「Vtuberになりてぇな」エイリア石所持 容疑者を書類送検   作:庫持御子

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確信犯的ヒューマニズム

 灼熱の炎天下、鎧を纏った私は拳を受け止める。

 痛みはない。鎧の防御力と鍛えた腹筋は裏切らない。

 直後に背後から今度は体当たりをもらう。

 しかし盟約により反撃は許されない。

 暑さと衝撃に耐えながら時が経つのを待つ。

 

 

 私は今、着ぐるみバイト中だ。

 

「あっ! ファスナー見つけた!」

 

 おいやめろガキ。

 

 

 

 

 1時間後、公園のベンチにはスポドリを捕食する薄着の若者の姿があった。というか私だ。

 

 鎧は控え室で脱いだ。また次のイベントに使用されるものなので、丁寧に扱われていた。

 

 数秒でボトルの中身を体内に直送し、口元を拭う。

 ボトルをゴミカゴへシュートしたが、何らかの妨害を受けカゴから外れた。

 ボトルを拾い上げカゴへダンクした私は帰路につく。

 

 帰宅した私は羽織っていたシアーシャツをその辺に放り投げ、ソファに寝転んでスマホを開く。

 

 私の城は駅から近い1DKで、テレビは置いてない。

 SNSを一通り巡回しながら、今日のバイトを思い返す。

 暑いし悪ガキは鬱陶しいし、キツい仕事内容だ。あと暑い。

 

 キツいだけに思えるが、お客さんが手を振りかえしてくれた時は嬉しかった。

 なんだか別の生き物になったみたいで楽しいのだ。

 

 いや、別の生き物になったんだ。あの着ぐるみを纏った瞬間から、私は私じゃなくマスコットキャラクターだ。

 どれだけ暑かろうとガキにまとわりつかれようと、「私」を出してはいけないのだ。

 

 今どきの子供は着ぐるみに中身が入っていることなんてみんな理解している。

 でも着ぐるみを着ている時は喋ってはいけないし、不適切な言動をしないよう徹底しなければならない。

 キャラクターのデザインに合わせて、企業のイメージや印象と見る人の夢を壊さないためだ。

 

 私も徹底していたし、それで対価の賃金を得ている以上それは当然だ。

 それが仕事なのだ。

 

 でもさすがに暑すぎるしもうバイト変えようかなと、配信サイトようつべを開きながら思っていると、バーチャル配信者のライブ配信の切り抜きが再生"おすすめ"動画として提案されてきた。

 

 以前タップミスで別の動画を再生したことがあったがそれ以降よくおすすめされてくる。私がよく見ているのは生身の配信者なのだが一体どういうアルゴリズムなのか。

 

 提案されてきた切り抜きはサムネイルで判断するに実写の動画だ。

 おそらくバーチャルを演じている元の人間が出演しているのだろう。

 

 バーチャル配信者って書いてあるのにバーチャルじゃないじゃん、アゼルバイジャン、首都はバクー、と思いながらその切り抜き動画を投稿しているチャンネルを非表示リストへ登録しておく。ごめんね。

 

 今はこういうのが人気なんだよなと異文化を感じる。

 注目度が高い分影響力もあり定期的に炎上している。

 

 応援するなら、やはり生身で活動している配信者だ。

 

 人気になる要素は様々で、容姿やトーク、体力や知識、才能や努力、何がヒットする要因になるかはヒットした後もわからない。

 その複雑怪奇さ。

 

 私が応援している配信者である彼は、生活の一部を公開したり過去や体験した出来事を話したり、自らの姿と声で自分という存在を切り売りしている。

 人同士の関わりが薄くなる昨今、家族にも話さないであろう過去や性癖を共有するそのスタイルには、身勝手にも親近感を覚える。

 

 その余人を以ては代えがたい価値。

 オンリーワンに私は惹かれてしまうのだ。

 

 そんな益体もないことを考えながら、唯一チャンネル登録している配信者である彼のページを開く。

 

