仮面ライダーハーメルンジェネレーションズ MIRACLE FESTIVAL!   作:大ちゃんネオ

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春風れっさー著


きゃぴ☆乙女たちの攪乱! 催眠(ヒュプノス)欲望(ヨクボウ)狂想曲(カプリッチオ)

 とある日の昼下がり。仮面ライダーピクシーことアシュリィが異世界の東京を歩いていた時のことだ。

 

「~♪」

 

 帝久乃市とは違う街並みは彼女にとって目新しい物だった。所々技術の遅れた部分はあるが都心である東京は人や物で溢れ、常に新しい発見がある。

 そんな場所を、アシュリィは上機嫌になって練り歩いていた。鼻歌を歌ってしまう程だ。美しい歌声を持つ彼女が紡げば、それは鼻歌であっても聞き惚れてしまうような調べを響かせる。その美貌と相まって、擦れ違う人々は老若男女問わずに目を奪われた。

 

「もし、そこのお嬢さん?」

「?」

 

 そんなアシュリィに、話しかける者がいた。

 別にそれは珍しくもない。銀髪で美しい容貌を持つ彼女はよく目立つ。それ故に声をかける人間は多く、その目的は様々だ。特に不埒な輩は自分が、あるいは連れ合いが適度にあしらって追い払う。

 だが今回話しかけてきた相手は軟派な男ではなくローブを目深に被った老婆だった。

 

「どうしたの、お婆さん」

「良くない相が出ているよ」

「?」

 

 唐突な言葉に首を傾げたアシュリィは、台詞と身につけた怪しげなアクセサリーから老婆の職業を推測した。というか、首から看板が下がっていた。

 

「あ、占い師」

「そうさね。お嬢さん、悪いことは言わない。ワシの言うことを聞いた方がいいよ」

 

 まるで名札のように『占い師』という文字が書かれた看板によってこれ以上なく簡潔に自己紹介を終えた占い師の老婆は神妙に語った。

 

「ちょいと星の巡りが良くないねぇ。このままだとお嬢さんのとある運勢は壊滅的な方向に向かう」

「とある運勢?」

「あぁ……恋愛運さ」

 

 それまでは胡乱げに聞いていたアシュリィだったが、恋愛運と聞いた瞬間にピンと気配が変わった。猫で言うと毛を逆立てたとか、その辺り。

 運命的に結ばれた天坂翔という恋人がいる彼女にとって、その話題は死活問題だ。

 

「恋愛……」

「そうさ。このままだと恋愛運はだだ下がり。大好きな彼と別れることになってしまうかもねぇ……」

「なっ」

「始まりはほんの些細な喧嘩さ。でもお互い素直に謝れなくなった所為で仲は拗れ溝は深まり諍いは長期化してしまうだろうねぇ。段々と口数は少なくなり冷えていく家庭。お互い頭を冷やす期間を設けるという名目で別居。しかしその隙を狙うように伸びる……」

「ま、間女の手……!」

 

 ピキピキピキと老婆の言葉通りな想像がアシュリィの脳裏を駆け巡っていく。

 翔との喧嘩はそこまで珍しいことではない。生まれは普通ではない自分でも乙女らしく気難しい一面を多少なりとも持っているからだ。大抵は穏やかな性格をした翔が折れる形で決着がつくが、自分を救ってくれたあの時のように決して譲らない頑固な一面を持っていることも知っている。

 互いを思いやった結果ぶつかってしまう意見。分かってくれないもどかしさが募り、苛立たしさは雪だるま式に増していく。無言の食卓。気まずそうにするフィオレとツキミ。彩葉の家にさっさと避難する響。普通に仕事で帰ってこない肇。大好きな彼の料理も楽しめず、砂を噛むような感触で嚥下することになってしまう。心に去来する寂しさ。だけどそう簡単には謝れなかった。

 向こうから頭を下げるまで許さない。そう意固地になってしまう自分。それでも甘えがあった。優しい翔なら折れてくれるだろうと。だが土壇場で冷徹に頭が回ってしまうタチである翔が突きつけたのは互いが冷静になる為の冷却期間であった。冷徹冷静冷却の冷冷冷でゲシュタルト崩壊寸前まで冷え切る関係。

 そして別居している内に忍び寄る、他の女、あるいは男の手……! 翔は悪漢を除いて誰にでも優しいのでモテる。律や進駒や節操のない(とアシュリィは思っている)浅黄。自分の姉であるフィオレとツキミだって油断はできない。むしろ一番あり得る。『ショウお兄ちゃん(お兄様)、アシュリィなんか忘れてあたし(私)と一緒に……』。残念ながらエロくしなだれかかる二人は簡単に想像できてしまうのだ。

 

「寝取られるうううううああああああああああ!!!!!!」

 

 頭を抱えてアシュリィは叫んだ。往来での奇行に先程までとは違う意味で目を向ける通行人。翅と触角が出ているような気さえする。

 

「ううう、いや、案外キョウもライバル……? 兄弟薔薇、禁じられた関係……?」

「ヒヒヒッ、そんなお嬢さんにこれを授けよう」

 

 そう言って老婆が取り出したのはペンデュラムだった。紐に括り付けられた紫の水晶がどこか妖しげに光っている。

 

「これは……?」

「おまじないさ。これを恋人の前で振れば、理想通りに変えることができる」

「理想通りに?」

「ああ。揺らしながら、お嬢さんの要望を言えばいい。そうすれば全てが解決するはずさ」

 

 老婆からペンデュラムを受け取ったアシュリィは、僅かながら瞳に理性の光を取り戻して怪しむ。如何にも胡散臭いアイテムだ。話も眉唾物である。

 だがもし、万が一にでも翔にフラれるようなことがあっては生きていけない。この文言、出自から若干ブラックジョークめいているな。

 

