幼女に厳しい世界で幼女になった   作:室戸菫はかわいい

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万人受けはしない性格と作風






楽園(せかい)を滅ぼしたガストレア②

 

 

 

 

 アルは気絶した夏世を木に寄りかからせた。

 正直ここで逃げてもいいのだが、今東京エリアに滅びて貰っても困る。

 故にここで殿を務めよう。

 そして上空以外に人目がないこの場所なら、お上品に倒す必要はない。

 

臨界点(マージナルライン)疑似超過(オーバーロード)

 

 ガストレアを殺すと考えた時、多くの人間はバラニウムを使うと答えるだろう。

 それは間違いではないし、楽な上に正しい。

 けれど、忘れてはならないこともある。

 すなわち、ガストレアはウイルスに強化されても生物だということだ。心臓を砕けば血液は回らないし、脳をつぶせば思考は叶わず、脊髄を折れば電気信号も無為となる。

 そして脳か心臓または両方を破壊されれば死に絶える。

 極論、これらを満たせるなら殺し方はなんだっていい。

 その結果、全体を破壊するか急所を突くかの2択になるだろう。

 前者は先ほどの比叡や薙沢彰磨の亜種天童流。後者は蓮太郎や延珠の戦い方。

 そしてアルの場合、モデルがプラナリアである故、武器に関して上方修正が望めない。そこでどうしたかといえば、簡単な話。

 

 日本屈指のホラー映画、『貞子vs伽椰子』に曰く。

 

 「バケモンにはバケモンをぶつけんだよ」理論だった。

 

 人為的にガストレアウイルスの浸食率を超過させ、右腕が異形となり果てる。

 五指すべてが束ねられ、腕と指の境もわからず、現れたるはひとつの肉塊。ただの質量の暴力。しかしそれでいい。異形を倒すのならこれで十分。むしろ他に何が必要というのか。

 

 こんな無茶を通せるのは今までの()()によるものだ。

 無論、気を抜けば全身をガストレア化させて終わり。それでも敵がひとつやふたつでない以上はこれが最もふさわしい。

 

「か、かか、ぎぃ……ああああ亜ぁあ呀ああアあああああ!」

 

 人ならぬ声が混じりつつ怪物は吠えた。

 

 雄たけびを聞き、己が敵と見定めた異形共が姿を現す。

 蛇、ワニ、バッタ、ムカデ、カエル、イタチ、食虫植物、またはそれらの複合体。

 数えればキリなどない。

 互いにあるのは内に備えた、生物本来の破壊衝動。

 

「……す! ……ぶす! ……つぶす! 潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す!」

 

 幾ばくもなく。無数の眼光がぶつかり合い、戦端は開かれた。

 

 ところで。

 プラナリアは水質が悪くなると自切という分裂をする。

 それをこの呪われた子供に当てはめるとどうなるのか。

 人体という住処の()()がウイルスによって変化(悪化)するなら、身代わり(スケープゴート)を立てて分裂してしまえばいいのだ。

 この世界において反則の能力を、よりにもよってこの女は持っていた。

 

 

 

 

 場所を移して東京エリア第1区。聖居地下シェルター内の日本国家安全保障会議(JNSC)司令室(シチュエーションルーム)では、上空800mを飛ぶ無人偵察機(UAV)から得た各種データがほぼリアルタイムで会議室のモニターに表示されていた。

 しかし、作戦本部の空気は重い。

 長机に腰かけた誰もが気まずい様子できょろきょろとお互いの顔を見ていた。

 その理由は、徒党を組んで影胤に挑んだ民警集団が返り討ちにされてしまったから。

 

 しかも、現在影胤と向かい合っている最後の民警(キボウ)は序列123452位。元134位に勝てる力などあるわけがない。

 

 なんでそんな番外がいるんだ? どうすんだよこれ……もうだめじゃん……そんな雰囲気があった。

 

 閉塞した空気を切り裂いたのは、外部からの闖入者だ。

 警備員を振り払って現れたるはその場に似つかわしくない少女――天童木更。

 

「ご機嫌麗しゅう、皆様方。突然の無礼をお詫び申し上げます」

「天童社長、これは何事ですか」

 

 この場の最高責任者たる聖天子が木更に意図を問えば、彼女はひとつの紙を取り出した。

 

「それは……」

「はい、傘連判(からかされんばん)です。聖天子様」

 傘連判は本来、百姓一揆の時に使われるものだが、今回においては別の用向きで使われたのは明白だろう。

 すなわち、謀略である。

「私は()()この事実を知りましたが、日本国民として一刻も早く聖天子様にお伝えせねばと思いはせ参じた次第です。国防に関わる一大事に裏切者がいるとなればなおのこと」

