暴言を口にさせてりゃいいや、みたいな文章になりそうで怖い……。
ダンジョン27階層。半分以上をLv.1が占めると言われている冒険者の中でも辿りつける者が限られるその場所で、げに恐ろしき光景が広がっていた。
下層最速のモンスター『イグアス』。『閃光』の異名を持ち、不可視のモンスターとこの層域で最も恐れられる緋色の燕。一匹遭遇しただけでも荷物を放り出して逃げろと語られるモンスターが今、27階層では無数に飛び交っていた。
だが――
唸る穂先が
気が狂っているとしか思えない行い。これがただの八つ当たりでしかないと知っているのは、槍を持って踊る強暴の権化たる少女のみ。
(許せない許せない許せない! 殺したい殺したい殺してやりたい!!)
浅慮で愚行に走ってボロボロだった少年から聞き出すのは無理だったが、一緒に彼を馬鹿にした周囲の人間の笑い話からどんな侮辱をされたのかを知ったリリ。もしその場に居合わせていたなら殴りかかりに行っていたと確信するほどふざけた内容だった。
自分達の失態を棚に上げた嘲笑。人を殺しかけておいて笑える精神性。垣間見える醜い傲慢さ。『同じ状況に放り出されて死にかけて笑い話にされても、「弱っちい自分が悪いです」と言えるか確かめてやろうかボケが』と思わず吐き捨てた。
本当なら『
しかし、報復して満たされるのは自分だけ。いくら非があちらにあろうと第一級冒険者を複数擁する【ロキ・ファミリア】と無名の弱小【ヘスティア・ファミリア】、半ば私怨で問題を起こせばどちらが切り捨てられるかなんてわかりきってる。リリが一時の感情に負けてしまえば、ベルに残るのは屈辱と虚しさと閉ざされた夢への絶望だけだ。
だから耐える。八つ当たりなんてみっともない真似をしてでも、ベルのためにこの『殺戮衝動』を噛み殺す。……もし顔をじっくりと合わす機会があれば口は出すし、場合によっては手を出すけども。
「フゥーッ! フゥーッ! ……こんな姿、ベルには見せられませんね」
あれだけいたモンスターの群れは消え失せ、辺りには大量の灰と『ドロップアイテム』だけが落ちている。あれだけ熱かった頭も身体も驚くほど熱が引いていた。
「あの子が死にかけたのは……私が楽観視したからでしょうに」
瞳が求めるままに命を奪って『殺戮衝動』を鎮めたリリは、自嘲しながら兜を被る。
「自分の振る舞いを見直し、もっと精神を鍛え、この瞳に振り回されないようにしなければ」
あの子の夢を応援するために。己を律した少女は『ドロップアイテム』をバックパックに詰め込み、女神に看病される少年の元への帰路を歩み出した。
♦♦♦
「ベル、『デート』に行きましょう」
自暴自棄になってダンジョン6階層にもぐった日から五日後。朝起きたベルは、ダンジョンに行くようになってからは別々に取るようになっていた朝食をともにしたリリから唐突な提案をされ、飲み物を吹き出しそうになった。
今日までベルは一度もダンジョンに潜っていない。お金を稼がないといけないという理由を盾に行こうとするも、今までの稼ぎがちっぽけに思える大量のヴァリス金貨を見せつけられて阻止された。鍛錬と呼べるのは身体を鈍らせないためにリリのサンドバッグになったことくらいだろう。外出も『豊穣の女主人』に代金を支払いに行く時だけだった。
――この時リリは置いていった金貨袋を返してもらったのだが、中身は情報料や接待費、これまでの食事代という名目で随分減っていた。気まずそうに目を逸らすエルフを見ながら、幼い頃にどこからともなく現れて食事を押し付けていったドワーフのちゃっかりした性格に感心した。
「で、デート?」
「はい、デートです」
ヘスティアがいたら騒がれそうな単語を聞き直すベル。そろそろダンジョン探索を再開させてもいいくらい怪我も治ったし、進出階層を増やしてもいいかもしれない――と考えながら、『デート』が抜き打ち試験の隠語であることを伝えないまま肯定するリリ。
挙動不審になりながら「あ……」とか「う……」などの意味のない声を漏らす少年にダンジョンにもぐる準備をさせる。この時点で何かおかしいと気付いていいものだが、初めてのデートに思考を乱される少年は疑問すら抱かなかった。出発の際も手を繋がれ、柔らかい少女の手に盛大に心臓を跳ねさせ、誤解をより深めた。
このままだと少年はデートがダンジョン探索だったと知って落ち込み、頑固で面倒な少女を納得させるだけの力を示せなくなるはずだったのだが――。
(何故本当に
少年に聞かれれば「本当にデートってどういう意味!?」とツッコまれそうなことを考えながら、リリは目の前でいちゃつくベルとヘスティアを眺めていた。
ダンジョンに向かう途中で『豊饒の女主人』の前を通った際、シルという娘に財布を届けてほしいと頼まれ、その人物を観察しようと考えていたことを『殺戮衝動』ですっかり忘れていたとリリが思い出している間に、善人であるベルが引き受けてしまったのだ。
引き受けてしまっては断るのも忍びない。独断で決めてしまったことを謝るベルをため息一つで許してやり、
「ベル君、あーん」
「おっ、畏れ多くて神様の分なんて頂けないですって!? 僕のものを食べてください!」
「ほほう、ベル君からのあーんも乙だなあ……うん、おいしい!」
どこかから「好きな子を取られちゃったんだなぁ」という声が聞こえる。生温かい視線をあちこちから感じる。何故か甘ったるい飲み物を「失恋ってのは苦いものなんだぜ」という
罵倒や非難の眼差しや投石に比べればマシなはずなのに、どこかいたたまれない気持ちになるリリであった。
♦♦♦
「オッタル」
「ここに」
光源が乏しく、暗く湿った場所で。絶世の美貌を持つ女神に名を呼ばれ、
「もし。もしもの話よ? 私が誰かに殺されそうになっているのに、自分以上の強者にその場に駆け付けるのを邪魔されたら……貴方はどう思う?」
女神の問い掛けに男は黙り込む。質問の内容が馬鹿馬鹿しいと思っている訳ではない。どこまでも愚直に、真剣に考えている。
やがて答えが出たのか、重々しく口を開いた。
「相手に怒りを覚えますが……それ以上に己の惰弱、己の脆弱に殺意を抱くでしょう」
「貴方以外の戦士でもそうかしら」
「恐らくは」
忠実な眷属の答えに満足したように笑い、女神はつい先ほど『魅了』した獲物を撫でる。
「『紅き凶猛の槍』は瞋恚、殺意、憎悪を糧により鮮烈に、苛烈に成長していく」
「……」
「初代はゴブニュに囲うのを邪魔されて、ロキに取られてしまったから諦めていたけど……
「……」
「何千年前と七年前を合わせて二度も逃がした……三度目はないわ」
撫でられているのは野猿のモンスター『シルバーバック』。とある少年には致命的で、少年を守る小さな少女にとっては弱すぎる怪物。だからこそ丁度いい。
「オッタル」
「はっ」
「【
「かしこまりました」
どんどん下がっていく【ロキ・ファミリア】への好感度。
下層で戦っているのは