「わ、分かった……一応受け取っておく……」

「ヒヒッ、はげみなさいな……人間の一生は、思ったよりも短いんだからねぇ……」

「?」

 

 老婆は不穏な言葉を残し去って行った。占いの代金を貰うでもなく、何がしたかったのかまるで分からない。アシュリィの手に残ったのは紫のペンデュラムだけだった。

 

「……まぁ、綺麗ではあるし」

 

 言われた通りに使うかどうかはともかく、捨てるのももったいないのでアシュリィは貰っておくことにした。

 それがあんな悲劇を巻き起こすとは、夢にも思わず……。

 

 

 ※

 

 

 して、後日。

 

「……そんなことがあったんだ」

「うん……」

 

 喫茶Hameln。レトロ調な落ち着いた店内に、今は客はいない。というのも経営者である権兵衛が町内会に出席しており、今日は休みとなっているからだ。

 今テーブル席に座っているのは甥である章太郎とアシュリィ、そして一人の少年だけだ。

 

「で、アシュリィ姉ちゃん」

「はい……」

 

 章太郎とテーブルを挟んだ正面にアシュリィは座っている。膝の上に手を乗せるその姿は俯きがちで神妙だ。畳の上であれば正座していたことだろう。

 詰問するような口調で章太郎は言った。

 

「隣にいる翔兄ちゃんさぁ、これどういうこと?」

「………」

 

 アシュリィは青ざめ、だらだらと冷や汗を流した。

 そんな彼女の隣に座っていたのは……。

 

「章太郎くん。姫をそんなにいじめないであげてよ☆」

 

 キラキラというエフェクトを纏っている、仮面ライダーアズールこと天坂翔だった。

 優しげで端正な顔立ちは、いつも以上に輝いていた。服装は軍服にも似た染み一つ無い純白の正装。所々に涼やかな青のアクセントがあるのは彼がアズールというささやかな証明だろうか。それは絵物語の一枚めいてよく似合っていた。ハッキリ言ってしまえば、白馬の王子様だ。

 

「花よりも蝶よりも美しく愛おしい、僕の大事なお姫様なんだからさ☆」

 

 キラッと白い歯を輝かせて、ホワイトプリンス☆ショウは愛を囁いた。

 章太郎はそんな翔を胡乱げに見つめ、アシュリィに目線を戻してから言った。

 

「やりやがったよね」

「違うんです……」

 

 アシュリィはまず否定から入ることにしたようだ。

 

「いやどう見たって催眠されてるよね。それもどっぷり。ビックリしたよ。もう一人兄弟がいたのかと思ったし」

「正真正銘のショウです。あのね、その……」

 

 両手で顔を覆い、懺悔するようにこれまでの顛末を語っていく。

 

「出来心だったの。だってどうせ嘘だと思って……それに悪いことだったら、ショウの持つアクイラの力で効かないと思ったし……」

「それが効いちゃったの?」

「うん……」

 

 アシュリィはコクリと頷いた。隣では翔がキラキラと輝いている。口元には薔薇を咥えていた。

 翔は故あって、通常の人間では持ち得ない能力を持っている。その故は本当に色々あったので、今回は割愛する。

 重要なのはその気になれば万能に近い力を行使出来るという点だ。しかしどうやら、謎のペンデュラムには発動しなかったらしい。恋人であるアシュリィによって催眠されたので、無防備だったのだろうか。

 

「最初は、ちょっとからかおうかなって些細なお願い事をしたの。ゲームで勝たせてって言ったり、カレーをお腹いっぱい作ってって言ったり。でも面白いように言うことを聞いてくれるから、次第に……」

「止めようとは思わなかったの?」

「だってこんな機会、最初で最後だと思って……」

「普通は無いし、あってもみんなそこで踏みとどまるんだけどな」

 

 章太郎は腕を組んで呆れ顔だ。口調すら普段とは違う風に思える。

 

「君の髪は天の川よりも綺麗さっ☆」

「このキャラってアシュリィ姉ちゃんの趣味?」

「やっぱりシンデレラだから、王子様に憧れがあったみたい……」

「本能なの? だとしても考え直した方がいいけどな」

 

 相変わらず翔はあらゆる物をキラキラと輝かせている。背後に散る漫画のようなエフェクトが目に眩しい。

 

「目が痛っ。っていうかこのキラキラ何!? 物理的に存在するんだけど!」

「アクイラの力かなぁ……」

「こんなことに使ってるの!? 能力の無駄遣い過ぎない!?」

 

 多分あらゆる世界線で一番無駄なラスボス能力の使い方である。

 

「とにかく催眠を解かなくちゃ。このままじゃ翔兄ちゃんがピエロだよ。そのペンデュラムで解除とかできたりしないの?」

「できないみたい……。元に戻れってお願いしても効かなかった……」

「だとしたら一生このままで生きていくことになるんだけど」

「うううっ!」

「泣き出したいのはこっちと翔兄ちゃんなんだよ」

 

 章太郎の述べる的確かつ遠慮のない正論に、遂には泣き出すアシュリィ。そんな彼女を理想の王子様であるスーパープリンス☆ショウは放っておかない。

 顔を覆う手を優しく払い、顎をクイと持ち上げて囁く。

 

「ああ、僕の姫……君に涙は似合わない。どうか笑っておくれ。もしそうしてくれるなら、僕はこの世界すらも変えて見せよう……!☆」

「発言が洒落にならない」

 

 仮にも同じ事をしたラスボスと同種の能力を持つ翔ならば、決して夢物語ではない。シンプルな世界の危機が目の前に到来していた。

 その元凶である少女は……。

 

