幼女に厳しい世界で幼女になった 作:室戸菫はかわいい
苦しみから解き放ってあげよう!
翌日、満月の夜。
司馬重工での
ここは外周区と内地の中間に位置する場所で、かつてはキサラギ重工が支配していた。しかし同社は司馬重工とのシェア争いに敗北すると撤退し、空白地帯として廃墟が出来上がったのである。
捨てられた地域でもツタはコンクリートを破って生息し、事故で燃えた建物や放棄された車などがそこかしこに見られた。
こういった場所の工業部品などはマンホールチルドレンの貴重な資金源であるから、そういったものは基本的にネジ一本に至るまで奪取されている。
あるのは買い取ってもらえないフレームや運べない鉄筋などであろう。
「ティナ、そっちはどうだ」
「クリアです、蓮太郎さん」
辺りを警戒しつつ蓮太郎はそうか、と返事をした。
その視線の先にはスパークを散らして沈黙した
この廃工場地帯を捜索してからというもの、天井や建物の陰に自律銃座が置かれており、蓮太郎たちはその排除――消音機をつけて――をしていた。
廃棄されたはずの工場に自律銃座があるということは、敵の根城はここで間違いなさそうだ。しかし、肝心の鎧モドキは未だ見つからない。
「このあたりに反応は?」
「ない……ですね」
「ここも違うか……クソ、どこにいるんだ」
敵地という環境と何回も空振りをしている現状が蓮太郎に焦りを募らせる。
「……すみません、もっとしっかり覚えていれば」
「……ティナのせいじゃねえよ」
萎縮する少女にバツが悪くなった蓮太郎は話題を変えた。
周囲に浮かぶ丸いメカ、シェンフィールドを見る。
ティナの
ただ、この機械の操作は脳にチップを埋め込まねばならず、定期的なメンテナンスがなければ脳に深刻な障害をもたらしかねない危険も孕んでいる。その背後を思えば蓮太郎は便利だな、とは口が裂けても言えない。
「それ、大丈夫なんだよな?」
「大丈夫です。数時間運用した程度で脳に障害は残りませんから」
「なら、いいが」
不器用な心配をする蓮太郎に、ティナは小さく笑う。
「そういうところ、蓮太郎さんの好きなところです」
蓮太郎は言葉に詰まる。
仮の
「延珠さん、助けますよ。必ず」
「……ああ、当たり前だ」
真剣な表情のティナに蓮太郎も思考を冷静に務める。
そんな会話をしてまたひとつ工場の捜索を終え、道路に戻って来た時。
どこからともなく声が聞こえてきた。
ただの蛮勇か。それとも……』
「この声……あいつか! どこに居やがる」
「蓮太郎さん、あそこです」
視聴覚に優れたティナの示す方を双眼鏡で確認する。
300mほど離れた廃工場の屋根。
いつの間にか、全長3mに迫る完全武装の鎧モドキがいた。
右手にバトルライフル、左手にショットガンを構え、左肩にはランチャー、右肩には長剣を携えている。
鎧モドキは声を続けた。
奴の背後で何かが上昇してくる。
それは十字架だ。
いまだ意識が戻らないのか、ぐったりした様子の延珠が磔にされていた。
そして彼女の左右から半球状の黒い物体が現れ、それらは延珠を包み込む。
そこで蓮太郎は気が付いた。あれはバラニウムだ。
ガストレア因子を持つ呪われた子供たちは高密度のバラニウムが近くにあると体調を崩してしまう。延珠がぐったりしているのはそのせいだろう。怪我はないように見えたが、あの球体に包まれては永遠と吐き気に襲われるかもしれない。それは実質拷問のようなものだ。
「……野郎ッ!」
憤怒によって蓮太郎の血液は活性化し、体温が上昇する。
今、この瞬間は力こそすべてだ』
安い挑発だ。
それでも蓮太郎に引くつもりなどない。
「上等だ……やるぞティナ」
「はい」
蓮太郎の右腕と右足に亀裂が走り、人工皮膚が反り返りながら
さらに左目の義眼を解放。蓮太郎の黒目に幾何学模様が浮かび上がり、のどに極彩色のツンとした香りが満たされた。
世界が緩やかに流れ始める。
シグマ拳銃からXD拳銃に構え直し、戦闘準備完了。
ティナも力を解放。瞳が緋色に染まる。
背負っていたケースから取り出した
