短編日刊で一位になってました。ありがとうございます。
「リリ、僕ねっ、英雄になりたい! 英雄になって、ボンキュッボンの綺麗な女の人と運命の出会いをするんだ!」
「……そうですか。応援してます」
子兎のように穢れを知らない綺麗な瞳を輝かせ、愛らしい笑顔で駆け寄ってきたベルの言葉にリリはいきなり背中を刺された気分になった。
リリは英雄が嫌いだ。あんな呪いじみた称号を欲しがる輩の気が知れないと思っている。しかし、子供の純粋な憧れを否定するほど未熟な精神ではなかったため、大きくなれば現実を知るだろうと当たり障りなく流し、以前も『Yesロリータ、Noタッチ』なる余計なことを吹き込んだ祖父をシメに行った。
「リリ……僕、オラリオに行って英雄になる」
「ダメです。どうしても行きたいなら私に勝ってからにしなさい」
まさかここまで大きくなっても『英雄願望』があるとは思わなかったが。
祖父が亡くなってしばらく落ち込んでいたベルの宣誓を即座に否定し、二度も昇格させた『
しかし、ベルは諦めなかった。祖父の言葉や思想を心に刻んだ純粋な少年はとんでもない頑固者になっており、こうと決めたことは他人の指図で変えることはない。泣きべそをかきながらリリに挑むことをやめなかった。
「うっ、ううう……リリは僕のことが嫌いなの?」
「どこで覚えたんですか
ベルにそんなつもりはなかったのだが、積み重なった悲しみと祖父の教えによって涙を零しながら下から見上げる姿は彼を想うリリにとって効果抜群だった。
「ベル、私は貴方を嫌ったりしません。……英雄というのは貴方が考えるより華やかで綺麗なものではない。困難苦難の連続、選ぶことそのものが辛い選択、大切な人や物の喪失を何度も味わいます。多くの人々はそんな苦労を知ろうともせずに、物語のように理想的な英雄を望み、理想にそぐわなければ酷いことをするでしょう」
リリは今でも思い出せる。あの迷宮都市はまるで舞台のようだった。冒険者は役者で、民衆は観客。民衆の求める
欲しくもないのに押し付けられた英雄の称号。十の声援を掻き消す百の罵声。罵倒したことも都合のいいように利用したことにも罪悪感など覚えない道具を見るような目。摩耗していく己の心と肉体。
美しい幻想を見せる物語の負の面を嫌というほど味わった彼女の言葉は、少年に現実を突き付ける。
「それでもベルは……『英雄』になりたいですか?」
これでもしベルがぬるい答えを出していたら、それこそ子供の頃からの憧れだからなんて口にしていれば……きっと彼女は少年を永遠に村に閉じ込めていただろう。こんな最低な世界でも幸せになってもらうために、戦わせることも、傷つくこともさせなかっただろう。
ベルは強くなる素質だけが圧倒的にない。意気地や根性があろうと最も必要な要素がなければ、オラリオでは時代のうねりに巻き込まれてただ死んでいく。名前の無い端役のように、誰の記憶にも留まらないまま。
名前を残してほしい訳じゃない。こんな優しい少年がここにいたということを知る人がいなくなることが嫌だった。
「――うん。僕は英雄になりたい」
そして少年の覚悟は『英雄になる才能がない』という事実で揺らぐほど軽くなかった。
「最初に憧れたのは英雄譚の英雄達で、次に憧れたのはおじいちゃんだけど……その、今一番憧れているのはリリなんだ」
「……!」
「すっごく優しくて強くてカッコいいし、いつだって僕を守ってくれてる。だけど、もしリリがピンチになった時、今の僕はリリを守れない。だから僕は強くなって、リリや他の人を守れるような英雄になりたい」
あとずっと小さい
彼の在り方がとても眩しい。彼が助けたいと思う他人なんて心底どうでもいい。勝手に腐っていればいい。これまで多くの血で手を汚し、これからも必要なら人も怪物も屠るだろう。彼に憧れられる資格なんてないのだ。
しかし、一度深呼吸を挟んで普段の凛とした空気を纏いなおすと、指を一本立てる。
「わかりました。オラリオに向かうことを認めましょう。一人では心配なので私も行きます」
「! それじゃあ……」
「ただし、一つだけ約束してください」
身を乗り出して兜がくっつきそうなほど顔を近付け、長年の付き合いがあれど、整っていることがわかる異性の顔に赤面するベルに囁く。
「『英雄』なんてものに囚われ過ぎないで、貴方の意志で生きてください。私が求めるのはそれだけです」
♦♦♦
旅支度と身辺整理で数日、ドの付く田舎からの旅で更に数日かけて辿り着いたオラリオ。初めてのヒューマンの少年にとっては夢いっぱい、ここで生まれ育った