「トゥンク……!」

「本当にそれでいいのアシュリィ姉ちゃん。自分の人生を見直したくならない?」

 

 恋は盲目。アシュリィの目には素敵な彼氏しか映らなかった。それに実際、端正な顔立ちである翔が放つ顎クイはかなりの破壊力を秘めていた。ホストならば一発でドンペリを頼ませられるレベルの一撃だ。恋するアシュリィが目をハートにしてメロメロになってしまうのも無理はないと言える。

 

「ショウ、好き……」

「僕もだよ、可愛い可愛い僕だけのお姫様……☆」

「ふ、二人の世界に入りやがった……! くぅ、俺がなんとかしないと……!」

 

 アシュリィは使い物にならない。さてどうするか……章太郎が頭を悩ませているその時だった。

 

「た、大変だ大変だ!」

 

 バァンとドアを開き、勢いよく入店したのは赤い鍔広帽子を被った小柄な少女だった。

 彼女はキッド。悪魔を退治するハンターである掃除屋であり、仮面ライダーブリランテだ。

 

「ど、どうしたのキッド姉ちゃん」

「催眠したらユキトが戻らなくなっちゃった!」

「お前もか」

 

 飛び込んできたキッドに辟易した目を向ける章太郎。その後ろから続くように中肉中背の青年が姿を現わした。

 

「キッド、いきなりどうしたんだ」

「あれ、ユキト兄ちゃん。普通に見えるけど……」

 

 登場したのは月島ユキトだ。キッドと出会い彼女の傷を知り、その止まり木となることを誓った掃除屋である。

 そんな彼は、普段通りの好青年に見えたが。

 

「い、一見はそうなんだけど……」

 

 もじもじと指を合わせ、気まずげに目を逸らすキッド。そんなキッドに首を傾げながら、ユキトは店の状況に目を向ける。

 

「店長さんは?」

「今日はいないよ。でももう少ししたら帰ってくるかも。……来ない方がいいけど」

 

 章太郎が最後にボソリと呟いた言葉だけは聞き逃し、ユキトは他のテーブルから椅子を引いて座る。

 

「じゃあ待たせてもらおうかな。折角この世界に来たからにはカレーの味を盗ませてもらいたいし」

「あ、異世界の料理人から見てもおじさんのカレーは美味しいんだ」

「そりゃね。俺なんてまだまださ。ちゃんと店を構えるからには、もっと精進しないと」

 

 普通だ。他愛ない会話。ここまで話しても違和感はない。催眠を受けたのは間違いか、あるいはもう解けたのでは? 章太郎は一縷の希望を見いだした。

 だがそんな章太郎の目の前で、ユキトは膝を叩いた。

 

「ほらキッド、おいで?」

「え?」

 

 ポンポンと膝を叩き、優しげな表情でキッドへと手を伸ばす。そんなユキトにキッドは一気に赤面した。

 

「ううっ! いやいやユキト、もうここは人前だよ!? いくらボクでもそんな恥ずかしいことは……!」

「何言ってるんだ。いいからおいで?」

「いやだから……!」

「お・い・で?」

 

 決して意見を曲げないことが伝わる声音だった。キッドとの出会いによって鍛え直された芯の強さが、今発揮されている。こんなところで。

 

「うう……分かったよ……」

 

 有無を言わさぬ迫力に、キッドは折れる。

 そして、迎え入れられた膝の上へと大人しく座った。

 

「えええええええええ」

 

 ユキトはずば抜けてよい体格を持っている訳では無いが、それでもキッドとは20㎝近い差があった。膝の上に乗れば、小柄なキッドはぬいぐるみのようにちょこんと収まる形となる。

 そんなキッドの帽子と外套を脱がせ、ユキトは短い黒髪を撫で付けた。

 

「いい子いい子♪ キッドは素直ないい子だなぁ」

「あうう……」

「なんだこれは」

 

 まるで幼い妹をあやすかのようにキッドを抱くユキト。距離が近いというレベルでは無い。文字通りゼロだ。物理も、心理も。普段のユキトなら、むしろキッドの奔放さを窘める筈なのに。

 呆然となる章太郎だが、ハッと我に返ってキッドに問うた。

 

「ど、どんな催眠をしたのさキッド姉ちゃん!」

「そ、そのぉ……ちょっと、ちょっとだよ? ユキトには妹がいたっていうからさ。どんな風だったのか見てみたいなぁってちょっと思って……それも心を傷つけない形で……」

 

 ユキトは悪魔の襲来で家族を失っている。その中には妹も含まれていた。それはもう二度と戻らない日々の記憶であり、キッドもその傷を悪戯にほじくったりする程無遠慮ではない。だが、人間である以上好奇心はあるものだ。

 

「そしたら丁度いい物を道行く占い師に貰ったものだからさぁ、物は試しとやってみたら」

「こうなった?」

「はい……」

「どうして普段オカルトめいた相手と戦っているのにそうも無防備なんだ……」

 

 割りとお調子者らしいのでそういうこともあるかもしれない。

 

「とにかく(そこ)から這い出なよ。多分そうしている限り何も解決しないから」

「それは分かってるんだけど、高級ホテルのベッドに敷かれたシルクのシーツよりも居心地が良くて……」

「どいつもこいつも」

 

 催眠によって理想通りに仕立て上げたのだ。アシュリィと同じくその魅力に抗うことは難しいことらしい。キッドはこのだだ甘になったユキトに嵌まってしまったようだった。

 

