小人族の聖女   作:柔らかいもち

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 妄想の続きをみたいという票が多かったので投稿。あとがきの方に補足説明などがあるのでどうぞ。五周年のネタバレ? にもなるので注意。


一話

 物心がついた時から世界が紅に染まっていた。

 

 最初はほんのり紅く色づいて見えるだけで、空の青さも大地の色も星の輝きも、正しく認識できていた。しかし、自身に恩恵を刻んだ神が生み出す『神酒』に憑りつかれた両親、嫌な予感に従って自身は飲まなかった『神酒』を追い求めて醜い本性を露呈する同じ派閥の構成員、『神酒』に溺れる眷属に失望の眼差しを向ける神を見る度に、視界に映る紅はより濃く鮮やかになっていった。同時に胸の中に『殺戮衝動(しょうどう)』が芽生え、膨れ上がっていくのがわかった。

 

 このままでは取り返しのつかないことになる――原因が『神酒』に酔う者達なのか、はたまた自分自身なのか、それともそれ以外なのか、幼い身ではわからない。ただ不味いということを悟った少女は神の眷属の肩書を捨て、戦いや醜悪さから遠い場所で生きる人達と一緒に生きる道を選んだ。ささやかな幸せだけを感じていればこの紅もなくなると信じて。

 

『……お爺さん、お婆さん』

 

 だが……身を寄せていた老夫婦の花屋を所属していた派閥、【ソーマ・ファミリア】の『神酒』の魔力に取り付かれた者達が襲撃して徹底的に破壊し、金目の物を漁り、老夫婦の血で染まった歪んだ笑みや汚れた手を見た瞬間、少女の中で何かがキレた。

 

 手足は寒い、頭の中はぐちゃぐちゃ、息は上手く吸えない――それ以上に視界が紅い!

 

『――(クソ)がッッッ!!!』

 

 目に映る何もかもが紅く染まり、小さな身体から怪物以上の凄まじい咆哮を上げ、血に飢える瞳――『凶猛の魔眼』の言いなりとなった少女は、彼女から奪おうとする連中を血祭りにあげた。

 

 人体の急所に鉄拳を叩き込み、喉や頸動脈に獣の如く歯を突き立てて食い破り、奪い取った武器で心臓か頭を潰す。戦ったことなんて一度もないのにどうして身に付いていたのかもわからない、敵対する種族を問わず命を奪うことに特化した戦闘術で殺戮を齎した。降伏の声や命乞いや悲鳴に耳を貸さず、一人残らず物言わぬ肉塊に変えた。

 

 自分が何を叫んでいたのか思い出せない。『暗黒期』の今は闇派閥(イヴィルス)や抗争を取り締まる『ギルド』も他派閥も余裕がなく、自分が取り締まられることはないだろう、と沢山の屍(ガラクタ)に囲まれながら瞋恚に支配された頭で考える。そして適当に死体を処分し、怯えている老夫婦に別れすら告げず、背を向けて立ち去った。

 

 大量の返り血で汚れた子供服を纏う姿を見られぬよう路地裏を通り、暗い夜天から降り注ぐ雨に打たれながら辿り着いたのは【ソーマ・ファミリア】の本拠(ホーム)。暇潰しに虐げようとしてきた者を襲ってきた連中から奪っておいた槍で薙ぎ払いながら、主神の間を目指した。

 

 主神の部屋の前で気取っていた理知人の仮面を崩し、冷や汗を流しながら引きつった笑みで何事かを喚き立てる団長(ザニス)の顔面を眼鏡ごと砕いて排除し、目の前で起きた瞬殺に無関心のまま酒の調合をしていたソーマに派閥の運営をまともにするよう呼びかけた。

 

 一度では反応しなかったソーマに対して、衝動を堪えながら何度も叫ぶ少女に彼は、

 

『やかましい、出て行け』

 

 少女を睨みつけ、煩わしそうな声で退出を命じた。まさかの対応に少女が硬直する中、ソーマはほとほど面倒くさそうに口を開く。

 

『簡単に酒に溺れる子供の話を聞くことに意味はない』

『は?』

 

 ソーマが作業の手を止めないまま鬱陶しそうに見てくる理由を理解して、思わず声を漏らした。つまり、なんだ? この神は自分が『神酒』を飲んでないことも知らず、これまでの子供がそうだったからというだけで勝手に見限って、失望していると?