しかしそれでいい……さぁ、決着をつけよう』
疑似的なコンビとして蓮太郎とティナは異国の機械化兵士と対峙する。
戦いの火ぶたは切られたのだ。
「蓮太郎さん、行ってください」
「ああ――任せるぞ」
「はい」
最初に仕掛けたのは蓮太郎たち。
とにかく近づかなければ蓮太郎に勝ち目はないが故、彼はスプリンターのごとき姿勢で大地を蹴った。
ティナも工場の屋上に陣取り、立てた膝に腕を置いて射撃姿勢に入る。
『正面からとは愚かな』
リンクスはライフルを発砲。銃弾が蓮太郎に迫るが――――。
「――させませんよ」
人外の魔技。
ティナの射撃は寸分たがわずすべての銃弾を
『そう来るか……新しい、惹かれるな』
頭上で行われるティナとリンクスの制空権争いを感じながら蓮太郎は疾走する。
機械化兵士となった蓮太郎にとって10数秒あれば届く距離。それが、遠い。
蓮太郎の接近で反応したターレットを射撃や破砕手りゅう弾で破壊していく。
「すぐ、すぐ助けるぞ――延珠!」
『このまま続けるのも
蓮太郎が半分の距離を越えたころ。
鎧は射撃を続けながら左肩のランチャーも起動。6発のロケット弾を放った。
それらは夜闇を燃焼の光で照らしながら、蓮太郎の進行方向へ迫る。
「ならっ!」
対するティナもBMIの強度を上昇。
データリンクでロケット弾をターゲットに追加する。
銃弾を撃ち落としながらドラゴンフライも操り、6発すべてを破壊して見せた。
爆発と閃光が夜の戦場を彩る。
『面白い』
「ここだ……ッ!」
ティナが作ったチャンスを生かす。
生まれた煙と炎を目くらましに使うのだ。
脚部のストライカーがカートリッジ底部を叩き、炸裂。空薬莢はイジェクトされ、脚部可動式スラスターに点火。吹き飛ばされるような浮遊感を感じながら上方へ
最高速のまま、爆炎の中を突っ切ってリンクスに肉薄する。
『来たか――――』
蓮太郎の義足からさらにカートリッジが吐き出された。
【天童式戦闘術二の型十六番】
「『隠禅・黒天風』ッ!」
勢いそのまま、
『Type-Leg-Striker』
鎧も対応。
フォーンという甲高い音の後、すくい上げるかのようなローキックで迎え撃った。
「らぁぁぁぁぁぁッ……!」
『――これほどか』
両者が激突し、周囲に破壊の衝撃波が生まれる。
周囲の鉄屑やガラス片が吹き飛ばされていった。
されど威力は互角。蓮太郎は舌打ちと共に反作用を生かして距離を取る。
ついでの銃撃はフィールドに阻まれた。
鎧が空中の隙を散弾で追撃しようとするも、それはティナの射撃で中断させられる。
ファーストアクションは引き分け。
戦いは第二ラウンドに移る。
皮肉か、バラニウムの
それならば、と着地した蓮太郎はインカムに話しかける。
「ティナ、プランBでいくぞ」
「わかりました」
蓮太郎が建物を盾にしながら走り出すのと同時、ティナも立ち上がって移動を始め、ドラゴンフライを散開させた。
プランB――つまるところ全方位からの飽和攻撃である。
地上から蓮太郎が射撃を加え、ティナがドローンと屋上から挟撃するのだ。
『貴様が
一方、リンクスは残弾をティナに放ち、
彼女が対応に追われている間に蓮太郎が盾にしている建物を次々と散弾でハチの巣にし、ふたりの出方をうかがう。
解体費用の出し渋りで残った廃墟群は結果的に無料で解体されていった。
「出鱈目野郎がッ!」
さほど頑丈に作られた構造物でないためか、それとも散弾銃の威力が強すぎるのか、どちらにしても破壊されて降ってくる鉄屑や土埃に悪態をつかずにはいられない。
頬は切れるし服も汚れるのだ。
それでも蓮太郎は右手で頭を庇い、背を低くしながら移動し続けた。
蓮太郎は最中も思考を回す。
相手は馬鹿ではない。
あの一合でこちらにライフルの効き目が薄いと見れば、避けにくく撃ち落とすのも困難な散弾での攻撃に切り替えたのだ。というかなぜ片手で扱えるんだよ。
加えて先ほどの音も気になる。もしや、奴もカートリッジを持っているのか――しかしそれは否定できる。薬莢が排出されたようには見えなかったからだ。
ならば一体?
