三年E組にあの二色のハンカチ、仮面ライダーWが入るらしい。その一年間の成長記録 作:春瀬紫苑
ブニョン、ブニョン、と触手を壁に叩く音が聞こえる。いわゆる壁パン、というやつだろう。今は小テスト中なのでかなりうるさい。ちなみに触手が柔らかいからか、壁にダメージはないようだ。
「ブニョンブニョンうるさいよ殺せんせー!! 小テスト中なんだから!!」
「こ、これは失礼!!」
岡野ひなたが目尻を釣り上げて殺せんせーに向かって怒鳴る。下手すれば岡野の方がうるさいかもしれない。
「よォカルマァ。あのバケモン怒らせてどーなっても知らねーぞー」
男子の人数が多いので、狭間の後ろ、寺坂の隣にカルマが座っている。そして、村松、吉田の二人も煽った。
「まだおうちにこもってた方が良いんじゃなーい」
「…」
カルマが黙ったまま煽りを聞いている。しかし、ふっと口を開いた。
「殺されかけたら怒るのは当り前じゃん。寺坂、村松、吉田。しくじっちゃって倒されちゃった誰かの時と違ってさ」
「な、しくじってねーよ!! テメケンカ売ってんのか!!」
「こらそこ!! テスト中に大きな音立てない!!」
寺坂が逆ギレをして、席を立って隣のカルマに怒鳴りつける。それを注意した、血管が浮き出て怒った顔をしている殺せんせーが注意した。なお、注意した本人も触手がうるさいので、生徒一同からは自分の触手に行ってくれ、とツッコんだが。
「ごめんごめん殺せんせー。俺もう終わったからさ、ジェラート食って静かにしてるわ」
素直に謝ると、手に持っているジェラートに指を指す。
「ダメですよ授業中にそんなもの。まったくどこで買って来て…!!
そっそれは先生がイタリア行って買ったやつ!!」
殺せんせーがジェラートに気づくと、大声をあげて喚く。おまえのかよ!!と生徒は思うが、テストに集中することにする。しかし、こちらももう終わっている翔太郎とフィリップは事の結末を見守ることにした。
「あーごめん、教員室で冷やしてあったからさ」
「ごめんじゃ済みません!! 解けないように苦労して寒い成層圏を飛んで来たのに!!」
先生が苦労を伝えて食べるな、と威嚇しているようだ。
「で、どーすんの? 殴る?」
「殴りません!! 残りを先生が舐めるだけです!!」
怒った様子でズンズン、と歩みを進める。生徒は軽く引いている。翔太郎は、カルマの言動に荒んだ様子が見られているのを
カルマは喧嘩を起こして停学になったと聞いている。きっとカルマは、喧嘩をしているのが常で、それが荒んだ性格の元になっているのだろう。頬杖をつけて隣の光景を眺めている翔太郎は、とても落ち着いている。どうやら、罠に気づいているようだ。
先生が歩みを進めた先には、対先生BB弾が床に撒き散らかされていた。ドロォ、と足の触手が溶けていく。先生は驚きつつ、カルマがまた引っかかった、と煽りながら発した弾丸を避ける。翔太郎も暇だったのでカルマを援護する目的も一割ながら含めて銃を撃った。フィリップも怒られるよ、と言いたげな顔で銃を撃つ。どうやら全部当たらなかったようだ。
「何度でもこういう手使うよ。授業の邪魔とか関係ないし。それが嫌なら…俺でも俺の親でも殺せばいい」
「……」
教え子の迷惑な、周りを害する暗殺に何を思っているのか。先生はずっと黙りこくっている。
「でもその瞬間から、もう誰もあんたを先生とは見てくれない。ただの人殺しのモンスターさ。あんたという『先生』は…俺に殺された事になる」
ジェラートを先生の服に押し付けて言う。べちゃ、という音が聞こえてくる。そして、自分のテストを殺せんせーに器用に投げ渡した。
「はいテスト。多分全問正解」
先生がいきなり投げ渡されたテストを驚きながら掴み取る。
「じゃね『先生』〜。明日も遊ぼうね!」
そう言いながらガラ、と教室のドアを開けて教室を去っていく。どうやら少なくとも今日はもう教室に帰る気はないらしく、カバンも持ち去っていった。
カルマが出て行き、布で服についたジェラートの跡を拭き取る。布を口元にやると、殺せんせーはしばらくずっと黙っていた。
「……ところで、翔太郎君フィリップ君。君達は先生が特にマークしている人だからといって授業中の人の暗殺に勝手に乗るのは辞めてくださいね」
「はーい」
「分かっているさ。……全く、ぼくが思った通りじゃないか。だから辞めておけ、と言ったのに……」
フィリップがやれやれ、というように翔太郎を見る。そんなんだから
いつも、二人……特にフィリップ君の表情を崩せる人間は、翔太郎君ぐらいだ。渚はそう評価している。
翔太郎は人間付き合い、というものをフィリップと比べて分かっているのか、人と話す時は意識的に笑顔にする時が多い。なお、照井と話している時はそうとは言えなかったが。どうやら、中三であるE組の皆に配慮はしているらしい。
