仮面ライダーハーメルンジェネレーションズ MIRACLE FESTIVAL!   作:大ちゃんネオ

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御剣燐はフラれたい

 閑静な町中にあるレトロな喫茶店Hamelnに三人の男女がいた。

 カウンターで食器洗いに勤しむのは双連寺ムゲン。食器洗いのために袖が捲られたことで露となった両腕は逞しく、筋肉フェチの客が彼目当てで訪れるようになっていた。

 また、仮面ライダーデュオルとして戦う者である。

 テーブル席で皿に積まれたエクレアを黙々と食べているのは行雲紫乃。右目は前髪で隠れているが、左目はアメジストのようで、これが元々というのだから驚きだ。

 そして本当に黙って、エクレアをひたすらに食べている。それだけで絵になるような美少年だ。

 事実、店にいるだけで目の保養にと客が入ってくるのでHamelnの店主からは招き猫のように扱われていた。

 そんな彼もまた仮面ライダームラサメというもう一つの顔を持っている。

 三人目はカウンター席で頬杖をついて暇そうにスマホを弄る少女は更科朔月。

 ダウナーでどこかミステリアスな雰囲気を漂わせているように見えるが、ちゃんと年頃の少女らしい面もある。

 エメラルドのような瞳はカラコンによるもの。

 仮面ライダー銀姫となって戦いを身を投じてもいる。

 

 彼女が特に暇そうにしているのには理由があった。

 この空間を見れば分かるが、特に何もないからだ。

 会話もなく、無為に時が過ぎていく昼下がり。ある意味、貴重な時間ではあると享受するのも一つだが、流石に暇と体力を持て余した朔月はひとまず目の前のムゲンに声をかけた。

 

「ねぇ、暇じゃない?」

「絶賛労働中の俺にそれを言うか?」

「もう終わるでしょ」

「まあな。……そうなると暇だな。この後は自由だしどっか行くか。紫乃くんも外の空気でも吸いに行かないか?」

 

 最後のエクレアを頬張る紫乃へムゲンが声をかけた。

 よく咀嚼して味わい、しっかりと飲み込んでから紫乃は返事をした。

 

「それはいいが、燐も誘わなければな」 

「そうだな。見回りもそろそろ終わるだろうし、近く歩いてりゃ合流出来るな」

「うん。それじゃ、4人で……スイパラ行こう。ムゲンの奢りで」

 

 悪戯っぽく微笑む朔月にツッコミを入れるムゲンと、スイパラという単語に瞳を輝かせる紫乃。三者三様の面持ちで外出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Hamelnからほど近い公園を歩くムゲン達。この辺りに燐がいないだろうかと探していたところ、紫乃が燐を見つけた。

 公園に植えられた木々の向こう側で何やら立ち止まっているようだったので三人は歩いて合流しようと思ったのだが……。

 

「待って、誰かと一緒みたい」

「ん? 本当だ。今日は俺達以外にライダー来てないから……カタギの方か?」

「カタギって」

「……見ない顔だな。少し様子を見よう」

 

 紫乃の提案に乗り、三人はそれぞれ植木に姿を隠し聞き耳をたてる。

 

「……めっちゃギャルだ」

「ギャルだな」

「あれがギャルか」

 

 燐と話していたのは十人中十人がギャルと断言するだろう。

 ウェーブのかかった金髪、肌は焼いたのか地黒なのか黒く、メイクは派手でファッションの方も露出度は高めでダメージジーンズを堂々と着こなしていた。

 

「いやマジで助かったからお礼させて! てか惚れた!」

「いや、全然結構なんで……惚れた!?」

「うん~! 燐っちみたいなタイプは結構好みっていうか~。だからマジでお礼させて! あ、でもウチもこれからバイトだから明日とかどう? 空いてる? 空いてるっしょ!」

「あ、えっと、空いて……ます」

「よっし、じゃあデートね! 10時にここね! じゃね~!」

 

 ギャルは嵐のように去っていき、燐はひどく疲れた様子で立ち尽くしていた。

 

「……なんて、こと」

「何があった燐」

「うぇっ!? 紫乃くん!? てか、ムゲンさんも朔月さんも……」

 

 隠れる必要もなくなったので燐の前に姿を現す三人。燐は見られていたとは思わず、驚き、そして気まずくなっていた。

 

「えーと、ひとまず見回りご苦労さん」

「ありがとうございます……」

「なんかその、おもしろ……大変そうだね」

「いま面白そうって言いかけてませんでした?」

「とにかく、何があったんだ?」

 