その答えは義眼がくれた。
要するにあれは一種の発電であり放電なのだ。電気を流して体の動きを加速しエネルギーを急速に増加させる。カートリッジを撃発したエネルギーを手足に伝えて破壊力へ変えている蓮太郎とやっていることは同じだ。
問題は奴も超バラニウムの義肢を使っているという事実である。
奴の発言と打ち合った時の感触、伝導率の高さから言って間違いはない。それが足だけなのか――いや、他の手足もそうだと疑った方がいい。
つまり、蓮太郎にとって初の義肢同士の戦いでもあった。
学術的にこの戦いは貴重なデータなのだろうが、蓮太郎にとってそんなことはどうでもいい。やることはシンプル――敵をぶっ飛ばして延珠を助けるだけなのだから。
同時に、未織から受け取った絶縁装置が機能しているようで安堵する。
少し
「なら、やれる」
まだか、まだか。
こちらが策を仕掛けているのに追い立てられているように思ってしまうほどだ。
そしてついに、ティナから連絡が入る。
「蓮太郎さん、準備ができました」
「よし、始めるぞ!」
腰から
『……よもやこの程度で攻略した気になってはいまいな』
銃弾が嵐のように飛び交う中心でリンクスは悠然と立っていた。
己に向かってくる何もかもは全て軌道を逸らされ、本体に届くことはない。
手りゅう弾でさえ炸裂せず不発に終わる。
この程度かという落胆を抱きつつ、兵士の勘が眼前を飛び回る少女と後ろで何かを企んでいる少年は必ず何かをやると告げていた。
胸が高鳴る。
『さぁ、見せるがいい……そして楽しませてくれ』
「さすがに……堅牢ですね」
ティナは建物の屋上を飛び回りながら3つ目の
未だ底が見えない敵フィールドの馬力には目を見張るものがあった。
室内戦を想定して中口径弾を持ってきたが、もしかしたら大口径弾の方がフィールド減衰に有利ではないかと思ってしまう。ドローンの残弾もそろそろ心もとない。
ただ、同時にフィールドの減衰は当然ながらバッテリーの低下を意味する。
その中身も。
「あなたに意識があるのかわかりません。けど……もう、私にできることは――」
震える指を意識で押さえつけた。
今更なんだというのか。もう、彼の手伝いをするしかないのに。
すべてはデータ蓄積のため。
ビットを同時操作。常に違う位置、角度からトリガーを引き続ける。
「どんな神経してんだよアイツ……ッ」
死角の背後から撃たれても全く気にしない鎧に蓮太郎は薄気味悪さを覚える。
自分のバリアに自信があるにしても弱点を狙われて動揺ひとつないのは異常だ。一体どんな心理状態で戦っている?
ともすれば、アレはバッテリーなどではないのだろうか……そんな世迷言が頭を
もしそうならこの作戦は初めから――。
「今考えるのはそんなことじゃねぇッ!」
地の底から這い出てきた弱気な自分を銃声で彼方に追い出す。
蓮太郎は愚直に分りもしないバッテリー切れを狙っているのだろうか。
否。
彼には別の目的があった。
「いくら銃弾を受け流すと言ってもそのすべてを手動で行うことは不可能。つまり、自動化された手順なら
義眼内部のナノ・コアプロセッサが物理学・流体力学などを使って弾道を演算し続ける。
情報量に左目が熱を放ち始め、蓮太郎に頭痛としてフィードバックしてくる。
それでもやめる訳には行かない。
目的を知られないために大道芸じみた行動をティナにしてもらっているのだから。
もう少し、もう少しなのだ。
バリアを破れば拳が届く。拳が届けば奴を倒せる。奴を倒せば、延珠を助けられる。
「だから……ッ」
蓮太郎が狙っていたのはリンクスの足場――工場の鉄骨部分の破壊だった。
屋上にいる限り接近戦を仕掛け辛いなら、下まで落としてしまえばいい。
それに大地ほど良い電流の受け流し先はない。考えてみれば延珠が感電したのはバラニウムの伝導率や人体がそもそも導体であることも一因だが、地面から浮いてしまったのが大きい。接地作業はより抵抗の低い地面に電流を逃がすためなのだから。
「――――ッ!」
電子の光を追いかけていったその先。
ついに導き出した。その道筋を。
義眼が示す射角のまま、蓮太郎は連続で発砲した。
二挺拳銃の命中率は酷く悪い。しかし義眼解放時はその前提が崩れる。
狙い過たず全ての弾丸はフィールドに反射され、そのエネルギーも含めて脆くなった鉄骨の繋ぎ目に容赦なく破滅的ダメージを蓄積させる。