「どうしたキッド。元気が無いな。さてはおねむの時間か?」

「ユキト兄ちゃんはそれ本当に妹に対する対応なの? いつの記憶が掘り返されてるんだ」

「ああああううう」

「キッド姉ちゃんは爆発しそうだし……」

 

 キッドを抱くユキトの声音はあくまで優しく、慈愛に満ちている。撫でる手は温かくて心地いい。これまでの人生において決して品行方正ではない人間に囲まれてきたキッドは、こうした下心皆無なスキンシップに対しての耐性が劇的に無かった。酒場のオヤジ共のセクハラは蹴り飛ばせても、愛おしげに頭を撫でる手は拒めない。

 真っ赤に赤面しただされるがままになるキッドに対抗する術は無かった。

 

「ば……」

「ば?」

 

 そしてオーバーヒート寸前まで茹だった脳は、一つの結論を見いだしてしまった。

 

「ばぶぅ……」

「そこまで行ったら人としてお終いだよキッド姉ちゃーん!!」

 

 それはこの心地よさに全てを委ね、原初へと帰ることだった。即ち幼児退行である。

 キッドは過酷な幼少期を過ごしている為、そういう反動が無きにしも非ずなのかもしれない。本当にそれでこうなるか?

 

「あうー、うー!」

「お? どうしたキッドー。遊んで欲しいのか? うりうりー」

「きゃっきゃっ♪」

「そしてユキト兄ちゃんがいつの記憶を蘇らせているのかも判明した! これ小さい妹の面倒を見ている時だ!」

 

 幼い妹の面倒を両親に代わって見ていることもあったのだろう。在りし日に紡がれた兄妹の尊き思い出。それが今見るに堪えない光景で現出していた。

 その名を赤ちゃんプレイ。十代二十代の二人がやるのはちょっと、いやかなり、キツい。

 

「あうー、だー!」

「もう駄目だキッド姉ちゃんは……アシュリィ姉ちゃんもときめいて直らないし……」

「ショウ……」

「君の瞳は青い空のように綺麗だよ、僕の姫君☆」

「これ翔兄ちゃん的に最大の殺し文句なんだろうな……」

 

 青空を、当たり前の空の色を護る為に戦う戦士。それがアズールである。

 

「ああもう! 収拾がつかない! もう誰でもいいから助けてよ!」

 

 あまりのカオスっぷりに章太郎は悲鳴を上げた。小学生である彼には荷が重すぎる。そこへ丁度良く、喫茶店の扉が再度開かれた。

 振り返る章太郎。そこにいたのは……

 

「………」

「あ、美玲姉ちゃん! 丁度良かった!!」

 

 頼りになる人物の登場に章太郎は目を輝かせた。

 咲洲美玲。

 普段はクールビューティの名を欲しいままにする、美貌と冷厳な空気を併せ持つ少女だ。仮面ライダーアイズに変身し、百発百中の鋭い一撃で涼やかに戦う戦士でもある。

 しかし今は顔を俯かせ、陰鬱な空気を漂わせていた。

 

「みんな大変で……どうしたの、美玲姉ちゃん?」

 

 不穏な空気を感じ、章太郎は美玲の顔を下から覗き込む。

 前髪に隠されて見えなかった表情は――動揺したように瞳孔を開き、ダラダラと冷や汗をかいている物だった。

 

「……しょ、章太郎」

「美玲姉ちゃん……まさか」

「催眠してたら、燐が戻らなくなっちゃった……!」

「天丼!!!!」

 

 あの美玲でさえ――!

 章太郎は崩れ落ち、床を悔しげに叩いた。カオスは解決するどころか、更に加速した。

 

「三人目じゃん!! 三人て!! どうして繰り返しが許される限界まで挑戦するんだ!!!」

 

 喫茶Hamelnに章太郎の哀叫が響く。世界は残酷で、その事実に気付くとき大抵人はどうしようもない崖っぷちに立たされている。章太郎にとっては今日だった。

 

「くっ……それで!?」

 

 しかし打ちのめされてばかりはいられない。異世界より来訪した仮面ライダーたちの良き協力者である章太郎にはこの状況を解決する責務があるのだ。多分。

 

「それで、燐兄ちゃんはどうなったの? 王子様になった? だだ甘になった? もう何が来ても驚かないよアレな物をこれだけ見続けてきたんだから」

「えっと、その……」

 

 美玲はチラリと後ろを見た。連れてきてはいたらしい。ゴクリと喉を鳴らし、章太郎は覚悟する。

 彼女の背後から現われたのは――

 

「きゃっるる~ん♡ おっはー章太郎くん! 今日もいい天気だね♡ テンション上げぽよ~!」

「ギャルになってるー!!」

 

 ギャルになった燐だった。

 萌え袖カーディガンにギリギリを攻めたスカート。金髪のウィッグにルーズソックス。濃いメイクをして、分類としてはいわゆる白ギャルとなるだろうか。ワイバーンを模したヘアピンを付けているのが小賢しい。

 

「っていうか~、絶好の映え日和って感じだよね~。ありえんよさみが深くてフラペチーノ♡」

「何言ってるか全然分かんない!」

 

 スマホを片手にキャピキャピと眩しい笑顔を浮かべる、変わり果てた姿となった燐が、そこにいた。

 

「ギャルになってる! なんで!? 何を思って美玲姉ちゃんは燐兄ちゃんをギャルにしたの!!?」

「だって……きっと燐ならオタクに優しいギャルになってくれると思って……!!」

「誰にでも優しい男をギャルに変えるのは反則だよ! っていうか、美玲姉ちゃんは陰キャではあっても別にオタクではなくない!?」

「燐オタクではある」

「その燐兄ちゃんがすごいことになってるんだよ! 今! 美玲姉ちゃんの所為で!!!」

「というか今私を陰キャ扱いした?」

 