 

 ――フ・ザ・ケ・ン・ナ。

 

 昇格を果たしていない身でありながら第三級冒険者以上の速度でソーマの背後に回ると、作り付けされた棚から白い酒瓶を取った。そこからすっと先端を指で撫でるように切断する。冗談のように切断面は滑らかだった。

 

 そして大事な酒を勝手に手にした眷属に苛立つ主神の前で、一気にあおった。味わう気などさらさらなく、飲むというよりただ胃の中に流し込んでいるだけである。

 

 眩暈のするような涼やかな芳香も蕩けるような味わいも気にせず、ゴキュゴキュと喉を鳴らしながら数秒で飲み干し、酒瓶から口を離す。その空っぽになった酒瓶を振り上げ――。

 

『……!?』

 

 ソーマの脛目掛けて振り抜いた。本当は頭を殴りたかったのだが小人族(パルゥム)の上に子供であるため身長が足りず、ちょうどいい位置にあった脛を殴ることになったのだ。

 

『起きろクソワカメ』

 

 あまりの痛みに悶絶して床を転げまわるソーマの髪を掴み、視線が合う高さまで持ち上げる。ソーマは『神酒』を飲んでも欠片も濁らない少女の眼差しに痛みを忘れ、言葉も無くし、ただ息を呑むしかない。

 

(おや)のくせに眷属(こども)を見もせず自分の中で完結して失望するとかふざけんな。眷属(わたし)をちゃんと見ろ。その上でダメなら見限れ。私からすればこの派閥はどいつもこいつも同じだ。揃いも揃って意志薄弱で、自分のことしか見ないで、周りに目を向けていない』

『……』

『――ここまで言っても理解しないなら、その汚ねえ股ぐらにぶら下がってる小人族(パルゥム)の槍より小さいもんを千切って潰して肉塊(ハンバーグ)にして捻じ込むぞ』

『イエス、マム』

 

 神殺しの禁忌は犯せなくても、それ以外なら何でもやる。言外に伝えてくる少女の圧に、ソーマはひたすら首を縦に振った。これなら大丈夫だろう、と感じた少女は小さく息を吐き――ぶっ倒れた。掴まれていたソーマの頭も一緒に床にぶつかって鈍い音を響かせる。

 

 酒は酔う。何故ならアルコールが含まれているから。『神酒』の魔力には屈さなかったものの、幼女と言っても過言ではない小人族(パルゥム)の少女には一気飲みによるアルコールの大量摂取はきつかった。というか普通に死ねる。

 

 不変の超越存在(デウスデア)でありながら変わる決意をしたソーマの初めての仕事は、急性アルコール中毒で死にかける眷属の看病であったらしい。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 眷属と向き合い、派閥の運営もちゃんとすることを約束したソーマから少女は自身の瞳について教えられた。ソーマ自身も知らなかったのに頑張って情報を集めてきてくれたので、素直に感謝する。

 

 ――『凶猛の魔眼』。別称を『紅き凶猛の槍』。神も予期していなかった力、人の輪廻が生み出した瞋恚の魔槍、絶望たる世界の中で発現する怒りの結晶たる穂先。

 

 目覚めた瞳は『神の恩恵(ファルナ)』を超える埒外の身体能力と『殺戮衝動』を所有者に与える。特殊な拘束具で視界を狭め、色覚を強引に捻じ曲げでもしなければ『殺戮衝動』を抑えられない。更に怒りや戦意の丈によっては拘束具も意味をなさなくなる。

 

『救いは敵味方の判別はできること……。だが、完全に瞳の力を解放させる「魔法」を使えば……感知できる命を全て屠るまで、その魔槍は止まらないだろう』

 

 最善なのは戦いから離れることだ。怒りや戦意が生まれやすいのは戦場だ。なら戦わなければいい。神も少女もそれがわかっていながら口に出すことはなかった。

 

 つい先日、小人族(パルゥム)の勇者に力を貸してくれるよう頼まれた。暇な時間などないはずの【ロキ・ファミリア】の団長が他派閥のいざこざを調べ、直々に少女の元までやって来て、黙っている代わりに闇派閥と戦うことを求められた。

 

 取引に文句はない。むしろ彼に同情もしている。瞳の持ち主に安寧は訪れず、あらゆる運命が時代のうねりに導く――最初に『槍』を見つけた神の言葉だ。新たに誕生した『槍』を担う少女は、最初の『槍』を魂に根付かせるのが誰なのかわかってしまった。

 

 どうせ逃げられない。ならこの瞳をあの老夫婦のような人達を守ることに使おう。少女は、情報をくれた鍛冶神から贈られた槍に誓いを立てる。

 

