小人族の聖女   作:柔らかいもち

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 参考になる意見をたくさんありがとう。呼び方にちょっと悩んだ。


三話

「ベル……ゴブリンを一匹だけ倒して勝手に帰った時もそうですが、何故ダンジョンでの決まり事は守れないのですか……」

 

 廃教会の地下にある【ヘスティア・ファミリア】の本拠である隠し部屋。そこではソファーの上で仁王立ちするリリが床で正座する少年を見下ろしていた。ベルは語気を荒らげている訳でもないけど、黒い瘴気と冷え冷えとした空気を撒き散らす彼女に怯えて顔を上げられず、床を見つめることしかできない。

 

 彼がヘスティアの眷属となり、冒険者登録を済ませて既に半月が経とうとしていた。リリはベルの荷物持ち(サポーター)として同行し、『魔石』や『ドロップアイテム』の採集を担当して戦闘だけに集中できるように手助けしている。

 

 初心者でも死ぬことは滅多にない1~4階層でリリが下の層に行く許可を出せる強さを得るまで活動するという取り決めをしていたのだが……ダンジョンデビューで感情のままに行動しないという言いつけを速攻で破り、ゴブリンを一匹倒せた喜びでそのまま凱旋を果たした時と同じように、リリがいない隙を見て5階層に下りたのだ。それで死にかけたのだから、リリが怒るのも当然である。

 

 ちなみにリリがいなかったのは【ソーマ・ファミリア】に足を運んでいたからだ。偉そうなことを言っていたのに、伝言も書置きも残さず勝手にオラリオから逃げた。あまりにも気まず過ぎて派閥の無事を確認しても尋ねられなかったのだが、ベルにソロでのダンジョンの経験を積ませるいい機会だと思い、【ソーマ・ファミリア】に向かった。

 

 そこで待っていたのは今更何をしに来たんだという非難の眼差し――ではなく、リリの舎弟かパシリのように挨拶をしてくる【ソーマ・ファミリア】の構成員だった。古参も新人も関係ない。ある意味馬鹿にしているんじゃないかと勘繰ってしまう忠誠っぷりだった。

 

 昔は陰険で陰湿なナメクジ野郎の巣窟だったのに、どうしてこんなに暑苦しくなってしまったのか。正気を保っている年齢の低さを理由に団長の肩書を押し付けたドワーフのチャンドラに聞いても「俺が知るか」と返され、ソーマは「オーマイガー……オーマイガー……」と呟くだけだった。

 

 ――原因は『凶猛の魔眼』に目覚めたリリに殺されなかった生き残りに彼女が施した折檻という名の調教なのだが、誰も真相に気付くことはなかった。

 

 あまりの変貌ぶりに衝撃を受けていたリリであったが、正気を取り戻すとソーマとチャンドラの二人に迷惑をかけたことの謝罪をした。どんな罰でも受け入れるとも。しかし、

 

『団長になって面倒は増えたが、主神の作るうまい酒を飲めている。お前がいなければこうはなっていないだろう。だから気にしていない』

『むしろ抱えていた苦悩に気付けず……あまつさえ小さかったお前に辛い思いをさせて……すまない』

 

 どちらもリリを責めなかった。石を投げてきた連中と比べることもおこがましい彼等の優しさにリリは泣きそうになった。この話はもう終わりというかのように背を向けた彼等に、彼女は精一杯の感謝を込めて頭を下げた。

 

 閑話休題。

 

 感慨にふけりながらベルの様子を見にダンジョンへ潜ったリリ。しかし、どれだけ探しても見当たらない少年の姿に首を傾げてダンジョンから出て、『ギルド』で自分へ嫌な目を向けないハーフエルフの受付嬢に尋ねてみると、5階層に下りて【ロキ・ファミリア】が逃がした『ミノタウロス』に殺されかけたという返事が返ってきた。

 

 色んな意味で表情を『無』にした少女は速攻で【ヘスティア・ファミリア】に向かい、呑気に女神と談笑していた少年を座らせて説教の体勢に入った。そして今に至る。

 