 朔月の言葉の追及はひとまず置いておき、燐は先程何が起こってあんなことになっていたのか説明を始める。

 そう変な話ではなく、ごく単純な話。

 燐は彼女を怪人から守った、それだけのことであった。

 

「変身したとこ、見られたの?」

「あ、それは大丈夫です。襲いかかってきてたのを蹴り飛ばしたとこしか見られてないです。モンスターには逃げられちゃって……」

「燐くんも意外と生身で怪人に立ち向かうよな……」

「それで、そこから怪人を見失って歩いてたら、さっきの女に追いかけられて捕まったと」

「うん……。それで、さっき見られたとおりで……」

 

 超ハイテンションで押し切られた形で、燐の話は聞かれていたかどうか。

 惚れられ、デートの約束を取り付けられてしまった。

 

「普通ならここから恋愛に発展していくんだろうが」

「燐には美玲がいるもんね」 

「あう……」

「彼女以外にもいる気がするが……。まあいい。それで、どうするつもりだ?」

「どうするも……行かないよ。ああいう人が僕なんかと関わっちゃいけない……」

 

 平穏に暮らす一般人を、戦いに身を投じる自分に関わらせれば巻き込んでしまうだろう。だから極力、この世界の人々と関係を持ってはいけないというのが燐の考えだった。

 

「けど、いいの? あの人、明日待ちぼうけすることになるけど」

「うっ……」

「すごい楽しみにしてるみたいだったし、約束破られた~って傷付くんだろうなぁ」

「お、おい朔月? あんまりそういう言い方すると燐くん気にするタイプだから……」

「僕のせいで傷付く……」

 

 案の定、燐は深刻そうな顔をして考え込んでしまった。

 ムゲンは朔月を捕まえて、少し離れた場所でこそこそと説教を始める。

 

「ほら、ああなると燐くんしばらく引き摺っちまうんだから……」

「でも正直、燐はこういうことに少しは慣れるべきだと思う」

「慣れる?」

「そう。ただでさえ今も二人に言い寄られてるような状況なんだよ彼。今後もこういうこと、なんかありそうだし。戦ってる時みたいにズバッと斬り捨てていかないと刺されちゃうかもよ」

 

 ムゲンは朔月の言葉を否定したかった。だが、やたらと鮮明に女絡みで刺される燐というイメージが浮かんでしまい、言葉に窮した。

 燐に明らかな好意を寄せている女子は二名。咲洲美玲という燐の学校の先輩にしてライダーである少女と、アリスというミラーワールドでライダーバトルを仕掛ける謎の少女。

 どちらも普通人には少々キツイ、重い愛を燐に向けている。

 この時点で昼ドラ的な展開が起こりそうなものだが、実はこの世界で活動するようになってから更に危険な状態に陥っていたりもするのだ。

 Hamelnの手伝いというものを、あそこを利用する各世界のライダー達は行っている。

 そして、ライダー達は美男美女ばかりとあって彼等にはそれぞれファンがつくようになっていた。

 推しが店番してないかとHamelnに通う客までいるほどだ。

 そんなわけでアイドル的人気をムゲンも紫乃も朔月も獲得しているのだが……燐は少し、事情が違った。

 他のライダー達がアイドル的人気と表現されるのは、客との距離感が遠いことにあるとされる。

 自分達とはどこか違う、テレビに映るアイドルとそれを視聴するファンのような遠い距離感。

 しかし、燐はどこにでもいそうで手を伸ばせば届いてしまいそうな雰囲気でもあるのか、いわゆるガチ恋客と呼ばれる客に好かれてしまった。

 また、他にも理由はある。燐の何気ない言葉がガチ恋客にはよく沁みたのだ。

 

「えーすごいですね! 料理お上手でいいな~。これ食べれる人は幸せですね。僕も食べてみたいな~」

 

「僕は静かな人、好きですよ。落ち着いてて、黙っててもそれだけで満ち足りるような感じ……好きです」

 

「優しいですし、なんか話してると落ち着くっていうか、リラックス出来ちゃいますね」

 

「お仕事頑張っててすごいです! だから、ここでぐらいはゆっくりしていってくださいね?」

 

 あとは想像がつくだろうか。

 多くは語るまい、結果としてガチ恋客は出禁となった。

 燐は手伝いといっても店には出ずに厨房だったり、営業前と後の掃除だったりを担当するようになり、店の営業中は今日のように見回りを行うことになった。

 

「とにかく厄介なのに好かれやすいんだから、燐自身がしっかりと断れるようにならないと」 

「それは確かに……」

「しかし、燐の性格を考えると女をフッた後が心配になるな……」

 

 悩む燐を宥めていた紫乃も合流し、意見を述べた。

 