だが、フィリップは休み時間は常にあの白紙の本から顔を上げない。なんなら、つまらない授業の時は常に本を読んでいるようだ。だからか、表情は見えにくいし、声色に楽しさなど微塵も感じさせない。しかも、言動から早く用事を済ませてくれないか、という気分が溢れ出ている。しかし、翔太郎と話す時は本から顔を上げているし、言動も声色もクラスメイトと話す時よりすこぶる調子がいい。だから、表情も翔太郎と話す時は砕けている。
閑話休題。
フィリップは、先程までのカルマの行動を見て、冷静に分析していた。珍しく本を持って閉じている姿に、クラスメイトは普段見ないので物珍しげにそれを一瞬見やり、自分のテストに戻った。
赤羽
……でも、その力を人を守るためじゃなく、人とぶつかるために使ってしまう。そんな人だ。殺せんせーにギリギリの駆け引きを仕掛けているのも、そのような荒んだような、荒れている性格からきたものなのだろうか。
頭の良い、手強い生徒。とても本当に中三とは思えないような頭の回転の良さ。そして、殺せんせーが教師を続けるためには、生徒を殺すことや傷付ける事は雇用契約書によって許されない事になっている。
……さて、あの
ここまで考えたところで、フィリップは微笑する。それは今後の展開を楽しみにしていくようで、知的さを感じられる笑みだった。
一番後ろの席なので、周りは誰にも見えていないが、隣で何かその笑みで雰囲気を感じたのか、翔太郎が振り返ると、なんとなくこれまでの付き合いで感じてきた危ないセンサー、なる物に引っかかったらしく、翔太郎が変な事やらかすなよ、という意味を込めてフィリップに向けてぎこちない笑みを、笑いかけられてはいないが返した。
「じゃーな渚!」
「うん、また明日〜」
杉野達と、ここからは一人だから椚ヶ丘駅の北口で渚は別れる。そのまま駅のホームへと向かって歩いていくと、同じ椚ヶ丘中学校の制服を着た二人組が何かを話していた。
「なんかすっかりE組に馴染んでんだけど」
「だっせぇ。ありゃもぉ俺等のクラスに戻って来ねーな」
二人で何か話している。田中信太と高田長助……渚はあまり関わりがないというか、いわゆる近所付き合いのような感覚で関係を持っていたくらいだ。とても仲の良い人からの言葉よりそのナイフはあまり鋭さを持たなかったが、それはナイフであることは変わりなかった。
「しかもよ、停学明けの赤羽までE組復帰らしいぞ」
「うっわ最悪。マジ死んでも
元、と言っても差し支えないだろう同級生が、落ちこぼれをいいことに確かに渚の心にナイフを突き刺していく。殺せんせーを殺すより軽々と、容易く。でも。自分も
「えー、死んでも嫌なんだ。じゃ、今死ぬ?」
カルマが、元は何か飲料を入れていただろうガラス瓶を柱に叩きつけ、持っていた部分だけを残してガラスの破片になる。持っている部分の先端は、ガラスが割れたからかとても鋭くなっていて、もはや凶器になっている。
「あっ、赤羽!!」
「うわぁっ!!」
田中と高田が駆けて逃げて行く。田中の方は、ガラス瓶に入っていたものが飛び散り、顔が濡れている。恥ずかしくないのだろうか。カルマは持っていたガラス瓶を何処かへやると、渚に話しかけた。
「あはは。殺るわけないじゃん」
「…カルマ君」
「ずっといい
カルマがそう呟くときの目は、渚が遠目に見ても、殺意に満ち溢れているように見えた。ーーまたは、好奇心に満ち溢れた、純粋な少年の目、とも言えるのか。
「でさぁ渚君。聞きたい事あるんだけど。殺せんせーのことちょっと詳しいって?」
二人、定期をかざしながらホームに入っていく。まあ、ちょっとは詳しいよ、と渚が返しながら、進んでいく。例えば殺せんせーは自分のトレードマークがタコとなっているところとか。
それをしっかり聞き終わると、カルマが悪戯好きな、悪魔のような少年の顔をする。くだらねー事、を考えたらしい。
「…俺さぁ、嬉しいんだ」
カルマが、線路を背中にして渚に話し始める。
「ただのモンスターならどうしようと思ってたけど、案外ちゃんとした先生で。ちゃんとした先生を殺せるなんてさ、前の先生は自分で勝手に死んじゃったから」
それを話すときの顔は、どこか、強い狂気を孕ませている顔で。見る人によっては、逃げ出していたかもしれない。でも、渚はそれに怖じけず、どちらかといえばカルマが話した内容がよく分からず、はてなマークを浮かばせていた。
渚は帰りの電車に座ると、ポケットに突っ込んでいた翔太郎とフィリップの気になるところを書き留めておくメモーー彼らが言っていたWを借りて、生徒Wメモ、とでも命名しようかーーを開き、授業中に思ったことをスラスラと書いた。
気になること11
・ハーフボイルドって何? ハードボイルドはよく翔太郎君が小説を呼んでいるからなんとなく知っているが、それの類義語のようなものなのだろうか?
それを書き終えると、誰にも見られたくないものなので急いでポケットに突っ込む。そして、帰った後の計画を、できるだけ
しかし、その当時は思ってもいなかったことが起きることは、誰にも分からなかった。