 そうでしょう? 轡田大臣。

 水を向けられた防衛大臣がうろたえる。

 彼は反論したが、結局、聖天子の指示で会議室から連れ出されていった。

 

「天童社長は残ってください。重大な秘密を知ったあなたをこの場から帰すわけにはいきません」聖天子の鶴の一声で木更は近くの椅子に腰かける。

 

 聖天子の補佐官、天童菊之丞と木更は因縁浅からぬ仲なのでひと悶着あったが、聖天子はそれ以上を許さなかった。

 

 戦闘は既に始まっている。

 現状、蓮太郎ペアは劣勢だ。誰も勝てるとは思っていない。

 

 故に、聖天子は木更に声をかけた。

「天童社長、里見ペアの勝率はいかほどと見ますか?」

「30%でしょう。しかし、私の期待を加味していいなら――勝ちます。絶対に」

 官房長官は小馬鹿にしたように肩をすくめる。

「天童社長、私情を挟むのはよくない。第一、ランク外が元134位に勝てるわけがない」

 それは閣僚たちの総意だった。

「ええ、その通りです。それが普通の考えでしょう。()()なら」

「なんだと……?」

 官房長官の疑問は新しい声に遮られる。

『君たちの話は長いからな。続きは私がしようじゃないか』

 ごきげんよう、諸君。

 慇懃な態度でモニターに現れたのは。

「貴様……室戸ッ!」

 なぜ奴が……そんな声が漏れる。

『私だって君たちの顔は見たくなかったんだがね』

 菫と閣僚は仲が悪い。それを知っている聖天子は彼らが言い合いを激しくする前に割り込んだ。

「室戸医師、せっかくですが例のものを」

『ははぁ、仰せのままに』

 菫は普段しない紳士じみた仕草で答える。

 すると、閣僚たちの手元に電子データが送信された。

「こ、これは……ッ!」

 彼らは理解する。

 里見蓮太郎もまた、人間兵器(化け物)なのだと。

 

『ちなみに、万にひとつもないと思うが里見くんが負けた場合、私の助手が時間稼ぎをする予定だ。序列は18万だが、まぁ最低限の仕事はしてくれるだろうさ。安心だろう?』

 あからさまな嘲りに閣僚の数人が表情を歪めつつ、18万という数字を疑った。今12万位が人間兵器と判明したばかりなのだから、あとで何を明かされるかわかったものじゃない。

 一方、菊之丞他数名はその存在を正しく認識していたので余計な火種に頭を悩ませる。

 聖天子は取引とはいえ応じたことを少し後悔した。

 

 そんな空気がよくなったのか悪くなったのかわかり辛いことになったが、聖天子は席を立ち、周囲を見渡しながら告げる。

 

「ご理解いただけたでしょうか、この対戦カードの意味を。彼らの戦いは言うなれば矛と盾。しかし矛盾は起こりえません。この戦いで矢尽き刀折れ、片方のペアが確実に絶命します――戦いなさい里見さん、そして最強を証明するのです!」

 

 

 

 

 蓮太郎の一撃(最強の矛)が、影胤の斥力フィールド(最強の盾)を穿ち、貫いた。

 仮面の内に血が満ちる。

 

「クク……ハハハ、フハハハハハッ!」

 

 影胤は両手を広げ、賛美歌を詠った。

 

「楽しいッ! 楽しいよ里見くん! 私は痛いッ、私は生きているッ! 素晴らしきかな人生! ハレルゥーヤッ!」

 

「なら夢見心地のまま、御ねんねさせてやんよッ!」

 

 間髪入れず、蓮太郎はXD拳銃をドロウ。義眼による予測を踏まえた上で全ての弾丸を撃ち放った。

 

「パパの邪魔をするなッ!」

 

 しかし、それはバレリーナのように踊る小比奈が小太刀で斬り払ってしまう。

 冗談じゃない!

 蓮太郎は冷や汗を浮かべたが、敵は悠長に待ってくれない。すぐさま小比奈が蓮太郎の元に飛び込んでくる。

 延珠が応戦しようにも、抜群の連携で影胤が二丁拳銃のフルオートを奏でたせいで間に合わない。

 XD拳銃のリロードも許してくれないだろう。

 

――ならここしかない!