「……いや、逆だ。逆に考えるんだ二人とも」

「どういうこと?」

「いいか、燐くんがフるんじゃない。燐くんがフラれればいいんだ」

「それだって燐は気にするんじゃ……」

「いや、あいつが元からフラれるつもりであればショックは大きくないだろう」

「ああ。それに、フラれるのが男の甲斐性ってな。遺恨なく綺麗さっぱり別れるのなら、女側からフラせればいい」

 

 どこか自信満々に説明するムゲン。その言葉は燐の耳にも届いていて、三人のもとに駆け寄った燐はムゲンを見上げ、瞳を輝かせながら言った。

 

「お願いしますムゲンさん! 僕、フラれたいです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 待ち合わせ場所に燐の姿があった。そしてそれを通行人を装い観察するムゲン達三人の姿も。

 三人は一般人を装っており、朔月に至っては近くで買い物してきましたといった風に紙袋を両手に提げていた。

 

「ねぇ、なんで待ち合わせの時間より早く待たせてるの? 遅刻させた方が印象悪くない?」

「落ち着け朔月。最初の印象を良くしておくことでだな、これから起こることでの減点の幅がでかくなるってもんよ」

「む、ギャルが来たようだ」

 

 内緒話をやめ、燐達の会話を盗み聞く三人。

 燐は少し緊張気味に挨拶をして、弱気な印象を与えようとした。

 しかし。

 

「あ……こ、こんにち……」

「うっそ! ヤバマジで来てくれるとか最高じゃん! 昨日はあんがとね! 今日は昨日のお礼だと思って!」

「は、はあ……」

「よっし、じゃあ早速行こ!」

「あのっ……!」

 

 燐の手を引き、ギャルが駆け出した。三人も一定の距離を保ちながら燐とギャルを追い、街中を突き進むのであった。

 

 

 

「てか今日なんも予定とかないから燐っちの行きたいとこ行こ! どこでもついていくからさぁ!」

 

 その言葉を聞いて、咄嗟に紫乃がLOT製のイヤホンマイクで燐に指示を飛ばした。

 

「燐、オレの作戦が使える。ちょうど近辺に映画館もある」

 

 了解と燐は返事が出来ないので、頭を掻くという動作で了解と伝える。

 事前に打ち合わせた通りなので三人には伝わっている。

 

「あの、それじゃあ映画とか……」

「いいよいいよ! ウチも映画館久々だからさぁ! この近くに映画館あるしねー!」

 

 そうして、燐達は映画館へと吸い込まれていき……。

 

「この作戦は紫乃くん主導だけど、どういうコンセプトなんだ?」

「ああ。昨日、一度自分の世界に帰って仲間達に相談したんだ。オレはあまりこういうことに明るくないからな……。そこで、灰矢……仲間の一人からかなり有力な情報を得ることが出来た」

「有力な情報……?」

「ああ……。────オタクに優しいギャルは存在しない」

 

「あの、僕、これが見たくて……」

「んーどれどれ~……えっ」

 

 燐が見たいと言った映画、その名は「魔女砲手マジカルシューターエターナルラブトルネード」

 10年前に放送された女児向け特撮番組、魔女砲手マジカルシューターの10周年記念作品として製作された。テレビ版は女子児童をターゲットにしていたがやたらとリアルな銃の描写についていけず、視聴率は苦戦したものの大きなお友達からは根強い人気があり、紆余曲折を経て映画化されたのであった。

 本日封切りで、館内にはオタク達がひしめき合っていた。

 

「なんでオタクって大体似たような格好になるんだろうね」

「言ってやるな……。それより、見ろ。ギャル固まってるぞ! 効いてる、効いてるぞ!」

「流石は灰矢の情報だ。やはりこういったことに強い」

 

 もうこれで決まっただろう。

 三人は確信した。

 誰もが勝利を疑わなかった。

 しかし。

 

「う……」

「う?」

「ウチ、これ子供の時めっちゃ好きなやつだった!!!」

「えっ」

 

「「「えっ」」」

 

「ほんと大好きで録画もして何回も見てたんだけどさ、ウチの周りで他に見てるって人、全然いなくってさ~。燐っちもマジカルシューター好きでマジ嬉しいんだけど! てか運命じゃねデスティニーじゃね!」

 

「おい運命感じてるぞ好感度さらに上がっただろこれ!?」

「馬鹿な……オタクに優しいギャルは神話以上の真の幻想だと灰矢は……」

「あ、二人が入場していく……」

「追うのか?」

「いや、映画中は出来ることがないからな。大人しく待機しておこう。……2時間ほど」

 

 こうして、三人はひたすらロビーで時間を潰すのであった。

 