『これは――――』
鎧が違和感に気づいた時、すでに策は成っていた。
ガクン、という重力の喪失を一瞬味わった後、足場が音を立てて崩れ落ちる。
引力に掴まれ、鎧の体は瓦礫と共に大地へ落下していった。
「成功ですね、蓮太郎さん」
「ああ……これでやられてたりは、しねぇか」
「それは……希望的観測が過ぎます」
「だよな。ならやっぱり……やるっきゃねぇな」
「……射撃の援護はできなくなります」
「わかってんよ。任せとけ」
「――はい」
インカムで通信しつつ、蓮太郎は土埃の向こうを油断なく構える。
『
そして土埃の中心から轟音。
それが吹き飛ばされた鉄骨の奏でる音だと蓮太郎は気付く。
土埃が晴れた向こう側で鎧が立ち上った。
『中々面白いことを考える……』
予想はしていたものの、高所から落下しても大してダメージを受けないような奴と今から戦わなければならない事実が蓮太郎の肩に重くのしかかる。
それでも、気持ちで負けてはいけないと己を奮い立たせた。
「あのまま寝ててもよかったんだぞ」
『笑わせる……貴様の実力も見ていないのにか』
「生憎、俺に力自慢の趣味はないんでな」
『貴様、本当に機械化兵士か? 面妖な奴め』
「俺はテメェらほど戦いにイカレた思想を持ってねぇんだよ」
『……貴様もいずれたどり着く』
鎧は両手に持っていた銃器を捨て、右肩にマウントされた長剣――キングスフィールド社のMoonLight――を抜刀した。
「テメェ……なんの真似だ」
『貴様の望み通り、直接対決をしようとな』
そして一振り。
瓦礫が吹き飛ばされる凄まじい風圧に、蓮太郎は腰を落として堪える。
そして自分たちの周囲には何もない空間――
遠距離手段を捨ててくれるなら接近が容易になって喜ぶべきだが、この不敵な自信。
まだ隠し玉があると思っていたほうが良いと蓮太郎は感じた。
ともかく、望んでいたインファイト。XD拳銃を腰に仕舞い、拳を構える。
「お膳立てってわけかよ。ずいぶん余裕だな」
『今にわかる』
一瞬の睨み合い。月明かりと燃える建物に照らされた両者は向かい合う。
戦場にゴングなどないが、互いに戦いの合図を理解していた。
――第三ラウンド、開始。
甲高い音と共に鎧姿が迫る。
常人の意識なら認識すら叶わない高速移動。
しかし蓮太郎の義眼はその動線をきっちり捉えていた。先日のような無様はしない。
すぐさま右手を引き絞り、雷管を
カートリッジが回転しながら吐き出され、硝煙臭が漂った。
【天童式戦闘術一の型五番】
「『
『――――!』
燐光纏った一閃と神速の突きがぶつかり合う。
撃力が衝撃波となって周囲に拡散。
双方共に弾き飛ばされ、地に靴跡を残しながら距離が開いた。
蓮太郎が再度の激突に備えて瞬きをした瞬間、すでに鎧の姿は消えていた。
3m近い巨大質量が高速で迫る恐怖――同じくらいのヒグマでさえ静止状態から最高速に到達することはできないというのに、デカい図体が面妖な技術によって飛び回るのだ。さらにソニックブームとまではいかずとも、吹き荒れる風が肌を貫き、人間の根源的な怖気を刺激する。
だがしかし、それらを蓮太郎は延珠を助けたい気持ちと、奴が彼女に苦痛を与えた
そう。
視界から消えた――ならば先を読めばいい。蓮太郎の左目はそれを可能にするのだから。
まるで皮膚の細胞ひとつひとつが感覚器官になったよう。
五感から得られる情報は脳を経由して義眼のCPUが処理していく。
100分の1秒。それこそが蓮太郎の見ている世界だった。
――右に加速した後、左に回り込んでそのまま突っ込んでくる。
脚部カートリッジを撃発。
左足を軸に敵の予測進行方向へ薙ぎ払いを仕掛けた。
結果は命中。
再びの衝撃波が蓮太郎の髪を揺らす。
表情は読めないが、リンクスもインパクトをずらされて驚いているようだった。
『その目、その目か。面白い……面白いぞ、民警!』
「さっさとぶっ倒れろ!」
ティナは眼前で繰り広げられる戦いに息をのんだ。
人体の限界速度で動き回るリンクスと、未来を見ているかのような反応で対応する蓮太郎。両者ともに人類として最高峰の個人戦力と言っても過言ではない存在だ。ぶつかり合うたびに周囲を破壊せんばかりの嵐が吹き荒れる。
「これが、機械化兵士……」
かつて人類の希望とされた最強の人間――新人類。
これが人類の刃なら、私はなんだというの?
