小人族の聖女   作:柔らかいもち

8 / 13
 なんとか一ヶ月で投稿できた……。
 感想や評価、誤字報告ありがとうございます。
 忙しかったのと全然筆が進まなかったので遅くなりました。
 いい出来とは言えませんが、区切りとなるのでどうぞ。


八話

「いたぁ! アイズゥー!?」

「ちッ、つまんねえことに振り回されてんじゃねえっての!」

 

 身体の内側から発せられる痛みで意識を取り戻した時、リリは自分が気を失ってそれほど時間が経っていないことを理解した。誰かに抱かれる自身の身体にのしかかる苦痛や疲労、肌を撫でる独特の空気、すぐ近くから感じられる強者達の気配がここがまだダンジョンであると伝えてくる。

 

 激痛や疲労で開くことも億劫な瞼を僅かに持ち上げると、血涙と瞳の性質で真っ赤に染まった視界に上体だけ起こして地面に倒れている白髪の少年が映った。肌とインナーはボロボロで、防具は全壊しているけれど、彼は格上のミノタウロスと戦って生き残っていた。

 

 それだけで十分だ。ベルは絶対に死なないという信頼に応えた。あとはリリの出番だ。

 

「ベル」

 

 もう瞼は開いていない。それでもアイズの後ろ姿に縫い付けられていたベルの視線がこちらに向いたことはわかった。

 

「ありがとうございます……生きていてくれて」

 

 誰かの腕の中から下りる。今まで相対してきたどんな敵よりも鋭い殺気が胸のあるアマゾネスがいた方から飛んでくるが無視する。折れそうになる膝を叱咤しながら、槍を杖替わりに地面をしっかり踏みしめる。

 

「今、助けますから」

 

 回復薬(ポーション)か回復魔法を使って簡単な治療がされたのか、ミノタウロス一匹を屠るだけの力なら残っている。だから、心配しないでほしい。そう安心させるために微笑みながら足を踏み出そうとした時だった。

 

 一人の少年が立ち上がったのは。

 

 

 

 狼人(ウェアウルフ)の青年に侮辱された時以上だ。ここまで自分自身を恥じて、怒って、唾棄の感情を抱いたのは。

 

 ミノタウロスに襲われている間は逃げ続けることに精一杯で、他の出来事は考えることなく頭の隅に追いやっていた。恐怖に抱きすくめられた僕の身体を突き飛ばした大叫喚も、ダンジョンを揺らしまくった衝撃も、リリがどこに行ったのかも考えなかった。

 

 今ならわかる。リリはミノタウロスより遥かに強くて恐ろしい敵と戦っていたんだって。寝る時も被っている兜は外れていて、初めて見る双眸は血涙を流しながら固く閉ざされていた。口からも鼻からも鮮血を垂れ流しているだけじゃなく、怪我をしていないところを見つける方が難しいくらい全身が真っ赤に染まっていた。

 

 憧れの人(アイズさん)だけではなく、そんな彼女に助けようと思われてしまう自分の無様に腹が立った。それ以上に、助けようと思わせてしまった弱い自分から変わることを決意する。

 

 助けられてばかりの自分が、どうして憧憬の隣に立てると思えた。庇われてばかりの僕が、どの口で僕より強い少女を守りたいと言えたんだ。

 

 アイズさんの細腕を掴んで背後に押しやる。再び姿を現した僕に獰猛な笑みを浮かべながら大剣を向ける猛牛に、恐怖ではなく譲れない想いを胸にナイフを構えた。

 

「勝負だッ……!」

 

 そして少年は――『冒険』へと望む。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 丸椅子に腰かけるリリの眼前の寝台(ベッド)で一人の少年が眠っていた。人生で初めての『冒険』に全てを注ぎ込んだベルの顔はただひたすらに静謐だった。彼の死闘を最後まで見届けたからそう映るのかもしれない。

 