 

 

 

 

 

「うぅ……マジで良かったよぉ……。ウチ、給料入ったらBlu-ray買う!」

「あ、あはは……」

 

 映画が終わり、外へ出た燐達はベンチに座り映画の感想を語っていた。

 ほとんど燐は愛想笑いを浮かべて頷くのみで、語っているのはギャルの方だが。

 

「あ、もうお昼だしお腹空いたっしょ? お弁当作ってきたから食べよ!」

「お、お弁当……。わざわざ……」

「いいって、いいって! ウチが作りたくて作ってきたんだし、遠慮しないで食べて! あ、苦手なものあったらウチが食べるから安心して!」

 

 ギャルは太陽のような眩しい笑顔を向けて、可愛らしいピンクのお弁当箱の蓋を空けると彩り華やかでかつ栄養バランスも取れた、至高のおかず達が現れる。

 卵焼きは綺麗な黄色で焦げたところもなく、ウインナーはタコさんとなって遊び心を感じさせる。

 そんなお弁当を前にして、燐の顔は青くなっていた。

 燐はムゲン達の方向にアイコンタクトを飛ばしていた。

 

(あの、ムゲンさん本当にやるんですか……? 本当に、あんなことを……!)

(ああ、心を鬼にするんだ燐くん。そうすれば君は解放される)

「うわ、めっちゃ悪い顔」

「ああ、職質されてもおかしくないな」

「離れよっか」

「ああ、仲間と思われては堪らん」 

「いや仲間!?」

 

 燐は震える手で袈裟懸けにしたウエストポーチのファスナーを下ろし、中へ手を入れる。

 

「うん? どしたん?」

「……あの、実は僕、食事の時はこれがないと駄目で……」

 

 燐がポーチから取り出したのは、赤いキャップに白い液体が詰め込まれたもの。

 そう、マヨネーズである。

 

「やれ燐くん……! 彼女が真心込めて作った弁当をマヨネーズまみれにしてしまえ……! せっかく作った料理をそんな風に冒涜するような男は嫌われる! 手作り弁当でそれをやろうものなら尚更だ! さあツルギのように純白で染め上げろ!」

「オレも白いライダーなんだが、マヨネーズまみれということか?」

「言うほどマヨネーズって白い?」

 

 三人がごちゃごちゃやっている間、マヨネーズを取り出した燐を見つめるギャル。その瞳は力強く見開き……。

 

「うっそ燐っちもマイマヨ持ってる系とかウケんだけど! マヨラー仲間じゃんウチら!」

「えっ」

「いやウチもマイマヨ持ち歩いてんだけどさ、やっぱ引かれるかな~って思ってたんだよね~。でも仲間ならいいよね!」

 

 ギャルはバッグから取り出したマヨネーズを躊躇なく自分が作った弁当にぶちまけた。

 一瞬で、彩りは白に覆い尽くされる。 

 

「あ~やっぱマヨうま~! 燐っちも食べて食べて!」

「え、いや、その、食欲が……」

「食べて……?」

 

 上目遣いで甘えるように言われると燐は弱い。

 箸をマヨネーズで埋め尽くされた弁当箱に突き刺し、おかずを中から探し、掘り当てる。

 ぬちゃという音を立てながら箸が掴み上げたのは卵焼きだったもの。マヨネーズと一体化したことにより卵&卵になってしまった。

 

「いただきます……」

 

 意を決し、卵焼きだったものを口にする燐。卵焼きとマヨネーズという組み合わせなら味の想像はつくし、そう不味くなるというわけではないだろう。そう自分に言い聞かせながら……。

 

「おいおいどういうことなんださっきの映画といいマヨネーズといい」

「実は燐に合わせてるだけとかじゃないか?」

「映画とか原作の話めちゃくちゃ出来てたし、マヨネーズも流石にこの日のためにって用意してバッグに入れとかないでしょ」

 

 マヨネーズが支配する味覚に舌鼓を打つどころか殴り付けられているような燐の顔は蒼白くなる一方。

 可哀想にと三人が眺めていると、ムゲンの腹が鳴った。

 

「よくあれを見せられて食欲が湧くね……」

「生きてる限り腹は減るもんだろ? 紫乃くんはどうだ?」

「ふむ……。少し腹に入れておきたいぐらいだな」

「あ、それじゃあさ……これあげるよ」

 

 朔月はバッグから銀色のタンブラー取り出し、紫乃に手渡した。

 礼を言って受け取った紫乃がタンブラーの蓋を開けると、中はカオスだった。

 白い液体に何か、銀色だったり青だったり白だったりしたものが浮いている。

 