「貴方が悪いとは思いません。十割ミノタウロスを逃がした【ロキ・ファミリア】の責任です。むしろ、村で私に鍛えられたベル以外の下級冒険者なら、逃げて生き延びることもできなかった可能性が高い」

「いや、でも、ヴァレンシュタインさんは助けてくれて……」

「神々の言う『マッチポンプ』というものです。貴方は自分を殺そうとしてきた殺人鬼に傷を負わされてから治療されても感謝しますか? しませんよね? 私なら怒りのままになじりながら半殺しにします」

「……」

「……コホン。ひとまずこの話は置いておきましょう。私が怒っているのは貴方が今の階層では物足りないと自分の力を過信したこと、私の信頼を裏切ったこと、この二つです」

「はい……」

「私の目を信じられなかった。貴方に死んでほしくないという私の気持ちを踏みにじった。私の槍がいつでも貴方を助けられると思い込んでいた。……説教はここまでにしましょう。後は自分で考えて、私からの信頼を取り戻してください。私の都合でダンジョン探索をさせないのは私も本意ではありません」

「うん……ごめんなさい」

 

 解放されたベルが背中を煤けさせながらキッチンへ歩いていく。食事の準備は余裕のあるリリかヘスティアがやるのだが、今怒られた相手と一緒にいるのは嫌だろうし、料理をさせるのも気まずいだろう。何も言わず見送る。

 

「あの~、リリ君、ちょっといいかな?」

 

 そんな彼女に空気になっていたヘスティアが近付いてくる。基本的にどんな相手でも平等に接して態度を変えない彼女にしては珍しく、へっぴり腰であった。

 

 ベルに頼り切りの派閥の状態や『神の恩恵(ファルナ)』の隠蔽法の無知、家事の分担、寝る時の配置で揉めたこともそうだが、ベルが純情な性格でありながら女好きであると判明した際、どんな英才教育(せんのう)を施したんだという目でリリを見てしまったのだ。「やはりその頭にはピンクの贅肉が詰まっていやがりますか」という滲み出る毒を隠そうとしないリリの顔が余程恐ろしかったようで、彼女に強く出られなくなっている。

 

「何でしょうか?」

「これはベル君に黙っておいてほしいんだけど……あの子に『スキル』が発現したんだ」

 

 キッチンに立つベルを気にしながらヘスティアは『スキル』――【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】について語った。

 

「成長速度に影響を及ぼす『スキル』ですか。貴方の嫉妬(ジェラシー)が九割以上占めているのはともかく、隠し事のできないベルに伝えないのは賛成です。急激な成長で傲慢になることはないでしょうが、心配なら叩きのめしましょう。適切な相手も選びます。他には?」

「えっ、それだけかい!? ボクのベル君がヴァレン何某君に惚れちゃったんだよ! 何も思わないのかい!?」

「ボクの、というセリフに色々と物申したいですが……誰を好きになるのもあの子の自由。悪人でもなければ止めません」

 

 ヘスティアはショックを受ける。このベルを溺愛している少女なら彼の恋慕をすっぱりと断ち切らせる妙案を捻り出してくれるんじゃないかと考えていたからだ。

 

 こうなったらボク一人で戦うしかないのか……! そうまだ見ぬヴァレン何某に闘志を燃やすヘスティアの耳がリリの呟きを拾う。

 

「それにしても【剣姫】……アイズですか。あんな暇さえあればモンスターを狩るか芋にかじりついてる女が嫁の作法を知っているとは思えませんし……どうしましょうか」

「……んん?」

 

 不穏な内容にヘスティアの背中に汗が滲み出す。

 

「そもそも碌な性知識も持っていないでしょうし、それはベルも同じ。隙を見て娼館にまとめて放り込むべきか……いっそ私が相手を……まだベルには早い……」

「……リリくーん。リリ君やーい」

「何ですかヘスティア。大事なことを考えているのですが」

「まるでヴァレン何某がベル君と付き合うことが決定事項になっているように思えるんだけど……」

「??? 何を当たり前なことを。ベルに好かれたのです。どんな女性でも骨の髄まで魅了されて末永く死がふたりを分かつまでともに生きたくなるに決まってるでしょう」

(こっ、怖―!? この子めっちゃ怖い!!)