 クールキャラを陰キャと呼ぶべきかは大いに議論の余地があるが、その議論はまたいずれ。

 

「それから!」

 

 章太郎は重ねて叫んだ。

 

「被ってるんだよ!! 女装は!! 昔の回と!!」

 

 喫茶Hamelnにおいて燐が女装したことは初めてでは無い。かつてはメイド服を着せられた。その所業は章太郎の叔父である権兵衛が発端なのだが、それは今は置いておく。置いておくべき事象が山積みとなりそろそろスカイツリーもかくやというくらいに高くなってそうだが、まだ置いておく。後ギャルネタも被っているが、それも一緒に置いておく。

 燐は本編においても女装させられており、通算三回目の女装であった。探せばもっとありそう。ハージェネ作者陣の性癖は大きく歪んでいるから。

 章太郎は美玲に詰め寄った。

 

「なんでまた燐兄ちゃんを女装させた! 言え!!」

「だって前回は気を失っちゃったから……そろそろ私も燐の女装姿をまともに見たくて、つい」

「ついで男の尊厳を奪われる燐兄ちゃんの身にもなれ!!」

 

 章太郎は叫んだ。何が悲しくて憧れた兄ちゃんの女装姿を何度も見なければならないのか。

 しかし催眠されたギャル燐はそれを喧嘩と勘違いしたのか、ムスッとした表情で美玲との間に割り込んだ。

 

「ちょっと章太郎くーん、美玲先輩ちゃんをいじめないでよー」

「先輩ちゃんて。いやいじめてた訳じゃ……」

「ホントー? いくら章太郎くんでも駄目だよ、あーしの大事な大事なカノぴなんだからねっ!」

 

 ギャル燐はそう言うと、美玲の腕に思い切り抱きついた。まるで恋人に甘えるようにかき抱く。

 

「おっほ」

「ヤバい声が出たよ美玲姉ちゃん」

 

 唐突なスキンシップに美玲の表情が放映不可能な程に崩壊する。章太郎はドン引きした。この短時間で引きすぎて後ろ向きに世界一周してしまいそうだ。

 

「ま、いじめてないのならいーや! あ、そーだ! お店のみんなと一緒に写真取ろーっと。はいチーズ♡」

「姫と一緒に☆」

「あうー♪」

「やめたげてよぉ! こんな惨状を記録に残さないで!!」

 

 パシャリというシャッター音と共に喫茶Hamelnの惨憺たる有様が切り取られる。まだ陶酔しているアシュリィの腰を抱きキメ顔を作るイケメンプリンス☆ショウと、バブみ溢れるユキトに抱かれていつの間にかおしゃぶりまで付けている幼児退行キッド。そして女装してギャルとなった燐略してギャリンと、腕を抱えられてご満悦な美玲。ライダーにあるまじき散々な一面の数々。こんなものが拡散されでもしたら全員生きていけない。いくら異世界とはいえ。

 

「いえーい! ケッコー揃ってるしなんだったらこのままパリピしちゃう?」

「フッ……舞踏会ということかな? なら丁度良い、僕と姫のダンスを披露しよう」

「きゃっきゃっ♪」

 

 カオス。

 

「こ、このままじゃ駄目だ……美玲姉ちゃん!」

「あっはい」

「美玲姉ちゃんも例の振り子を持ってるんだよね!?」

「う、うん。怪しい占い師から貰ったけど」

 

 章太郎に言われ、正気に戻った美玲はポケットからペンデュラムを取り出して見せた。相変わらず紫の水晶は妖しい光を放っている。

 

「うわどう見ても呪いの品だよそれ。なんで気付かないの? 偽物の巻いているスカーフ並みに目に映らない?」

「これを、どうするの?」

「それを配った占い師を探すの! 絶対敵だよソイツ!!」

 

 今まで仮面ライダーという番組を見続けていた経験から、章太郎はこういう現象は元凶を倒さない限り永続すると推測していた。いや言うほど仮面ライダーか? むしろ戦隊ものな気がする。カーレンジャーとかその辺の。

 

「街を捜索しよう! ソイツを倒せばなんとかなる……筈! そして人手がいるからアシュリィ姉ちゃんもキッド姉ちゃんも目を覚まして……覚まして……覚まし……覚めろォ!! ほら早く行くんだよォ!!」

 

 章太郎は無理矢理三人を連れ出し、占い師を探しに出かけた。

 

 

 ※

 

 

「み、見つけた! アイツよ!」

「普通にいるー!?」

 

 捜索にはあまり時間はかからなかった。三人が占い師に出会った場所は大体同じで、そこに急行してみれば大通りで胡乱げに佇む占い師の姿はすぐに発見された。

 ローブを目深に被った老婆は三人の少女と一人の少年を見咎め首を傾げた。

 

「おやどうしたのかえ? 恋人たちとの関係は改善できなかったのかい?」

「元々問題なかったのをしっちゃかめっちゃかにしたんでしょうが! 正体を現わせ怪人め!」

 

 章太郎はビシリと占い師へ指を突きつけた。正直この段階では言いがかりも甚だしい。老婆は単に怪しげなアイテムを配っただけで、まだそれ以上の悪事は行なっていなかった。強いて言うなら少女たちへ不安になるような言説をばらまいたことだが、それを言ってしまえば占いその物を否定するような物なのでノーカウント。

 だが幸いにして、章太郎の言葉を聞いた老婆は口を裂けんばかりに歪めて笑った。

 

「ヒヒヒッ、バレてしまっては仕方ない。恋人を催眠させることで破局による絶望を狙ったが、こうなったら死を目前とした絶望をもたらしてくれる!」

 