 基本的にはライブ配信者だが、動画投稿も定期的に行なっている。

 時間は定まっていないが、ライブ配信もしくは動画の投稿を毎日頑張っているようなので今日も配信されるものを見てあげようと思いなんとなくチャンネルで待機する。

 予約されているわけでもないが、まだ今日は何も配信されていないようで、それがそろそろ配信されそうな気がする。

 

 正直、彼の配信は激烈に面白いかというとそうではない。

 一応チャンネルの登録者はそこそこいるのだがいかんせんネタ切れ感が否めない。

 ライブ配信ではたまにクスッとしたり面白い展開になったりするのだが……ようつばーとしての彼はもう終わりかもしれない。

 

 しかし、彼が今まで体験したこと、感じたこと、成したこと、語られる言葉が私たちを留まらせる。

 

 理由は明確だ、「代わりがいない」んだ。オンリーワンなんだ。

 

 以前は彼以外のライブ配信者を見ていた時期が私にもあった。

 それでも、気がつけば見なくなっていた。彼以外は。

 何がそこまで惹きつけられるのか? 性格だろうか、いや彼は人気だが聖人というほどではない。

 言葉にするなら、そう、彼の人間性そのものだろう。

 もしかしたらこの気持ちが単純に恋というものなのかもしれないが、20年間誰とも親密にならなかった私には判断はつかない。断じてなれなかったのではない。

 

 なんて、冗談はさておき、つい今しがた動画が投稿されたようだ。

 さすがは私、ファンの鑑。今日もアンテナの精度はばっちりだ。

 動画が投稿されたので、本日のライブ配信は無しだろうか。

 

 投稿されたばかりの動画を早速再生する。不穏なタイトルからは目を逸らしながら。

 その意味を理解するのを拒みながら。

 

 

『引退します』

 

 そんなタイトルの動画だった。サムネイルは真っ黒。

 以前から彼はそれを仄めかすことはあった。しかし毎回冗談として終わって、今まで活動は続いていた。

 

 今回も、質の悪い冗談だと思っていた。

 

 だが、聞き慣れた声の抑揚の無さ。内心を押し殺したような声色。

 何よりも、投稿された直後にも関わらず続々とコメント欄に寄せられる、彼と親しい配信者からのコメント。

 あらかじめ知らされていたのだろう。

 冗談にしては悪質なほどに凝っている。

 動画で語られる引退の理由は、衝撃にさらされた私の意識を通り過ぎていく。

 

 気がつけば動画は終わっていた。

 

 長年続いた活動の最後としてはあまりに呆気ない結末。

 

 スマホが手から滑り落ちた。

 

 心臓がどくんどくんと鳴っている。

 

 時計の針の音がいつもより大きく耳に入ってくる。

 

 やけに視界がぼやけていることを認識した後、頬に冷たいような熱いような何かが伝っていく。

 

 

 嫌だ。

 

 認めない。

 

 こんな結末は、認めない。

 

 あなたに恋をした。

 

 その抱擁に辿り着くまで。

 

 那由多の果てまで、繰り返してみせん。

 

 ──永劫回帰

 

 その渇望は流出し、想いは空間を歪めて、世界の時間は巻き戻る。

 

 

 なんてことはなく、そこにはうずくまる喪女(御年20歳)の姿があるだけだった。

 

 というか私だった。

 

 しかし、ここまで感情を動かされるとは思わなかった。

 

 これほどまでに私の心の中を占めていたのか。

 

 こんなにも好きだったのか。

 

 あくまで配信者と視聴者という関係でしかないのに。

 

 ここまで思っているファンがいることは、彼も理解しているはずなのに。

 

 どうして。なぜ。なんで。

 

 

 

 あれから私は無気力人間になってしまった。

 彼が活動中だった頃の情熱はどこかへ行ってしまった。

 喪失、亡失。

 こんなにも胸が苦しくなるなんて。

 私はもう二度と彼以外の配信者を応援することはできないしすることもないだろう。

 