冷静な分析では彼らと勝負しても勝機はあるように思える。
しかし、結果として敗北するような予感があった。
中途半端な紛い物は本物に勝てないとでもいうのか。
「おまえは中継器に過ぎん」エインの言葉に胸が締め付けられた。
幾度かの激突の末。
ついに蓮太郎はリンクスの腕から長剣を吹き飛ばした。
同時に破壊出来たのか、右腕から火花を散らして鎧は後ろに滑っていく。
勝てる、勝てるぞ。
目と体が早さに慣れてきた蓮太郎は明確な勝利のヴィジョンが見えていた。
問題はカートリッジが足りるかどうか。奴の電力もそろそろ尽きて欲しいものだが。
しかし勝負とは水物。確信した勝利ほど信用ならないものはないという。
鎧が突如体を脱力させると、全身から何か突起物の様なものが出現した。
『……認めよう。今この瞬間から君は我々の敵だ。故に遠慮もしないと決めた』
「テメェ、何を――!?」
なぜだかとてつもない悪寒がして、回避動作に入ろうとした時には。
「――――は?」
酷い衝撃に吹き飛ばされ、体が地面を何度もバウンドし廃墟の残骸に叩きつけられていた。
「な、にが……」
気持ち悪い音と血液が口から溢れる痛みが脳内で爆ぜる。
瞼は重く、正面を見据えることも出来ない。
呼吸をしようとしても間抜けな風音にしかならず。
命令通りに動かない体は急速に体温を失って意識も拡散し始める。
延珠との楽しい思い出――走馬灯が虹彩に映し出された。
『バリーリンドン』とかいう名画座で見た映画の記憶。エンドロール前に『美しいものも、醜いものも、今は同じ、すべてあの世』とかいう酷い
まさしく自分もあの世に送られてしまうのだろうか。
「蓮太郎さん!?」
その瞬間を見ていたティナは慌てた。
奴の周囲が光った途端に頭痛がし、ドローンとシェンフィールドが全機
まさか、死んでしまったのか? そんな馬鹿な。優勢に立ち回っていたばかりなのに。
巻き込んでしまった罪悪感が胸を締め付ける。
何にしても、彼が生きていることを信じるしかない。
『初めから2人がかりでくればよかったものを』
「…………」
自分の心の弱さが招いたことなら。
ナイフを構え、携帯用強化ポリカーボネイト
ティナは蓮太郎とリンクスの間に立ちはだかった。
蓮太郎の意識は白いタイルに囲まれ、規則的にオリーブや観葉植物などが生い茂るイングリッシュガーデンのような場所に迷いこんでいた。
<アレ、実際のところは子供以外の登場人物がクズ過ぎて「君もクズが苦しむのを見たいんだろ?」っていう皮肉らしいよねぇ>
人の声にハッとする。自分はどうやら椅子に座っているらしかった。
机を挟んだ反対にはどこかで見たような少女が頬杖をついている。
「俺……は……どう、なったんだ……?」
<やぁ蓮太郎くん☆ 君はあのリンクスのバババ~っていう衝撃波で痺れて、そのままやられちゃったんだよ>
「アル……? どうして、お前が」
<
「は? 記憶が飛ぶ? 何を」
<それより延珠ちゃんを助けるんでしょぉ? ほら、頑張って立ち上がって! 男の子なんだからティナちゃんだけに任せちゃだめだぞ☆>
「そうだ……俺は、戦って。ここはどこだ? 俺は死んだのか?」
<死にかけてるけど生きてるよ☆ ホントはアタシもヘリに乗って「これを使え!」ってやりたかったんだけど、面倒な仕事を任されちゃったからそっちいけないんだよねぇ>
「お前……何者なんだよ」
<ふふ、今はそんなことはどうでもいいじゃん? 重要じゃないよ。大事なのは君の代わりにティナちゃんが戦ってるってこと☆>
脳内に直接映像が焼き付く。
ティナと鎧野郎がインファイトをしているのだ。
片手を失ってまで民警の戦術マニュアルに『絶対に避けねばならないもの』とされている格闘戦を捌いているリンクスは一体なんなんだ。
<遠距離専門の彼女には荷が重いんだよねぇ~。このままじゃやばいよ>
「……どう、すれば。俺は、勝てるのか?」
<勝てる勝てる。だから起きるだけだって。大丈夫、傷は治してあげるから☆>
「傷が……?」
致死に近い傷を受けたような感触があったが、どう治ると?