 そう言うと老婆の姿は変異する。妖艶な女のようでもあるが、その大部分は幻想上の化け物めいた質感の触手や脈動する血管に覆われていた。まさしく幻魔と呼ぶのが相応しい姿である。

 

「絶望って……まさか、ファントム!?」

『ヒヒヒッ、このリャナンシー様が引導を渡してくれるよ!』

 

 正体を現わしたリャナンシーファントムは相変わらず不気味な笑い声を上げると、一番弱そうな章太郎を狙い触手を伸ばした。

 

「うわあああっ!」

 

 迫り来る触手に対し悲鳴を上げ、目を瞑る章太郎。だが悪辣な暴威が少年を襲うより早く、パルスビームの銃弾が触手を迎撃した。触手は一発も撃ち漏らされることなく焦げ落ちる。

 

「ったく、さては前のメタローがやったみたいに異世界から連れてこられた連中かい? 悪魔のようで悪魔でない奴は心臓(・・)がときめかないから嫌いだね。悪魔も嫌いだけどさ!」

 

 それを為したのは愛銃ラッキーライラックを構えたキッドだった。元の調子を取り戻せばそこにいるのは熟練の掃除屋、百発百中の腕前を持つクールなガンマンだ。

 

「キッド姉ちゃん! まだおしゃぶり付けてる!」

「おっと……」

 

 ……クールだ!

 その隣でアシュリィも静かに怒りを燃やす。

 

「乙女の純情を弄んで、許せない」

「その純情、だいぶ暴走してたけどね……」

「章太郎、下がってなさい」

「あ、クールに戻った。……うん、分かったよお姉ちゃんたち!」

 

 美玲によって促され、章太郎は危険の及ばない後方へと退避する。大通りにひしめいていた人々もリャナンシーの姿に驚き粗方逃げ去っていた。ここならば正体を見られることを憂う必要はない。

 リャナンシーの前に立ち塞がるのは三人の少女。ただしただの乙女ではない。それぞれが幾つもの死戦を乗り越えてきた、歴戦の仮面ライダーなのだ。

 

「行くよ、二人とも」

「了解!」

「ええ」

 

 アシュリィの言葉に頷き、それぞれがアイテムを構える。

 そして一斉に変身した。

 

 

「今日はお姉ちゃんたちがいないけど、あなたなんてそれで充分」

《オトギガールズ・レヴュー!》

 

 激情に滾るアシュリィは手にしたマテリアプレートを起動させ、逆手に持ったレイピアへと装填する。

 

《ヒア・マイ・ソング! ヒア・マイ・ソング!》

「変身!」

Action(アクション)! フォニック・マテリアライド!》

 

 鳴り響く女性の電子音声を聞き流しつつ、レイピアのカバーに灯る光をなぞって五芒星を描いた。そしてグリップの引き金を引いて高らかに叫ぶと、レイピアから放たれる閃光に包まれアシュリィの姿は変化する。

 

《オトギガールズ・アプリ! 歌激(カゲキ)なる御伽女(オトメ)、カーテンレイズ!》

 

 光が消え、そこにいたのはアザレアの翅を持つ女騎士。レイピアを美しく携えし覚悟のオトメ、仮面ライダーピクシーだった。

 

 

「撃って解決しそうなのは有り難いね。掃除屋らしくていいじゃないか」

 

 キッドは歯車とシリンダーが特徴的なハーツドライバーを腰に装着し、黄金のブリランテバレットを装填する。

 

【Start up! Heart's Cry!】

 

「変身!」

 

 歯車の回転によって溢れた光に包まれて、彼女は姿を変える。

 稲妻が走った白き装甲に覆われ、頭部に一角獣の如きホーンアンテナを備えた戦士。ハンドガンを華麗に回転させた輝ける銃士、仮面ライダーブリランテがそこにいた。

 

 

「リャナンシー、人を惑わせる吸血妖精ね。まんまと惑わされた借りはすぐ返すわ」

 

 美玲は猛禽が描かれたデッキを翳した。すると近くにあったショーウィンドウからベルトが飛び出し、美玲へと装着される。その銀色のベルト、Vバックルへとデッキを挿入し美玲は叫んだ。

 

「変身!」

 

 虚像が重なると、そこにいたのは鷹の意匠を纏いし青騎士だった。広がった翼の如き仮面を被り、そのスリットから黄色い双眸を滲ませる姿は正に狩人。狙った獲物は逃がさない、仮面ライダーアイズが参上する。

 

 

 三人の少女が鎧を纏って並び立つ。全ては悪しき幻魔を打倒する為。

 私怨は少しも混ざっていない!

 

「ハァッ!」

 

 先陣を切ったのはブリランテだった。手にした愛銃、ラッキーライラックでリャナンシーへ向け引き金を弾く。打ち出されたパルスビームは一流のガンマンらしく、的確にその身体を捉えていた。

 

『ヒヒッ! ヒャアッ!』

 

 しかしリャナンシーの口から放たれた音波が当たると、その軌道は不自然に曲がる。それだけではなく、銃弾は蛇のようにくねって戻ってきた。

 

「なんだって!?」

『ヒヒヒッ! あたしの催眠は何にだって効くよ!』

 

 主人を裏切り襲い来る銃弾。それを防いだのはブリランテの前へと躍り出たピクシーだった。

 

「ヤッ!」

 

 ブリランテへの直撃コースであった銃弾をナックルガードで受け止め、衝撃を吸収する。ピクシーレイピアの能力だ。更にこれを音符のエネルギーに変換して、敵へと返すことができるが……。ピクシーは迷った末、止めた。

 