 

 リリの重過ぎるベルへの感情にヘスティアは戦慄した。白い少年が夕食の支度を終えるまで、処女神はガタガタと震えるのであった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 ベルがミノタウロスに襲われた次の日。

 

(随分遅くなってしまいましたね)

 

 太陽が西に沈み、夜の闇に覆われた街のメインストリートをリリは小走りで駆けていく。静寂に包まれる早朝もそうだが、酒盛りや宴会に夢中になって自分に不躾な視線を向けられない夜の時間がリリは好きだった。

 

 今向かっているのは『豊饒の女主人』と呼ばれる酒場である。回復薬(ポーション)や武器の整備を除けば他の雑事を全て担当しているリリはベルより先に本拠(ホーム)を出る。そして今日、準備を済ませて待っていたリリは、後からやって来たベルに親切な街娘の働く酒場に行かないかと提案された。

 

 英気を養ってほしいから睡眠時間を多く確保して、ダンジョンに来るまでなら問題なんて起きないだろうという考えが裏目に出たとリリは思った。安易な方向に流されていたことを自覚したリリはこれから出発の時間も合わせようと考えつつ、少年の善性に漬け込んだ客引きをしやがった女を確認するためにベルの提案を了承した。

 

 ちなみに一人なのは武器と兜の整備をしていたからだ。悪い評判が広まっている少女に気を遣った鍛冶神が客や団員が少ない時間帯に合わせてくれているのである。槍と兜を無償で提供してくれたことといい、感謝してもしきれない。

 

 途中にわか雨に足を止められたりしたが、問題なく目的の酒場に辿り着く。来るのが遅ければ帰っていてもいいと言いつけているが、優しい少年はきっと待っている。万が一いなくても例の娘を確かめられるので損はないと考えながら店の入り口をくぐった。

 

(……いない?)

 

 注文の品や食べ終わった食器を運ぶウェイトレス、酒に酔ってお祭り騒ぎのドワーフや小人族(パルゥム)、団体客が使っていたと思われる大量の大皿とジョッキが載ったテーブル。店内をくまなく探しても白髪の少年が見つからない。

 

 もしかして帰ったのだろうか? 念のため確認しようと近付いてきたウェイトレスに尋ねるために顔を上げる。

 

「「あ」」

 

 ――目の前に立ったエルフのウェイトレスと声が重なった。互いに印象に残っていたが、二度と会うことはないだろうと思っていた相手に驚いたからだ。小人族(パルゥム)は都市から去っていて、エルフは賞金首になっていると聞いていたのである。

 

 正体がバレたと悟るのは同時。二つ名や真名を口にされては不味いと考えるのは同時。

 

 そして指を口に当てて「「しーっ!」」と言ったのも同時であった。

 

 

 

 珍妙な行動を目撃されなかったことに安堵しつつ、カウンター席に案内される。客が随分減って余裕ができたのか、果汁(ジュース)を運んできたエルフはそのままリリの隣に座った。

 

「……お久しぶりです、【小人族の聖女(フィアナ)】さん」

「私はただのリリルカ・アーデですよ、【疾風】のリオン」

「申し訳ありません、アーデさん。私もただのリューとお呼びください」

「わかりました」

 

 相手をどう呼ぶのかを決める。『暗黒期』を生き延びた者同士、何も言わずとも何をするべきか把握していた。

 

 リリはちらりとリューを見る。正義と悪がしのぎを削っていた『暗黒期』において、彼女はリリが戦うことに苦言を立てていた一人だ。民衆に失望していなかった頃のリリは何かと戦いから遠ざけようとする彼女に『私が戦わないでいいほど余裕はあるのか? 私の分まで補えるほど強いのか、【疾風】のリオン』と、酷いことを言ってしまったのを覚えている。