 ――そこから少女の戦いの日々が幕を上げた。

 

 八歳で世界最速の【ランクアップ】を果たした金の少女に続くように現れた、兜で瞳を隠して戦場を駆け抜ける小人族(パルゥム)の少女。闇派閥(イヴィルス)のLv.2やLv.3を歯牙にもかけずに一掃する強さを持ちながらLv.1。有名になるのに時間はかからなかった。

 

 実力を偽ってまで有名になりたいのかと罵られても、ギルドの調査結果を盾に一蹴。助けられても自分より小さな種族に助けられた屈辱から蔑みの言葉を口にした者に対しては、盛大に毒を含んだ罵倒を叩き付けて黙らせる。【勇者(ブレイバー)】の求婚に『いい歳してこんなちんちくりんに発情してんじゃねえよ気持ち悪いなクソが』と痛烈な返事をしたという噂で神々を爆笑させたこともあった。

 

 どんな強敵だろうが窮地だろうが、必ず勝利を手にして帰って来る少女。いつしか【小人族の聖女(フィアナ)】という二つ名が授けられ、民衆は新たな英雄の誕生の予感に歓喜した。自分の頑張りを認められた少女もそっと微笑んだ。

 

 しかし……世界は少女に優しくなかった。

 

 都市の施設に籠城した闇派閥(イヴィルス)の大規模な掃討作戦。【小人族の聖女(フィアナ)】が襲撃し、混乱する敵を取り囲む冒険者が討ち取っていくというもの。その時、冒険者達が何名かを取りこぼし、あわや市民が殺されるというところで【小人族の聖女(フィアナ)】が仕留めたという出来事があった。

 

『人気を得るためにわざと敵を逃がしたんだろうぜ、あのクソ小人族(パルゥム)はよ』

 

 怪我人を治療する最中、彼女の耳に届いた侮蔑。口にしたのはその敵を討ち漏らした冒険者と殺されかけていた市民。彼等の言葉と眼差しがやけに忘れられなかった。

 

 ダンジョンでの異常事態(イレギュラー)。『下層』でモンスターが大量発生し、このままでは『中層』に流れ込むという事態に陥り、討伐隊が結成されてダンジョンに向かい……【小人族の聖女(フィアナ)】だけが帰還した。第一級冒険者を動かすための捨て駒として明らかに失敗することがわかっていたメンバーでありながら、全てのモンスターを屠って。

 

『なんで死んでないんだ……化物め』

 

 仕組んだギルドの職員は罰せられず、彼女は亡くなった冒険者の仲間や家族から恨みをぶつけられる。一人で受け取ることになった報酬を遺族達に渡し、逃げるように去った。

 

 そして後に『死の七日間』と呼ばれる大抗争が起こった日。超短文詠唱で都市最強魔導士を凌駕する『魔法』を使う灰髪の女と相対した時、味方に背後から斬りかかられた。

 

『お前のせいで俺達は名前を残せねえんだ! 俺達が「英雄」になるためにここで死んどいてくれよ【小人族の聖女(フィアナ)】! 搾取されるために生まれてきた小人族(パルゥム)が活躍してきたこと自体が間違ってんだからなぁ!!』

 

 小人族(パルゥム)の聖女の名を授けられるほど名を挙げた少女への膨れ上がった嫉妬が、絶望的な強敵の出現で限界を迎えたことで起きてしまった、状況も後先も考えない蛮行。酷い仲間割れをされた少女に微かな同情をしながら、【静寂】と呼ばれる怪物は『魔法』を放った。

 

 初めての敗北。味方に足を引っ張られて死にかけた少女に民衆は慰めの言葉をかけず、何の戦果も得られなかったという結果だけを見て石を投げた。

 

『お前なんかに期待した俺達が馬鹿だった!』

『どうして間に合ってくれなかったのよ!?』

『あの異常な強さはきっと闇派閥(イヴィルス)からもらったに違いない!』

 

 多くの者達を救ってきた。民衆の中に彼女に救われた者が大勢いた。これまでの成果を知っているなら許されるべきだ。なのに、たった一度の失敗で期待は失望に裏返り、失望は行き場のない怒りをぶつける免罪符になった。

 

 誰も庇おうとしない。ギルドも有力派閥もそんな余裕がなく、それどころか怒りと不満を一ヶ所に集めて操りやすくするために切り捨てる。まだ十にも満たない子供に責任を負わせることを、誰も疑問に思わない。

 