 

「延珠!」

 合図を送ってから、蓮太郎は閃光手りゅう弾(フラッシュバン)を放った。

 影胤が止める間もなく、小比奈は反射的に円筒缶を斬り裂き――170デシベル、200万カンデラの圧縮衝撃波と太陽光を凌ぐ閃光が小さな体を前後不覚に追いやった。

 幸運なことに影胤の動きも鈍っている。

 この隙を逃すわけにはいかない。

 飛び出したウサギ少女の強靭な中段蹴りが、防御の上から小比奈の矮躯を水面に叩きつける。

「蓮太郎!」

 以心伝心。蓮太郎は燕尾服の前に躍り出た。二丁拳銃が火を噴くよりも先、蓮太郎の脚部でカートリッジの底部をストライカーが撃発。空薬莢は排出され、人間離れしたパワーを蓮太郎に与えるのと同時、延珠も蓮太郎の蹴りにタイミングを合わせた。

 

 天童式戦闘術二の型十四番――

 

「『隠禅(いんぜん)玄明窩(げんめいか)』ッ!」

「ハァァァァァァァァァッ!」

 

 2発の蹴りが青白い燐光と衝突した瞬間、大気を吹き飛ばすほどの衝撃があった。

 それでも狙い(あやま)たず影胤を捉え、彼を埠頭から海底に叩き落す。

 シンと静まり返る夜。さざれ波が波打ち際で砕ける音だけが反響した。

 

 

 

「やったか!?」

 閣僚の誰かが言った。

 しかし、ボスというものは誰しも第二形態があるものだ。

 閣僚たちの表情は、すぐに曇ることになる。

 

 それでも、里見蓮太郎は主人公だ。

 いつだって悪は正義の前に敗北してきたのだから、彼に勝てない道理はない。

 

 

 

 

 いろいろあって蓮太郎が蛭子影胤ペアを下したのとほぼ同時刻。

 森の戦いも終わっていた。

 

「ぎ……ぃぃ……ッ!」

 

 キチキチと煩い右半身を自切し、拾った拳銃のバラニウム弾を全弾撃ちこんだ。カケラは脈動をやめて()()する。

 すると数秒の内に心臓を含めた臓器、骨、血管、筋肉、皮膚が再生。元通りの体になった。

 

「よし……アルちゃん復活☆」

 

 ガストレアは退けた。このまま眠りにつきたいところだが、もうひと仕事残っている。

 伊熊将監の回収だ。

 彼はアルにとって夏世の付属品扱い故、死んでもらって全然構わない。しかし、ここまで夏世を()()()くれたし、大丈夫と言った手前、死んだら死んだで夏世が悲しむだろうな、という理由で助けることにした。

 

「むしろ将監くんが死んだ方が夏世ちゃんに面白い変化……IISOに取られちゃうか。それは手間(いや)だなぁ……」

 

 趣味と実利を兼ねた案は何かないか。

 アルは悩み、そして閃いた。

 

「ちょっと面白いこと考えちゃった☆」

 

 夏世を背負って歩き出そうとしたところ。

 

「お?」

 

 東京湾に巨人が目覚めた。

 

 そいつは類人的な二足歩行のデザインだが、タコに似た頭部であり、黒茶けた色の肌はイボがあふれ、突起状の物体(触手)まで生えている。左右非対称な瞳は何を捉えているのかすら定かではなく、鳥類じみたクチバシも用途がわからない。人間の理解から離れた400mの巨人は、肥満な腹部を揺らしながら海を割り歩き始めた。眠りを妨げられた生き物はいつだって不機嫌なのだ。すべてを破壊するまで止まることはないだろう。

 

 当然人類は応戦する。

 沿岸部に秘匿されていたミサイル発射装置や緊急発進(スクランブル)した自衛隊の戦闘機からミサイル――いくつかはバラニウムが混ぜられている――を浴びせられても、まったく動じない。護衛艦から放たれた短距離魚雷や毒ガス弾(VXガス)徹甲弾(APFSDS)も同様だ。

 その様子は正に山が歩いた、あるいは山がよろめいたと形容できる。

 人は小賢しい知恵を獲得したが、その過程を思えば純然たる暴力に勝てないのだ。

 

 これこそ怪物の中の怪物。

 正式名称、ゾディアックガストレア・蠍座(スコーピオン)

 かつて世界を滅ぼした力。神殺しだった。

 

 今頃東京は大慌てに違いない。滅びの瀬戸際なのだから当たり前だ。

 一方、アルは暢気(のんき)してた。

 

漁船(武装ヨット)に体当たりされたら帰ってくれないかなぁ?」

 

 心のどこかで少し期待しているが、怪物の生み出す波が高すぎて出港すらできなさそうだった。

 しかし落胆はしない。

 今頃、蓮太郎が化け物を倒すために走り回っているはずだから。

 

 そして事実。

 南に鎮座していた、そそり立つ塔が変形を始めた。

 己が使命を果たす時が来たと老兵(超兵器)は歓喜に震える。

 左右の三脚計6本で水平を保ち、発射口を化け物に標準。

 数十億テスラボルトものエネルギーをため込んだ電力貯蔵システムは空気を、地面を伝播する。

 天の梯子。ガストレア大戦時に生み出された幻の兵器だ。

 超電磁砲(レールガン)が己の脅威になりえると理解したのか。

 巨人は侵攻をやめ、ひと呼吸挟んで、絶叫した。

 

