幼女に厳しい世界で幼女になった   作:室戸菫はかわいい

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強いられている

 

 

『ガストレア新法は、呪われた子供たちに手にすべき人権を与える法案です。これは必ずや大戦後の新たな時代の礎となるでしょう。この法案を契機に人間同士の対立が消滅し、すべての人間が融和できる社会へと大きくかじを取っていくことこそ、先代より聖天子の座を受け継いだわたくしの使命だと考えます』

 

 交差点の四方に設置されたLEDビジョンから、雪を被ったような純白の服装と銀髪の乙女――聖天子と呼ばれる東京エリアの支配者が演説をしている。

 

「この放送もよく飽きないな~」

 

 菫の食品を買うために街中へ出て来ていたアルはその内容を聞き流しながら、初めて死んでひと月ほど経った頃を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

「アルちゃんすごい! これ全部とって来たの?」

「ふっふ~ん、その通り☆ アタシに任せればこの通りよ~」

「すっごーい! ごちそうだよ~!」

 

 薄汚れた壁を蝋燭が弱弱しく照らし出す地下の一角。

 粗末な木材で作られた机の上に芋や白菜、キャベツ・トマトなどの野菜がたっぷりと入ったカゴが乗っていた。

 日々を残飯で食いつなぐ彼女らにとって、その存在を見て目を輝かすのも仕方ないといえる。

 

「ねね、アルちゃんアルちゃん。早くいただきますしようよ!」

「うん☆ それじゃあみんな手を合わせて~」

『いただきます!』

 

 アルは食事に夢中な子供たちを穏やかな表情で見つめる。

 彼女はマンホールチルドレンの一員として東京エリアの地下に居を構えていた。

 

「はい、アルちゃんの分!」

「あは☆ ありがと~! アタシ嬉しい!」

「わっ……くすぐったいよ~!」

 

 リリとかいう健気な少女を撫で繰り回しつつ、ここで生活していてわかってきたことをまとめる。

 案の定というか、呪われた子供たちに対する大人の風当たりはつらい。子供たちがひとりで歩いていたり、物乞いをしたりすると柄の悪さに関係なくリンチを始めるのだ。時には取り締まる側の警察も参加する。

 不思議なことに少女らは大人顔負けのパワーを持っているのに反撃したりしない。

 それは誰かを傷つけることを怖がったり、報復を恐れたり、抵抗を諦めていたりといったメンタル上の理由で、つまり精神構造は只人の子供と同じらしかった。

 

 どうしてそこまで大人が少女らを恐れるのかアルは理解できない。

 かつての戦争というものがそこまで尾を引くものなのか? 単に鬱憤晴らしなのでは?

 

 それと、少女らは病気にかからないが空腹は訴えるため、食料の確保が大変である。

 自作などといった知識と土地が必要な手法を取れないため、食料はもっぱら犬や猫といった野生動物か野草、あるいは他人のものを略奪するという実質二択だ。ちなみに犬猫の味はしなかった。

 水は公園の水だったり川だったり上水か下水だったりだ。感染症に罹らないとはいえ下水は普通に臭いのであまり飲まないが。

 

 なお、略奪の場合は当然人間との闘争になるため死人が何人か出てくる。再生能力が低い子は頭をフライパンでカチ割られれば死ぬのだ。正確にいうと頭蓋骨が脳に刺さるから。

 アルは略奪自体を苦にはしていなかったが、相手に損害を与えすぎてもいけないので週に一回程度にしている。今日はその日だったということ。

 呪われた子供たちがブッキングした時は早いもの勝ちという暗黙のルールもあった。争っても不毛ゆえに。

 

『ごちそうさまでした!』

「お粗末様~。みんな蝋燭がもったいないから寝る時は消すんだよぉ」

『は~い!』

 

 お腹を満たした子供たちはつかの間の満足感と共に草で作られたベッドで横になる。

 

 食料にありつけ、眠る場所がある分このグループは恵まれているのだろう。もう少し下層のグループに移るべきかとアルは試案していた。

 実行に移さないのは、少女たちが可愛いからだ。情が移ったともいう。

 

「ね、アルちゃん。いつもたくさん持ってきてくれるけど、大変じゃないの?」

 寝ずの番をしようとしていたところ、タレ目の少女――アサヒに声をかけられた。

 彼女の右腕は植物のように変質しており、俗称:ガストレア化が進行している。

 子供たちの問題のもうひとつはこのガストレア化だ。

 日々を全力で生きなければならないために力を解放してしまった子供たちは体を蝕まれていき、臨界点に到達すれば化け物になる。

 そうなりたくなければ人間のように暮らすか、イニシエーターという兵士になって抑制薬を恵んでもらわなければならない。

「平気、平気☆ アタシは疲れ知らずだからね~。どんと任せなさい!」

 アルが笑えばつられてアサヒも笑った。

「わたし、自分がこんな笑えるなんて思わなかった。アルちゃんが来てからみんな明るい顔が増えてきたし、明日へのキボウっていうのかな。そういうのが見えるようになってきたんだ」