そんな疑問を浮かべる蓮太郎に、アルは面倒そうに叫んだ。
<いいから、君はこれでも見とけ!>
脳内に直接映像が流し込まれる。
それは赤いワンピースを着た少女が水底で小さく身を抱いているイメージ。
瞬間。
蓮太郎は瞼を開いた。
『内臓を潰されて立ち上がるだと? ありえるのか、こんなことが』
「蓮太郎、さん……」
驚きと安堵――異なる感情で蓮太郎の意識は迎えられた。
血だまりの足元を踏みしめ、蓮太郎は立ち上がる。
役目を終えた絶縁装置が転がり落ちた。
その姿は満身創痍と言えるようなものだが、瞳は闘志に燃えている。
ティナはボロボロになった防盾とナイフを捨てると、バックステップで蓮太郎の隣に戻ってくる。その姿は蓮太郎と同じ位傷だらけであったが、予備のナイフを取り出す。引くつもりもないようだった。
「大丈夫ですか……?」
「ああ……やるぞ」
蓮太郎自身、なぜ自分が生きているのか定かでなかった。しかし助けを求める延珠の声だけは脳内を反響し続け、自らが為すべきことを示している。他の一切は考える必要はない。ただ、目の前の敵をブチ抜けばいい――。
蓮太郎の視界が光を失っていく。体内の酸素と二酸化炭素を入れ替え、モノクロのような世界で刃を研ぎ澄ます。
死力を尽くして舞う天童式戦闘術『
『――――』
リンクスも無言で構えた。
彼我の距離は10メートル。
この場の三者は次の衝突で決着すると本能的にわかっていた。
束の間、世界からすべての音が消える。
――最終ラウンド、開始。
静かな空気は――爆発した。
脚部カートリッジを撃発、スラスター点火。
ティナも合わせて大地を蹴り、両者の距離が急速に縮まる。
リンクスは迎撃を選んだ。
腕部カートリッジを撃発。
「――――
「シィィィィィィィィッ!」
『Type-Leg-Ultimate 』
拳と刃、装甲に包まれた足がぶつかり合う。
力は互角。衝撃波が地面を抉り、爆心地以外にクレーターを生んだ。
『凄まじい威力だが――――』
「まだだァ!」
声を遮るように再び腕部で炸裂音。
『この状態でだと!』
「
ゼロ距離から放たれるは一瞬で再加速した正拳突き。
拮抗状態から相手の威力を奪い、境がズレ始める。
「ぐぅっ!」
爆発のような衝撃波にティナが吹き飛ばされた。
『面白い……もっと、もっと貴様の力を』
「これで、最後だぁぁぁぁぁッ!」
――この時、すでに蓮太郎のカートリッジは出し尽くしていた。それでも追撃を放とうとする彼は一体何をしたというのか?
――その答えは単純であった。無いなら在る場所から持ってくればよい。
――僅かな接触面から無意識に超バラニウムの伝導率を生かして相手の
蓮太郎の拳に稲妻が宿る。
限界を超え、もはや
「
ついに境界が崩れる。
リンクスの脚部に亀裂が走り、それは天へ昇る竜のように全身まで伝播していく。
膨大なエネルギーを宿した拳に吹き飛ばされ、鎧の体は空中分解しながら地面をバウンド、轟音と土埃が舞った。
10数秒たっぷり転がり続けた鎧が静止するとあたりも静寂に包まれる。
蓮太郎は拳を構えたまま残心。
やがて視界に色が戻ってくると、忘れていた頭痛、めまい、吐き気で地に膝をつく。
勝てたのだろうか。
もはや蓮太郎に戦う力は残っていない。よくもこんな無茶が通せたと言いたいくらいだ。
痛む肺に血を吐きながら鎧が吹き飛んでいった先を見る。
どうやら立ち上がる気配はない。
「蓮太郎さんっ!」
と、そこで慌てた様子のティナが駆け寄って来た。
吹き飛んだ時に切ったのか、額から血を流している。
「意識はありますか?」
「……しっかりあんよ。ただ……」
蓮太郎の言葉が歯切れ悪いので、ティナは自分の様子を見た。
どうやら緑のドレスが破けていたらしい。
「……えっち」
「馬鹿野郎、不可抗力だ」
「……元気が出るなら見せてあげてもいいんですよ」
「ふざけろ。それより肩貸してくれ、立てねぇや……」
「――はい」
軽口を叩きながらティナに支えられてようやく、勝ったという実感がやって来た。
「……ありがとうございます。蓮太郎さん」
「俺は延珠を助けるために戦ったんだ。……お前の都合のためじゃない」
「そう、ですね。まだ」
「ああ。やることが残ってる」
幼女と少年の身長差はチグハグだったが、それを補う胆力が彼女にある。
二人三脚でめくれ上がった大地を歩き、リンクスが倒れている場所に着いた。
彼は右手の他に左足が千切れ、鎧の胴部も首に近い位置まで裂けていた。
