小人族の聖女   作:柔らかいもち

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 難産だった。

 ダンまちってレベルによる実力差がわかりにくい。レベル5とレベル6が戦えば大体前者が負けるのに、Lv.8相当の実力者がLv.5四人を警戒したりする。
 ほかにも【ステイタス】が半分になった場合ってのもよくわからん。仮にLv.6の【ステイタス】が半分になったとしても、Lv.が一つ違うだけで倍近く強いんだから、Lv.3二人になるとは思えないし……。

 とりあえずどうぞ。


五話

 警戒はしていた。瞬きの間に戦闘態勢に移行できるようにしていた。気を緩めることなど一瞬もなかった。

 

 悲鳴が聞こえた時点で槍を手に取り、モンスターの正体を察するなり自分が倒すことが最も安全だと判断を下し、シルバーバックが闘技場方面に伸びる通りの奥から姿を現した瞬間に槍を野猿の胸目掛けて突き出していた。

 

 そんな少女の速攻をまるで予想していたかのように、誰も認識できない速さで飛び出した男がその巨大な掌で彼女の頭を鷲掴む。反射的に手を外そうとする少女の足掻きをものともせず、男は小さな身体を天高く放り投げた。

 

「……え?」

 

 何一つ知覚できなかったベルはリリの姿が消えたことに疑問の声を零す。銀の総躯を持つモンスターは何故か強張った身体に抱いた疑念を些事にする『女神』を見つける。

 

 捕まれば蹂躙が待っている逃走劇が今、幕を開けようとしていた。

 

 

 

「……ああ……ああっ……かぶとが……兜は、どこ……」

 

 埒外の膂力で空に打ち上げられて重力に捕まり、Lv.3程度の頑丈さでは死んでしまう高さから墜落した。しかし、皮肉にも瞳を戒める兜を剥ぎ取られたことで紅き衝動が全身を駆け巡り、激上した身体能力が命を救う。

 

「見られたくないっ、この瞳をあの子に……ベルに……ベル!?」

 

 石畳を砕いて落下してきた小さな人間に周囲にいた者達は悲鳴を上げて逃げ出した。兜が取れたことに彼等の反応を気にする余裕を失うほど取り乱していたリリだが、自身の独り言で守らなければならない少年の存在を思い出す。

 

 瞳を隠していた手をどかすと、雑多としか言えない空間が全て紅に染まった視界に映る。凶猛ががなり立てる頭でも現在地が『ダイダロス通り』の路地裏であると理解できた少女は、微かに聞こえてくる怪物と少年の叫喚を頼りに向かうため、最短で突っ切るために屋根まで跳躍しようと足に力を込めたが、

 

「ッ!!」

 

 小さな自分の影を大きな影が覆った。咄嗟に上ではなく前に跳ぶと、数瞬前までいた場所が粉砕される。

 

 振り向いて最初に目に入ったのは強靭な二脚。小人族(パルゥム)であるが故に低身長のリリの倍はあるように見える巨大で、重厚で、屈強な肉体。たくましい筋肉で編まれた両手が握るのは、大剣と少女の兜。

 

 兜を背嚢にしまい、得物を肩に担ぐ錆色の猪人(ポアズ)の名は、忌々しい同族の勇者以上に有名であった。

 

「【猛者(おうじゃ)】オッタル……!!」

 

 都市最強の冒険者。『頂点』であり、唯一のLv.7。そのオッタルを前にしてリリの胸に生まれたのは焦燥でも、諦観でもなく、憤怒であった。

 

「今度はあの子か……! 私にしたように、愛の試練とかいうふざけたものをベルに与えるつもりか、お前達は!!」

「……」

 

 男は何も答えない。ただ鋭く細める双眼と膨れ上がる威圧感で戦闘の意思を突き付ける。ギリィッ! と砕けそうなほど歯を噛み締めながらリリは槍を構えた。余計なことを考えて戦える相手ではない。少年を助けるために彼の存在を思考から排除し、紅き瞳で敵を見据える。

 

 美の神の神意に従う者と抗う者の戦いが始まった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 

「はぁああああああああああ!!」

 

 裂帛とともに繰り出される神速の刺突。『凶猛の魔眼』によってLv.を超えた少女の攻撃をオッタルは、

 

「Lv.5……いや、僅かながらLv.6に届きかけている。そうか、そこまで怒るか」

「……!?」

 

 素手で柄を叩くことで弾き飛ばした。手甲を装備している訳でもないのにその手には傷一つない。一度離れて再び眼球を狙って槍を突き出すも、今度は押すようにして受け流される。

 