 時計の長針が何周かしてしまうほど前に、摩天楼施設(バベル)の治療室でリリは目覚めた。常に被っていた色覚を捻じ曲げる兜がないため清潔の象徴たる部屋の白さはわからないが、消毒液の香りが場所を教えてくれた。

 

 今は抜け出してきたバイトに戻ったヘスティアの代わりにベルの様子を見ている。大分渋っていたが、きっとヘファイストスの恐ろしさが勝ったのだろう。峠も超えたから彼女がずっといても何も変わらないし。だから寝ているベルの額に唇を落とそうとしていたところを寝台(ベッド)の中からリリが真紅の瞳をぎらつかせながらガン見していたことや、手からゴキッと骨の鳴る音がしたことは関係ないだろう。よしんばあったとしても、それは『凶猛の魔眼』のせいだ。断じてリリの嫉妬とかではない。

 

 ……ヘスティアは少女の瞳を見て一瞬だけ息を呑んだ。しかし、怯えたり嫌がったりするような表情はせず、同情や憐憫の感情も見せなかった。

 

『何も隠れていない君の顔がちゃんと見られて嬉しい。とっても可愛いぜ!』

 

 彼女はただ笑ってそう言った――『いや、まあ、ベル君とちょっとスキンシップを取ろうとした時は瞳孔が開いてめっちゃ怖い顔だったけど』の独り言は聞かなかったことにしておいた。

 

 ヘスティアはいい神だ。どんな相手でも平等に接する。踏み込んでほしくない一線は超えない。魔眼もヘスティアにとってはちょっと珍しい特徴みたいなものなんだろう。

 

 でも彼女は神だ。精神の在り方や思考は人類と異なっている。

 

 リリは人類の弱さと変わりやすさを何度も見てきた。瞳の色一つを恐れて声援は罵声に転じる。救った者達は金や保身目当てで裏切り、敵になった。

 

リリだって『凶猛の魔眼』が目覚めた途端に人を殺め、悲しみも喜びも感じないまま、息をすること同然に命を奪えるようになってしまった。忌々しく思いながらも窮地に陥れば『凶猛の槍』に縋った。同情される資格がないと嘯きながらも、どこかで無条件な優しさを期待していた。

 

 ベルが起きたら全てを話す。『凶猛の魔眼』がどんなものなのか、自分がどんなことをしてきたのかも全部。きっと彼と今までのような関係ではいられなくなると理解していながら、決意は固まっていた。

 

嫌われたくない。軽蔑されたくない。失望されたくない。そんな自己愛に塗れた願望があるけれど、それ以上にリリはベルを信頼したいのだ。

 

「……ぅ」

 

 喉から掠れた小さな声を漏らし、瞼を震わせながら、少年がゆっくりと目を開いた。

 

「ここは……」

「『バベル』の治療室ですよ」

 

 魔石灯の光に顔をしかめて涙を滲ませるベルの独り言に応じると、はっとしたようにベルは身体を起こしてリリと向き合った。

 

「いっ――!?」

 

 が、いきなりの激しい動作に身体が悲鳴を上げた。くの字になって悶える少年を寝かせてやろうかと腰を上げかけるも、そこまで酷い痛みではなかったのか、ベルは涙目になりながらも横になろうとはしなかった。

 

 ――もしかしたらヘスティアがビビったのは、ベルより遥かに重傷なのに平然と動いていたリリの異常な回復力や精神力かもしれない。

 

「ベル、どこまで覚えていますか?」

「……ミノタウロスに勝ったところまで、かな?」

「体調は? 酷い頭痛や吐き気などはありますか?」

「そういうのはないかな……足がすごく痛いけど」

 

 しばらくはリリがベルに一方的な質問を投げかけていたが、少女も全身の至る所に包帯が巻かれていたりガーゼが貼られていたりしていることに少年が気付いたため、互いの状態やダンジョンで何があったかを聞いて、伝え合った。

 

「リリ……兜は? それにその目は……」

「……っ」

 

 覚悟を決めていたはずなのに呼吸が乱れた。爪が肉に食い込むほど膝に置いていた手に力が入った。腹の奥から熱が引いていった。

 

