックだろうがね」

 

 ははは、と乾いた声を上げる菫。

 

「先生ぇ、でもひとつ疑問があるんだけど☆ そもそも人間を騙そうって考えたら人間の脳を理解してないとだめじゃない?」

「おや、つまり何が言いたいんだ?」

 

 知らず、蓮太郎はアルが次にいう言葉に集中する。

 何か、決定的なことを言うような気がしてならなかったからだ。

 そして、瑞々しい唇が言の葉を紡ぐ。

 

「だから、人間を取り込んでるんじゃない? そのガストレア☆」

 

 蓮太郎は一瞬、心臓が止まったように錯覚した。

 巻き込まれではなく、()()()()()、だと?

 彼が何か言うより先に、口を開いたのは菫。

 

「おお嫌だ嫌だ。どうしてそんな恐ろしい発想をしてしまうのか、私は理解に苦しむよ」

「あ~れ~? 先生ぇはそう思わないの~?」

「いいや、私だってその程度は考えていたさ。だがね、もしそうなら行方不明者が出たと話題になるだろうよ」

 

 そうだ。たったひとりだとしても、突然消えたとなればそれなりの騒ぎになる。特に日本人は変化を嫌う傾向があり、日常の些細な違和感を気にしないとは思えない。

 

「ふ~ん、なら取り込まれたのはそもそも連絡がされないか隠蔽された奴ってわけだ☆」

 

 呪われた子供(アタシ)たちのように。

 その言葉に突っかからなかった蓮太郎は自分をほめてやりたかった。

 

「やけに自信を持つじゃないか。君の頭はそんなにも立派だったかい?」

「先生ぇほどじゃないから、もしもの話をしてるだけだよ☆」

「ふぅん。仮にそうだとしたらこれは面倒な話だよ、里見くん」

「あ、ああ」

 

 蓮太郎は生返事を返すしかなかった。

 ひとつも上がらない目撃情報もそうだが、今考えてみれば妙な点もある。

 いくら近所で起きた事件でワンマン社長のコネが広いとはいえ、民警は飽和するほどに多いこの社会。自分たち弱小民警が1番乗りになれるものなのか? 何か、言いしれない悪寒が背筋を伝った。

 

「さて、里見君。話は以上かな? そうならいい時間だから帰り給えよ。もっとも、意中の少女を手籠めにする方法が知りたいなら教えないでもないが?」

「ッ! だ、誰がそんな方法、いるか!」

 

 カッと血流が早くなり、先ほどまでの悪寒より羞恥心が勝る。

 見れば醜悪な笑みが2つ。チクショウ、ここは敵地だった!

 帰ろう。今すぐ帰ろう。もう帰ろう。

 

「じゃ、じゃあ俺はもう行くからな!」

 菫とアルはにやけ顔を隠さず軽く手を振って見送った。

「また来たまえ、スターリングFBI捜査官どの」

 蓮太郎は苦笑する。

「性別逆だろ、レクター博士」

 

 

 彼が上半身裸の幼女に慌てるまで、あと少し。

 

 

 

 

 

 

 そして時刻は夜。

 改造に改造を重ねてもはや住居と化した霊安室で、寝台の上にふたつの影があった。

 菫とアルだ。

 まるで睦み会う前の恋人のようにお互いから目を離さない2人。

 しかし周囲にあるのは機械やモニターの類でそういうことをする空気ではない。

 事実、その会話内容も物騒なものだった。

 

「それじゃあ死ぬけどいい~?」

「ああ、早く死んでくれ」

「それ何度も聞いたけど、直球すぎて笑っちゃうよ~」

「ふん、私は面倒が嫌いなだけだ」

「あはっ☆ でも、先生は死なせてくれるから好きだよ」

「ほう、いくら再生するとはいえ視力に問題は出るらしいな。いい義眼を紹介してやろう」

「素直じゃないなぁ……まあいいや。で、今日はどれくらい?」

「2時間だ」

 

 おっけ~。

 それだけ言ってなんの躊躇もなく自身の心臓に右手を突き刺すアル。

 呼吸が止まる。

 虹彩は徐々に輝きを失い、眼球運動も行われず、脱力した四肢は重りのように寝台へ投げ出された。

 

 ひとりの少女は今、間違いなく死んだのだ。

 それでも菫は落ち着き払ったまま。人の死など腐るほど見てきた経験があるゆえに。

 

「本当、美しいなぁ君は。生意気な口を黙らせれば私の理想の(人形)なのに」

 

 少女は笑顔だった。

 菫は幼さを残しながらも曲線美を携えた少女の肉体を顔、腕、胸、腰、足と指でなぞる。

 ガストレアウイルスは美貌を保つ機能があるのかと無意味に考えたくなるほど、その少女の肉体は完成されていた。

 このまま剥製にしてやろうかと考えて、やめた。

 同時に菫は自嘲する。

 10歳の幼子に死ねと命じ、あまつさえその姿に美を見出すなど自分はほとほと異常者だ。

蓮太郎と関わっているうちに自分が()()()になりつつあると思っていたが、とんだ勘違いだったらしい。

 まあ、それもいいかと菫は思う。

 科学者である前に自身は医者だが、許可さえあれば人道に背くこともやってきた身だ。

 今更光の世界に出るのは眩しすぎる。うす暗い霊安室で死体弄りに精を出す方がお似合いだろう。

 

 菫は無意識に首元のロケットを握りしめた。

 

「自己陶酔も考え物だな」

 

 瞬きをひとつ。

 菫の顔は()()のものに変化した。

 

 アルという呪われた子供の正体。

 それはひと月前、政府から与えられた菫の監視(イヌ)であり実験動物(ごえい)だ。

 いかなる手段を以てしても死に切らない化け物の中の化け物。ガストレアと食い合わせたこともあるらしい。相変わらず人間はクソだ。

 政府の()()()はあらゆる研究者が手を焼いたこの不可思議な少女を四賢人の頭脳と神医の手腕で以て解析し、レポートを上げろというもの。

 対価は少女の生殺与奪一切の権利。人権などという言葉は存在しない。

 己が信念に反する依頼だが、少女が自ら志願したというから断り切れず今に至る。

 

 

 

「さぁ、始めようか」

 

 冷たい手術台の前でひとり、女は手袋をはめた。

 

 

 







・里見 蓮太郎
原作主人公。一つ屋根の下で幼女と暮らしている。

・室戸 菫
天才。彼女の言葉使いは独特でトレースは難しい

読者氏がこのSSにアクセスした理由

  • ブラブレSSだから
  • 転生タグ/オリ主タグ
  • GLタグ/おねロリタグ
  • アンチ・ヘイトタグ
  • 性転換タグ
  • 騙して悪いが……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。