「技量と駆け引きのみなら第一級冒険者(おれたち)に並ぶが……温い」

「ぐっ!? ……そこを、どけ!!」

 

 身体が泳いだところに大気を引き裂く大剣が振るわれる。ギリギリで滑り込ませた槍ごと羽根のように吹き飛ばされる。槍を地面に突き刺して深く削り、壁にぶつかってようやく止まることができたが、飛ばされた距離は彼我の実力差を示すように大きかった。

 

 それでも咆哮を引き連れて少女は襲い掛かる。地を這うような低姿勢からの乱れ突き、路地裏という閉鎖空間を活かした四方八方を跳躍しながらの突撃、男の股を潜り抜けながら急所を薙ぐという邪道とも言える攻撃さえ繰り出した。

 

 だが、オッタルは揺るがない。彼の真骨頂たる『完全防御』は崩れない。低く腰を落として対処し、天に目を持っているのかと疑わしくなるほど正確な空間把握能力で攻撃を防ぎ、恐れて股を縮めるどころか大きく開いて振り下ろし、強烈な震脚で軽い少女を吹き飛ばす。

 

 リリの顔が大きく歪む。先程から彼女は撤退すら視野に入れて戦っている。しかし、オッタルは押し通ろうとすれば防御に、撤退を意識すれば攻撃に移る。距離は常に付かず離れず。まるで未来か心を読んでいるかのように、オッタルはリリを完封していた。

 

「『魔法』を使わないつもりか」

お前(てき)が言うなオッタルッ!!」

 

 男の低い声を怒声で塗りつぶす。オッタルが指摘したのは『凶猛の魔眼』を完全開放する『魔法』。少女が昇華(ランクアップ)することになった下層域モンスターの殲滅。夥しい怪物の群れを鏖殺してのけた力を、当時の状況を引き起こした男は知っていた。

 

 リリにとって挑発にしか聞こえない発言。超短文詠唱すら許さないほど絶え間なく攻撃しておいて何をぬかすか。そもそも解放された『凶猛の魔眼』は生贄を求めて獲物から獲物へ移動する。感知範囲が狭かろうと、人が多い場所で使えば全ての人間が対象になる可能性が高い。少年を助けるために少年を『凶猛の魔眼』が殺す危険は犯せなかった。

 

「嘘を吐くな」

「――」

「お前は恐れているだけだろう」

 

 ブレた槍を見逃さず、オッタルはリリを懐から弾き飛ばした。槍を構え直しても少女は動けなかった。男も距離を詰めるだけで攻めようとしない。

 

 ……本当は『魔法』を使うべきだとわかっている。注ぎ込む精神力(マインド)の量を調整すれば時間経過で『魔法』は解除できる。目の前の男が死んで都市の勢力バランスが崩れようが、有象無象がこの瞳に殺されようがどうでもいいのだ。

 

 でも――ベルのことを想像するとダメになる。瞳を見られたら怖がられるんじゃないか、人を殺せば嫌われるんじゃないか、万が一あの子を殺してしまったら……そう考えるだけで詠唱する舌が強張る。心が冷える。

 

「お前とフィンの違いがわかるか」

「……れ」

「『勇気』だ。お前が蛇蝎の如く嫌っているフィンにもある、お前達を小人族(おまえたち)たらしめる『勇気』が、お前にはない」

「……まれ」

「死ぬぞ、お前が守ろうとしている男が。お前の弱さが、お前の大切な者を殺す」

「――黙れって言ってんだろ!!!」

 

 獰猛な殺意を纏って突貫する。激情に支配される少女に僅かな失望を抱きながら、オッタルは大剣による一閃を放った。

 

 迫りくる大銀塊。直撃すれば命を刈り取られる都市最強の大閃を少女は――手の中で槍を閃かせ、受け流した。

 

 オッタルが瞠目する。本物の感情だからこそオッタルも引っかかった囮。怒りで増幅した瞳の力で以て、初めて見せる受け流しを成功させた少女は大剣の側面を滑って背後を取り、心臓を穿つ槍を繰り出した。

 

 

 

 その少女のトドメの一撃をオッタルは身体をずらし、片手で掴んで受け止めた。

 

 

 

「なっ――」

 

 間違いなく最高の一撃だった。これまでの動きが本気じゃなかったとしても有り得ない速度の回避だった。驚愕する少女の耳朶を男の声が揺らす。その瞳には変わらぬ失望の色があった。

 

「持てる全てを注ぎ込まず、迷いを宿す槍で、最も大切な勇気(モノ)を欠いた状態で――俺に勝てると思っていたのか、愚か者。……俺のこれまでの人生で、最も無益な戦いだった」

「がっっっ――!?」

 