道中でこみ上げる興奮に負けて走り出そうとするベルをリリが制止したり、宿屋の主人が田舎者と見てぼったくろうとして兜越しの視線に怯えて適正価格に改めたりなどのトラブルがあったが、今直面しているこれに比べたら可愛いものだろう。
「瞳を隠す兜に身の丈を超える槍……ハハハハハッ! お前、あの【
「私は既に『恩恵』を持っているので所属する【ファミリア】は自分で決めなさい」、と言われたベルは派閥のエンブレムが飾られた本拠を尋ねる度に門前払いをされ、同伴していたリリへの侮辱を聞かされていた。
初めて出会った時に着ていた女騎士のような衣装はサイズが合わず、今はベルと同じ平服を着ている。それでも素人目からでも業物とわかる武器を持っているのにも関わらず、リリはベル以上の嘲りと嗤いを受けている。
「こりゃあ傑作だ! おい田舎者の
きっとリリはこうなることを知っていたのだろう。彼女はオラリオに入る前に「私へのやっかみが飛んでくると思いますが気にしないでください」と言っていた。検問の時もいい目をされず、街を歩いているだけでも不快気な視線を向けられていた。
その理由がようやくわかったベルは入団を断られた【ファミリア】に背を向けてリリと歩き出しても、彼女を見ることができなかった。だってオラリオに行きたいと我儘を言ったのはベルなのだ。つまり、自分にされたわけじゃないのに心が痛くなったあの仕打ちをリリが受けることになった原因は……自分なのだ。
彼等の言動への憤りなんて抱けない。希望と期待だけを考えていた楽観的で間抜けな自分への失望で胸が冷え、手足が寒くなる。もしかしたら見捨てられてしまうかもしれないという予感を否定出来なくて怖くなった。
「リリ、は……【
「……」
「だからオラリオに行きたくなかったんだよね……本当にごめ――」
「ベル」
ベルの謝罪を遮るようにリリは口を開いた。
「私は『いつまでも現実を見ようとしないクソが。何年経っても成長しないカスどもが。その節穴も節穴の眼球も潰してやろうか』と考えている【
「……えっ?」
「『【
「あの、やっぱり怒ってる?」
「私はリリ。べルの家族。貴方を見捨てない。決して一人にしない。それだけわかっていれば十分でしょう?」
清淑、清貧、聖女の三つが似合うと密かに思っていた少女の闇に冷や汗を流していたベルはハッとしたように目を開く。
「謝罪なら受け入れます。後悔もしていいです。でも……オラリオに来る前のあの決意が間違いだったとは思わないで」
「うん……ごめん。それとありがとう」
少年は頬を叩いて気合を入れると、少女の歩幅に合わせて歩き出す。そんな気遣いが嬉しくて少女は笑った。
「頑張りましょう。貴方を選んでくれる神はきっと見つかります」
この日以降も都市中を移動して回り、いくつもの【ファミリア】を尋ね、何度も受け入れられることなく突っぱねられた。
惨めだった。ここに来るまでの気持ちを失いそうになった。不安と拒絶に挫けそうだった。
それでも見守ってくれる家族の言葉を信じて頑張った。
「ボクの名前はヘスティアさ! 君の名前は何て言うんだい?」
だからこの出会いは彼女のおかげだとベルは信じている。この女神と出会えた喜びと温もりを、ベルは決して忘れない。
こうして少年と女神の【ファミリア】――【ヘスティア・ファミリア】は始まったのだ。
♦♦♦
「ベル、この女神は貧乏神で疫病神です。頼りたくありませんでしたが私の【ファミリア】に行きましょう。大丈夫、『
「か、紙屑を見るような目をされた……!?」
「リリ、いくらなんでも神様に失礼だよ!?」
「団員がいない、
「ベルくーん! 君の妹君ものすっごい毒を吐くんだけど! もう途中で猫被るのもやめてるし!」
「私はベルより年上です」
「えっ、リリって年上だったの!?」
「……やたらと頭を撫でたり甘味を譲ってきたのはそういう理由ですか……ふむ」
「……」
「ベル――これから私のことは『お
「何でそうなったの!? というか最後の逆に嫌じゃない!?」
シルバーバック→瞬殺
ミノタウロス→瞬殺
中層の決死行→そもそも危機にならない
アポロン→勝ち確
イシュタル→高確率で勝てる
異端児→殺しそう
これを書くとなるとどうしても不自然になりそう。酒場のシーンも書きたくねぇ……。シルバーバックと最初と初めての冒険のミノタウロスなら思いつくけど。
でも連載を意識するために連載に切り替えます。無理だと思ったら短編に戻します。