「また操られるだけ、だよね」

『ヒヒヒッ、その通り! あたしには遠距離攻撃は通用しな――』

「だったら、物理的に追い込めばいいだけ」

 

【ADVENT】

 

 響く電子音声。鏡が割れる音と共にリャナンシーの背後に現われたのは、背中に二門の砲を備えし鷹型の化け物だった。

 青き猛禽。アイズと契約を結んだミラーモンスター、ガナーウイングだ。

 

『ヒッ!?』

「直接攻撃なら、操りようがないでしょう!」

『ヒギィ!!』

 

 アイズのアドベントカードによって召喚されたガナーウイングの鉤爪が振り下ろされ、油断していたリャナンシーはそれを躱すことができずにモロに受けた。背後から切り裂かれ、転がるリャナンシー。

 そこへ鋭く切り込むのはピクシーだった。

 

「たあっ!」

『ウギ、ギィ! おのれ小癪な!』

 

 ピクシーレイピアによる素早い刺突。それをリャナンシーは無数の触手でどうにか受け流す。ピクシーの攻撃は速いが、触手の数が多すぎて防がれてしまう。

 

『ヒヒッ、手が足りないねぇ!』

「うっ、気持ち悪いのに意外と面倒……!」

「下がってピクシー!」

 

 そこへ響くのはブリランテの一声。ピクシーがその声に従って飛び退くと、ラッキーライラックと比べ鈍い発砲音が轟いた。

 

『無駄だ……ヒギィ!? さ、寒いィ!』

 

 先とは違う物理的な弾丸はリャナンシーの触手に防がれ弾けると、その中身を振り撒いた。すると触手は冷凍庫に入れられたかのように見る見る凍り付いていく。

 

「触手みたいな気持ち悪い奴にはこれってね!」

 

 ブリランテは硝煙を放つ散弾銃を肩に乗せて得意げに言った。ブリランテの携行する中折れ式の小型散弾銃、ヴィクトワールピサ。幾つもの特殊弾頭を装填できる中でブリランテが今回選んだのは、極寒の冷気で標的を凍てつかせる冷凍弾だった。

 自慢の触手を凍り付かされて悶えるリャナンシーの姿を見て、アイズが冷静に分析する。

 

「どうやら口からの音波を当てなきゃ何も操れないようね」

「へぇ、良いことを聞いた。要はヘッドショットだけを避ければいいだけだ。ガンマンにはむしろ有り難い話だね」

 

 飄々と言うブリランテの視線の先では、リャナンシーが立ち直りつつあった。

 

『おのれぇ……人間風情が……!』

 

 凍って砕けた触手をパラパラと落としながら、リャナンシーは怒気を放つ。

 

『矮小な人間の分際でこの幻魔に逆らうとは! 所詮は色恋沙汰に心惑わし、無様を見せる存在ではないか!』

「確かにちょっとらしくないところも見せたかもね」

 

 油断なくレイピアを構え、ピクシーは言った。

 

「けどそれは、真剣だから。それだけその人を想って、大好きだからこそ惑乱するの」

「いやボクは……まぁ、大事なのは確かかな」

「そう。恋って人を狂わすの。化け物には、分からないでしょうけどね」

 

 三人の乙女は凜と立つ。愛に恋にそれ以外に。少女は忙しいのだ。

 チンケな悪役にかかずらっている暇はない。

 

『ぐぅ……』

「ここで決め……」

『やられるかァ! ヒヒィッ!』

「あっ、逃げる気か!」

 

 決定的に不利と見たリャナンシーはその場で背を向け逃走した。三人は追おうとするが、少女立ちの目の前でリャナンシーは凍り付いて脱落した触手の下から、皮膜の翼を広げる。

 

「空を飛ぶ気かい!」

「させない、ガナーウイング!」

 

 アイズの声に応え、飛び立とうとするリャナンシーをガナーウイングは空から強襲する。だがそれが真正面からなのがいけなかった。

 

『ヒヒヒッ、催眠!』

 

 リャナンシーの口から発された紫色の音波。それをまともに浴びたガナーウイングはグルグルと目を回して墜落してしまった。そのままリャナンシーの離陸を許してしまう。

 

「ああ、もう! 役立たず!」

「どうしよう、射程外だ。カネヒキリを持ってきておくんだった」

 

 情けない相棒に憤慨するアイズの隣でブリランテはラッキーライラックの銃口をリャナンシーの翼に向けてみるが、諦める。当てるには流石のキッドといえど遠すぎた。長射程のライフルがあれば訳無いが、それを収納したバイクは今ここにない。

 打つ手なしかと二人が空を見上げる中で、ピクシーだけが微笑みを漏らした。

 

「ふふっ、大丈夫だよ。手は打ってあるから」

 

《フィニッシュコード・ソロ!》

 

宙を舞うリャナンシー。無事に逃げ延びられると安堵する彼女を違和感が襲う。

 

『ヒヒッ……ん?』

 

 ピンと足が突っ張る。見てみると、そこには光る紐のような物が結ばれていた。

 否、紐ではない。それは線。音譜を乗せて歌を描く、五線譜の一本。

 そのもう片方の先端は、ピクシーの持つレイピアの先端へと括られていた。

 

『ヒッ……!』

「逃走経路を断つのが対戦のコツだって、ショウとキョウが言ってたから!」

 

 レイピアをキンと弾くと、リャナンシーの全身に残った五線譜が全て巻き付く。そしてそのまま五線譜は巻き戻しされるように縮み、リャナンシーを引っ張り込もうとした。ピクシーが仕掛けておいた、必殺技の応用だ。

 だがそれはピタリと途中で止まってしまう。リャナンシーが最後の力で抵抗を試みたからだ。

 