「それは買いかぶりすぎだよ☆ アタシは背中を押しただけ。みんなが笑っているのは、今までアサヒちゃんがみんなを守ってきたからだよ」

「あはは……そう、なのかな?」

「うん、間違いない☆」

「それなら……生きてた意味、あったなぁ……」

「まだ命は残ってるよ、アサヒちゃん。死んだ気になるのは早すぎるって☆」

「命は……残ってる」

 右腕を持ち上げながらアサヒは神妙に頷いた。

「そういえば、アサヒちゃんは最後までアタシを警戒してたよね」

「そ、それはごめん。でも仕方ないことで……」

「わかってるよ~。それに責めてるわけじゃないの。アサヒちゃんが今、アタシに話しかけてくれるのがうれしくて」

「アルちゃん」

「ねぇ。今、アタシたちは仲間って言えるよね?」

「うん。わたしたちは仲間だよ」

 

 アルは不思議な気分だった。

 安心するというのもそうだが――それ以上のナニカをこのグループに感じつつあった。

 道理で人間が群れるわけである。

 

 そして周りの子供たちが眠り始めたころ、アサヒがアルの肩に頭を寄せてきた。

 アルは視線を向ける。

「ねぇ、アルちゃん」

「なぁに?」

「あ、その……」

 アサヒは数秒逡巡し、やがて口を開いた。

「その時がきたら、わたしを殺してくれる?」

 すがりつくような視線。

 8歳程度の少女が介錯を頼むなど誰が想像できるか。しかし、これこそが世の実情なのだ。

 仮初の平和のしわ寄せでこんな生活を強いられるうえに命の保証もない。

 何日も寝てなかったのだろう、よく見れば目に隈がある。死を受け入れるにはどれだけの覚悟が必要なのか。

 もはやほぼ死ねなくなったアルはその感覚を真に理解できない。

 それでも覚悟というのは重いものだと知っている。

 ゆえにアルは努めて笑顔で答えた。

「うん。殺してあげる」

「あはは。あり、がと……」

「眠いんでしょ。寝ていいよ?」

「うん、そうするね……」

 張り詰めた糸が切れたのか。

 寝入った少女を引き寄せながら、アルはこういう生き方も悪くないか、と思った。

 

 

 

 そんな生活を続けていたある日、またアルが食料調達の当番になった。

 体調が悪化の一途をたどるアサヒを想いながら、彼女にとって最後の晩餐は豪華にしようといろいろなものを集めていたせいで、アルの帰還はいつもより遅くなっていた。

 だが、妙だ。

 アルは違和感を覚えた。

 拠点に近づけば近づくほど背中にピリピリとした違和感は強くなり、鼓動が早まって焦燥も募る。

 嫌な予感がした。

 やがてそれは、マンホールがずれているのを見て確信に変わる。

 

 40kgの重りを投げ捨てて中を覗き込む。

 そこには生活音がひとつもなかった。

 

 血の匂いがする。

 瞳の赤が強くなる。

 意を決して突入した。

 

 

 そこに在ったのは化け物と化け物モドキの成れの果てだった。

 弾痕と刀傷から人間の仕業で間違いないだろう。

 

 どうやら自分が出払っている間に侵入者がいたようだ。

 どこでこんな武器を買ったのやら。いや、街中にガンショップはそこそこあるし、購入自体はできるのか。

 それでも使うかね。殺人はそうだが器物損壊だというのに。

 しかし使ったから、こうなっているのだろう。

 

 アルの心は不思議と冷え切っていた。

 ただひとつ。問わねばならない疑問だけがあった。

 

「あいつら、生きてる価値あんの?」

 

 すぐさま「ないな」と断定する。

 

 ひとりの夕食は味がしなかった。

 

 その後、アルは初めて人を殺した。

 やけにあっさり彼女たちが死んでいたので気になっていたが、民警のペアだったらしい。

 今まで正義の味方かと思っていたが、金で動く雇われなのが実情なようで世知辛い。

 同時に、大人が呪われた子供たちを迫害する理由が少しわかった。

 

 やつらは、生きていちゃいけない人間だ。

 

 

 

 

 

 

 走馬灯のように過ぎ去った記憶を彼方に封印し、アルは買い物を再開する。

 そうして何件か店を巡り、帰ろうかと思った時。

 商店街の一部がにわかに騒がしくなった。

 

「う~ん」

 

 無視しようとする意識とは別に、喉奥に何か挟まったような違和感。

 ふらふら商店街に引き寄せられていくと、バイクが猛スピードで走り去っていくところだった。

 

「あれれ、蓮太郎くんだ」

 

 追いつけなくはないが、そちらよりも商店街の人間が気にかかる。

 この気持ち悪い気配は敵意だ。

 どこへ向けられているか確認すると、紅色をしたツインテールの少女がいた。

 どこかで見た気がする。

 

「ああ、あれが藍原延珠ちゃんか」

 