「これは……なんだ……」

「鯖をミキサーして、牛乳と混ぜたやつだよ」

「「鯖をミキサーして牛乳と混ぜたやつ!?」」

 

 思わず絶叫するムゲンと紫乃。周囲の人々が三人に注目したので、声を荒げた二人は口を押さえるも……つっこまずにいられなかった。

 

「おいおいどういうことだ鯖をミキサーにかけるなんて聞いたこともねぇよ!? 英国面に堕ちてんのかお前の料理スキルは!?」

「大丈夫だよ火は通してあるから」

「何故火を通したところで止まらなかった……!」

「いやほら、生だと流石に腐るだろうからって。で、持ち運ぶのにタンブラーしかなくて、だったら何か飲み物を……みたいな」

 

 更科朔月。誰かに料理を作ってもらうことも、誰かに手料理を振る舞うこともない女。

 ゆえに、彼女の中での料理とは食材を胃に入れても問題ないように加工する作業のことを言うのだ。

 

「どうりでキッチンの仕事は手伝わないわけだ……。紫乃くん、コンビニ行こう。朔月は二人見張ってろ」

「……そんなにダメかな、これ」

「「ダメだ!」」

 

 近場のコンビニへ向かう男衆二人。その背を見つめながら、朔月は鯖ミルクを一口何食わぬ顔で飲むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 マヨネーズ地獄の昼食を終えた燐はどこか調子が悪そうにしながらギャルに連れられ、ショッピングモールの中を歩いていた。

 その数歩後ろで、次なる作戦を発動しようとする三人。次の作戦立案者は朔月であった。

 

「さて、続いては私のプランだね」

「気を付けろ、あのギャルは手強いぞ……」

「任せてって。女の視点から燐をダメダメ男にしてフラれるようにするから」

「おお、なんだか頼もしいな」

「はい、というわけでこれ着替えてきて」

 

 燐達が(主にギャルが)服を見ている間にと、朔月は二人に紙袋を手渡し、着替えてくるように指示を出した。

 数分後。

 

「今宵、再び昏き夜が訪れる。それは遍く罪が蔓延る闇の刻……我が名はダークムーン!」

「我が名はダークムーン! じゃねぇ!!!」

「何なんだこの格好は……」

「五月蝿いぞインフィニティマッスル。そしてパープルアイよ、これは我等が正装ぞ」

 

 三人は、衆目を集めていた。

 ダークムーンこと朔月は黒を基調としたゴスロリ衣装に身を包み、右目には眼帯をしている。

 インフィニティマッスルことムゲンは燕尾服風のジャケットを羽織り、見事な胸筋を見せつけるかのように開かれたシャツで色気を出していた。全身レザーなのでテッカテカなのも、色気の一因かもしれない。

 パープルアイ、紫乃は白を基調としており袖と襟にレースのついたシャツに白のショートパンツ、白のハイソックス。左目には片眼鏡をつけて知的な雰囲気を出していた。

 

「ともかく、ちゃんと着てくる二人のこと結構好きだよ」

「作戦だってんならしゃーないが、どうすんだこっから」

「混ざる」

「混ざ……!?」

「じゃ、あとは適宜アドリブで。ゴー!」

 

 走り出す朔月を追いかける紫乃とムゲン。

 適宜アドリブでとかふざけんな、ちゃんと打ち合わせしてから行けと走るも、朔月に追いついた時には既に燐とギャルの目の前であった。

 

「久しいなホワイトソード」

「ほ、ほわ……?」

「燐っちのお友達? すごい格好してんねー」

「友など生半可なものではない。我等はかつて血の盟約により共に闘う仲間であった。しかし……インフィニティマッスル」

 

 突然のフリにインフィニティマッスルは抗議の視線を送るしか出来なかった。

 なんだ血の盟約って。

 この話をどうやって纏めるつもりなんだ朔月はとひとまず、差し障りのないことを言って場を繋ぐ。

 

「あ、あーごほん。血の盟約により結ばれた絆は固いものだー」

「いかにも。しかし、ホワイトソード。貴様は我等と袂を別つ道を選んだのだ! ……パープルアイ」

「……えっ、あっ……な、何故オレ達を裏切った……?」

「そう! 何故裏切ったホワイトソード!」

 

 ビシィッ! そんな効果音が聞こえてきそうな勢いで燐を指差す朔月。

 指を差された燐は何が何やらといった様子で困惑し、ムゲンと紫乃に助けを視線で求めるが、二人も同じように助けてくれと目で訴えていた。

 

「え、燐っち裏切ったって……?」

 