断面を見るに、やはり四肢はすべて義肢らしい。
彼の過去はもはや推察する他ないが、真っ当な経歴ではないように思えた。
蓮太郎は震える左手で拳銃を構え、鎧の頭部に標準する。
「テメェ、どうして俺らの戦い方に付き合ったんだ」
それはどうしても聞きたかったことだった。
遠距離射撃手段に加えて迷彩や電磁波兵器を持っているなら姿を眩ませて不意打ちするのが最も確実。実際そんなことをされたら全滅していた可能性が高かったのにわざわざ姿を現して正面からぶつかった。
いくら依頼主の思惑が戦力比較だとしても利点を潰す行為に意味を感じられない。
無論、それでも苦戦を強いられたわけなのだが。
『私は 戦いを 望んでいる からだ』
ノイズを纏った機械音声でリンクスは答えた。
『我らは勝つことが存在意義。しかし、それも果たせぬのなら……所詮、俺も
「……テメェも世界を戦争に巻き込んでやるっていうクチか?」
蛭子影胤がそうだったように。
『世俗に 興味などない』
「じゃあ、なんでこんなことをしたんだよ」
『意味などない ただ依頼を受け全うする それだけだ』
「誰に依頼されたか、答える気は?」
『言うと思うか?』
「……思わねぇな」
話は平行線だ。
わかり合うことはできないらしい。
リンクスはぎこちない動きで首を揺らし、蓮太郎を見た。
『貴様が聞きたいのは違うだろう あの檻は私の死亡と共に解除される』
「死亡だと……? テメェにはこれから警察署で洗いざらい吐いてもらわなきゃなんねぇんだぞッ」
『残念だったな。死人に口なしだ』
「テメェ、自分の命が惜しくねぇのか」
『とうの昔に死んでいる。今更執着など持つわけがない』
蓮太郎は絶句した。
どうしてどいつもこいつも自分の命を軽く見積もるのだろうか。
命はひとつしかないというのに。
「……なら、ひとつ答えてください」
蓮太郎の代わりにティナが口を挟む。
『いいだろう』
夜空を見上げ、一拍子置いてから彼女は訊ねた。
「――誰を使ったんですか」
「ティナ……」蓮太郎が息をのむ。
『私は知らされてなどいない。こうなってしまえば個人の区別に意味はないだろう』
「そう……ですか」
あっさりとした答えに痛いほど拳を握りしめ、ティナはしばし顔を俯かせた。
『最後にひとつ、小僧。貴様に言っておくことがある』
「……んだよ」
『あの少女はピュアブリードだ。そのことをよく覚えておくがいい』
「は? どういうことだ?」
『話は終わりだ。貴様は私を越えた。そしてそれが何を生むのか、貴様にはそれを知る権利と義務がある。貴様の可能性……それが――』
「テメェ、一方的にごちゃごちゃとッ」
「蓮太郎さん!」
ハッとした様子のティナに押し倒された直後、爆発が起きた。
風圧に飛ばされ、地面をふたりして転がる。
三半規管を乱され、炎の熱と砂塵が体の表面を傷めつけた。
やがて静止した時、柔らかい体に頭を包まれていることで守られたのだと理解した蓮太郎は己の不甲斐なさに怒りを覚えるも、すぐ周囲に目を向けた。
「クソッ、アイツほんとにやりやがった! 大丈夫かティナ?」
「はい……」
ティナの服の状態は酷くなっているが、体の傷はそこまで増えていないようだ。
頭をずらして先ほどの場所を見ると、そこに塊は残っていなかった。鉄屑と化した残骸があるのみだ。
ティナもそれを見つけたようで、立ち上がり、赤くなった表情を硬いものに変えた彼女は爆心地に黙とうを捧げる。
同郷の人間に対してか、居なくなった子供に対してか……蓮太郎は聞けなかった。
ともかく聖天子襲撃の推定実行犯は死亡してしまったのだ。
悲しむほど共感を受けたわけでもないが、さりとて気持ちの良いものでもない。
これで聖天子がこの会談期間中に命を脅かされる危険はグッと下がるだろうが、真相を闇に葬られたような、表現しがたい後味の悪さが残った。
――これがエイン・ランドのやり方かよッ。
安全圏から命令だけ出して人間を駒のように使い捨てる。吐き気を催す邪悪だ。
奴を国際法で裁けないものか――『君はアレに夢を見過ぎだ』菫が嗤った気がした。
それよりもだ。
リンクスの言うことが正しいなら――そう思って離れた球体の方に視線を向ければ、空中に浮いていたはずのモノが重力に従って地上に降りて来る。
そして着地と同時に殻が崩れ、中には待ち望んでいた少女が眠っていた。
「延珠……ッ!」
ティナに傍まで連れて行ってもらった蓮太郎はその小さな身体を抱き締める。
暖かい体温。規則正しい呼吸。間違いない、生きている!