『ギ、に、人間風情に負けてたまるかぁ!』

「ん、むむっ、手強い」

 

 五線譜とリャナンシーの浮力は拮抗し、あと少しのところで地面まで引きずり下ろせない。まだ宙に浮いており、近接攻撃は届かない間合いだ。

 しかしアイズとブリランテにはそれでいい。目配せをして、アイズはデッキからカードを抜いた。

 

「上出来よ」

 

【SHOOT VENT】

 

 カードを弩型の召喚機に読み込ませ、双剣を組み合わせた弓と矢筒を召喚する。アイズは流麗な動作でそれを番え、引き絞る。ピクシーが近づけてくれたおかげで、射程内だ。

 

『ヒヒッ、馬鹿め! それはあたしの催眠の餌食だァッ!』

 

 それを見たリャナンシーは体勢を変え、口をアイズの方向へ向けた。これで矢が飛んでこようと催眠音波で迎撃できる。

 しかしそれを見てもアイズは怯まない。まったく姿勢を変えず――矢を放つ。

 美しい所作で放たれた矢。だがそれは、リャナンシーへ向かう軌道からは大きく外れていた。

 

『ヒヒヒッ! 大外れだね!』

「いーや? 大当たりだよ。少なくとも、君の占いよりはね」

 

 嗤うリャナンシーへ、ブリランテは不敵に言い放つ。

 

「リフレクター・オン!」

 

 ブリランテの左手から放出された青い光。それは空中で六角形のバリアへとなる。

 そして矢は――そこに当たる軌道を描いていた。

 

「――当たる」

 

 確信を持ったアイズの呟き。そして現実はその通りとなる。

 リフレクターによって跳ね返った矢は、リャナンシーの死角から突き刺さった。

 

『――!? ヒ、ギィヤアァァァァッ!?』

 

 油断していたのだろう。まったく予想だにしていなかった一撃を受けてリャナンシーは悶え苦しむ。そして浮力を失い、その身体は地面へと今度こそ叩きつけられた。

 

『ギャヒィッ!』

「これで決めるよ!」

「もちろん!」

「ええ!」

 

 決定的な隙にピクシーが言い放ち、アイズとブリランテは頷く。

 

Action(アクション)! オトギガールズ・マテリアルシング!》

 

【Boost up! Just a Way!】

 

【FINAL VENT】

 

 ピクシーは光を纏った刃を突き出し、ブリランテは頭部を変形させて足にエネルギーを収束し、アイズは洗脳の解けたガナーウイングと合体し鉤爪を足に装備する。

 そして美しい流星群の如く、一斉に降り注いだ。

 

「ヤァァァーッ!」

「ファイア――!!」

「はぁぁぁぁ!!!!!」

 

 アザレア、白、青の三つの光が尾を引いてリャナンシーを貫く。

 三人が放つ渾身の必殺技。それを受けて、既に満身創痍であるリャナンシーが無事でいられる筈もない。

 

『おの、れ、人間メェェェェェェッ!!!』

 

 乙女たちを攪乱したリャナンシーファントムは断末魔を残して爆発四散した。

 それと同時に、三人の手の中にあるペンデュラムが砕け散る。これで恐らくは、催眠も解除された筈だ。

 

「「「……よかった~」」」

 

 三乙女は脱力しその場に崩れ落ちる。

 カオスな催眠事件はようやく解決したのだ。本当にようやっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーっと、それで記憶ない間に着ていたこの服ってなんだろう、アシュリィちゃん」

「え、演劇! 演劇の衣装を借りてきたの!」

「俺も記憶が飛んでるなぁ……キッド、何か知らないか?」

「さあ、なんだろうね。偶には休暇を取れって神様の思し召しじゃないかい?」

「うわああっ! なんですかこの格好! なんでまた女装!?」

「と、取り敢えず燐、こっちに燐の服用意してあるから……」

「なんで美玲先輩が僕の服を!?」

 

 喫茶Hameln。無事に洗脳の解けた男三人は大混乱に陥っていた。戸惑う三人を宥めつつ、少女たちはそれぞれに誤魔化す。

 記憶が残っていないことをいいことに、今回の一件を少女たちは言わないことに決めたようだ。それを胡乱げに見つめつつ、章太郎もその方がいいと頷く。赤裸々に話すには、流石に尊厳とかが大変だ。

 まだまだ混沌とした、しかし元通りにはなった喫茶Hameln。そこへ主が戻ってくる。

 

「おや、休みの看板を出しておいたのに随分といるね」

「あ、おじさん。お帰りなさい」

「ああ、ただいま。なんだかいつもに増して賑やかみたいだが……何かあったのかい?」

「な、何もないよ! ないったらない! メタローとの戦闘後くらい何もない!」

「??? あ、そうだ」

 

 必死に誤魔化す章太郎。それとは別に何かを思いだした権兵衛は、スマホの画面を章太郎へと見せる。

 

「常連さんからSNSでバズった写真が送られて来たんだけど、これってみんなじゃないか?」

「へ?」

 

 権兵衛に言われ章太郎は画面を覗き込む。そして、見る見る内に青ざめた。

 あまりに青白くなってしまった顔色に翔が代表して声を掛ける。

 

「しょ、章太郎くん、大丈夫?」

「……翔兄ちゃん」

 

 震える声で、章太郎は言った。

 

「今すぐ元の世界から浅黄姉ちゃんを呼んで!!!!!」

 

 そこにはどこぞのギャルによって流された、集合写真があったという。

 そして後日ハッキングによって無事消去されたという。

 だが凄腕ハッカーの手によって密かに保管され、闇ルートでの売買があったともいう。

 

 

 ―HAPPY END―

 

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