 

「リュー……すいませんでした」

「何がでしょうか?」

「ずっと前、貴方の優しさに泥を塗ってしまったことです」

 

 血に飢える瞳がある限り戦いからは逃れられない。それもリューの優しさを突っぱねてしまった理由の一つ。しかし、限界まで努力して戦わない道を選んでいれば、大勢の人に恨まれることや多くの命を奪うことに疲れて逃げ出すことのなかった未来があったかもしれない。

 

 ベルと出会えたことに後悔はない。けれど、彼女には謝っておかなければならないとリリは思っていたのだ。

 

「謝らないでください、アーデさん。むしろ中途半端な救いを見せた私の方が謝罪するべきだ」

「いえ、あの時は私のような力のある者を助ける間に百人の弱者が殺されていた。謝る必要はない」

「いいや、私はこっそり『ライラといい、この子といい、何故小人族(パルゥム)は私の言うことを素直に聞かない。見た目通り器も小さいのか』と言っていた。やはり私は謝罪すべきだ」

「いえいえ、私は『理想しか見てない幼女(わたし)よりガキの化石エルフが。森に引っ込んで呑気にさえずってろ』とも考えていました。だから私の方が罪は重い」

「いいや、私が――」

「いえいえ、私の方が――」

「さっきからウジウジとやかましいんだよ、このアホンダラどもがぁ!!」

「「ぐぎゅう!?」」

 

 厨房の前のカウンターで謝罪してるのか貶し合ってるのかわからないやり取りにイラついた店長(ミア)の拳で沈められる二人。たんこぶを撫でながら起き上がったリリは拳骨の衝撃で要件を思い出し、涙目になっているリューにベルについて尋ねた。

 

 すると驚きの答えが返ってきた。

 

「ベルが食い逃げ……?」

「少なくとも私にはそう見えました」

 

 絶対に有り得ない。果汁(ジュース)の入ったグラスを持つ手に力が入って砕きそうになる。そうなる前にカウンターの内側にいるドワーフから殺気が噴き出したので留まれたが。

 

 そして答えをくれたのも殺気を引っ込めたドワーフだった。

 

「アンタの探す坊主なら【ロキ・ファミリア】の連中に馬鹿にされて飛び出していっちまったよ。もしかしたらダンジョンに潜ってるかもね」

「情報提供感謝しますこれお代ですついでに【ロキ・ファミリア】が来たら『くたばれボケナス』と伝えておいてください!」

 

 昨日説教したばかりとか、今は防具を付けていないだろうとか。そんな理由はベルの変な見栄や反骨心を知るリリにはなんら安心を齎さない。

 

 金貨の詰まった袋を置いて店を飛び出す。目指すはダンジョン。目標は少年の救助!

 

 ――後に救われた少年はこう語っている。

 

「槍を薙いだだけでモンスターが爆砕して、次は自分の番かと思った。大泣きしちゃうくらい怒られて、もう二度とこんな真似しないと心の底から誓うくらい怖かった」

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 寝る場所を決める時の話。

 

「ベルと私がベッドで寝ます。身体が資本の冒険者なのですから」

「異議あり! 僕がベル君と一緒に寝たい!」

「神相手だとベルが緊張して眠れません。却下です」

「いや、リリと神様が使ってくれれば……」

「ヘスティアは寝相が悪そうなので嫌です。それに故郷では一緒に寝ていたし、お風呂も入ったでしょう。今更何を恥ずかしがるのです」

「あ、あれは小さかった頃だし、妹だと思っていたからで……!」

「う、羨ま……ってそうじゃない! もう一度異議あり! 僕は抱き枕がないと寝られないんだ!」

「そんなこと知りません。どうしてもと言うなら上の教会の瓦礫でも抱きしめていなさい。くだらない嘘を悔い改めることもできて一石二鳥でしょう」

 




 まだロキ・ファミリアとは関わらせない。関わらせる場所は決めている。

『凶猛の魔眼』があったことが戦わなければならなかった最大の要因。
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