「あぁ……延珠、延珠……よかった……すまん……すまん……」
謝罪か喜びか蓮太郎は顔をぐちゃぐちゃにしながら、もうどこかへ行ってしまわないようにと願う。
思いが通じたのか、力が強すぎたのか。延珠は身じろぎをした。
「ん……ぅ……」
「延珠!」
彼女は瞼をあげて少年の姿を認める。
「蓮太郎……? 妾は……」
「……気絶してたんだよ。気分はどうだ? どこか不調を感じるなら言ってくれ」
「いや……大事ないぞ。なんだか夢を見ていたような……それより蓮太郎! 聖天子様の護衛はあれからどうなったのだ!?」
「大丈夫だ。敵は……倒した。倒したんだ……」
「敵……?」
延珠は更地になった周囲とティナに気づいた。
「お主は?」
「初めまして、延珠さん。ティナ・スプラウトです」
「童の名を知っているか……しかし名乗りはするぞ。藍原延珠だ」
同時に、延珠は蓮太郎と彼女の様子から戦いがあったのだろうと推測した。
そして自分は囚われていたのだと。
「蓮太郎が、世話になったようだな」
「いえ。助けてもらったのは……私の方です」
彼女の纏う雰囲気に、なんとなく延珠は仲良くなれる気がした。
視線を蓮太郎に戻す。
「延珠、俺は……俺は……」
気が付けば彼は涙を流していた。
延珠は女を増やしたことに抗議するか、それとも正妻の余裕を見せるかで悩み。
結局蓮太郎の頭を胸元に抱き寄せた。
「頑張ったのだな、蓮太郎」
「延珠……」
天使のような鼓動を聞き、蓮太郎の表情が安らぐ。
さらに延珠は蓮太郎の耳元でささやいた。
「ごほーびに、妾は蓮太郎とずっと一緒にいてあげる」
「ああ……延珠、お前を失いたくない……」
「ふふ……蓮太郎は仕方ないなぁ」
髪に着いた土埃を丁寧に取ってやり。
穏やかな表情で、延珠は胸に縋りついた蓮太郎の頭を撫でていた。
◆
翌日。蓮太郎が聖居を訪れた時、保脇は酷く狼狽えていた。
「里見蓮太郎……!? どうしてここに……!」
「どうしてもクソもあるかよ。護衛に決まってんだろうが」
「馬鹿な、貴様は……」
「『貴様は』なんだというんだ?」
後ろから保脇の肩を掴んだのは背広姿の坊主男。保脇よりやや身長が高く、鋭い目つきが威圧感を生んでいる。
「誰だ、貴様」
「警視庁公安部の
保脇は男の横暴な態度にイラつきながらも聖居まで公安が出張って来たことを不思議に思った。
しかしその意図に思い至ったのか、一転して勝ち誇った表情になる。
「そうか、内通者を見つけたんだな? ハハハッ! 里見蓮太郎ッ、貴様の命運もここまでということだ。大人しくしておけばよかったものを、欲を出して聖天子様に近づくからこうなる!」
そしてカチャリ、という手錠が締まる音が響いた。
しかし蓮太郎は両手を自由にしている。
ならば誰に?
「……は? どうして僕に着けているッ!?」
「令状出てるからに決まってんだろ。公安なめんな」
「そ、そんな馬鹿な話があるかッ! これは罠だ。里見蓮太郎が仕組んだ罠だ! そうだろう皆! 僕は今まで聖天子様に尽くしてきた……そんな僕が内通などするはずがない! 違うか!?」
「仕組んでねぇよ。テメェの自業自得だろ」
急に始まったパフォーマンスに護衛官たちも困惑した。
いつもつるんでいた
「おのれ里見蓮太郎……ッ、この卑怯者め! 聞きましたか、みなさん。これが奴の本性なのです! 人を貶めることでしか自分の評価を上げられない惰弱な人間! しかし私は違います……清廉潔白な人道を信じ、正義と真実によってこれまで過ごしてきました……おわかりでしょう、皆さんッ! どちらを信じるべきなのか!」
両手を拘束されながら保脇は道化のように踊った。
しかしその見苦しさも終わりが来る。
「……残念です。保脇さん」
物陰から登場した聖天子の冷ややかな視線が刺さった。
「せ、聖天子様!? こ、これは違います! 私はそのようなことは!」
「……もう、見るに堪えません」
その瞬間、保脇は聖天子に見捨てられたことを悟った。
「う、うそだ……ぼ、僕は、こんなところで」
「御託はいい、さっさと行くぞコラ」
「嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁ」
警備員たちに保脇は連行されていった。
・蓮太郎
これでライクってマジ?
・ティナ
家族になれそう
・延珠
母の波動 を おぼえた
・保脇
君は次も出番あるぞ。がんばれ♡がんばれ♡
百合が早く書きたい。
今後はいくらか話を書いてから次章にいくつもり。
同時に色々設定が生えてくると思われる
そうそう。幼女が幼児退行したら何になるんだろうか
書けたら次は0時