 何か意識が高ぶることがあったのだろう。赤い瞳の彼女に人々が詰め寄ろうとしている。

 足を進めながらアルは思う。彼女は外周区の子と違ってイニシエーターなわけだけど、なぜそんな敵意をむき出しにしてるのか。まさか数で囲えばなんとかなると? 愚かすぎる。

 

「そっか、この時期はまだ名が売れてないから」

 

 ひとりでに納得したアルは、延珠の目の前にたどり着いた。

 もっと勝気なイメージだったが、どうも今は萎縮しているらしい。

 

「こっちだよ~☆」いつもの仮面(ペルソナ)を張り付けて彼女を手に取る。

「え? お、お主!?」

 

 

 

 

 商店街を離脱し、交通量の少ないところでアルは手を離した。

 

「ちょ、お、お主! いきなり人気の少ない場所に連れ込むとは如何な了見か!」

 

 当然のことながら延珠は混乱している上に少し怒っている。

 

「ごめんね~☆ 迷惑かと思ったんだけど、仲間を見過ごせなくて……」

「な、仲間? まさかお主も」

「うん、赤目(こういうこと)だよ~」

「そ、そうだったのか」

 

 しおらしく話しかければ元より優しい性格の延珠は強く出れない。

 この女、セコい手を使う。

 

「アタシはアルっていうんだけど、あなたはなんていうの?」

「妾か? 妾は藍原延珠。プロモーター:里見蓮太郎のイニシエーターにして将来の妻!」

 胸を張る延珠と大げさに驚くアル。

「ええっ、それってまさか婚約……ってコト!?」

 

 とりあえず普段の状況に戻すのが先決だろう。余計なことを考えさせてはいけない。

 

「婚約……なるほど、その通り!妾と蓮太郎は三本の矢よりも太い糸で繋がれているのだ」

「わぁ~! 延珠ちゃん、積極的なんだね☆」

「うむ、恋とは戦争なのだ! ……ところで、お主はなぜあの場に?」

「アタシ? アタシはちょっと買い物でね~。それで延珠ちゃん、さっきから気になってたんだけど……そのブレスレット、もしかして天誅ガールズの!?」

「おおっ、お主は天誅ガールズを知ってるのか。であれば話は早い! このブレスレットは蓮太郎と愛を誓いあったペアリングの証なのだ」

「あ、愛~!? 延珠ちゃん、いくつなの? すっごい進んでるね~☆」

「む、妾は10歳だぞ。これくらいしないと蓮太郎はおっぱい星人に現を抜かす故な!」

「あっ、なら同い年だね☆ 延珠ちゃん、よければ友達になってくれないかな?」

「お、おぅっ? う、うむ。よかろう。妾が友達となろうではないか!」

 心優しい延珠はアルが伸ばした右手を握る。

 それを確認して悪女は笑った。

「ところで、おっぱい星人って?」

「あぁ! 蓮太郎は忌々しいことに巨乳が大好きなのだ。アルは……うむ、蓮太郎に見つかれば忽ち揉みしだかれてしまうだろうなぁ」

「そ、そんな~! 延珠ちゃんはその……夜とか、大丈夫なの~?」

 問われて延珠はわずかに頬を上気させる。

「当然、妾が息もできぬくらいに責め立てられて……朝が大変なのだ」

「わ、わぁ~☆」

 

 本当に初対面の人間にも吹き込むのかと感慨深く感じていた折。

「あ」とアルは思い出した。

 延珠ちゃんを拘束しすぎると蓮太郎くんがハレルヤされるんだったか。

 少し方向性を変えることにした。

 

「どうしたのだ?」

「えっとね、いい時間だから帰らなきゃな~と思うんだけど、延珠ちゃんはどうする~?」

「……うむ、妾もそう思っておったところよ」

「それなら一緒に帰らない? ちょっと、ひとりは不安で☆」

「そ、そうか! うむ。妾に任せておけ。きちんと自宅まで送り届けてやるぞ!」

 

 延珠は主な人物から庇護対象とされ、目上として敬われたことがあまりない。

 卑劣にもアルはそこを突いた。

 

「ありがとっ☆ それじゃあ、手を繋いでいい、かな?」

「いいぞ。して、どちらへ行く?」

 開いた片手でアルは空を指した。

「ま、まさかお主……」

「うん☆ 遊覧飛行、してみよっ!」

「ちょ、アルぅぅぅぅ!?」

「あはっ☆」

 

 力を解放。延珠を抱きかかえ、アルは夕日に飛び出した。

 

 

 

 

 

 アルは延珠を見つけた瞬間から考えていた。あんなベストタイミングで延珠がハレルヤくんの前に現れたのは、空から蓮太郎を探していたからではないかと。

 もちろん家に帰ってこないから探しに行ったのだろうが、結局索敵に空を使ったのは間違いない。なら、初めから空を使わせてもらおう。

 

 

 

 

 8時間の手術?

 

 そんなもの、ないんだから。

 

 

 

「何が正義の味方だ……何が、何が……クソがァァァァァ!」

 

 少年の慟哭が空に響いた。

 

 

 

 






・藍原 延珠
里見蓮太郎の相棒。彼女が物語のカギ

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