 武器を離して下がろうとしたリリの胴体に、同じく武器を離したオッタルの拳が叩き込まれる。爆薬が炸裂したような轟音と衝撃が発生し、内臓と骨に致命的な傷を負いながら吹き飛ばされそうになる少女をオッタルは掴み、壁に叩き付けた。

 

 ぶるっと身体を痙攣させながら間欠泉のような勢いで大量の血を吐き出し、少女は自らの血溜まりに沈む。そのまま彼女は動かなくなった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「……ここは」

「あっ、神様、リリも目を覚ましましたよ!」

「喜ばしいのはわかるけど、ボクを起こしてから報告してほしかったなぁ……」

「ああっ、すみません!?」

 

 目が覚めた時、オッタルはいなくなっていた。代わりにいたのは顔面から床に突っ込んで奇天烈な姿を晒すヘスティアと、彼女と自分にほっとした表情を向けるベルだった。リリは寝台(ベッド)に寝そべりながら今いるのが『豊饒の女主人』の離れであるという説明を受ける。

 

 なんでもベルがあの脱走したシルバーバックを倒してすぐにヘスティアが倒れ、怪物祭(モンスターフィリア)に来ていたシルと偶然出くわし、彼女の勧めでここにヘスティアを運び込んだそうだ。倒れた理由が過労とわかってからは行方不明になったリリを探しに行こうとしたところ、シルの知り合いの冒険者とやらが気を失ったリリを運んで来たらしい。

 

「すっごい血が付いてたのに傷は軽傷だったってシルさんは言うし……何があったの?」

「……未だ乳離れができていない時空を捻じ曲げる筋肉を持つデカブツと戯れていました」

「どういう状況!?」

 

 汗を流しながら床に落ちていたヘスティアを寝台(ベッド)に戻すベルを尻目に、リリは自分の状態を確かめる。

 

 傷は動いても問題ない程度に治っている。治療された訳じゃない。兜とともにオッタルが置いていった万能薬(エリクサー)を使ったのだ。

 

 激痛で意識を繋ぎとめられても、致命傷を負わされた身体は思うように動かず、万能薬(エリクサー)を口に運ぶ途中で全て零した。だから、地面に流れたものを舐めた。舌を石で傷付けながら砂利や泥が混ざった液体を舐めるのは、この上なく惨めだった。

 

 なんとか傷を治し、兜を付けたことまでは覚えているのだが……リリは自分をここに運んだという冒険者について考える。オッタルに痛めつけられて凄惨な姿だったリリを【ガネーシャ・ファミリア】や管理機関(ギルド)ではなく、一介の酒場でしかないここに運ぶ時点で怪し過ぎる。

 

 その冒険者と知り合いのシルに関わらないよう注意するべきかと考えるが……リリの頭の中ではオッタルの言葉がずっと反響していた。

 

(わかっています、私に『勇気』がないなんて。そんなもの、『殺戮衝動』に擦り潰されてしまった。『勇気』がないから私はこの都市から逃げ出した。『勇気』がないから私はベルに瞳を見せられない。『殺戮衝動(これ)』で向き合えるのは……敵だけだ)

 

 この瞳が嫌いだ。この瞳を利用しようとする奴等はもっと嫌いだ。この瞳を与えた世界なんか大嫌いだ。

 

 

 

 そうやって周りのせいにして弱いままの自分が一番嫌いだ。

 

 

 

 いつの間にか号泣しながら女神に抱き着いている少年を見る。彼の実力では『勇気』を出さなければシルバーバックを倒せなかっただろう。忌み嫌いながら瞳の力に頼りきりの自分とは大違いだ。

 

(明日、ソーマのところに行こう)

 

 Lv.7にあれだけボコボコにされたのだ。【ランクアップ】に必要な経験値(エクセリア)は溜まっただろう。古い(よわい)自分から新しい(つよい)自分になる儀式。これまでを糧に、これからのために力を手に入れる。

 

(ベル……私はもう負けないし、逃げません。【ランクアップ】を果たしたら、貴方にこの瞳を見せると約束します――小人族(パルゥム)の『勇気(ほこり)』に誓って)

 

 ずっと被ったままの仮面に触れながら少女は誓いを立てた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「足りない」

「は?」

経験値(エクセリア)が足りない」

「……」

「本当にギリギリ足りない。魔眼の影響か、上位の経験値(エクセリア)が貯まりにくいらしい。能力値(アビリティ)は『魔力』以外はカンストしているが……どんまい」

「本当にだいっきらいだこの世界!!!」




 本当に少女に『勇気』がないのか。黄金色の勇者と白髪の少年は知っているかもしれない。
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