 この時、ムゲンは理解した。朔月の作戦を。

 昔、こんな連中とつるんでたという事実にギャルが引いている。

 過去の罪業(冤罪)にギャルが燐に対して不信感を抱いたのだ。

 ここを突けばとムゲンは先ほどまでとは打って変わって饒舌に語り始める。

 

「そこの女は知らないようだな。ホワイトソードがかつて何を行っていたかを! ホワイトソードは多くの敵対者達を葬ってきたのだ!」

「剣を持たせれば彼に敵う者はいなかった!」

「いや、オレだって剣の腕は負けてないぞ」

「お黙りパープルアイ! ……この子は新入り。ホワイトソード、貴方を始末するために加入させたわ」

「さあ行けパープルアイ! ホワイトソードを始末しろ!」

 

 指示が出ると、紫乃は燐に向かって歩き出す。もう何が何やらと困惑していた燐もこれには流石に身構えるが、紫乃は……。

 

「……おい燐」

「なに……?」

「オレはどうすればいい……」

 

 小声で、そんなやり取り。思わずずっこけそうになった燐だったが、なんとか持ちこたえ少し考える。

 

「ええっと、僕を始末しろって言われてるから、何かこう勝負的な……」

「なるほど。では、じゃんけんでどうだ?」

「いいよ。じゃーんけーんぽいっ」

「ふっ……」

 

 燐はチョキを出し、紫乃はグーを出していた。

 結果に満足した紫乃は二人のもとへと戻り、不敵な笑みを見せる。

 

「勝ったぞ」

「……ああ、おめでとう」

「って、いつの間にか燐達いないし!」

「何がしたかったんだよお前は……。グダグダだったぞ!」

「ふ……我が深淵はお前達にはまだ早かったようだな……」

「黙れ中二病! 黒歴史量産しただけじゃねえか!」

「とにかく燐を追うぞ」

「え、この格好のまま……?」

「いいから行くよムゲン!」

 

 せめて着替えてからというムゲンの言葉は届かず、三人は燐達を追いかける。

 燐に取り付けていたGPSの指し示す位置はショッピングモールの外で、三人は格好そのままに人ゴミへ。

 最初こそこの格好で外出るとかと思ったムゲンであったが、流石東京。

 案外、似たような格好の人が歩いている。

 それに、気にもされない。

 

「む、こっちだな近いぞ」

 

 GPSの反応を追い、三人は走る。

 だが、なんとも走りにくい格好のせいで紫乃以外は苦労することになった。

 

「くっそ窮屈過ぎる……!」

「静かに。追いついたぞ」 

 

 紫乃はイヤホンから二人の会話を盗み聞き、先程の作戦が上手くいったかを確認する。

 

「いや~まさか燐っちが昔はあんな格好してたなんて!」

「えっと、その、あはは……」

 

 燐はとりあえず話を合わせようと、しかしあれと同じと思われたくもなかったので否定とも肯定ともつかぬように愛想笑いで誤魔化した。

 

「え、写真とかないの」

「写真、ですか」

「そ! 見たい見たい!」

「写真は……無くて……」

 

 当然である。

 ホワイトソードなどと名乗っていた過去はないのだから。

 

「えー。絶対可愛いじゃん、残しといてよ~」

「かわ……可愛くなんてないですよ」

「そんなことないない! 燐っち、めちゃかわだから!」

 

 食べる時、なんかリスっぽくて可愛い、だとか。

 黒歴史あるの可愛い、だとか。

 ギャルはとにかく燐のことを可愛い可愛いと持て囃した。

 それを聞いて、朔月は気付いてしまった。

 

「まずい……! 可愛いモードに入ってしまった……!」

「なんだその可愛いモードとは」

「女の褒め言葉の中で最上位は可愛いなの、カッコいいじゃなくね。カッコいいだと、なんかカッコ悪いことするとかなり減点されちゃうんだけど、可愛いだとダメなところも可愛いってなっちゃうわけ」

「なるほど、減点じゃなく加点されちまうわけだ」

「……するとどうなるんだ?」

 

 ムゲンは朔月の懸念に気付いたが、いまいちこの辺りのことに鈍い紫乃は理解出来なかった。なので、朔月が分かりやすく説明する。

 

「私達の作戦って、燐がダメな奴だって風に見せてギャルにフラせるって作戦だったけど、もう並大抵のことは全部可愛いって受け取られる。ここからギャルの燐への好感度を下げるのは難しいってわけ。下げるにしても、時間がかかる……」

「それじゃあ、どうすればいいんだ……!」

 

 三人は頭を悩ませる。

 自分達の渾身の作戦が全て失敗に終わり、新たな作戦を練らなければいけない。

 

「もう、さ」

 

 沈黙を破り、朔月が口を開いた。

 