 最近は、SNSで元視聴者たちとかつて彼が活動中だった頃の思い出を語らっている。

 傷の舐め合い? ハッ、気にするな。致命傷だ。

 私は以前イベントで彼とのツーショット写真を撮ってもらっている。

 彼はあまり女性ファンと写真を撮ってくれないのだが絶対に公開しないからと無理を言って撮ってもらった。

 これは私の待ち受け画面にしている。

 もちろん今も公開していない。心の中で他の視聴者にマウントをとって精神的に優位に立つだけにしている。

 

 それも時が経つにつれて、私以外の元視聴者たちは他の配信者へ移り始める。

 腐りながら惰性でSNSやニュースサイトを徘徊していると、一部が盛り上っているのが目に入った。

 

『帰還』『終戦』

 

 私は名前を聞いたことがある程度だが、かつて有名だった配信者が復活したようだ。

 元視聴者たちが盛り上がっている。

 彼も、「引退は冗談でした」なんて復活してくれないかな。

 なんて、ありえないことを夢想する。彼の配信活動はもう……

 

 いや、ありえないなんてない。

 

 まだ、終わってない。

 

 彼も一旦「引退」しただけだ。

 いつか復活しないとも限らない。

 いつか来るその時のために。

 

 視聴者のままではできないこと、見えないこと。

 憧れたままでは、理解できないこと。

 

 私はどんよりした空気を振り払うように、走って家電量販店へ向かった。

 撮影機材を買うためだ。

 

 彼が復活しやすい環境を作る。

 そう、不遜な決意を胸に秘めながら。

 

 家電量販店は営業時間が終わっていたので、私は火照った頬を冷ましながら家に帰ってシャワーを浴びて寝た。

 作戦決行は明日からだ。私からは以上だ。どうぞ。オーバー。

 

 

 翌朝、家電量販店へ直行した私は店員さんに相談しながらノートパソコンとウェブカメラ等、撮影機材を購入した。

 

 目標は、彼が配信者として復活したいと思うような環境を作りたい。

 どんな環境か、それは生身配信者の価値向上だ。

 

 昨今の流行から非常にバーチャル配信者が成功しやすい環境だ。

 まさにバーチャル配信者一強という状態で、生身配信者は非常に数を減らしている。

 

 例えば、企業が売り出すバーチャル配信者は初配信から何万人ものファンを得ている。

 生身の配信者だとそうはいかない。

 あとは彼が復活した時にバーチャルのアバターを使われていると察知が遅れてしまう可能性がある。

 

 なので生身配信者の利点、良さをアピールしていくのだ。

 

 そのためには、配信者界にある程度の影響力を持たなければならない。

 

 つまり配信者にならなければいけないということだ。

 

 配信者として一定の地位を築けば私の理想とする環境作りは不可能ではないだろう。

 

 彼が復活しやすい配信界に。

 叶うならばもう一度、彼の声が聞きたい。

 

 あとは、彼のように生身で頑張る配信者たちがちゃんと認められるような土壌を形成したい。

 

 彼のような、誰かのオンリーワンは成功するべきだと思う。

 

 早速、配信チャンネルを作成する。

 

 活動名は未莱燐華(みらいりんか)、本名でいく。

 

 プロフィール写真は……適当に自撮りでいいか。

 ぴーすしてぱしゃっとしたのを貼り付けて、アカウントを作成した。

 我ながら人権を感じる顔面をしている。

 

【ホーム】

 未莱燐華(写真)

 [チャンネル登録者なし 動画はありません]

 

 ここから野望は始まるんだ。

 

 

 ……大手のバーチャル配信者事務所の面接に行って運良く受かってデビューすればすぐ影響力を持てるんじゃないか? 

 

 とか考えてしまったそこの私。

 

 あこぎこぎこはしません。すぅーっと。

 

 登録者ゼロから始める配信者活動。

 

 自分の容姿と、声と、言葉で戦うんだ。

 

 そう決意し、ライブ配信開始のボタンを押した。

 

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