(この力に怯えているのに石を投げて……それでも命の危機に晒されれば私に助けられることが当然と考えていて……感謝どころか唾を吐く)

 

 大抗争が終わると民衆は手の平を返し、再び彼女を賞賛して更なる活躍を願いだした。それが醜くて、腹立たしくて、憎くて――紅く(ころしたく)なった。

 

『オラリオを出るだと!? そ、それはならん! 【暴喰】と【静寂】に勝って持ち直したとはいえ、オラリオは予断を許さない状況! 【小人族の聖女(フィアナ)】がいなくなるなど、オラリオ内外の敵に付け入る格好の機会を与えるようなものだ!』

『君の気持ちは理解できる。だが、あと少しだけ堪えて、力を貸して欲しい。皆のために、何より君自身のために。君は……もう立派な「英雄」なんだから』

 

 オラリオから出ることを伝えた二人から許可は貰えず、まるで我儘を言う子供を見るような目で窘められ、何事もなかったように任務を渡される。

 

 どちらも彼女の力と成果を正しく評価していた。ただそこだけしか見ておらず、彼女自身を見ていなかった。【小人族の聖女(フィアナ)】の名前でしか呼ばず、■■■■・■■■という少女の真名を使わないほどに。

 

 彼女の抱える『殺戮衝動(いかり)』に気付けなかった。

 

『――ふざけんなァ!!!』

 

 兜を外し、鮮血の色に染まった瞳の少女に槍を突き付けられ、【勇者(ブレイバー)】とギルド長は自分達の間違いを悟るが、もう遅い。

 

『見返りも求めず戦って、沢山の命を守って救って、なのに私に酷いことをして! 皆のため? オラリオのため? あんな糞どもなんざ知るかッッッ!! おまけに大人しく民衆の不満を集める捨て駒として利用されてやったのに、まだ私を利用したいのか! 私は、私のことを考えるのも許されないのか!? 英雄や聖女なんて称号(もの)、私はいらないんだよ! 義理は十分に果たしてやった、後は勝手に潰し合って死ね!!!』

 

 不満をぶちまけ、留めようとしてくる者達を振り切り、少女は迷宮都市を飛び出した。

 

 それでも『凶猛の魔眼』がある限り、彼女の悲劇は終わらない。向かう先々で戦いに巻き込まれ、その力を求める者に狙われるか、戦いを招く者として憎まれる。どこまで戦っても報われない。

 

『……疲れた』

 

 心が磨り減っていく日々。瞳を抉り取ろうと魂に『槍』が宿っている限り、戦いからは逃れられない。いっそ死を選んで、一時の安寧に身を委ねようとすら思い始めていた時だった。

 

『――助けてくれて、ありがとう』

 

『ゴブリン』にボコボコにされていた綺麗な深紅(ルベライト)の瞳を持つ少年に出会い、救われた。目の前で泣き崩れて慌てさせた挙句、彼まで泣かせてしまったけれど、本当に救われたのだ。

 

『僕はベル・クラネルって言います。貴方は?』

 

 だから少女は、全てをこの少年に捧げると誓う。

 

「――リリ。私の名前はリリルカ・アーデです」

 

 槍と、己の真名にかけて。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「こんなところにベルの教育に悪そうなモノが。掃除しておかないと」

「やめてー!? おじいちゃんに槍をぶんぶんするのヤメテ!」

 

 




 リリの性格や強さがフィアナみたいになっているだけで、前世の記憶を持って転生したとかではありません。

・『凶猛の魔眼』
 本来ならフィンの魂に宿っているのだが、また新しく生まれてしまった。宿主の魂と相性が良すぎたせいで、二代目の方が強力になってしまった。老夫婦を襲撃されてから『スキル』として明確になり、『魔法』も発現した。

 リリの【ステイタス】はLv.3。最初はLv.1のまま能力値の限界を突破させようと思っていたが、主人公の特権なのでやめた。

 兜を付けていても能力値に補正がかかり、外せばLv.が二段階上昇した状態に、『魔法』を使えば更にLv.が二段階上昇する。


 原作との違いは【ソーマ・ファミリア】が改善されていること。リリが最初からベルの仲間なこと(恩恵はまだソーマのものです)。

 ごめんソーマ。多分『神酒』を飲んでいないこととかちゃんと見てただろうけど、可能性はありそうだから悪者になってもらった。

 フィンは……普通に感情とか利用するし、百のために一を切り捨てるとか平気でするので謝らない。

 書きたいところを書いていく一話完結方式にしたいが、ネタが思いつかないので続きは未定。でも頑張る。
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