「何か思い付いたのか?」

「いや……。その、私が言えたことじゃないんだけど」

「なんだ?」

「あのギャル、絶対に燐の世界にいないような良い人だからそのままくっついちゃえばいいんじゃない?」

 

 とんでもない降参宣言に男二人は食ってかかった。

 

「おいぃ! そんなことしたら俺達あの二人に殺されるぞ! いや、殺されるで済むか分からんけど! あの重力場発生ガールズが黙っちゃいないぞ!」

「ああ、それに燐の世界にもきっと良い女はいる……はず……」

「ちょっと同意してるじゃん私の意見に」

「お前の世界だって似たようなもんだろうが!」

「いやこっちは七人だけだから! あっちみたいにとんでもない人数じゃないから!」

 

 三人が口論を始めると衆目が集まる。格好が格好だから仕方ない。

 しかしそんなことも気にせず三人は舌戦を繰り広げていると……。

 燐が突然ギャルを突き飛ばしたではないか。

 

「きゃっ!?」

「えっ」

「なに?」

「どうしたんだ燐くん!?」

 

 あまりのことに三人は絶句した。あの燐が、突然人を突き飛ばし転ばせるなんてと、予想外の事態にフリーズしてしまった。

 しかし、燐の真意はすぐに理解することとなる。

 

『キシャァァァ!!!』

 

 突如、ビルの三階の窓ガラスからシマウマのような怪人が登場。

 

「ミラーモンスターか……!」

「なるほど、それなら燐くんのが先に気付くってわけだ!」

「それじゃあ私達も加勢に……」

「いや、それはいいだろう」 

 

 加勢にと飛び出そうとした朔月を紫乃が引き止めた。

 その間に、燐は既に変身していた。

 

「変身────」

 

 燐が纏う純白の鎧、仮面ライダーツルギ。

 腰に差した召喚機、スラッシュバイザーの居合で降下してくるモンスターを一閃。火花を散らし、派手に吹き飛ぶモンスターを見つめながら、スラッシュバイザーを左手に持ち替えてデッキからカードを引く。

 

【SWORD VENT】

 

 上空から飛来してきた太刀、リュウノタチを手にしてツルギは疾走。よろめきながら立ち上がるモンスターに向かいツルギは地面を蹴り、放たれた矢の如く加速。すれ違い様にモンスターの胴を斬り抜けて、モンスターは爆散。

 炎を背に、ツルギは太刀を払うと変身を解除して唖然としたままでいたギャルのもとへ駆け寄った。

 

「ごめんなさい、急に突き飛ばしたりして……大丈夫ですか? 怪我とか……」

「あ……あの、うち!」

 

 燐に声を掛けられたことでギャルはようやく自意識を取り戻したようだった。

 それを見て、どこにも問題はないようだと燐は判断して手を差し出した。

 

「立てます?」

「う、うん……」

 

 燐の手を取り、ギャルは立ち上がる。尻餅をついたので、お尻の辺りを軽くはたいてからギャルは改めて燐を見つめると、燐は優しく微笑んだ。

 

「あの、さっきのあれ、は……」

「……戦ってるんです。あれと」

「……そう、なんだ……。すごいね! まさか、あんなの、いるなんて……」

 

 少しずつ、現実を飲み込み始めたギャルはようやく、自分があれに襲われたのだと実感が湧いてきた。 

 もし、燐がいなければ自分は死んでいたかもしれない。

 その恐怖もまた確かなものとして感じたのだ。

 

「……貴女とは、ここでお別れですね」

「え……」

「僕の戦いに、貴女を巻き込むわけにはいきませんから」

「そんな……! うち、平気だから! だから、一緒に……」

 

 縋るように、焦がれるように彼女は燐を見つめていた。

 そんな彼女に再び笑みを燐は向けると、背を向けて歩き出した。

 

「ま、待って……!」

「来ないでください」

「っ……」

 

 突き放すような、冷たい声であった。

 思わず立ち止まった彼女に、今度は優しい声色で燐は語りかけた。

 

「貴女には、普通に生きてもらいたいんです。戦いとは無縁な世界で……。もう、僕達が会うことは、ありません……」

 

 それが、彼女への最後の言葉であった。 

 一瞥もすることなく燐は往く。商業ビルのショーウィンドウから現れた愛車スラッシュサイクルに乗って、風と共に旅立っていくのだった────。

 

「え? これで、解決?」

 

 朔月の声が、虚しく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 喫茶Hamelnに燐達四人の姿があった。

 後から帰ってきた三人を労おうと、燐はコーヒーを淹れて待っていた。

 