――ヒュオオオオオオオオオオオオオオオォォォ

 

 日本中の大気を揺らさんするほどの大音量。思わず耳を塞がずには居られない。

 

「うるさいなぁ、駄々っ子ちゃんめ☆」

 

 文句をいいつつ、アルは夏世が目覚めないことに安堵した。

 下手に奴を見たら知能の高い彼女は発狂しかねない。

 

「まぁ、ここまで来たらもう大丈夫かな☆」

 

 アルは夏世を背負いなおし、スコーピオンを視界から消した。

 最後に目があったような気がしたがどうでもいい。

 あとは蓮太郎が「撃てません!」してるところに延珠が大胆な告白をすればスコーピオンは定時退社を迎えるだろう。ガストレアはホワイト企業なのだ。笑えん。

 

 

 

 

 

 

「ん? ああ、ここでやっちゃうんだ? まぁいいけど☆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルが放棄された街の入り口に着いた時、意外な人物が前から歩いてきた。

 

「あ」

「え」

 

 大の大人を背負った少女だ。

 というか蛭子小比奈だった。

 その姿は濡れネズミのようであり、磯の香りもした。

 海から影胤を回収したのだろう。

 相手は大人を背負った子供。こちらは子供を背負った子供。なんとも変な組み合わせだ。

 

「…………」

「ああ、何もしないよ☆」

「……そう」

 

 折れた小太刀を向けながら、小比奈は去っていった。

 

 呆けている場合じゃない。急がないと証拠隠滅に巻き込まれてしまう。

 

 幸い、将監はすぐ見つかった。壊れた道路の上に寝そべっていたからだ。

 

「う~ん、ひっどい怪我☆」

 

 大剣を引き抜き、傷口に細胞促進剤を貼る。気休め程度だが別にいいだろう。

 それより。

 

「お注射しましょうね☆」

 

 懐から出した注射器を将監に突き刺す。

 

 土気色の体がドクン、と脈打った。

 

 

 

 

 

 

 聖居西塔には、聖天子が執務をこなす執務室がある。

 

「ふぅ…………」

 

 スコーピオンの撃退から1週間。大慌てだった政務もほとぼりが冷め、通常業務だけになりつつあった。

 今回の件、東京エリアの市民に大規模な人的被害はなかったがノーダメージでもない。

 沿岸部の施設――特に港湾や海棲ガストレアに対抗するためのミサイルサイロや戦車砲のほとんどは津波によって沈黙し、航空自衛隊の戦闘機は10%の喪失、海上自衛隊も護衛艦が2隻失われた。

 民警と自衛隊には人的被害が出ているし、逃げ惑った市民同士でぶつかりけが人が続出。そしてなぜかその矛先が呪われた子供たちに向かうという頭の痛い事態になっている。ガストレア新法を急がなければならないだろう。

 金銭面でも大変だ。ミサイル1発で数千万から1億円もかかる。これに砲弾や戦闘機、護衛艦の代金や戦死者遺族への特別弔慰金を合わせればとんでもない。バラニウム産業で東京エリアは資産があるといっても、これが何度も来るなら財務省は幼児退行してしまうかもしれない。

 とはいえ。平時の平和に戻りつつあるのも事実。

 

「どうかこのまま――――」

 

 何事もなければ。

 そんな聖天子の願いは儚く散った。

 秘書官のひとりが慌てた様子で執務室に飛び込んできたからだ。

 

「ほ、報告します!」

 

 菊之丞に睨まれながらも己の職務を果たさんとする公務員の鑑は、衝撃の事実を告げた。

 

 聖天子は聞き間違いを疑いたかった。

 だが、自分が健康であることはこの(エリア)の誰よりも気にかけられており、また正常であると知っている。

 せめて速まる心臓の音色を落ち着けるため、たっぷり十数秒目をつむった。

 

「もう1度、お願いします」

 

 静まり返った執務室に、聖天子の声はよく通った。

 

「は、はい。ドイツのハンブルグエリア及びオーストラリアのブリスベンエリアで――大絶滅が確認されたそうです」

 

 今度こそ、場が凍った。

 菊之丞ですら顔色が悪い。

 

「……関係各省に連絡して、詳細の収集に努めてください」

 

 聖天子に言えることは、それが限界だった。

 

 一体、自らの知らぬところで何が動き出しているのか――――

 

 

 

 





・スコーピオン
ロケットパンチで退場。悲しい

・蛭子 影胤
ハレルゥゥーヤッ!

・伊熊 将監
おや、将監君の様子が……? A or B

・聖天子様
す、ストレスが……

ようやく1巻が終わりそう
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