「壊しました……ベル。自分勝手な理由ですが、私の話を聞いて下さい」

 

 それでも綺麗な深紅(ルベライト)の瞳を見ている内に、気付けばそう口にしていた。不思議と一度話始めると止まらなかった。

 

 何物よりも紅い瞳がどういったものなのか。

 瞳の力と副作用は何なのか。

 どうして兜を被っていたのか。

 昔のオラリオで何をしていたのか。

 何故自分の悪評が広まっているのか。

 

「……ベルと出会うことになったのも、人の醜さと自分の罪に向き合うことに耐えきれなくなって逃げ出したからなんです」

 

 救いとなるベルとの出会いまでを語り終えたリリは目を伏せた。彼はこの穢れた瞳を隠し続けたことをどう思っているのだろう。差し伸べた手を掴んだのが人の血で汚れきった罪人だと知って何を考えているのだろう。

 

 少年の口から零される言葉を恐れている。あの出会いを否定されることを何よりも怖がっている。

 

 俯いているリリへ、ついにベルから声が落とされる。

 

「僕はリリより馬鹿だし、知識とか経験とかも全然ない。それでもリリが本当に逃げたんじゃないことはわかってるよ」

 

 弾かれたように顔を上げた少女が見たのは、困ったように眉を下げて、瞳を弓なりに曲げた少年の笑顔だった。

 

「それとごめん……実はリリが話してくれたこと、ほとんどリューさんから聞いてたんだ」

「!?」

「リューさんが冒険者だってことはなんとなくわかってたから【ランクアップ】の仕方について話してた時、リリはどうやって【ランクアップ】したんだろうって呟いたら教えてくれて……いやっ、リューさんも悪気があった訳じゃなくてね? リリの性格上、僕にはどんなことをしてきたのかを教えていると思ってて……えっと、僕が勘違いさせたせいというか……」

「彼女なら構いません。怒ってないので続きをどうぞ」

「……リューさんはリリが沢山の人を救って、正しいことを選び続けて、何より復讐という安易な道に踏み入れなかったからこそ今があるって言ってた」

 

 きっと自分本位な復讐に走ったことを後悔しているリューだからわかるのだろう。憎悪を抱いても赦すことの難しさと、赦した心の強さを。

 

 リリは復讐に溺れた自分を想像する。憎悪の炎に焼かれて抜け殻となり、灰も残さぬ空虚な結末ならいい。だが、復讐の快楽に酔って『槍』の傀儡になっていれば――もしかすると、ベルにまでこの凶猛は牙を剥いたかもしれない。少なくとも今のオラリオはないだろう。

 

「小さかった僕を助けて、ずっと見守ってくれて、導いてくれたリリはずっと正しかった……英雄みたいだった。リリがいたから僕は英雄になりたいと思えた。リリがいたから『冒険』に挑めた」

 

 だから――少年は少女の美しい真紅の瞳を見て告げる。

 

 

 

「ありがとう、リリ。君と出会えてよかった」

 

 

 

 ――熱い涙が頬を伝った。

 

「……私と会えて、よかったですか……?」

「うん」

 

 都合のいい幻かもしれないけど、滲む視界に映る少年の髪が白く見えた。

 

「私との出会いは……間違いではなかったですかっ?」

「うん」

 

 もう我慢はできなかった。ベルのお腹に抱きつき、声を上げて泣いた。今まで溜め込んでいた物を清算するように、隠し続けた感情を吐き出すように、いつまでもどこまでも。

 

 自分よりも小さな身体で大きなものを背負い続けていた背中を、少女の涙が止まるまで少年はずっと撫で続けていた。

 




 没ネタ。

「……『発展アビリティ』が二つ出た」
「何ですか?」
「……『槍士』と『逃走』」
「『槍士』でお願いします」

 没にした理由。いい空気が台無しになるから。それとリリが立ち直れなくなるくらい心に傷を負うから。



 これで完結。もう休んでいいよね、パトラッシュ……。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。