「今日はありがとうございました」

「いや……結局最後は燐くんが決めたからな」

「はい! 三人が頼りないので自分が頑張らないとって決意が出来ました!」

「おーい燐くん、気付いてるか? 失礼だぞ~」

 

 いい笑顔で、三人への感謝に無意識の毒を混ぜて送る燐。まあいいかとムゲンはコーヒーカップを傾け、紫乃はまたエクレアを山盛りにして出されたものを黙って食していたが、朔月は納得いかないといった顔をしていた。

 

「いや、あの別れ方は完全に悪手だよ」

「そうですか? 円満にフレたと思うんですけど……」

「いいや違うね! 最後のギャルの顔見た? 見てないよね最後一回も顔見てなかったもんね! あれは完全に恋する乙女の顔だったから。彼女に傷を付けちゃったんだよ、一生消えない恋という名の傷を────」

「うるさいぞ中二病。とにかく、これでめでたしめでたしってことで……」

 

 そうムゲンが幕を下ろそうとした時だった。

 勢い良く、店の扉が開かれて鈴の音が荒々しく響いた。何事だと四人が一斉に扉の方を見ると、一人のどこか影のある美人が呼吸を荒くして立っていた。

 

「やっぱりいたわね燐くん……!」

「おい、誰だあれは」

「あれは、まさか……」

「燐ガチ恋客だ……」

 

 女はずんずんと燐に詰め寄り、肩を掴むともう離さないといった具合にして矢継ぎ早に喋り始めた。

 

「何よあの店主ウソついてたのねやっぱりいるじゃない燐くんがもうシフトには入ってないとか言ってたクセにオマケに出禁ですってふざけるんじゃないわよ。それより燐くん覚えてる? 私が作ったマフィン食べたいって言ったの……」

「えっ、そんなこと言い……」

「言ったわよ」

 

 ものすごい圧が、その言葉に籠められていた。

 そうして、ガチ恋客は一度燐から手を離すとバッグの中からポリ袋に入ったマフィンを取り出した。

 

「え、なんかあのマフィン邪気放ってない?」

「はは……気のせいじゃなかったかあれ……。俺にも見えるぞ……」

「……不思議なことに、あれには食指が動かんな……」

 

 甘いもの好きな紫乃がそう言うほどに、このマフィンには何かが混入しているようだった。

 何かは、あえて追究しないでおく。

 

「ちょっと! 私の燐くんに何してるのよ!」

「またガチ恋客!?」

 

 次に現れたのは小太り、いや小の字はいらないかもしれない。

 太った女であった。

 ガチ恋客Bとさせてもらうが、ガチ恋客Bはそのフィジカルでガチ恋客Aを燐から引き離すと今度は燐を壁際まで追い込み、その我が儘マシュマロボディを燐に押し付ける。

 更に香水の香りがきつく、燐は顔をしかめた。

 

「もうどこ行ってたの~? 私のこと置いてくなんてひどい。優しくて、一緒にいると安心するって言ったのは燐くんでしょ?」

「いや、その……一緒にいる人は安心しちゃいそうですねって言ったんです……。あとあの近いです……」

「なに!? 嫌なの!?」

「離れなさいよデブ女!」

 

 燐の目の前で繰り広げられるキャットファイト。いや、キャットなんて優しいものではない。

 まるで怪獣映画のようだったと燐は後々語った。

 逃げ惑うしかない一般人とか、怪獣の戦いの余波で壊されるビルの気持ちが理解出来たとも。

 とにかく、燐はムゲン達三人に助けを求めた。

 しかし。

 

「……よっし、帰るか」

「うん、今日はもう大丈夫そうだし」

「待ってムゲンさん、朔月さん。ここに大丈夫じゃない人がいます」

 

 無情にも、高校二年生勢は二人とも店の奥に引っ込んでいってしまった。

 残るは燐と同い年。共に白い剣士のライダーと共通点が多く、親交も深い紫乃だけ。

 紫乃なら助けてくれるだろうと、燐は紫乃に救援を求めた。

 

「紫乃くん助けて!」

 

 紫乃は、最後のエクレアをよく噛んで飲み込む。そして、燐の方を向くと穏やかな表情を浮かべ言った。

 

「燐。お前なら、一人でも大丈夫だ。さっきギャルにやったみたいにな」

 

 そうして、紫乃もまた去っていった。

 

「え────」

 

 もう、誰も、助けには、来ない。

 

「ちょっと何よギャルって!」

「どういうこと!? 私だけを見てくれるんじゃないの!?」

 

 この後、更にガチ恋客が二人増えて四人から詰められることとなる。

 この後のことは皆さんの想像にお任せしよう────。

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